1905 アメリカへ社会の病根の深さを抉った本 対岸の火事視できない日本

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 アメリカ中西部ミネソタ州の白人警官による黒人男性暴行死事件(ことし5月発生)に抗議するデモが全米に拡大している。この背景にあるのは、言うまでもなく人種差別と深刻な格差社会である。その象徴のような存在に思えるトランプ大統領を「金儲けと貪欲一辺倒の時代のリーダー」と断じる本を知人が薦めてくれた。ジョセフ・E.スティグリッツ著、山田美明訳『プログレッシブ キャピタリズム 中流という生き方はまだ死んでいない 』(東洋経済)である。最近、ジョン・ボルトン前米大統領補佐官とトランプの姪、メアリ・トランプによる相次ぐ暴露本が話題になっているが、その前に出版されたスティグリッツの本はアメリカ社会の病根の深さを抉り出し、アメリカンドリームの幻想を断ち切るものだ。

 スティグリッツは2001年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者(コロンビア大学教授)で、ミクロ経済学(注1)の論客として知られている。タイム誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選ばれたこともある。本書は1970年代以降のアメリカ流資本主義(グローバル化と脱工業化→金融化)は行き詰まっているという視点から論を進め、この弊害が富裕層と貧困層の格差の拡大という分断社会を招いたと説いている。

 資本主義の基本は自由競争だが、スティグリッツによれば、アメリカ経済はごく少数の企業が市場を支配し、利益を独占し続けている。これらは「反トラスト法」(注2)を弱体化させたことにより実現したもので、本書は市場での分配が労働者の不利にならないよう、緩くなった規制を見直しすることを求めている。日本もアメリカにならって規制緩和、郵政の民営化を進めたが、成功したとはいえない。民営化後、日本郵便の3事業の低迷混乱が続いているのはだれの責任か。

 本書はさらに、グローバル化がもたらす経済への影響や金融産業が病弊の根源であることなどについても触れ、アメリカの政治と経済を再建させるための処方箋を提示している。具体的には①民主主義の回復②仕事の機会を公平に③万人にまともな生活の提供④市民社会の再生――を挙げている。例えば③では、所得格差の拡大、機会の不平等、受刑者急増、平均寿命の低下と、恥ずかしいアメリカを変えるために諸外国に見習わねばならない、とまで書いている。

 アメリカンドリームは、「だれにでも平等な機会が保証されているアメリカ社会では才能と努力次第で成功できる」という考え方だ。武闘派エコノミストといわれるスティグリッツによる本書を読むと、この言葉が死語になりつつあることに気が付く。本書が出版されたのはミネソタの黒人男性暴行死事件より前のことだが、スティグリッが指摘しているようなアメリカの分断社会が、デモの拡大につながったと見ていいだろう。トランプ絡みの報道で想像していたアメリカ社会の分断の深刻さ、本書はその実情を証明するといっていい。こうしたアメリカの現状は対岸の火事視できないと私は思う。コロナ禍によって日本経済が受けた打撃は極めて大きく、格差社会、分断社会が深刻さを増す恐れがあるからだ。

 2016年、アメリカのボブ・ディランが歌手として初めてノーベル文学賞を受賞した。ディランといえば、キューバ危機(1962年)の直前に吹き込んだという『風に吹かれて』という名曲が知られている。知人の詩人でコラムニスト、高橋郁男さんの訳(『詩のオデュッセイア』コールサック社)によれば、以下のような詞だ(その下のカッコ内も高橋さんの文)。

  どれだけの 道を辿れば 人は認められるのか
  どれだけの 海を渡れば 鳩は砂浜に安らげるのか
  どれだけの 弾が飛べば 砲撃は永遠に止むのか
  その答えは 友よ 風の中にある
  答えは 風に吹かれている

「天・地・人の世界を連想させる大地を歩む人と海を渡る鳥、そして空を飛び交う砲弾に絡めた問いを重ね、その答えは風に吹かれて……と結ぶ。確かに、その答えは見つかりそうにないが、絶対・永久に見つからないとも言えない。そのあいまいさと、全否定はしたくないという思いが微かながら希望を留め、未来に繋ぐ」

 私は、半世紀以上も前のディランの歌を思い出しながら、日本社会およびアメリカ社会の今後を思うこのごろなのである。

 注
 1、ミクロ経済学 家計の消費活動や企業の生産活動など個別経済主体の活動の分析を通じて、経済全体の分析に至る経済学。

 2、反トラスト法 自由競争を阻害する独占や取引制限などを禁止する法律。アメリカの独占禁止法といえるもので、1890年制定のシャ ーマン法など3つの法律をいう。


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 写真は風にそよぐノウゼンカズラの花


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