1889 信頼性を失った新聞の衰退 インテグリティを尊重せよ

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 新聞の契約更新にきた販売店の人に「コロナで折り込み広告も少なくなって大変でしょう」と聞いてみた。すると「うちはそんなにありませんが、コロナの感染拡大で新聞を取るのをやめる人がかなり出ています。折り込みの減少でやめた店(販売店)もありますよ」と、苦渋の表情で話してくれた。そんな矢先に東京高検検事長と産経、朝日の記者たちが賭けマージャンをしていたことが発覚し、検事長は辞職した。新聞の信頼性にかかわるニュースであり、販売への影響(部数減)は少なくないだろう。

 本棚にあった藤田博司、我孫子和夫共著『ジャーナリズムの規範と倫理』(新聞通信調査会)という本を取り出し、読み直した。「信頼性を確保するために」というサブタイトルが付いており、日米のジャーナリズムの実情を点検し、日本のジャーナリズムへの提言も掲載されている。首相とメディア各社首脳との会食についても触れている。検事長と記者の賭けマージャンは権力と新聞との癒着として批判を浴びているが、この本にもある通り首相とメディア首脳との癒着の実態も問題視されなければならない。やや長いが、その主要部分を以下に掲げる。

《2013年のメディアと権力の力関係を如実に示していたのは、第2次政権として復活した安倍晋三首相とメディア各社首脳との(見掛けだけにせよ)親密な付き合い振りだった。前年の暮れに政権の座についた安倍首相は、1月早々から読売新聞、朝日新聞、共同通信など日本の主要メディアの会長、社長らを相次いで招き、会食していた。招待された主要メディア首脳の範囲は、在京有力紙、有力テレビ・ネットワーク、通信社などのトップのほか政治部長や論説委員などにも及び、中には2回、3回と首相との会食の機会を共にした者まであった。
 メディアのトップが時の最高権力者と会食することは、格別の理由がある場合を除いて、避けるべきことと考えられている。メディアが権力と癒着していると見られることは、メディアにとって致命的な痛手と見なされる。たとえ癒着を裏付ける事実はなくても、癒着を疑われる状況に身を置くことは、メディア首脳として厳に慎まなければならない。ジャーナリズムの倫理規範からすれば、それが常識である。
 日本のメディアの首脳たちにはこの常識は通用しないらしい。上に立つ者がそうであるならば、下の者がそれに見習う行動をしても責めることはできまい。トップに立つ者が首相と親しく食事をしたことで、報道現場の仕事に影響を受けるかどうか、定かな裏付けはない。しかし、魚心あれば水心あり、のことわざ通り、報道現場の政権監視の注意が鈍ることは十分推定される。》

 この本が出版された2014年3月以降も、首相とメディア首脳との会食はやむことはなかった。2019年にいわゆる「桜を見る会」疑惑が浮上すると、各社首脳との会食は増え、それだけでなく内閣記者会キャップや首相番記者との懇談も続いた。ことし2月14日夕に開催された「新型コロナウイルス感染対策本部会合」には、首相はわずか8分出席しただけで、そのあと帝国ホテルで日経新聞の会長、社長と3時間も会食していたことが新聞の首相動静に載っていた。こうした会食を通じてメディアを味方にさせようという首相側の意図は見え見えである。批判報道は避けるという萎縮効果を狙っているのだ。これを見抜けぬメディア幹部が存在することに、歯がゆい思いを抱いているマスコミOBは少なくないだろう。この本で藤田さんは「インテグリティ(正直さ、誠実さ、高潔性)はジャーナリズムが尊重しなければならない、もう一つの原則である」とも書いている。首相との会食を楽しんでいるメディアの首脳には、当然のことながらインテグリティはない。

 最後に残念なことを記したい。共同通信は昨日(5月30日)「安倍首相、夜の会食は封印続く 再開へ世論見極め」という見出しの記事を新聞社、放送局、ネットあて流した。この記事はコロナ禍以前は連日のように夜の会食をしていた安倍首相が、コロナ禍によって会食を中止していることを書いたうえで、「政府関係者は『北九州市では感染が増えているし、他の地域も注意が必要だ。全国の状況を考慮すれば、夜会食の再開はもう少し先だろう』と話す」と結んでいる。何を国民に知らせようというのだろう。コロナ禍によって自粛要請を呼びかけた首相が夜の会食をしないのは当然のことだし、結びの文章は、政府のお先棒を担ぐものだ。どうしてこのような記事を書いたのか、さらにこの記事を見たデスクや整理部がこの記事の配信に疑問を感じなかったのだろうか。悔しいが、これが日本のマスコミの実態なのだ。

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