1927「本の表紙を変えただけでは」 理想の政治家像とは

 「本の表紙だけを変えても、中身が変わらなければ駄目だ」。自民党の総裁選のニュースを見ていたら、こう言って、総理大臣(首相)になるのを固辞した政治家がいたことを思い出した。私は政治家は嫌いだ。だが、当時この政治家の気骨ある姿勢に驚き、自民党にもこんな人物がいるのだと感心した。時代は変わって、今こうした政治家の存在を知らない。

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1926 学べき悔恨の歴史 秘密文書に見るユダヤ人問題

 前回のブログで、ナチス・ドイツの強制収容所アウシュヴィッツにあったオーケストラのことを書きました。引き続きこれに関連したことを記したいと思います。太平洋戦争中、日本政府が人口・民族政策に関する研究を行い、秘密文書をまとめていたことはあまり知られていません。この研究ではユダヤ人問題でナチスの政策を追認していたのです。この文書の存在が明らかになったのは戦後36年経た1981(昭和56)年のことでした。あれから39年の歳月が経ているのですが、地球上から差別問題は依然消えていません。

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1925 アウシュヴィッツのオーケストラ 生き延びるための雲の糸

「人間の苦悩に語りかけ、悲しみを慰め、それをいやすよう働きかける力こそ、音楽のもつ最高の性質の一つだと信じる」。音楽評論家の吉田秀和は、『音楽の光と翳(かげ)』(中公文庫)で音楽の力について書いている。第2次大戦下、死が日常化したナチスの強制収容所でも音楽が流れ続けた。収容所で編成された女性オーケストラのメンバーによる本を読み、この本を原作にした同名の映画を見た。死の淵に立った彼女らにとって、音楽は生き延びるための雲の糸のような存在だった。戦後75年。世界各地の独裁国家には、憎むべき強制収容所が今も残っている。  

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1917 8年間に6000キロを徒歩移動 過酷な運命を生き抜いた記録

 今年5月、このブログで「今しかない」(埼玉県飯能市の介護老人保健施設、楠苑・石楠花の会発行)という小冊子を紹介した。この中に「「私の人生は複雑で中国に居たんです。抑留されて8年間いました。野戦病院だったから、ロシアの国境近くから南の広東まで6000キロ歩いて移動したこと、助け合いながら一緒に歩いた友達を思い出します」と書いた女性がいた。この女性が記憶を頼りに記した「中国抑留の記録」を読んだ。75年前の8月、突然それまでの人生が暗転し、それから8年間中国に残り、共産党軍(八路軍=人民解放軍)と行動を共にした記録である。「中国革命に参加して」という副題が付いた記録を読むと、過酷な運命と闘いながら懸命に生き抜いた若い女性の姿が蘇るのである。(やや長いが、お付き合いください)

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1914 核の脅威依然減らず 安らかに眠ることができない時代

「安らかに眠るに核は多すぎる」 小栗和歌子さん作のこの川柳は、1975年9月号の「川柳 瓦版」に掲載されたものだ。「安らかに眠る」とは、広島の原爆慰霊碑(1952年建立)の碑文「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」(雑賀忠義広島大学教授が揮毫)にあり、よく知られている言葉だ。広島に続き、長崎に原爆が投下されて75年。この川柳から45年を経ても世界の核廃絶は一向に進まない。  6日の原爆の日。慰霊式典での松井広島市長の平和宣言と安倍首相のあいさつは、今年もかみ合わなかった。市長は平和宣言の中で国連の「核兵器不拡散条約」(NPT、1970年発効)と核兵器禁止条約(2017年に成立)について触れ、共に核兵器廃絶に不可欠な条約であり、日本政府には核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかり果たすためにも核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを受け止めて、この条約の締約国となるよう訴えた。これに対し安倍首相は、「立場の異なる国々の橋渡し役に努め、各国の対話や行動を粘り強く促し、核兵器のない世界実現に向けた国際社会の取り組みをリードしていく」と述べたものの、核兵器禁止条約には全く触れなかった。  この条約は「核兵器の使用によって引き起こされる壊滅的な人道上の結末を深く懸念し、そのような兵器全廃の重大な必要性を認識し、廃絶こそがいかなる状況においても核兵器が二度と使われないことを保証する唯一の方法である」とし、開発から使用まで全面的に禁止することを目的にしている。2017年7月7…

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1907「それを言っちゃあおしめえよ」 寅さんに怒られる

「それを言っちゃあおしめいよ」。寅さんが怒っている夢を見た。天国で楽しい生活を送っているはずの柴又の寅さん(山田洋次監督、渥美清主演「男はつらいよ」シリーズの主人公)は、いつもの、あのスタイルで、普段の柔和な表情とはかけ離れた厳しい顔で、コロナ禍に戸惑う私たちを叱咤しているのだった。政府はコロナ禍によって客足が途絶えた観光地対策のために、「Go Toキャンペーン」を前倒しで22日から始めることを公表した。これに対し危ぶむ声が強くなっている。寅さんはこれにも怒っているようだった。  そうか、寅さんでさえも、と思っていると、頭をガツンとやられた。俺はお前が思っていることなんて、お見通しなんだぞ、というわけである。妙な夢だった。寅さんが私にげんこつを振るったのは、天国から見ていて現代に生きる私たちがあまりにも不甲斐ない、その代表として私を覚醒させようとしたのかもしれないと、思った。  寅さんの夢から覚めた朝、新聞を開くと、やはりコロナ関係の記事が大半だった。緊急事態宣言解除後、収まるかに見えた感染のペースが、このところ再燃し危険な状態になっている。こんな中、政府がスタートさせようとしている「Go Toキャンペーン」に延期を求める声が出ていることを中心に、大きなスペースが割かれている。多くの観光地を持つ地方紙はどんな記事を載せているのか。調べてみると、ほとんどが社説でこの問題を取り上げ、実施時期の延期や、苦境に立つ事業者の直接支援策の必要性を訴えている。そんな地方の声に政府は聴く耳を持たないの…

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1905 アメリカへ社会の病根の深さを抉った本 対岸の火事視できない日本

 アメリカ中西部ミネソタ州の白人警官による黒人男性暴行死事件(ことし5月発生)に抗議するデモが全米に拡大している。この背景にあるのは、言うまでもなく人種差別と深刻な格差社会である。その象徴のような存在に思えるトランプ大統領を「金儲けと貪欲一辺倒の時代のリーダー」と断じる本を知人が薦めてくれた。ジョセフ・E.スティグリッツ著、山田美明訳『プログレッシブ キャピタリズム 中流という生き方はまだ死んでいない 』(東洋経済)である。最近、ジョン・ボルトン前米大統領補佐官とトランプの姪、メアリ・トランプによる相次ぐ暴露本が話題になっているが、その前に出版されたスティグリッツの本はアメリカ社会の病根の深さを抉り出し、アメリカンドリームの幻想を断ち切るものだ。  スティグリッツは2001年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者(コロンビア大学教授)で、ミクロ経済学(注1)の論客として知られている。タイム誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選ばれたこともある。本書は1970年代以降のアメリカ流資本主義(グローバル化と脱工業化→金融化)は行き詰まっているという視点から論を進め、この弊害が富裕層と貧困層の格差の拡大という分断社会を招いたと説いている。  資本主義の基本は自由競争だが、スティグリッツによれば、アメリカ経済はごく少数の企業が市場を支配し、利益を独占し続けている。これらは「反トラスト法」(注2)を弱体化させたことにより実現したもので、本書は市場での分配が労働者の不利にならないよう、緩くなっ…

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1902 手塚治虫が想像した21世紀 「モーツァルトは古くない」

「鉄腕アトム」の作者、手塚治虫(1928~1989)は、21世紀とはどんな世紀と考えていたのだろうか。「原子の子、アトム」というキャラクターを漫画に描いた天才だから、私のような凡人とは異なる世紀を夢見ていたに違いない。人類を苦しめる新型コロナウイルスの出現まで考えていたかどうか知る術はないが、手塚なら救世主を生み出したかもしれないと思ったりする。 「このオペラが21世紀にたとえ火星上で、人工太陽の照明のもとに地球植民地歌劇団によって演ぜられても決して古くないと信じる」。これは『音楽の手帖 モーツァルト』(青土社)に「フィガロの結婚と私」と題して、手塚が寄稿したエッセーの中に出てくる言葉である。  このエッセーの中で、手塚はフィガロの結婚とロッシーニの「セヴィリアの理髪師」について「すべてが天下太平で、幸福感に充ちている」と記したあと、「フィガロの結婚」に関し冒頭のような評価をし、「それはモーツァルトの音楽が古典などを通り越して永遠だからで、その理由はやはり驚異的なオリジナリティをふまえたポピュラリティ(大衆性)だと思う」と続けている。手塚は子ども時代、宝塚歌劇団のある兵庫県宝塚で育ち、小さいころから男装の麗人が出てくる歌劇には慣れ親しんでおり、アニメ『リボンの騎士』の主役は男装の麗人である「フィガロの結婚」のケルビーノをモデルにしたという。  手塚の「フィガロの結婚」への思い入れは相当強いことがこのエッセーで分かるのだが、それはさておき、20世紀の終わり近くに死んだ手塚は、その後…

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1901 富山平野は「野に遺賢あり」 中国古典の言葉から

「野(や)に遺賢(いけん)なし」。中国の古典「書経」(尚書)のうち「 大禹謨(だいうぼ)にある故事である。「民間に埋もれている賢人はいない。すぐれた人物が登用されて政治を行い、国家が安定しているさまをいう」(三省堂・大辞林)という意味だ。現代日本の政治にこの言葉が当てはまるかだろうか。私はそうとは思わない。日本だけでなく、海外諸国に目を向けても首をかしげざるを得ない情けない状況が続いている。  ここに出てくる「大禹謨」というのは、今から約4000年前の紀元前1900年ごろに、夏王朝(伝説、実在説双方に分かれる)を創設した禹という人物の政策(はかりごと)のことをいう。禹は黄河の氾濫を収めた功績により帝位を受け、中国最初の王朝を創設し民を安定させたといわれる伝説の英雄である。  作家の陳舜臣は『中国五千年』(平凡社)という中国の歴史を書いた本の中で、禹を神話時代の人と記している。陳によると、「名君が名宰相を得て、国運を盛んにするというのも、中国史の一つのパターン」であり、禹は益という人物(賢者)に政治を任せて成功したという伝承があるそうだ。禹は現在の浙江省会稽で巡幸中に死んだとされ、後継者に益を指名したが、益が遠慮したため禹の子の啓が王位に付き、夏の世襲王朝(17王、14世)が続くことになったという。 「野に遺賢なし」ではなく、「野に遺賢あり」という言葉が宮本輝の『田園発港行き自転車』(集英社文庫)という長編小説に使われていた。富山平野で流水客土(赤土を水と混合し用水路を通して水田に…

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1894 涙の沖縄への地図の旅 ひめゆり部隊の逃避行

 私の地図を見ながらの想像の旅は、今回で4回目になります。前回の九州から海を隔て、沖縄へと旅は続いています。6月。それは沖縄の人々にとって、忘れることができない鎮魂の月といえます。太平洋戦争末期の1945(昭和20)年3月26日、座間味島など慶良間諸島に上陸した米軍は4月1日に沖縄本島に侵攻、6月23日に日本軍の組織的抵抗が終わったのです。住民十数万人が犠牲になった沖縄戦。ひめゆり学徒隊の悲劇を読む度に、平和を希求する思いを深くするのは私だけではないでしょう。  私の机の上には2冊の本があります。石野径一郎『ひめゆりの塔』(講談社文庫)、小林照幸『ひめゆり 沖縄からのメッセージ』(角川文庫)です。2冊の本を読み返しながら、私の沖縄行は「涙の旅」になりました。  沖縄県糸満市にあるひめゆりの塔には何度も足を運びました。いつも厳粛な気持ちになるのですが、首都圏から沖縄に移り住んだ私の知り合いは、初めてここを訪れた際、語り部の説明を聞いて号泣したというのです。ひめゆりの塔に関しては、多くの本があります。たまたま私の手元にあった本を見ただけでも、沖縄の人々が戦争によって過酷な運命をたどったか知ることができると思うのです。  ひめゆりの塔は、糸満市伊原(いばる)に建立された慰霊の塔です。この塔について、ここで書くまでもないほど、多くの人が現地を訪れ、映画を見て、本を読んで由来を知っているはずです。太平洋戦争末期、那覇にあった沖縄県立女子師範学校と第一高等女学校の生徒によって編成された「ひめ…

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1893 東北から九州への想像の旅 潜伏キリシタンを描いた『守教』を読みながら

 私の地図を見ながらの想像の旅は続いている。今回は、東北から九州へと移る。潜伏キリシタンあるいは隠れキリシタンという言葉がある。江戸幕府が禁教令を布告し、キリスト教徒を弾圧した後も、ひそかに信仰を続けた信者のことで、2018年6月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に認定された。この言葉を聞くと、潜伏キリシタンといえば長崎や天草(熊本県)を連想する。しかし、この地方以外の福岡県筑後平野北部にもキリスト教の信仰を守り続けた人々がいたのである。  箒木蓬生の小説『守教』(新潮文庫)は、この地区をモデルにしている。福岡県三井郡大刀洗町。小郡市や久留米市に隣接し、かつて高橋という村だったこの町に、国の重要文化財、今村天主堂がある。この小説は戦国キリシタン大名、大友宗麟の命を受け、筑後・高橋組(高橋村=現大刀洗町)の大庄屋になる一万田右馬助の代から始まり、その後のキリシタンへの弾圧時代のひとりの前庄屋の殉教を経て、明治初期に禁教が解かれ、さらに今村カトリック教会(天主堂)が建てられるまでの「今村信徒」の300年の歴史を克明に追った大河小説だ。  小説はフィクションだから、史実と異なる設定もある。伊達騒動を描いた山本周五郎の『樅の木は残った』は、その典型といえる。史実では評定の場で反対派を殺害、悪人といわれる原田甲斐だが、周五郎は独自の解釈で自らを犠牲にして伊達藩を救った人物として描いた。この小説を原作にしたNHKの大河ドラマが放映されたこともあり、原田甲斐=悪人というこれま…

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1891 アルメイダの共助の精神 「大分の育児院と牛乳の記念碑」再掲

 帚木蓬生の『守教』(新潮文庫)は福岡県大刀洗町の国の重要文化財、今村天主堂が建つまでの長い背景(戦国時代から明治まで約300年間)を記した大河小説だ。この上巻に、九州で布教活動をした一人のポルトガル人が登場する。ルイス・デ・アルメイダである。私は2009年大分を訪れた際、県庁近くの公園で「育児院と牛乳の記念碑」というアルメイダを顕彰した碑を見つけた。アルメイダは共助の精神でキリスト教の布教活動と医師としての奉仕活動に生涯を送った人物だ。新型コロナウイルスをめぐって、米中の対立が深まっている。こんな時だからこそ、アルメイダの「共助の精神」が求められるのだ。以下は第448回のブログ再掲。     大分市内の県庁近くの遊歩公園に「育児院と牛乳の記念碑」という変わった碑がある。その碑には以下のような文章が記されている。  ここ府内(大分市)に日本最初の洋式病院を建てたポルトガルの青年医師アルメイダは、わが国に初めてキリスト教を伝えたザビエルが去って3年後の1555年には既に府内に来ていた。当時日本は戦乱が続き、国民の中には貧窮のあまり嬰児を殺す習慣があった。これを知ったアルメイダは自費で育児院を建て、これらの嬰児を収容し、乳母と牝牛を置いて牛乳で育てた。これは近世に於ける福祉事業の先駆である。(『守教』上巻に、アルメイダの業績が詳しく紹介されている)  アルメイダはルイス・デ・アルメイダという医師免許を持ったポルトガルの商人だ。地元大分や福祉・医療関係者には知られた存在かもしれないが、一…

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1888 烈風に飛ばされる人命 コロナ禍は21世紀最大級のニュース?

 20世紀最大のニュースは「第2次世界大戦」だ。世界で軍人・民間人総計5000万~8000万人が死亡した(8500万人説もある。日本は約310万人)といわれる。20世紀は戦争の世紀だった。このほかにも第1次世界大戦をはじめ朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸・イラク戦争等々、様々な戦争があり、多くの命が失われた。そして、「スペイン風邪」(1918年~3年間。罹患者は推定で5億人、死者は4000万人~1億人)という猛威に翻弄された。今、私たちは21世紀を生きている。世界的流行が収まらない新型コロナウイルス感染症。21世紀になって5分の1しか経ていないが、この狂暴なウイルスは今世紀「最大級のニュース」になるだろう。今後のことは分からない。だが、コロナ禍が世界に与えている影響は多大で、人類の歴史に残る極めて深刻な災厄なのだ。  新型コロナが最初に見つかった中国(武漢市)の取材を担当する日本人記者たちは、防護服を着て取材をしたという。コロナ禍の現場取材が危険な状況下にある一方、コロナ禍が新聞経営に重大なダメージを与えている。オーストラリアでは広告減のため地方紙36紙が廃刊となり、76紙が電子版のみの発行にするという衝撃的なニュースも流れた。世界の産業界は軒並み苦境に立たされているが、日本の新聞も例外ではない。  このブログを書いている今(5月30日午後6時過ぎ)、米ジョンズ・ホプキンス大学によると、世界で594万1992人が新型コロナウイルスに感染し、36万5252人が死亡している。世界の感染者が1千…

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1886 8月9日を忘れた政府関係者 『長崎の鐘』に寄せて

 2021年8月9日を東京五輪閉会翌日として「祝日」にする法案を政府が考えたそうだ。この日は長崎に原爆が投下された日である。祝日にするのはそぐわないのは自明の理ではないか。さすがに自民党議員からも「ありえない」という異論が出て、閉会式の日の8日日曜日を祝日として、9日を振替休日にすることで調整を進めている――という記事を読んだ。この日の重要さを忘れてしまったか、あるいはそこまで考えが及ばなかったのだろうかと、薄ら寒さを覚えてしまった。このニュースは、国民の思いとかけ離れた官僚と政府の姿をくっきりと映し出している。  1945(昭和20)年8月9日午前11時2分、3日前の広島に続き、原爆(ファットマン)が米軍のB29(ボックスカー)によって長崎市に投下され、市民24万人のうち、7万3884人が死亡、7万4909人が重軽傷を負った。原爆症による死者は後を絶たず、多くの市民を今も苦しめている。第1の投下目標は福岡県小倉市だったが、天候不良のため予備目標だった視界良好の長崎市に変更されたのだ。  福島出身の作曲家、古関裕而の代表作として長崎原爆を歌った『長崎の鐘』(1949年4月発売)が挙げられる。爆心地から500メートル離れた浦上天主堂も一瞬に倒壊したが、2つあった大聖堂のアンジェラスの鐘の1つは、後に30メートル離れた瓦礫の中から無傷で発見された。この歌は原爆によって妻を失い、自らも被ばくした長崎医科大学の医師、永井隆博士が書いた「長崎の鐘」や「この子を残して」などの随筆を読んだサトウハチ…

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1884 永遠ではないから尊い 薬師如来とお地蔵さんのこと

 薬師如来という仏像がある。諸病を癒し寿命を延ばしてくれるという功徳があるといわれ、わが国では7世紀ごろから信仰されている。国宝である奈良・薬師寺の薬師三尊像(薬師如来、脇侍の日光菩薩・月光菩薩)はよく知られているが、私は福島県会津地方にある古刹・勝常寺(真言宗豊山派)の薬師三尊像に接した日を忘れることはできない。この仏像は新型コロナから人々を守ってくれそうな、大きな包容力がある。そんなことを思わせる力感あふれる仏像なのである。  勝常寺は東の方向に磐梯山を臨む、雪深い会津盆地中央の福島県河沼郡湯川村にある。創建当時は七堂伽藍が備わり、多くの附属屋、十二の坊舎、百余ヵ寺の子院を有する一大寺院であったと伝えられている。寺が発行している寺伝には創建の由来が以下のように記されている。  勝常寺は平安時代初めの807(大同2)年あるいは810(弘仁元)年に法相宗の徳一上人によって創建された。会津地方の象徴である磐梯山は昔から病脳山(やもうやま)と呼ばれ、魔物が棲みいろいろな災いを及ぼしていた。このため会津地方は1年中霧に閉ざされて作物が実らず、病気になる人が続出したという。この話が平城天皇(51代天皇。在位806~809)の耳に入り、天皇は弘法大師を会津に遣わし、法力をもって魔物を退治し、将来にわたって会津の人々が平和で豊かな暮らしができるように守ってくれる薬師像を5体造り、東西南北と中央にまつろうとした。しかし、弘法大師に対し、急に都に戻るよう指示があり、大師は後事を徳一上人に託した。徳一は…

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1882 「今しかない」 短い文章で描くそれぞれの人生(1)

 それぞれの人生を垣間見るような思いで、凝縮された文章を読んだ。埼玉県飯能市の介護老人保健施設・飯能ケアセンター楠苑(1997年6月2日開設、定員98名)石楠花の会発行の『今しかない』という44頁の小冊子である。頁をめくるとほとんどの文章が毛筆で書かれ、それぞれにカラーの絵が付いている。永劫回帰(永遠回帰)という言葉がある。宇宙は永遠に循環運動を繰り返すものだから、人間は一瞬、一瞬を大切に生きるべきだという、ドイツの哲学者ニーチェの根本思想だ。コロナ禍によって世界中で多くの命が失われている。こんな時だけに「今を生きる」「今しかない」という思いを大事にしたい。この冊子はそれを実感させ、生きることの大切さを教えてくれる。心が温かくなる冊子の内容を、2回に分けてお届けする。(一部略してあります)  この冊子は、楠苑の利用者や同苑を支えている人たちがどんな人生を歩んできたかを振り返ったもので、斎藤八重子さんが中心になって聞き書きを基に編集したという。私に冊子を送ってくれた友人の大島和典さんは、この施設で月1回開催の「ハーモニカと一緒に歌いましょう」という企画で、ボランティアとしてナレーションを受け持っている。現在、コロナ禍のためこの催しは休止中だが、協力者たちはさまざまな企画を考えており、「今しかない」の冊子も利用者たちとの会話から創刊へと発展したという。  大島さんは、冊子に以下のような文を書いている。(要約)  素晴らしいタイトル(「今しかない」)だと思う。このフレーズは、残された人…

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1875 『ヴェニスに死す』を読む 繰り返される当局の愚行

 ノーベル賞を受賞したドイツの作家トーマス・マンの『ヴェニスに死す』(1913年作)は、50歳になった主人公の男性作家グスタフ・アッシェンバッハが旅行で滞在していたイタリア・ヴェニス(イタリア語ではベネチア。ヴェニスは英語読み)で、ポーランド貴族の美しい少年、タッジオに惹かれるという同性愛をテーマにした中編小説だ。映画化もされ、マーラーの交響曲5番第4楽章アダージェットがテーマ曲として使われた。主人公は滞在先のヴェニスでコレラによって不慮の死を遂げるのだが、新型コロナウイルスによって街全体が封鎖された現在のヴェニスとなぜか二重写しになる。  先日、NHKのBS放送で「そして街から人が消えた~封鎖都市・ベネチア(NHKの表記)~」という特集番組を見た。世界中から多くの観光客が集まる、ヴェニスの仮面カーニバルの最中に新型コロナウイルスの感染が拡大し、街が封鎖されるまでを丹念に追ったドキュメンタリー番組だ。NHKの番組案内には「カーニバルは突如中止。だが感染の勢いは止まらず、3月8日ベネチアは封鎖され、街から人が消えた。じつはベネチアは、14世紀に疫病ペストの大流行に耐え、街を復興させた歴史を持つ。人々は新型コロナをペストの悲劇と重ね合わせ、どんなに辛くとも前を向こうとしていた。その一部始終を記録した」とあった。災厄に襲われたヴェニスの変わりように、このウイルスの怖さを感じたのは、私だけではあるまい。 『ヴェニスに死す』の主人公アッシェンバッハは、 ミュンヘンから最初はアドリア海沿岸の保養地…

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1872 にぎやかな群衆はいずこへ 東京五輪は開催できるのか

 私はスポーツが好きだ。見るのも私自身がやるのを含めて嫌いではない。新型コロナウイルスによる感染症がスポーツ界にも大きな影響を与えている。無観客で可能な競馬や競輪、ボートレースなどを除いて、ほとんどのスポーツは世界的に中止になる異常な状態が続いている。1年を延期した東京五輪・パラリンピックも予定通り開催できるかどうか、全く予測できない。こんな時に、IOCと日本政府の間の延期に伴う経費の負担問題がニュースになった。これをめぐって、ネットでは多くの人が五輪・パラリンピックを中止すべきだと書き込んでいる。  人は外を歩くのが好きだ。家にこもっていると、精神衛生上もよくない。だが、仕方ない。萩原朔太郎の詩「群集の中を歩く」という状況は、今の都会では許されない。三密(密閉、密集、密接)防止の戒めがあるからだ。  あらためて朔太郎の詩を読む。  私はいつも都会をもとめる  都会のにぎやかな群集の中に居ることをもとめる  群集はおほきな感情をもつた浪のやうなものだ  どこへでも流れゆくひとつのさかんな意志と愛欲とのぐる   うぷだ (中略)  おほきな群集の中にもまれてゆくのはどんなに楽しいことか  みよこの群集のながれてゆくありさまを (以下略)  朔太郎の詩のような風景が、一刻も早く戻ることを願わざるを得ない。  話は変わる。志賀直哉の小説「流行感冒」を読んだ。新潮文庫の『小僧の神様・城の崎にて』(新潮文庫)に収録された短編だ。スペイン風邪が世界的に猛威を振るっ…

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1871 順境と逆境と 緊急事態宣言の中で

 逆境の反対語は順境である。前者は「思うようにならず苦労の多い境遇」(広辞苑)、後者は「万事が都合よく運んでいる境遇。恵まれた幸せな境遇」(同)という意味だ。ベーコンの『随想集(5)』(岩波文庫)には「順境の特性は節制であり、逆境のそれは堅忍である」とある。新型コロナウイルスの世界的感染拡大という事態に見舞われた現代は、人類にとって逆境であり、まさに耐えしのぶ時なのだと思う。  緊急事態宣言の対象地域が全国に拡大した。雨の土曜日、私の家の前の遊歩道に人影はほとんどない。仕事以外の人たちはほとんど家にこもっているのだろう。コロナ感染が拡大する以前、幅広い活動をしていた知人たちも外出を避けているようだ。映画のDVDを数本借り、その原作を読み返しているという知人、文庫本をまとめて購入し「籠城に備えた」という知人、カメラで撮影した風景写真を取り出し、俳句をつくっている知人もいる。  私と言えば、散歩のほかは読書に多くの時間を費やしている。最近読んだのは大木毅『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書)、飯嶋和一『神無き月十番目の夜』(小学館文庫)で、今は星野博美『コンニャク屋漂流記』(文春文庫)を手に取っている。大木の本は第二次大戦のヒトラー・ドイツとスターリン・ソ連との戦争を多角的に描いたもので、その悲惨な実態に衝撃を受ける。第二次大戦といえば日本軍部による展望なき戦いに目が奪われるがちだが、同じ地球上でおびただしい血が流れる絶滅戦争が繰り広げられていたことを思い知らされた。この作品は2020年の…

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1870 何といふ怖しい時代  山村暮鳥の「新聞紙の詩」から

 群馬県出身の詩人で児童文学者、山村暮鳥(1884~1924)の作品に「新聞紙の詩」という詩がある。それは、新型コロナウイルスによる感染症が大流行をしている昨今の内外の現象を表現したような、何とも気になる内容なのだ。暮鳥の詩の中には「一日のはじめに於て」のように、明るいものも少なくない。だが、「新聞紙の詩」は、厳しい現実を直視したといえる作品で、現代に生きる私たちにも訴える力がある。    新聞紙の詩  けふ此頃の新聞紙をみろ  此の血みどろの活字をみろ  目をみひらいて讀め  これが世界の現象(ありさま)である  これが今では人間の日日の生活となつたのだ  これが人類の生活であるか  これが人間の仕事であるか  ああ慘酷に巣くはれた人間種族  何といふ怖しい時代であらう  牙を鳴らして噛合ふ  此の呪はれた人間をみろ  全世界を手にとるやうにみせる一枚の新聞紙  その隅から隅まで目をとほせ  活字の下をほじくつてみろ  その何處かに赭土の痩せた穀物畠はないか  注意せよ  そしてその畝畝の間にしのびかくれて  世界のことなどは何も知らず  よしんばこれが人間の終焉(をはり)であればとて  貧しい農夫はわれと妻子のくふ穀物を作らねばならない  そこに殘つた原始の時代  そこから再び世界は息をふきかへすのだ  おお黄金色(こがねいろ)した穀物畠の幻想  此の黄金色した幻想に實のる希望(のぞみ)よ  この詩は1918(大正7)年に刊行された詩…

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1869 釈迦の生誕とミロのヴィーナス 4月8日は何の日か

  灌仏(くわんぶつ)の日に生れ逢う鹿(か)の子(こ)かな 松尾芭蕉  旧暦4月8日に仏教の開祖・釈迦(ゴータマ・ブッタ、ゴータマ・シッダッタ)が生誕したという伝承に基づき、日本では毎年4月8日に釈迦誕生を祝う仏教行事・灌仏会(かんぶつえ。仏生会、浴仏会、龍華会、花会式の別名も)が行われている。一方、世界でも人気がある「ミロのヴィーナス」は、ちょうど200年前のきょう、ひとりの農民によって発見されたことをラジオ放送で知った。7都県に新型コロナウイルスによる非常事態宣言が出た直後の日本。こんな日だからこそ歴史を振り返り、希望の光を感じてみたいと思う。  芭蕉の句について山本健吉編著『句歌歳時記 春』(新潮文庫)には、「芳野紀行の旅を終えて、奈良に帰って来たときの句。ちょうど4月8日で、古い寺々の多い古都では、花御堂をつくって仏生会を営み、誕生仏に甘茶を灌いでいる。たまたまその日に鹿の子が生れ合したという微笑ましい事実に、感を発したもの。旧暦4月だから、実は初夏の句」とある。私はこの句から、芭蕉と同じように生命誕生の喜びを感じるのである。  69歳のときにクリスチャンなった、友人の田口武男さんの著作『蘊蓄 お釈迦さま  お坊さんより詳しくなる仏教の開祖 ゴータマ・ブッダの80年』(アマゾン・キンドル)には、釈迦誕生から入滅までを38章にわたって詳しく描かれている。釈迦は紀元前5世紀、インド領だったカピラヴァットゥ(現在はネパール領)という王国のスッドーダナという王の妻マーヤーから生ま…

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1868 コロッセウムは何を語るのか 人影なき世界遺産

 新型コロナウイルスによって、観光立国イタリアは大きな打撃を受けている。著名観光地は軒並み閉鎖され、年間400万人が訪れるといわれるローマのコロッセウム(ラテン語、コロセウムとも。イタリア語ではコロッセオ)も例外ではない。古代遺跡の閉鎖を説明する掲示板の写真をニュースで見たのは1カ月前のことだった。体操仲間が描いた水彩画を見せてもらいながら、人影がなく閑古鳥が鳴く遺跡のわびしい風景を想像した。  この水彩画は写真の通りコロッセウムの外観を描いたもので、青空のもと、静かな佇まいの茶色の遺跡が美しい。これまでこのブログには2回この知人の絵を紹介しており、今回で3枚目になる。コロッセウムの絵が完成したのはことし1月20日のことで、この後新型コロナウイルスがイタリアで猛威を振るうとは、作者も想像しなかったに違いない。  コロッセウムは古代ローマ時代の西暦70~72年、ウェスパシアヌス帝の命令で建築が始まり、その子どものティトウス帝時代の80年に完成したとされる円形闘技場(長径188メートル、短径156メートル、周囲527メートルの楕円形)で、収容人数は5万人前後。剣闘士の闘技、人間とライオンなど猛獣との闘いというゲームの観戦を目的とした残酷な施設である。その廃墟が世界遺産となり、観光名所になったのだ。アカデミー作品賞と主役のラッセル・クロウが主演男優賞を受賞した2000年のアメリカ映画「グラディエーター」は、主な舞台がコロッセウムだが、映画では実物より小さいセットを使ったそうだ。  本田…

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1866 科学には国境がない かみしめたいパスツールの言葉

 第一次世界大戦が終結したのは1918(大正7)年11月のことだった。この年の3月初めに米国カンザス州の陸軍基地から発生したとみられるインフルエンザA型(H1N1型)は、欧州戦線に従軍した米軍兵士を通じてヨーロッパに伝わり、さらに世界的流行(パンデミック)となり、3波にわたって猛威を振るった。「スペイン風邪」である。罹患者は推定で5億人、死者は4000万人~1億人(日本の死者は40万人前後といわれる)に上るという空前絶後の犠牲者が出た。  戦争により兵士だけでなく市民もおびただしい命(計推定約1700万人。行方不明も1000万人近くとみられる)を失っており、人類にとってまさに「受難」の年だった。新型コロナウイルス感染症についてトランプ米大統領は、このままでは米国内の死者が10万~24万人、感染防止策を取らなかった場合は150万~220万人(スペイン風邪の米国の死者は約55万人=ブリタニカ国際大百科事典)に達するとの分析結果を公表した。恐るべき数字である。こんな時代だからこそ、フランスの細菌学者で狂犬病ワクチンの開発で知られるルイ・パスツール(1822~1895)のある言葉を思い浮かべるのだ。  劇作家の岸田國士(女優・岸田今日子さんの父親)は、風邪をテーマにした随筆を書いている。『風邪一束』(岩波書店『岸田國士全集21』)である。 「久しくその名を聞き、常に身辺にそれらしいものゝ影を見ながら、未だ嘗てその正体をしかと捉へることが出来ないものに、風邪がある」という書き出しの随筆の中で、岸…

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1859 雷電が伝えたかったこと 猛稽古に込めた闘う姿勢

 凶作と飢餓、貧困に悪政が追い討ちをかけた天明・寛政年間(江戸時代)、相撲界にヒーローが現れた。古今無双の強さを誇った雷電為右衛門である。8日から始まった大相撲春場所(大阪)は無観客開催という異例の場所になった。テレビで歓声のない静寂な相撲中継を見ていて、雷電にまつわる一つのエピソードを思い出し、あらためてこのエピソードを書いた本を読み直した。  雷電は旧信濃の国大石村(現在の長野県東御市)に生まれ、通算254勝10敗2分14預5無41休(35場所)、勝率0・962の成績を残し、大相撲史上最強の力士と呼ばれている。飯島和一の『雷電本紀』(小学館)は雷電を主人公とした物語で、雷電が相撲の稽古によって飢餓に苦しむ故郷の人たちを奮い立たせた話が盛り込んである。  ある年、雷電は少年の弟子を連れ浅間山の噴火で冷害に見舞われた麓の村を訪れた。飢餓のため生きる希望を失った村人たちを前に、雷電は少年弟子にぶつかり稽古をつける。その稽古風景はすさまじい。ぶつかってくる弟子を容赦なくたたきつぶし、何度も何度も向かってくる弟子に対しものすごい形相で立ちはだかる。意識がもうろうとする中、必死にぶつかる弟子を村人たちは懸命に応援する。その声が聞こえたかのように、少年弟子はついに雷電を土俵から押し出す。    翌日、雷電の耳に鬨の声が聞こえてくる。村人たちが弓や竹やり、鎌、鍬を手にうさぎ、鹿、猪など山の動物たちを追いかけているのだった。雷電と弟子の激しいぶつかり稽古に、どんな状況にあっても必死に生きる姿勢の…

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1853 秀逸な『罪の轍』 最近の読書から

 川越宗一の『熱源』(文藝春秋)が第162回直木賞を受賞した。今年になってこの本のほか、須賀しのぶ『また、桜の国で』(祥伝社文庫)、深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)、奥田英朗『罪の轍』(新潮社)を読んだ。いずれも大衆小説で、合間に芥川賞の古川真人『背高泡立草』(同)も手にした。前記の4作品は力作ぞろいだが、中でも『罪の轍』が秀逸だ。代表作ともいえる『オリンピックの身代金』(角川書店)と同じ東京五輪前後を時代背景にした作品で、奥田はこの時代の日本の実情を的確に描き切っている。  この作品は、北海道礼文島から東京に逃げた20歳の青年による身代金目的の誘拐殺人事件をめぐる警視庁の刑事たちと青年の攻防を描いた社会派小説だ。東京五輪の前年の1963(昭和38)年に起きた「吉展ちゃん誘拐殺人事件」を彷彿させる展開は警察小説であり、推理小説でもある。さらに山谷という底辺の労働者が住む街が主要舞台になっており、ここに住む人たちの実態は昭和史の断面を映しているように見える。読み方は人それぞれだろうが、警察を取材した経験(警視庁捜査一課)を持つ私は、警察内部の動きに特に興味を抱いた。警察と対置する犯人及び山谷の人々の動きを克明に記した作品に虚構性は感じられず、ノンフィクション作品といってもいいほどの現実感があり、本田靖春の名作『誘拐』が頭に浮かんだ。 『熱源』は、樺太(現在のロシア・サハリン)に生まれたアイヌの少年とロシア占領下の旧リトアニアで生まれたポーランド人の青年を軸に、近現代の日本、…

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1851 新型コロナウイルスにどう立ち向かう『ペスト』の人々を思う

 人口が1100万人を超える中国湖北省の大都市、武漢市の公共交通機関は23日午前から全ての運行を停止した。同市で発生した新型のコロナウイルスによる罹患者は拡大を続けており、同市は事実上の閉鎖状態になった。人類の歴史はウイルスとの闘いでもある。今回の発生源はコウモリや市場で売買された野生の蛇など諸説あるが、ウイルスは人類の想像を超えた繁殖力を持っていると思わざるを得ない。私はこのテレビニュースを見ながら、ついカミュの小説『ペスト』の世界を思い起こした。  報道によると、武漢市政府は23日午前10時(日本時間午前11時)から、コロナウイルスによる肺炎の感染拡大を抑えるため市外に出る航空便、鉄道、市内全域のバスや地下鉄などの公共交通機関の運行を停止する措置をとった。さらに市民には「特別な事情がなければ武漢を離れてはならない」と呼びかけた。これは事実上の市内封鎖といっていい。正月を祝う春節が24日から始まる直前の、中国ならではの強硬政策といえる。  中国特有の現象である黄砂は目に見えるから、身構えることができる。しかし、ウイルスは姿が見えない。それだけに不気味であり、拡散を防いでほしいと世界のだれもが願っているはずだ。家族がけがで入院している病院では、インフルエンザ対策のため面会は全面禁止になっている。病院に行くと、患者も病院側の関係者もほとんどがマスク姿だ。それほどに注意をしていても、ウイルスはひそかに人体に入り込んでしまうのだ。  冒頭に、カミュの小説『ペスト』のことを書いた。ペスト…

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1850 人類登場時代のチバニアン 地質年代に日本名認定

   国際地質科学連合は17日、千葉県市原市にある約77万4000~12万9000年前の地質時代を「チバニアン」(千葉時代)と呼ぶことを決めたという。地質年代に日本の地名が付くのは初めてのことである。ここまで至るには一部学者による反対行動などの紆余曲折があったが、「チバニアン」は世界的な地質名として認知されたことになる。私は4年近く前、この場所に行き、ブログに記した。この機会に当時のブログを以下に再掲する。  千葉の養老渓谷に出掛けたことがある人は多いだろう。自然が美しく、温泉もある。そこにもう一つの隠れた名所があることを最近知った。地質学的に貴重な場所で、地質学の専門用語でいうと「地球磁場逆転期の地層」と呼ぶ。養老渓谷から流れ出ている養老川沿いの崖面(露頭)にあり、ことし8月末から9月初めにかけて開催される地質学の交際会議でこの場所が磁場逆転期の地層として「国際模式地」に選ばれるかもしれない。その現場を地球の驚異を感じながら歩いた。  かつては地球の地磁気の向きは南北逆だったという。地磁気というのは、地球が示す磁気的現象で、地球を大きな磁石に見立てたときのN極とS極の向きはこれまで何度も逆転、最後の磁気逆転の時期は約77万年前だったと、国立極地研究所などの研究グループが2015年5月に発表している。その磁場逆転した証拠とした地層が養老川沿いの崖面(千葉セクション)だ。  この場所に行くには、養老渓谷に向かう県道から少し外れて右に上った市原市の田淵会館が目印になる。地区…

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1847 来年こそは平和であってほしい「生き方修業」を続ける仲代達矢さん

(来年以降も芝居を通して人々に伝え続けて行きたいことは何でしょうか、という問いに対し)「1つに絞ると、戦争と平和です」。NHKラジオの歳末番組で、87歳で現役を続ける俳優の仲代達矢さんがこんなことを話すのを、散歩をしながら聞いた。凍てつく寒さだが、仲代さんの声は暖かい。そして、仲代さんは付け加えた。「テレビを見ていると、(世界で)いろんな人が犠牲になっている。だから、来年は絶対に平和であってほしい」  ラジオアナウンサーのインタビューに、仲代さんは戦争と平和について訴え続けてきたことに付け加え、「役者としての生き方はもちろん、やる素材が人間の尊さについて多かった」と話した。仲代さんは小林正樹監督の映画『人間の條件』(原作、五味川純平)、山本薩夫監督の映画『不毛地帯』(同、山崎豊子)、日中共同制作のNHKドラマ『大地の子』(同、山崎豊子)という名作に出演し、この3本を戦争3部作と呼んでいるという。  高橋豊さん(元毎日新聞特別編集委員)の著書『仲代達也の役者半世紀』(毎日新聞社)によると、仲代さんがこの中で最も思い入れが強いのは『人間の條件』だそうだ。この作品で仲代さんは梶という悲劇の兵士役を演じ、代表作となった。私はいまでもこの映画を忘れることはできない。戦争に運命をもてあそばれた主人公のつらく、悲しい映画だった。人間の愚かさ、虚しさが私の記憶の襞に刻まれた。仲代さんは『不毛地帯』、『大地の子』でもは戦争と平和を考えさせる力を持った迫真の演技をした。だから、これからも平和の大事さを訴え…

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1844 ブッダ80年の生涯を調べ尽くす 電子書籍『蘊蓄 お釈迦さま』を読む

「般若心経の最後にある『ぎゃあてい、ぎゃあてい、はらぎゃあてい……』(日本では「ぎゃてい、ぎゃてい、はらぎゃてい」が一般的だが、このような読み方もあるという)は、どういう意味ですか」この素朴な疑問に対し、僧侶は「分からん」と言って答えてくれなかった。僧侶が不勉強だったのか、忘れてしまったのかは分からない。『蘊蓄 お釈迦さま~お坊さんより詳しくなる仏教の開祖「ゴータマ・ブッダの80年」~』(アマゾン電子書籍)の著者、田口武男さんは葬儀委員長をした時に、こんな体験をした。それがきっかけでこの本が生まれたというから、人生の妙を感じる。久しぶりにアマゾンキンドル端末を充電し、この本をダウンロードした。読んでいて、お釈迦さまに関し多くのことを知りたいと願う人にとって必見の本ではないかということに気づいた。  著者は元共同通信社の社会部記者である。現役時代、粘り強い取材で知られていた。その片鱗がこの本にも生かされている。学術書といっていいほど多くの資料(中でも岩波書店の辞書「広辞苑」が多用されている)を駆使し、釈迦の生涯を多彩なエピソードを交えながら、硬軟織り交ぜ分かりやすく描いている。例えば「いろはうた(伊呂波歌)」の由来=涅槃経の偈(げ。経文で仏徳をたたえ、教理を説く詩のこと)の和訳、村上春樹の『ノルウェーの森』に出てくる般若心経の中の言葉など、著者の幅広い知識がこの本で随所に見ることができるのが楽しい。また、仏教に関する言葉の意味を知るうえで辞書的役割を果たすはずだ。  しかし、この本は単な…

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1842 地球は悲劇と不幸を満載した星 権力悪と戦った長沼節夫さん逝く

 私は30歳のころ、東京の新宿署を拠点に警察を担当する「4方面クラブ」に所属していた。いわゆるサツ回り記者である。地方の支社支局を経ているとはいえ、駆け出し記者だった。ほかの社も、私と同様に地方を経験して社会部に配置された記者が多かった。そこに、異彩を放つ記者がやってきた。時事通信の長沼節夫さんだ。海外特派員からサツ回りに配属された長沼さんは、私たちの兄貴分になった。先月、長沼さんが亡くなった。77歳。権力の不正に立ち向かったジャーナリストがまた一人いなくなった。  サツ回りは、担当する地区で起きた事件、事故を取材して記事にする記者で、私が所属した4方面は新宿、中野、杉並3区にある8つの警察署がカバー範囲。これ以外にもいわゆる街ダネ(街で話題になっている出来事や催しもの)の取材もしたが、東京地検特捜部が捜査を開始したロッキード事件の渦中の人物である右翼の児玉誉士夫宅(世田谷区等々力)を、交代で24時間張り込みするのが大きな役割だった。  長沼さんはそうしたロッキード事件の最中にふらり(そんな感じだった)と、新宿署の記者クラブに顔を出した。長身で理知的な顔。彼はすぐに私たちと打ち解け、昼夜を問わず行動を共にした。私たちは兄貴分として長沼さんを慕った。サツ回りとしてはわずか1年ほどの付き合いだったが、その後折に触れて一緒に酒を飲んだ。当時のメンバーが集まる「4方面会」という名の飲み会が長く続いたのも長沼さんの人間的魅力があったからこそだった。以前のブログにも書いたが、新宿署近くに「おのぶ」…

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