1788 屈原と気骨の言論人 ある上海旅行記から

「私はどうしても屈原(くつげん)でなければならぬ。日本の屈原かもしれない」という言葉を残したのは、明治から昭和にかけての言論人、菊竹淳(すなお、筆名・六皷=ろっこ・1880~1937)である。屈原は、このほど上海周辺を旅した知人の旅行記にも出てくる、中国戦国時代の悲劇の詩人だ。一方、昨今の新聞、テレビの実態は屈原とは対照的に、権力に迎合するトップが目立つのが現状といえるだろう。  屈原は、楚(紀元前3世紀)の貴族として懐王に信任され、国の再興に尽力した。しかし、その後讒言(ざんげん)によって失脚、中国湖南省北東部を流れる湘江の支流、汨羅(べきら)で投身自殺した人物だ。後世、屈原の死んだ日である5月5日に粽(ちまき)を食べる風習が端午の節句になったという言い伝えがある。彼の詩は古代中国の代表的詩集「楚辞」の中に収められ、特に「離騒」はその格調の高さから「史記」で知られる漢の歴史家、司馬遷に評価され、中国最初の詩人として歴史に名を残した。  冒頭の言葉のように、自身を屈原に譬えた菊竹は西日本新聞の前身「福岡日日新聞」の編集局長として犬養毅首相が暗殺された1932年の5・15事件で、全国のほとんど(例外は桐生悠々の信濃毎日新聞)の新聞が沈黙する中で、痛烈な軍部批判のコラムを繰り返し執筆、掲載した気骨ある言論人だった。その生涯は木村栄文著『記者ありき』(朝日新聞社)に詳しく紹介されている。「世を挙げて皆濁りて我独り清めり」という屈原の漢詩を、菊竹は自身の姿に重ね合わせたのだ。首相と夜の懇談を重…

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1323 マスコミの役割いずこへ 2冊のジャーナリズム論を読む

最近の日本のマスコミ界は、何となくおかしい。時の政府を監視するという一番大事な役割を投げ捨て、政権にすり寄っている新聞、テレビが目についてしまう。マスコミ界から「へそ曲がり」がいなくなってしまったのか。そんなことはないはずだ……。こんなことに思い患っている昨今、マスコミについて語る2冊の本を読んだ。昔の本と新刊本である。 1冊目は、坂田二郎著『ペンは剣よりも』(サイマル出版会、1983年)である。坂田は、連合、同盟、共同と続いた通信社記者(外信部や社会部)を経て、長くNHKの解説委員を務めた言論人で、この本は坂田の自叙伝である。昭和の激動期を通信社の記者として追い続けた坂田は、自身の記者活動を総括し「ペン(言論)は剣(武力)に屈してはならない」と述べている。 坂田は通信社記者とNHK解説委員として50年にわたって、昭和という時代を見つめ続けた。書くジャーナリストと、話すジャーナリストについてのジャーナリスト論が面白い。少し長いが引用する。 <「書くこと」は何よりも文章の問題であるが、書いた文章は活字化され、新聞、雑誌、単行本などのマスメディアを媒体として読者の目に訴える。その場合、読者は希望するままに何回でも読み返せるという利点を持っている。ぼくの『ニュース解説』を例にとるならば、聴取者がうっかり聞きのがすケースは毎度のことだし、聴き取りにくいとか、早口過ぎるなどの苦情も絶えない。 耳に痛いのは、発音になまり(坂田はハワイで生まれ青森で育った)があるという指摘だ。しか…

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1064 大リーグで成功した3人の1人 記録と記憶に残る松井が引退

日本球界から大リーグに移って、成功した選手はそう多くはない。日本人初の大リーガーである村上雅則もいるが、成功した3人を挙げれば野茂英雄、イチロー、松井秀喜だろうか。ヤンキースに残った黒田博樹や1年目うまく行ったダルビッシュ有も成功組に入るかもしれない。しかし松坂大輔のようにけがのために志半ばで挫折したケースもあり、辛口解説の張本勲さんの真似をすれば「全盛期が過ぎた日本人選手が行く場所ではない」。 きょう、引退を表明した松井秀喜は、その意味で全盛期に米国に渡って力を発揮し、記録と記憶に残る活躍をした出色の日本人大リーガーだった。 今夜のNHK夜7時のニュースのトップは「松井が引退」だった。そればかりか、けさの民放は松井引退の記者会見を流し続けていた。松井の人気を物語る扱いだった。新聞夕刊には「王、長嶋と並ぶスターだった」という見出しもあった。人柄のよさが会見でもにじみ出ていて、寂しくなるなあという印象を持った。イチローについては嫌いだという知人も多いが、松井の悪口は聞いたことがなく、活躍した後のまじめなコメントを来年も楽しみたいと思った。 手元に「プロ野球英雄伝説」(講談社文庫)という本がある。ノンフィクション作家の戸部良也が2002年10月に出版した。彼が43年にわたって取材したという球界に名を残した川上哲治、長嶋茂雄、王貞治という大選手、名選手52人のことを書いている。しかし、この中に松井だけでなく金田正一、野村克也、米田哲也、落合博満、森祇晶らも出ていない。戸部がこの人たちを…

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1003 3・11日本の新聞は敗北した NYタイムズ東京支局長の新聞批判

東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に関して、おびただしいニュースが流されたにもかかわらず、特に原発事故の報道にはいらだちを感じた。事故をめぐって日本のマスコミ、その中心である新聞の報道は頼りなかった。原発のメルトダウンやSPEED(緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク・システム)という重大な情報は隠され続け、真相が報道されたのはかなり経てからだった。太平洋戦争当時の大本営発表を思わせる記事が主流を占め続けたからだ。 マーティン・ファクラー・ニューヨークタイムズ東京支局長の「『本当のことを』伝えない日本の新聞」という本を読んで、あまりにもその指摘があたっていることに愕然とした。日本のマスコミは、何をやっているのかと思う。 私は常日頃から、「日経新聞を真面目に読むのはばかげている」「就活の学生が急に日経を読み始めるなんて、滑稽だ」だと公言している。冗談ではなく、本当にそう思っている。ある時、喫茶店で知人を相手にこの話をしていたら、ビジネスマンらしき中年の男性がこちらをにらんでいることに気が付き、声を小さくして話し続けことがある。 私のその主張の答えは、この本にも書いてある。 『日経は日本におけるオンリーワンの経済紙といっていい。大手町あたりで働きながら、日経を読んでいないビジネスマンは周囲から特異な目で見られることだろう。だが、なぜ日本のビジネスマンが日経をクオリティペーパーとして信頼するか理解しがたい。日経の紙面は当局や企業のプレスリリースによって作っているように見える。…

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906 朝の散歩の風景 風評被害を助長した行政の怠慢

毎朝、犬の散歩をするのが日課になっている。震災後、変わった服装の人を見かけるようになった。年格好は64、5歳の男性が白い上下のトレーニングウエア(長袖、長ズボン)に白い靴、白い登山帽、サングラス、白いマスク姿で散歩をしているのだ。 真夏の暑い日でもその姿は同じだった。事故を起こした原発から放出された放射性物質を避けるための服装らしい。この周辺はホットスポットには該当しないはずなのに、どうしたのだろうと思った。 線量はそう高くはないといっても、彼には信用ができないのだろう。それを皮肉ることはできない。原発事故に関する政府、東電の発表は問題が多かった。 それを鵜呑みにした報道も多く、この白装束氏は「自衛手段」を取っているのだろう。5月に福島県飯舘村の隣にある川俣町に行った。その際、街中で全身黒ずくめの女性(大きなマスクだけは白)に出会った。この女性は天気がいいのに黒い傘をさしていた。 つい先日発表された2011年の新語・流行語大賞に震災関係が5つ選ばれた。それを見て、いまさらながらに3・11の後遺症の大きさを感じた。 福島では、コメに対する県の安全宣言が出た後に、暫定基準値(1キロ当たり500ベクレル以下)を超える放射性セシウムが伊達市や福島市内のコメから検出され、微量でも検出された29市町村の2万5100戸の検査のやり直しをすることになった。 流行語大賞に入った「風評被害」は、発表文によると、「ありもしないうわさやデマを世間に流されたり、取り沙汰されたりして被る被…

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904 被災地の新聞の一番長い日 河北新報記者が見た悪夢の光景

若い時代に仙台で勤務したことがある。その前には秋田にいた。生まれが福島であり、東北は文字通り私の故郷なのである。だから、東日本大震災で東北各地が痛めつけられ、原発事故で多くの福島の人たちがいまも避難生活を強いられていることが無念でならない。仙台にいた当時、地元の新聞、河北新報を読んでいた。地味で堅実な新聞だった。その河北新報は被災地の人々に頼りにされたと聞いた。「河北新報のいちばん長い日」という本を読んで、その理由が分かった。 この本は、3月11日午後2時46分にM9・0という巨大地震が東日本を襲ってから、休むことなく新聞を発行し続けた河北新報の動きを詳細に書いている。新聞発行のために編集局の記者だけでなく、総務や営業、総局、印刷、輸送、販売店の関係者がどんな思いを抱き、どのような行動をとったのか、大災害に直面した報道機関の姿を追ったドキュメントだ。 この日、河北新報は地震によって新聞製作の心臓部である組版システムが壊れてしまった。そのために号外と12日付朝刊は緊急時の相互支援協定を結んでいる新潟日報の協力を得て仙台から新潟に行った整理部員が紙面をつくった。共同通信のネットワークを使い、データを送受信し、仙台市内の印刷センターで大震災の惨状を報じた新聞を印刷したという。本や映画にもなった阪神淡路大震災当時の神戸新聞と京都新聞のケースと酷似した動きだった。題名の通り、河北の社員にとって、この日は文字通り「いちばん長い日」になったのだと思う。 本を読んで、3つのエピソードが特に心に残…

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899 野球に夢を見ることができるのか 映画「マネーボール」

プロ野球・巨人の球団人事をめぐって、清武英利球団代表兼GMと読売新聞グループ本社会長・主筆・渡辺恒雄氏の確執が話題になっている。人気球団の内紛だけに、注目が集まったのだろう。そんな騒ぎのときに、大リーグ・オークランド・アスレチックスの実在のGMを扱った「マネーボール」という映画が日本でも公開になった。 ブラッド・ピットが演じるアスレチックスのGM・ビリー・ビーンが、徹底したデータを駆使した選手評価とマネーボールという野球理論を採用して弱小球団を強力チームに変貌させるストーリーだ。その中で「人は野球に夢を見る」という言葉が出てくる。野球というゲームは本来そうなのだ。しかし、巨人の今の姿に夢を求めることはできない。 この映画は、ベストセラーになった「マネーボール・奇跡のチームをつくった男」(マイケル・ルイス著)という本が原作だ。2002年、弱小チームだったアスレチックスはシーズン途中から勝ち続け、20連勝という記録をつくる。 ビリーGMはハーバード出の統計専門家ポール・デポデスタ(アスレチックスの後、ドジャースのGMを務めた。映画ではジョナ・ヒルがピーター・ブランドという名前の太めのコンピュータオタク的な役を好演)の意見を入れ、セイバーメトリクスという統計学的見地からデータを客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法を駆使する。 さらに①打率、長打率よりも、出塁率を重視する②打者の能力を評価するのに、打点には意味がない③選手の将来性には期待を抱かず、高校生は獲得しない④被…

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896 生死分けたドラマを訪ねて 「震災日誌in仙台」

仙台在住のジャーナリスト、松舘忠樹さんが書き続けていた東日本大震災の記録が「震災日誌in仙台」(仙台市/笹氣出版)という本になって出版された。半年に及ぶ、取材の記録である。この記録については、概要を10月30日に紹介した。 松舘さんは、この本を送ってくれた手紙で次のように書いている。 あの大震災から早くも8カ月。被災地は震災のもたらした傷が癒えることがないまま、冬を迎えようとしています。福島第一原発のいまわしい事故は終息の見通しすら立っていません。今回の大震災は私たちの生き方そのものを問い直すものでした。人生観の見直しを迫られた方も少なくないと思います。ひるがえって、歴史的な転換点に立たされているという自覚もなく、旧態依然とした抗争を繰り返すこの国の政治には、憤りを通り越して絶望感すら覚えます。出口が見えない状況の中で、被災した人々は苦悩しています。そして、歯をくしばって前へ歩み出そうとしています。その姿に私は勇気を与えられてきました。 松舘さんさんが尊敬する朝日新聞の故疋田桂一郎記者は「災害はその社会の構造や矛盾を一挙に白日のもとに暴き出す」と災害と社会との関係を指摘していたという。東日本大震災は、日本の社会構造の弱点を浮き彫りにしたのだ。しかし、のど元過ぎれば熱さを忘れるということわざのように、政治の取り組みは遅々として進まない。震災でさらけ出された弱点をどのように克服するのか、政治や行政の動きがあまり伝わってこないのだ。 松舘さんは、大震災で「人生を変…

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890 プロ野球と民放  BSでしか見られないファイナル・ステージ

民放のTBSグループが、所有していたプロ野球球団、横浜ベイスターズを「モバゲータウン」というインターネット上のゲームサイトを運営するディー・エヌ・エーに譲渡することが決まったというニュースを見た。 同じ夜、プロ野球のセ・パ両リーグともファイナルステージをやっている。2つの試合ともなぜか、NHKのBSでしか放送していない。民放はどうしてしまったのかと思う。 BSでしか放送しないということは、地上デジタル放送になったため無理をしてテレビを買い替えたのにBSのアンテナがない家庭では見ることができない。ケーブルテレビや光テレビを契約していれば別だが、まだ地デジのみの家庭が多いのではないか。野球は遠くに行ってしまったようだ。 日本のプロ野球も今年から米大リーグが使用している統一球に替えた。その結果、非力な日本の打者からこれまでのような快音が聞かれなくなった。西武の「おかわり君」こと中村剛也だけが本塁打を連発したのは例外で、多くの名選手が重い球に苦しみ、3割の常連だったヤクルトの青木宣親は292で終わってしまった。 それは、日本に出稼ぎにきている元大リーガーら外国人選手にも影響が出た。これまでの軽い球で長距離弾を打ち続けた彼らも、今年は形無しなのだ。統一球は投手に有利になったと言っていい。結果的にいい投手をそろえたチームが上位になった。それだけ、緻密な野球が求められているのだろうと思う。 たまたまだが、NHKBSでヤクルトと中日戦を見ている。ヤクルトに2-1の1点差で負けている中…

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693 世論の呉越同舟 前代未聞の3新聞の社説

きょうの朝刊には民主党代表選が大きく報じられている。東京で発行されている主要6つの新聞は全紙社説(産経は主張)でも取り上げ、うち朝日、毎日、産経の3紙は「前代未聞」ともいえる論調を張っている。 昨日、代表選への立候補を表明した小沢一郎前幹事長を「不適格」と断じているのである。しかも主張が異なることが多い朝日と産経が歩調を合わせているのだから、まさに「呉越同舟」だ。世論の代表を自負する新聞が、このような形で与党の党首選びにはっきり物を言うのは珍しいと思う。それほど小沢氏には問題が多すぎるということだろう。 3紙の社説の見出しはこうだ。「あいた口がふさがらない」(朝日)、「小沢氏出馬 国の指導者に不適格だ」(産経)、「大義欠く小沢氏の出馬」(毎日)。いずれも、「政治とカネの問題で2カ月半前に幹事長をやめたばかりの小沢氏が、代表選に出るのはおかしい」という論調で、朝日と産経が「あいた口がふさがらない」と同じ表現を使っているのを見て、小沢氏の大きな口を思い出しつい笑ってしまった。 このほか産経は「日本の最高指導者として不適格」とも断じ、毎日は「首相候補として適格性が問われる」と書いている。 これほどまでの「ののしる」ような厳しい批判を小沢氏は予想した上で、代表選に名乗りをあげたのだろうか。新聞なんて、恐れるに足らずと思っているのかもしれない。そうだとしたら、小沢氏の認識は甘いのではないかと思う。 これまで紹介した3紙以外では読売、日経、東京とも3紙のような小沢批判は控え、…

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658 ライバル紙の失敗 相撲協会と記者たち

けさ(6日)の産経新聞の「産經抄」は面白かった。辛口のコラムで知られるが、こんな書き出しでライバル紙の失敗に触れていたからだ。 きのうの朝刊各紙は一面で、日本相撲協会の理事長代行に、元東京高検検事長の村山弘義さんが指名されたことを伝えていた。読売新聞や毎日新聞の読者のなかには、頭が混乱した人もいたかもしれない。なぜなら両紙は前日の一面で相撲協会が外部からの理事代行を拒否して放駒親方を指名する方針を決めたと、大きく報じていたからだ。確かに、力士以外の人間が協会トップの座に就くのは許せないと、親方衆の鼻息は相当荒かったようだ。 こんなふうに、コラムは進み、村山さんを推薦した特別委員会の座長の伊藤滋・早大特命教授の父親が作家の伊藤整であることを紹介し、家族を守った伊藤整のエピソードを交えながら「親方衆が外部の人間を排除して守ろうとしているのは何だろう。伝統文化を担えるのは、自分たちだけだという自負か。それとも、1億円以上の額で取引されているらしい年寄り株など、表沙汰になっては困るしきたりなのか・・・」と書いている。 このコラムで、読売、毎日両紙は刺身のツマのように扱われている。同業者への配慮かもしれないが、誤報に対する追及はない。実は、両紙の相撲担当記者は角界の旧弊にどっぷりとつかってしまい、世間の常識を忘れてしまったに違いない。 今回の野球賭博問題は、以前のブログでも書いたが、週刊誌の報道で火がついた。日常的に角界と付き合っている記者たちは、「何をいまさら」と思ったのだろう…

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654 器量の小さい人たち 力士たちよ世の中を知ろう

「小人閑居して不善をなす」という言葉がある。広辞苑によると「器量の小さい人はひまでいると、つい、よくないことをする」という意味だ。大獄親方と大関琴光喜が解雇処分になり、理事長はじめ多くの理事・力士が謹慎処分となった相撲界の「野球賭博」問題を見ていると、こんなことを思ってしまう。私自身がそうだったからだ。 力士たちは、体は普通の人よりも大きい。しかし、器量という点では体の大小は関係ない。場所中とそれ以外の時期では、時間の送り方は違うのは当然だ。でもいつもけいこをしているわけではないので、普通の勤め人に比べると角界の人たちは時間がゆったりしているはずである。 とすれば、器量の小さい人はついよくないことに走ってしまうのではないか。それが野球賭博だったのだろう。(横綱白鵬のように、手慰みに花札をやった人もいるが)この体質は、長い間続いた各界の風土のようなものだ。今回の問題を最初に取り上げたのは週刊誌だった。週刊誌以外の新聞・通信社、テレビの記者たちは力士たちと付き合いが深い。だから琴光喜や大獄親方の博打好きを知らないはずはない 今回の問題の「構図」は、かつて政治の世界でもあった。ロッキード事件で逮捕された田中角栄氏の金脈問題を雑誌・文藝春秋で初めて追及したのは立花隆だった。その記事を読んだ新聞記者たちは「こんなことはみんな知っていた」と笑っていた。 相撲記者たちも日常的に力士たちに接していて、賭博行為を告発することなんて、考えてもいなかったのではないか。週刊誌の報道がこれほどま…

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650 W杯余聞 礼文の旅途中で

南アフリカのW杯サッカーを見ていて、「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉を思い出している。それは岡田監督率いる日本チームも例外ではない。辞書によると、道理はどうあれ戦いに勝った強い者が正義者となるというたとえであり、明治維新の結果を指した言葉でもある。 W杯が始まるまでの、日本のメディアの論調は岡田ニッポンに罵詈雑言を吐き続けた。ところが、予選の初戦でカメルーンに1―0で勝つと、それまでの批判的な記事から一転してお祭り騒ぎを繰り返している。もちろん、岡田監督批判は消えてしまった。その変わりようは、さすがというより、あきれるばかりだ。 W杯の力はすごい。ふだんはJリーグに見向きもしないわが家の面々も、日本チームの試合ではテレビの前にかじりついている。先日はこんな会話をした。 「日韓共催のW杯を思い出した。あの時、礼文島行きの船に家族3人で乗っていたわね」 「ああ、テレビの前が人でいっぱいだった。あれはたしかチュニジア戦(6月14日、大阪長居スタジアム)だった。たしか2―0で日本が勝ったはずだ」 「そうだったかしら。記憶力がいいわね。船の中のことも覚えている?」 そう家族から問われ、船中の出来事を反すうした。当時、札幌に勤務していた私は、東京への転勤が決まり、家族とともに礼文島を旅した。稚内からフェリーに乗ったその日午後、ちょうど日本とチュニジア戦があった。フェリーにはテレビもあったが、当初は電波状態が悪く、サッカー放送は見られなかった。携帯用の小さなラジオをつけると…

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646 長老記者の輝き W杯開幕とともに

南アフリカで、アフリカ初のサッカーのワールドカップ(W杯)が始まった11日夜、東京のプレンスセンターである長老記者を書いた本の出版記念会が開かれた。 この長老記者は、実は日本が初めてW杯に挑戦したスイス大会予選(1954年)のゴールキーパーだった。それから56年の歳月が流れ、22歳の青年は78歳になった。この夜、老記者を囲んで約150人の人たちが集まった。 長老というのは村岡博人さんのことだ。ことし9月には79歳になる村岡さんは元共同通信記者で、現在も東京MXテレビに席を置いて外務省クラブに通い続けている。村岡さんの生き方を中心に「ここに記者あり!」という本を共同通信の後輩の片山正彦さんが書き、岩波書店から出版された。 日本では村岡さんの存在は「希有」という表現が似合う。しかし、例えば米国からのニュースを見ていると、日本はまだまだだという思いがする。米国のホワイトハウス担当記者で最古参の名物女性コラムニストのヘレン・トーマスさん(89)が7日、引退を発表したというニュースを見てそれを実感した。 彼女はあるインタビューに答え「ユダヤ人たちはパレスチナから出て行け。あの人たち(パレスチナ人たち)は占領されている。あれは彼らの土地だ」「(イスラエ ルに在住する)ユダヤ人たちは、ポーランドでも、ドイツでも、アメリカでも、どこへでも帰ればいい」と発言した。この発言が批判を浴び、引退することになったという。 彼女の存在は別格としても、米国やヨーロッパでは高齢の記者は珍しくない…

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622 「ここに記者あり!」 自由を愛するジャーナリスト魂

「ここに記者あり!」(岩波書店)は、共同通信社で生涯一記者を貫いた村岡博人の記者としての生き方を通じて、ジャーナリストの「実践論」を書いた本(筆者の片山正彦のあとがき)である。 同時に社会部記者の活動を通じた戦後史として読むことができる作品だ。一気に読み終えて思うのは、村岡のような記者はもう誕生しないのではないか、ジャーナリズムは衰退を続けているのではないかということだ。 村岡は、伝説的な社会部記者である。かつて首相や大臣の記者会見で、政治部記者の質問とは異質の政治家には耳の痛い質問を繰り返し、知る人ぞ知る存在だった。旧社会党の土井たか子委員長や競艇界に君臨した笹川良一日本船舶振興会(現在の日本財団)初代会長、元東京都知事の青島幸男ら幅広い著名人に信頼され、交流を続けた。 片山によると、村岡はサッカーW杯に初めて日本が挑戦したスイス大会(1954年)予選で、日本代表のゴールキーパーを守った元サッカー選手だった。運動記者として共同通信に入った村岡は、数年で社会部に移り、小松川高校女子殺人事件や在日朝鮮人の集団帰国などを皮切りに、下山事件、松川事件、60年安保闘争、東京五輪など戦後史に残る事件やイベントの取材にかかわる。 その後も国会の黒い霧疑惑、倉石発言、金大中事件、ロッキード事件など、政治を担当する社会部記者として奮闘を続けた。ロッキード事件の被告、佐藤孝行衆院議員からは国会内で殴られたこともある。 最大の試練は、旧ソ連の元情報機関・KGBの元将校レフチェンコが米…

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432 地に堕ちた雑誌ジャーナリズム ああ、週刊新潮よ 

時効になった朝日新聞阪神支局襲撃事件(1987年5月)について、真犯人と称する男の告白手記を連載した週刊新潮の報道は完全な虚報だった。 これを説明した4月23日号の編集長の報告はお粗末で、雑誌ジャーナリズムの終焉を思わせた。これを読んで「ああ週刊新潮はここまで堕ちてしまったか」と思ったのは、私だけではないはずだ。 「こうして偽実行犯に騙された」という見出しからして、報道機関の使命を放棄したものだ。したたかな男の言い分を鵜呑みにして、記事を書き、特ダネとして大々的に宣伝する。裏づけも取らない記事に対し当事者の朝日から当然のように質問が届く。 しかし、居直りの姿勢に終始した結果、重大な事態を招いてしまった。それでも、被害者を装い、報道機関たるものが「騙された」という幹部の手記を掲載するのだから、厚顔無恥だとしか言われても仕方ないだろう。 さらに驚くのは、これだけの虚報を掲載しながら、「説明責任は果たした」という理由で関係者の処分はしないのだそうだ。経営責任も問わないということなのだろうか。この会社は報道機関であることを捨てたのだろうか。あるいは、週刊誌の報道は、こんなものだと割り切っているのだろうか。 この週刊誌は、週刊文春とともに新聞やテレビには、かなり厳しい批判を加えてきた。それによって、多くの読者を維持してきた感もある。雑草のようなたくましさは、どこからも束縛されない自由と強さがあった。それが今回は、裏目に出たようだ。 マスコミは「危機管理」という言葉をこ…

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424 経済報道についての一考察 企業の内部留保33兆円

雇用の大幅削減を一斉に大手企業が進めている。旧聞になるが、これに絡んで日本を代表する大手企業16社の内部留保が過去最高の33兆円に達したという記事が昨年末出たことを記憶している。この記事をめぐって、賛否両論が相次いだことを記事を配信した共同通信の河原経済部長が「メディア展望」という冊子に書いている。 批判を承知した上で記事を出した理由を知って、これまであまり信用していなかった経済記者の気骨を感じ、少しだけ見直してもいい気分になった。河原氏は現在の経済危機について長文を寄せているが、ここでは内部留保に絞って紹介する。 それによると、この記事を疑問視する人のロジック(論法あるいは論理)は「内部留保は企業が設備投資や研究開発に使うためのものであり、不測の事態に備えるものである。しかも現金で持っているわけではない。これを雇用維持のために使うというのは経営を知らない人の理屈だ」というものだ。経済部の中には「こんな記事を出すと恥を書く」といって、配信に反対したデスクもいたそうだ。 しかし、そうした声を聞いて原稿を配信すべきだと判断したという。その理由について「批判する方々との差異は企業の在り方、経済社会の在り方についての違いであって、記事に事実誤認があるわけではない。少なくとも混沌とした世の中で論争の焦点になる記事になると思った。平時の経済常識に照らせば、内部留保と雇用問題を結び付けること自体がおかしい。ただ、いまは平時の常識が問われる非常時だ。この記事を経済社会の枠組みを変えるための議…

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250 メディアの衰退 新聞もテレビも?

新聞の活字が大きくなった。高齢者を意識し、読みやすさを考えた拡大なのだという。しかし、このために提供される情報量が減ったことは間違いない。 読みやすさというが、私を含め50歳代くらい以降の年代はかなりの人が老眼鏡をかけて新聞を読むのだから、少し活字が大きくなっても読みやすくなったと諸手を挙げて賛成することはできない。これではインターネットのニュースとあまり差がないではないか。 新聞が新聞なら、テレビはもっとひどいと嘆息する。4月1日は、多くの会社で新入社員の入社式があった。噴飯ものだったのは、東京の民放テレビ各局が入社式に芸能人を呼んで、派手なパフォーマンスをやらせたことだ。 テレビ局は、報道機関の一翼を担っているはずだ。これではテレビ局とはいえず、「芸能局」といった方がいいくらいのバカさ加減ではないか。その模様をわざわざワイドショーなどで放映するのだから、テレビ局の人間の無神経ぶりにはあきれてしまう。 新聞の活字拡大に戻る。共同通信社友で元上智大教授の藤田博司氏は、新聞通信調査会報の最新号にこの問題について寄稿している。藤田氏は新聞の文字拡大の歴史を紹介し、現在の新聞が同じ紙面に収容できる字数は30年前の半分前後に落ちていると指摘する。 もちろん、ページ数も増えているので、情報の量が半分になったわけではない。増ページが文字拡大に伴う情報量減少を埋め合わせてきたかどうかは、緻密な調査が必要とも言う。 だが、記事1本あたりの文字数はかなり少なくなっていることは…

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187 官も民もひどい乱れ これが日本の現状

防衛省や厚生労働省のいい加減さが毎日話題になっている。いつの時代でも、悪い奴や責任を逃れようとする役人はいる。日本だけでなく、隣国、中国でも公務員の汚職はひどい実態にあるという。 いま、2つの省以外の役人たちは、どんな思いで報道や国会の動きをみているのだろうか。たぶん、冷ややかに、あるいはこちらは大丈夫かなと内心で恐れながら、嵐の過ぎるのを待っているのかもしれない。官もひどいが民もひどい。この日本はどこへ行くのか。 厚生労働省の「無責任体質」は、いまも昔も変わらない。C型肝炎の問題もそれを示している。防衛省の方も同様だ。前の事務次官は、たまったストレスの発散のために、出入り業者のゴルフ接待を当然のように受ける。 それは、庶民には到底信じられないほどの回数であり、まるで水戸黄門のドラマに出てくるような、袖の下を要求する悪代官と店の拡大を狙う大店のだんなの付き合いみたいで、深刻になるというよりも、馬鹿さ加減に笑ってしまうのだ。 官だけでなく、民の方もどうなっているのかと思うほど「利益優先」を貫いた食品関係会社や老舗土産店の不祥事が相次いでいる。北海道のミートホープ社の事件以来、次から次にと、ワイドショーにネタを提供する事例が後を絶たない。 一度、甘い汁を吸うと、その味を忘れることができずに、不正を続ける。しかし、どんな時代にあっても、内部告発=タレコミをする人間は存在する。 社会正義のためや自分の利益のためにと、動機はさまざまだろう。だが、ことしのように企業をめぐる…

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174 ベトさんの死 悲劇の青春

下半身がつながった結合双生児として産まれた双子の兄弟のうち、兄のグエン・ベトさんが亡くなった。26歳の短い一生だった。 弟のグエン・ドクさんが結婚したとニュースに出たのは、たしか昨年ではなかったか。ベトナム戦争の被害者であるベトさんのご冥福を祈りたい。 2人はベトナム戦争時にアメリカ軍が大量に散布した枯葉剤によって、結合双生児という奇形で生まれた。テレビや新聞を通じて、その痛ましい姿が紹介され、ベトナム戦争の被害者のシンボル的存在になった。 ベトさんが急性脳症となったため、日本の医療機関が協力して分離手術を行い、成長後ドクさんは病院事務員として就職し、結婚もできた。しかしベトさんは脳症の後遺症のため、社会生活はできず寝たきりの状態で一生を送ったのだという。 ベトナム戦争は、1960年から75年まで15年続いた。アメリカが支援する南ベトナムと共産主義の北ベトナムの戦争だ。 アメリカは泥沼の戦いを続けるが、結局北ベトナムとベトナムの解放を唱える南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)を力でねじ伏せることはできず、ベトナムから撤退する。この戦争では多くの化学兵器が使われたといわれ、ベトナムの多くの人々が犠牲になった。 各地ではいまも地雷の被害が出ているという。いまベトナムには私の後輩が仕事で赴任している。彼は1972年生まれであり、ベトナム戦争は彼が3歳の時に終わっている。そして、ベトナムはいまやドイモイ政策によって、経済の成長が著しく、次第に戦争は遠くなりつつある。 …

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173 ミャンマーと相撲界 時代に逆らう 

何度も映画化された竹山道雄の小説「ビルマの竪琴」によって、ビルマ(現ミャンマー)という国名は、日本人の多くに強い印象を与えた。太平洋戦争で日本軍が占領した地域であり、小説のように、終戦後もそのままビルマに残った日本の軍人は少なくないといわれた。 彼らは山岳部で反政府勢力の中で生きたため、望郷の思いを抱きながら帰国を果せぬままに異国の土になったという説である。真偽は分からない。 その旧ビルマはいまは軍部の独裁政権だ。それに対抗したミャンマーの僧侶たちのデモと軍事政権による制圧、日本人ジャーナリストの死という動きを見ていて、時代の流れに逆らう人々の存在をなぜか感じている。 時代の流れといっても、そう難しいことではない。ソ連の崩壊、中国の市場経済優先の動きを見ていれば、ミャンマーや北朝鮮のような軍事政権・独裁政権による閉鎖社会はいつか行き詰まるということを言いたいのだ。 ミャンマーの僧侶たちのデモは、力で一時は制圧されたかもしれない。しかし早晩、軍事政権に対する民衆の反発は再び起こることは間違いないだろう。国際社会の目は、アジアの途上国の一国にはこれまであまり届かなかった。今後はそうではあるまい。国民の意思や国際社会の支援によって、時代に逆らえば、軍事政権は崩壊へと傾き始めるはずだ。 同じように、時代に逆らい続けているのが、国技といわれる大相撲の世界だ。入門したばかりの若者に対し、昔ながらのしごきで死に至らせてしまう。「愛の鞭」といえば聞こえはいいが、やはりしごきなのだ…

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169 「ロッキード秘録」 政治とカネの原点

政治とカネは、いつの時代でも議論の的になる。今回の安倍政権のわずか1年での崩壊も背景にはこの問題があり、戦後の政治の世界も同様だった。そして、顕著な例は「ロッキード事件」だった。 高度経済成長時代のまっ只中で起きたこの事件では「いま太閤」といわれた田中元首相に渡った賄賂は、5億円という庶民にはとても信じられない桁外れの金額だった。そして「巨悪」といわれたこの事件を追及したのが東京地検特捜部であり、この本は、巨悪追及に総力を挙げた検事たちの物語だ。 この事件の発端は、米国の上院多国籍企業問題小委員会の公聴会で、航空機メーカーのロッキード社が海外に政治献金をしているという実情を証言、その中に日本も含まれ、右翼の児玉誉志夫や総合商社の丸紅が介在していることを明らかにしたことだ。 この公聴会の模様を外電がフォローし、深夜日本の報道機関にも配信された。1976年(昭和51年)2月5日、午前1時過ぎのことである。私は当時、ある報道機関の社会部記者をしていて、この夜は泊まり勤務をしていた。そろそろ泊まりのデスクや記者たちからお金を集め、締め切り後の懇談のためのビールやつまみを買いに行こうかと思っていた。 そうした時間に外信部のデスクが社会部に急ぎ足でやってきた。ロッキード事件のさきがけとなる外電を手に持っていた。しかし、国内取材はもう間に合わない。とりあえず、外電をそのまま2面に掲載した。それは地味な扱いだった。だが、この記事は、日本社会に衝撃を与える事件に発展するのではないかと、泊…

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166 1年でまた自民党総裁選 次の総選挙が試金石

ちょうど1年前、自民党の総裁選が行われていた。安倍、麻生、谷垣の3氏が立候補し、当初から安倍優勢が伝えられ、日本記者クラブで開かれた公開討論会でも、麻生、谷垣両氏は安倍氏を気遣う発言をしていて、勝負あったという印象が濃厚だった。 まさか、1年後に再び自民党総裁選があるとだれが予想しただろうか。安倍氏の若さからすれば、まさか1年で政権を投げ出すと思う人はそう多くはなかったはずだ。 政界は一寸先が闇といわれるそうだ。明日に予測もつかないことが起きることが政治の世界ではしばしばある。安倍氏の挫折は起こるべくして起きたわけで、そう驚くことではない。 安倍氏を支える大臣に問題人物を起用しすぎたのが原因であり、彼のこれまで挫折を知らない強引な政治手法が、さまざまなひずみや軋轢を生じさせた。 早晩、問題が続出することは目に見えていた。だから、安倍政権の崩壊は時間の問題とだれもが思っていた。しかし、国会で施政方針演説を終えた直後に内閣を投げ出すとは、あまりに唐突で常識外の行動だった。 それは、自民党の多くの議員も予想だにしない「あきれた行動」だったのである。 安倍後継として麻生幹事長、福田元官房長官の2人に絞られた。あまり代わり映えのしない顔である。若さを売り物にした安倍氏に比べ、麻生氏、福田氏とも決して若いとはいえない。会社員でいうと、とうに定年退職し、第二の人生を歩んでいる年齢だ。 そういう意味では、フレッシュさはない。どちらが首相になっても、安倍氏よりは安定した…

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163 首相の辞め方 早期退陣だけが実績

  昔から「斜に構えた人だ」とよく言われた。物事を素直に見たり聞いたりすることが嫌いであることが顔に表れるからだろうか。それは、私が長い間携わった職業を支える「基本」にもなった。 世の中の動き、出来事にいつも頭から信用せず、疑ってかかるという習性がそのような姿勢になったようだ。世の中が動いていると実感するできごとは、きょうの安倍首相の突然の辞任表明だ。 (テレビの映像より) テレビで辞任を表明をする安部首相を見て、私は斜に構えて「何かあるな」という疑念を抱いた。別に斜に構えなくとも、だれでも不思議に思っただろうが。 それはそうだ。APEC後の記者会見、11日の国会での所信表明では「職を賭す」という表現で、今後の政局運営の決意を語ったばかりだった。与謝野官房長官は、体調の悪化という見方をしたが、そんなことはあり得まい。民主党の小沢代表に党首会談を断られたからというもの唐突過ぎる。 体調の悪化に精神的なものが入るとすれば、なるほどと思う人もいよう。しかしそんな感じは受けない。首相の資質は精神的に人一倍強靭でなければならない。そうした強い精神力がない政治家が首相になったとすれば、日本の政治家の水準は低下したものだ。 毎日新聞は、夕刊で週刊現代が遺産相続をめぐる脱税疑惑の取材を進めていたと報じていた。父親の安倍晋太郎氏から多額の相続を受けながら、自らの政治団体に寄付する形で相続税の支払いを免れていたという疑惑だそうだ。 この記事が近く発行される週刊誌に掲載されると…

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160 2つの殺人事件に衝撃 8月の終わりに

8月、2つの事件に衝撃を受けた。名古屋のネットで知り合った男3人による女性殺人事件と警視庁の警官の拳銃を使った女性殺害事件だ。 犯罪はその時代を映すとよく言われる。2つの事件を見ていると、現代社会の病弊を色濃く反映しているように思えてならない。2つの事件の被害者は無念だったに違いない。 金に困った3人の男がネットで知り合い、本名も隠して見ず知らずの女性を拉致して、金を奪ったうえ、簡単に殺してしまう。フィクションではないかと耳を疑った。 しかし、現実に事件はあり、事件を計画した男は「死刑になるのが怖いから」と自首したのである。人を殺しておいて、自分の命は大事だというこの落差。短絡的な人間がこんなにも増えたのはどうしたことかと思う。 警視庁の警官は、ストーカーだった。そのあげくに勤務中に制服姿で女性の住宅に行って、警察用の拳銃で女性を射殺して自殺した。警察は「無理心中」と発表して、新聞やテレビの扱いも最初はそう大きくはなかった。 事の深刻さを考えれば、新聞では一面のネタといっていい。しかし、「無理心中」という発表によって、扱いが一面から社会面に移ってしまった。 その後、警察官の異常さが次々と明らかになり、新聞の扱いも大きくなっていく。以前、警視庁の巡査が勤務中に制服姿で女子大生のアパートを襲い、強姦したうえ殺害するという事件があった。 この事件では、当時の土田警視総監は責任をとって辞任した。当然だ。しかし、今度の事件では、矢代総監が謝罪したのは、事件発生か…

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69 表と裏 あの会社もか

ことしになって、不二家、北海道ガス、関西テレビと有名企業の不祥事が相次いでいる。これらの事象は食べ物、ライフライン、テレビに対する不信感を増幅させた。 北海道ガスの場合は、ガス漏れが人命につながることを軽視した結果だが、不二家と関西テレビのケースは、「バレなければいい」という姿勢が企業に横行していることを露呈したわけで、消費者や視聴者にはクスリになった。 この世には、表と裏がある。それは大なり小なりだれでも承知していることである。美味しいことで評判のレストランの調理場が実はものすごく汚くゴキブリが動き回っているかもしれない。しかし、店はピカピカだったら、客はそんなことは予想もしない。不二家の洋菓子を売るきれいな店を見たら、だれだって製造工場の不衛生さなんて思わない。 テレビは「やらせが多い」と分かっていても、納豆がダイエットに効果があるというデータを示し、しかも学者がそうしたコメントをしたとしたら、信じてしまう。データや学者のコメントもねつ造だなんて想像はしないから、女性たちはスーパーに並んだ納豆を買い占める。情報に踊り、買い占めに走るのは日本人の癖なのだから。 北海道ガスは3人の命を奪ってしまった。この会社は、ガス漏れの際は念には念を入て調べるという姿勢に欠けていたのだろう。厳冬期の北海道で、夜を徹して漏れた個所を調べるのは厳しい。しかし人命にかかわる事態なのだ。点検は徹底的に、丁寧にやる必要があったのだ。 記者会見で、データのねつ造をなかなか認めなかったという…

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