1987 被災地で感じる胸の痛み(再掲) 

 東日本大震災から10年になった。政府主催の「十周年追悼式」が11日、国立劇場(東京都千代田区)で開かれた。菅内閣は「復興の総仕上げの年」と称して、追悼式を今回で打ち切る方針だという。本当に総仕上げといえるほど復興は進んでいるといえるのだろうか。史上最悪の原発事故に見舞われた福島の現状を見ていると、とてもそうは言えないはずだ。首相の式辞から「復興五輪」という言葉も消えた。なぜかは分からない。  ことしの追悼式で岩手、宮城、福島3県の遺族代表と被災者代表による追悼の言葉があった。4人のうち岩手県の佐藤省次さん(71)は「いろいろな思いが交錯する長いようでまた短いような複雑な思いが駆け巡る歳月だった」と、この10年について語った。私は震災直後、佐藤さんに話を聞いたことがある。あらためて当時の記事を掲載し、震災の記憶を新たにしたいと思う。(佐藤さんは、両親、おばら11人の親族を津波で失っている)  

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1986 渚に燃やせかがり火 永遠の海への祈り

「大島」と聞くと、多くの人は伊豆大島か奄美大島を思い浮かべるかもしれません。2つの島に比べますと、福岡県宗像市の大島、山口県の周防大島(屋代島)、宮城県気仙沼市の大島は「知る人ぞ知る大島」といえるでしょう。気仙沼の大島は東日本大震災の被災地としても知られていますが、私はここで知り合った一人の歌人の歌集を時々本棚から取り出し、絶唱ともいえる短歌を口に出して読んでみるのです。    

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1985「不正のない国で暮らしたい」ミャンマー・デモ参加の女性に学ぶ

「自由で幸福で不正のない国で暮らしたい」。だれでもがこの言葉に異存はないはずだ。わが日本。自由はまあまあある。幸福はどうだろう。健康で文化的で普通の暮らしができ、家族や友人に恵まれていれば、まあ幸福か。自分が幸福かどうかは、人によって受け止め方が違うが、今の日本、自分は幸福と思う割合はそう多くはないのではないか。では、不正のない国はどうか。間違いなく、日本は罰点だ。 

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1984 誰にもある潜在力 スポーツの爽やかさを感じさせた鈴木選手

 人間には潜在力があるに違いない。最後の大会になったびわ湖毎日マラソンで優勝した鈴木健吾選手の激走を見て、それを確信した。信じられないほどの後半のハイペースで、これまでの日本記録を塗り替え、しかも2時間5分台を切る2時間4分56秒という日本人選手として夢の記録を達成した。コロナ禍で沈んでいる私たちに、鈴木選手は大きな力を与えてくれた。    

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1983 『叫び』に込めた本音 ムンクの不条理の世界今も

  コロナ禍によって「うつ状態」が蔓延している日本で、自殺者が増えている。こんな時代を代弁したようなエドヴァルド・ムンク(1863~1944)の絵。だれしもが『叫び』を思い起こすだろう。以前、この絵をノルウェー・オスロ国立美術館で見たことがある。91 センチ× 73.5 センチの油彩画(1893年制作)だ。この絵には「狂人だけが描ける絵だ」という、肉眼では見えない鉛筆による小さな走り書きが残されていた。この書き込みは、画家自身によるものだったことが分かったというニュースを読んだ。どんな思いでムンクはこの書き込みをしたのか。    

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1981 自転車に乗るうれしさと怖さ 朔太郎の「日記」から

 私は雨の日を除いて1日に1回は自転車に乗る。いつ覚えたかは忘れたが、もう長い付き合いだ。窓の外に見える遊歩道でも、自転車が散歩の人たちの脇をすいすいと進んでいる。大人から子どもまで自転車はこの街の風景に溶け込んでいる。時々、詩人の萩原朔太郎の『自転車日記』(以下、日記と略)を読み返す。ひやひやしながら自転車をマスターしようとした詩人の姿が目に浮かび、「朔太郎よ、しっかり」と応援したくなる。

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1980 聖書にも「明日のことは思い悩むな」地図で旅するイエスの足跡

 友人には物知りがいる。昨日のブログを見たというある友人は、同じような言葉なら新約聖書にもある、と教えてくれた。早速、本棚奥から「日本聖書協会」発行の『新約聖書 詩編つき 新共同訳』を出してみた。それは「マタイによる福音書」(マタイ伝)6章の中の「思い悩むな」の最後(34節)に書かれている。古今東西、この精神は生きているのだ。    

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1979「明日は明日の風が吹く」の日々 想像の旅へ出よう

「明日は明日の風が吹く」の「明日」の読み方は文語的な「あす」ではなく、俗語風の「あした」だ。「明日のことなど何も分からない、そんな明日を心配しても始まらない」や「先のことを考えても仕方がない」という無責任、自棄的な意味がある一方で、「明日」という未来への期待があり、明日のことは明日の運命に任せて、今日の生活への努力をすべきだというのが原義ではないか(国文学者・池田弥三郎)という説もある。いずれにしても暗い話題が多い昨今、私はこの言葉を思い浮かべながら毎日を送っている。    

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1977 困難な未来予測 あなたは悲観的、楽観的?

 現在の地球は混沌とした時代が続いていて、未来を予測することは難しい。できれば、楽観的に生きたいと思う。「21世紀の世界は、人間が未来を語るときに、今ほど暗い疑いを持つことのない世の中になるでしょう」(『深代惇郎の天声人語』朝日新聞)。46年前の朝日新聞の天声人語で筆者の深代は楽天的な見通しを書いた。だが、残念ながらこの予言は当たっているとはいえない。では、コロナ禍後の世界はどう変わるのだろう。(写真・霧に包まれた調整池と日の出の風景)    

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1973 「高貴」という言葉は似合わない クローデルの評価はどこへ 

 先日のブログでフランスの外交官で詩人・劇作家ポール・クローデル(1868~1955)の『断章』という詩を紹介した。クローデルは、駐日フランス大使を務めたこともあって、大変な親日家だった。第2次大戦で日本の敗色が濃くなってきたころ、ある夜会で「私がどうしても滅びてほしくない1つの民族がある。それは日本人だ。彼らは貧しい。しかし、高貴だ」と語ったという。しかし時代を経て、今の日本人にこの「高貴」という言葉は似合わないと、私は思う。  

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1971 ラッセルの警告が現実に 人類に未来はあるか

「人類に未来があるか、あるいは破滅か。その解答の出ないまま私は死んでいく。ただ私の最後の言葉として遺したいのは、人類がこの地球に生き残りたいと思うならば、核兵器を全廃しなければならない」。イギリスの哲学者、バートランド・ラッセル(1872~1970)は、97歳でこの世を去る直前、このような言葉で核兵器全廃を訴えた。ラッセルが亡くなって半世紀が過ぎた。核兵器禁止条約がようやく発効したとはいえ、依然、地球上には多くの核兵器が存在し、廃絶の道のりは険しく遠い。やや大げさかもしれないが、本当に人類に未来はあるのだろうかと思う。    

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1969 生涯現役と老害と 仲代さんと政治家たち

 俳優の仲代達矢さんがラジオに出演し、最近米寿(88歳)を迎えたと話していました。1932(昭和7)年12月13日生まれ。今も現役の俳優です。政治の世界。新しくアメリカの大統領になったバイデンさんは78歳と、史上最高齢での大統領就任だそうです。日本でも80歳を超えても、現役を続ける政治家がおります。「老年における熱意と活力は、仕事をするのにすぐれた気質である」(岩波文庫ベーコン随想集・42「青年と老年について」)という言葉もありますが、そうなのでしょうか。    

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1966 今の日本に必要なものは 半藤一利が残した言葉

 今の日本に必要なのは何か? 12日に90歳で亡くなったノンフィクション作家の半藤一利は、『昭和史 戦後篇』(平凡社)で5つの項目を挙げている。コロナで後手、後手に回る政府の対応策を見ていると、そのほとんどが欠けているように思えてならない。その5項目とは……。(以下、その要約。カッコ内は私の昨今の世相に対する感想=独断と偏見です)

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1964 1年前の不安が現実に 文明人と野蛮人の勇気の違い 

 新型コロナウイルス感染症の発生地といわれる中国武漢市が封鎖になったのは、2020年1月23日だった。あれから間もなく1年になる。私がこのブログで新型コロナのことを初めて書いたのも、この日だった。当時のブログを読み返すと、「新型コロナウイルスが人類共通の闘いに発展することがないことを願うばかりだ」と書いている。この不安が現実のものになってしまった。そして日本は第3波に襲われ、首都圏1都3県に2度目の緊急事態宣言が出された。

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1962 繰り返す歴史 知恵を絞ろう

 歴史は繰り返すという。この言葉は、人類が成長していないことを表しているのではないか。コロナ禍のこの1年、世界、日本の動きを見ていると、そう思わざるを得ない。このブログで何回か書いている通り人類はウイルスに襲われ、それを克服した歴史といっていい。だが、今度のコロナは凶暴であり、立ち向かうにはあらゆる知恵を振り絞る必要があると思うのだ。

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1961 言葉の軽重 2020年の終わりに

 フランスの詩人、ステファンヌ・マラルメ(1842~98)は「詩は言葉で書く」と、教えたそうです。当たり前のことですが、言葉を発することはなかなか難しいものですね。2020年、今年ほど言葉が重く、あるいは逆に軽く感じたことはありません。新型コロナの感染拡大を防ごうと呼び掛ける世界の為政者たちの言葉の響きには、大きな差があったと思うのです。

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1960 潔癖症を見習おう 鏡花の逸話を笑ってはならない

 明治から昭和初期に活躍した作家の泉鏡花(1873~1939)は、『高野聖』や『婦系図』など、幻想的な作品を発表した。もし、鏡花が現代に生きていたら、コロナ対策の大家になっていたかもしれないと、想像する。鏡花は病的といえるほど、不潔を嫌う潔癖症だったからだ。アルコールが飛んでしまうほどグラグラ煮立たせた日本酒を飲んだという逸話も残っている。コロナの第3波が続く日々、鏡花のことを笑うことはできない。    

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1958 ベートーヴェンは《第九》が一番 何かを満たしてくれる曲

 NHK教育テレビで、今年が生誕250年になるベートーヴェンの曲について「ベスト10」のアンケートをした番組やっていた。一番に選ばれたのは、私の予想通り《第九》だった。なぜ日本人は《第九》が好きなのだろう。ベートーヴェン研究者で政治活動家(故人)の小松雄一郎(1907~1996)がその答えを書いているのを読んだ。要約すると「日本人は《第九》に何かを求め、第九にはそれを満たしてくれるものがある」というのだ。     

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1957『今しかない』が第2号に 哀歓の人生模様

 朝6時の気温は4度。昨日(氷点下1度)より5度高い。東南の空に、明けの明星(金星)が輝いている。日本海側では新潟を中心に大雪が降り、関越道で2000台以上の車が一時立ち往生した。一方、太平洋側はカラカラの天気が続き、房総半島の一部では水不足になっている。心まで冷え込む冬の到来……。そんな師走の一日。先日届いた『今しかない』という題の小冊子を読み返し、人生を振り返る時間を送っている。   

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1955 2020年の読書から 2人の女性作家の伝記小説

 日本の新刊本は、年間約7万2000部(20019年、出版指標年報)発行されている。多くの本は書店に並んでも注目されずに、いつの間にか消えて行く運命にある。新聞の書評欄を見ても、興味をそそられる本はあまりない。というより、慌てて買わなくともいずれ近いうちに文庫本として再発行されるから、このところ新刊本はほとんど買わない。そんな読書生活。例外的に今年は2人の女性作家の新刊長編を読んだ。乃南アサの『チーム・オベリベリ』(講談社・667頁)と、村山由香の『風よあらしよ』(集英社・651頁)の2冊。前者は北海道十勝地方開拓の困難な始まりの歴史、後者は関東大震災直後に無政府主義者、大杉栄とともに憲兵大尉、甘粕正彦らに殺された内縁の妻伊藤野枝の骨太の生涯を描いた、評伝的要素が味わえる作品だ。以下は、2冊の独断と偏見の読後感です。    

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1951 男たちはどんな顔? 険しく卑しくもの欲しげでずる賢くなっていないか

「男たちはいい顔をしているだろうか。女の目から見てどう映るか」。男にとって耳の痛いことを書いた文章を読んだ。では日本の首相、アメリカの大統領は、いい顔をしているだろうか。考え込まざるを得ないのは、私だけではないはずだ。逆に、ニュージーランドやフィンランドの女性首相は、まっすぐな瞳をした、品のあるいい顔をしている。    

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1948 世界が疫癘に病みたり デフォーが伝えるペスト・パニック

 ロンドンが疫癘(えきれい)に病みたり、  時に1665年、  鬼籍に入る者(注・死者のこと)の数(かず)10万、  されど、われ生きながらえてあり。              H.F.  ダニエル・デフォー著/平井正穂訳『ペスト』(中公文庫)は、この短い詩で終わっている。  

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1945 トランプ氏は「魚を与える」人? 出典は何か

「トランプのやっていることを見ていると、『魚を与えるのではなく、魚の捕り方を教えよ』ということわざを思い出したよ」。テレビで米大統領選の投開票直前の特集番組で、白人男性がこんなふうに、トランプ大統領の4年間の政治について語っていた。含蓄のある言葉だが、出典は何だろうか。老子の言葉という説もあるが、裏付けるものはない。  

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1943 『里の秋』の光景 椰子の実の島の父思う歌

 朝のラジオ体操で第1、第2の合間に首の運動がある。その時のピアノ伴奏は季節に合わせた曲が多い。この秋、ラジオからよく流れるのは『里の秋』(作詞斎藤信夫、作曲海沼實)だ。母と子が囲炉裏端で栗の実を煮ている、というのが1番の歌詞。だが、2、3番はややそうした牧歌的風景とは異なる内容なのだ。なぜか。とりあえず、3番までの歌詞を読んでみる。  

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1942 感染症の災厄を乗り越えて「アン」シリーズ4に見る希望の展開

 内外ともにコロナ禍により経済的、精神的に追い詰められている人が少なくない。これまで多くの感染症が人類を襲った。ウイルスとの闘いは果てしがない。かつて、インドだけで1年に300万人が死亡したという恐るべき感染症が天然痘だった。この忌むべき感染症を、人間関係の橋渡し役とした作品を書いたのはカナダの作家、L・M・モンゴメリだ。

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1941 過ちに気づき始めた世界の人々 核兵器禁止条約発効へ

 核兵器を全面禁止する核兵器禁止条約を批准した国・地域が発効に必要な50に達した。中米ホンジュラスが新たに批准したことで、90日後の来年1月22日に発効することになった。それでも岸防衛相は「核の保有国が加われないような条約で、有効性に疑問を感じざるをえない。日本は唯一の被爆国であり、核兵器の廃絶に向け、リーダーシップを取らなければならない」と、世迷言ともいえる感想を述べた。これを聞いて、私は先日政界から引退を表明したウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカ氏(85)の「私たちは過去の過ちから学んだだろうか」という言葉を思い浮かべ、虚しさを覚えた。  

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1939 ある詩人の晩年 省察に明け暮れた山小屋生活

 太平洋戦争・日中戦争は全国民を巻き込み、知識人も例外ではなかった。戦後、戦争に加担したことに対し批判を受け、思い悩んだ知識人・芸術家は少なくない。作曲家の古関裕而をモデルにしたNHKの連続ドラマ『エール』で、主人公が戦後苦しむ姿はその一例を描いたものだろう。画家の藤田嗣治は日本を追われるようにフランスへと去り、一人の詩人は戦時中の行動に関して「深い省察」を余儀なくされ、岩手で山小屋生活を送った。最近、この詩人のことを書いた知人の短いエッセー『晩年・ある詩人』を読み直した。

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1938 嫌な時代と嫌な奴ら 好学の士いずこ

 アインシュタインと湯川秀樹はだれでも知っている理論物理学者で、ノーベル賞受賞者だ。米国のプリンストン高等研究所(ニュージャージー州プリンストン)に縁があり、親しい間柄だった。この研究所の創設にかかわり、初代所長になったのがエイブラハム・フレクスナー(1866~1959)である。    

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1936 時代を反映する鉄道 京葉線30年の歩み

 東京ディズニーランドに行くため、JR東京駅から京葉線で舞浜まで乗ったことがある人は多いはずだ。京葉線の東京~蘇我間43キロ(西船橋ルート11・3キロを含めると京葉線は54・3キロ)が全面開業したのは1990(平成2)年3月10日のことで、ことしでちょうど30年になった。当初、貨物線として計画された同線は、旅客輸送へと大きく転換し、通勤通学・観光路線としての歩みを続けている。

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1934 ある新聞人の苦悩の戦後 沖縄再訪への思い抱きながら

 沖縄・那覇に「戦没新聞人の碑」がある。沖縄以外ではあまり知られていないが、今から54年前の1966(昭和36)年9月30日に除幕された、太平洋戦争の沖縄戦で亡くなった14人の新聞関係者を慰霊する碑である。沖縄戦ではおびただしい民間人が犠牲になり、生き延びた人たちも戦後厳しい生活を強いられた。人に歴史ありという。今回は、沖縄戦直前に那覇を去らざるを得なかった一人の新聞人のことを書いてみる。(少し長くなりますが、お付き合いください)

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