アクセスカウンタ

小径を行く

プロフィール

ブログ名
小径を行く
ブログ紹介
 私の家の周辺には大雨を調整するための人工池と雑木林、けやき並木の遊歩道があります。首都圏とはいえ自然が豊かで、四季折々の風景を楽しんでいます。
 こうした自然を友にした散歩の途中、現代世相について諸々考えることがあります。2006年9月からスタートし、これまでに12年、1750回を超えたこのブログは、そうした私の日常雑感をつづっています。                     
                             筆者・石井克則 
 



zoom RSS ブログ 新着記事

タイトル 日 時
1763 世界はどこへ行くのか NZクライストチャーチの凶行
1763 世界はどこへ行くのか NZクライストチャーチの凶行  ニュージーランド(NZ)南島最大の都市で「ガーデンシティ」と呼ばれるほど美しいクライストチャーチで、信じられない事件が起きた。2つのイスラム教モスク(礼拝所)でオーストラリア人の男が銃を乱射し、50人が死亡した。世界でも有数の安全な国といわれるNZでさえ、こうしたテロが起きる時代。世界はおかしな方向へと突き進んでいると思わざるを得ない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/03/16 21:22
1762 無頼の人がまた消えた 頑固記者の時代は遠く
1762 無頼の人がまた消えた 頑固記者の時代は遠く  私がこの人に初めて会ったのは、ホテルオークラと米国大使館側の裏玄関からエレベーターに乗った時だった。共同通信社はかつて赤坂にあった(現在は汐留)。7月。この人は白系統のサマースーツ姿で、まぶしいばかりだった。東京の人は気障だなと思った。名前は知らないが、雰囲気から社会部の人だと直感し、あいさつした。「今度仙台から転勤してきました石井です」と。正解だった。すると、この人は「君が石井君か。警視庁担当の板垣だ、よろしく」と、低音だが、よく響く声で返してくれた。それが無頼記者、板垣恭介さんとの出会いだ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/03/14 22:38
1761 浜辺の風景が変わっても 3・11から8年
1761 浜辺の風景が変わっても 3・11から8年  あの日から8年が過ぎた。3・11東日本大震災である。8年前の記憶は人それぞれにしても、現代に生きる日本人にとって忘れがたい大災害だった。大災害に襲われた福島、宮城、岩手の3県だけでなく茨城、千葉の沿岸部の被災地で「これまでの経験から、避難しなくても大丈夫だと思った」という人が大勢いた。それが人的被害を拡大する要因になったといわれる。自然の脅威。時代は変わってもこの言葉は永遠なのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/03/12 12:34
1760 言葉が泣いている 検討から真摯へ
1760 言葉が泣いている 検討から真摯へ  昨今、政治家の常套(じょうとう)語として使われるのは「真摯」だ。以前から国会で使われている常套語の代表ともいえる「検討」という言葉の影が薄くなったほどである。本来「まじめでひたむきなこと」という意味の真摯が、いい加減な言葉として使われているようで残念でならない。折角の言葉も使われ方次第で、品位を失ってしまう典型といっていい。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/03/06 08:56
1759 桜の季節そこまで 四季の美しさ見つめて
 1759 桜の季節そこまで 四季の美しさ見つめて  シンガポールから東京にやってきた19歳の留学生が「初めて四季の美しさに目覚めた」ということを書いた新聞の投書を読んだ。「日本は四季がはっきりしていて、自然が美しい」といわれる。しかし、そうした環境に身を置くと、ついそれが普通と思ってしまいがちだ。この留学生のような瑞々しい感覚を取り戻す機会が間もなくやってくる。桜の季節である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/03/04 16:52
1758 ほろ苦い青春の一コマ 肘折こけしで蘇る
1758 ほろ苦い青春の一コマ 肘折こけしで蘇る  先日、友人たちとの会合で懐かしい地名を聞いた。「肘折」(ひじおり)という知る人ぞ知る地域だ。山形県最上郡大蔵村にあり、温泉とこけしで知られている。日本でも有数の豪雪地帯で多いときは4メートルを超すというが、今日現在の積雪量は約2・3メートルだから、この冬は雪が少ないようだ。私の家には数本のこけしがあり、その中に「肘折 庫治」と書かれた1本も含まれている。肘折系こけし工人で著名な奥山庫治の初期の作品なのだが、このこけしを見る度にほろ苦い経験を思い出す。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/02/27 13:58
1757 知的好奇心あふれる人たちとの出会い なぜ本を読むのか
1757 知的好奇心あふれる人たちとの出会い なぜ本を読むのか  人はなぜ本を読むのか。それぞれに考え方はあるだろう。ルネサンス期の哲学者、ベーコンの考えは一つの見識でもある。それは時代が変わっても共感できる部分が少なくない。スマートフォンの時代となり、読書人口は減っているといわれる。だが、やはり読書は人生にとって欠かせない重みを持つ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/02/26 08:52
1756 消えゆく校歌 ラオスとベトナムで歌い継がれる2つのメロディー
1756 消えゆく校歌 ラオスとベトナムで歌い継がれる2つのメロディー  いま、日本の各地から懐かしいメロディーが消えつつある。校歌である。少子高齢化に伴う人口減少、東京をはじめとする大都市圏への人口の一極集中などによって公立学校の廃校が相次いでいるからだ。当然、校歌を歌う子どもたちの姿は少なくなり、校歌は卒業生の思い出の中に残るだけになってしまう実情が続いている。こんな中、福島県で間もなく廃校になる小学校と統合で消えた小学校の2つの校歌が東南アジアの山岳辺境地帯で歌われているという。嬉しい話題である。どんな経緯があったのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/02/20 17:00
1755 まさか、まさかの時代 トランプ大統領ノーベル平和賞推薦
1755 まさか、まさかの時代 トランプ大統領ノーベル平和賞推薦  米国のトランプ大統領が、北朝鮮問題で安倍首相からノーベル平和賞に推薦されたことを明らかにした。問題の多いトランプ氏をなぜ平和賞に推薦するのか、どうして? と、首をひねった。だが、トランプ氏は「あのオバマがもらったのだから、私ももらって当然」と思っているのかもしれない。トランプ氏が大統領に当選したこと自体、米国のメディアが予想もしなかった「まさかの時代」だから、ブラックユーモアと笑っていることもできない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/02/18 22:10
1754 若者の未来奪った五輪の重圧 円谷幸吉の自死から51年
 1754 若者の未来奪った五輪の重圧 円谷幸吉の自死から51年  東京五輪のマラソンで銅メダルを獲得した円谷幸吉が自殺をしたのは1968(昭和43)年1月9日のことである。27年の短い生涯だった。あれから51年の歳月が流れている。円谷の自殺に関しては当時から、次のメキシコ五輪で金メダルをという重圧を受ける中での腰の故障による不調、指導を受けていた自衛隊体育学校のコーチの左遷、結婚の破談が重なったことが要因との見方が強い。これを世に広めたのはベストセラー『深夜特急』の作者、沢木耕太郎のノンフィクション作品だった。最近、沢木の作品の内容に疑問を呈する小説を読み、... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/02/15 14:48
1753 天に通じる肉親の言葉 池江選手の白血病公表
1753 天に通じる肉親の言葉 池江選手の白血病公表 「人事を尽くして天命を待つ」というよく知られた言葉がある。「人としてできる限りのことをして、その結果は天の意思に任せるということ」(大修館書店・明鏡国語辞典)という意味だ。中国南宋時代の政治家で儒学者、胡寅(こいん)が記した『読史管見』にある「人事を尽くして天命に聴(まか)す」が出典といわれる。水泳の池江璃花子選手が白血病であることを公表したニュースを聞いて、この言葉を思い浮かべた人は少なくないだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/02/13 09:46
1752『メロディに咲いた花たち』 人々に愛される四季の花と歌の本
1752『メロディに咲いた花たち』 人々に愛される四季の花と歌の本  花をテーマにした歌は少なくない。四季折々の花を歌ったメロディは心を和ませてくれる。そうした花の歌を集めた『メロディに咲いた花たち』(三和書籍)という本が、このほど出版された。この本には歌の紹介に合わせてさまざまな花の写真も掲載されている。この頁の写真、「アザミ」(本では平仮名)の花は以前の私のブログに載せたものを提供したものだ。それにしても詩(詞)の題材として、多くの花が人々に愛されることをこの本は教えてくれる。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2019/02/09 09:25
1751 聖書と日本の政界 北の空を凝視する風見鶏
1751 聖書と日本の政界 北の空を凝視する風見鶏  近所に地区の集会所があり、屋根に風見鶏の飾り物が付いている。風見鶏は鶏をかたどった風向計・魔除けのことで、ヨーロッパでは教会や住宅の屋根に取り付けられていて珍しくないという。だが、周辺ではここ以外にあまり見かけない。神戸あたりは多いのかもしれない。なかなか風情があるのに日本では「政界の風見鶏」というように、芳しくない意味に使われ、風見鶏にとって迷惑なことに違いない。最近もこの言葉を連想させるニュースに接し、気分が悪くなった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/02/05 15:48
1750 厳寒の朝の話題 ジャーナリズムの原点
1750 厳寒の朝の話題 ジャーナリズムの原点  今朝の最低気温は氷点下1度で、この冬の最低を記録した。寒い地方の人から見れば、千葉はその程度なのといわれるかもしれないが、やはり体にこたえる。毎朝、近所の広場で続いている6時半からのラジオ体操の参加者は、真夏だと約40人いる。それなのに今朝は9人しかいなかった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/01/28 16:44
1749 本土作家が描いた苦闘する沖縄の姿 真藤順丈『宝島』を読む
1749 本土作家が描いた苦闘する沖縄の姿 真藤順丈『宝島』を読む  沖縄には「ナンクルナイサ」(どうにかなる、何とかなるから大丈夫)という言葉がある。だが、この本を読んで、言葉の響きは軽くてもその意味は重いのではないかと考えた。それほどに本土に住む私でも胸が苦しくなるほど、沖縄は米軍と日本政府に苦しめられたことが理解できるからだ。それに抗った若者を描いたのが直木賞を受賞したこの作品である。賞の選考委員は「明るい内容」と評した。そうだろうかと思う。この本は4人の男女を軸にした1952年から1972(本土復帰)年までの沖縄の苦闘の物語である。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2019/01/24 09:26
1748「崎山公園」雑感 続・坂の街首里にて(7)完
1748「崎山公園」雑感 続・坂の街首里にて(7)完  坂の街首里から約3週間ぶりに平坦な千葉に戻ってきた。首里の街は急な上り下りが多く、しかも雨の日は石畳が滑りやすく、歩くことにかなり気を使った。体も疲れやすかった。そんな日々を過ごし、わが家周辺を歩くと、妙に足が軽い。スポーツジムで鍛える必要がないほど、首里での生活は筋力トレーニングになったようだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2019/01/17 07:42
1747 苦しい経験を生きる糧に 引退の稀勢の里へ
1747 苦しい経験を生きる糧に 引退の稀勢の里へ  大相撲の横綱稀勢の里が引退した。横綱在位12場所、15日間を皆勤したのはわずか2場所という短命な横綱だった。記録面から見ると、不本意な力士生活の頂点だったといえる。だが、なぜか気になる存在だった。それは相撲ファンに共通する見方だったかもしれない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/01/16 20:28
1746「魅力に満ちた伝統建築と風景のものがたり」続・坂の街首里にて(6)
1746「魅力に満ちた伝統建築と風景のものがたり」続・坂の街首里にて(6)  沖縄在住20年になる友人が、沖縄の建築物と風景を紹介するコラムを書き続けている。過日、その友人に会い懇談した。沖縄の魅力に惹かれて夫とともに本島中部の本部町に移住した友人はすっかり沖縄の人になっていた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2019/01/11 14:12
1745「美しく花開くためには」 続・坂の街首里にて(5)
1745「美しく花開くためには」 続・坂の街首里にて(5) 「むせび哭く み魂の散りしか この丘に かすかにひびく 遠き海鳴り」――悲しみを歌ったこの短歌があるのは、沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園だ。この公園にはこれまで何度か足を運んだ。しかし、高台にある各都道府県の碑には初めて行った。そこは私たち以外には人影はなかった。遥か遠くに神が宿る島といわれる久高島が見えた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/01/08 20:24
1744 辺戸岬の「復帰闘争碑」 続・坂の街首里にて(4)
1744 辺戸岬の「復帰闘争碑」 続・坂の街首里にて(4)  沖縄本島最北端の辺戸岬に行った。首里から車で約2時間半。断崖の下に広がる冬の海は白波を立て、以前見たような既視感を抱いた。そうだ。ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬と印象が似ているのだ。ロカ岬にはポルトガルの国民詩人といわれるルイス・デ・カモンイスの詩の一節「「ここに地終わり海始まる」が刻まれた十字架の石碑が建っていた。一方、辺戸岬には「祖国復帰闘争碑」と社会派の俳人、沢木欣一の句碑の2つが建っていた。「全国の そして世界の友人へ贈る」という書き出しの前者の碑を読みながら、沖縄の現状はこ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/01/06 18:28
1743 琉球王朝の初春儀式を見る 続・坂の街首里にて(3)
1743 琉球王朝の初春儀式を見る 続・坂の街首里にて(3)  新年を首里で迎えた。すぐ近くの首里城では約450年続いた琉球王朝時代に行われていた正月の儀式が公開された。初もうでは首里城周辺の3つの寺を回った。私の干支・酉年にちなむ寺で引いたおみくじは大吉だった。さて、今年の世相はどうなるのだろう。沖縄の2つの新聞の社説は「[辺野古 重大局面に]国会で説明責任果たせ」(沖縄タイムス)、「新年を迎えて 日本の民主主義は本物か」(琉球新報)――という見出しで、米軍普天間飛行場の辺野古移設に伴う新基地建設を政府が強行している問題に触れていた。    琉球・沖... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2019/01/02 18:20
1742 沖縄の正史と 稗史 続・首里の坂道にて(2)
1742 沖縄の正史と 稗史 続・首里の坂道にて(2)  歴史には正史と 稗史(はいし)・外史がある。正史は権力を持った側が自分の都合のいいように書いたといっていい。権力側=正義、反権力側=悪――という構図である。その構図が真実かどうかは分からない。普天間基地移転と名護市辺野古への新基地建設問題は、後世の人にはどのように受け止められるのだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/31 22:19
1741 歳末雑感 続・坂の街首里にて(1)
1741 歳末雑感 続・坂の街首里にて(1)  那覇の首里にいる。最高気温16度と寒く、風も強い年末だ。そんな中、居酒屋のオープンテラスで、夕食のひと時を送った。沖縄の人たちも寒そうにしながら道を歩いている。テレビでは、北海道や日本海側の地方の雪の景色を映し出している。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/29 10:40
1740 続・一筋の道 ある健康法
1740 続・一筋の道 ある健康法  知人の八木功さん(84)は、このブログで何回か取り上げていますが、東京・蒲田を中心に羽根つき餃子として有名になった「你好」(ニーハオ)の創業者です。9月の新橋店に続いて23日に新宿店が歌舞伎町にオープンしましたので、現在「你好」は宴会用の店を除いて11店になります。「アメリカン・ドリーム」という言葉がありますが、八木さんの場合もこれに当てはまり、まさしく「立志伝中の人」といえるでしょう。そして、その八木さんを支えているのが頑健な体なのです。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/24 15:45
1739 一筋の道を歩んだ運慶 史実とフィクションを考える
1739 一筋の道を歩んだ運慶 史実とフィクションを考える  奈良東大寺は盧舎那仏(奈良の大仏)だけでなく、南大門の金剛力士立像(向かって左が阿形=あぎょう、右が吽形=うんぎょう)もよく知られている。この二王像は運慶・快慶(運慶の兄弟子)らによる鎌倉彫刻の傑作といわれる。梓澤要(本名・永田道子)の『荒仏師運慶』(新潮文庫)には、この二王像制作過程だけでなく、仏師として一筋の道を歩んだ運慶の生涯が活写されている。現代でも弛みなく一筋の道を進んでいる人は少なくないだろう。私の周囲にもそんな知人が存在する。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/24 13:13
1738 歳末雑感 「接続狂の時代」について 
 1738 歳末雑感 「接続狂の時代」について   チャップリンによる「黄金狂時代」(1925)「殺人狂時代」(1947)という2本の名画がありますね。この2本の映画の題名を彷彿とさせる言葉に出会いました。「接続狂の時代」です。詩人の高橋郁男さんが詩誌に連載している、小詩集で書いていました。これはまさに、スマートフォンに頼る現代社会の人々の姿をとらえた言葉ではないかと、私は思うのです。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/18 14:57
1737「12・14は屈辱の日」 名護市の土砂強行投入、民意は?
1737「12・14は屈辱の日」 名護市の土砂強行投入、民意は?  沖縄に関する動きの中で、幾度となく「沖縄県民の気持ちに寄り添う」という言葉が使われた。6月23日の沖縄全戦没者追悼式と10月12日の玉城デニー沖縄知事との会談で安倍首相が、さらに10月9日の翁長知事県民葬で首相の言葉を代読した菅官房長官もオウム返しのようにこの言葉を並べた。しかし、この言葉が全くのまやかしだったことが、米軍普天間飛行場移設工事に関連し名護市辺野古沿岸部に政府が土砂を強行投入したことではっきりした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/15 15:50
1736 犯人は過酷な人生? 3億円事件から50年
1736 犯人は過酷な人生? 3億円事件から50年  東京・府中で3億円事件が発生したのは今から50年前の1968年12月10日だった。「強盗罪」なら公訴時効は10年だが、この事件は「窃盗罪」に該当したため7年後の1975年12月10日に時効となり、警視庁の捜査本部も解散した。時効成立後43年が経ている。だが、時として真犯人を名乗って話題を集めるケースが少なくないのは、この事件が日本の犯罪史上、現金を奪う(正確には盗む)手口が鮮やかなうえ、当時としては巨額の被害額だったことがあげられる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/11 22:46
1735 77年前の12月の朝 NBCがAPの至急報
1735 77年前の12月の朝 NBCがAPの至急報  今から77年前の1941(昭和16)年12月8日未明(ハワイ時間7日朝)、旧日本軍は米国のハワイ真珠湾を奇襲攻撃した。この朝ラジオで大本営発表を聞いた多くの日本国民は狂喜し、大国を相手にした戦争に勝てると信じた。一方、攻撃された米国では、どのように報道されたのだろう。AP(米国の通信社)の社史『ブレーキングニュース』(緊急速報の意)には、それが詳しく紹介されている。以下はその要約。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/08 22:38
1734 生きている化石の木が紅葉 街路樹の新興勢力・メタセコイア
1734 生きている化石の木が紅葉 街路樹の新興勢力・メタセコイア  手元に『巨樹』(八木下博著・講談社現代新書)という本がある。日本各地に存在するイチョウ、ケヤキ、カツラ、マツ、スギ、クスノキ、トチ、サクラなどの大木を紹介したものだ。この中に高さが25メートル〜30メートルのメタセコイア(和名、アケボノスギ)はない。実はこの木は前述の木々に比べると、日本では比較的新しい木なのだという。針葉樹ながら紅葉が美しいメタセコイアとは、どんな木なのだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/07 17:36
1733 カタカナ交じりの山手線新駅名 難しい言葉の選択
1733 カタカナ交じりの山手線新駅名 難しい言葉の選択  JR山手線田町〜品川間にできる新しい駅名が「高輪ゲートウェイ」と決まった。公募した新駅名では130位(36票)だったというニュースを見て、国鉄が民営化された当時、愛称として選ばれた「E電」のことを思い出してしまった。駅名だからすたれることはないだろうが、私自身は好きな名前ではない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/06 15:23
1732 過去・現在・未来 詩誌『薇』から
1732 過去・現在・未来 詩誌『薇』から  埼玉在住の詩人たちの同人詩誌『薇』の19号が届いたのを機会にこの詩誌のバックナンバーを取り出し、頁をめくってみた。創刊号に印象深い詩が掲載されていたことを思い出したからだ。この詩誌は2009年12月に創刊、年2回発行されている。今号は創刊時からのメンバーだった石原武さん追悼号となっており、この詩人の5つの詩のほか、メンバー8人の作品と「小景」というエッセーで石原さんをしのんでいる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/04 14:26
1731 暮れ行く初冬の公園にて ゴッホの「糸杉」を想う
1731 暮れ行く初冬の公園にて ゴッホの「糸杉」を想う  大阪市の長居公園(東住吉区)のすぐ近くに住む友人は、この公園の夜明けの風景を中心にした写真をフェイスブックに載せている。最近は夜明けではなく、夕暮れの光景をアップしていた。そのキャプションには「烏舞う夕暮れ。11月27日夕、長居公園。ゴッホの絵を想起」とあった。それはゴッホが好んで描いた「糸杉」の絵と印象が似ている。暮れ行く初冬の公園の姿は、たしかにゴッホの世界を彷彿とさせるのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/12/01 15:16
1730 10年で1000万部減の新聞 使命を忘れたら衰退の一途
1730 10年で1000万部減の新聞 使命を忘れたら衰退の一途  日本の新聞の発行部数は約4213万部(2017年・日本新聞協会)で、この10年で1000万部減ってしまった。驚くべき数字である。毎年100万部ずつ減少しているわけだ。この状態だと2018年の現在は4100万部台で、4000万部を割るのも時間の問題かもしれない。かつて第4の権力といわれた新聞はどこに行くのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/11/30 21:46
1729 ああ!妻を愛す 永遠の美を求める中山忠彦展
1729 ああ!妻を愛す 永遠の美を求める中山忠彦展  中山忠彦は、日本の現代洋画界を代表する一人といわれる。ほとんどが自分の妻を描いた作品というユニークさを持つ画家である。千葉県立美術館(JR京葉線千葉みなとから徒歩で約10分)で開催中の「中山忠彦――永遠の美を求めて――」をのぞいた。それは驚きの展覧会だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/11/28 09:26
1728 ルーベンス展でセネカに出会う 晩秋の西洋美術館で 
1728 ルーベンス展でセネカに出会う 晩秋の西洋美術館で   好天に恵まれた過日、晩秋の上野公園を歩いた。3つの美術館で開催中の展覧会のどれかを見るべく早めに家を出た。10時過ぎにはJR上野駅の改札口を出て、美術館に向かった。しかし、2つの美術館は長い行列が続いていた。結局、入ることができたのは3番目と考えていた国立西洋美術館の「ルーベンス展」だった。美術の秋、興味がある展覧会を催している美術館に入るのも容易ではないという日本。名画ファンが多いということなのだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/11/23 13:13
1727 日韓草の根交流半ばの死 ある記者の思い出 
1727 日韓草の根交流半ばの死 ある記者の思い出   日韓関係が危うい。韓国大法院の元徴用工に対する賠償判決、そして日韓両政府の合意で設立された慰安婦問題に対応する「和解・癒し財団」の韓国政府による解散表明は、嫌韓日本人を増加させている。こんな現状を見るにつけ、私は今年夏にこの世を去った一人の記者を思い出す。草の根交流を実践した人だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/11/22 09:40
1726 人間に付きまとう魔物 ゴーン氏と富について
1726 人間に付きまとう魔物 ゴーン氏と富について  日産自動車のカルロス・ゴーン氏が東京地検特捜部に逮捕されたことだけでなく、逮捕の理由を聞いて驚いた人は多いだろう。5年間に100億近い報酬を得ながら、その半分しかもらっていないと、有価証券報告書に申告していたというのだ。私はこのニュースを見て「守銭奴」という言葉を思い浮かべた。ゴーン氏にこの言葉が当てはまるかどうかは分からない。だが、世の中は金持ちほど、金に汚いという現実があることを改めて感じている。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2018/11/20 13:51
1725 けやきの遊歩道無残 紅葉奪った塩害
1725 けやきの遊歩道無残 紅葉奪った塩害  街路樹のけやきの葉の色がことしはおかしい。例年なら赤や黄、茶の3色に紅葉して美しい秋を演出するのだが、ことしに限って美しさが失われてしまった。よく観察してみるとほとんどの葉が褐色(こげ茶色)になっている。文字通り枯れ葉といった印象なのだ。その原因は台風による塩害だと思われる。この街に住んで30年以上になるが、初めての現象に出会った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/11/19 12:48
1724 59歳まで投げ抜いた伝説の投手 その名はサチェル・ペイジ 
1724 59歳まで投げ抜いた伝説の投手 その名はサチェル・ペイジ   日本ハムから大リーグ(MLB)のエンゼルスに移籍し、投手と打者の「二刀流」で活躍した大谷翔平の新人王受賞が決まった。何よりのことである。大谷と比較されるのは、大リーグ史上最もよく知られているベーブルースだろう。ルースは、二刀流から出発し、打者に専念して大打者の道を歩んだ。ルースほど有名ではないが、大リーグで59歳までプレーした大投手がいたことを知る人はそう多くはないかもしれない。サチェル・ペイジという伝説の投手である。将来、大谷もペイジのように伝説の選手になるだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/11/15 13:39
1723 職人気質が懐かしい どこへ行った厳格な品質管理
1723 職人気質が懐かしい どこへ行った厳格な品質管理  以前のことだが、途上国を歩いていて、私を日本人と思ったのか、現地の人からいきなり「ジャパン、ナンバーワン」と、声を掛けられたことがある。それは日本から輸出する製品についての称賛の言葉だった。かつて、とは書きたくないが、日本製品はほかの国の製品と比較して間違いなく優れていた時期があったのだと思う。だが、昨今はどうなのだろうか。日本製品は優秀という言葉は過去になりつつある事象が多すぎる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/11/09 18:28
1722 言葉に畏敬の念を 危ういSNS社会
1722 言葉に畏敬の念を 危ういSNS社会 「言葉は人間が背負い込んだ大きな不幸の一つ」作家の松浦寿輝が言葉について、『月の光 川の光外伝』(中公文庫)の中でこんなふうに書いている。小説『川の光』(続編『川の光2』・中央公論社)は突然始まった川の改修工事によって、川辺の棲家を失ったクマネズミ一家が平和な暮らしを求めて川の上流へと旅をする冒険物語。人間はあくまでわき役で、主役は動物たちだ。動物から見たら言葉を持つ人間は、複雑怪奇な存在なのかもしれない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/11/02 16:36
1721 餃子ランキング1位は? 食欲の秋の話題
1721 餃子ランキング1位は? 食欲の秋の話題 「食欲の秋」である。四季の中で秋は最も食材が多く、食欲が増進する季節であり、猛暑で落ちた体力も回復し食べる楽しみが続く。そんな季節、餃子を口にする人も少なくないだろう。餃子の種類は数多く、好みも様々だ。日本経済新聞の土曜日の別刷り版「NIKKEI プラス1」に「何でもランキング」という特集がある。10月27日号は「ご当地餃子」のランキングが掲載され、そこには私の知人が営む店の餃子が1位になっていた。東京蒲田「你好」の羽根つき餃子である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/10/27 17:52
1720 公園のベンチが書斎に 秋の日の読書の楽しみ
1720 公園のベンチが書斎に 秋の日の読書の楽しみ  近所の公園ベンチで読書をした。秋の日差しが優しく、ぽかぽかと暖かい。時々、近くの林からヒヨドリのさえずりが聞こえてくる。歩いている人はほとんどなく、さらに眠くもならないから、頁はどんどん進む。なかなかいい環境だ。これまで多くの読書時間は、通勤の行き帰りの電車の中だった。かなりの喧騒状態でも、読書に集中すれば音は気にならない。この環境とは逆の中で、秋の日の1時間を送った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/10/25 14:53
1719 痛ましい駅伝選手 這ってでものタスキリレー
1719 痛ましい駅伝選手 這ってでものタスキリレー  10月21日に開催された全日本実業団対抗女子駅伝の予選会で、中継地点目前で倒れた岩谷産業の2区、飯田怜が約200〜300メートルを這いながら進んだ。飯田は右足を骨折し、両ひざからは血が流れていた。繰り返しこのシーンがテレビで放映されている。痛ましい限りである。このところスポーツ界をめぐる暗い話題が尽きない。スポーツとは何なんだろうと思う。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/10/23 13:57
1718 花野を見ながら 今は風物詩のセイダカアワダチソウ
1718 花野を見ながら 今は風物詩のセイダカアワダチソウ  6時前に調整池周りの遊歩道を歩いていると、黄色い花野(花畑)が目の前に広がっていた。この季節の風物詩ともなった帰化植物のセイダカアワダチソウが満開を迎えたのだ。朝日俳壇に「逝きし子と手をつなぎゆく花野かな」(尼崎市・ほりもとちか)という句があった。さみしい句である。私も満開のセイダカアワダチソウの花野を見ながら、今は亡き犬のことを思った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/10/21 21:20
1717 AIが記者になる日 会見場の異様な人間マシン
1717 AIが記者になる日 会見場の異様な人間マシン  テレビで記者会見のニュースや中継を見ながら、違和感を持つことが続いている。会見で質問をする側の記者たちが相手の話をパソコンに記録しようと、一心にキーボードを打っている。あれじゃあ相手が言ったことを記録するだけで、ろくな質問ができないだろうなと思ってしまう。記録するだけなら、そのうちAI(人工知能)に取って代わられるのではないか。こうした光景は今や日常茶飯事らしい。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/10/18 21:54
1716 茶道と25年の歳月 映画「日日是好日」
1716 茶道と25年の歳月 映画「日日是好日」 「日日是好日」という言葉を座右の銘にしている人がいるだろう。広辞苑を引くと「毎日毎日が平和なよい日であること」と出ている。元々は中国の『碧巌録』(へきがんろく)という禅に関する仏教書の中にある言葉だという。読み方は3通り(にちにちこれこうにち、にちにちこれこうじつ、ひびこれこうじつ)ある。この言葉を題名にした映画を見た。先月亡くなった名女優樹木希林と若手演技派女優黒木華が共演した、茶道と人生をテーマにした淡々とした日々をつづる映画だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/10/16 09:41
1715 くろがねの秋の風鈴 瀟殺(しょうさつ)とした音色を聞く
1715 くろがねの秋の風鈴 瀟殺(しょうさつ)とした音色を聞く  作家の故藤沢周平は、人口に膾炙(かいしゃ)する=世の人々の評判になって知れ渡ること=俳句の一つとして飯田蛇笏(1885〜1962)の句を挙げている。「くろがねの秋の風鈴鳴りにけり」である。夏が終わり、秋になっても軒に吊るしたままの鉄の風鈴が風に吹かれて鳴っている。夏の風鈴よりも深みがある音は、秋の訪れを感じさせる―というような意味だろうか。藤沢は秋になっても隣家から聞こえる風鈴の音を聞いて、蛇笏の句を思ったそうだ。だが、昨今は風鈴を仕舞い忘れると、「風情を感じるのはあなただけで騒音ですよ」と苦... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/10/12 20:39
1714 2つの蜘蛛の糸 秋田の「命のまもりびと」
1714 2つの蜘蛛の糸 秋田の「命のまもりびと」  「私たちの活動は、(死に向かって)落ちそうになる人を受け止めるサーカスの網のようなものです。生きていれば楽しいことがあります。相談者には生きることに勇気と希望を持ってもらいたいのです」。中村智志著『命のまもりびと』(新潮文庫)を読んだ。秋田県で自営業者の自殺を踏みとどまらせようと相談を受け続ける「NPO蜘蛛の糸」の佐藤久男さんの活動の記録である。著者は「自殺は社会問題」という。佐藤さんの活動の記録は、まさに現代の日本社会の断面を映し出している。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2018/10/09 20:53

続きを見る

トップへ

月別リンク

小径を行く /BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる