アクセスカウンタ

小径を行く

プロフィール

ブログ名
小径を行く
ブログ紹介
自宅周辺には大雨を調整するための人工池やけやき並木の遊歩道があり、四季折々自然を楽しんでいます。こうした自然を友にした散歩の途中、現代世相について諸々考えることがあります。2006年9月からスタートし、1500回を超えたこのブログは、そうした私の日常雑感をつづっています。










zoom RSS ブログ 新着記事

タイトル 日 時
1552 手負い稀勢の里の優勝  底知れぬ人間の力
1552 手負い稀勢の里の優勝  底知れぬ人間の力  大相撲春場所で左肩周辺にけがをし、優勝は絶望とみられた横綱稀勢の里が大関照ノ富士との対戦で勝ち、2敗同士で並んだ優勝決定戦でも連破、2場所連続2回目の優勝を果たした。NHKの実況中継で解説の北の富士さんは勝つという予想はしなかった。専門家も相撲ファンも同じ気持ちだっただろう。それほど13日目に日馬富士に負け、土俵の外に転落したあとの痛がりようは尋常ではなかった。稀勢の里は手負いになった。それでも、人間には底知れぬ力があることを新横綱は示してくれたといえる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/03/26 20:55
1551 木々の葉のさまは人の世と同じ 『イーリアス』から
1551 木々の葉のさまは人の世と同じ 『イーリアス』から  まことに、木々の葉の世のさまこそ、人間の世の姿とかわらぬ、  木の葉を時に、風が来って地に散り敷くが、他方ではまた  森の木々は繁り栄えて葉を生じ、春の季節が循(めぐ)って来る。  それと同じく人の世系(よすじ)も、かつは生い出て、かつまた滅んでゆくもの。 (岩波文庫・ホメーロス『イーリアス』より) ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/03/19 09:50
1550 巡ってきた6年目の春 共感呼ぶある愛の詩
1550 巡ってきた6年目の春 共感呼ぶある愛の詩  朝、散歩をしていたら、調整池の森からウグイスの鳴き声が聞こえてきた。自然界は確実に春へと歩みを続けている。だが、3月は心が弾まない。それは私だけではないだろう。言うまでもなく、6年前の東日本大震災がその原因である。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2017/03/13 13:59
1549 春に文句を言う人は トルコの小話より 
1549 春に文句を言う人は トルコの小話より   冬の寒い一日、皆は、天気の悪いことをこぼしていた。一人が言った。 「満足することを知らんもんもおる。そんな輩は、いつも不平ばかり言うんじゃ。冬になれば、ああなんて寒いんだと言う。夏になれば、なんて暑いんだとくる」 「そのとおりじゃ」とホンジャが答えた。「しかし、春にまで文句を言う奴はおらんて」 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/03/06 09:52
1548 ある障害者の体験 電車内は文化レベルの尺度
1548 ある障害者の体験 電車内は文化レベルの尺度  障害者支援のNPOを運営している知人が視覚障害者になった。視野狭窄の病気が進行したためで、医師からは外出する際、白い杖を持つように勧められ、知人は白い杖を持って外出、電車に乗るようになった。そこで知人が体験したことは、現代社会のよそよそしさだった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2017/02/23 15:37
1547 優れた人との出会いが花の時代 『わたしの渡世日記』から
1547  優れた人との出会いが花の時代 『わたしの渡世日記』から 「人は老いて、ふと我が来し方を振り返ってみたとき、かならず闇夜に灯を見たような、心あたたまる経験を、自分も幾つか持っていることに気づくだろう。それがその人の『花の時代』である。(中略)私の場合でいうならば、優れた人間に出会った時期をこそ、私の花の時代と呼びたい」 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/02/21 11:51
1546 再読『一九八四年』 全体主義の芽がそこに…
1546  再読『一九八四年』 全体主義の芽がそこに…  北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏がマレーシア・クアラルンプール空港で暗殺された事件が国際的波紋を呼んでいる。北朝鮮による多国籍の人間を使った請負殺人との見方も出ている。国際空港を舞台にした事件は、全体主義国家の恐怖を描いた英国の作家、ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』の世界が再現されたようで、暗い気持ちになる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/02/18 17:42
1545 市民が支える小さな山荘 愛の鐘響く新庄・杢蔵山
1545 市民が支える小さな山荘 愛の鐘響く新庄・杢蔵山  作家の深田久弥(1903〜1971)は、長い年月をかけて日本の名峰、百座を登頂した。その実体験を基に名作『日本百名山』を書いた。その後記(新潮文庫)で「日本人ほど山を崇び山に親しんだ国民は、世界に類がない。国を肇めた昔から山に縁があり、どの芸術分野にも山を取扱わなかったものはない。近年殊のほか登山が盛んになって、登山ブームなどといわれるが、それはただ一時におこった流行ではない。日本人の心の底にはいつも山があったのである」と書き、日本人が山と縁が深い国民であることを強調している。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2017/02/08 07:14
1544 異質さを認め尊重する手がかり トランプ時代の『アンネの日記』の読み方
1544 異質さを認め尊重する手がかり トランプ時代の『アンネの日記』の読み方 「人間相互の“異質さ”を認めあい、尊重しあうための手掛かりとして読んでいただければと思う」。翻訳者、深町眞理子は、『アンネの日記 増補新訂版』(文春文庫)のあとがきで、こんなことを書いている。イスラム圏7か国出身者の入国禁止令を出して物議をかもしているトランプ米大統領の姿を見ていて、この本を読み返した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/02/05 15:53
1543 豊穣な音楽の世界 恩田陸著『蜜蜂と遠雷』を読む
1543 豊穣な音楽の世界 恩田陸著『蜜蜂と遠雷』を読む  ピアノコンクールをテーマにした作品として思い浮かべるのは『チャイコフスキーコンクール ピアニストが聴く現代』(中央公論社)である。ピアニストの中村紘子(21016年7月26日に死去)がこのコンクールの審査員を務めた体験から、コンクールの舞台裏を紹介した作品で、1989(平成元)年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。それから長い歳月を経て、今度は恩田陸が同じようにピアノコンクールをテーマに、音楽の世界を描くフィクションに挑んだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 1

2017/01/26 15:39
1542 名横綱への道 稀勢の里の魅力
1542 名横綱への道 稀勢の里の魅力  大相撲初場所で大関稀勢の里が初優勝(14勝1敗)し、横綱昇進が決定的になった。優勝インタビューで稀勢の里は「自分の相撲を信じて、一生懸命どんどん稽古して、また強くなって皆さんにいい姿を見せられるように頑張りたいです」と語った。これまで以上に強くなりたいという言葉やよしである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/01/23 14:37
1541 列島に限りなく降る雪 天から送られた手紙
1541  列島に限りなく降る雪 天から送られた手紙 「汽車の八方に通じて居る國としては、日本のやうに雪の多く降る國も珍しい」 民俗学者、柳田國男は『雪國の春』の中で、こんなことを書いている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/01/15 21:48
1540 天に軌道があるごとく 歴史に残る人たちの街を歩く
1540 天に軌道があるごとく 歴史に残る人たちの街を歩く 「天に軌道があるごとく、人はそれぞれ運命というものを持っております。とかく気合いだけの政治家は威勢のいいことを言うが、中身はない。トランプのババじゃあないんだから、自分の主張が全部通ると思っていたら、あなた、すぐに化けの皮がはがれますよ。な、そうだろう」 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/01/08 15:16
1539 寒風が吹いても 強き言葉で
1539  寒風が吹いても 強き言葉で  3が日休んでいた近所の公園のラジオ体操が再開になった。この季節の6時半はまだ完全に夜が明け切らず、薄暗い。周囲の街路灯が点いたままだ。ラジオに合わせて体を動かし始める。冷えが少しずつ消えて行く。手足を伸ばしながら世の中はどう変わっていくのだろうかと、考えた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/01/04 09:47
1538 日米和解から取り残された沖縄 首里城に思う
1538 日米和解から取り残された沖縄 首里城に思う  安倍首相が真珠湾を訪問した。ことし6月にはオバマ大統領が広島を訪れ、平和公園で犠牲者に花束を捧げた。これによって両国の和解の価値を世界に発信するのだという。だが、何かがおかしい。米軍基地に苦しむ沖縄が置き去りにされたままではないか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/27 18:23
1537 乾杯!恐るべし 日本酒危機の応援条例
1537 乾杯!恐るべし 日本酒危機の応援条例  酒造メーカー、月桂冠のホームページによると「乾杯」という習慣が一般化したのは、わが国が西洋文明を取り入れ始めた明治・大正期からだという。ビールをはじめとする洋酒も飲まれるようになり、次第に普及したが、明治末期のころの掛け声は「乾杯」ではなく「万歳」だったそうだ。いまでは乾杯といえばビールが定番だが、日本酒を習慣にしようという「条例」が京都市など地方自治体で制定されたという。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2016/12/23 20:54
1536 考えながら送る黄金時間 冬霧の朝に
1536 考えながら送る黄金時間 冬霧の朝に  朝の散歩道にある調整池から霧が出ていた。冬の霧である。俳句では、霧は秋の季語になる。だからこの季節には「塔一つ灯りて遠し冬の霧 蘭草慶子」の句のように、「冬の霧」を使う。次第に明るさが増す霧の道を歩きながら、この1年を振り返った。その年の世相を漢字一文字で表す恒例の「今年の漢字」は「金」だったが、私の場合「考」が当てはまる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/19 12:13
1535 真珠湾攻撃幻の第一報  配信されなかったAPの速報
1535 真珠湾攻撃幻の第一報  配信されなかったAPの速報  旧日本海軍が真珠湾の奇襲攻撃に踏み切ったのは1941(昭和16)年12月8日未明(日本時間)で、時差が19時間あるから現地時間は7日(日曜日)朝のことだった。米国ホノルル海軍基地から米海軍省に届いた電報は「Air Raid Pearl Harbor This Is No Drill !!!(真珠湾空襲、演習にあらず)」という内容だった。米国の代表的通信社APの現地記者も当然、速報を流したはずだ。だが、その速報は流されることはなく、幻の第一報になったことがAPの記録に載っている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/13 17:27
1534 「些細なことでも予断は許さない」 最近のニュースに思うリルケの言葉
1534 「些細なことでも予断は許さない」 最近のニュースに思うリルケの言葉 「この世のことはどんな些細なことでも予断を許さない。人生のどんな小さなことも、予想できない多くの部分から組み合わされている」。オーストリアの詩人、ライナー・マリア・リルケ(1875〜1926)は唯一の長編小説『マルテの手記』の中で、こんなことを書いている。含蓄ある言葉である。昨今の世界の動きを見ていると、リルケの考え方の確かさを感じ、身震いする思いなのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/10 21:07
1533 「ありがとうハワイの病院」 人間魚雷・元兵士の記録
1533 「ありがとうハワイの病院」 人間魚雷・元兵士の記録  安倍首相が今月末、ハワイ真珠湾を慰霊訪問するという。75年前の1941(昭和16)年12月8日、多くの日本人は山本五十六率いる連合艦隊の「奇襲攻撃」に狂喜した。一方、アメリカでは「リメンバーパールハーバー」という言葉が使われた。日本の開戦通告が攻撃開始より遅れたため、卑怯な戦法として「12・8」は米国民には忘れてはならない屈辱の日となった。それほどこの奇襲攻撃に怒ったアメリカは、太平洋戦争で捕虜にした日本兵をハワイでどのように扱ったのだろう。手元にある一冊の戦争体験記録を読み返した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/07 18:19
1532 便利さで失ったもの 『薇』・詩人たちの考察 
1532 便利さで失ったもの 『薇』・詩人たちの考察   現代社会は便利さを追求するのが当たり前になっている。しかし、それによって、人間は楽になるかといえば、そうでもない。コンピューターは世の中の進歩に役立った。パソコンの導入によって企業の事務処理能力が格段に楽になったはずだが、仕事量は相変わらずだし、紙の消費量も減らない。便利さとは何だろうと考えるは私だけではないだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/02 16:58
1531 音楽は希望の使い 市民オーケストラの映画「オケ老人」
1531 音楽は希望の使い 市民オーケストラの映画「オケ老人」  「オケ老人」という題名に惹かれて映画を見た。老人が中心の市民オーケストラを、杏演ずる高校の数学教師が指揮するストーリーだ。杏の指揮ぶりが真に迫り、オーケストラのメンバー役の俳優はベテラン(笹野高史、左とん平、小松政夫、石倉三郎、藤田弓子、茅島成美ら)をそろえ、映画の面白さを引き立てている。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2016/12/01 11:35
1530 M君の急逝 セネカの言葉で考える人生の長短
1530 M君の急逝 セネカの言葉で考える人生の長短   中学時代の同級生だったM君が急逝した。ことし7月一緒に旅行をしたばかりで、訃報に耳を疑った。故郷・福島での会合に出て、川崎の自宅に戻った直後のことだったという。ローマ帝国時代の政治家でストア学派の哲学者ルキウス・アンナエウス・セネカは「生きることは生涯をかけて学ぶべきことである」(道徳論集『人生の短さについて他2篇より』と述べている。M君の急逝を聞いて、人生について考えさせられた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/11/26 21:59
1529 初雪にしてこんなに積もるとは 冬の歌を聴く
1529 初雪にしてこんなに積もるとは 冬の歌を聴く  まだ11月は1週間あるというのに、初雪が降り、数センチは積もった。わが家周辺は一面銀世界の様相を呈し、折角咲き始めた皇帝ダリアの花はしぼみ雪の重みで枝が折れそうだ。11月に雪が降り、しかも積もるなんて、驚くばかりである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/11/24 14:30
1528 自然公園の晩秋風景 狙いはカワセミとカメラ老人
1528 自然公園の晩秋風景 狙いはカワセミとカメラ老人  かざす手のうら透き通るもみぢかな 大江 丸 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/11/17 15:34
1527 未来信じる日本語ガイド  水上生活者の子ども相手に私設の学校
1527 未来信じる日本語ガイド  水上生活者の子ども相手に私設の学校  知人がカンボジアのプノンペンで、一人のガイドに出会った。送られてきた知人の旅行記は、ガイドのことを「氏」という敬称をつけて表現していた。それはなぜなのだろう。読み進めるうちにその理由が分かった。ガイドは私設の学校をつくり、子どもたちに勉強を教えるボランティアだったからである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/11/13 08:51
1526 文革時代の寒村の悲しみ 曹乃謙著『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』
1526 文革時代の寒村の悲しみ 曹乃謙著『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』  人間は欲望を求める動物である。「食欲、睡眠欲、性欲」が3大欲望といわれるそうだが、このほかにも物欲、金銭欲、名誉欲と欲望は果てしない。だが、その欲望を満たすことできない存在も少なくない。曹乃謙著(杉本万里子訳)『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』(論創社)は、睡眠欲を除いてほとんどの欲望を満たすことができない、寒村の人々を描いたユーモアとペーソスが入り混じった独特の文体の小説である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/11/12 12:37
1525 芭蕉は何を思うのか 唇寒し秋の風
1525 芭蕉は何を思うのか 唇寒し秋の風 物いへば唇寒し秋の風 人の悪口を言った後に、なんとなく自己嫌悪に襲われ、後味の悪い思いをすることのたとえに使われる、松尾芭蕉の句(芭蕉庵小文庫)である。ちなみに芭蕉の座右の銘は「人の短をいふ事なかれ 己が長をとく事なかれ」(中村俊定校注『芭蕉俳句集』)である。芭蕉自身が言葉の使い方で後悔した経験があるかどうかは分からない。それにしても昨今、この句をつい口にしてしまうような出来事が相次いでいる。言葉が軽い時代なのである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/22 13:59
1524 ボブ・ディランのノーベル文学賞 サルトルは拒否したが……
1524 ボブ・ディランのノーベル文学賞 サルトルは拒否したが…… 《「キューバ危機」の時、ディランは、ソ連からの攻撃を想定した小学生の頃の訓練を思い出していたのかもしれない。》 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/13 21:08
1523 読書家の生きた証 本を愛して
1523 読書家の生きた証 本を愛して 9月末に亡くなった先輩は読書家だった。同時に、渥美清主演の映画「男はつらいよ」をこよなく愛した人情家だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/12 18:53
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感 今回の旅で最初に行ったのは、旅順である。正確には大連市旅順口区という。日露戦争の舞台でもあり、その後多くの日本人が住んだ。知人もここで生まれたこの街は近年まで対外開放されることなく、神秘の地ともいわれたそうだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/11 21:52
1521 中国の旅(8) 神風運転の車に乗って……
1521 中国の旅(8) 神風運転の車に乗って…… 特に途上国に行って車の運転をしようとする人は自分の腕に自信があるか、必要に迫られて仕方なく、という場合が多いのではないかと思う。例えば、私は東南アジアのタイやベトナムで「運転を」と言われても、辞退する。車の洪水の中で立ち往生してしまうのがオチだと思うからだ。それは中国の場合も同様と、実感した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/10 08:54
1520 中国の旅(7) サービスについて、ある体験
1520 中国の旅(7) サービスについて、ある体験 以前、中国を訪れた際、社会主義の国なのだからサービスは不要だというような、店員の態度に腹を立てたことがあった。物を買うと、お釣りを投げ「ありがとう」も言わない。これが中国とあきらめた時期もあった。だが、いまやそうした態度をとる店員はほとんどいない。……はずだった。だが、大連市内の有名宴会場で、昔の中国を思い出してしまうほどの残念な体験をしてしまった。店側の従業員教育に問題あり、というケースだった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/09 21:19
1519 中国の旅(6) 若き知日派たち
1519 中国の旅(6) 若き知日派たち いま、日本と中国の関係は「非常に」という形容詞がつくほどギクシャクしている。政冷経熱といわれて久しい。今回の旅で2組の若い世代の夫妻にお世話になった。この人たちは日本通で、知人の家族のような存在だ。互いに日本と中国を行き来する知人と若い2組の夫妻に日中間の壁はないと感じた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/08 14:40
1518 中国の旅(5) いまは?のアカシアの大連
1518 中国の旅(5) いまは?のアカシアの大連 中国の旅に、私は何冊かの本を持って行った。その中に清岡卓行著『アカシヤの大連』も入っている。大連で生まれ育った清岡の自伝的小説ともいえる作品で、アカシアが香る美しい街としての大連が描かれている。32年前、初めてこの街に足を延ばしたときには、この作品の記述を裏付けるような、美しさが残っていた。だが、いまその面影はない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/07 13:02
1517 中国の旅(4) 中国の高齢者たち 
1517 中国の旅(4) 中国の高齢者たち  知人は、旅順で生まれ、この町で1年間だけ小学校に通っている。その小学校を探して歩いていると「旧八一零歴育退休職工活動室」と書かれた平屋の建物が目に入った。文字を読むと、定年退職者専用の建物のようだ。中国にはこのような、定年退職者が集まってゲームを楽しむ娯楽用施設があるらしい。中に入ると八畳間ほどの広さの部屋があり、そこで4人(女性3人と男性1人)が麻雀、2人(男性同士)が中国将棋を楽しんでいた。それぞれのゲームを立って見ている人もいる。この人たちは恵まれた人たちに違いない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/06 21:10
1516 中国の旅(3) 日本人と中国人
1516 中国の旅(3) 日本人と中国人 海外、特にヨーロッパなどを旅していると、あなた(あるいは君)は中国人かと聞かれた経験を持つ日本人は少なくないはずだ。欧米人から見たら、日本人と中国人、あるいは韓国人の見分けはつかないのかもしれない。私たち日本人は中国人や韓国人はほぼ見分けがつくし、逆の立場でも分かるはずだ。そこで、中国の旅で経験した面白いエピソードを紹介したい。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/05 21:48
1515 中国の旅(2) 内モンゴル草原になびくハダク
1515 中国の旅(2) 内モンゴル草原になびくハダク モンゴルの人々はハダクという青い絹の布を大事にする。それは中国・内モンゴルでも同様だ。内モンゴルの工業都市、包頭から車で2時間半かけて希拉穆仁(シラムレン)(モンゴル語で黄色い川の意味)という名の草原に行った。内モンゴルなのだからモンゴル族の人々がほとんどと思ったが、このあたりの包(パオ)で暮らしているのは多くが漢族の人たちだった。だが、ハダクを敬う風習は変わっていなかった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/04 09:35
1514 中国の旅(1) 内モンゴル・薩拉斉にて
1514 中国の旅(1) 内モンゴル・薩拉斉にて 82歳になる知人がいる。生まれてから45年間を中国で暮らし、その後日本に移り、いまも中華料理の現役の料理人として働き続けている。9月下旬、中国でこの人がどんなところに住み、どんな生活をしていたのかを見たり、聞いたりするため一緒に中国を旅し、日本人の姿を見たことがないという内モンゴルの町にも足を踏み入れた。この旅の模様を何回かに分け、報告する。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/03 17:57
1513 秋の日の送り方 子規を見習おう
1513 秋の日の送り方 子規を見習おう きょうは「へちま忌」だった。俳人正岡子規がこの世を去ったのは114年前の1902年(明治35)9月19日のことである。絶筆の3句で糸瓜を詠んでいることから、いつしかこのように呼ばれるようになったのだという。このところ急に涼しくなってきた。秋の彼岸である。子規の一句。「一日は何をしたやら秋の暮」を思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/09/19 22:19
1512 彼岸花とアカザのこと 気象変動と食べ物
1512 彼岸花とアカザのこと 気象変動と食べ物 ことしの日本列島は、台風による大雨で各地に大きな被害が出ている。北海道では農作物への影響も少なくない。温暖化による気象変動が激しい季節だが、秋の彼岸も近い。間もなく彼岸花(別名、曼珠沙華)も開花するだろう。たまたまこの花のことを調べていたら、かつて彼岸花は飢饉のときを考えて食用として植えたものであるという話が『つい誰かに話したくなる雑学の本』(講談社+α文庫)に載っていた。球根に毒があるという彼岸花がどうして食用になったのだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/09/08 17:20
1511 雲流れゆく9月 やってくるへちま忌
1511 雲流れゆく9月 やってくるへちま忌 朝も秋ゆうべも秋の暑さかな  ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/09/02 16:12
1510 マラソン選手の命がけの抗議 スポーツの政治利用とは
1510 マラソン選手の命がけの抗議 スポーツの政治利用とは リオ五輪の男子マラソンで銀メダルを獲得したエチオピアのフェイサ・リレサ選手(26)が額の前で両手を交差させるポーズでゴールインし、圧政を続けるエチオピア政府への抗議だと表明した。帰国すれば殺さるかもしれないという「命がけ」の抗議だった。リレサ選手のこんな行為があったあと、閉会式で安倍首相がアニメのキャラクター、マリオになって登場したのを見て違和感を持った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/08/25 21:44
1509  ジャーナリズムの役割とは むのたけじさんのこと
 1509  ジャーナリズムの役割とは むのたけじさんのこと 《ジャーナリズムとは何か。ジャーナリズムの「ジャーナル」とは、日記とか航海日誌とか商人の当座帳とか、毎日起こることを書くことです。それをずっと続けていくのが新聞。それは何のためかというと、理由は簡単で、いいことは増やす、悪いことは二度と起こらないようにする。ただ、それだけのことです。ところが、最近のジャーナリズムはそこが抜けてしまっている。新聞も「商品」になってしまいました。だから、ニュースではなくてトピックスになっている。いまのジャーナリズムは、いわばトピックスのつまみ食いにすぎない。》(岩波... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2016/08/22 17:03
1508 この世は美しく甘美な人の命 お盆に思う
 1508 この世は美しく甘美な人の命 お盆に思う 日が暮れて草のにほひの盆の寺(今井杏太郎 ) お盆である。昨日夕、家族で墓参りをした。寿陵(生前墓)であるわが家の墓にはお骨は入っていない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/08/14 21:22
1507 銀メダリストのフェアプレー精神 最後で内村に逆転されたが……
 1507 銀メダリストのフェアプレー精神 最後で内村に逆転されたが…… このところオリンピックからフェアプレー精神は失われ、勝つことが最優先になっている印象が強い。だが、開催中のブラジル・リオ五輪でフェアプレー精神が健在であることを知り、心が和んだ。それは日本時間11日早朝(現地時間10日夕)に行われたリオ五輪の体操男子個人総合で内村航平(27)が、トップに立っていたウクライナのオレグ・ベルニャエフ(22)を最後の演技種目・鉄棒で逆転し、ロンドン大会に続いて2連覇を飾った試合後の話である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/08/12 12:20
1506 野球界の光と影 イチローの3000本とAロッドの引退
1506 野球界の光と影 イチローの3000本とAロッドの引退 8日(現地時間7日)大リーグ、マーリンズのイチローが3000本安打を達成した。一方、3000本安打を打っているヤンキースのアレックス・ロドリゲスが引退を表明した。2人は対照的な打者だった。「細くて小さなプレーヤーが、巧みなバットコントロールで安打製造機となり、塁に出れば走りまくる、またライトの守備では、しばしば美技を見せるうえに、矢のような送球で走者を刺したり、釘付けにする」(戸部良也『プロ野球英雄伝説』講談社学術文庫)イチローに対し、豪快なホームランバッターで巨額の移籍金や薬物使用で出場停止が... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/08/08 11:23
1505 被爆者たちの死の舞踏 71年前の人類の悲劇の体験
1505 被爆者たちの死の舞踏 71年前の人類の悲劇の体験 きょう6日は、広島原爆の日だった。河野治彦『灯篭流し 陽の目を見なかった父の原爆小説』(文芸社)を読み返した。原爆投下から終戦までの1週間の広島の街の実情を記した手記である。痛みに耐えるために地団駄を踏む格好をしながら、経を読むように一つの場所を回り続ける被爆者のことが描かれている。小説と銘打っているが、これは71年前の真実だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/08/06 17:56
1504 千代の富士挽歌 風は過ぎ行く人生の声
1504 千代の富士挽歌 風は過ぎ行く人生の声 8月になった。ことしの立秋は7日だから、暦の上での夏はきょうを含めてあと6日しかない。とはいえ、心地よい秋の風が吹くのはまだだいぶ先のことだ。盛夏の昨7月31日、大相撲で初めて国民栄誉賞を受賞した第58代横綱千代の富士が亡くなった。61歳という早すぎる死を悼みながら、国技館で初めて千代の富士を見た時のことを思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/08/01 11:25
1503 ロッキード事件40年 様変わりした検察 
1503 ロッキード事件40年 様変わりした検察  NHKTVでロッキード事件特集が放送された。のちに検事総長となる吉永祐介氏が東京地検特捜部副部長・主任検事として様々な困難を乗り切って田中角栄元首相の逮捕にこぎつけるが、もう一つの捜査ターゲット、自衛隊のP3C導入をめぐる疑惑は解明されなかったことを資料や証言で構成した番組だった。ロッキード事件が発覚して今年で40年。首相の犯罪を摘発した検察は弱体化し、見る影もない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/07/26 09:10

続きを見る

トップへ

月別リンク

小径を行く /BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる