1991 盤根錯節に遇いて利器を知る 他山の石より自民の石

 政治家の言動を見ていると、本当に勉強になります。自分の常識が間違っているのではないかとさえ思うことがしばしばあります。先日、元法相の河井克行衆院議員が、公選法違反(買収)事件の裁判で、これまでの無罪の主張を一転させました。河井氏は起訴事実の多くを認め、衆院議員を辞職すると述べましたが、これに対して自民党の二階俊博幹事長は、「他山の石」という格言を使って感想を述べました。私はこのニュースを見て、この言葉は他人事のように聞こえて違和感を持ちました。こんな言葉がまかり通ってしまうのが、今の政界なのでしょうか。    

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1988 春を待つ思いは世界共通 浮かれることはできない日々

 3月も中旬になった。私が住んでいる千葉市周辺ではミモザや水仙、レンギョウといった黄色い花だけでなく、早咲きの桜も咲き出した。ソメイヨシノの開花はまだだが、数日中には開花の発表があるかもしれないほど暖かな日和が続いている。だが、今もコロナ禍の渦中にある。花見に行こうと、浮かれることはできない。

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1987 被災地で感じる胸の痛み(再掲) 

 東日本大震災から10年になった。政府主催の「十周年追悼式」が11日、国立劇場(東京都千代田区)で開かれた。菅内閣は「復興の総仕上げの年」と称して、追悼式を今回で打ち切る方針だという。本当に総仕上げといえるほど復興は進んでいるといえるのだろうか。史上最悪の原発事故に見舞われた福島の現状を見ていると、とてもそうは言えないはずだ。首相の式辞から「復興五輪」という言葉も消えた。なぜかは分からない。  ことしの追悼式で岩手、宮城、福島3県の遺族代表と被災者代表による追悼の言葉があった。4人のうち岩手県の佐藤省次さん(71)は「いろいろな思いが交錯する長いようでまた短いような複雑な思いが駆け巡る歳月だった」と、この10年について語った。私は震災直後、佐藤さんに話を聞いたことがある。あらためて当時の記事を掲載し、震災の記憶を新たにしたいと思う。(佐藤さんは、両親、おばら11人の親族を津波で失っている)  

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1986 渚に燃やせかがり火 永遠の海への祈り

「大島」と聞くと、多くの人は伊豆大島か奄美大島を思い浮かべるかもしれません。2つの島に比べますと、福岡県宗像市の大島、山口県の周防大島(屋代島)、宮城県気仙沼市の大島は「知る人ぞ知る大島」といえるでしょう。気仙沼の大島は東日本大震災の被災地としても知られていますが、私はここで知り合った一人の歌人の歌集を時々本棚から取り出し、絶唱ともいえる短歌を口に出して読んでみるのです。    

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1985「不正のない国で暮らしたい」ミャンマー・デモ参加の女性に学ぶ

「自由で幸福で不正のない国で暮らしたい」。だれでもがこの言葉に異存はないはずだ。わが日本。自由はまあまあある。幸福はどうだろう。健康で文化的で普通の暮らしができ、家族や友人に恵まれていれば、まあ幸福か。自分が幸福かどうかは、人によって受け止め方が違うが、今の日本、自分は幸福と思う割合はそう多くはないのではないか。では、不正のない国はどうか。間違いなく、日本は罰点だ。 

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1984 誰にもある潜在力 スポーツの爽やかさを感じさせた鈴木選手

 人間には潜在力があるに違いない。最後の大会になったびわ湖毎日マラソンで優勝した鈴木健吾選手の激走を見て、それを確信した。信じられないほどの後半のハイペースで、これまでの日本記録を塗り替え、しかも2時間5分台を切る2時間4分56秒という日本人選手として夢の記録を達成した。コロナ禍で沈んでいる私たちに、鈴木選手は大きな力を与えてくれた。    

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1983 『叫び』に込めた本音 ムンクの不条理の世界今も

  コロナ禍によって「うつ状態」が蔓延している日本で、自殺者が増えている。こんな時代を代弁したようなエドヴァルド・ムンク(1863~1944)の絵。だれしもが『叫び』を思い起こすだろう。以前、この絵をノルウェー・オスロ国立美術館で見たことがある。91 センチ× 73.5 センチの油彩画(1893年制作)だ。この絵には「狂人だけが描ける絵だ」という、肉眼では見えない鉛筆による小さな走り書きが残されていた。この書き込みは、画家自身によるものだったことが分かったというニュースを読んだ。どんな思いでムンクはこの書き込みをしたのか。    

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1982 子どもの目は常に幸福 ラオスでの出会い

「目は心の窓」ということわざがある。マスク姿が常態化している日々。これまで以上に、相手の目元が気になる人が多いのではないか。国会中継をテレビで見ていると、政治家の目は暗いし虚ろな目もある。それに比べれば、子どもの目はきれいで気持ちがいい。     

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1979「明日は明日の風が吹く」の日々 想像の旅へ出よう

「明日は明日の風が吹く」の「明日」の読み方は文語的な「あす」ではなく、俗語風の「あした」だ。「明日のことなど何も分からない、そんな明日を心配しても始まらない」や「先のことを考えても仕方がない」という無責任、自棄的な意味がある一方で、「明日」という未来への期待があり、明日のことは明日の運命に任せて、今日の生活への努力をすべきだというのが原義ではないか(国文学者・池田弥三郎)という説もある。いずれにしても暗い話題が多い昨今、私はこの言葉を思い浮かべながら毎日を送っている。    

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1978 寒い朝に…… 『四季・冬』を聴きながら 

 2月は1年で一番寒い季節だといわれる。朝6時前、まだ暗い中を散歩に出る。東の空に三日月が浮かんでいる。北風が顔に吹き付けてくる。吉田正が作曲した『寒い朝』という歌のメロディーが頭に浮かぶ。昭和の代表的作曲家(流行歌)といえば、吉田、古賀政男、古関裕而だろうか。古賀と吉田は死去後国民栄誉賞を受賞(古関は遺族が辞退)している。吉田はシベリアに抑留されたつらい体験を持ち、自身の作曲した多くの歌の中で『寒い朝』が特に好きだったそうだ。    

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1977 困難な未来予測 あなたは悲観的、楽観的?

 現在の地球は混沌とした時代が続いていて、未来を予測することは難しい。できれば、楽観的に生きたいと思う。「21世紀の世界は、人間が未来を語るときに、今ほど暗い疑いを持つことのない世の中になるでしょう」(『深代惇郎の天声人語』朝日新聞)。46年前の朝日新聞の天声人語で筆者の深代は楽天的な見通しを書いた。だが、残念ながらこの予言は当たっているとはいえない。では、コロナ禍後の世界はどう変わるのだろう。(写真・霧に包まれた調整池と日の出の風景)    

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1976 かつての長老・翁が老醜に 若者よ奮起して

「老醜」という言葉があります。「年をとって顔や姿、心が醜くなる」という意味ですね。「老醜をさらす」とも言います。年をとって醜くなった顔や姿、心を人前に出し、恥をかく、ということです。昨今、内外でこの言葉通りの行いをする人たちが目に付きますね。そんな姿を見る度にある短歌を思い出すのです。  

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1975 いつまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ うそと特権意識と自らの利害と

 政治屋という言葉を使ったのは、コラムニスト・随筆家の高田保(1895~1952)だった。「政治家は次の時代のことを考え、政治屋は次の選挙のことしか考えない」と。昨今は「政治家はコロナ禍の一刻も早い終息を考え、政治屋はコロナなんて無関係。ただ特権意識を振りかざす」というべきか。平気でうそをつき続けた首相に続き、またもやうそがバレた議員たちの姿に怒りを通り越し、あきれ果てた人が多いのではないか。  

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1974 広辞苑で学問のさびしさ知らず 歌集『わが定数歌』を読む

「学問のさびしさは知らず広辞苑読み了(お)へにける夏九十日」 私は若いころ、秋田市で暮らした。この短歌の作者、三浦右己さん(本名・祐起)は当時、秋田の支局長で、とても怖い、人生の師でもあった。いつも新刊書を抱え、文章に厳しい人で歌人でもあった。本棚を整理していたら、この人の『わが定数歌』という歌集が出てきた。歌集に収められていたこの句を読みながら、「学問のさびしさ」という言葉が気になった。コロナ禍が学生たちにも大きな影響を及ぼし、食料支援がニュースになるなど、多くの学生が厳しい生活を余儀なくされているからだ。  

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1973 「高貴」という言葉は似合わない クローデルの評価はどこへ 

 先日のブログでフランスの外交官で詩人・劇作家ポール・クローデル(1868~1955)の『断章』という詩を紹介した。クローデルは、駐日フランス大使を務めたこともあって、大変な親日家だった。第2次大戦で日本の敗色が濃くなってきたころ、ある夜会で「私がどうしても滅びてほしくない1つの民族がある。それは日本人だ。彼らは貧しい。しかし、高貴だ」と語ったという。しかし時代を経て、今の日本人にこの「高貴」という言葉は似合わないと、私は思う。  

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1972 甲子園大会ヒーローの光と影 最高年俸投手と刑事事件被告の内野手

 今朝配達された新聞には、大リーグのヤンキースからフリーエージェント(FA)になった田中将大投手(32)がプロ野球パリーグの楽天との契約に合意したことが大きな扱いで載っている。年俸もプロ野球史上最高だという。一方、同じ新聞の地方版には、夏の甲子園大会で優勝したチームの主将だった元高校球児の強盗致傷事件の裁判記事が出ている。スポーツと人生の光と影を象徴しているような2つの記事。野球少年たちはどう受け止めるだろう。    

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1971 ラッセルの警告が現実に 人類に未来はあるか

「人類に未来があるか、あるいは破滅か。その解答の出ないまま私は死んでいく。ただ私の最後の言葉として遺したいのは、人類がこの地球に生き残りたいと思うならば、核兵器を全廃しなければならない」。イギリスの哲学者、バートランド・ラッセル(1872~1970)は、97歳でこの世を去る直前、このような言葉で核兵器全廃を訴えた。ラッセルが亡くなって半世紀が過ぎた。核兵器禁止条約がようやく発効したとはいえ、依然、地球上には多くの核兵器が存在し、廃絶の道のりは険しく遠い。やや大げさかもしれないが、本当に人類に未来はあるのだろうかと思う。    

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1970 散歩途中考えること 不可思議な世論調査

  ここ1年私の散歩コースでもある遊歩道で平日、散歩やジョギングする人が少なくない。コロナ禍が影響していることは間違いないだろうと思われる。散歩は「(行く先・道順などを特に決めることなく)気分転換・健康維持や軽い探索などのつもりで戸外に出て歩くこと」(三省堂・新明解国語辞典第7版)だ。他人のことは知らないが、私は散歩をしながら様々な(独断と偏見に満ちた)考え事をしている。昨日の新聞に掲載された世論調査結果で不可思議なことがあったので、今朝の散歩ではその記事のことが頭を占めていた。    

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1969 生涯現役と老害と 仲代さんと政治家たち

 俳優の仲代達矢さんがラジオに出演し、最近米寿(88歳)を迎えたと話していました。1932(昭和7)年12月13日生まれ。今も現役の俳優です。政治の世界。新しくアメリカの大統領になったバイデンさんは78歳と、史上最高齢での大統領就任だそうです。日本でも80歳を超えても、現役を続ける政治家がおります。「老年における熱意と活力は、仕事をするのにすぐれた気質である」(岩波文庫ベーコン随想集・42「青年と老年について」)という言葉もありますが、そうなのでしょうか。    

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1968「民衆をなめるな」 コロナ禍の日常の中で 

「『民衆をなめやがって……』私はテレビの画面に見入りながら、何度も胸のなかで呟きました。この国は民衆を侮辱する国だと思いました。これほど民衆から誇りを奪って平気な国はない、と」。阪神・淡路大震災から昨17日で26年が過ぎた。同じように、民衆をなめているとしか思えない実態がコロナ禍の世界で繰り返されている。

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1967 コロナ対策でアジア最大の失敗国になる恐れ カタカナ用語氾濫の中で

「日本はコロナ対策でアジア最大の失敗国になりつつある」「ウイズコロナという政策は愚策」――ある学者の政府のコロナ対策に関する評価だ。客観的な見方だと思う。しかし、こうした声が首相官邸、政府与党には届かないのだろうか。危機のときだからこそ、政治家は異論、批判に耳を傾けるべきだと思う。それができないから、日本のコロナ対策は行き詰っているのではないか。  

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1966 今の日本に必要なものは 半藤一利が残した言葉

 今の日本に必要なのは何か? 12日に90歳で亡くなったノンフィクション作家の半藤一利は、『昭和史 戦後篇』(平凡社)で5つの項目を挙げている。コロナで後手、後手に回る政府の対応策を見ていると、そのほとんどが欠けているように思えてならない。その5項目とは……。(以下、その要約。カッコ内は私の昨今の世相に対する感想=独断と偏見です)

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1965 世界の人々を鼓舞する少女 ロッカクアヤコの奇想の世界

 伊藤若冲は最近人気が急増している江戸時代の絵師です。高い写実性に加え、想像力を働かせた作品が特徴であることから「奇想の画家」と呼ばれているそうです。私は若冲の系譜を受け継ぐ現代の画家は「五百羅漢図」を描いた村上隆だと思っているのですが、最近その作品を初めて見た「ロッカクアヤコ」(本名、六角彩子=38)もまた、この流れの中で輝く一人ではないかという印象を持ちました。

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1964 1年前の不安が現実に 文明人と野蛮人の勇気の違い 

 新型コロナウイルス感染症の発生地といわれる中国武漢市が封鎖になったのは、2020年1月23日だった。あれから間もなく1年になる。私がこのブログで新型コロナのことを初めて書いたのも、この日だった。当時のブログを読み返すと、「新型コロナウイルスが人類共通の闘いに発展することがないことを願うばかりだ」と書いている。この不安が現実のものになってしまった。そして日本は第3波に襲われ、首都圏1都3県に2度目の緊急事態宣言が出された。

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1962 繰り返す歴史 知恵を絞ろう

 歴史は繰り返すという。この言葉は、人類が成長していないことを表しているのではないか。コロナ禍のこの1年、世界、日本の動きを見ていると、そう思わざるを得ない。このブログで何回か書いている通り人類はウイルスに襲われ、それを克服した歴史といっていい。だが、今度のコロナは凶暴であり、立ち向かうにはあらゆる知恵を振り絞る必要があると思うのだ。

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1961 言葉の軽重 2020年の終わりに

 フランスの詩人、ステファンヌ・マラルメ(1842~98)は「詩は言葉で書く」と、教えたそうです。当たり前のことですが、言葉を発することはなかなか難しいものですね。2020年、今年ほど言葉が重く、あるいは逆に軽く感じたことはありません。新型コロナの感染拡大を防ごうと呼び掛ける世界の為政者たちの言葉の響きには、大きな差があったと思うのです。

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1960 潔癖症を見習おう 鏡花の逸話を笑ってはならない

 明治から昭和初期に活躍した作家の泉鏡花(1873~1939)は、『高野聖』や『婦系図』など、幻想的な作品を発表した。もし、鏡花が現代に生きていたら、コロナ対策の大家になっていたかもしれないと、想像する。鏡花は病的といえるほど、不潔を嫌う潔癖症だったからだ。アルコールが飛んでしまうほどグラグラ煮立たせた日本酒を飲んだという逸話も残っている。コロナの第3波が続く日々、鏡花のことを笑うことはできない。    

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1959 生存競争と政治家「保身」に対する寅さんの声

 2020年も残すところ6日。コロナ禍に揺れる世界。ことしも政治家の危うい言動が目に付いた。そのうち3人の姿から「保身」という言葉が浮かぶ。ユニークな意味・解釈で知られる「新明解国語辞典 第7版」(三省堂)には「[生存競争から脱落しないように]自分の地位・名声などを守ること」と出ている。そうか、政治の世界も生存競争なのだ。だから日本の安倍前首相、トランプ米大統領、プーチンロシア大統領は生き残りに必死なのだろう。(カッコ内は柴又の寅さんの寸評です)       

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1958 ベートーヴェンは《第九》が一番 何かを満たしてくれる曲

 NHK教育テレビで、今年が生誕250年になるベートーヴェンの曲について「ベスト10」のアンケートをした番組やっていた。一番に選ばれたのは、私の予想通り《第九》だった。なぜ日本人は《第九》が好きなのだろう。ベートーヴェン研究者で政治活動家(故人)の小松雄一郎(1907~1996)がその答えを書いているのを読んだ。要約すると「日本人は《第九》に何かを求め、第九にはそれを満たしてくれるものがある」というのだ。     

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1957『今しかない』が第2号に 哀歓の人生模様

 朝6時の気温は4度。昨日(氷点下1度)より5度高い。東南の空に、明けの明星(金星)が輝いている。日本海側では新潟を中心に大雪が降り、関越道で2000台以上の車が一時立ち往生した。一方、太平洋側はカラカラの天気が続き、房総半島の一部では水不足になっている。心まで冷え込む冬の到来……。そんな師走の一日。先日届いた『今しかない』という題の小冊子を読み返し、人生を振り返る時間を送っている。   

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