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小径を行く

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小径を行く
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自宅周辺には大雨を調整するための人工池と雑木林、けやき並木の遊歩道があり、四季折々自然を楽しんでいます。こうした自然を友にした散歩の途中、現代世相について諸々考えることがあります。2006年9月からスタートし、12年1700回を超えたこのブログは、そうした私の日常雑感をつづっています.










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タイトル 日 時
1707 感動の手紙の交換 骨髄移植シンポを聴く
1707 感動の手紙の交換 骨髄移植シンポを聴く  命が大事であることは言うまでもない。人間にとってそんな基本的なことをあらためて考える機会があった。骨髄移植に関するシンポジウムでのことである。骨髄移植。日常的にはこの言葉を聞くことは少なくない。だが、その実情は私を含め、多くの人は知らないのではないか。人生は生と死かない。この世に生を受けた以上、だれもが幸福で豊かな人生を送りたいと思う。だが、そうは行かない。それをこのシンポジウムで痛感した。 ...続きを見る

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2018/09/19 09:44
1706 戦争を憎む強いまなざし 最近読んだ3冊の本
1706 戦争を憎む強いまなざし 最近読んだ3冊の本  女性作家による太平洋戦争〜終戦直後を扱った3冊の本を読んだ。乃南アサ『水曜日の凱歌』(新潮文庫)、須賀しのぶ『紺碧の果てを見よ』(新潮文庫)、中脇初枝『神に守られた島』(講談社)である。乃南は1960(昭和35)、須賀は1972(昭和47)、中脇は1974(昭和49)年生まれであり、当然ながら戦争を知らない世代だ。だが、3冊からは戦争を憎む強いまなざしが感じられ、それぞれに深い余韻を味わった。いまも新聞の投書欄には戦争体験が特集されている。戦後73年とはいえ、あの戦争は遠い存在ではないのだ。 ... ...続きを見る

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2018/09/17 12:11
1705 秋の気配そこまで 野草と月とそばの季節に
 1705 秋の気配そこまで 野草と月とそばの季節に  9月も半ば。これまで味わったことがないような猛暑、酷暑の夏が過ぎて、秋の気配が漂ってきた。コオロギの鳴き声も次第大きくなり、エアコンに頼らず、自然の風の中で生活ができるのはとてもうれしい。そんな一夕、正岡子規が好きな人たちが集まって開いている句会があった。今回で15回を数える。兼題、席題とも秋にふさわしいものだった。集まった人たちは日本の詩情に触れながら、一足早い秋を味わった。(俳句は末尾に掲載) ...続きを見る

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2018/09/14 06:35
1704 大谷の二刀流復活記念日は? けがとの闘い1年を振り返る
1704 大谷の二刀流復活記念日は? けがとの闘い1年を振り返る  俵万智の歌集『サラダ記念日』(河出書房)が280万部というベストセラーになったのは、31年前の1987年のことだった。歌集には題名となった「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」の短歌が収められていて、「記念日」という言葉が強く印象に残った。さて、きょう13日は私にとってもある記念日なのである。 ...続きを見る

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2018/09/13 16:17
1703 北海道大地震の体験 知人のブログから
1703 北海道大地震の体験 知人のブログから  北海道に住む知人夫妻が、ブログに北海道胆振東部地震の体験記を書いている。自然災害が多発する日本列島に住む私たちに貴重な情報だ。以下に核心部分を紹介する。 ...続きを見る

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2018/09/08 20:26
1702 繰り返す自然災害 想定外からブラックアウトへ
1702 繰り返す自然災害 想定外からブラックアウトへ 「予(われ)、ものの心を知れりしより、四十(よそじ)あまりの春秋(しゅんしう)をおくれる間に、世の不思議を見ること、ややたびたびなりぬ(「私は物事の分別がつくようになったころから、40余年の歳月を送ってきた。その間に常識ではあり得ないような、さまざまなことを見ることが度々あった」 ...続きを見る

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2018/09/07 15:35
1701 朝鮮出兵に巻き込まれた男の数奇な運命 飯嶋和一の『星夜航行』
1701 朝鮮出兵に巻き込まれた男の数奇な運命 飯嶋和一の『星夜航行』  14世紀後半、豊臣秀吉は明(現在の中国)征服を唱えて2回にわたって朝鮮出兵を行い、、明の従属国だった李氏朝鮮を攻撃した。「文禄・慶長の役」(1592〜93、97〜98)といわれる朝鮮侵略だった。飯嶋和一の『星夜航行』(新潮社)を読んだ。この侵略戦争に巻き込まれた海商の数奇な運命を描いた1100頁(上下巻)を超える壮大なスケールの物語であり、人の運命はその時代から逃れられないこと、為政者の誤った考えがいかに危険であるかを示した作品だ。 ...続きを見る

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2018/09/05 09:29
1700 初秋の風物詩 栃の実の落下が続く遊歩道
1700 初秋の風物詩 栃の実の落下が続く遊歩道  私の家の前は遊歩道になっていて、街路樹としてのけやきの大木がある。そのけやき通りを東に歩いていくと、街路樹は数本のクスノキとなり、さらにその次にはトチノキが植えられている。9月になった。トチノキの実(栃の実)が次々と落ちてきて、気を付けないと頭に当たる。遊歩道は栃の実と剥がれた皮が転々としていて、初秋の風物詩を演出している。 ...続きを見る

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2018/09/04 20:33
1699 できるのかパラリンピック 障害者雇用水増しの国なのに
1699 できるのかパラリンピック 障害者雇用水増しの国なのに  かつて、職場の同僚に半身が不自由な同僚がいた。彼女は自由な方の手でパソコンを打ち、きっちりと仕事をこなしていた。誠実でまじめだから同僚たちから信頼されていた。障害者雇用で採用された一人だった。障害者雇用の義務がある国の行政機関の多くで雇用した障害者数を水増しするというでたらめが発覚し、怒りを覚えるとともに、彼女のことを思い出した。こんな国が2020年にパラリンピックをやるという。まやかしであり、開催する資格はないと私は思う。 ...続きを見る

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2018/08/30 17:48
1698 戦争に翻弄された世界のフジタ 2枚の戦争画は何を語るのか
1698 戦争に翻弄された世界のフジタ 2枚の戦争画は何を語るのか  太平洋戦争中、画家たちは軍部の依頼・指示によって国民の戦意高揚を意図する絵を描いた。エコール・ド・パリの画家として知られる藤田嗣治もその一人だった。東京都美術館で開催中の「藤田嗣治展」で、そのうちの2枚を見た。彼を有名にさせた「乳白色の画」とは異なる迫真性に富んだ作品だ。あの戦争が終わって73年。意外にも、この2枚の大作の前で足を止める人はあまりいなかった。     その絵は『アッツ島玉砕』(1943年作)と『サイパン島同胞臣節を全うす』(1945年作)である。北アメリカのアッツ島は194... ...続きを見る

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2018/08/23 16:03
1697 社会現象になった金足農 「ベースボールの今日も暮れけり」
1697 社会現象になった金足農 「ベースボールの今日も暮れけり」 「刀折れ矢尽きる」あるいは「弓折れ矢尽きる」というのだろうか。甲子園の夏の高校野球決勝、大阪桐蔭―金足農戦(12-3で大阪桐蔭が優勝。春夏連覇の2回という新記録を達成)をテレビで見ていて、この故事を思い浮かべた。「戦う手段が完全になくなる。物事を続ける方策が全くなくなる」(広辞苑)という意味だが、それでも劣勢に立たされた金足農は最後まであきらめなかった。閉会式の途中、甲子園球場の外野席後方に虹が出た。それは優勝した大阪桐蔭よりも台風の目ならぬ「大会の目」になった金足農ナインを祝福しているよう... ...続きを見る

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2018/08/21 20:48
1696 落語で聞いた特攻の母 鎮魂と祈りの季節に
 1696 落語で聞いた特攻の母 鎮魂と祈りの季節に  桂竹丸の「ホタルの母」という落語を聞いた。これが落語かと思った。それは創作落語で語り継ぐ戦争。「特攻」の「ホタルの母」だった。舞台は鹿児島知覧。太平洋戦争末期、本来なら日本の将来を担う若者たちがここから特攻機に乗り込み、尊い命を失った。この若者たちを支えた女性がいた。それがこの落語の主人公の鳥濱トメさんだ。実話を基にした落語は、涙なしには聞くことができなかった。 ...続きを見る

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2018/08/19 22:10
1695 シベリアで死んだ友人の父のこと してるふりの遺骨収集
1695 シベリアで死んだ友人の父のこと してるふりの遺骨収集  正午、甲子園球場の高校野球が中断し黙とうの放送が流れた15日、友人がフェースブックでシベリアに抑留されて命を落とした父親のことを書いている。父親がシベリアで亡くなったことは聞いていたが、旧満州時代のことは初めて知った。友人にとってもこの日は辛く悲しい1日なのだ。 ...続きを見る

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2018/08/15 15:35
1694 戦いに仆れた沖縄県知事 「わたしは人間だったのだ」
1694 戦いに仆れた沖縄県知事 「わたしは人間だったのだ」  人は理不尽なことに対し、どのように向き合うか。その一つの答えを示し、道半ばにして仆れたのは現職でがんのために67歳で死去した沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事だった。孤軍奮闘という言葉は、この人のためにあったといって過言ではあるまい。普天間基地の辺野古移設問題で、文字通り命を削って安倍政権と対決した。沖縄の人々は現職知事の死を複雑な思いで受け止めているだろう。私は翁長氏の遺志は、純粋な気持ちを持つ多くの人に受け継がれると信じている。 ...続きを見る

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2018/08/10 22:38
1693 高校野球美談の陰で 猛暑が及ぼす甲子園記念大会への影響
1693 高校野球美談の陰で 猛暑が及ぼす甲子園記念大会への影響  異常な暑さの中で甲子園の夏の高校野球大会が続いている。熱中症で足がけいれんした左翼手に相手校の3塁コーチの選手が駆け寄り、冷却スプレーで冷やしてやった、というニュースが美談として報じられている。これだけでなく、今大会は暑さのために毎日のように足がつる選手が続出している。さらに暑さが審判の判断にも影響しているとしか思えない「誤審」も目立っている。 ...続きを見る

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2018/08/08 16:38
1692 先人たちの思いは 東京医大の入試女子差別
1692 先人たちの思いは 東京医大の入試女子差別  日本の女医第1号は、荻野吟子である。そして、日本初の東京女子医学校(現在の東京女子医大)を創設し、女子の医学教育に尽くしたのが吉岡彌生だった。吉岡を尊敬し医師になり、医療活動の生涯を送ったある女性から何回かにわたり話を聞いたことがある。この3人だけでなく、かつて医師を目指した女性たちは差別との闘いを強いられた。東京医大の入試で、女子の合格者を3割以下に抑えるため女子受験者の点数が一律に減点されていたという。いまもって、この分野でも女子への差別が依然残っていることに複雑な思いを抱いた。 ...続きを見る

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2018/08/05 13:40
1691 続パソコンの延命策 内蔵HDDをSSDに換装
1691 続パソコンの延命策 内蔵HDDをSSDに換装  以前デスクトップのパソコンの調子がおかしくなった際、内蔵ハードディスクドライブ(HDD)を交換した。しかし、OSをウインドウズ10にバージョンアップしてから動きが遅いと感じたので、HDDよりも高速だといわれるSSDに替えることにトライした。HDDの交換で四苦八苦したことが幸いし、今度は意外と簡単だった。しかも、結果は満足すべきものだった。 ...続きを見る

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2018/07/31 07:57
1690 台風一過の午後のひととき プレーヤーに入れたCDはあの曲
1690 台風一過の午後のひととき プレーヤーに入れたCDはあの曲  台風一過、暑さが戻ってきた。こんな時にはCDを聴いて少しでも暑さを忘れたいと思う。プレーヤーに入れたのは、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」(ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団)だった。実は昨日、友人が演奏者として参加したコンサートでこの曲を聴く予定だった。しかし台風が接近したのに加え急用ができてしまい、出かけることを断念した。そのため、この曲をかけようと思ったのだ。 ...続きを見る

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2018/07/29 16:45
1689 邯鄲の昼寝 覚める時まで真に生きたい
1689 邯鄲の昼寝 覚める時まで真に生きたい 「イタリアやスペインでは〇〇は四季を通じて行われ、一つの文化である」。これは角川俳句大歳時記(角川学芸出版)に出ている、ある季語の解説の一部だ。賢明な方はすぐにあれかと思い至るはずだ。そうです。「〇〇」は「昼寝」でした。この夏は猛暑を超えた酷暑が続いている。それだけに昼寝は疲労回復のためにも必要なのかもしれない。 ...続きを見る

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2018/07/27 17:29
1688 観測史上最高の「激暑」 心配な東京五輪
1688 観測史上最高の「激暑」 心配な東京五輪  近所の自治会の掲示板に、夏休みの子どもたちの「ラジオ体操」や「そうめん流し大会」中止の案内が出ていた。長引く猛暑の影響だ。散歩をしていると干からびたミミズの多くの死骸が目に付き、街路樹からはうるさいほどのセミの鳴き声が聞こえる。大暑の23日、埼玉県熊谷市では午後2時過ぎ、観測史上最高の41・1度を記録した。風呂に入っているような温度である。テレビのアナウンサーは「各地で命に関わる危険な暑さになっている。熱中症に厳重に警戒してください」と、呼び掛けている。異常な猛暑(酷暑、溽暑、炎暑ともいうらし... ...続きを見る

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2018/07/23 18:06
1687 孤軍奮闘の御嶽海 甘えの横綱たち
 1687 孤軍奮闘の御嶽海 甘えの横綱たち  3人の横綱だけでなく、新大関の栃ノ心までけがで休場した大相撲名古屋場所。14日目で関脇御嶽海が初優勝を決めた。それに対し残った大関2人は元気がなく、ようやくカド番を脱した。それでも人気があるから、相撲協会は危機感を持っていないのかもしれないが、大相撲史上に残る寂しい場所といっていい。背景には横綱の甘えがあるように思えてならない。 ...続きを見る

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2018/07/21 20:46
1686 夕焼けの中で 郷愁誘う自然の芸術
1686 夕焼けの中で 郷愁誘う自然の芸術  私は夕焼けを見るのが好きだ。なぜ? 大空に展開する自然の芸術に陶酔する時間がたまらないのかもしれない。昨日の夕、久しぶりにこの風景に出会った。猛暑続きの日々、夕焼けは翌日の好天の予兆だそうだ。その通り、きょうも朝から暑い。 ...続きを見る

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2018/07/20 05:51
1685 害虫と益虫をめぐる勘違い 「こがねむし」の歌私見
1685 害虫と益虫をめぐる勘違い 「こがねむし」の歌私見  毎年、いまごろの暑い時期になると、庭のナツツバキ(シャラノキ)に昆虫がやってきて葉を食い荒らす。体長2・5センチほどの昆虫だ。背中は緑色に光っている。私はこの昆虫をカナブンだと思い込み、家族に「またカナブンが来ている」と話した。だが、調べてみると、カナブン(青銅色)は実は益虫であり、庭に来ていたのはコガネムシだった。この虫が題名になったよく知られている童謡があるが、こちらも実はこの虫を歌ったものではないようなのだ。 ...続きを見る

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2018/07/18 18:19
1684 仏像との対話 皮相浅薄時代に
 1684 仏像との対話 皮相浅薄時代に 「君たちは古美術品が語りかけてくることを一言一句聞き漏らしてはならない」。日本の古美術再生運動を指導した岡倉天心(1863〜1913)が、東京美術学校(東京芸大の前身)校長就任の際のあいさつで、こう話したという。明治維新後、日本では廃仏毀釈の運動が全国の寺を襲い、多くの寺院や仏像が被害を受けた。明治政府が神仏集合をやめ神仏分離を布告したことがきっかけだった。廃仏毀釈は明治4年の廃藩置県後下火になり、仏教復興へと流れは変化した。だが、この短期間の破壊行為は日本の古文化財に計り知れない打撃を与えた。... ...続きを見る

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2018/07/17 20:40
1683「酷暑」の夏 涼を求めて
1683「酷暑」の夏 涼を求めて  新聞に「酷暑」の見出しが躍っている。外からはやかましいクマゼミ(熊蝉)の鳴き声が聞こえる。きょうも暑くなりそうだと思いながら、部屋の温度計を見ると、午前8時を少し回ったばかりなのに、既に30度を超えている。つい「暑い!」と口走ってしまう。すると、体中から汗が吹き出しますます暑苦しくなっていく。避難所暮らしの西日本豪雨の被災者がつらい日々を送っていることを思い、我慢、我慢と言い聞かせる。 ...続きを見る

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2018/07/16 09:58
1682 夢二の逆転の発想 「宵待草」の花が咲く
1682 夢二の逆転の発想 「宵待草」の花が咲く  今夏も近所の調整池を周る遊歩道に、月見草の花が咲いた。早朝の散歩で黄色い、可憐な印象の花を見た。この花の正式名称はアカバナ科のマツヨイグサで、南米チリ原産の帰化植物だそうだ。江戸時代に渡来し、野生化したものだが、太宰治の『富嶽百景』という私小説の中にもこの花が出てくる。太宰が「富士には、月見草がよく似合ふ」と書くように、この花はいつの間にか日本の風景の中に溶け込んだようだ。 ...続きを見る

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2018/07/14 17:45
1681「悪い年回り」にこそ 西日本豪雨災害に思う
1681「悪い年回り」にこそ 西日本豪雨災害に思う  物理学者で随筆家の寺田寅彦が「天災と国防」というエッセーを発表したのは1934(昭和9)年11月のことだった。この中で寅彦は「ことしになってからいろいろの天変地異が踝(くびす)を次いでわが国土を襲い、そうしておびただしい人命と財産を奪ったように見える」と書いている。この年は函館大火、室戸台風による近畿地方の風水害が発生し、甚大な被害が出た。あれから84年。関西地方の地震に続き、西日本豪雨という大きな自然災害が続き、寅彦の「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」(講談社学... ...続きを見る

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2018/07/11 16:45
1680 ああ文豪も新聞離れ ゲーテの理想的生き方
1680 ああ文豪も新聞離れ ゲーテの理想的生き方  ドイツの文豪ゲーテ(1749〜1832)は、様々な言葉を残している。18世紀中ごろから19世紀前半に生きた人であり、現代とは2世紀前後の差がある。とはいえ、その数々は現代に通ずるもので考えさせられるのだ。現代世相を引き合いに、いくつかの言葉を紹介してみる。(いずれも高橋健二訳『ゲーテ格言集(新潮文庫より) ...続きを見る

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2018/07/06 09:33
1679「本を読むことはひとりぼっちではない」 苦闘する書店への応援メッセージ
1679「本を読むことはひとりぼっちではない」 苦闘する書店への応援メッセージ  日本各地で書店・本屋が消えている。郊外のショッピングセンター内の大型書店の出現やアマゾンなど通販サイトの普及、さらに電子書籍の参入と若者の本離れなど、背景には様々な要因があるだろう。書店が一軒もない町や村は今ではそう珍しくはない。「書店が少ない国は文化レベルが下がってしまう」と思うのは、早計だろうか。 ...続きを見る

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2018/07/03 15:49
1678 絶望的状況の中でも タイの少年たちへ
1678 絶望的状況の中でも タイの少年たちへ  タイ北部チェンライ郊外のタムルアンという洞窟でサッカーチームの少年12人とコーチ1人の計13人が不明になって2日で9日となる。昼夜を徹しても救助活動が続いているが、大量にたまった濁水で作業は難航しているという。このニュースを見て、2010年にチリで起きた鉱山の落盤事故を思い浮かべた。それは絶望的状況に置かれても、人間の強い生命力を示すものだった。 ...続きを見る

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2018/07/02 15:06
1677 恩讐のかなたに 明治維新と会津
1677 恩讐のかなたに 明治維新と会津  ことしは明治維新から150年になるという。明治維新については様々なとらえ方があるが、日本社会が武家中心の封建国家から近代国家へと大きく転回したことは間違ない。その裏で薩摩、長州藩を中心にした新政府軍(官軍)と戦った旧幕府軍は賊軍といわれ、奥羽越列藩同盟各藩の人々は大きな辛酸をなめた。特に会津がそうだった。 ...続きを見る

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2018/06/28 21:57
1676 思い出の花を求めて 乃南アサ『六月の雪』
1676 思い出の花を求めて 乃南アサ『六月の雪』 「欖李」(ランリー)という花の存在を初めて知った。乃南アサの小説『六月の雪』(文藝春秋)は、32歳の杉山未來という女性がけがをして入院中の祖母を励ますため、祖母が生まれ育った台湾の台南を訪ねる物語だ。祖母は台南で「6月の雪を見た」と記憶し、その真相を探る未來の旅の中でこの花が作品の題名に通ずる、重要な役割を演じているのだ。  ...続きを見る

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2018/06/25 13:31
1675 なちかさや沖縄 今を「生きる」
1675 なちかさや沖縄 今を「生きる」  23日は沖縄慰霊の日だった。糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた沖縄全戦没者追悼式。ことしも中学生による平和の詩の朗読があった。沖縄県浦添市立港川中3年の相良倫子(14)さんが読み上げる「生きる」という詩を聞いていて、胸が熱くなった。それは戦後沖縄でうたわれた「屋嘉節」という民謡を彷彿させるものだった。 ...続きを見る

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2018/06/23 19:45
1674 辞書を引く楽しみ 「問うに落ちず語るに落ちる」
1674 辞書を引く楽しみ 「問うに落ちず語るに落ちる」  最近、辞書を引くことが多い。分厚い辞書だけでなく電子辞書には出版社別のいろいろな辞書が入っていて、気になる言葉を簡単に調べることができる。例えば「語るに落ちる」という言葉がある。政治家の言動を見ていると、昨今これに当てはまることが少なくないことに気が付く。政治の劣化と言われて久しいが、政治家より政治屋という妖怪が永田町を徘徊していることが背景にあるのだろうか。 ...続きを見る

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2018/06/22 18:21
1673 濁世と坊ちゃんの啖呵 漱石の言葉の爽快さ
1673 濁世と坊ちゃんの啖呵 漱石の言葉の爽快さ  夏目漱石の『坊ちゃん』に有名なたんか(啖呵)が出てくる。「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴」(9章)である。「濁世」(だくせ、じょくせ、ともいう)という言葉がおかしくない時代、坊ちゃんのたんかを思い切り言ってみたいと思う昨今だ。 ...続きを見る

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2018/06/20 08:54
1672 方丈記と重なる少女の災難 胸えぐられる光景
1672 方丈記と重なる少女の災難 胸えぐられる光景  大阪府北部で最大震度6弱を観測した18日朝の地震で、高槻市の市立寿栄(じゅえい)小学校のブロック塀が倒壊し、小学4年の三宅璃奈さん(9)が死亡するなど、大阪を中心に大きな被害が出た。大阪に住む友人に連絡すると「怖かった」という声が返ってきた。天変地異が相次いだ時代に生きた鴨長明(1155−1216)は、『方丈記』で人生の無常を記したが、その中にも土塀が崩れ、子どもを亡くした武士の号泣する姿が描かれている。いつの時代でも突然子どもを失った親の悲しみの深さは変わらない。 ...続きを見る

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2018/06/19 14:08
1671 サッカーの祭典と子規 苦しみは仁王の足の如し
1671 サッカーの祭典と子規 苦しみは仁王の足の如し  サッカーW杯ロシア大会が始まった。テレビニュースを見て、なぜかワクワク感があることに気づいた。それは同じように4年に1回開催されるオリンピック(夏、冬2年の間隔)の開幕とほぼ似た感覚だ。これは私だけでなく、スポーツを愛好する多くの人に共通するものなのかもしれない。 ...続きを見る

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2018/06/17 08:47
1670 虐待死と新幹線殺人 満席の『万引き家族』
1670 虐待死と新幹線殺人 満席の『万引き家族』  東京都目黒区のアパートで船戸結愛ちゃんという5歳の女の子が虐待で死亡、継父と実母が逮捕されたのに続き、走行中の新幹線車内で22歳の男が乗客を刃物で襲い、女性客を守ろうとした男性が殺される事件が起きた。2つの事件とも家族の在り方が問われる深刻な背景があった。折から、現代の日本社会を風刺するような是枝裕和監督の映画『万引き家族』が先週から上映されている。 ...続きを見る

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2018/06/14 16:41
1669 大谷と職業病 スポーツ選手のけがとの闘い(3)
 1669 大谷と職業病 スポーツ選手のけがとの闘い(3)  野球の投手にとって肘の損傷は「職業病」といっていい。これまで多くの投手がこのけがに苦しみ、野球人生を途中で断念した投手も少なくない。大リーグに行き、エンゼルスで投打の二刀流に挑んでいる大谷翔平(23)が右肘の内側副靱帯(じんたい)を損傷し、10日間の故障者リストに入ったという。大谷にとって試練の時を迎えたといっていい。 ...続きを見る

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2018/06/10 18:36
1668 被災地に流れる交響曲 自然との共生願って
1668 被災地に流れる交響曲 自然との共生願って  仙台の友人がアマチュアオーケストラで、ベートーベン(ベートヴェンとも表記)の交響曲6番「田園」を演奏したという。この曲は多くの人が知っていて、かつては同名の名曲喫茶店もあった。そのポピュラー性が嫌われるのだろうか、クラシック専門家の評価はそう高くない。だが、友人のブログを読んで久しぶりにCD(カラヤン指揮ベルリンフィル)を聴いてみると、懐かしさが蘇った。 ...続きを見る

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2018/06/09 08:41
1667 「ここに地終わり海始まる」 心揺すられる言葉
1667 「ここに地終わり海始まる」 心揺すられる言葉 「ここに地終わり海始まる」ポルトガルの国民詩人ルイス・デ・カモンイス(1525?−1580)の詩の一節だ。リスボンの西シントラ地方のロカ岬はユーラシア大陸の西の果てといわれ、140メートルの断崖の上に十字架がある石碑が立っている。そこにはこの言葉が刻まれている。混沌とした時代。なぜかこの言葉が心を打つ。 ...続きを見る

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2018/06/07 16:38
1666 正義の話について 膨らむ疑問
1666 正義の話について 膨らむ疑問  昨今、「正義」という言葉を考えることが多い。森友学園問題で大阪地検特捜部は国有地の8億円もの大幅値引き売却に対する背任や決裁文書を改ざんした虚偽有印公文書作成など全ての告発容疑について、佐川宣寿前国税庁長官など財務省幹部ら38人全員を不起訴処分にした。一方、愛媛県今治市への加計学園の獣医学部新設を巡り、加計孝太郎理事長が安倍晋三首相と面会したとの県や市への報告は虚偽だったと学園が発表した。釈然としない捜査結果だし、不可解な学園の釈明(その場の雰囲気でふと思ったことを言った=事務局長談)だ。いず... ...続きを見る

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2018/06/01 13:54
1665「人よ嗤え 我は我 」 ゴンゴラの詩に共感
1665「人よ嗤え 我は我 」 ゴンゴラの詩に共感  最近の世相を見ていると、スペインの詩人、ルイス・デ・ゴンゴラ(1561〜1627)の詩を思い浮かべる。それは「人よ嗤え(わらえ) 我は我」で始まる短い詩だ。束の間、この詩を読み、浮世を忘れる。それほどに、いやなニュースが新聞紙面に載っている日々なのだ。 ...続きを見る

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2018/05/30 20:34
1664 品格ある麦秋風景 日暮れを忘れるころ
1664 品格ある麦秋風景 日暮れを忘れるころ  間もなく麦の穂が実り、収穫するころをいう「麦秋」を迎える。七十二候では小満「麦秋至」(新暦で5月31日〜6月4日ごろ)だ。私の家の周辺で麦畑を見るのは困難だが、同じ千葉市内の知人の自宅近くには農家があって麦を栽培しているという。収穫期を迎え、黄色く色づいた麦畑は、私の子どものころに親しんだ風景でもあった。 ...続きを見る

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2018/05/26 17:22
1663 高官を危うくする4つの弊害 「迎合」は汚職より悪質
1663 高官を危うくする4つの弊害 「迎合」は汚職より悪質  フランシス・ベーコンの『随想集』(岩波文庫・渡辺義雄訳)の頁をめくっていたら、「高い地位について」という随想が目についた。ベーコンは高い地位に就いた者が注意すべき事柄を挙げ、特に「権威の弊害」として具体的に4つの項目を示している。中でも私がこれは!と思ったのが「迎合」だった。 ...続きを見る

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2018/05/25 18:48
1662 笑いに飢えた時には 寿限無を思い出す長い駅名
1662 笑いに飢えた時には 寿限無を思い出す長い駅名 「人生には笑ってよいことが誠に多い。しかも今人(こんじん)はまさに笑いに飢えている」民俗学者として知られる柳田国男が『不幸なる芸術・笑いの本願』(岩波文庫)という本の中で、こんなことを書いている。柳田の言うように、人生では笑っていいことがたくさんあるはずだ。だが、昨今の日本人から笑いが少なくなっている気がする。 ...続きを見る

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2018/05/24 19:01
1661 坂の街首里にて(10)完 沖縄の心・芭蕉布
1661 坂の街首里にて(10)完 沖縄の心・芭蕉布   沖縄を歌った曲で「芭蕉布」(吉川安一作詞、普久原恒男作曲)は、詩の美しさ、曲のさわやかさで知られている。私も好きな歌の一つである。自宅に帰った後、首里の坂道、階段、石畳を思い出しながら、この曲をあらためて聞いた。夜、BS放送にチャンネルを合わすと、偶然だろうが、芭蕉布の織り方の特集をやっていた。 ...続きを見る

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2018/05/19 09:24
1660 旅行記を読む楽しみ 知人の四川高地行
 1660 旅行記を読む楽しみ 知人の四川高地行  旅行記といえば、どんな本を思い浮かべるだろう。イザベラ・バード『日本紀行』(あるいは『日本奥地紀行』)、沢木耕太郎『深夜特急』、司馬遼太郎『街道を行く』、ジュール・ヴェルヌ『80日間世界一周』(小説)あたりか。最近、中国・四川省を旅した知人から、旅行記が送られてきた。知人らしく中国の現状分析もあって、格調ある記録だ。コーヒーを飲みながら旅行記を読み、知人の歩いた中国を想像した。 ...続きを見る

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2018/05/17 07:59
1659 坂の街首里にて(9) 土地の香がする琉球泡盛
1659 坂の街首里にて(9)  土地の香がする琉球泡盛  沖縄の酒といえば琉球泡盛といっていい。ふだんこの酒とは縁がない。だが、首里に滞在している間、琉球泡盛を飲んだ。焼酎と共通する個性を感じ、これまでほとんど口にしなかったこの酒に親しんだ。振り返ると、郷に入っては郷に従えということを、酒で実践した日々だった。 ...続きを見る

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2018/05/16 08:25
1658 坂の街首里にて(8) タイル画の道
1658 坂の街首里にて(8) タイル画の道  首里は石段と坂の街であり、石畳の通りもある。滞在した住宅も丘の途中にあって、坂を上り下りして日常生活を営んでいる。首里の街を下って行き、那覇のメーンストリートともいえる国際通りにたどり着く。ここまで来ると、平たんな道が続いている。ここから少し歩いたところに、タイル画の通りがあった。色とりどりのタイル画を埋め込んである焼き物の街だった。 ...続きを見る

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2018/05/15 08:55

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