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小径を行く

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小径を行く
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自宅周辺には大雨を調整するための人工池と雑木林、けやき並木の遊歩道があり、四季折々自然を楽しんでいます。こうした自然を友にした散歩の途中、現代世相について諸々考えることがあります。2006年9月からスタートし、12年1700回を超えたこのブログは、そうした私の日常雑感をつづっています.










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タイトル 日 時
1724 59歳まで投げ抜いた伝説の投手 その名はサチェル・ペイジ 
1724 59歳まで投げ抜いた伝説の投手 その名はサチェル・ペイジ   日本ハムから大リーグ(MLB)のエンゼルスに移籍し、投手と打者の「二刀流」で活躍した大谷翔平の新人王受賞が決まった。何よりのことである。大谷と比較されるのは、大リーグ史上最もよく知られているベーブルースだろう。ルースは、二刀流から出発し、打者に専念して大打者の道を歩んだ。ルースほど有名ではないが、大リーグで59歳までプレーした大投手がいたことを知る人はそう多くはないかもしれない。サチェル・ペイジという伝説の投手である。将来、大谷もペイジのように伝説の選手になるだろうか。 ...続きを見る

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2018/11/15 13:39
1723 職人気質が懐かしい どこへ行った厳格な品質管理
1723 職人気質が懐かしい どこへ行った厳格な品質管理  以前のことだが、途上国を歩いていて、私を日本人と思ったのか、現地の人からいきなり「ジャパン、ナンバーワン」と、声を掛けられたことがある。それは日本から輸出する製品についての称賛の言葉だった。かつて、とは書きたくないが、日本製品はほかの国の製品と比較して間違いなく優れていた時期があったのだと思う。だが、昨今はどうなのだろうか。日本製品は優秀という言葉は過去になりつつある事象が多すぎる。 ...続きを見る

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2018/11/09 18:28
1722 言葉に畏敬の念を 危ういSNS社会
1722 言葉に畏敬の念を 危ういSNS社会 「言葉は人間が背負い込んだ大きな不幸の一つ」作家の松浦寿輝が言葉について、『月の光 川の光外伝』(中公文庫)の中でこんなふうに書いている。小説『川の光』(続編『川の光2』・中央公論社)は突然始まった川の改修工事によって、川辺の棲家を失ったクマネズミ一家が平和な暮らしを求めて川の上流へと旅をする冒険物語。人間はあくまでわき役で、主役は動物たちだ。動物から見たら言葉を持つ人間は、複雑怪奇な存在なのかもしれない。 ...続きを見る

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2018/11/02 16:36
1721 餃子ランキング1位は? 食欲の秋の話題
1721 餃子ランキング1位は? 食欲の秋の話題 「食欲の秋」である。四季の中で秋は最も食材が多く、食欲が増進する季節であり、猛暑で落ちた体力も回復し食べる楽しみが続く。そんな季節、餃子を口にする人も少なくないだろう。餃子の種類は数多く、好みも様々だ。日本経済新聞の土曜日の別刷り版「NIKKEI プラス1」に「何でもランキング」という特集がある。10月27日号は「ご当地餃子」のランキングが掲載され、そこには私の知人が営む店の餃子が1位になっていた。東京蒲田「你好」の羽根つき餃子である。 ...続きを見る

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2018/10/27 17:52
1720 公園のベンチが書斎に 秋の日の読書の楽しみ
1720 公園のベンチが書斎に 秋の日の読書の楽しみ  近所の公園ベンチで読書をした。秋の日差しが優しく、ぽかぽかと暖かい。時々、近くの林からヒヨドリのさえずりが聞こえてくる。歩いている人はほとんどなく、さらに眠くもならないから、頁はどんどん進む。なかなかいい環境だ。これまで多くの読書時間は、通勤の行き帰りの電車の中だった。かなりの喧騒状態でも、読書に集中すれば音は気にならない。この環境とは逆の中で、秋の日の1時間を送った。 ...続きを見る

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2018/10/25 14:53
1719 痛ましい駅伝選手 這ってでものタスキリレー
1719 痛ましい駅伝選手 這ってでものタスキリレー  10月21日に開催された全日本実業団対抗女子駅伝の予選会で、中継地点目前で倒れた岩谷産業の2区、飯田怜が約200〜300メートルを這いながら進んだ。飯田は右足を骨折し、両ひざからは血が流れていた。繰り返しこのシーンがテレビで放映されている。痛ましい限りである。このところスポーツ界をめぐる暗い話題が尽きない。スポーツとは何なんだろうと思う。 ...続きを見る

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2018/10/23 13:57
1718 花野を見ながら 今は風物詩のセイダカアワダチソウ
1718 花野を見ながら 今は風物詩のセイダカアワダチソウ  6時前に調整池周りの遊歩道を歩いていると、黄色い花野(花畑)が目の前に広がっていた。この季節の風物詩ともなった帰化植物のセイダカアワダチソウが満開を迎えたのだ。朝日俳壇に「逝きし子と手をつなぎゆく花野かな」(尼崎市・ほりもとちか)という句があった。さみしい句である。私も満開のセイダカアワダチソウの花野を見ながら、今は亡き犬のことを思った。 ...続きを見る

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2018/10/21 21:20
1717 AIが記者になる日 会見場の異様な人間マシン
1717 AIが記者になる日 会見場の異様な人間マシン  テレビで記者会見のニュースや中継を見ながら、違和感を持つことが続いている。会見で質問をする側の記者たちが相手の話をパソコンに記録しようと、一心にキーボードを打っている。あれじゃあ相手が言ったことを記録するだけで、ろくな質問ができないだろうなと思ってしまう。記録するだけなら、そのうちAI(人工知能)に取って代わられるのではないか。こうした光景は今や日常茶飯事らしい。 ...続きを見る

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2018/10/18 21:54
1716 茶道と25年の歳月 映画「日日是好日」
1716 茶道と25年の歳月 映画「日日是好日」 「日日是好日」という言葉を座右の銘にしている人がいるだろう。広辞苑を引くと「毎日毎日が平和なよい日であること」と出ている。元々は中国の『碧巌録』(へきがんろく)という禅に関する仏教書の中にある言葉だという。読み方は3通り(にちにちこれこうにち、にちにちこれこうじつ、ひびこれこうじつ)ある。この言葉を題名にした映画を見た。先月亡くなった名女優樹木希林と若手演技派女優黒木華が共演した、茶道と人生をテーマにした淡々とした日々をつづる映画だった。 ...続きを見る

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2018/10/16 09:41
1715 くろがねの秋の風鈴 瀟殺(しょうさつ)とした音色を聞く
1715 くろがねの秋の風鈴 瀟殺(しょうさつ)とした音色を聞く  作家の故藤沢周平は、人口に膾炙(かいしゃ)する=世の人々の評判になって知れ渡ること=俳句の一つとして飯田蛇笏(1885〜1962)の句を挙げている。「くろがねの秋の風鈴鳴りにけり」である。夏が終わり、秋になっても軒に吊るしたままの鉄の風鈴が風に吹かれて鳴っている。夏の風鈴よりも深みがある音は、秋の訪れを感じさせる―というような意味だろうか。藤沢は秋になっても隣家から聞こえる風鈴の音を聞いて、蛇笏の句を思ったそうだ。だが、昨今は風鈴を仕舞い忘れると、「風情を感じるのはあなただけで騒音ですよ」と苦... ...続きを見る

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2018/10/12 20:39
1714 2つの蜘蛛の糸 秋田の「命のまもりびと」
1714 2つの蜘蛛の糸 秋田の「命のまもりびと」  「私たちの活動は、(死に向かって)落ちそうになる人を受け止めるサーカスの網のようなものです。生きていれば楽しいことがあります。相談者には生きることに勇気と希望を持ってもらいたいのです」。中村智志著『命のまもりびと』(新潮文庫)を読んだ。秋田県で自営業者の自殺を踏みとどまらせようと相談を受け続ける「NPO蜘蛛の糸」の佐藤久男さんの活動の記録である。著者は「自殺は社会問題」という。佐藤さんの活動の記録は、まさに現代の日本社会の断面を映し出している。 ...続きを見る

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2018/10/09 20:53
1713 寛容よりも道義 異論のススメへの異論
1713 寛容よりも道義 異論のススメへの異論  朝日新聞に佐伯啓思という京大名誉教授が「異論のススメ」という評論を載せている。2017年11月、朝日の当時の木村伊量社長が東電福島第一原発事故をめぐる「吉田調書」の記事や慰安婦報道の取り消しなど、一連の事態の責任を取って辞任した後に「あの朝日が」と思うほど、突然起用された保守派の論客である。10月5日付朝刊に載った佐伯氏の評論を読んで、かつてシベリアに抑留されて亡くなった山本幡男さんの遺書を思い出した。佐伯評論の内容は、遺書とは対極にあると思った。 ...続きを見る

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2018/10/07 08:03
1712 読書の秋 乱読・つんどく
1712 読書の秋 乱読・つんどく  急に涼しくなり読書の秋を迎えた。このところフィクション、ノンフィクションの区別なく興味があれば読んでいる。以下は9月から最近までに読んだ本(再読も含む)の寸評。 ...続きを見る

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2018/10/06 08:59
1711 オプジーボと先輩からのメール 本庶佑さんのノーベル賞に思う
1711 オプジーボと先輩からのメール 本庶佑さんのノーベル賞に思う  職場の先輩Yさんが肺がんで亡くなったのは2017年3月のことだった。闘病中のYさんから、当時としてはあまり聞きなれない「オプジーボ」という薬を使っているとメールをもらったことがある。がん患者には光明ともいえる薬である。この薬の開発につながる基礎研究をした京都大特別教授の本庶佑(ほんじょ・たすく)さん(76)が2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞することが決まったというニュースを見て、Yさんからのメールを読み直した。 ...続きを見る

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2018/10/02 09:37
1710 荒々しさ増す地球の気象 『空白の天気図』再読
1710 荒々しさ増す地球の気象 『空白の天気図』再読  台風24号が去った。きょうから10月。とはいうものの、手元の温度計は30度を超えている。25号も発生したというから、ことしは台風の当たり年といえる。昭和以降の被害が甚大だった台風を「3大台風」と呼んでいるという。室戸台風(1934年9月21日)、枕崎台風(1945年9月17日)、伊勢湾台風(1959年9月26日)である。このうち、枕崎台風は鹿児島県枕崎市の名前が付いているが、被害は広島県の方が大きかった。なぜなのだろう。 ...続きを見る

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2018/10/01 16:06
1709 ニュースに見る現代社会 貴乃花・新潮45・伊方原発訴訟
1709 ニュースに見る現代社会 貴乃花・新潮45・伊方原発訴訟  朝刊を開いて、載っているニュースについて考えることが日課になっている人は少なくないだろう。私もその一人である。けさは3つのニュースが目についた。大相撲の貴乃花親方の退職届、雑誌「新潮45」の休刊、そして四国電力伊方原発の運転認める広島高裁の判断―である。それぞれに考える材料を提供してくれるニュースに違いない。 ...続きを見る

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2018/09/26 09:47
1708 不思議なキンモクセイの香り 郷愁を呼ぶ季節
1708 不思議なキンモクセイの香り 郷愁を呼ぶ季節  ことしも庭のキンモクセイの花が咲き始めた。花よりも、独特の香りで開花を知った人は多いのではないか。実は私もそうだった。植物の花はさまざまな香り(におい)がある。その香りは虫を呼び、受粉を助けてもらう働きがあるのだが、キンモクセイの花には虫(蝶類)が寄らないという。なぜなのだろう。    キンモクセイの花は若い女性が発するのと似たγ―デカラクトンという甘い香りのほか、何種類かの香りの成分があるのだそうだ。広島大の研究者はこの「γ―デカラクトン」という物質を昆虫が嫌うのではないかと推測している... ...続きを見る

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2018/09/22 10:57
1707 感動の手紙の交換 骨髄移植シンポを聴く
1707 感動の手紙の交換 骨髄移植シンポを聴く  命が大事であることは言うまでもない。人間にとってそんな基本的なことをあらためて考える機会があった。骨髄移植に関するシンポジウムでのことである。骨髄移植。日常的にはこの言葉を聞くことは少なくない。だが、その実情は私を含め、多くの人は知らないのではないか。人生は生と死かない。この世に生を受けた以上、だれもが幸福で豊かな人生を送りたいと思う。だが、そうは行かない。それをこのシンポジウムで痛感した。 ...続きを見る

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2018/09/19 09:44
1706 戦争を憎む強いまなざし 最近読んだ3冊の本
1706 戦争を憎む強いまなざし 最近読んだ3冊の本  女性作家による太平洋戦争〜終戦直後を扱った3冊の本を読んだ。乃南アサ『水曜日の凱歌』(新潮文庫)、須賀しのぶ『紺碧の果てを見よ』(新潮文庫)、中脇初枝『神に守られた島』(講談社)である。乃南は1960(昭和35)、須賀は1972(昭和47)、中脇は1974(昭和49)年生まれであり、当然ながら戦争を知らない世代だ。だが、3冊からは戦争を憎む強いまなざしが感じられ、それぞれに深い余韻を味わった。いまも新聞の投書欄には戦争体験が特集されている。戦後73年とはいえ、あの戦争は遠い存在ではないのだ。 ... ...続きを見る

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2018/09/17 12:11
1705 秋の気配そこまで 野草と月とそばの季節に
 1705 秋の気配そこまで 野草と月とそばの季節に  9月も半ば。これまで味わったことがないような猛暑、酷暑の夏が過ぎて、秋の気配が漂ってきた。コオロギの鳴き声も次第大きくなり、エアコンに頼らず、自然の風の中で生活ができるのはとてもうれしい。そんな一夕、正岡子規が好きな人たちが集まって開いている句会があった。今回で15回を数える。兼題、席題とも秋にふさわしいものだった。集まった人たちは日本の詩情に触れながら、一足早い秋を味わった。(俳句は末尾に掲載) ...続きを見る

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2018/09/14 06:35
1704 大谷の二刀流復活記念日は? けがとの闘い1年を振り返る
1704 大谷の二刀流復活記念日は? けがとの闘い1年を振り返る  俵万智の歌集『サラダ記念日』(河出書房)が280万部というベストセラーになったのは、31年前の1987年のことだった。歌集には題名となった「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」の短歌が収められていて、「記念日」という言葉が強く印象に残った。さて、きょう13日は私にとってもある記念日なのである。 ...続きを見る

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2018/09/13 16:17
1703 北海道大地震の体験 知人のブログから
1703 北海道大地震の体験 知人のブログから  北海道に住む知人夫妻が、ブログに北海道胆振東部地震の体験記を書いている。自然災害が多発する日本列島に住む私たちに貴重な情報だ。以下に核心部分を紹介する。 ...続きを見る

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2018/09/08 20:26
1702 繰り返す自然災害 想定外からブラックアウトへ
1702 繰り返す自然災害 想定外からブラックアウトへ 「予(われ)、ものの心を知れりしより、四十(よそじ)あまりの春秋(しゅんしう)をおくれる間に、世の不思議を見ること、ややたびたびなりぬ(「私は物事の分別がつくようになったころから、40余年の歳月を送ってきた。その間に常識ではあり得ないような、さまざまなことを見ることが度々あった」 ...続きを見る

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2018/09/07 15:35
1701 朝鮮出兵に巻き込まれた男の数奇な運命 飯嶋和一の『星夜航行』
1701 朝鮮出兵に巻き込まれた男の数奇な運命 飯嶋和一の『星夜航行』  14世紀後半、豊臣秀吉は明(現在の中国)征服を唱えて2回にわたって朝鮮出兵を行い、、明の従属国だった李氏朝鮮を攻撃した。「文禄・慶長の役」(1592〜93、97〜98)といわれる朝鮮侵略だった。飯嶋和一の『星夜航行』(新潮社)を読んだ。この侵略戦争に巻き込まれた海商の数奇な運命を描いた1100頁(上下巻)を超える壮大なスケールの物語であり、人の運命はその時代から逃れられないこと、為政者の誤った考えがいかに危険であるかを示した作品だ。 ...続きを見る

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2018/09/05 09:29
1700 初秋の風物詩 栃の実の落下が続く遊歩道
1700 初秋の風物詩 栃の実の落下が続く遊歩道  私の家の前は遊歩道になっていて、街路樹としてのけやきの大木がある。そのけやき通りを東に歩いていくと、街路樹は数本のクスノキとなり、さらにその次にはトチノキが植えられている。9月になった。トチノキの実(栃の実)が次々と落ちてきて、気を付けないと頭に当たる。遊歩道は栃の実と剥がれた皮が転々としていて、初秋の風物詩を演出している。 ...続きを見る

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2018/09/04 20:33
1699 できるのかパラリンピック 障害者雇用水増しの国なのに
1699 できるのかパラリンピック 障害者雇用水増しの国なのに  かつて、職場の同僚に半身が不自由な同僚がいた。彼女は自由な方の手でパソコンを打ち、きっちりと仕事をこなしていた。誠実でまじめだから同僚たちから信頼されていた。障害者雇用で採用された一人だった。障害者雇用の義務がある国の行政機関の多くで雇用した障害者数を水増しするというでたらめが発覚し、怒りを覚えるとともに、彼女のことを思い出した。こんな国が2020年にパラリンピックをやるという。まやかしであり、開催する資格はないと私は思う。 ...続きを見る

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2018/08/30 17:48
1698 戦争に翻弄された世界のフジタ 2枚の戦争画は何を語るのか
1698 戦争に翻弄された世界のフジタ 2枚の戦争画は何を語るのか  太平洋戦争中、画家たちは軍部の依頼・指示によって国民の戦意高揚を意図する絵を描いた。エコール・ド・パリの画家として知られる藤田嗣治もその一人だった。東京都美術館で開催中の「藤田嗣治展」で、そのうちの2枚を見た。彼を有名にさせた「乳白色の画」とは異なる迫真性に富んだ作品だ。あの戦争が終わって73年。意外にも、この2枚の大作の前で足を止める人はあまりいなかった。     その絵は『アッツ島玉砕』(1943年作)と『サイパン島同胞臣節を全うす』(1945年作)である。北アメリカのアッツ島は194... ...続きを見る

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2018/08/23 16:03
1697 社会現象になった金足農 「ベースボールの今日も暮れけり」
1697 社会現象になった金足農 「ベースボールの今日も暮れけり」 「刀折れ矢尽きる」あるいは「弓折れ矢尽きる」というのだろうか。甲子園の夏の高校野球決勝、大阪桐蔭―金足農戦(12-3で大阪桐蔭が優勝。春夏連覇の2回という新記録を達成)をテレビで見ていて、この故事を思い浮かべた。「戦う手段が完全になくなる。物事を続ける方策が全くなくなる」(広辞苑)という意味だが、それでも劣勢に立たされた金足農は最後まであきらめなかった。閉会式の途中、甲子園球場の外野席後方に虹が出た。それは優勝した大阪桐蔭よりも台風の目ならぬ「大会の目」になった金足農ナインを祝福しているよう... ...続きを見る

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2018/08/21 20:48
1696 落語で聞いた特攻の母 鎮魂と祈りの季節に
 1696 落語で聞いた特攻の母 鎮魂と祈りの季節に  桂竹丸の「ホタルの母」という落語を聞いた。これが落語かと思った。それは創作落語で語り継ぐ戦争。「特攻」の「ホタルの母」だった。舞台は鹿児島知覧。太平洋戦争末期、本来なら日本の将来を担う若者たちがここから特攻機に乗り込み、尊い命を失った。この若者たちを支えた女性がいた。それがこの落語の主人公の鳥濱トメさんだ。実話を基にした落語は、涙なしには聞くことができなかった。 ...続きを見る

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2018/08/19 22:10
1695 シベリアで死んだ友人の父のこと してるふりの遺骨収集
1695 シベリアで死んだ友人の父のこと してるふりの遺骨収集  正午、甲子園球場の高校野球が中断し黙とうの放送が流れた15日、友人がフェースブックでシベリアに抑留されて命を落とした父親のことを書いている。父親がシベリアで亡くなったことは聞いていたが、旧満州時代のことは初めて知った。友人にとってもこの日は辛く悲しい1日なのだ。 ...続きを見る

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2018/08/15 15:35
1694 戦いに仆れた沖縄県知事 「わたしは人間だったのだ」
1694 戦いに仆れた沖縄県知事 「わたしは人間だったのだ」  人は理不尽なことに対し、どのように向き合うか。その一つの答えを示し、道半ばにして仆れたのは現職でがんのために67歳で死去した沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事だった。孤軍奮闘という言葉は、この人のためにあったといって過言ではあるまい。普天間基地の辺野古移設問題で、文字通り命を削って安倍政権と対決した。沖縄の人々は現職知事の死を複雑な思いで受け止めているだろう。私は翁長氏の遺志は、純粋な気持ちを持つ多くの人に受け継がれると信じている。 ...続きを見る

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2018/08/10 22:38
1693 高校野球美談の陰で 猛暑が及ぼす甲子園記念大会への影響
1693 高校野球美談の陰で 猛暑が及ぼす甲子園記念大会への影響  異常な暑さの中で甲子園の夏の高校野球大会が続いている。熱中症で足がけいれんした左翼手に相手校の3塁コーチの選手が駆け寄り、冷却スプレーで冷やしてやった、というニュースが美談として報じられている。これだけでなく、今大会は暑さのために毎日のように足がつる選手が続出している。さらに暑さが審判の判断にも影響しているとしか思えない「誤審」も目立っている。 ...続きを見る

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2018/08/08 16:38
1692 先人たちの思いは 東京医大の入試女子差別
1692 先人たちの思いは 東京医大の入試女子差別  日本の女医第1号は、荻野吟子である。そして、日本初の東京女子医学校(現在の東京女子医大)を創設し、女子の医学教育に尽くしたのが吉岡彌生だった。吉岡を尊敬し医師になり、医療活動の生涯を送ったある女性から何回かにわたり話を聞いたことがある。この3人だけでなく、かつて医師を目指した女性たちは差別との闘いを強いられた。東京医大の入試で、女子の合格者を3割以下に抑えるため女子受験者の点数が一律に減点されていたという。いまもって、この分野でも女子への差別が依然残っていることに複雑な思いを抱いた。 ...続きを見る

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2018/08/05 13:40
1691 続パソコンの延命策 内蔵HDDをSSDに換装
1691 続パソコンの延命策 内蔵HDDをSSDに換装  以前デスクトップのパソコンの調子がおかしくなった際、内蔵ハードディスクドライブ(HDD)を交換した。しかし、OSをウインドウズ10にバージョンアップしてから動きが遅いと感じたので、HDDよりも高速だといわれるSSDに替えることにトライした。HDDの交換で四苦八苦したことが幸いし、今度は意外と簡単だった。しかも、結果は満足すべきものだった。 ...続きを見る

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2018/07/31 07:57
1690 台風一過の午後のひととき プレーヤーに入れたCDはあの曲
1690 台風一過の午後のひととき プレーヤーに入れたCDはあの曲  台風一過、暑さが戻ってきた。こんな時にはCDを聴いて少しでも暑さを忘れたいと思う。プレーヤーに入れたのは、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」(ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団)だった。実は昨日、友人が演奏者として参加したコンサートでこの曲を聴く予定だった。しかし台風が接近したのに加え急用ができてしまい、出かけることを断念した。そのため、この曲をかけようと思ったのだ。 ...続きを見る

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2018/07/29 16:45
1689 邯鄲の昼寝 覚める時まで真に生きたい
1689 邯鄲の昼寝 覚める時まで真に生きたい 「イタリアやスペインでは〇〇は四季を通じて行われ、一つの文化である」。これは角川俳句大歳時記(角川学芸出版)に出ている、ある季語の解説の一部だ。賢明な方はすぐにあれかと思い至るはずだ。そうです。「〇〇」は「昼寝」でした。この夏は猛暑を超えた酷暑が続いている。それだけに昼寝は疲労回復のためにも必要なのかもしれない。 ...続きを見る

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2018/07/27 17:29
1688 観測史上最高の「激暑」 心配な東京五輪
1688 観測史上最高の「激暑」 心配な東京五輪  近所の自治会の掲示板に、夏休みの子どもたちの「ラジオ体操」や「そうめん流し大会」中止の案内が出ていた。長引く猛暑の影響だ。散歩をしていると干からびたミミズの多くの死骸が目に付き、街路樹からはうるさいほどのセミの鳴き声が聞こえる。大暑の23日、埼玉県熊谷市では午後2時過ぎ、観測史上最高の41・1度を記録した。風呂に入っているような温度である。テレビのアナウンサーは「各地で命に関わる危険な暑さになっている。熱中症に厳重に警戒してください」と、呼び掛けている。異常な猛暑(酷暑、溽暑、炎暑ともいうらし... ...続きを見る

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2018/07/23 18:06
1687 孤軍奮闘の御嶽海 甘えの横綱たち
 1687 孤軍奮闘の御嶽海 甘えの横綱たち  3人の横綱だけでなく、新大関の栃ノ心までけがで休場した大相撲名古屋場所。14日目で関脇御嶽海が初優勝を決めた。それに対し残った大関2人は元気がなく、ようやくカド番を脱した。それでも人気があるから、相撲協会は危機感を持っていないのかもしれないが、大相撲史上に残る寂しい場所といっていい。背景には横綱の甘えがあるように思えてならない。 ...続きを見る

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2018/07/21 20:46
1686 夕焼けの中で 郷愁誘う自然の芸術
1686 夕焼けの中で 郷愁誘う自然の芸術  私は夕焼けを見るのが好きだ。なぜ? 大空に展開する自然の芸術に陶酔する時間がたまらないのかもしれない。昨日の夕、久しぶりにこの風景に出会った。猛暑続きの日々、夕焼けは翌日の好天の予兆だそうだ。その通り、きょうも朝から暑い。 ...続きを見る

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2018/07/20 05:51
1685 害虫と益虫をめぐる勘違い 「こがねむし」の歌私見
1685 害虫と益虫をめぐる勘違い 「こがねむし」の歌私見  毎年、いまごろの暑い時期になると、庭のナツツバキ(シャラノキ)に昆虫がやってきて葉を食い荒らす。体長2・5センチほどの昆虫だ。背中は緑色に光っている。私はこの昆虫をカナブンだと思い込み、家族に「またカナブンが来ている」と話した。だが、調べてみると、カナブン(青銅色)は実は益虫であり、庭に来ていたのはコガネムシだった。この虫が題名になったよく知られている童謡があるが、こちらも実はこの虫を歌ったものではないようなのだ。 ...続きを見る

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2018/07/18 18:19
1684 仏像との対話 皮相浅薄時代に
 1684 仏像との対話 皮相浅薄時代に 「君たちは古美術品が語りかけてくることを一言一句聞き漏らしてはならない」日本の古美術再生運動を指導した岡倉天心(1863〜1913)は、東京美術学校(東京芸大の前身)校長就任の際のあいさつで、こう話したという。明治維新後、日本では廃仏毀釈の運動が全国の寺を襲い、多くの寺院や仏像が被害を受けた。明治政府が神仏集合をやめ神仏分離を布告したことがきっかけだった。廃仏毀釈は明治4年の廃藩置県後下火になり、仏教復興へと流れは変化した。だが、この短期間の破壊行為は日本の古文化財に計り知れない打撃を与えた。こ... ...続きを見る

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2018/07/17 20:40
1683「酷暑」の夏 涼を求めて
1683「酷暑」の夏 涼を求めて  新聞に「酷暑」の見出しが躍っている。外からはやかましいクマゼミ(熊蝉)の鳴き声が聞こえる。きょうも暑くなりそうだと思いながら、部屋の温度計を見ると、午前8時を少し回ったばかりなのに、既に30度を超えている。つい「暑い!」と口走ってしまう。すると、体中から汗が吹き出しますます暑苦しくなっていく。避難所暮らしの西日本豪雨の被災者がつらい日々を送っていることを思い、我慢、我慢と言い聞かせる。 ...続きを見る

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2018/07/16 09:58
1682 夢二の逆転の発想 「宵待草」の花が咲く
1682 夢二の逆転の発想 「宵待草」の花が咲く  今夏も近所の調整池を周る遊歩道に、月見草の花が咲いた。早朝の散歩で黄色い、可憐な印象の花を見た。この花の正式名称はアカバナ科のマツヨイグサで、南米チリ原産の帰化植物だそうだ。江戸時代に渡来し、野生化したものだが、太宰治の『富嶽百景』という私小説の中にもこの花が出てくる。太宰が「富士には、月見草がよく似合ふ」と書くように、この花はいつの間にか日本の風景の中に溶け込んだようだ。 ...続きを見る

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2018/07/14 17:45
1681「悪い年回り」にこそ 西日本豪雨災害に思う
1681「悪い年回り」にこそ 西日本豪雨災害に思う  物理学者で随筆家の寺田寅彦が「天災と国防」というエッセーを発表したのは1934(昭和9)年11月のことだった。この中で寅彦は「ことしになってからいろいろの天変地異が踝(くびす)を次いでわが国土を襲い、そうしておびただしい人命と財産を奪ったように見える」と書いている。この年は函館大火、室戸台風による近畿地方の風水害が発生し、甚大な被害が出た。あれから84年。関西地方の地震に続き、西日本豪雨という大きな自然災害が続き、寅彦の「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」(講談社学... ...続きを見る

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2018/07/11 16:45
1680 ああ文豪も新聞離れ ゲーテの理想的生き方
1680 ああ文豪も新聞離れ ゲーテの理想的生き方  ドイツの文豪ゲーテ(1749〜1832)は、様々な言葉を残している。18世紀中ごろから19世紀前半に生きた人であり、現代とは2世紀前後の差がある。とはいえ、その数々は現代に通ずるもので考えさせられるのだ。現代世相を引き合いに、いくつかの言葉を紹介してみる。(いずれも高橋健二訳『ゲーテ格言集(新潮文庫より) ...続きを見る

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2018/07/06 09:33
1679「本を読むことはひとりぼっちではない」 苦闘する書店への応援メッセージ
1679「本を読むことはひとりぼっちではない」 苦闘する書店への応援メッセージ  日本各地で書店・本屋が消えている。郊外のショッピングセンター内の大型書店の出現やアマゾンなど通販サイトの普及、さらに電子書籍の参入と若者の本離れなど、背景には様々な要因があるだろう。書店が一軒もない町や村は今ではそう珍しくはない。「書店が少ない国は文化レベルが下がってしまう」と思うのは、早計だろうか。 ...続きを見る

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2018/07/03 15:49
1678 絶望的状況の中でも タイの少年たちへ
1678 絶望的状況の中でも タイの少年たちへ  タイ北部チェンライ郊外のタムルアンという洞窟でサッカーチームの少年12人とコーチ1人の計13人が不明になって2日で9日となる。昼夜を徹しても救助活動が続いているが、大量にたまった濁水で作業は難航しているという。このニュースを見て、2010年にチリで起きた鉱山の落盤事故を思い浮かべた。それは絶望的状況に置かれても、人間の強い生命力を示すものだった。 ...続きを見る

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2018/07/02 15:06
1677 恩讐のかなたに 明治維新と会津
1677 恩讐のかなたに 明治維新と会津  ことしは明治維新から150年になるという。明治維新については様々なとらえ方があるが、日本社会が武家中心の封建国家から近代国家へと大きく転回したことは間違ない。その裏で薩摩、長州藩を中心にした新政府軍(官軍)と戦った旧幕府軍は賊軍といわれ、奥羽越列藩同盟各藩の人々は大きな辛酸をなめた。特に会津がそうだった。 ...続きを見る

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2018/06/28 21:57
1676 思い出の花を求めて 乃南アサ『六月の雪』
1676 思い出の花を求めて 乃南アサ『六月の雪』 「欖李」(ランリー)という花の存在を初めて知った。乃南アサの小説『六月の雪』(文藝春秋)は、32歳の杉山未來という女性がけがをして入院中の祖母を励ますため、祖母が生まれ育った台湾の台南を訪ねる物語だ。祖母は台南で「6月の雪を見た」と記憶し、その真相を探る未來の旅の中でこの花が作品の題名に通ずる、重要な役割を演じているのだ。  ...続きを見る

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2018/06/25 13:31
1675 なちかさや沖縄 今を「生きる」
1675 なちかさや沖縄 今を「生きる」  23日は沖縄慰霊の日だった。糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた沖縄全戦没者追悼式。ことしも中学生による平和の詩の朗読があった。沖縄県浦添市立港川中3年の相良倫子(14)さんが読み上げる「生きる」という詩を聞いていて、胸が熱くなった。それは戦後沖縄でうたわれた「屋嘉節」という民謡を彷彿させるものだった。 ...続きを見る

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2018/06/23 19:45

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