1816 正義の実践とは 東電旧幹部の無罪判決に思う

 机の後ろの本棚に『ことばの贈物』(岩波文庫)という薄い本がある。新聞記事やテレビのニュースを見ながら、時々この本を取り出して頁をめくる。そのニュースに当てはまる言葉ないかどうかを考えるからだ。福島第一原発事故をめぐる東電旧経営陣3人に無罪を言い渡した東京地裁の判決を読んで、米国の政治家でベンジャミン・フランクリン(1705~1790)の言葉に注目した。強制起訴を門前払いにした形の判決は、理屈だけを前面に出したものと言えるからだ。  フランクリンは、自伝の中で「理性ある動物、人間とは、まことに都合のいいものである。したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、理屈をつけることもできるのだから」と、述べている。これは最悪の関係になっている日韓両国の政治リーダーにもいえることだが、ここでは判決について考えたい。  この判決の骨子は、①最大15・7メートルの津波予測のもとになった国の長期評価は、具体的根拠を示していないので、信頼性に疑いがある②事故当時の知見(考察して知り得た内容)では、被告3人に高さ10メートルを上回る津波を予見し、安全対策が終わるまで原発を停止させる義務があったとはいえない③事故前の法規制は、絶対的安全確保を前提としておらず、3人に刑事責任を負わせることはできない、の3点だ。  無罪ありきの前提に立てば、この3点に集約されるだろう。本来なら厳格に安全対策を練るべき責任があるのに、様々な理屈をつけて対策を講じなかった。そして「想定外の津波」という言葉で責任を放…

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1815 米大統領とオオカミ少年 ハリケーン進路騒動

 古代ギリシア(紀元前6世紀ごろ)の寓話作家イソップ(アイソーポス)の『イソップ寓話集』は、様々な事象を寓話(教訓や風刺を含めたたとえ話)にしたものだ。その中にある「オオカミ少年」(あるいは「嘘をつく子ども」)の話は、よく知られている。朝刊の国際欄にこの話を連想させる記事が載っていた。オオカミ少年のように思えるのは、またしても米国のトランプ大統領だった。  またしても、という表現を使ったのは、トランプ氏がこれまで何度もツイッターで騒動を起こしてきたからだ。今回もお騒がせに使われたのは、ツイッターだった。新聞報道によると、今月上旬、米東部にハリケーン・ドリアン接近したが、トランプ氏は1日、ツイッターで上陸が予想されたフロリダ州だけでなく西側にあるアラバマ州も「直撃して予想以上の被害が出そうだ」と、警告した。  当時、同州に被害が出ることは予想されておらず、国立気象局の地元事務所は直後、「アラバマはドリアンの影響は受けない」という否定のツイッターを発信した。結果的に気象局の予想通り、アラバマで被害はなかった。このため米国メディアが「トランプ氏のツイートは不正確」と批判すると、トランプ氏は自分が正しいと主張し、批判報道を「フェイクだ」と攻撃しているのだ。  騒ぎに輪をかけたのは、国立気象局を所管する米海洋大気局(NOAA)が無署名でトランプ氏を支持する声明を発表したことだ。これに対しても米メディアは、政府高官がNOAAの幹部に解任をちらつかせながら対応を迫ったということなど、具体的事実…

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1813 天災と人災「小径を行く」14年目に

   台風15号によって私の住む千葉県は甚大な被害を受けた。中でも大規模停電は、昨年北海道地震で起きた「ブラックアウト」の再現かと思わせた。東京電力によると、全面復旧にはまだかなりの時間を要するという。これほど深刻な災害が起きているのに、なぜかこの日本はのんびりとしている。新聞やテレビを見て私はため息をつくばかりだ。  被害が深刻化している最中、安倍内閣の改造があり、新聞はそのニュースでもちきりだった。どう見ても、取り巻きと政治家歴が長いだけの実績不明の人たちが登用されている。ホープといわれる小泉進次郎氏が環境相(兼内閣府特命大臣)に起用され、直後に福島県を訪れ、前任者の原田義昭氏の発言(10日の記者会見で、東京電力福島第1原発の放射性物質トリチウムを含んだ処理水について「所管を外れるが、思い切って放出して希釈するしか方法がないと思っている」と述べた)を謝罪した。得意のパフォーマンスである。彼が弁明することではなく、原田氏の問題のはずである。謝られた福島県も当惑しただろう。  この後、ヤフーがファッション通販サイトZOZOTOWNを買収し、ZOZOの創設者、前澤友作氏が代表取締役社長を退任するニュースが大きく扱われた。同時に前澤氏が自身の保有株を売却し、2400億円を手にすると報じられた。世の中にはこんな人もいるのである。停電によって炎暑地獄に暮らす人々とは別世界の話であり、不快になって途中でテレビを消した。  ブラックアウトは、電力会社の管内全域が停電することを言う。今回の千…

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1811 ツバメ去り葛の花咲く 雲流れ行く季節に

 朝、調整池の周囲にある遊歩道を散歩していたら、多くのツバメが飛び回っていた。そういえば、七十二候の四十五候「玄鳥去(つばめさる)」は間もなく(18日)だ。ツバメは南へと帰る日のために、ことし生まれた子ツバメを訓練しているのだろうか。残暑が続くとはいえ、自然界はツバメだけでなく、次第に秋の装いへと移り始めていることに気が付く。  ツバメは神奈川県や千葉県で絶滅の恐れがある日本版レッドリストに指定されており、私の住む千葉市では「要保護生物」になっているという。それだけ都会からツバメが少なくなっているのだろう。とはいえ、近所の大型スーパーの出入り口の一つに、ツバメが巣をつくっていて、毎年ここで雛を育てているし、調整池の周辺でも見かけることが珍しくない。私の住む地域に限って言えば、ツバメは激減していないのかもしれない。  この遊歩道の傍らは、調整池と草地が広がっている。最近は予算が減らされ、役所の雑草の刈り取りは年1回しかない。そのため、いつしか繁殖力の強いツル性の葛が増え続け、遊歩道の一部まで葛が勢力を拡大してしまっている。始末が悪い雑草だと思っていたが、今朝この葛の花が咲いているのを見かけた。濃紺紫色の花穂である。葛は秋の七草のひとつで、花はまあまあきれいだ。葛を季題とした俳句も数多い。「山葛の風に動きて旅淋し」 正岡子規の句である。このように風情を感じる句が少なくないが、毎朝調整池でどんどん伸びる姿を見ているためか、私は葛を好きになれない。  調整池の遊歩道とは別に、この街には1…

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1809「おりた記者」から作家になった井上靖 適材適所のおかしさ

 このブログで時々言葉について書いてきた。今回は「常套(じょうとう)語」である。「套」は内閣告示の常用漢字表にないことから、報道各社の用語集(たとえば共同通信記者ハンドブック)では、これを「決まり文句」に言い換えることになっている。しかし、ここでは決まり文句ではなく常套語の方を使うことにする)今回は、大臣人事などでよく聞かれる「適材適所」という四文字熟語について考えてみたい。常套語の典型だと思うからだ。  先日、自民党所属の上野宏史厚労政務官が外国人労働者の残留資格をめぐる口利き疑惑で辞任した。自身は「法令に反する口利きをした事実はない」というコメントを出したものの、記者会見など公の場での説明はしないままである。大臣や政務官の人事がある度に、首相や官房長官は「適材適所」を口にする。だが、上野氏を含めて不適材と見ていい人事が繰り返されていることは、枚挙にいとまがない。  朝刊には驚くべき人事が掲載されていた。政府が30日の閣議で、読売新聞グループ本社会長の白石興二郎氏をスイス大使に充てる人事を決めたというのである。官房長官は記者会見での質問に「適材適所」と説明したという。民主党の菅内閣当時(2010年6月)、北京大使に総合商社、伊藤忠の元会長(当時は顧問)丹羽宇一郎氏、ギリシャ大使に野村証券顧問の戸田博史氏を充てたことがあり、民間からの大使起用もあり得るのだろう。  しかし、白石氏の場合、権力の監視役という使命を持つ報道機関のトップ(30日付で読売会長は退任したとのこと)だった人物…

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1808 文明風刺『ガリバー旅行記』 邪悪な生物ヤフーは現代も

『ガリバー旅行記』(作者はイギリスのジョナサン・スウィフト)のガリバーは、日本を訪れたことがあるか? 答えは「イエス」である。イギリス文学に造詣の深い人なら常識でも、児童文学でこの本を読んだ人は、「へえ、そうなのか」と思うだろう。ガリバーが旅行した時代は1700年代の初め、日本は徳川家支配の江戸幕府の元禄時代に当たる。イギリスに住むスウィフトから見れば、当時の日本は鎖国政策をとる、極東の訳の分からない国(あるいは妖怪変化が住み着く国?)と思っていたかもしれないから、この作品にも日本を使ったのだろうか。時を経て、仲違いを続ける日本と韓国。アジア以外の遠い国の人々から見たら、何とも理解しがたい対立なのではないか。 『ガリバー旅行記』といえば、小人の国(第1話「リリパット渡航記」)、あるいはこれに第2話巨人の国(「ブロブディンナグ渡航記」)への渡航記を含めた物語が子ども向けに出版されていた。そのためガリバーといえば、小人や巨人の国での冒険と思っている人が少なくないだろう。しかし、この旅行記は文明風刺、政治批判ともいえる内容がかなり多くちりばめられており、児童文学の範疇に収まらない、大人を対象にした作品といえる。  旅行記は第1話と第2話に続き、飛行島の国など極東への渡航記の第3話(ラピュタ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリブ、そして日本渡航記)、高貴で知的な馬の姿をした種族の国へ渡航する第4話(フウイヌム国渡航記)から成っている。日本が出てくるのは第3話で、種々多岐にわたる(まあよく考…

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1806 ハチドリの助けを呼ぶ声 アマゾンの森林火災広がる

 南米ブラジルでアマゾンの熱帯雨林が燃え続けているという。森林火災により今年だけでも鹿児島、宮崎を除く九州と同じ面積(1万8629平方キロ)が焼けてしまい、熱帯雨林が危機になっている。アマゾン地域には「ハチドリのひとしずく」という言い伝えがあるが、ハチドリたちは今、孤軍奮闘しているに違いない。  ハチドリは南北アメリカ大陸と西インド諸島に分布し、一番小さな鳥として知られている。金属光沢のある美しい鳥で、飛ぶ時の羽音がハチに似ているためこのような名前が付けられたのだという。アマゾンにも珍しくないから、言い伝えの中にも登場するのだろう。  日本の絵本にもなった言い伝えは以下のようなものだ。(拙ブログ2014年3月17日=1212回、3月28日=1221回から) 《森が燃えていました。森の生きものたちはわれ先にと逃げていきました。でも、クリキンディという名のハチドリだけは行ったり来たり。口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは火の上に落としていきます。動物たちがそれを見て、そんなことをしていったい何になるんだ、といって笑います。クリキンディはこう答えました。私は、私にできることをしているだけ。(辻信一監修・ハチドリのひとしずく~いま、私にできること・光文社刊より)》  小さなハチドリだけでは森の火事は消せないかもしれない。だが、そのハチドリに続いて人間を含めた多くの生き物が力を合わせれば、森の火は消せるかもしれない……。この言い伝えは、自分ができることを自分なりにやるという、ボランテ…

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1804 政治の身勝手さ感じる8月 民意との乖離のあいさつ

 広島、長崎の原爆の日と終戦の日を送って、74年前の出来事をそれぞれに思い出した人が多いだろう。共通するのは、戦争は2度と繰り返してはならないということだと思う。原爆犠牲者の慰霊式典(広島は平和記念式典=広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式、長崎は平和祈念式典)と終戦の日の全国戦没者追悼式の安倍首相のあいさつを聞いていて、民意と違っていることに違和感を覚えた。政治とは民意を反映するはずなのに、どうみても違うからだ。  広島、長崎の式典で、両市の市長は平和宣言の中で日本政府が背を向けている核兵器禁止条約に、唯一の被爆国として署名することを求めた。だが、安倍首相はあいさつで、この条約に触れることはなく、核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努めると述べた。式典後の記者会見では「条約は保有国、非保有国の立場の隔たりを深め、核兵器のない世界の実現を遠ざける。わが国のアプローチと異なる」と語った。では具体的に核兵器国と非核兵器国の橋渡し(仲介役)として、何をやったのだろうか。米国の核の傘の下で、米国の動向を上目遣いに見ているばかりで何もしていないのが実態といえるだろう。  被爆地の人々は、核なき世界を求めているのが民意なのに、それを認めようとしない姿勢は沖縄・名護への米軍飛行場建設問題と共通するものだ。終戦の日の式典では、天皇陛下が「ここに過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い」と、戦争に対する「反省」を「おことば」の中に入れていた。一方の首相は、アジア諸国への加…

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1802 グッドニュースとバッドニュース 昨今の話題から

 昨今、新聞やテレビのニュースになるのは暗い話題がほとんどである。輸出管理の優遇措置を認める「ホワイト国」から韓国を除外したことをめぐる日韓の対立、愛知県での「表現の不自由展」の開催直後の中止、アメリカの相次ぐ銃乱射事件、北朝鮮による飛翔体(短距離ミサイル)発射……など、バッドニュースが占めている。そんな中で、女子ゴルフの全英オープンで優勝した20歳の渋野日向子選手の話題はグッドニュースだった。 「福音」という言葉がある。辞書を引くと「喜ばしい知らせ。うれしい便り」のほかに「キリスト教で、キリストによって人類が救済されるという喜ばしい知らせ。また、それを伝える教え」(大修館書店「明鏡国語辞典」)と出ている。福音はまさにグッドニュースなのである。しかし、2019年8月の世界と日本からは、そうしたうれしい便りはほとんど届かない。  きょうは8月6日。テレビでは広島の原爆の日の「平和記念式典」の中継をしていた。会場には外国人の姿が目立つ。小学6年生の男女2人による「平和への誓い」の一節が心に響いた。《国や文化や歴史、違いはたくさんあるけれど、大切なもの、大切な人を思う気持ちは同じです。みんなの「大切」を守りたい。「ありがとう」や「ごめんね」の言葉で認め合い許し合うこと、寄り添い、助け合うこと、相手を知り、違いを理解しようと努力すること。自分の周りを平和にすることは、私たち子どもにもできることです》  経済戦争状態になってしまった日韓関係を見るにつけ、この広島の子どもたちの言葉を互いの政…

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1800 酷使か登板回避か 大船渡監督が問う高校野球の在り方

 野球の好きな人なら、権藤博という投手のことを覚えているだろう。プロ野球、中日に入団した権藤は新人の年〈1961年〉に公式戦の半分以上に及ぶ69試合に投げ、35勝19敗(うち先発41試合、完投2、投球回数429回3分の1)という現代では考えられない超人的成績を残した。翌年も61試合に登板、30勝を挙げたのだが、3年目には肩を痛めたこともあって球威を失い、その後は活躍できなかった。甲子園への出場を目指す夏の高校野球岩手県決勝で、豪速球(最速163キロ)の佐々木朗希投手の登板を回避させた大船渡高校監督の采配に賛否の声が出ている時だけに、往年の権藤のことを頭に浮かべる野球ファンも多いはずだ。  権藤は登板過多、酷使により投手生命は短く、5年で210試合に登板、82勝60敗という寂しい成績に終わった悲劇の投手である。「太く短い」投手人生であり、その後内野手に転向したが成功しなかった。権藤は後に横浜の監督として日本一になるなど、指導者として名を残した。自身の体験から肩には寿命があり、酷使すれば必ず早く寿命が尽きてしまうという理論を持ち、コーチを務めた球団では徹底して少ない投球を教え込んだと、戸部良也は書いている(『プロ野球英雄伝説』講談社文庫)。先発投手は100球以下を基本原則とする、現代の米大リーグの先を行く指導法といもいえる。  夏の高校野球岩手県大会決勝で佐々木投手を「故障を防ぐ」という理由で登板させず、大敗してしまった国保陽平監督の采配に対し、野球評論家の張本勲さんがテレビ番組でかなり厳しい口調…

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1799 損傷したモネの大作《睡蓮、柳の反映》AI技術で浮かび上がる復元画

 原型をとどめないほど上半分が消えた1枚の絵。修復したとはいえ、その損傷が激しい大作を見て、画家の嘆きの声が聞こえてくるようだった。東京上野の国立西洋美術館で開催中の「松方コレクション展」。その最後に展示されているのが60年間にわたって行方がわからなかった初期印象派の画家、クロード・モネの大作《睡蓮、柳の反映》(縦199・3センチ、横424・4センチ)だ。修復作業を経て多くの美術ファンの前に姿を現した無惨な姿は、この大作が戦争に翻弄されたことを示している。  ル・コルビュジが設計し、世界遺産に指定されている国立西洋美術館は1959(昭和34)年6月10日の開館だから、今年で60周年になる。開館の根幹になったのは、川崎造船所(現・川崎重工業)初代社長・松方幸次郎(明治の元勲、松方正義の3男。隊長として日本人によるエベレスト初登頂を成功させた登山家で元共同通信社専務理事の松方三郎は幸次郎の弟)が1910年代半ばから1920年代半ばにかけて収集した美術品「松方コレクション」であることはよく知られている。同コレクションは1927年の川崎造船所の経営破綻後散逸、パリに残されていた約400点は第2次世界大戦中の1944年にフランス政府によって敵国資産として接収されてしまった。戦争は美術品を奪い合うものである一例だ。第2次大戦中、ナチス・ドイツやスターリンのソ連(現在のロシア)もヨーロッパから多くの美術品を収奪したことは歴史の汚点になっている。  接収された松方コレクションは59年、フランスの国立美術館のた…

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1798 チャーチルとジョンソン 英国首相の未来

 ウィンストン・チャーチルといえば、英国の元首相で20世紀を代表する政治家の1人といっていいだろう。政治家でありながら、1953年には「第二次大戦回顧録」を中心とする著作活動でノーベル文学賞を受賞している文人でもあった。欧州連合(EU)からの離脱問題で揺れている英国の新しい首相に離脱強硬派で「英国版トランプ」といわれるボリス・ジョンソンが就任した。元新聞記者だったというジョンソンは、チャーチルのような歴史に名を残す宰相になれるのだろうか。(敬称略)  国内各紙の報道によると、ジョンソンは米国のニューヨークで生まれで、ロンドンにある中高一貫校の名門イートン校からオックスフォード大学に進み、卒業後高級紙(英国は高級紙という一般紙と大衆紙に区別されている)タイムズに入社、新聞記者の道を歩み始めた。だが、駆け出し時代、歴史家の発言を捏造したことが発覚、1年で解雇された。それでも次に安価な高級紙といわれるデーリー・テレグラフに再就職し、EUの前身を取材するブリュッセル(ベルギー)特派員になり、不正確で過激な記事を書き続けたという。この後、政治家に転身しロンドン市長も務めているから政治家として一定の力量はあるのだろう。  人を見た目で判断してはならないことは言うまでもない。だが、人間の本性は外見に出てしまう。それは米国のトランプを見れば一目瞭然であり、ジョンソンにも言える。破天荒、ハッタリともいえる思い切った言動が大衆の人気を集める所以なのだろうが、どこか危うさを感じてしまう。ポピュリズムの典型なのだ。 …

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1796 京都の放火殺人・あまりの惨さに慄然 人の命はかくもはかないのか

 34人が死亡し、34人が重軽傷を負った京都アニメーションに対する放火殺人事件は、日本の犯罪史上、稀に見る凶悪事件と言っていい。放火容疑者は病院に収容されているが、回復して動機の解明ができるのだろうか。放火による多数の犠牲者というニュースに、1980(昭和55)年8月19日夜、新宿駅西口で定期バスが放火され6人が死亡、22人が重軽傷を負った事件を思い出した人も少なくないかもしれない。世の中に不満を持った男による無差別テロともいえる犯行だった。男は裁判で無期懲役となり、服役中に自殺した陰惨な事件だった。あれから39年の歳月が流れ、同じように罪なき人々が多数犠牲になってしまった。  新宿バス放火事件の夜、通信社社会部の遊軍記者だった私は3週間に1度の泊まり勤務に入っていた。火曜日の午後9時すぎだった。パソコンがない時代のことである。2人のデスクはまだ机の上に置かれた多くの原稿と格闘していた。警視庁とデスクとを結ぶ黒い電話が鳴った。受話器を取り上げるだけでダイヤルの必要はない電話で、デスクの代わりに出てみると、後輩の警視庁担当記者が「新宿駅西口でバスへの放火があり、多数の死傷者が出た模様です。番外をお願いします」と叫んでいる。  番外というのは、通信社から各新聞社、放送局に速報を流すことを言う。当時は手書きであり、私は番外を書く用紙に「警視庁によると、午後9時過ぎ、東京・新宿駅西口でバスへの放火があり、死傷者多数の模様」と書き、デスクに声を掛けて渡した。その夜、私たち3人の泊まり勤務者は、この事件関…

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1795 前倒し夏休みなのに 梅雨寒続く7月

 梅雨寒や背中合わせの駅の椅子 村上喜代子  梅雨寒の気候が続いている。昨年の今頃は猛暑になっていたが、今夏は天候不順で肌寒い日がなかなか終わらない。私の住む千葉市の市立小中校(165校)は、例年より1週間繰り上げて夏休みになる。3連休だから、実質的にきょう13日から8月いっぱいまでの長い休みである。前倒しの理由は予算不足を補うための苦肉の策だという。  実は千葉市の小中校にはエアコンの設備がなかった。市長も市議会も校舎の老朽化対策が優先だといって、子どもたちに我慢を強いてきた。市議会ではエアコン設置を求める請願に対し、自分たちは涼しい議場にいるにもかかわらず強い精神力・忍耐力を養うためにエアコンは不要という何とも前時代的な意見で不採択にした経緯もある。だが、昨年の猛暑により文科省からエアコン設置を求める通達が出され、千葉市も渋々ながら設置を決めた。  しかし、予算の関係もあって工事がなかなか進まず、結果的に代替え手段として夏休みの前倒しを決めたのだ。だが、皮肉なことに今夏は梅雨が長引き、しかも冷夏の状況が続いていて、夏休み前倒しの意味は薄らいでしまった。一度決めた以上はそれを変更するという柔軟さは役所(教育委員会)にないから仕方がないのかもしれないが、子どもたちの長い夏休みにお母さんたちも戸惑っていることだろう。  旧暦七十二候で、いまごろは「小暑 (次候)蓮始めて開く」とされている。そういえば、私の住む街に通ずる道の脇に昔ながらの池があり、蓮の花が咲いている。千葉市の千葉公園蓮池に…

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1794 新聞と誤報について ハンセン病家族訴訟・政府が控訴断念

 朝の新聞を見ていたら、「ハンセン病家族訴訟控訴へ」という記事が一面トップに出ていた。朝日新聞だ。ところが、朝のNHKや民放のニュース、共同通信の記事は「控訴断念の方針固める」と正反対になっている。どちらかが誤報なのだろうと思っていたら、安倍首相が会見し「控訴断念」を発表したから、朝日の記事は誤報だった。それにしてもこのような正反対の裁判の記事が出たのはなぜなのだろう。朝日の記者は詰めの取材が甘かったか、だまされたのだろう。  ハンセン病家族集団訴訟は、6月28日に熊本地裁で判決があった。ハンセン病の元患者の家族561人が国に損害賠償と謝罪を求めたもので、判決で裁判所は隔離という差別政策をとった国の責任を認め、総額3億7675万円(1人当たり143万~33万円)の支払いを命じた。これに対し、朝日新聞は9日付の朝刊一面トップで「政府は控訴して高裁で争う方針を固めた。一方、家族に対する経済的支援は別途、検討する。政府関係者が8日、明らかにした。国側の責任を広く認めた判決は受け入れなれないものの、家族への人権侵害を認め、支援が必要と判断した」という記事を掲載した。  ほかの新聞朝刊にこの記事は出ていない。事実なら朝日の特ダネ記事といえた。ところが、冒頭に書いたように、この記事の後追い取材をしたと思われる各報道機関は、正反対に「控訴断念」を流している。NHKは「安倍首相が決断」とも付け加えた。私の経験からしても往々にして後追いの方が正しいことが多いから、朝日の記事は間違いなのだろう。どうして、こうした…

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1793 日本は言葉の改まりやすい国  中日球団の「お前」騒動と日本

 プロ野球、中日の攻撃の際に歌われる応援ソングの中に「お前が打たなきゃ誰が打つ」という言葉があるそうだ。この「お前」という部分に与田監督が「選手がかわいそうだ」と違和感を示し、応援団がこの歌を使うのを自粛したというニュースが話題になっている。お前は「御前」のことであり、かつては「神仏や貴人の前」など、敬称として使われた。しかし、現代では主に男性が同等あるいは目下の者に使う言葉だ。中日の応援ソングをめぐる騒動は、言葉に対し人それぞれ微妙な感覚を持っていることを示している。  かつて、この言葉を普段からよく使う人が私の周辺にもいた。デスクという立場にあるこの人は、第一線記者の原稿を見たり、取材の指示を出したりする際に必ずこう言うのだった。「〇〇君(あるいは呼び捨てで)」と名前を読んだ後、「お前さんのこの原稿だがねえ……(原稿の内容について問い合わせの時)、「お前さん、これを取材してほしいんだ……」(取材の依頼の時)と話すのだった。初めに名前を読んでいるのだから「お前さん」は必要ないはずだが、必ず付け加えるのである。 「お前」だと見下すような印象があるが、「さん」が付くとそれが少し緩和され、仲間意識が伝わるから、彼はそれを意識して使っていたのかもしれない。落語を聞いていると、奥さんが旦那を呼ぶ際に使っているが、現代の家庭にこうした呼び方が残っているかどうか分からない。かつての社会部デスクは江戸っ子だったから、何気なくこの言葉が口に出たのかもしれない。  昭和の歌謡曲で「おまえに」というフランク…

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1791 続スティグマ助長の責任は 熊本地裁のハンセン病家族集団訴訟

 熊本地裁は28日、ハンセン病元患者の家族の集団訴訟で、国に責任があるという判決を言い渡した。当然のことである。国の誤った隔離政策で差別を受け、家族の離散などを強いられたとしてハンセン病の元患者の家族561人が国を相手に損害賠償と謝罪を求めた裁判で、総額3億7675万円の支払いを命じたのだ。2001年5月、同じ熊本地裁は元患者への賠償を命じる判決を出した。国が控訴せず、この判決が確定したのは当時の小泉首相の政治判断だった。今回政府はどう対応するのだろう。「大阪城にエレベーターをつけてしまったのは大きなミス」と語った安倍首相だけに期待は?である。  以前書いたハンセン病に関するブログから、隔離政策の歴史に関する部分を読み直してみた。以下のように書いてある。 《日本では1907(明治40)年に制定された「癩予防ニ関スル件」(法律第11号)によってハンセン病患者を強制隔離する人権無視の政策が始まった。この法律は1931(昭和6)年に「癩予防法」(旧法)となり、さらに1953(昭和28)年に「らい予防法」(新法)と改められたが、ハンセン病患者排除の思想を継承し、ハンセン病患者は国立の療養所(全国13カ所)に強制的に入れられ、社会と隔絶された生活を送らなければならなかった。1998(平成8)年になってようやく「らい予防法」が廃止になった。この後、鹿児島県と熊本県の2つの療養所の入所者が起こした国家賠償請求訴訟で熊本地裁は2001(平成13)年5月11日、①旧法(癩予防法)を1953年まで廃止しな…

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1782 絶対ではない人間の目 相次ぐ誤審の落とし穴

 ゴルフのように審判がいない競技もあるが、スポーツ界で審判は重要な役割を持っている。審判の判断に勝敗の行方が大きくかかわることが多く、「誤審」が話題になることも少なくない。人間の目は確かなようで間違いもあるため、最近はビデオ判定も珍しくない。サッカーのJリーグの誤審に続いて、大相撲でも夏場所13日目の栃ノ心と朝乃山戦で日本相撲協会に抗議が殺到する誤審(私はそう判断する)が起きた。50年前の横綱大鵬の大記録が途切れた際の誤審をきっかけにビデオ判定が導入されたといわれるが、今回も人間の目を優先した結果、落とし穴に落ち、相撲ファンに不信感を与えてしまった。  米大リーグをテレビで見ていると、「チャレンジ」という言葉が時々使われる。監督が審判の判定に異議を申し立てると、ビデオ判定員に確認を求めるのだ。2014年から採用された制度で日本のプロ野球でも監督が判定に対し映像によるリプレー検証を求める「リクエスト」という制度が2018年から実施されている。セーフかアウトか、本塁打かファールかなどで、判定が覆ることがしばしばある。  微妙な場面で人間の目が、見間違いを犯してしまうことがよく分かる。その典型が、今月17日に埼玉スタジアムで開催されたサッカーJ(1)リーグ、浦和レッズと湘南ベルマーレの試合のゴールの判定だった。前半31分、ベルマーレの選手によるシュートがゴールしたにもかかわらず、主審は右のポストに当たってゴールラインを割って反対側のサイドネットを揺らしたとして、得点を認めなかった。映像を見て…

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1781「政治とは距離を置く」 仏地方紙の気骨を羨む

 フランスのマクロン大統領が複数の地方紙のインタビューに応じた際、大統領府が記事を掲載する前に見せるよう求めていたことが明らかになった。記事の事前検閲といえる。反発した一部の地方紙はインタビューに加わらなかったという。「政治とは距離を置く」というのが理由だ。当然のことだ。昨今、日本の報道機関にはこうした報道機関の基本姿勢を忘れた幹部が存在することに歯がゆい思いがする。  新聞社や通信社の記者は、取材して書いた記事は事前に取材対象に見せることはしないのが原則だ。識者への談話取材などでその内容を説明することはあるが、記事そのものを相手に見せることはない。事前検閲に応じていたら、権力を批判する自由な記事は書けない。マクロン大統領のインタビュー記事を見せることを断った新聞社がある一方で、応じた新聞社もあったという。それらの新聞は「政治とは距離を置く」という原則を忘れたのか、初めからなかったのだろう。  このブログで何回か、日本の首相動静の記事について書いたことがある。首相番の政治部若手記者が首相の一日の動きを追い、時間ごとに場所、会った相手と目的(会議や会合など)を掲載している。この動静でこのところ目に付くのが、マスコミ関係者との会食・懇談だ。  連休明け後、その会食・懇談は顕著だ。ちなみに新聞報道によると▼8日(東京・丸の内のパレスホテル4階宴会場「桔梗」)▼9日(東京・千代田区の帝国ホテル内の「中国料理 北京」)▼15日(東京・港区の寿司店「すし処魚しん」)▼21日(東京・赤坂の日本…

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1778「はるかクナシリに」 国会議員の「戦争発言」と酒の二面性

 「知床旅情」という歌を知っている人は多いだろう。作詞作曲した森繁久彌さんや加藤登紀子さんが歌い、私も好きな曲である。この歌の一番の詞の最後は「はるかクナシリに 白夜は明ける」となっている。「クナシリ」は北方領土(四島)のうちの国後島のことである。つい先日、国後島へのビザなし交流訪問団に参加していた丸山穂高という衆院議員が飲酒後、訪問団の団長に質問する形で「戦争で島を取り返すことに賛成か反対か」という発言をしていたことが明らかになり、所属していた日本維新の会から除名された。本人は国会議員はやめない意向だが、こんな議員がいる国会の劣化は激しいといっていい。  この議員の発言について「失言」あるいは「大失言」という表現の報道を見た。失言は「言ってはいけないことを、不注意で言ってしまうこと。言いあやまり。過言」(広辞苑)という意味で、丸山議員の言葉は失言というよりも酒の勢いを借りての本音ではないかと私は思う。日本維新の会代表の松井大阪市長は「議員を辞職すべきだ」と語ったが、代表自ら辞職を勧告すべきではないか。(注記、その後の言動を見ていると、酒に関係なく、この人の考え方は危うい) 「古代ギリシャ人は、アルコールの化学的成分やその神経組織に対する影響については無知だったが、人間の意識にあたえる効果については不可思議な何ものかがあると認めていた。何杯かのワインによって“途方もない”喜悦に体をほてらせ、平凡さ、偶然、必滅とかを感じなくなるプルースト(筆者注『失われた時を求めて』の作者ばりの感覚を得…

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1777 小説『俺だけを愛していると言ってくれ』 一時代を駆け抜けた男への挽歌

 言うまでもなく、人生は出会いと別れの繰り返しである。長い人生の旅を続けていると、邂逅の喜び、悲しみに鈍感になる。とはいえ、誰もが「別れ」は使いたくない言葉のはずだ。友人が書いた中編小説『俺だけを愛していると言ってくれ』(菅野ゆきえ著・文芸社)を読んだ。充実した人生を送ってきたはずの夫が難病に侵され、妻を苦しめる。壮絶な病気との闘いをメーンにした愛の物語だ。日本のあるいは世界のどこかで、このような現実に直面している人たちが少なくないだろう。悲しい結末だ。この物語には、平穏な生活を取り戻した妻の心に去来するものがちりばめられている。  夫(山元智史)と妻(洋子)が交互に語り手となり、それぞれの視点で描かれている。「若年性レビー小体型認知症」という難病との闘いがテーマの一つになっており、当然ではあるが、視点は大きな隔たりがある。それが結果的に緊張感が伴い、今日性の高い作品として読む者を惹きつける。  物語は電機メーカーの営業マンとして生きてきた智史が医師から認知症だと宣告される場面から始まる。58歳になったころから智史は鍵やカードを頻繁になくし、趣味のテニスもコートの場所と時間を間違えたりする。会社では決裁文書を放置し、取引先との面談予定を失念するなど失敗を繰り返すようになったため、市民病院で診察を受けたのだ。  認知症について辞書には「成人後期に病的な知能低下が起きる状態。いわゆる呆け・物忘れ、徘徊などの行動を起こす」(広辞苑)と載っている。智史の病名のレビー小体型認知症は、「…

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1775「恐れてはならぬ」時代 改元の日に思うこと

 30年と4カ月続いた平成という元号が4月30日で終わり、5月1日から令和になった。改元の経験はこれで2回になる。私が生まれた昭和は遠くなりつつある感が深い。昭和は戦争という負のイメージとともに、戦後の経済復興という力強い歩みの側面もあった。これに対し平成は多くの国民が踊ろされてしまったバブル経済が崩壊し、以後、少子高齢化社会の進行を背景に日本社会から活力が失われ、さらに阪神大震災と東日本大震災、東京電力福島第一原発事故に代表される「災害」に国民生活が脅かされ続けた時代でもあった。  本棚を整理していて、この時代に起きたテロに関する本を読み直した。村上春樹『アンダーグラウンド』(講談社文庫)とジム・ドワイヤー、ケヴィン・フリン『9・11 生死を分けた102分』(文藝春秋・三川基好訳)の2冊である。今、世界ではテロが相次いでいる。だが、衝撃度が格段に高いのは2冊の本に描かれた事件ではないかと思う。日本では1995年3月20日の地下鉄サリン事件(死者13人、重軽症者約6300人)、海外では202年9月11日の米国の同時多発テロ(死者2996人=被害者2977人+実行犯19人、負傷者6291人以上)だ。カルト教団とイスラム過激派が私たちの想像を超えた手段によって無差別テロを起こし、多くの市民を犠牲にした2つ事件をこの時代に生きた私たちは別格的存在として記憶している。  村上はノーベル賞受賞が近いといわれる作家だが、この作品は地下鉄サリン事件被害者へのインタビューを集めたノンフィクションだ。村…

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1774 4月28日は何の日か 沖縄問題素通りの日米首脳会談

 10連休2日目の4月28日は、サンフランシスコ平和条約(対日講和条約)が発効した日だ。第2次世界大戦後、米国を中心とする連合国に占領されていた日本が各国との間でサンフランシスコで平和条約を調印したのは1951年9月8日で、この条約は翌52年4月28日に発効した。67年前のことである。これにより連合国による占領が終わり、日本は主権を回復したのだが、この条約で日本から切り離された沖縄、奄美、小笠原は米国の施政下に置かれたから、沖縄では「屈辱の日」とも呼ばれている。そんな日の新聞には日米首脳会談の記事が載っている。だが、である……。  今更言うまでもないことだが、沖縄の米軍普天間基地を名護・辺野古へと移設しようとする政府の方針は、県民投票でノーを突き付けられた。その前の知事選、つい先日の衆院選補選でも新基地建設反対の声が支持された。その民意を「真摯に受け止める」と語ったはずの安倍首相は、今回の日米首脳会談にどう臨んだのだろうか。  外務省のホームページから要点だけ記すと、会談で話し合われたのは①朝鮮半島非核化について②北朝鮮による日本人拉致問題解決のための連携強化③日米安保同盟の強化④日米貿易交渉について⑤G20大阪サミット関係⑥新天皇即位後の初国賓としてトランプ大統領を招待――といった内容だった。結局、今回も沖縄の基地問題は素通りだった。  相変わらず、沖縄の民意は無視されたといっていい。最近、新元号の発表でテレビへの露出度が高くなり、「次の首相候補に急浮上」という形で各メディアが…

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1769 時代を映す鏡 水上勉の社会派推理小説再読

 水上勉の社会派推理小説といわれる一連の作品を集中して再読した。作品名を順番に挙げると『霧と影』『巣の絵』『海の牙』『爪』『耳』『死の流域』『火の笛』『飢餓海峡』(いずれも朝日新聞社発行の「水上勉社会派傑作選」より)である。いずれも、戦後の社会風俗を色濃く反映した作品だ。犯罪は時代を映す鏡だといわれる。そのことを意識しながら、これらの作品を読み進めた。  社会派推理小説として水上が最初に書いたのは『霧と影』だった。水上は社会派の作家、松本清張のベストセラー『点と線』に刺激を受けて洋服の行商をしながらこの作品に取り組み、殺人事件の中にトラック部隊事件(戦後不要になった大量の軍需品を運び出して売りさばいた非合法組織による窃盗団)など、当時の社会状況を材料に取り入れ完成させ、一躍社会派推理作家の仲間入りを果たした。また、『海の牙』は殺人事件の中に熊本の水俣病(作品では架空の水潟市が舞台)を織り交ぜ、この作品によって多くの人が水俣病公害に目を向けるきっかけともなったといわれる。 『飢餓海峡』は映画やテレビドラマにもなった水上の代表的作品で、青函連絡船「洞爺丸転覆事故」(1954年9月26日、台風15号の影響で洞爺丸が転覆し、1155人の死者・不明者が出た)と「岩内大火」(洞爺丸事故と同じ日に発生、市街の8割、3298戸が焼失し36人の死者が出た)をモデルにしたことはよく知られている。この作品の構想は、洞爺丸遭難と同じ日に町を焼き尽くした岩内大火があったことを、1961年に同町に講演に行った際に…

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1767辞書を引きながら…… 無常を感じる新元号発表の日

 新聞、テレビが大騒ぎをしていた新元号が「令和」と決まった。多くの人たちは西暦表記に慣れているので、元号が替わっても何の影響もないが、元号とは何なのだろう。「元号法」という法律もあるが、よく分からない。「令」も何となく違和感がある。  元号法は2つの条文しかない。「1、元号は、政令で定める。2、元号は、皇位の継承があった場合に限り改める。」(三省堂『新六法』)これだけである。法律にはその法律を定めた意義や目的が掲げられているのだが、なぜか元号法にはない。仕方なく、辞書を引いてみた。  新明解国語辞典(三省堂)では「その天皇在位の象徴として、年に付ける名称。[明治以降は一代一元に定められた]」とあり、広辞苑(岩波書店)には「年号に同じ」という説明が書かれていた。広辞苑で「年号」を引くと、「皇帝が時をも支配するという思想から中国・漢の武帝の時に「建元」(西暦紀元前140年)としたのが始まりで、日本では645年に「大化」としたのが最初。天皇が制定権を持ち、即位や祥瑞(めでたいこと)、災異(天変地異)その他によりしばしば改めたが、明治以降は一世一元となり、1979年公布の元号法も、皇位の継承があった場合に限ると規定」(一部略)――とあった。こうした歴史の経緯や元号法の規定を見ても明らかのように、元号は天皇制と密接につながっていることが理解できる。  新元号の「令和」に関しては、万葉集の大伴旅人の梅の花の歌の序文(新春例月、気淑風和)が典拠という解説が新聞にあり、「和」については特に説明…

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1766 体は小さくても  貴景勝の可能性

  大相撲の貴景勝が大関に昇進することが決まった。平均身長184センチ、同体重164キロと大型化した大相撲の世界で、体重こそ170キロと平均を上回るものの、身長は175センチと決して大きくはない。スポーツは体の大小だけではないことを貴景勝の活躍が示している。 「その体で十両は無理といわれた。押し相撲で幕内は無理、三役は無理、大関は無理と言われた。そう言われても頑張れるし、美学じゃないがそれしか生き残る道はないと思っている」。テレビのインタビューを見ていたら貴景勝はこう言い、「次は上を目指す」と大関は通過点に過ぎないと口にした。大関伝達の使者に対しては「武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず、相撲道に精進してまいります」という口上を返した。彼の話を聞いていると、考え方がしっかりしている。22歳の若者を見直す思いでテレビを見た。  体が小さいといえば、大リーグのヒューストン・アストロズにホゼ・アルトゥーベ(ベネズエラ)という2塁手がいる。公表されている身長は5フィート6インチ(167・5cm)だ。実際はこれよりも小さい165cmという報道もある。いずれにしろ、現役メジャーリーグで最も身長が低い(体重は約75キロ)選手なのだ。しかし、この小さな体でこれまでに首位打者3回、盗塁王2回 MVP1回(アメリカンリーグ)を獲得し、「小さな巨人」と呼ばれている。  大柄が当然な相撲や野球の世界で、小さいといわれる自分の体を生かして活躍する2人を見ていて、力が湧く子どもたちも多いのでは…

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1764 日米で特別な存在に イチローの引退

 大リーグ・マリナーズのイチロー外野手(45)が東京ドームの開幕2戦目後、現役引退を表明した。13年目に入ったこのブログでイチローをこれまで6回取り上げている。それだけ、イチローは気になる存在だったといえる。人生には「特別な一瞬」があるが、21日夜の、東京ドームはイチローにとってまさにその時間だったといえる。  大リーグ、マリナーズとアスレチックスの試合は地上波の日本テレビが途中まで中継した。その後はBS(日本テレビ)放送のサブチャンネル(映像がかつてのアナログ放送のように粗い)で放送され、8回裏、一度ライトの守備に就いたイチローが交代すると、マリナーズの選手全員が守備位置を離れ、3塁側のベンチ前に戻ってイチローを出迎え、抱擁する場面が演出された。延長戦までもつれ込んだ試合が終わってからも観客は帰らず、しばらくしてイチローが再登場、ファンに何度も手を挙げて別れを告げた。 「人生の特別な一瞬というのは、本当は、ごくありふれた、なにげない、あるときの、ある一瞬の光景にすぎないだろう。(中略)ほとんど、なにがなく、あたりまえのように、そうと意識されないままに過ぎていったのに、ある一瞬の光景だけが、そこだけ切りぬかれたかのように、ずっと後になってから、人生の特別な一瞬として、ありありとした記憶となってもどってくる」(詩人、長田弘詩集『人生の特別な一瞬』晶文社・より)  日米4367安打(NPB1278、MLB3089)という不世出の記録を作り出したイチローにとって、思い出に残る場面は数多…

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1763 世界はどこへ行くのか NZクライストチャーチの凶行

 ニュージーランド(NZ)南島最大の都市で「ガーデンシティ」と呼ばれるほど美しいクライストチャーチで、信じられない事件が起きた。2つのイスラム教モスク(礼拝所)でオーストラリア人の男が銃を乱射し、50人が死亡した。世界でも有数の安全な国といわれるNZでさえ、こうしたテロが起きる時代。世界はおかしな方向へと突き進んでいると思わざるを得ない。  クライストチャーチといえば、東日本大震災(2011年3月11日)の直前の2月22日、この街はM6・1の地震に見舞われた。この地震によって街の象徴、大聖堂の尖塔が倒壊するなどして多くの人が崩壊した建物の下敷きになり、死者185人が出たことは記憶に新しい。死者のうち28人は日本からの留学生だった。  テレビニュースで、事件の発生場所近くの公園が映し出され、どこかで見たことがあると思った。そうだ、この街の中心部にあるハグレイ公園ではないか。面積は165ヘクタールで東京日比谷公園の10倍もある広大な公園だ。難を逃れ、この公園に避難した人もいたようだ。10数年前、この街を訪れ、公園を歩いたことを思い出した。緑が多く、水が澄んだ川には遊覧用の小舟が浮かび、この街に住む人たちをうらやましく思った。  事件は白人至上主義に陥った28歳の若者の犯行だった。時代が進んでも人種差別は永遠に消えない。米国の白人による黒人差別の歴史は生々しいし、ヒトラー率いるナチスドイツはおびただしいユダヤ人を虐殺した。日本人もまた、アジアの他の国の人たちを見下した時代があった。21…

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1762 無頼の人がまた消えた 頑固記者の時代は遠く

 私がこの人に初めて会ったのは、ホテルオークラと米国大使館側の裏玄関からエレベーターに乗った時だった。共同通信社はかつて赤坂にあった(現在は汐留)。7月。この人は白系統のサマースーツ姿で、まぶしいばかりだった。東京の人は気障だなと思った。名前は知らないが、少し崩れた雰囲気から社会部の人だと直感し、あいさつした。「今度仙台から転勤してきました石井です」と。正解だった。すると、この人は「君が石井君か。警視庁担当の板垣だ、よろしく」と、低音だが、よく響く声で返してくれた。それが無頼記者、板垣恭介さんとの出会いだった。その板垣さんが3月13日に亡くなった。86歳だった。  板垣さんは根っからの事件記者だが、皇室も担当した。板垣さんの著書『無頼記者』『続無頼記者』(以上、マルジュ社)、『明仁さん、美智子さん、皇族をやめませんか  元宮内庁記者から愛をこめて」(大月書店)を読むと、その反骨ぶりが浮き彫りになる。反骨とはいえ、取材対象から愛された記者だった。宮内庁担当時代、記者会見の際に美智子皇后(当時は皇太子妃)にたばこの火をつけてもらったこともあるといい、週刊誌にも載った。  無頼記者を気取ってはいたが、実は生真面目であり、神経はこまやかだった。犯罪史に残る「3億円事件」が時効を迎えた1975(昭和50)年、私はこの取材班の一員となり、東京三多摩地方の隅々を取材した。当時板垣さんは警視庁担当キャップだった。取材内容を連載記事にまとめるにあたって、もう一人の社会部デスク(板垣さんとウマが合った菊池…

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1760 言葉が泣いている 検討から真摯へ

 昨今、政治家の常套(じょうとう)語として使われるのは「真摯」だ。以前から国会で使われている常套語の代表ともいえる「検討」という言葉の影が薄くなったほどである。本来「まじめでひたむきなこと」という意味の真摯が、いい加減な言葉として使われているようで残念でならない。折角の言葉も使われ方次第で、品位を失ってしまう典型といっていい。  国会の審議でよく聞かれる「検討します」という言葉は「よく調べて、対策を講じる」はずなのに、質問をはぐらかすために答える「何もやらない」という意味に使われることがほとんどだ。あいまいな意味の役人用語でもある。与党の質問には「前向きに検討します」という答弁が目立つのだが、野党の質問に対してはまともに答えないから、最近は「検討します」という言葉自体、あまり聞かれない。 「真摯」の方は、森友・加計問題や沖縄の辺野古新基地問題で政府首脳が連発している。その裏でどう見ても真摯とは思えない言動が明らかだから、その姿勢は実は「ふまじめでいい加減」に見える。2月の辺野古基地建設の是非をめぐる沖縄県の県民投票で、建設反対票が7割以上という結果が出た後、安倍首相は「真摯に受け止め、沖縄の基地負担軽減に取り組む」と発言した。だが、県民投票の翌日から土砂投入が再開され、玉城デニー知事との会談では「世界で一番危険といわれる普天間の状況を置き去りできない」と語るだけで、県民投票の結果を考慮しない頑なな姿勢を続けている。いわば無視といっていい。  そして、沖縄では「真摯」とは程遠い問題…

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