テーマ:歴史

1902 手塚治虫が想像した21世紀 「モーツァルトは古くない」

「鉄腕アトム」の作者、手塚治虫(1928~1989)は、21世紀とはどんな世紀と考えていたのだろうか。「原子の子、アトム」というキャラクターを漫画に描いた天才だから、私のような凡人とは異なる世紀を夢見ていたに違いない。人類を苦しめる新型コロナウイルスの出現まで考えていたかどうか知る術はないが、手塚なら救世主を生み出したかもしれないと思っ…

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1901 富山平野は「野に遺賢あり」 中国古典の言葉から

「野(や)に遺賢(いけん)なし」。中国の古典「書経」(尚書)のうち「 大禹謨(だいうぼ)にある故事である。「民間に埋もれている賢人はいない。すぐれた人物が登用されて政治を行い、国家が安定しているさまをいう」(三省堂・大辞林)という意味だ。現代日本の政治にこの言葉が当てはまるかだろうか。私はそうとは思わない。日本だけでなく、海外諸国に目を…

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1894 涙の沖縄への地図の旅 ひめゆり部隊の逃避行

 私の地図を見ながらの想像の旅は、今回で4回目になります。前回の九州から海を隔て、沖縄へと旅は続いています。6月。それは沖縄の人々にとって、忘れることができない鎮魂の月といえます。太平洋戦争末期の1945(昭和20)年3月26日、座間味島など慶良間諸島に上陸した米軍は4月1日に沖縄本島に侵攻、6月23日に日本軍の組織的抵抗が終わったので…

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1893 東北から九州への想像の旅 潜伏キリシタンを描いた『守教』を読みながら

 私の地図を見ながらの想像の旅は続いている。今回は、東北から九州へと移る。潜伏キリシタンあるいは隠れキリシタンという言葉がある。江戸幕府が禁教令を布告し、キリスト教徒を弾圧した後も、ひそかに信仰を続けた信者のことで、2018年6月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に認定された。この言葉を聞くと、潜伏キリシタンとい…

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1891 アルメイダの共助の精神 「大分の育児院と牛乳の記念碑」再掲

 帚木蓬生の『守教』(新潮文庫)は福岡県大刀洗町の国の重要文化財、今村天主堂が建つまでの長い背景(戦国時代から明治まで約300年間)を記した大河小説だ。この上巻に、九州で布教活動をした一人のポルトガル人が登場する。ルイス・デ・アルメイダである。私は2009年大分を訪れた際、県庁近くの公園で「育児院と牛乳の記念碑」というアルメイダを顕彰し…

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1888 烈風に飛ばされる人命 コロナ禍は21世紀最大級のニュース?

 20世紀最大のニュースは「第2次世界大戦」だ。世界で軍人・民間人総計5000万~8000万人が死亡した(8500万人説もある。日本は約310万人)といわれる。20世紀は戦争の世紀だった。このほかにも第1次世界大戦をはじめ朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸・イラク戦争等々、様々な戦争があり、多くの命が失われた。そして、「スペイン風邪」(191…

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1886 8月9日を忘れた政府関係者 『長崎の鐘』に寄せて

 2021年8月9日を東京五輪閉会翌日として「祝日」にする法案を政府が考えたそうだ。この日は長崎に原爆が投下された日である。祝日にするのはそぐわないのは自明の理ではないか。さすがに自民党議員からも「ありえない」という異論が出て、閉会式の日の8日日曜日を祝日として、9日を振替休日にすることで調整を進めている――という記事を読んだ。この日の…

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1884 永遠ではないから尊い 薬師如来とお地蔵さんのこと

 薬師如来という仏像がある。諸病を癒し寿命を延ばしてくれるという功徳があるといわれ、わが国では7世紀ごろから信仰されている。国宝である奈良・薬師寺の薬師三尊像(薬師如来、脇侍の日光菩薩・月光菩薩)はよく知られているが、私は福島県会津地方にある古刹・勝常寺(真言宗豊山派)の薬師三尊像に接した日を忘れることはできない。この仏像は新型コロナか…

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1882 「今しかない」 短い文章で描くそれぞれの人生(1)

 それぞれの人生を垣間見るような思いで、凝縮された文章を読んだ。埼玉県飯能市の介護老人保健施設・飯能ケアセンター楠苑(1997年6月2日開設、定員98名)石楠花の会発行の『今しかない』という44頁の小冊子である。頁をめくるとほとんどの文章が毛筆で書かれ、それぞれにカラーの絵が付いている。永劫回帰(永遠回帰)という言葉がある。宇宙は永遠に…

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1875 『ヴェニスに死す』を読む 繰り返される当局の愚行

 ノーベル賞を受賞したドイツの作家トーマス・マンの『ヴェニスに死す』(1913年作)は、50歳になった主人公の男性作家グスタフ・アッシェンバッハが旅行で滞在していたイタリア・ヴェニス(イタリア語ではベネチア。ヴェニスは英語読み)で、ポーランド貴族の美しい少年、タッジオに惹かれるという同性愛をテーマにした中編小説だ。映画化もされ、マーラー…

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1872 にぎやかな群衆はいずこへ 東京五輪は開催できるのか

 私はスポーツが好きだ。見るのも私自身がやるのを含めて嫌いではない。新型コロナウイルスによる感染症がスポーツ界にも大きな影響を与えている。無観客で可能な競馬や競輪、ボートレースなどを除いて、ほとんどのスポーツは世界的に中止になる異常な状態が続いている。1年を延期した東京五輪・パラリンピックも予定通り開催できるかどうか、全く予測できない。…

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1871 順境と逆境と 緊急事態宣言の中で

 逆境の反対語は順境である。前者は「思うようにならず苦労の多い境遇」(広辞苑)、後者は「万事が都合よく運んでいる境遇。恵まれた幸せな境遇」(同)という意味だ。ベーコンの『随想集(5)』(岩波文庫)には「順境の特性は節制であり、逆境のそれは堅忍である」とある。新型コロナウイルスの世界的感染拡大という事態に見舞われた現代は、人類にとって逆境…

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1870 何といふ怖しい時代  山村暮鳥の「新聞紙の詩」から

 群馬県出身の詩人で児童文学者、山村暮鳥(1884~1924)の作品に「新聞紙の詩」という詩がある。それは、新型コロナウイルスによる感染症が大流行をしている昨今の内外の現象を表現したような、何とも気になる内容なのだ。暮鳥の詩の中には「一日のはじめに於て」のように、明るいものも少なくない。だが、「新聞紙の詩」は、厳しい現実を直視したといえ…

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1869 釈迦の生誕とミロのヴィーナス 4月8日は何の日か

  灌仏(くわんぶつ)の日に生れ逢う鹿(か)の子(こ)かな 松尾芭蕉  旧暦4月8日に仏教の開祖・釈迦(ゴータマ・ブッタ、ゴータマ・シッダッタ)が生誕したという伝承に基づき、日本では毎年4月8日に釈迦誕生を祝う仏教行事・灌仏会(かんぶつえ。仏生会、浴仏会、龍華会、花会式の別名も)が行われている。一方、世界でも人気がある「ミロのヴィ…

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1868 コロッセウムは何を語るのか 人影なき世界遺産

 新型コロナウイルスによって、観光立国イタリアは大きな打撃を受けている。著名観光地は軒並み閉鎖され、年間400万人が訪れるといわれるローマのコロッセウム(ラテン語、コロセウムとも。イタリア語ではコロッセオ)も例外ではない。古代遺跡の閉鎖を説明する掲示板の写真をニュースで見たのは1カ月前のことだった。体操仲間が描いた水彩画を見せてもらいな…

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1866 科学には国境がない かみしめたいパスツールの言葉

 第一次世界大戦が終結したのは1918(大正7)年11月のことだった。この年の3月初めに米国カンザス州の陸軍基地から発生したとみられるインフルエンザA型(H1N1型)は、欧州戦線に従軍した米軍兵士を通じてヨーロッパに伝わり、さらに世界的流行(パンデミック)となり、3波にわたって猛威を振るった。「スペイン風邪」である。罹患者は推定で5億人…

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1859 雷電が伝えたかったこと 猛稽古に込めた闘う姿勢

 凶作と飢餓、貧困に悪政が追い討ちをかけた天明・寛政年間(江戸時代)、相撲界にヒーローが現れた。古今無双の強さを誇った雷電為右衛門である。8日から始まった大相撲春場所(大阪)は無観客開催という異例の場所になった。テレビで歓声のない静寂な相撲中継を見ていて、雷電にまつわる一つのエピソードを思い出し、あらためてこのエピソードを書いた本を読み…

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1853 秀逸な『罪の轍』 最近の読書から

 川越宗一の『熱源』(文藝春秋)が第162回直木賞を受賞した。今年になってこの本のほか、須賀しのぶ『また、桜の国で』(祥伝社文庫)、深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)、奥田英朗『罪の轍』(新潮社)を読んだ。いずれも大衆小説で、合間に芥川賞の古川真人『背高泡立草』(同)も手にした。前記の4作品は力作ぞろいだが、中でも『罪の轍』…

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1851 新型コロナウイルスにどう立ち向かう『ペスト』の人々を思う

 人口が1100万人を超える中国湖北省の大都市、武漢市の公共交通機関は23日午前から全ての運行を停止した。同市で発生した新型のコロナウイルスによる罹患者は拡大を続けており、同市は事実上の閉鎖状態になった。人類の歴史はウイルスとの闘いでもある。今回の発生源はコウモリや市場で売買された野生の蛇など諸説あるが、ウイルスは人類の想像を超えた繁殖…

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1850 人類登場時代のチバニアン 地質年代に日本名認定

   国際地質科学連合は17日、千葉県市原市にある約77万4000~12万9000年前の地質時代を「チバニアン」(千葉時代)と呼ぶことを決めたという。地質年代に日本の地名が付くのは初めてのことである。ここまで至るには一部学者による反対行動などの紆余曲折があったが、「チバニアン」は世界的な地質名として認知されたことになる。私は4年近…

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1847 来年こそは平和であってほしい「生き方修業」を続ける仲代達矢さん

(来年以降も芝居を通して人々に伝え続けて行きたいことは何でしょうか、という問いに対し)「1つに絞ると、戦争と平和です」。NHKラジオの歳末番組で、87歳で現役を続ける俳優の仲代達矢さんがこんなことを話すのを、散歩をしながら聞いた。凍てつく寒さだが、仲代さんの声は暖かい。そして、仲代さんは付け加えた。「テレビを見ていると、(世界で)いろん…

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1844 ブッダ80年の生涯を調べ尽くす 電子書籍『蘊蓄 お釈迦さま』を読む

「般若心経の最後にある『ぎゃあてい、ぎゃあてい、はらぎゃあてい……』(日本では「ぎゃてい、ぎゃてい、はらぎゃてい」が一般的だが、このような読み方もあるという)は、どういう意味ですか」この素朴な疑問に対し、僧侶は「分からん」と言って答えてくれなかった。僧侶が不勉強だったのか、忘れてしまったのかは分からない。『蘊蓄 お釈迦さま~お坊さんより…

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1842 地球は悲劇と不幸を満載した星 権力悪と戦った長沼節夫さん逝く

 私は30歳のころ、東京の新宿署を拠点に警察を担当する「4方面クラブ」に所属していた。いわゆるサツ回り記者である。地方の支社支局を経ているとはいえ、駆け出し記者だった。ほかの社も、私と同様に地方を経験して社会部に配置された記者が多かった。そこに、異彩を放つ記者がやってきた。時事通信の長沼節夫さんだ。海外特派員からサツ回りに配属された長沼…

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1841最長寿蝙蝠(バット)消える 喫煙習慣の終りの始まり

「ゴールデンバット」と聞いて、たばこの銘柄と分かる人はかなり減っているのではないだろうか。1906(明治39)年から続いた日本一長寿の銘柄だが、ことし限りで姿を消すことになった。若いころの一時期、私もたばこを吸ったことがある。しかし、長い間たばことは縁がなくなったためか、この銘柄が残っていたとは知らなかった。知人のコラムニスト、高橋郁男…

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1838 事実の記録に徹する 日航ジャンボ機事故を追跡取材した記者

 世の中で起きている様々な事象は「事実」と「真実」がある。手元の広辞苑には「事実」は「実際に起こった事柄」とあり、「真実」は「表現されたものの内容にうそ偽りがないこと。また、本当のこと。偽りのないものと認識された事柄。特に、物事の奥深くにひそむ本質的な事柄」と記されている。最近、「日航ジャンボ機事故は謀略か?」と題する講演を聞いて、冒頭…

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1837 ゴッホは何を見て、何を描きたかったのか 映画『永遠の門』を見る

 絵画の世界でレオナルド・ダ・ヴィンチ、ピカソと並びだれでもが知っているのが「炎の人」といわれるフィンセント・ファン・ゴッホだろう。では、ゴッホはどんなふうに描こうとする風景を見ていたのだろう。それを映画化したのが『永遠の門 ゴッホの見た未来』(監督は画家でもあるジュリアン・シュナーベル、ゴッホの自画像によく似た俳優ウィレム・デフォーが…

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1836 北海道に魅せられた画家 後藤純男展にて

「美瑛の町役場の屋上から、私は秋晴れの東南の空に十勝連峰を眺めた。主峰十勝岳を中央にして、その右にホロカメットク山、三峰山、富良野岳、その左に美瑛岳、美瑛富士、オプタクシケ山。眺め飽きることがなかった」。深田久弥は名著『日本百名山』の中で、北海道の十勝岳についてこのように記した。  日本画家の後藤純男もこの雄大な風景に惹かれ、北海…

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1833 東京は優しくない街 弱者の扱いで分かる文化レベル

 大阪に住む友人が東京で電車を利用した体験を、自身のフェースブックに記している。来年、東京でオリンピックとパラリンピックが開催される。マラソン、競歩が札幌で実施されることに決まったことで大騒ぎしているが、東京の障害者対策が遅れていることを友人は厳しく指摘している。私は2年前右足に大けがをした。当時、友人と同じ思いを抱いたことが忘れられな…

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1830 思い出の首里城への坂道 沖縄のシンボルの焼失に衝撃

 那覇市の首里城が火災になり、中心的存在の正殿、南殿、北殿など計7棟(4800平米)が焼失した。「首里の城は私たちの心の支え」と沖縄の人々が語るほど、この城は沖縄の象徴でもある。私は昨年末から今年の正月を首里で過ごし、毎日、城の周辺を散歩していた。正月には伝統の儀式を見る機会があった。それだけに火災を伝えるテレビの映像を見て、受けた衝撃…

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1829 本を繰り返し読むこと ヘッセ『郷愁』とともに

 高橋健二訳・ヘルマン・ヘッセの『郷愁』(新潮文庫)は、まさしく名著である。アルプスの高山に囲まれ、美しい湖水風景が広がるスイス山間部の小さな村に生まれ、成長するペーター・カーメンチントという主人公の自己形成史ともいえる、透明感にあふれる作品を再読した。自然の抒情的描写と自己考察で進行する作品は、初めて読んだ昔とは異なる感慨を与えてくれ…

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