テーマ:政治

1904「医」と「恥」から想起すること 国手が欲しい国は

 山形県酒田市出身の詩人吉野弘(1926~2014))の詩『漢字遊び』の中に「医」「恥」という短い作品がある。コロナ禍の現代を端的に表すような詩を読んで、私は漢字の妙を感じ、同時に多くの政治家の顔を思い浮かべた。  吉野の「医」は以下の通り。     「医」の中に「矢」があります   病む者へ、まずは矢のように駆けつける心情…

続きを読むread more

1901 富山平野は「野に遺賢あり」 中国古典の言葉から

「野(や)に遺賢(いけん)なし」。中国の古典「書経」(尚書)のうち「 大禹謨(だいうぼ)にある故事である。「民間に埋もれている賢人はいない。すぐれた人物が登用されて政治を行い、国家が安定しているさまをいう」(三省堂・大辞林)という意味だ。現代日本の政治にこの言葉が当てはまるかだろうか。私はそうとは思わない。日本だけでなく、海外諸国に目を…

続きを読むread more

1900 「ブログ1900回!」記念号 コロナ感染者1000万人超 壮大なる無駄遣いアベノマスク

 ブログ「小径を行く」は今回で1900回です。初めてから14年。ここまで到達しました。この記念すべき回にコロナ感染対策の「アベノマスク」、感染者1000万人について書いてみました。これも歴史なのでしょうか。  政府が新型コロナ感染拡大防止を目的として全世帯に配布(1世帯当たり2枚、計1億3千万枚)をした「アベノマスク」といわれる布…

続きを読むread more

1899 あの閃光が忘れえようか  広島を覆う暗雲

  あの閃光が忘れえようか   瞬時に街頭の三万は消え   圧しつぶされた暗闇の底で   五万の悲鳴は絶え    峠三吉の「八月六日」という詩は、こんな書き出しで、以下原爆投下後の広島の惨状を綴っています。あと1カ月余で、広島に原爆が投下されて75年になります。その広島は今、原爆とは異なる黒い雲に覆われているのです。前法務…

続きを読むread more

1885 新聞離れ助長が心配 検事長と新聞記者の麻雀

 新聞はかつて第4の権力といわれるほど影響力が大きかった。現在でも以前ほどではないが、新聞の力は侮れない。だが、インターネットの普及もあって若い世代の新聞離れが顕著であり、新聞業界が斜陽産業の道を歩んでいることは、誰しもが認めることだろう。それに追い打ちをかけるような事態が起きた。東京高検の黒川弘務検事長がコロナ禍によって外出自粛が求め…

続きを読むread more

1881 何をやっているのか日本の政治 床屋談義から

「今の日本の政治は何をやっているんでしょうね。本当にだめですねえ」。行き付けの床屋で、椅子に座ったとたん、鋏を持った理髪師がこんなことを私に言った。以前なら、私も感想を述べ「床屋談義」となるのだが、何しろコロナ禍が続く時期であり、「そうですね」と短く答えるだけにとどめた。髪を切ってもらいながら、私は理髪師が何を言いたかったのだろうかと考…

続きを読むread more

1878 私の運動不足解消法 トランポリンで読書

 新型コロナウイルスによる感染拡大によって、緊急事態宣言(4月7日)が出されて1カ月が過ぎた。コロナ以前はスポーツジムでトレーニングをしていたのだが、不要不急の外出は控えてほしいという呼び掛けに応じて、このところ人のあまりいない時間の散歩程度しか外出することはない。雨の日は散歩もままならない。そこで始めたのがトランポリンを使った読書だっ…

続きを読むread more

1862 東京五輪とコロナ WHOに多額拠出の背景は?

 7月~8月開催予定の第32回東京五輪が、新型コロナウイルスによる感染症の世界的流行により揺れ動いている。選択肢は予定通りの開催か、延期か(1年あるいは2年)、中止かの3つだが、予定通りの開催は誰が見ても難しい状況にある。そんな中、日本政府が世界保健機関(WHO)に新型コロナ感染国への緊急支援用として新たに1億5500万ドル(為替レート…

続きを読むread more

1861 自家撞着の政治家 知識を身につけていても

 人間は生きよと銀河流れをり 新感覚派の俳人といわれた上野泰(1918~1973)の句である。「スケールの大きな世界。すでにほろんだ星も含む銀河が『人間は生きよ』と語りかけながら流れていきます。心に何か悩みや屈託があったとしても、この涼やかな銀河の流れが浄化してくれそうです」(倉阪鬼一郎『元気が出る俳句』幻冬舎新書)という解釈を読むまで…

続きを読むread more

1855 修羅場に出る人間の本性 喫茶店の会話から

 最近、新聞を読んでいて米国の政治家・物理学者ベンジャミン・フランクリンの言葉を思い浮かべることが多い。今朝もそうだった。この言葉を「実践している」(皮肉です)に違いない政治家や官僚のことが朝刊に出ていた。私だけでなく普通に生きている人にとって恥ずべき事柄と思うのだが、どうもそうでもない日本人が増殖しているようだ。行きつけの喫茶店でお茶…

続きを読むread more

1843 姑息な政府答弁書 反社会勢力の定義困難とは……

「姑息」(こそく)という言葉がある。辞書には「(『姑』はほんのちょっとの間、『息』はやむ、やすむの意から)一時のまにあわせに物事を行うさま。その場しのぎ」(旺文社・国語辞典)とある。これに加え、「俗に卑怯なさま」(広辞苑)、「近年『その場だけの間に合わせ』であることから、『ひきょうなさま、正々堂々と取り組まないさま』の意で用いられること…

続きを読むread more

1840 続「語るに落ちる」人権意識欠如 「桜を見る会」名簿廃棄の首相答弁

 昨年6月、このブログで「語るに落ちる」という言葉(ことわざ)を使い、政治家の言動について書いたことがある。残念ながら、その後もこのことわざ通りの動きが政治の世界では続いている。連日、ニュースで取り上げられている「首相と桜を見る会」に関する安倍首相・菅官房長官の言い訳(質問に対する答弁というより、この言葉の方が適切だ)もこの範疇に入る。…

続きを読むread more

1825 あの川もこの川も氾濫 想像力欠如の楽観主義

 千曲川や多摩川、阿武隈川、那珂川という著名な川から、耳慣れない川まで数えることができないほどの河川が氾濫した。台風19号による未曽有の大雨は関東甲信越、東北を中心に甚大な被害を及ぼした。被害の全容はまだ分からない。浸水被害を伝えるテレビの映像を見ながら、台風15号に続く自然の脅威に身をすくめる思いの時間を送っているのは私だけではないだ…

続きを読むread more

1809「おりた記者」から作家になった井上靖 適材適所のおかしさ

 このブログで時々言葉について書いてきた。今回は「常套(じょうとう)語」である。「套」は内閣告示の常用漢字表にないことから、報道各社の用語集(たとえば共同通信記者ハンドブック)では、これを「決まり文句」に言い換えることになっている。しかし、ここでは決まり文句ではなく常套語の方を使うことにする)今回は、大臣人事などでよく聞かれる「適材適所…

続きを読むread more

1804 政治の身勝手さ感じる8月 民意との乖離のあいさつ

 広島、長崎の原爆の日と終戦の日を送って、74年前の出来事をそれぞれに思い出した人が多いだろう。共通するのは、戦争は2度と繰り返してはならないということだと思う。原爆犠牲者の慰霊式典(広島は平和記念式典=広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式、長崎は平和祈念式典)と終戦の日の全国戦没者追悼式の安倍首相のあいさつを聞いていて、民意と違って…

続きを読むread more

1798 チャーチルとジョンソン 英国首相の未来

 ウィンストン・チャーチルといえば、英国の元首相で20世紀を代表する政治家の1人といっていいだろう。政治家でありながら、1953年には「第二次大戦回顧録」を中心とする著作活動でノーベル文学賞を受賞している文人でもあった。欧州連合(EU)からの離脱問題で揺れている英国の新しい首相に離脱強硬派で「英国版トランプ」といわれるボリス・ジョンソン…

続きを読むread more

1794 新聞と誤報について ハンセン病家族訴訟・政府が控訴断念

 朝の新聞を見ていたら、「ハンセン病家族訴訟控訴へ」という記事が一面トップに出ていた。朝日新聞だ。ところが、朝のNHKや民放のニュース、共同通信の記事は「控訴断念の方針固める」と正反対になっている。どちらかが誤報なのだろうと思っていたら、安倍首相が会見し「控訴断念」を発表したから、朝日の記事は誤報だった。それにしてもこのような正反対の裁…

続きを読むread more

1792 新聞記者とは 映画と本から考える

 かつて新聞記者は若者の憧れの職業の一つだった。だが、最近そうした話は聞かない。背景にはインターネットの発達や若者の活字離れなどがあり、新聞自体が難しい時代に直面していることを示している結果なのだろう。そんな時、『新聞記者』という題名に惹かれて、一本の映画を見た。つい最近まで、新聞紙上をにぎわした森友学園・加計学園疑惑を彷彿させるよ…

続きを読むread more

1791 続スティグマ助長の責任は 熊本地裁のハンセン病家族集団訴訟

 熊本地裁は28日、ハンセン病元患者の家族の集団訴訟で、国に責任があるという判決を言い渡した。当然のことである。国の誤った隔離政策で差別を受け、家族の離散などを強いられたとしてハンセン病の元患者の家族561人が国を相手に損害賠償と謝罪を求めた裁判で、総額3億7675万円の支払いを命じたのだ。2001年5月、同じ熊本地裁は元患者への賠償を…

続きを読むread more

1760 言葉が泣いている 検討から真摯へ

 昨今、政治家の常套(じょうとう)語として使われるのは「真摯」だ。以前から国会で使われている常套語の代表ともいえる「検討」という言葉の影が薄くなったほどである。本来「まじめでひたむきなこと」という意味の真摯が、いい加減な言葉として使われているようで残念でならない。折角の言葉も使われ方次第で、品位を失ってしまう典型といっていい。  …

続きを読むread more

1751 聖書と日本の政界 北の空を凝視する風見鶏

 近所に地区の集会所があり、屋根に風見鶏の飾り物が付いている。風見鶏は鶏をかたどった風向計・魔除けのことで、ヨーロッパでは教会や住宅の屋根に取り付けられていて珍しくないという。だが、周辺ではここ以外にあまり見かけない。神戸あたりは多いのかもしれない。なかなか風情があるのに日本では「政界の風見鶏」というように、芳しくない意味に使われ、風見…

続きを読むread more

1578 「長い物には巻かれよ」 守った人と守らなかった人

「長い物には巻かれよ」という言葉は「目上の人や勢力のある人には争うより従っている方が得である」(広辞苑)という意味だ。官僚の世界で、この言葉を守った人と守らなかった人の2つの例が日本と韓国で最近話題になった。どちらが多くの人に受け入れられるかは、言うまでもないだろう。  今朝の新聞には安倍政権を揺るがせた森友学園の籠池泰典理事長夫…

続きを読むread more

1571 きのふの誠けふの嘘 アジサイの季節に

 紫陽花やきのふの誠けふの嘘 正岡子規 アジサイの季節である。最近は種類も多いが、この花で思い浮かぶのは色が変化することだ。子規はそのことを意識して人の付き合い方についての比喩的な句をつくったのだろう。安倍首相の獣医学部をめぐる言動は子規の句通りである。  安倍首相は6月24日の神戸での講演で、「1校に限定して特区を認めた中途半端…

続きを読むread more

1403 きょうは子規のへちま忌 「言葉はこの世の屑」なのか

正岡子規は1902年(明治35)9月19日に闘病の末、34歳で亡くなった。113年前のきょうのことだ。糸瓜忌である。子規の死を知った親友、夏目漱石の句と子規最後の句は9月1日のブログで紹介した。明日20日は彼岸の入り、子規の句集を読み直した。子規の句に「一日は何をしたやら秋の暮れ」がある。子規にとって、それはどんな秋の一日だったのだろう…

続きを読むread more

1402 道義なき現代政治 安保法制に憲政の神様を思う

憲政の神様といわれた政治家がかつて存在した。尾崎行雄(咢堂)である。1912年(大正元)、犬養毅(1932年の5・15事件で暗殺)とともに第一次護憲運動を行い、組閣したばかりの長州閥、桂太郎内閣を総辞職に追い込んだことで知られる硬骨漢である。尾崎は1939年(昭和14)、千葉県銚子市の旧伏見宮家別荘の瑞鶴荘を訪れた際に「朝またき 彼方の…

続きを読むread more

1389 8・15は暗黒の十字路 70年談話に思う

「『8・15』とはまことに無慚なさまざまな体験と自責と怨念と愛憎とのブラック・クロス(暗黒の十字路)である。そして今なおそうであり続けている」。歴史家の色川大吉は『ある昭和史 自分史の試み』の中で、8・15について、このよう述べている。太平洋戦争、日中戦争が終結して70年になった。この日に対する思いは人それぞれにしても、戦争とは何かを考…

続きを読むread more

1379 トマス・モアと安保法制  政治家の理性とは

『ユートピア』の著者、トマス・モア(1478~1535)は中世イングランドの法律家・思想家だ。 イギリス史上、最高のインテリで暴君といわれたヘンリー8世(カトリック信者でありながら6回結婚を繰り返した)の離婚に反対したとして反逆罪に問われ、ロンドン塔に幽閉されたのち、斬首刑になった悲劇の人物だ。死後400年後の1935年、カトリッ…

続きを読むread more

1046 何を考えてのバンザイか さて選挙はどうするか

昨日(11月16日)、衆議院が解散し12月16日に選挙が実施される。横路孝弘議長が解散の詔書を読み上げると議場にいた大半の議員は、立ち上がって「バンザーイ」と叫んでいた。いつごろから、解散の際に、この万歳が行われるようになったのかは定かではない。それにしても、形勢が不利でこの議場には戻れないと思っている議員たちは、何を考えてながら万…

続きを読むread more

936 政治・メディアに求められる宏大な和解 内部崩壊への備え

思想家・内田樹(たつる)氏の「日本辺境論」を読んだ人は多いだろう。内田氏は最近「呪いの時代」という本を出した。内田氏によると、最近の日本社会は「自己の正当性を主張し、他人の揚げ足を取って喜び、他者の痛みに思いが至らず、幼稚な論理を振り回す、気持ちが悪くて変な人間が跋扈している」という。 呪いの時代はそうした憎しみ、妬み、羨望な…

続きを読むread more

854 未知数の大臣たちへの不安 5人は初耳の野田内閣

夕刊を見て、ショックを受けた。野田内閣の新しい大臣の顔ぶれが載っている。18人の顔写真とともに、経歴が紹介されていた。そのうち朝刊に載っていた藤村修という官房長官を含めて5人が全く知らない人物だった。 政治に無関心ではないが、こんな人がいたのかと初めて知った。「未知数」という、予測がつかないという意味の言葉を思い浮かべた。 …

続きを読むread more