1836 北海道に魅せられた画家 後藤純男展にて

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「美瑛の町役場の屋上から、私は秋晴れの東南の空に十勝連峰を眺めた。主峰十勝岳を中央にして、その右にホロカメットク山、三峰山、富良野岳、その左に美瑛岳、美瑛富士、オプタクシケ山。眺め飽きることがなかった」。深田久弥は名著『日本百名山』の中で、北海道の十勝岳についてこのように記した。

 日本画家の後藤純男もこの雄大な風景に惹かれ、北海道に移り住んだ一人である。千葉県立美術館で開催中の「後藤純男の全貌」展にも北海道の自然のスケールの大きさを描いた一枚が展示され、私は長く足を止めながら初めて十勝岳の麓を訪れた当時を思い出した。

 後藤は1930(昭和5)年、千葉県木間ケ瀬村(現在の野田市)の真言宗の寺で生まれ、僧侶の修業をしながら絵を描き22歳の時に院展に初入選した。これを機に絵の道一筋に進み、日本画家として大成する。日本だけでなく中国にも題材を求め、四季折々の自然の姿や農村風景、季節の移ろいの中で変化する法隆寺などの大和古寺といった重厚な作品が多い。純金やプラチナをはじめ自然の鉱石を使う天然岩絵具を使ったのが後藤の作品の特徴といわれる。

 後藤は野田に近い松伏(埼玉県松伏町)にアトリエを持ち、さらに流山にも住んだ後、富良野にアトリエを移した。今回の美術展には、雪を抱いた十勝の山々が描かれた「十勝岳連峰」という大作(縦182センチ×横636・4センチ)も展示されている。この絵には105歳まで現役を続けた医師の日野原重明(1911~2017)による「厳冬の魁」という書も同時に展示されている。日野原の新聞連載エッセーの挿絵を後藤が担当したあと、後藤の大病をきっかけに2人は交流を深めた。日野原の書はこれ以外の4枚の絵にも付けられている。

 後藤純男美術館のHPによると、後藤が上富良野にアトリエを建てたのは1991年のことだという。私は1990年夏から1年半、札幌で暮らしたことがある。この年、富良野を訪れ、さらに翌91年にも富良野から十勝岳温泉、美瑛を回った。富良野は倉本聰脚本のテレビドラマ「北の国から」の放送によって、観光客の人気が出始めていたが、美瑛の方はまだそれほど知られておらず、観光客の姿もそう多くはなかった。

 あれから30年近くの月日が流れた。だが、富良野や美瑛から眺めた十勝岳連峰の雄姿を忘れることはない。それは深田が書く通り、飽きることがない風景だった。後藤は30歳のころから北海道に通い続けた。北海道の自然は後藤を惹きつけてやまなかったのだろう。展示された作品からは、それが伝わる

▽追記

 最近、「薇」という詩誌21号が届いた。7人の詩人による同人誌で、詩のあとに「小景」という短いエッセーが載っている。その中にふくもりいくこさんという方が「森の小さな美術館より」と題して後藤純男について書いているのを見つけた。要約すると、以下のような内容だ。

 コミュニティ新聞の片隅に掲載された「森の美術館」の記事を見て、ふくもりさんは自身が住む野田市に隣接する流山市に向かった。住所を頼りに小学校の建設予定地を通り、その脇の畑道を通ると美術館があった。展示室一室だけの小さな美術館を懐に抱え、取り残されたように森がある。ゆったりと作品を鑑賞し、喫茶コーナーで森を眺めながら本棚の「後藤純男画集」を何気なく繙(ひもと)くと、「そこには静寂そのものの雪景色の古都の佇まいや、祈りに似た自然の風景があり、厳かな日本画に魅せられ、閉館まで動けなかった」(原文)
 
 その後、ふくもりさんは北海道富良野への旅でこの地に「後藤純男美術館」があるのを知った。ふくもりさんは「出生の地野田に住んでいながら、その名さえ知らなかった」と書き、「世界の人々をも魅了し続ける画家が、こんなに身近に存在していたことに驚くばかりだ。森の中の小さな美術館が不思議な縁を繋ぎ『後藤純男』の日本画の世界へと導いてくれた夏だった」と、このエッセーを結んでいる。ふくもりさんと後藤の絵との出会いが、とても素敵だと思う。

 作家の原田マハは、『いちまいの絵』(集英社新書)という本で絵の力について以下のように書いている。「そこに、いちまいの絵がある。その絵には、さまざまな記憶が刻み込まれている。画家の思いが込められている。それらのすべては、絵にパッケージされて、いまを生きる私たちにそっくりそのまま届けられている。たったいちまいの絵。そう、ただそれだけである。けれど、そこには光がある。私を、あなたを、私とあなたが生きる世界を変える力が、その絵には秘められている」。後藤の絵もまた、ふくもりさんの生きる世界を変えたのかもしれない。


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 写真
1、後藤純男展のパンフ
2、「十勝岳連峰」と日野原重明さんの書(千葉県立美術館の図録より)

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 1814 北海道に生きた農民画家 神田日勝作品集から

 後藤純男美術館

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