1723 職人気質が懐かしい どこへ行った厳格な品質管理

 以前のことだが、途上国を歩いていて、私を日本人と思ったのか、現地の人からいきなり「ジャパン、ナンバーワン」と、声を掛けられたことがある。それは日本から輸出する製品についての称賛の言葉だった。かつて、とは書きたくないが、日本製品はほかの国の製品と比較して間違いなく優れていた時期があったのだと思う。だが、昨今はどうなのだろうか。日本製品は優秀という言葉は過去になりつつある事象が多すぎる。  最近のニュースで大きく取り上げられたKYBの免振データ改ざん、スバルのデータ書き換えと、一流企業による不正が後を絶たない。記憶する限りでも、スズキの燃費詐称、神戸製鋼のデータ改ざん、タカタのエアバックリコール、日産自動車、三菱自動車の燃費データ偽装、東芝の利益水増しなど不適切会計、東洋ゴムの免震パネル・防振ゴムなど試験データ偽装等々、不正のオンパレードであり、これらの企業は、CSR(企業の社会的責任)など馬耳東風といった印象だ。バレなければいいと思う風潮が蔓延しているとしか思えない。  企業が利潤を追求するのは当然なことだが、そのあまり、高い品質を求めることが二の次になっってしまったら、企業の存在価値はないといっていい。私の周囲でも最近、優秀なはずの企業製品で残念なことがあった。それは日本が世界に誇る製品ともいえるウォシュレットである。人を感知すると、自動的にふたが開く比較的高価な製品だが、設置して5年少しで故障してしまった。  修理を依頼すると、やってきた業者は問題の製品を点検し、修理費用は4…

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1722 言葉に畏敬の念を 危ういSNS社会

「言葉は人間が背負い込んだ大きな不幸の一つ」作家の松浦寿輝が言葉について、『月の光 川の光外伝』(中公文庫)の中でこんなふうに書いている。小説『川の光』(続編『川の光2』・中央公論社)は突然始まった川の改修工事によって、川辺の棲家を失ったクマネズミ一家が平和な暮らしを求めて川の上流へと旅をする冒険物語。人間はあくまでわき役で、主役は動物たちだ。動物から見たら言葉を持つ人間は、複雑怪奇な存在なのかもしれない。  昨今、言葉を使った新しい分野として存在感を高めているのがSNS(ツイッター、フェースブック、ブログ、インスタグラムなど)といわれるインターネットを使った交流サイト・伝達手段だ。匿名もあるし、トランプ米大統領のように実名でツイッターに投稿するケースも少なくない。旧聞に属するかもしれないが、こうしたSNS上のニュースを信用するかどうか、日経新聞が電子版読者にアンケートしたところ、「信用しない」が87・1%、「信用する」が12・9%という結果(2017年1月26日)が出たという。2年近く前のアンケートだが、いまもそう変わりはないはずだ。フェイク(偽)ニュースという言葉が付きまとうSNSは、危うい伝達手段になっているのだろうか。  私は2006年からこのブログを書き続け、今回で1722回になる。名前も公表している。ブログを書く目的は、自己紹介に書いた通り「世の中の事象に好奇心を持ち続け、日常に接する風景や社会現象を観察し、表現すること」である。文章表現の磨き方も兼ねていて、できるだけ分か…

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1720 公園のベンチが書斎に 秋の日の読書の楽しみ

 近所の公園ベンチで読書をした。秋の日差しが優しく、ぽかぽかと暖かい。時々、近くの林からヒヨドリのさえずりが聞こえてくる。歩いている人はほとんどなく、さらに眠くもならないから、頁はどんどん進む。なかなかいい環境だ。これまで多くの読書時間は、通勤の行き帰りの電車の中だった。かなりの喧騒状態でも、読書に集中すれば音は気にならない。この環境とは逆の中で、秋の日の1時間を送った。  読んだのは、仙台出身の作家、佐伯一麦の『空にみずうみ』(中公文庫)という小説だ。佐伯はいまでは数少ない私小説の作家といえる。この作品は小説家と染色家夫妻の日常をさりげない筆致で記した印象が深く、野生植物を中心にした植物園、野草園(小説では市名は出てないが、仙台市)近くに住む主人公夫妻の1年間の日常を四季折々の自然(特に樹木や草花、昆虫など)や食べ物(栃餅やタケノコのこと)、近隣の人たちとの触れ合いを織り交ぜ、淡々と描いている。  私は以前、仙台で暮らしたことがある。もちろん野草園にも何度も行ったことがある。だから、この小説に親しみのようなものを感じながら読むことができた。終始静かな日常が描かれ、最後まで盛り上がりはない。だが、じっくり読んでみると、実に味わい深く、日常の描写もきめ細かい。主人公が好きな欅についての「春の芽吹きから、若葉が萌え出、青葉を繁らせ、秋には紅や黄に葉の色を変え、最後に金色に輝いてから落葉しはじめ、裸木となるまで、一日として同じ姿をしていることはない」という表現のように、含蓄ある言葉が並んでい…

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1718 花野を見ながら 今は風物詩のセイダカアワダチソウ

 6時前に調整池周りの遊歩道を歩いていると、黄色い花野(花畑)が目の前に広がっていた。この季節の風物詩ともなった帰化植物のセイダカアワダチソウが満開を迎えたのだ。朝日俳壇に「逝きし子と手をつなぎゆく花野かな」(尼崎市・ほりもとちか)という句があった。さみしい句である。私も満開のセイダカアワダチソウの花野を見ながら、今は亡き犬のことを思った。  朝日俳壇でこの句を選んだ大串章さんは「花野を歩いていると、亡子の手の感触がよみがえる。心にしみる句」と評した。母の思いが伝わる句である。母と子が手をつないで、お花畑をのんびりと歩いている。小さな子は母親に「あの花の名前は?」「私はこの花が好き」というようなことを言っているのかもしれない。そんな幸せな日は失われてしまった。だが、懸命に母の手を頼りにする小さな手の感触は、年月が過ぎても忘れることはできない。この句からはそんな情景を想起する。  私の散歩コースの調整池の遊歩道は今の季節、朝方には霧や靄が発生する。歩いているうち次第にそれらが消え、調整池と周辺の雑草地帯が鮮明に見える。そして、今朝はセイダカアワダチソウの花が黄色い絨毯のように咲き誇っていた。それを見た私は「朝靄が晴れて眩しき花野かな」なんて句を口走った。目の前を15歳になるというラブラドールレトリーバーが足をふらつかせながら歩いている。この犬種にしては長生きだ。しかし、目の前の老犬の姿は痛ましく、わが家で飼っていたゴールデンレトリーバーのありし日の姿が脳裏に蘇った。  わがやの犬は…

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1709 ニュースに見る現代社会 貴乃花・新潮45・伊方原発訴訟

 朝刊を開いて、載っているニュースについて考えることが日課になっている人は少なくないだろう。私もその一人である。けさは3つのニュースが目についた。大相撲の貴乃花親方の退職届、雑誌「新潮45」の休刊、そして四国電力伊方原発の運転認める広島高裁の判断―である。それぞれに考える材料を提供してくれるニュースに違いない。  貴乃花親方は平成の大横綱といわれ、兄の若乃花とともに若貴兄弟として大相撲の人気興隆に大きく寄与した。優勝回数22回は白鵬(41)、大鵬(32)、千代の富士(31)、朝青龍(25)、北の湖(24)に次いで6番目になる。その貴乃花は弟子の貴ノ岩が横綱日馬富士(引退)に暴行された事件後、相撲協会と対立し、ついに相撲協会から姿を消すことになった。これまでの経緯を見ていると、「たった一人の反乱、あるいは一人芝居・相撲」「孤立無援」という言葉通りの孤独な闘いをし、敗れ去ったという印象だ。相撲ではとてもかなわなかった親方衆が、束になって我が道を行く元大横綱を土俵外に押し出したと見ることができる。たった一人の反乱では、組織と闘うのは困難であることを印象付けた。それにしても、この騒動の背景には何があるのだろう。  自民党の杉田水脈という安倍首相お気に入りの衆院議員が寄稿した「『LGBT』(性的少数者)カップルは生産性がない」とする寄稿(8月号)が差別的と批判された後、「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」特集を10月号に載せた「新潮45」が、この号を限りに休刊すると、新潮社が発表した。事実上の…

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1707 感動の手紙の交換 骨髄移植シンポを聴く

 命が大事であることは言うまでもない。人間にとってそんな基本的なことをあらためて考える機会があった。骨髄移植に関するシンポジウムでのことである。骨髄移植。日常的にはこの言葉を聞くことは少なくない。だが、その実情は私を含め、多くの人は知らないのではないか。人生は生と死かない。この世に生を受けた以上、だれもが幸福で豊かな人生を送りたいと思う。だが、そうは行かない。それをこのシンポジウムで痛感した。  9月16日、横浜市の神奈川県民センターで開かれた「今、ドナーに希望を求めて~あなたの勇気が命を救う~」という骨髄移植に関するシンポだった。総合司会を担当した友人が会員である「神奈川骨髄移植を考える会」が主催した。骨髄移植は、提供を承諾した人(ドナー)の骨髄細胞を取り出し、白血病や再生不良性貧血など血液に関する難病の患者の静脈内に注入して移植する治療方法だ。友人もこの手術を受け、元気になった。  この日のプログラムは、東海大医学部の矢部普正教授(再生医療科学)による骨髄移植とはどんなものかという講演と、矢部教授も参加した骨髄移植の元患者・ドナーを交えたシンポだった。ドナー側は俳優の木下ほうかさん、移植体験者は池谷有紗さんという若い女性だった。コーディネーターを務めた大谷貴子さん(全国骨髄バンク推進連絡協議会顧問)も移植経験者だった。  池谷さんは大学在学中の2013年のある日、体調の異常を感じた。最初の病院では何でもないといわれたが、皮膚に湿疹ができたため診療を受けた次の病院で白血病ではな…

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740 晩秋から初冬へ 郷愁の世界

暑さに参ったこの夏を何とか送り、いつしか季節は晩秋から初冬へと入った。自然が美しい季節だ。4枚の写真を紹介する。(写真をクリックすると、大きく見えます) 1枚目は、熊本城、二の丸公園の見事なイチョウだ。黄金の輝きといっていいだろう。(この一角にある県立美術館で「アンコールワット展」を見た。内戦で破壊された遺跡の修復に協力したのが現在の上智大学学長、石澤良昭氏であり、各地で開催されているこの展覧会の学術監修も石澤氏が担当している) 続く2枚目は皇居の大きなけやきだ。竹橋側の平川門から入り、大手門を目指して歩いていたら、このけやきに出会った。何物にも私は負けずに空に向かうという、強い意思表示をしているようだ。皇居の東御苑の一部は9時から夕方(季節によって閉まる時間が違う)まで開放されている。これを知らない人が多いのではないか。 私の散歩コースの雑木林もことしはきれいに色づいた。その前にある池はこのところ霧が連日発生している。それは幻想的だ。 雑木林の後方にはとんがりの屋根を付けた小学校がある。その景色は、北海道・美瑛町で前田真三氏が取り続けた学校の風景を連想させる。この季節の自然は郷愁を感じさせる何かがあるようだ。(2枚目以降は携帯電話のカメラで撮影)

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734 静かな時間を楽しむ 映画・マザーウォーター

映画を見る楽しみは何だろう。手に汗を握ったり、つい泣いてしまったり、何が何だか分からないまま終わってみたりと、これまでさまざまな映画を見た。 映画名の「マザーウォーター」は、ウイスキーの仕込み水(ウイスキーをつくる時に使用し、麦を発芽させる際や糖化・発酵、加水などの工程で使われるという)のことだという。水に関係の深い仕事をする女性たちが中心をなし、京都が舞台なのに観光名所が出てこない静謐な映画である。 主要な人物はウイスキーしか出さないバーを経営するセツコ(小林聡美)、同じ味のコーヒーは2度と出せないと話す小さな喫茶店のタカコ(小泉今日子)、一人で豆腐店を営むハツミ(市川実日子)、散歩が趣味の初老のマコト(もたいまさこ)の女性4人。男性は銭湯の主人オトメ(光石研)、そこで働くジイ(永山絢斗)、木工所で働くヤマハ(加瀬亮)、と、赤ん坊のポプラの4人。 京都が舞台なのに、なぜかこの人たちは京都弁を話さない。違う町からここにたどり着いたのだろうか。その日常は平凡だが、豊かに見える。朝、ハツミの店で豆腐を食べ、昼、タカコのコーヒーを飲み、夜はセツコの出してくれたウイスキーの水割でセツコとの会話を楽しむ。もちろん午後の早い時間に銭湯に行き、ポプラの寝顔を見る。こんな生活ができたら最高だ。 みんないい味を出している。豆腐を作るために豆を洗うハツミ、コーヒー入れるタカコ、水割りの氷を丁寧にかき混ぜるセツコ。質素な食事を楽しむマコト・・・。あまりかわいいとは思えないポプラもいい。ポプラ以外…

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732 秋深まる 落ち葉と霧と

数日前に「遅い秋 精彩ない遊歩道のけやき」という題のブログを書いた。この夏の酷暑が自然界に大きな影響を与えていることは疑いようがない。 しかし、よく観察してみると、深まる秋(暦のうえでは立冬が過ぎた)が実感できる。朝、犬の散歩の際にトチノキ並木がある遊歩道を通ると、大きな落ち葉が周囲に広がっていた。風情があるので、携帯電話のカメラを構えた。早朝しかも携帯のカメラなので写りは悪いが、深まる秋の雰囲気は分かるようだ。 ものの本によると、セイヨウトチノキのことをフランスでは「マロニエ」と呼び、パリの「マロニエの並木道」は歌にも出てくる。日本のトチノキとの違いは、葉がセイヨウの方が小さく、果実の表面にセイヨウはとげがあるそうだ。 9月下旬に訪問したクロアチアでもあちこちにこの木が街路樹として植えられているのを見かけ、ヨーロッパを代表する街路樹であることを再認識した。 さて、散歩コースのトチノキの並木近くの広場では、毎朝シニア世代の人たちが集まって、6時半からの放送に合わせてラジオ体操をやっている。その数は約20人で毎日決まった顔ぶれだ。 夏休み期間には子どもたちも仲間入りしているが、いまはたまに1人、2人が飛び入りで参加する程度のようだ。かつて中国を旅行した際、朝の公園で太極拳をやる人の多さに驚いたことがある。ここでも太極拳をやる人も見かけるが、日本ではラジオ体操の人気は別格だ。 朝の散歩のコースには季節の変化を感じさせるもう一つの景色がある。それは大雨の際、下流への水…

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727 遅い秋 精彩ない遊歩道のけやき

このブログがスタートしたのは2006年9月だから既に4年が過ぎている。「BIG LOBE」のブログは「月別リンク」はあるものの、月ごとの本数が表示されない。数えていないから正確な数字は分からないが、月平均で10本を超えているので掲載本数は500本前後にはなるはずだ。 この時期になるとブログにも遊歩道のけやきが登場する。そして11月初めには色づき始めていることが記されている。しかし、ことしは様子がおかしい。 この夏の酷暑が影響しているのだろうか。公園の木々は色づき始めているのに、遊歩道のけやきの葉は、これまでの秋のような色彩はない。薄茶色になった葉は精彩がないままに落ち葉になってしまうのだろうか。散歩の楽しみは自然の移ろいを観察することであり、特に秋はいい。しかし、その楽しみ堪能することが少ない秋なのだ。 ことしは庭の果樹も元気がない。カキの実は少なく、ユズやミカンといった柑橘系はほとんど実をつけなかった。開花の時期の天候がおかしかったのか、あるいは夏の暑さに耐えるために実をつけなかったのか、原因はよく分からない。 それでも元気なのはセイダカアワダチソウだ。花粉症の原因であるブタクサに似ているが、全く別の種類だ。双方とも繁殖力という点ではホテイアオイとともに強く「世界三大害草」と呼ばれているそうだ。 散歩コースにある調整池わきの湿原には球場・競技場を思わせるように楕円形の勢力範囲でセイダカアワダチソウが咲いている。その周囲には天敵のススキが頑張っている。いま日本全国でこ…

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219 鮫島有美子の四季 心やすらぐ時間

札幌の中島公園の中に「札幌コンサートホールキタラ」がある。春夏秋冬、このホールで聴くクラシックは、日本中のどこよりもいい。 ホールの音響のよさはもちろんだが、ホール周辺の環境がどこにも負けないからだ。雪化粧の冬がいい。好きな音楽を聴いて、雪の道を歩くことは、寒さを忘れるほど幸せに感じる時間だ。 キタラでソプラノ歌手、鮫島有美子のコンサートを聴いたのは、もう6、7年前のことだ。体調が微妙におかしくなっていた。 時折耳鳴りがして気持ちが安定しない。漢方薬を飲み、何ヵ所かの病院にも行った。精密検査でも異常はないとの診断だった。しかし耳鳴りはやまない。 高橋真梨子のコンサートは、彼女の歌は別にしてバックの演奏に耳鳴りが共鳴したようで、チケットをようやく手に入れたというのに、コンサートを楽しむ余裕は全くなかった。だから、半ば恐れながらキタラに向かった。 不思議なことに、鮫島の歌は耳鳴りを発生させなかった。静かな語りと心に響くソプラノ。耳鳴りから解放された時間を送った。コンサートが終わり、外に出ると雪が舞っている。私の足取りは軽い。 鮫島有美子は日本でCDデビューした直後から、自然な歌唱が気に入りCDを買い、コンサートに足を運んだ。札幌に住んだ時代には、私的な席で一緒になり、話を聞いたことがある。自分を飾らない率直な女性という印象を持った。 「鮫島有美子の四季」という4枚組のCDがデビュー20周年記念として発売され、早速購入した。79曲の抒情歌集である。彼女はデビュー…

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217 生涯現役の日野原先生 威厳に満ちた人生大先輩の講義

千葉大で文化勲章受章者の日野原重明医師の話を聞く機会があった。同じ医学を学ぶ、いわば後輩たちへの講義だけに、笑顔は全く見せず威厳に満ちた表情を続けた1時間半だった。 96歳という高齢であり、「好々爺」を想像していたが、全く違っていた。エネルギッシュで、失礼ながら「年を感じさせない」印象を受けた。生涯現役という言葉を連想した。先生と比べれば、私など若造かひよっこにしか見えないだろうと思ったものだ。 日野原先生は、新聞、テレビに度々取り上げられる。聖路加国際病院理事長で、予防医学の重要性や終末期医療の普及のほか医学・看護教育に力を注ぎ、成人病に「生活習慣病」という名前をつけるなど、行動派の医師だ。全国の小学校で、10歳の子どもたちを対象に「いのちの授業」を続けているという。千葉大では昨年秋からホスピスや終末期医療について、医学部や看護学部の学生に理解を深めてもらうために、「いのちを考える」という特別講座を開設しており、日野原先生もその講師として教壇に立ったのだ。 話は医学の分野と縁の薄い私にもよく理解できるほど平易な内容だった。1、日本の医学教育はシステムが弱いからノーベル生理学・医学賞を医学部出身者がもらっていないのだ。(唯一の受賞者利根川進博士は生物学者)2、日本の医学部の学生は一般教養の勉強が足りない。3、命の大切さを大人も子どももよく考えてほしい。4、日本の医師や看護師もシュバイツァー博士やガンジー、キング牧師のように平和のために尽くして-という4点だった。 講義の合間…

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215 人はなぜ泳ぐのか 知人は東京-鹿児島往復3000㌔を突破

ことしの年賀状に14年かけて3000㌔を泳いだことを書いた知人がいる。東京-鹿児島間を往復して、さらにおつりがくる距離だという。 知人の自宅の近くにスポーツジムができたのは平成5年のことで、56歳の誕生日まであと数ヵ月に迫ったころだ。最初は数百メートルだった距離もその後は1回2㌔、月平均9回のペースを維持して、昨年秋ついに3000㌔を突破したのだそうだ。 休まずに2㌔を泳ぎ続けるその根気は並大抵なものではない。週末に泳ぐことを目標にしている私にとって、3000㌔という距離は偉大な記録としか言いようがない。 知人は現役当時、大手企業の労務担当をしていたと聞く。バブル崩壊後、どの企業にもリストラのあらしが吹き荒れた。知人の会社も例外ではなく、労務畑の知人は多くの社員の人員整理をしなければならなかったようだ。 そのつらい時代を振り返り、知人は現役を退いたあと、社会貢献のための仕事を見つけた。 水泳は孤独なスポーツである。リストラを迫る仕事で疲れた週末に知人は何を思いながら、2㌔を泳ぎ続けたのだろう。定年後も同じペースを崩さず、3000㌔を一つの通過点として、次は4000㌔を目指すという。知人は無我の境地で水に挑んでいるのかもしれない。 私の水泳との出会いは、知人と同様自宅のすぐ近くにスポーツジムが開設されたのがきっかけだ。当初は25メートルを泳ぐのもやっとだったが、息継ぎができるようになってからは連続して泳ぐ距離も飛躍的に伸びた。 普通は1・5㌔だが、調子の…

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212 初日の出 2008年の夜明け

明けましておめでとうございます。素晴らしい天気の新年です。ことしもよろしくお願いします。昨年は「偽物」が横行しました。誠実で真っ直ぐな生き方こそが大事であることを再確認した1年でした。 6時半前に犬のhanaとともに散歩に出た。すぐ近くの遊歩道に人だかりがしている。初日の出を見ようとする人たちだ。犬を座らせ、その仲間に入る。待つこと約30分。東の空が明るくなり、太陽が姿を見せた。老若男女が太陽に向かって顔を輝かせている。ちょうど7時を知らせる鐘が鳴った。hanaは何で座らされているのか理解できないのか、不思議そうな顔をして我慢をしていた。 私とhanaは、初日の出を見た後、高台を目指して歩いた。すると、昨日はもやがかかっていて見えなかった白い雪を抱いた富士山が目に入ってきた。空気は乾いていて、透明度が高い。寒くとも気持がいい朝だ。 散歩後、初詣に行く。信仰心は薄くとも、私たちは初詣を欠かさない。車で10分程度の真言宗の寺に行くのが恒例だ。いつもは遅い時間に行くので、人出も多いが、早い時間のため寺は空いていた。鐘をつく。体にその振動が伝わり、一年の初めを実感する。 年末、長年の友人から「生涯一記者 堂々たる哉 追想・中村克」という本が届いた。生涯一記者を貫き日本の「ジャーナリズム運動、労働運動、人権運動」に大きな足跡を残し、昨年亡くなった元時事通信記者の中村さんをしのんだ追想集である。中村記者と面識はなかった。しかし、その行動力は多くの人に影響を与えたことをこの本で知…

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211 おおみそかに思う 時代の変化 

    小さな貸し農園で野菜をつくっている。もう10年になるというのに、収穫はほかの畑に比べよくない。貧弱さに同情して近くの畑の人たちがおすそわけをしてくれる。収穫が少ない理由は分かっている。無農薬だけでなく、手入れを怠っているからだ。 (写真はことし訪れたコロンボのホテルの風景) 現金なもので、野菜たちは肥料をやり、手入れをきちんとすればちゃんと育つ。ずぼらな人間に合っている野菜はジャガイモとダイコンであると分かっているので、この2つの品種は必ず植えつける。そして、この冬ダイコンは見事に成長してくれた。だが、中には育ちすぎた結果巣の入ったものが見つかった。                (巣の入ったダイコン) ダイコンは日本の代表的な野菜で、作付面積、生産量とも全野菜の中で一番多く、種類も100以上ある。食材としてダイコンは昔から日本人に人気が高い品種といえるだろう。巣が入るのは育ちすぎが原因であり、その意味ではこの冬のダイコン栽培は成功したのではないかと自画自賛する。 こんなことを書くと、家人から「何もしなくともどんどん育ってくれただけじゃないの」と冷やかされそうだが、実はこれまでわが家の農園で巣が入ったダイコンを見たのは初めてなのだ。巣が入ったダイコンは抜き取って畑の隅に捨てた。                  (きれいなダイコン) ダイコンの成長ぶりを見ながら、冬休みなのに戸外で遊ぶ子どもたちの姿が少ないなと思った。私の住む街は子どもたちも多く、駅前には学習塾が林…

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210 カワセミとの出会い 師走のやすらぎ

宝石のヒスイの由来は、カワセミ(翡翠)なのだそうだ。それほどに、野鳥のカワセミは美しい。朝、犬の散歩をしていてこの小鳥を見かけた。散歩コースの一つである遊歩道のわきを流れる小川に沿って、きれいな色をした小鳥が飛んでいた。最近あまり見かけなかったので、一瞬何だろうと思った。そして、カワセミだと気づいた。(写真はWikipediaより) この遊歩道は全長約2、3キロしかない。そのわきには小川が流れている。上流では夏には蛍が舞う。蛍のえさになるカワニナが生息している。犬の散歩の途中に、カワセミに出会った私だが、その小鳥はすごいスピードで上流を目指して飛んで行き、視界からすぐに消えた。 私は犬をせかして小川に沿って遊歩道を急ぐ。すると、葉を落とした雑木の枝にカワセミがとまっているのを見つけた。私と犬が近付いても飛ぼうとしない。カメラを持ち合わせていないので、目に焼きつかせようとじっくり観察していると、おじいさんと孫と思われる男の子と女の子の3人が犬を連れてやってきた。小学3、4年生と思われる女の子は何と一眼レフのカメラを持っている。 「ここにカワセミがいるよ。そおっと来てごらん」と声を掛けた。3人もカワセミを探していたらしい。「ありがとう」と少女が言い、小学6年生か中学1年生くらいの兄と思われる少年と2人で私の近くにやってきた。 「静かにすれば、逃げないよ」と私。2人は5㍍くらいまで近付き、少女はカメラを少年は携帯のカメラをカワセミに向けた。それを見て私はおじいさんとあいさつしてそ…

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208 熱球 国語審議会その他

新聞の読書欄は、書評担当委員が選ぶことし出版された本のベスト3というような特集を組んだ。12月恒例のもので、書評委員の好みがはっきりしていてなるほどと思う。だからといって、読んでみたいと思った本は少ない。私が12月に入って読んだ中でも当たり外れがけっこうあった。 文庫本2冊と新書3冊を取り上げてみる。文庫では重松清の「熱球」は悪くないと思った。かつて高校球児だった38歳の男が東京から娘を連れて故郷の山口に帰る話だ。重松自身、野球少年だったというだけに、野球を愛する人たちが次々に登場する。野球を知らなくとも一気に読める小説だ。 これに対し、伊坂幸太郎の「オーデュボンの祈り」は、現実と非現実を混在させたミステリーであり、解説で激賞しているわりには心に響かなかった。いろいろと考えた作品だが、次に伊坂の小説を読みたいとは思わない。 最近、テレビのコメンテーターとして顔を出す伊勢崎賢治の「武装解除」は、伊勢崎自身が東チモール、シエラレオネ、アフガンの紛争処理を担当した経験に基づいて書いた国際紛争解決のための平和論なのだという。 多くの人々が犠牲になったこうした紛争でNGOがどう動いたか、興味深い本なのだが、カタカナ(外国が話題なので仕方がないかもしれない)と、不要とも思える横文字(英文)が多くて、読むのにくたびれる。大学の講義の副読本的な感じなのだ。 副読本という意味では、安田敏明の「国語審議会」もその印象が強い。副題に「迷走の60年」とあるが、戦後の日本の国語行政がいかに迷走…

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207 2007年の足跡 私の旅模様

慌しかったこの1年も残すところ6日になった。例年になく各地を旅し、考えることも多かった。私の目に映った各地の印象を「私の旅模様」として記してみる。既にブログで紹介している地域もあるが、以下はことしの総集編である。(6月は首都圏を中心に歩いたため、旅模様からは外した) 1月 マニラ・フィリピン 雑踏、混沌とした街並みに疲れる。この国で私の父は62年前に死んだ。マニラで日本語新聞を発行している友人と再会する。 2月 スリランカ・コロンボ マヒンダ・ラジャパクサ大統領に会見。民族対立が内戦に発展しているスリランカ。世界遺産が数多いのに、内戦のため日本を含め海外からの観光客は少ない。大統領執務室まで行くのに幾重にも及ぶ厳重な検問に驚く。 3月 佐賀県佐賀市・唐津市、福岡県柳川市・大宰府町 駆け足の訪問。唐津の駅前はなるほど風情がある。大宰府天満宮より裏手の国立九州博物館の方に興味があった。 4月 岩手県紫波町 木材の町のヒノキで作った小学校に感嘆。木の香りに酔う。 5月 茨城県笠間市、福島県石川町、広島県福山市、愛媛県大三島・伯多島 大三島の帰りに出会った島出身の老人の話。神戸に住むが、たまに帰ってくるという。この島も過疎化が進んでいる。 7月 沖縄県阿嘉島・うるま市、栃木県那珂川町 那覇からの船は台風の余波で大きく揺れていた。阿嘉島は太平洋戦争末期、米軍の攻撃が激化し、住民が集団自決した悲劇の島でもある。栃木の山の中にある廃校利用の障害者の作品を中心に展示する美術…

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204 ことしの漢字は「忙」 周囲は暗い1年

先日、日本漢字能力検定協会がことしの世相を表す漢字を「偽」と発表した。全国から公募した結果、圧倒的多数で1位になったそうだ。背景には食品偽装、政界の不正など日本社会の確信犯的な不正行為があり、ことしはこのマイナスイメージの漢字がぴったり当てはまる1年だったといえる。では、私個人はどうかといえば「忙」の年だった。 周囲に聞くと、漢字検定協会の漢字ベストテンで16位に入った「幸」のほか、「豊」と答えてくれた友人がいた。このようなプラスイメージを持った人は少ないようで「黙」「忍」「惨」というあまりうれしくない漢字を挙げる友人もいる。 1年のうち120日を海外に行っている友人は「飛」だと言い切ったが、これは妥当なところか。それにしても大変な仕事だと、同情するが、友人はけっこう楽しんでいるようなのでまあいいか。 私が「忙」としたのは、今年は4月から「2足のわらじ」を履いたからでスケジュール調整がけっこう面倒だった。旅行も多く、北海道から沖縄まで主要都市に行った。2足目のわらじのために、エクセルにも挑戦した。 一方、一字では表せずに、占いの「大殺界」(何を始めるにも何をやるにもよくないという運気の流れ)だと嘆く友人も存在する。 この友人は4月から社会人になって、試行錯誤の毎日を送っているが、私生活でよくないことがあったようだ。 ことしの干支は「亥」(イノシシ)だった。大きな事件や災害が多いといわれ、過去には阪神大震災やオウム地下鉄サリン事件があった。ことしは大災害こそな…

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202 船場吉兆幹部の台詞忘れ 危うい同族経営

船場吉兆の食品偽装問題(消費期限ラベルの張り替えや産地偽装など)で、記者会見した母子経営者の間で聞く方が恥ずかしいと思える「耳打ち」がテレビやラジオを通じて流れた。 言葉が出ない息子に対し、母親が「頭が真っ白になって、言葉が出ない」と、耳元でささやき、それを鸚鵡返しのように息子が言う。まるで、芝居で台詞を忘れた役者に対し、黒子が台詞をささやくのと似ている。それにしても公の記者会見でのことである。 船場吉兆は、この10日、業務改善報告書を農水省近畿農政局に提出した。この後入院中の湯木正徳社長に代わって、妻で女将を務める佐知子取締役と長男の喜久郎取締役が会見した。 この時の模様がテレビで何度も放映され、朝の散歩中にラジオでも流れ、私の耳にも入ってきた。子どもが大きくなっても、母親からすれば子どもなのだ。緊張のあまり、スムーズに言葉が出ない息子に対し、つい耳打ちをしたのだろう。テレビはそれっとばかり飛びついた。 湯木社長や2人の息子(取締役)は、従業員や取引業者に責任を押し付けようとした。それが、「吉兆」という高級料亭の名看板を背負った船場吉兆の転落の大きな要因だったといえよう。世襲による同族経営という会社は少なくはない。 歌舞伎の世界は世襲制だし、なぜか政治家も2世、3世が目立つ。ブッシュ米大統領や小泉、安倍、福田と続く日本の首相もみな父親からその地盤、看板(もちろんかばんも)を引き継いだ。北朝鮮の金正日も金日成から権力譲渡を受けた。 海外でいえば、ルイ14世の首を…

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201 藤田恵美の世界 歌唱力と最高の音質 

藤田恵美という平凡な名前を聞いて、どんな女性を思い浮かべるだろうろうか。実は、藤田は以前、ヒット曲を歌い、NHKの紅白にも出場した有名歌手だったのだ。 それは後で触れる。最近、藤田の「camomile Best Audio」というCDが発売された。その音質の素晴らしさと、藤田の透明感あふれる歌は久しぶりに音楽を聴く楽しみを思い出させてくれたので、ついブログに書きたくなったのだ。 藤田は、このCDの解説で「私が歌っていて楽しめるタイプの曲は、間の多い歌です。言葉と言葉のあいだに何もなくて、そこにどれだけ意識を残しておくか、行間を歌うか…語尾の部分も聴こえなくなるところまでめいっぱい意識を置けるか…そんな事ができる歌が面白い」と書いている。17曲すべてが英語で歌っているものの、解説のように、行間のあるゆったりとした藤田の歌は、心に染み入るのだ。 実は、このCDが注目されたのは、もちろん藤田の歌唱力の水準の高さもあるが、ハイブッリトCDといわれ、新しいCDプレーヤーで再生すると、藤田が目の前で歌っているように聴こえることも大きな要因だ。私の貧弱なCDプレーヤーではそれは無理だと思って試聴してみると、意外や意外なのである。CMに近い音が私の耳にも入ってきたのだ。 ビートルズの「All My Loving」や映画「オズの魔法使い」のテーマ曲「Over the Rainbow」「What Wonderful World」などポピュラーな曲も含まれ、この曲はどこかで聴いたなと懐かしい思い…

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198 近所のボランティアたち 元気な定年世代

散歩のコースに一周700㍍ほどの調整池がある。実はその一角が私は好きだ。そこは小さな林である。好きな理由は四季折々に野鳥が鳴いているからだ。もともと原野を切り開いてつくった街であり、たまたま調整池とともに林も残したのだろう。 しかし、予算がないのか、役所は「マムシ注意」の看板は立てたものの、林の手入れは全くしないままに放置していた。その林が最近きれいになってきたのである。 この林は、里山というには面積も小さすぎるが、春から夏にかけてのウグイスやホトトギスなどの野鳥の鳴き声、そして夏のセミ時雨が私たち住民の楽しみになっている。 役所が手入れしないので篠竹などの下草が繁ってしまい、さらにゴミも捨てられ、散歩をしていても不快に思うことが多かった。 それがことしになって様子が変わってきた。下草が刈られ、林の中に遊歩道のような細い道ができつつある。最近定年退職したと思われる年格好の人たちが車でやってきて、林の手入れを始めたようだ。 もちろん、役所の許可も得ているのだろう。少しずつながら、林はきれいになってきた。倒木は処理され、いまは紅葉が美しい。 11月に千葉大でアルフォンス・デーケン上智大名誉教授の講義を聴いた。彼は「人が病気になるのは生きがいを喪失した結果だ。だから生きがいを見つけることが大切だ」と強調していた。その通りだと思う。人は生きがい、生きる目標があってこそ、充実した日々を送ることができるのだ。 定年後、何を生きがいにするかと考えている人は多いだろう…

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195 新幹線のおしゃべり男 誇りを失った日本人

東京から上越新幹線に乗った。比較的空いている平日。東京駅まで満員電車に35分立ち通しだったので、ゆっくり眠ろうと思った。だが、後ろの席に座った中年の男2人のおしゃべりが、その願望を打ち砕いてしまった。 よくしゃべるのである。あまりのうるささに、時々後ろを振り返るが、そんな私にお構いなく、2人の雑談は際限なく続く。 この冬、初めてコートを着た。空気は澄み、駅に向かう道は寒さが身にしみた。新幹線の車内は適度に空調が効いていて、すぐに眠くなった。だが、席に座るときにいやな予感がした。後ろの席の2人連れがやかましそうな雰囲気だったからだ。案の定、2人はおしゃべりを始めた。 健康に関する話題みたいだ。何で新幹線は全車両禁煙席なんだとか、健康診断の話、酒の話と、話題は次々に飛ぶ。その声が耳障りなのだ。妙に神経を逆撫でする声だ。周囲に響く音量なのだ。 私は眠るのをあきらめて、窓から景色を見ることにした。東京から埼玉、そして群馬へと進む。紅葉が飛び飛びに目に入る。群馬に入ると雪化粧をした高峰も増えてきた。 それでも、2人のおしゃべりは続く。こんな美しい景色を見ることもなく、彼らは他人に迷惑をかけながら貴重な時間を送っている。可愛そうだと思う。 ある駅に止まった。オクターブの高い方は「まだだね」とのんびり構えている。もう一方が、案内放送に気がつき、慌ててここです、と言い、スーツ姿の2人は大急ぎでドアに向かって行く。その後の車内は、これまでのうるささは何だったのかと思うほど静か…

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194 死の哲学を聴講 千葉大でにわか学生の記

 人間は死から逃れることはできない。どんな人でも100%の確率でいつかは死ぬのである。死に対する恐怖と不安は千差万別とはいえ、だれにでもあるだろう。日本でも死への恐怖や末期がんの痛みを和らげるためにホスピスが普及しつつある。人間らしい死に方を考える「死生学」という哲学がある。その第一人者であるアルフォンス・デーケン上智大名誉教授が、ホスピスの重要性を浸透させるため千葉大で行った「死生観を育む」という講義を医学部や看護学部の学生に混じって聞いた。数十年ぶりの、にわか学生の誕生である。  デーケンさんは1932年にドイツで生まれ、アメリカの大学院で哲学博士号を取り、1975年から30年間上智大学で講義を続け「心は日本人」を自称する。初めて日本で講義した当時、「ホスピス」について知っているかとタクシーの運転手に聞いたら「ハイクラスのホステスか」と答えたという。アメリカの大学では死への準備のための講座があり、「死は芸術」という言葉がある。デーケンさんによると「少しは増えてきたが、日本では死の準備教育は欧米に比べ少ない」という。  講義の主題は暗くて難しい。しかし、生きるうえでユーモアが大事というデーケンさんにかかると、分かりやすく、門外漢の私でも居眠りをせずに聞くことができた。彼の若い時代、ヨーロッパで一番有名な日本の映画は、黒澤明の「生きる」だったという。この映画は、胃がんで余命少ないことを知った市役所勤務の主人公の苦悩と希望を描いた秀作だ。末期がんの宣告に絶望した主人公は自分の人生が無意味…

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120 現代日本を象徴する光景 駐輪場の考察

私の住む街に、JRの駅がある。3月までは駅周辺にある6つの自転車駐輪場は無料だった。しかし、自転車通勤・通学族は駅の利用は勝手だとばかりに、無法を繰り返し駐輪場だけでなく、駅に上がる階段の前にまで自転車が氾濫した。 手を焼いた区や町内会の連合組織が話し合って、あらためて駐輪場を整備し、この4月から年間で7000円の有料制にした。その結果はどうなったのだろうか。そこに、現代の日本人の生き方を象徴する興味ある事態が出現したのである。 その事態とは。有料制になった場合、人はどういう行動に出るのか。そこで、6つの選択肢があったようだ。以下に羅列する。 1、素直に(心では文句を言いつつ)金を払い、登録する 2、思い切って、自転車をやめ歩く 3、金を払うのはばからしいので、有料の駐輪場に金を払わず駐輪する(注意されたら、別の有料場所に置く) 4、バスを利用する 5、奥さんに車で送ってもらう 6、やや遠くなったが、別の無料駐輪場に置く 統計をとった訳ではないが、1と6が多いのは当然ながら、3の選択をした人も少なくなかった。6の場合、実は抽選制の有料駐輪場に外れた人の一時の場所として遊歩道の一部をつぶしてつくったものだ。 ところが、いまや1が空いているにもかかわらず、6の方の利用者が多く、遊歩道は自転車であふれかえっているのである。 早朝、犬の散歩をしていて、追い越していていく自転車族のほとんどが、身ぎれいなスーツを着ている。しかし、彼らの自転車には有料駐輪場のマ…

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119 迷犬hanaの休日 花の季節

人間の世界ではゴールデンウイークという休みの連続する日々が終わりました。この間、いつもならママと昼の時間を送っている私ですが、お父さんやお姉さんたちが家にいることが多く、私にとっては休日ではありませんでした。 いつもなら、みんなを送り出したあと、私はママの掃除の前に昼寝の時間に入ります。おなかがいっぱいで、とても眠くなるからです。ところが、ここのところはそうした時間にみんなの相手をするので、寝るどころではなかったのです。 ところで、私は車に乗るのが大好きです。休みの間はお父さんとママは出かける度に私を連れて行ってくれました。ですから、よけい昼寝ができなかったのです。でも、いまの季節が私は大好きなのです。いろいろな花が次々に咲くからです。 これは、ドイツスズランというのだそうです。日本のスズランの花は白いはずです。でも、これは薄いピンク色をしています。去年、短いヨーロッパ旅行をしたお父さんは、ドイツの景色が気に入ったらしく、ホームセンターで、この花を見つけると、すぐに買い求めました。でも、去年は花が咲かなかったのです。初めて見るピンクの可憐な花にお父さんは感動した様子でした。 次は私の散歩コースの一部に仲間のゴールデンレトリバーを何匹も飼っている家があり、そこにこのブッラクベリーがたくさんあるのです。お姉さんたちが、ここのゴールデンたちに吠えられながら、足を止めてこの花を見つめていたので、ママが買ってきたのです。 そして、これは家族で一緒に行った焼き…

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110 千の風になってを思う  癒しの歌でも

いま「千の風になって」という歌と詩が静かに全国に広まっている。この詩の由来については、いまさら書く必要がないほど、いろいろな新聞や雑誌、テレビ、ラジオで紹介されている。 肉親や親しい人を亡くし墓の前にたたずむ人に「悲しまないで」と呼びかけている歌である。詩によると、故人になったとはいえ、私はお墓には入っておらず、千の風になって大きな空を吹き渡っているというのだ。 その意味を解釈すると、いつも風になって、家族や愛しい人を見つめているということだろう。 この歌を聞いて、肉親を失った悲しみが薄れたという人も少なくないと聞く。日本人の死生観は、亡くなった人の魂はお墓の中に眠っているということではなかったか。 だが、吹く風とともに、いつも見守っていると思うと、喪失感に打ちのめされていた遺族たちの心も癒されたに違いない。 しかし、そうした感情はすべての人に当てはまる訳ではないことに、私たちは気を遣う必要がある。それはご主人を数年前に亡くした近所の方の例が示している。 会社勤めのご主人は、定年退職後悠々自適の生活を送っていた。しかし、定年後数年で病に倒れ、半年ほどの闘病後この世を去った。子どもたちはみな結婚していて、夫婦2人の生活を送っていたので、残された夫人の喪失感は大きかったと思われる。 子どもたちは週末には必ずやってくるが、それでも1人でいる時間が多くなった。寂しくなると、夫人は亡くなった夫の墓に行き、いろいろ話しかけ時間を過ごす。それで、孤独感から立ち直るの…

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104 桜の命は60年 花見の季節に思う

日本列島を桜前線がじくざくと進んでいる。本来なら、「北上中」という表現を使うべきなのだが、ことしはこの表現を使えないほど各地の気候がおかしい。 東京では、満開になったと思ったら、19年ぶりに4月になって雪が降った。それでもいま各地で日本の花の代表が人々の心を癒してくれているのである。その桜の命が60年と聞くと、意外に思う人もいるだろう。私も実はその1人だった。 桜の命60年説は、どうも正しいようだ。なぜそうなるのか。最近のテレビで興味ある報道があった。 それによると、多くは別の桜を台木にして、ソメイヨシノなどを接木して育てていく。その際切り口から幹を腐らせてしまう菌が入り込み、成長するにつれて菌も繁殖、次第に桜の幹が侵され、ひどくなると大きな空洞ができてしまう。こうして60年前後で桜の木は弱ってしまい、枯死状態になる。 日本の多くの公園の桜は、戦後間もなく植えられたものが多いそうだ。ことしは戦後62年だ。とすると、これらの桜の寿命も尽きかけていると思われる。 命あるものはいつかはその命が尽きる。それにしても、桜の寿命が人間よりも短いとは、はかないものだ。 もちろん、長命の桜が日本各地にあることはいうまでもない。それは「桜守」といわれる人々が、愛情を持って手入れをしているという背景があることを忘れてはなるまい。 日本人は昔から花見が好きな国民だ。奈良の吉野山、青森の弘前公園、長野の高遠城址公園を桜の「3大名所」と呼ぶそうだ。 この3ヵ所の桜を見…

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100 太宰府のタクシー 歴史解説を聞く

梅で知られる福岡県太宰府市にある「大宰府天満宮」は、平安時代に生きた天才学者、政治家の菅原道真(天神様とも呼ばれる)を祭っている。 天満宮の裏手には、日本古来の天満宮の建物とは異質な近代的な建物がある。九州国立博物館だ。ここへ行くには、2つのルートがあるが、多くの人は天満宮経由で行く。 博物館は天満宮を見下ろす丘にある。長いエスカレーターを使い、丘の上に立つと、ガラス張りの建物がそびえている。それが九州国立博物館だ。 この4階には「文化交流展示室」があり、縄文時代から江戸時代までの様々な遺跡や書画が展示されている。所用で短時間にこの展示を見てタクシーに乗る。 運転手はのんびりしている。「天満宮に行って来たのか」「博物館は」「天満宮の参道で売っている梅が枝という菓子は一番うまいのはあの店です」と、いろいろと解説する。 さらに、こちらが「天満宮はのぞく時間がなかった」と答えると、とうとうとその歴史を語り始めたのだ。それはなかなかの解説だった。話がうまく、疲れていても眠くはならなかった。 こうした運転手たちは、大宰府観光に一役買っているに違いない。 家に帰って、博物館でもらったパンフレットを見た。すると、くだんの運転手が話してくれたことがコンパクトに載っていた。だが、運転手の思い入れのこもった話の方がもちろん面白く、頭に残っている。 観光地でこうした運転手の存在は貴重だ。ただ、彼らにお願いしたいのは、話に夢中になって、運転をおろそかにしないでほしいとい…

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94 春の彼岸 マンサクの花と

春の彼岸に入ったというのに、肌寒い日が続いている。「暑さ寒さも彼岸まで」というが、あたたかな1、2月を経験すると、3月は寒く感じる日が多かった。春は足踏み状態だとしてもすぐそこまで来ているのは間違いない。 彼岸の入りだというので、花と線香を持って家族で墓参りに行く。霊園の事務所には線香をつけるバーナーが置いてあった。風が強くて、なかなか火がつかない。 小さな霊園は、本来の縦型の墓石と最近流行の横型の西洋式の墓石が整然と区画に分かれている。これが最近の霊園の姿である。西洋式はそれぞれ好きな言葉を正面に書いてある。「花」「愛」「真実」「誠実」と様々だ。花をたむけ、線香をあげ、両親や祖母にあいさつする。 脳裏に故郷の墓参りが蘇ってきた。家族で新聞紙と一升瓶に入れた水と線香を持って、山の中にある先祖代々の墓に行くのは、お正月、春、秋の彼岸とお盆くらいだ。春の彼岸のころには、近くの山には、マンサクの黄色い花が咲いている。遠くからウグイスの鳴き声がする。 坂道を上り、墓に手を合わせると、家に向かって私は一目散に駆け出す。後ろからは「転んだら、片方の手を取って墓に置いていくよ」という母の声が聞こえる。そんな言い伝えがあったのだろうか。たぶんに、転ばせまいとして、母が注意したに違いない。 家に帰ると、必ず「ぼた餅」(おはぎ)を食べる。それが楽しみで駆け足になったのかもしれない。そんな少年時代だった。 近所にあるマンサクの花は、もうとっくに咲き終えた。しかし、ウグイスの美…

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