1837 ゴッホは何を見て、何を描きたかったのか 映画『永遠の門』を見る

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 絵画の世界でレオナルド・ダ・ヴィンチ、ピカソと並びだれでもが知っているのが「炎の人」といわれるフィンセント・ファン・ゴッホだろう。では、ゴッホはどんなふうに描こうとする風景を見ていたのだろう。それを映画化したのが『永遠の門 ゴッホの見た未来』(監督は画家でもあるジュリアン・シュナーベル、ゴッホの自画像によく似た俳優ウィレム・デフォーが主役)である。ゴッホの精神世界を映像化したといえる映画は、美しい自然の風景を映し出している。それを手ぶれや上下でずれさせるなど揺れるゴッホの視点を思わせる映像にしたのが特徴で、万人受けする作品ではない。

 映画はゴッホの画家としての出発点であるパリ時代から芸術活動の頂点となったアルル時代、そして精神を病み精神病院に収容されるサン・レミ~37年の短い生涯を閉じるオーヴェル時代までの10年間を追い、ゴッホの目から見た世界を描いている。精神病院で療養中、神父とのやり取りの場面でのゴッホの言葉が印象に残る。「生まれた時代を間違えたのかもしれない。いまは収穫期ではなく種をまく時。未来の人が評価してくれる」。この言葉からは、不遇でも絵に対する情熱を失わなかったゴッホの姿勢が伝わるのだ。

 生前ゴッホの絵は1度批評されただけで、売れたのもたった1枚だった。それでも弟のテオは兄の才能を最後まで信じていたし、アルル時代を共にしたゴーギャンとも絵に対する価値観の対立(ゴーギャンは幻想や空想の世界をカンバスに描いたのに対し、ゴッホは基本的に自分の目の前にあるものを主題とした)から決別してしまったとはいえ、ゴーギャンは最終的にはゴッホの絵を認めている。

 ゴッホはよく知られている「耳切り事件」のあと精神的に不安定になり、パリ近郊のオーヴェルでこの世を去る。自殺、事故、他殺と死因については諸説ある。映画ではゴッホの知り合いの少年2人によるピストルの誤発射説を取っている。一人が誤ってゴッホに向け銃を発射し、それが左腹部を直撃する。少年らはゴッホが描いた絵とイーゼルを処分し、ピストルも捨ててしまう。一方のゴッホは少年らに撃たれたことを何も話さずに死の床に就く。これまで読んだ美術関係の書籍ではほとんどが自殺説をとっている。フィクションとはいえ,この映画は影響力がありそうだから、ゴッホ自殺説が薄まるかもしれない。

 ゴッホは絵の対象に向かって自分の感情を込めているといわれる。それを「思い込みの強い性格」と断じる美術史家もいる。ゴッホの作品を見て画家が何を描きたかったのかを理解するには、その生涯を振り返る必要があるという美術史研究者の指摘を思い出した。その意味でもこの映画はゴッホ作品を理解する手助けになるだろう。蛇足ながら、この映画は揺れる映像を多用したことによってドキュメンタリー的要素を感じさせる一方で、見終わってやや疲れたのも事実である。

 
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 写真は映画のパンフから

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