1792 新聞記者とは 映画と本から考える

 かつて新聞記者は若者の憧れの職業の一つだった。だが、最近そうした話は聞かない。背景にはインターネットの発達や若者の活字離れなどがあり、新聞自体が難しい時代に直面していることを示している結果なのだろう。そんな時、『新聞記者』という題名に惹かれて、一本の映画を見た。つい最近まで、新聞紙上をにぎわした森友学園・加計学園疑惑を彷彿させるような事件が描かれていた。映画を見た後、私は本棚からメディアに関する数冊の本を取り出し、頁をめくった。  映画は女性記者、吉岡(シム・ウンギョン)が勤める新聞社の社会部に、政権の大学新設計画に対する極秘情報がFAXで届き、デスクの指示を受けた女性記者が取材を始めるところから始まる。秘密情報を追う女性記者と、内調(内閣情報調査室)に勤務し、マスコミをコントロールする業務に疑問を抱く若手官僚、杉原(松坂桃李)の仕事に対する葛藤を軸に展開する。映画にはパソコン画面を通じて鼎談番組(映画の原作『新聞記者』の著者である東京新聞望月衣塑子記者、元文部科学省事務次官・前川喜平氏、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏、司会は新聞労連委員長・南彰氏)の動画が出てきて、それがこの映画のドキュメント的要素を強くしている。  政府の機密を暴こうとして、調査報道に懸命に取り組む記者(吉岡)、先輩官僚の自殺によってその自殺に不審を抱き始め吉岡と接点を持つ杉原の動きはサスペンス的要素が濃く、普段は映画の途中で居眠りをする私も吉岡を応援する思いで画面に見入った。最終段階で…

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1716 茶道と25年の歳月 映画「日日是好日」

「日日是好日」という言葉を座右の銘にしている人がいるだろう。広辞苑を引くと「毎日毎日が平和なよい日であること」と出ている。元々は中国の『碧巌録』(へきがんろく)という禅に関する仏教書の中にある言葉だという。読み方は3通り(にちにちこれこうにち、にちにちこれこうじつ、ひびこれこうじつ)ある。この言葉を題名にした映画を見た。先月亡くなった名女優樹木希林と若手演技派女優黒木華が共演した、茶道と人生をテーマにした淡々とした日々をつづる映画だった。  私たち日本人は日常、お茶を飲んでいる。そのお茶(茶の湯)を通じて、精神の修養と人との交際の礼儀作法を極めようとするのが茶道である。映画は大学生の時から樹木扮する茶道の武田先生に師事する黒木演じる典子、従姉の美智子(多部未華子)を軸に四季折々の自然を背景に織り交ぜ、武田先生と典子の25年の歳月を描いている。  茶道の決まりごとに戸惑いながら、次第にこの道になじんでいく典子の20歳から45歳までの姿を黒木は演じ切った。就職に失敗し出版社のアルバイトを経てフリーライターの道を歩む仕事のこと、失恋と新しい恋のこと、父の死という家族の出来事、商社をやめて郷里で医者と結婚する道を選んだ美智子のことなどが黒木のナレーションを交えながら描かれている。干支や季節によって変わる茶碗や掛け軸、添えられる和菓子も印象的だ。  樹木希林の武田先生は背筋を真っすぐに伸ばし、いつも穏やかな表情をしている。全身を末期のがんに侵されながら、それを感じさせない演技は心に残るもの…

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1670 虐待死と新幹線殺人 満席の『万引き家族』

 東京都目黒区のアパートで船戸結愛ちゃんという5歳の女の子が虐待で死亡、継父と実母が逮捕されたのに続き、走行中の新幹線車内で22歳の男が乗客を刃物で襲い、女性客を守ろうとした男性が殺される事件が起きた。2つの事件とも家族の在り方が問われる深刻な背景があった。折から、現代の日本社会を風刺するような是枝裕和監督の映画『万引き家族』が先週から上映されている。 「ママ、もうパパとママにいわれなくてもしっかりと じぶんからきょうよりか もっともっとあしたはできるようにするから もうおねがいゆるしてゆるしてください おねがいします ほんとうにもうおなじことしません ゆるして」結愛ちゃんが残した練習帳には、ひらがなの哀切な文章が書かれていた。暗い部屋で朝4時に起きてこのような文字を書いた結愛ちゃんは、食事も満足に与えられず、虐待を受け続けた末に肺炎による敗血症で亡くなった。  新幹線で男女3人を襲い、男性を殺した愛知県一宮市出身で22歳の小島一朗容疑者は、両親との折り合いが悪く、中学時代から生活支援施設に入っている。定時制高校を卒業後、就職した会社は1年でやめ、叔父・祖母の家で生活し、祖母と養子縁組をしたが、昨年12月に家出し、長野県内などで野宿生活を送るなどして、今度の事件を起こした。犯行の動機について「むしゃくしゃしていたので、だれでもよかった」と述べているという。家族関係が複雑であることは各種の報道で明らかになっている。それが凶悪な事件を引き起こした要因の一つなのだろうか。 『万引き』家…

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1643 言葉を武器にした政治家 映画『ウィンストン・チャーチル』を見る

「戦争には決断。敗北には闘魂。勝利には寛仁。平和には善意」(『第二次大戦回顧録』より)第二次大戦下、イギリスの首相としてナチスドイツ、日本と戦い、連合国を勝利に導いたチャーチルは、この長文の回顧録によって1953年、ノーベル文学賞を受賞した。この人を描いたイギリスの映画『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(ジョー・ライト監督)を見た。政治家は言葉が武器といわれるが、まさにチャーチルはそれを体現した政治家だった。  映画は個性派俳優、ゲイリー・オールドマンがチャーチル役(この演技で第90回アカデミー賞主演男優賞を受賞)を演じ、1940年5月11日の首相就任からドイツ軍のフランス侵攻で追い詰められた英仏両軍が撤退する「ダンケルクの戦い」までの4週間を描いている。国民の信を失って辞任した保守党のチェンバレンに代わって首相になったチャーチルの前に2つの問題が突き付けられる。1つは、ナチスドイツのヨーロッパ各地への侵攻が進み、ベルギー、オランダなど各国は相次いでドイツの支配下に入り、フランスにもナチスの影が濃くなっている。  こうした情勢下、チャーチルの政敵で戦時内閣の外相を務めるハリファックスは、イタリアのムッソリーニを通じてドイツとの和平を模索、外相辞任をちらつかせながらチャーチルに和平交渉のテーブルに就くよう迫る。もう1つは、フランスの港湾都市ダンケルク(ドーバー海峡に面したフランス北部の都市)をめぐる攻防で、40万人のイギリス、フランス連合軍の兵士たちがドイツ軍に包囲…

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1641 読んだふりの本『一九八四年』と映画『ペンタゴン・ペーパーズ』

 読んでもいないのに見栄を張って読んだふりをしてしまうという本があるという。イギリスではその「読んだふり本」のトップがジョージ・オーウェルの『一九八四年』だと、日本版(ハヤカワ文庫)を翻訳した高橋和久さんが書いている。内容が暗く、難解なだけに買ってはみたものの「積んでおく本」になっていたが、ベストセラーなので読んだかと聞かれたら、読んだと答える人が多かったのだろう。大長編のマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』も、同じかもしれない。  私は2010年に「一九八四年」を買い、1週間近く要してようやく読み終えた記憶がある。私の場合も、途中で投げ出し「読んだふり本」あるいは「積んでおく本」になった可能性もあるが、何とか読み続けた。一方、日本の一部官僚の間でこの本は愛読書になり、あるいは職務上のバイブル的存在になったのではないか。それは言うまでもなく、財務省の役人たちのことだ。彼らの森友学園に絡む国有地売却に関する決済文書改ざん問題を見ていて、こんな皮肉を言いたくなる。  この本は、ある全体主義国家の真理省記録局という歴史の改ざん作業をする部門に勤務するウィストン・スミスという男が主人公で、改ざんの具体的な作業内容も記されている。例えば、こんな風だ。「3月17日の《タイムズ》によると、〈ビッグ・ブラザー〉(注・独裁者)は前日の演説において、南インド戦線は当面異状なしだが、ユーラシアが近々北アフリカで軍事攻勢をかけてくるだろうと予言している。(注、この国は、戦争は平和なり、自由は隷従なり、…

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1568 視覚障害者の希望とは 映画「光」が示す先は

 光を失うということは、どのような恐怖なのかは経験者にしか分からない。新潟の知人もその一人である。映画「光」を見て、知人の苦しみを考えた。どら焼きづくりに、ささやかな希望を見つけたハンセン病回復者を描いた「あん」に続く、河瀬直美監督の作品だ。視覚障害者用の映画の音声ガイドづくりが進む中で、視力を失っていく写真家の姿を追った映画のストーリーに知人が重なった。  知人は、元写真家だった。事情があって障害者の自立を支援するNPOを運営し、新潟市内の耕作放棄地を借りて障害者とともにオリーブ栽培をしていた。だが、最近視野狭窄の病気が進行して視覚障害者となり、NPOの運営は息子に任せた。知人が経験したことの一部はこのブログでも紹介している。  映画「光」は、次第に視力を失う病気に侵された将来を嘱望された写真家中森雅哉(永瀬正敏)と、視覚障害者用映画の音声ガイドの説明文づくりを担当する尾崎美佐子(水崎綾女)の2人の交流をを中心に進んでいく。衝突しながらも次第にひかれている2人の関係をドキュメンタリー手法で撮影しているのも、映画に現実味を与えている。  視覚障害者や聴覚障害者向けの映画をバリアフリー映画というそうだ。このうち視覚障害者用が、FM電波を使って音声ガイドを場内に配信し、映画の音声と同時にラジオで場面解説を流す音声ガイド付映画である。2チャンネルの音声が使われ、チャンネル1は会場内のスピーカーから主音声(せりふや音楽など)が流れ、チャンネル2からは主音声と副音声(状況説明やト書き)が流…

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1547 優れた人との出会いが花の時代 『わたしの渡世日記』から

「人は老いて、ふと我が来し方を振り返ってみたとき、かならず闇夜に灯を見たような、心あたたまる経験を、自分も幾つか持っていることに気づくだろう。それがその人の『花の時代』である。(中略)私の場合でいうならば、優れた人間に出会った時期をこそ、私の花の時代と呼びたい」  子役から長い間、女優として第一線で活躍し、文筆家としても知られた故高峰秀子(1924~2010)は著書『わたしの渡世日記』(新潮文庫)で、こんなことを書いている。高峰は女優の仕事が忙しく、入学した文化学院を1年で中退していて、本人は「子供のころから、映画の撮影所ぐらしの他はなにも知らぬ存ぜぬままで、トシだけは人並みに重ねた私が、いかに世の常識からハミ出し欠陥人間『できそこない人間』であるかは、誰よりも私自身が身にしみて承知している」と謙遜する。だが、この作品を読んで、私は高峰という人がとても「知らぬ存ぜぬ」人でなかったことを理解した。  この作品の解説で、沢木耕太郎は「(極めて男性的な筆致で書かれた)この一級の自伝を読んで、これは本当に高峰秀子が書いたものなのだろうかと、多くの人が考えただろうことを私もまた考えた」と書いている。しかし、沢木はこの作品は高峰自身が書いていることに気がつき、そして「ここには、『文章のうまい女優』がいるのではなく、単にひとりの『文章家』がいるだけなのだと認めざるを得なくなったのだ。とにかく、うまかった。言いたいことを言いたいように書く。容易そうに見えてこれほど難しいことはないのに、文筆家としての高…

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1531 音楽は希望の使い 市民オーケストラの映画「オケ老人」

 「オケ老人」という題名に惹かれて映画を見た。老人が中心の市民オーケストラを、杏演ずる高校の数学教師が指揮するストーリーだ。杏の指揮ぶりが真に迫り、オーケストラのメンバー役の俳優はベテラン(笹野高史、左とん平、小松政夫、石倉三郎、藤田弓子、茅島成美ら)をそろえ、映画の面白さを引き立てている。  現在、全国に幾つこうした市民オーケストラがあるのか分からない。だが、映画のオーケストラと同様、それぞれに歴史を持っているはずだ。仙台在住の友人、松舘忠樹さんも市民オーケストラで演奏を楽しんでいる一人である。所属するのは「仙台シンフォニエッタ」という1998年に設立された弦楽器を主体とする室内オーケストラで、ここでコンサートマスターをしている。  松舘さんは『アマチュアオーケストラは楽しい』(笹気出版)という本を出している。それによると、「仙台シンフォニエッタ」のメンバーは、「20~30歳台の若い人もいるが、還暦を過ぎた世代や昭和初年生まれという元気な老年が主力」(「中高年合宿は楽し」より)である。松舘さんは元NHKの社会部記者で、医者や学校の先生、家庭の主婦、会社員と様々な人で構成しており、「オケ老人」とよく似ている。  アマチュアの団体はもめごとが多いという。「オケ老人」も、オーケストラが分裂し、残ったのが老人ばかりという設定だ。松舘さんがかつて所属していたアンサンブルも、ワンマンリーダーの「アマチュアはプロの演奏家を引き立てるのが役割」という方針に反発して、松舘さんら多くのメンバーが身…

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1433 混沌とした時代への訴え 映画『人生の約束』

白銀の立山連峰の威容を見たのは、4年前の1月のことだった。日本海側の冬は晴れる日が少ない。だが、私が訪れた2012年1月下旬の数日は青い空が戻り、高岡の雨晴海岸の後方にそびえる剱岳が美しかった。その白銀の立山連峰を堪能させてくれるのが、映画『人生の約束』(監督・石橋冠、主演・竹野内豊)だ。 時代の最先端を行くIT企業の元共同経営者の死から始まる、富山県射水市新湊の伝統行事「曳山祭」にまつわる人とのつながりが、この映画のテーマといえる。いま、地方は疲弊し、シャッター通りが珍しくない。人が減り、曳山を維持することができない街の存在。友を失い、会社とも縁を切らざるを得ない男が、疲弊した街の人々に一夜の希望を与えることになる。こうした新湊の人たちのを見守るように、時々立山連峰が映し出されるのだ。 富山の人にとって、剱岳を含む立山連峰はどんな存在なのだろう。かつて富山県高岡市の知人は私に「毎朝、山(立山連峰)に向かいながら、きょうはこれから何をやろうかと考える」と話してくれた。それに対して立山連峰からは、知人を元気づける答えが返ってくるのかもしれない。高岡の隣に位置する射水の人たちも、山に向かってあいさつをするのだろうか。 日本の祭りは夏が中心だが、新湊の曳山(放生津曳山祭)は毎年10月1、2日に開催される秋祭りである。江戸時代初期に始まったというから歴史は古い。しかしこうした伝統行事でさえ、大都市への一極集中、人口の高齢化によって維持するのは困難になっているのが全国的傾向なの…

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1422 芸術は歴史そのもの 絵画と映画と

12月になった。季節は冬。人生でいえば長い歴史を歩んできた高齢者の季節である。最近、歴史を考える機会が増えた。それは絵画であり、映画だった。まず、絵画展。「村上隆の五百羅漢図展」(六本木ヒルズ、森美術館)、DIC川村美術館(千葉県佐倉市)の「絵の住処―作品が暮らす11の部屋」の2つ。そして映画は「黄金のアデーレ 名画の帰還」と「ミケランジェロプロジェクト」の2本。いずれも人間の歴史と深いかかわりを持っていた。 手元にある『仏像の世界』(田中義恭著、日本文芸社)という本によると、「羅漢は『阿羅漢』の略で、仏教の修行を達成し、悟りの境地に達した者のことを指す。十代弟子を含め、釈迦如来の高位の弟子たちは、みな羅漢なのである」という。 十六羅漢、十八羅漢だけでなく五百羅漢もあるのだから、釈迦の弟子は少なくなかったといえようか。そんな羅漢の姿を村上は、巨大な壁画として全国の200人を超える美大生を動員して完成させた。11月30日に亡くなった漫画家・水木しげるの漫画に登場するようなユーモラスな顔をした羅漢たちはどれも見ていてあきない。村上は東京藝大で日本画研究で初めて博士号を取得した。それがこの作品に凝縮されたのかもしれない。 川村美術館は、かつての川村インキ(現在のDIC)の創業者川村喜十郎らが3代にわたって収集した美術品(主に絵画)を公開している。現在公開中の「絵の住処」は、「ヨーロッパ近代絵画の部屋」や「レンブラント・ファン・レインの部屋」、「日本画の部屋」「前衛美術の部屋」など美術館…

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1420 大量遭難の背景は 映画『エベレスト3D』と原作『空へ』

登山の醍醐味は、困難を乗り越えて頂上に立ったときの達成感なのだろうか。登山をやらない私にはその辺のことは分からない。1996年にエベレスト(8848メートル)で起きた大量遭難で、遭難を免れたジャーナリスト、ジョン・クラカワーが体験したことは、そうではなかった。 大量遭難を描いた映画『エベレスト3D』を見た後、遭難した商業登山隊(ニュージーランドの会社が募集したツアー登山)に参加したクラカワーのノンフィクション『空へ』(文藝春秋社)を読んだ。クラカワーは取材を兼ねて遠征隊に入り、エベレストを征服、無事帰還している。しかし、頂上に立った時の心境は達成感よりも不安感だった。  「エベレストの頂上に立ったら、それをきっかけに強烈な昂揚感が込み上げてくるはずだった。ついにわたしも、さまざまな不利な条件を克服して、子供のころから密かに狙ってきた宝物を手に入れた。だが、じつは、頂上は単なる折り返し点にすぎないのだ。自分を褒めてやりたいと思う気持ちなど、どこかに消し飛んで、行く手にはまだ長く危険な下降が横たわっているのだ、という思いにわたしは圧倒されていた」 その不安は的中し、このときのツアー登山では猛吹雪に遭遇した2組8人が遭難、死亡した。その中には日本人の女性登山家、難波康子も含まれている。難波はエベレストの頂上に立ったが、下山途中に行く手を嵐に阻まれ、第二キャンプのわずか300メートルまで到達しながら無念の死を遂げている。ツアーを企画した2組のガイド・隊長はベテラン登山家だったにもかかわら…

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1418 画家フジタが生きたパリ 喜びと悲しみを内包した芸術の都

映画「FOUJITA」は、フランスを中心に活動した画家、藤田嗣治(1886~1968)の半生を描いた日仏合作の作品だ。監督は小栗康平、主演はオダギリ・ジョー。藤田といえば、オカッパ頭とロイドメガネで知られ、1820年代のパリで日本画の技法も取り入れた「乳白色の肌」の裸婦を描いて注目を集め、エコール・ド・パリ(20世紀前半、世界各地からパリのモンマルトルやモンパルナスに集まり、ボヘミアン的生活をしていた画家たちのこと)の寵児になった。 帰国後、太平洋戦争が起きると、陸軍美術協会の会長にまつりあげられ「アッツ島の玉砕」などの戦争画を描き、戦後強い批判を受ける。そのため居場所を失った藤田は69歳の1949年に日本を離れてフランスに戻って帰化、さらに73歳でカトリックの洗礼を受けレオナール・フジタとしてパリ近郊の地方都市エソン県ヴィリエ・ル・パクルの古い家でアトリエを構え、ここで生涯を送る。 映画は絶頂期のパリでの華やかな生活(社交界も含めて)と帰国後の暗い生活を対照的に描き、画家としての藤田の光と陰を映し出している。後半の日本編はやや難解だ。地方で妻との疎開生活が中心に描かれ、その自然風景は美しく印象的な巨木も登場する。里山の炭焼きや狐が人を化かす話が出て来て、幻想性を帯びてくる。CGを使ったらしい狐まで登場させるが、それが藤田の芸術とどうつながるのかよく分からなかった。 藤田は戦後、戦争協力者のレッテルを張られて日本を去るが、このとき「私が日本を捨てたのではない。捨てられたのだ」とい…

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1388 繰り返してはならない「日本の一番長い日」 8月15日を前に

70年前の今ごろ、日本は太平洋戦争末期の断末魔状態にあった。それでも、旧陸軍を中心とする軍部は「一億総玉砕」を唱え、本土決戦を主張した。極限状況下にあって、人間は狂気に陥る。映画『日本の一番長い日』を見て、それをあらためて感じた。 戦争を終結するためにはどうすべきか。鈴木貫太郎を首班とする内閣は和戦派と戦争継続派に別れて閣内が一致せず、鈴木貫太郎は天皇に判断を仰ぐ「聖断」の道を選ぶ。いま安保法制をめぐって、日本が再び戦争への道へと入り込むのではないかと不安を抱く人は少なくない。そんな状況下に上映されたこの映画を見て、70年前の出来事と昨今の世相を重ね合わせてしまった。 高橋紘著『人間昭和天皇』(講談社、上下)は、昭和天皇の生涯を追った上下2冊の長編だ。著者は皇室問題をライフワークにした共同通信社の記者だった人で、静岡福祉大学教授も務めたが、がんが見つかり末期を宣告された。死の病床におびただしい資料を持ち込み、この作品を書き上げ、2011年9月30日亡くなった。それは凄絶な執筆風景だったと、知人は語っている。 70年前の8月15日正午からラジオによって戦争の終結、ポツダム宣言受諾を告げる天皇の玉音放送があった。その内容については多くの資料によって明らかになっている。では録音当時はどうだったのだろう。この本にその状況が記されている。 《昭和20年(1945)8月14日深夜、2期庁舎(宮内庁)2階の政務室で翌日放送予定の『終戦の詔書』の録音が行われた。1回目は緊張し、声に震えがあ…

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1379 トマス・モアと安保法制  政治家の理性とは

『ユートピア』の著者、トマス・モア(1478~1535)は中世イングランドの法律家・思想家だ。 イギリス史上、最高のインテリで暴君といわれたヘンリー8世(カトリック信者でありながら6回結婚を繰り返した)の離婚に反対したとして反逆罪に問われ、ロンドン塔に幽閉されたのち、斬首刑になった悲劇の人物だ。死後400年後の1935年、カトリック教会の殉教者として列聖され、政治家と弁護士の守護聖人となった。 昨今の日本政治の最大関心事ともいえる「安保法制」をめぐる動きを見ていて、モアのことを思い出した。たまたま、NHK・BS放送でモアをテーマにした映画『わが命つきるとも』(1966年・イギリス)を見た。アカデミー賞の8部門でノミネートされ、作品賞や監督賞(フレッド・ジンネマン)、主演男優賞(ポール・スコフィールド)など6部門に輝いた名作である。 絶対的権力を持つ王に対しても、その離婚に対しYESといわなかったモアの法律家としての精神は現代の法律家にも受け継がれているはずだ。それは、6月4日の衆議院憲法審査会で、各党推薦で安保法制を違憲とした著名な憲法学者3人にも共通するものだろう。 安倍首相は、こうした憲法学者の発言があっても国会では「国際情勢に目をつぶって、従来の憲法解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ」と言い続けている。ヘンリー8世と同じく、自分の意見に従わない者は認めないという姿勢といっていい。 「憲法解釈」という言葉がこのところニュースとして扱われることが多い。本来な…

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1374 映画「愛を積むひと」 美瑛を舞台にした大人のメルヘン 

定年になったら田舎暮らしをする―。そんな夢を実現している人たちは少なくないだろう。私の知り合いにも何人かいる。映画『愛を積むひと』は妻の希望で北海道・美瑛に東京から移り住んだ夫婦を中心にした大人のメルヘン、あるいはファンタジーといっていい。そう表現した理由は後で書くが、美瑛の自然美が何より心に沁みた映画だ。 この映画は、米国で出版され、日本でも翻訳本が2004年に発売になった『石を積む人』(エドワード・ムーニー・Jr作、杉田七重訳、求龍堂)を、映画『釣りバカ日誌』の14作目から最終作(20作)まで監督を務めた朝原雄三が脚本を書き、メガホンもとった作品だ。 原作はこんなストーリーだった。 《残りの人生でやり残したことをしようと決めた老夫婦(夫は元教師)のうち、妻の願いはやりかけの石塀を完成させることだった。夫はその願いを聞いて、一人で石塀造りを始める。だが、その途中で妻は倒れ、他界する。妻は家の中に夫あての手紙を残していた。そこには夫への愛を伝えるものや、若者に手を差し伸べてほしいという希望も含まれていた。夫は妻の願いを受け入れ、偶然知り合った若者たちとひたすら石塀造りに打ち込む》(石を積む人より) 映画は美しい自然で知られる北海道の美瑛を舞台に、原作の石塀造りをテーマに一組の夫婦の物語を展開していく。妻(樋口可南子)が病気で亡くなるのも原作と同じ設定だ。だが、その内容はやや現実味に乏しい。経営が苦しくて東京・蒲田の鉄工所をたたんだはずの夫婦が、美瑛に新しい家を買い、夫(佐藤…

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1371 映画「あん」・社会の片隅で ハンセン病回復者の生き方 

「あん」はハンセン病(末尾に注)回復者の生き方をテーマにした映画だ。主要な登場人物は3人である。どら焼き店をやっている訳ありの男(永瀬正敏)、そこに放課後に通うかぎっ子の女子中学生(内田伽羅•樹木希林の実の孫)、どら焼きのにおいに惹かれてやってきて、働かせてほしいというハンセン病回復者の高齢の女性(樹木希林)である。日本社会の片隅で一生懸命生きている人たちがいる。映画を見ての感想である。 桜が満開の道の傍らにどら焼きの店がある。あまり流行っているようには見えないが、女子中学生が通ってくる。そこに高齢の女性がやってきて、時給は安くていいからアルバイトをさせてほしいと頼み込む。 店長はちゅうちょするが、置いて行ったあんを食べて、そのうまさに驚き、女性を雇う。その女性は両手の指が変形しているが、粒あんの作り方は抜群にうまい。女性の指導でつくったあんを使ったどら焼きは評判となり、店は行列ができる。しかし、それは束の間のことだった。女性がハンセン病回復者だといううわさが流れ、客が来なくなって店は閑古鳥が鳴く。彼女もアルバイトをやめる。 ハンセン病をめぐっては、スティグマという言葉がある。古代オリエントの言葉で牧場の牛や羊に所有者が付ける焼印を意味するが、それがハンセン病患者の人権無視、差別を象徴する言葉として使われている。ハンセン病という烙印を押された人々は強制的に隔離されたまま一生を送ることを強いられ、日本社会で人としての尊厳を踏みにじられていたのである。世界では依然、ハンセ…

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1370 映画『おかあさんの木』 忘れてはならない戦争の不条理

ことしは戦後70年。あの戦争は遠い存在になったのだろうか。決して、そうとはいえない。国会では集団的自衛権の限定的行使を容認する安保法制が審議中であり、政権は憲法学者が口をそろえて「違憲」だと断じたことに耳を貸そうとしない、頑なな姿勢をとっている。世の中がおかしな雰囲気になっている。 映画『おかあさんの木』を見た。夫を早くに心臓発作で亡くした母親(鈴木京香)が、懸命に育てた息子たち(1人は姉の家に養子になる)全員を戦争に取られる。母親は息子たちが出征の度に桐の木を植えてその無事を祈るのだが、6人は戦死してしまう。一時行方不明だった5男が唯ひとり引き揚げてきたときには、母親は桐の木の根元で倒れ、帰らぬ人になっていた―という悲しい物語である。 長野県出身の児童文学者・大川悦生(1930~1998)の原作(ポプラ社刊)を映画化したもので、原作は1977年から小学校の教科書にも使われた。日中戦争から太平洋戦争に至る長い戦争ではおびただしい人々が命を落としている。民間人を含め第二次大戦世界の犠牲者は5000万~8000万人といわれ、8500万人という説もある。戦争は多大な犠牲を伴い、その傷は容易に癒えないのだ。 映画の象徴的場面がある。5男が出征する際、当初は駅に見送りに行かないと言っていた母親が泣きながら駆けつけ、息子の両足をつかんで汽車に乗るのを阻もうとするのだ。それに気付いた憲兵が母親を足蹴にして息子と引きはがして、「非国民だ」として母親を連行し取り調べる場面だ。70数年前はそういう時…

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1346 過去と向き合う姿勢 「パリよ永遠に」とメルケル首相来日

来日したドイツのメルケル首相が講演で、第2次大戦中に関係が悪化した周辺国との和解には「過去と向き合うことが重要」との認識を示し、不倶戴天の敵だったドイツとフランスの関係が和解から友情に発展したのは「両国民が歩み寄ろうとしたところから始まった」と語った―というニュースを読んだ。かつてドイツはフランスを占領し、ヒトラーはパリの主要な建造物を爆破する命令を出した。この命令は実行されず、美しいパリの街が救われたことは歴史的事実である。 フォルカー・シュレンドルフ監督の映画「パリよ永遠に」は、ヒトラーのパリ壊滅の指示を受けたドイツ軍パリ防衛司令官コルティッツ(ニエル・アレストリュプ)と、パリを守ろうとする、パリで生まれ育った中立国のスウェーデン総領事ノルドリンク(アンドレ・デュソリエ)との駆け引きの実話を基にした映画である。シリル・ジェリーの戯曲が原作で、ほとんどがホテルの一室での2人の俳優の演技で占められている。舞台でも2人が同じ役で演じたという。 ノルドリンクはドイツ軍が駐留する超高級ホテル「ル・ムーリス」の司令官用の部屋を訪れ、コルティッツにパリの建物の爆破をやめるよう説得する。しかし、コルティッツは「命令を実行しないと、ドイツに残っている妻子が処刑されてしまう」と拒否し、説得は容易に通じない。映画は2人のやりとりにほとんどの時間を割いている。最終的にはノルドリンクの誠心誠意の説得でコルティッツは実行を思いとどまる。外交の勝利だった。 戦後70年。現在、フランスとドイツはメルケル首相…

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1340 帰還兵の悲劇の連鎖 映画『アメリカンスナイパー』

新聞の外信面に「『米軍伝説の狙撃手』を射殺 元海兵隊員に終身刑判決」(東京)という記事が出ていた。イラク戦争を題材にし、現在日本でも上映中の映画『アメリカンスナイパー』のモデルとなった、元海軍特殊部隊の射撃の名手ら2人を銃で射殺した元海兵隊員に対する判決だ。 つい先日、話題の映画を見たばかりだった。映画の幕切れには字幕でアメリカンスナイパーの悲劇(この事件)が紹介されている。 イラク戦争は、当時のイラクが大量破壊兵器を保持しているとして米国を中心にしてフセイン政権を倒すために起こした。結果的にフセインは身柄を拘束され、裁判で大量虐殺の罪などで死刑判決を受け、執行された。しかし、大量破壊兵器は発見されず「大義なき戦いだった」という強い批判が出ている。 この戦争に参加し、帰国した元兵士たちの間では心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむケースが目立ち、映画にもなったクリス・カイル氏=当時(38)は、その支援活動に取り組んでいた。カイル氏は、イラク戦争に4回にわたって参戦し、敵側の160人を狙撃によって殺害、米軍内では伝説の狙撃手といわれる存在になり、一方イラク側からは「悪魔」と呼ばれ、懸賞金を付けて命を狙われたという。 戦争にPTSDは付き物といわれ、ベトナム戦争後米国では心に傷を負った帰還兵が社会問題になった。さらにイラク戦争でもそれは繰り返された。実際にカイル氏らを射殺した被告もイラク戦争によってPTSDとなった帰還兵である。それは戦争の過酷さの裏返しともいえる。 …

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1319 健さんの死 空に一筋の雲  「ひた向きに生きたい」

「高倉健のようにひた向きに生きたい」いつかの酒席で私はこう話したらしい。人間は自分とは遠い存在に憧憬を持つから、私は酔いにまかせてそう言ったのだろうか。 「現在の暦でいうと、2月はいちばん寒い季節だと思います。その寒い季節の真ん中である2月16日が、ぼくの生まれた日です。それと、もう一つ、これは冗談と思って聞いていただければいいことですが、駅の売店などで『生まれた日占い』などという小冊子が売られています。この日に生まれた有名人ということで2、3人の名前があがっていまして、『2月16日』を見ると、ぼくの名前も出ていましたが、驚いたことに、隣り合わせで高倉健さんの名前も出ているのです。高倉健さんは、ぼくと完全に同年同月同日の生まれなんです」 詩人の大岡信さんは『瑞穂の国うた』(新潮文庫)の中で、俳優で今月10日に亡くなった高倉さんと同じ1931年(昭和6)、2月16日に生まれたことを明かしている。83歳である。 実は私も生年こそかなり違うが、同じ2月16日が誕生日であり、(大阪に住む友人も1年違いで同じ誕生日である)大岡さんのこの本を読んで以来、高倉さんに何となく親しみを持っていた。東日本大震災に被災地で撮影された少年の写真(下段のブログ参照)を持ち歩いているというエピソードを知って、その人柄に惹かれたのだ。もちろん、北海道を舞台にした「幸福の黄色いハンカチ」や「鉄道員(ぽっぽや)」のほか、最近の「あなたへ」といった彼の映画はほとんど見ていて、その独特の雰囲気に浸っていた。 高…

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1313 蘇ったグレース・ケリー 映画「公妃の切り札」

 国の面積が約197ヘクタールとヴァチカン市国に次いで世界で2番目に小さな国が地中海に面したモナコである。人口は3万6千人余とミニ国家だが、金持ちが住む国としても知られ、日本人では元サッカー選手の中田英寿やテニスのクルム伊達らも居住権を持っているという。  モナコの大公レニエ2世とハリウッドの人気スターだったグレース・ケリーが結婚したのは59年前の1955年のことだ。結婚後のグレース・ケリーに何があったのかをフィクションとして描いたのが、映画「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」である。ニコール・キッドマンによってグレースが蘇ったような、そんな感覚を抱かせる映画である。  映画は事実とフィクションを織り交ぜながら、大国フランスの圧力や、大公周辺の裏切りによって危機に陥ったモナコ救うグレースの苦悩や決断を描いている。この映画はモナコ公妃になったあと、グレースがヒチコックから映画出演の依頼を受けるシーンから始まる。その依頼に対し、グレースは思い悩むのだが、実際にもヒチコックから映画への誘いを受け、悩んだ末に断った(国民の反対が強かったというのが理由とされる)ことはよく知られている話である。  小国のモナコが独立を維持するためには、国境を接する大国フランスとの駆け引きがうまくなければならない。映画はそうした前提に立って、グレースがどのようにしてモナコを救うのか、サスペンス風に進行する。  グレースはヒチコックの誘いを断っているのだが、モナコで制作された映画にモナコ公妃役で出演し…

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1287 hana物語(29) つぶやき6

「この季節は散歩もいや 私の日記から」  このところ、hanaは散歩を嫌がる。朝も夕方も散歩に連れ出そうとすると、横になって寝たふりをするのである。この暑さに参り、エアコンの効いた部屋の方が楽だと、動物的勘が働くのだろうか。 仕方なく、リードを引っ張り、無理やり散歩に連れ出す。途中までは、帰りたがって、座り込んだりする。その力は強く、私がいない夕方の散歩に家族はかなり難渋するらしい。私は、座り込んだときには「ストレート、ゴー」と低い声で言う。ハナの目はもちろん見ない。すると、彼女はすうーと立って、すたすたと歩き出す。 ことしの夏は猛烈な暑さが続いている。人間の私たちが参っているのだから、毛皮を着た犬族にはそれ以上の厳しい毎日なのだと思われる。しかも、ゴールデンレトリーバーは毛が長い。昨年は、サマーカットと称して、その長い毛を切ったので、比較的涼しく夏を送ったようだ。 家族は、昨年のカットしたhanaの姿を覚えていて「不格好だから、ことしはやめよう」と言い出した。そのために、この夏のハナは文字通り厚い毛皮姿で毎日を送っている。夜中にはあはあという苦しげな息づかいを聞くと、大丈夫かと心配になる。そんな日々が続いているのだ。 地球の温暖化現象は、私たち人類の生活に由来して起きたことは間違いない。しかし、いま地球上では、先進国と途上国の国民はあまりにも異なる生活を送り、途上国には地球温暖化へ配慮する余裕はない。 とすれば、繁栄を享受した先進国側が途上国を巻き込んで、その対策…

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1197 時代・歴史を考えるきっかけ 小説「ああ父よああ母よ」と映画「小さいおうち」

最近、加賀乙彦の小説「ああ父よああ母よ」(講談社)を読み、山田洋次監督の映画「小さいおうち」を見た。 小説は1927年に中国の旧満州の地主の4男として生まれた主人公を語り部として、日中戦争から中華人民共和国の誕生を経て共産党独裁という厳しい政治体制の中で、文化大革命など激しく揺れ動く中国社会で過酷な生き方を強いられる中国人家族の物語である。一方、「小さいおうち」は直木賞を受賞したか中島京子の同名の小説を映画化した作品で、昭和初期に東京のある家に女中として住み込んだ女性の回想禄を軸に、日中戦争から太平洋戦争という時代の人々の暮らしぶりや心情を浮かび上がらせている。 加賀は1929年4月22日生まれの84歳、山田監督は1931年9月13日生まれの82歳。高齢な2人が現役で芸術活動を続けていることは驚異である。それはさておき、加賀の小説と山田監督の映画を見て「歴史」や「時代」という言葉を思い浮かべた。 加賀はこの小説を書いたあとの朝日新聞のインタビューで「ここ10年ほど、中国の人々と交流を深めており、『ああ父よ ああ母よ』は中国の知識人の苦悩が主題。中国では生家が貧農か地主かで一生が左右される。私の本の多くは中国語に訳されているので、中国人の友人も多く、彼らの生活や子供の頃の体験を聞く機会がある。小説を書く暇に中国へ行ったり、手紙を交わしたりして彼らの複雑な思いをまとめたものだ」と語っている。 一方、映画の方は生涯独身を通したタキという女性が、若いころに女中として住み込んだ東京郊…

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1168 非情な天才と差別に耐えた大リーガー 伝記映画で知るやり返さない勇気

米国の伝記映画を見た。伝記映画というのは、実在した歴史上の人物の半生あるいは生涯を描いた作品だが、これまで制作された数多い伝記映画は完全な伝記や史実に基づいたものではなく、制作者によって創作や脚色されることが珍しくないそうだ。それはさておき、私が最近見た「「スティーブ・ジョブズ」と「42 ~世界を変えた男~」は、既に故人になったアップル・コンピュータ創業者と黒人初の大リーガーの半生を映画化した作品で、個人的には後者の方が心に残った。 「スティーブ・ジョブズ」は、アップルの創業者・スティーブ・ジョブズの学生時代からアップルの創業、挫折と復活を描いた作品だ。ジョブズは、米国だけでなく世界的に知られた人物だが、ジョブズの予備知識がない人がこの映画を見た場合、映画の制作者が何を言いたいのかよく伝わらないのではないかと思った。ジョブズの半生を忠実に追うあまり展開が早すぎるのだ。恋人との間に生まれた子供を自分の子ではないと言い放ち、入籍・同居を拒否したジョブズが、いつの間にか2人と一緒に暮らしている場面はその典型だ。 映画を見た後、ウィキペディアで見たら、映画のストーリーは、ほぼ伝記に基づいたものだと理解できた。ジョブズは天才だが、非情な人間だった。創業当初の仲間を大事にせず、自分本位に生きた。強烈な個性がアップルを世界的企業にしたが、人生の途上ともいえる56歳で亡くなった。ジョブズの生き方を描いた映画を見て、なぜか天下統一直前明智光秀によって滅ぼされた織田信長を連想した。信長も戦の天才だった。わ…

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1134 人の生き方を問いかけるアニメ 宮崎駿監督の「風立ちぬ」

どんな世の中でも自分の仕事に打ち込む姿は悪くはない。政治や社会情勢に引きずられることなく、仕事ができれば幸せなことだ。宮崎駿監督のアニメ「風立ちぬ」を見て、そう思った。 私たちも含め、多くの人は時代にほんろうされて生きている。このアニメの主人公である堀越二郎は厳しい時代に生きた。だが、彼はそうした時代にあって、戦闘機を設計するという仕事に没頭し、菜穂子という薄幸な女性を愛する。どこか矛盾をはらんだ生き方だと批判するのはたやすい。それは平和な現代に生きる私の勝手な思いなのかもしれない。 このアニメは、太平洋戦争当時零戦(ゼロ戦)を設計した実在の飛行機設計家である堀越二郎と、堀辰雄の小説、風立ちぬのヒロインの節子をモデルに、当時としては不治の病である結核に侵された菜穂子(堀辰雄の晩年の小説に「菜穂子」という題名の小説がある)を中心に物語が進行していく。関東大震災の時の出会い、軽井沢での再会という2人の恋物語と堀越の戦闘機設計という仕事の状況が同時進行的に描かれていく。そして、堀越は仕事も恋も両立させる。結核療養所から脱け出して、ふらつく体で恋する堀越の元へと行き着く菜穂子のいじらしさ、2人が堀越の上司夫妻の計らいで結婚式を挙げるシーンは哀しくて、美しい。 時代は大正から昭和へと至る激動期にあった。日本は満州国をつくり、日中戦争を起し、太平洋戦争へと突き進んでいく。そうした時代に堀越は、自分の好きな飛行機作りの道を歩んでいる。この仕事は戦争に協力するもので、零戦という優秀な戦闘機をつく…

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1085 ソロモン諸島の地震と映画「ライフ・オブ・パイ」 危機を乗り越えるのに必要なことは

マグニチュード8・0という巨大地震が起きた南太平洋のソロモン諸島に、以前旅したことがある。直行便はなく、成田からグアム、ナウル経由で首都ホニアラに入った。 「ソロモン」という呼び方は、16世紀に初めて諸島のひとつ・ガダルカナル島に入ったスペイン人探検家が砂金を見つけ、これこそが探していた古代イスラエルの「ソロモン王」の財宝だと思って、命名したのだそうだ。 ソロモン王は、古代イスラエルの第3代王で父は第2代王のダビデ、母親はバト・シェバといわれる。ダビデは夫を持っていたバト・シェバと不倫関係を結び、夫を死に追いやったが、2人の間の最初の子どもは死に、ソロモンは2番目の子どもだった。ソロモンは王になってイスラエル王国を発展させ、ユダヤ教では知恵者のシンボルとして伝承された。 ソロモン王は所有していた数多くの財宝を残したが、王国の崩壊でどこかに消えたとされ、後に探検家による財宝探しが続いた。南太平洋の島国も、そうした伝説が由来になっている。 日本からは約5400キロ離れているが、太平洋戦争ではガダルカナル島は、日米の激戦地となり、日米双方で多くの犠牲者が出た。特に日本側は食料が底をつき、餓死者が続出したことで知られる。私がこの島を訪れた当時、ヘンダーソン空港(現在はホニアラ国際空港)には、ゼロ戦の残骸と対空火砲・野戦砲などが残っていた。 1978年に英連邦王国として独立したソロモン諸島は、大小1000(日本はその6倍以上の6852)に及ぶ群島国だそうだ。国全体の人口は52万…

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1078 老いることはこうも悲しい 「山田洋次監督の「東京家族」

老いるということは、こうも悲しいのだろうか。この映画を見て、そう思った。人は喜んで老いているわけではない。だが、だれもがいつしか老いていき、社会からも家族からも余計な存在として扱われてしまう。 一人暮らしを選択した主人公(橋爪功)のラストシーンを見て「遠い親戚より近くの他人」という言葉を思い出した。その訳は、映画を見ていただければ分かるだろう。 最後の画面に「この映画を小津安二郎監督に捧げます」とあったように、この映画は名匠といわれた小津監督の「東京物語」をモチーフにしたものだ。あらすじは少しだけ変えてある。東京物語では原節子演じる薄幸の女性が、この作品では蒼井優という次男(妻夫木聡)の心優しい恋人役になっている。 元は一つの家族であっても、子どもは成長し新しい家族を作り巣立っていく。そして、家族が大事となる。日本は核家族化社会といわれて久しい。この映画は、高齢化社会の現代で老人がどのように生きていけばいいのかを考えさせられる作品といっていい。 東京で暮らす人たちは一生懸命に生きている。しかし、年老いた両親がやってきたときくらいは、忙しさを忘れて優しく接してほしいと思う。山田監督からの、こんなメッセージが伝わってくる。 映画でそれを実践したのは、3人きょうだいの中で一番出来が悪いといわれていた次男であり、その恋人だった。橋爪は瀬戸内の島で妻(吉行和子)の葬式の後も残っていてくれた次男の恋人に感謝の気持ちを込めて、妻が愛用していた時計を贈るのだった。 ラストシ…

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1073 「正義と良心・生き方とは」を考える ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」

ミュージカル映画はほとんど見ない。それでも「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)や「王様と私」(1956)など、何本かの映画は心に焼き付いている。この正月、退屈するだろうと思いながら、トム・フーバー監督の英国映画「レ・ミゼラブル」を見た。上映時間158分という長い映画だった。私の予想は完全に外れ、最後まで画面に引き込まれ、俳優たちの歌に聞き入った。 原作はフランスの文豪・ビクトル・ユーゴーの不朽の名作で、(ネットで検索した限り)これまでに5回も映画化(うち1回は日本、早川雪洲主演)されていた。困窮している妹の子供たちのために一片のパンを盗んだ罪と脱獄が重なり19年にわたって投獄され、世間を憎んで出獄したジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)の物語だ。娯楽作品としての映画でも、社会正義とは、良心とは、人間の生き方とは何かなど考えるべきテーマは重い。 仮出獄後に一夜の宿を借りたジャン・バルジャンは司教館から銀の器を盗んで捕まるが、罪を見逃してくれたミリエル司教(コルム・ウィルキンソン)の慈悲を受けて改心、世の中の不幸な人のために尽くす生活を送る。不幸な娼婦のファンテーヌ(アン・ハサウェイ)との出会い、遺児のコゼット(アマンダ・サイフリッド)との生活、ジャン・バルジャンを追い続ける執念深いジャベール警部(ラッセル・クロウ)の追跡―。1790年代(フランス革命は1789年)から1830年代までの激動のフランス社会を背景に、波乱に満ちたストーリーが展開されていく。 主演のヒュー・…

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1043 人間のつながり・悲しみ・不屈の闘志 映画・北のカナリアたち・黄色い星の子供たち・天地明察

最近、相次いで3本の映画を見た。邦画(「北のカナリアたち」「天地明察」)2本、洋画(「黄色い星の子供たち」)1本だ。 3年前、話題になった「告白」という湊かなえの小説は現代の「負」を強調した作品だった。その作者の短編集「往復書簡」の中の「20年後の宿題」が原作とはいえ、吉永小百合主演の映画「北のカナリアたち」は、出口のない暗い映画ではなかった。サユリスト(吉永小百合の熱狂的ファンのことらしい)ではないが、北海道が主な撮影地と聞いて、映画館に足を運んだ。最近の彼女の映画では、一番心に響くものがあった。 原作は読んでいない。湊の「告白」を読んで、この作者の作品は2度と読むまいと心に誓ったからだ。大げさかもしれないが、負を強調しすぎていて、読後感が最悪だったからだ。(湊は読者がそういう感想を持つことを意識して書いたらしい)原作をアレンジしたとはいえ、映画のストーリーも明るいとはいえない。が、結末は救いがない「告白」とは違っていた。 元教師の吉永が図書館司書として定年を迎える。20年前に別れたかつての島の分校の教え子6人のうちの1人が殺人事件を起こしたことをきっかけに、吉永はかつての教え子たちを訪ねて歩く話だ。そのやり取りの中で分校時代が再現されていく。分校の子どもたちの歌と吉永の夫役、柴田恭平の海での事故死がこの映画のキーワードになっている。礼文、利尻という北海道の自然がふんだんに出てくるのも大きな魅力だ。 湊は、この映画を紹介するテレビ番組でこんな話をしていた。 「私…

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1007 山頭火と高倉健 映画「あなたへ」を見て思うさまざまな人生

「このみちや いくたりゆきし われはけふゆく」(注=筆者。この道は、多くの人々や人生が行き交っている。私はその人生をきょうも歩いている) 作者は放浪の俳人といわれ、無季自由律俳句(句の中に季語を入れない)で知られる種田山頭火である。歌人・若山牧水の「幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく」と、相通ずる旅への思いが伝わる句だ。80歳を超えた(1931年2月16日生まれ=私も同じ日が誕生日=だから現在81歳)高倉健が主演した「あなたへ」という映画のラストシーンにこの句が出てくる。 人生は旅によく似ているといわれる。この映画を見てそうだと実感した。亡き妻(田中裕子)の遺言に従ってその遺骨を散骨するため、富山から長崎県平戸まで車で旅をする嘱託の刑務官(高倉健)の話だ。旅の途中に個性ある人物たちと出会い、曲折を重ねながらも目的を果たすのだが、山頭火の句がこの映画のキーワードとしても使われている。 旅で最初に出会ったのが、ビートたけし演じる自称、元国語教師。実は車で旅をしながら車上狙いを続けている男なのだが、高倉健と出会い、山頭火を口にする。「このみちをたどるほかない草のふかくも」。その句集である「草木塔」を高倉に渡す場面もある。 旅の途中に美しい西日本の風景が映し出される。中でも「天空の城」ともいわれる兵庫県朝来市の竹田城跡の映像は出色だった。そこで田中裕子が宮沢賢治作詞、作曲の「星めぐりの歌」を歌うシーンの回想がある。天空の城と田中の歌のうまさにただただき驚き…

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