1809「おりた記者」から作家になった井上靖 適材適所のおかしさ

 このブログで時々言葉について書いてきた。今回は「常套(じょうとう)語」である。「套」は内閣告示の常用漢字表にないことから、報道各社の用語集(たとえば共同通信記者ハンドブック)では、これを「決まり文句」に言い換えることになっている。しかし、ここでは決まり文句ではなく常套語の方を使うことにする)今回は、大臣人事などでよく聞かれる「適材適所」という四文字熟語について考えてみたい。常套語の典型だと思うからだ。  先日、自民党所属の上野宏史厚労政務官が外国人労働者の残留資格をめぐる口利き疑惑で辞任した。自身は「法令に反する口利きをした事実はない」というコメントを出したものの、記者会見など公の場での説明はしないままである。大臣や政務官の人事がある度に、首相や官房長官は「適材適所」を口にする。だが、上野氏を含めて不適材と見ていい人事が繰り返されていることは、枚挙にいとまがない。  朝刊には驚くべき人事が掲載されていた。政府が30日の閣議で、読売新聞グループ本社会長の白石興二郎氏をスイス大使に充てる人事を決めたというのである。官房長官は記者会見での質問に「適材適所」と説明したという。民主党の菅内閣当時(2010年6月)、北京大使に総合商社、伊藤忠の元会長(当時は顧問)丹羽宇一郎氏、ギリシャ大使に野村証券顧問の戸田博史氏を充てたことがあり、民間からの大使起用もあり得るのだろう。  しかし、白石氏の場合、権力の監視役という使命を持つ報道機関のトップ(30日付で読売会長は退任したとのこと)だった人物…

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1804 政治の身勝手さ感じる8月 民意との乖離のあいさつ

 広島、長崎の原爆の日と終戦の日を送って、74年前の出来事をそれぞれに思い出した人が多いだろう。共通するのは、戦争は2度と繰り返してはならないということだと思う。原爆犠牲者の慰霊式典(広島は平和記念式典=広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式、長崎は平和祈念式典)と終戦の日の全国戦没者追悼式の安倍首相のあいさつを聞いていて、民意と違っていることに違和感を覚えた。政治とは民意を反映するはずなのに、どうみても違うからだ。  広島、長崎の式典で、両市の市長は平和宣言の中で日本政府が背を向けている核兵器禁止条約に、唯一の被爆国として署名することを求めた。だが、安倍首相はあいさつで、この条約に触れることはなく、核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努めると述べた。式典後の記者会見では「条約は保有国、非保有国の立場の隔たりを深め、核兵器のない世界の実現を遠ざける。わが国のアプローチと異なる」と語った。では具体的に核兵器国と非核兵器国の橋渡し(仲介役)として、何をやったのだろうか。米国の核の傘の下で、米国の動向を上目遣いに見ているばかりで何もしていないのが実態といえるだろう。  被爆地の人々は、核なき世界を求めているのが民意なのに、それを認めようとしない姿勢は沖縄・名護への米軍飛行場建設問題と共通するものだ。終戦の日の式典では、天皇陛下が「ここに過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い」と、戦争に対する「反省」を「おことば」の中に入れていた。一方の首相は、アジア諸国への加…

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1798 チャーチルとジョンソン 英国首相の未来

 ウィンストン・チャーチルといえば、英国の元首相で20世紀を代表する政治家の1人といっていいだろう。政治家でありながら、1953年には「第二次大戦回顧録」を中心とする著作活動でノーベル文学賞を受賞している文人でもあった。欧州連合(EU)からの離脱問題で揺れている英国の新しい首相に離脱強硬派で「英国版トランプ」といわれるボリス・ジョンソンが就任した。元新聞記者だったというジョンソンは、チャーチルのような歴史に名を残す宰相になれるのだろうか。(敬称略)  国内各紙の報道によると、ジョンソンは米国のニューヨークで生まれで、ロンドンにある中高一貫校の名門イートン校からオックスフォード大学に進み、卒業後高級紙(英国は高級紙という一般紙と大衆紙に区別されている)タイムズに入社、新聞記者の道を歩み始めた。だが、駆け出し時代、歴史家の発言を捏造したことが発覚、1年で解雇された。それでも次に安価な高級紙といわれるデーリー・テレグラフに再就職し、EUの前身を取材するブリュッセル(ベルギー)特派員になり、不正確で過激な記事を書き続けたという。この後、政治家に転身しロンドン市長も務めているから政治家として一定の力量はあるのだろう。  人を見た目で判断してはならないことは言うまでもない。だが、人間の本性は外見に出てしまう。それは米国のトランプを見れば一目瞭然であり、ジョンソンにも言える。破天荒、ハッタリともいえる思い切った言動が大衆の人気を集める所以なのだろうが、どこか危うさを感じてしまう。ポピュリズムの典型なのだ。 …

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1794 新聞と誤報について ハンセン病家族訴訟・政府が控訴断念

 朝の新聞を見ていたら、「ハンセン病家族訴訟控訴へ」という記事が一面トップに出ていた。朝日新聞だ。ところが、朝のNHKや民放のニュース、共同通信の記事は「控訴断念の方針固める」と正反対になっている。どちらかが誤報なのだろうと思っていたら、安倍首相が会見し「控訴断念」を発表したから、朝日の記事は誤報だった。それにしてもこのような正反対の裁判の記事が出たのはなぜなのだろう。朝日の記者は詰めの取材が甘かったか、だまされたのだろう。  ハンセン病家族集団訴訟は、6月28日に熊本地裁で判決があった。ハンセン病の元患者の家族561人が国に損害賠償と謝罪を求めたもので、判決で裁判所は隔離という差別政策をとった国の責任を認め、総額3億7675万円(1人当たり143万~33万円)の支払いを命じた。これに対し、朝日新聞は9日付の朝刊一面トップで「政府は控訴して高裁で争う方針を固めた。一方、家族に対する経済的支援は別途、検討する。政府関係者が8日、明らかにした。国側の責任を広く認めた判決は受け入れなれないものの、家族への人権侵害を認め、支援が必要と判断した」という記事を掲載した。  ほかの新聞朝刊にこの記事は出ていない。事実なら朝日の特ダネ記事といえた。ところが、冒頭に書いたように、この記事の後追い取材をしたと思われる各報道機関は、正反対に「控訴断念」を流している。NHKは「安倍首相が決断」とも付け加えた。私の経験からしても往々にして後追いの方が正しいことが多いから、朝日の記事は間違いなのだろう。どうして、こうした…

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1792 新聞記者とは 映画と本から考える

 かつて新聞記者は若者の憧れの職業の一つだった。だが、最近そうした話は聞かない。背景にはインターネットの発達や若者の活字離れなどがあり、新聞自体が難しい時代に直面していることを示している結果なのだろう。そんな時、『新聞記者』という題名に惹かれて、一本の映画を見た。つい最近まで、新聞紙上をにぎわした森友学園・加計学園疑惑を彷彿させるような事件が描かれていた。映画を見た後、私は本棚からメディアに関する数冊の本を取り出し、頁をめくった。  映画は女性記者、吉岡(シム・ウンギョン)が勤める新聞社の社会部に、政権の大学新設計画に対する極秘情報がFAXで届き、デスクの指示を受けた女性記者が取材を始めるところから始まる。秘密情報を追う女性記者と、内調(内閣情報調査室)に勤務し、マスコミをコントロールする業務に疑問を抱く若手官僚、杉原(松坂桃李)の仕事に対する葛藤を軸に展開する。映画にはパソコン画面を通じて鼎談番組(映画の原作『新聞記者』の著者である東京新聞望月衣塑子記者、元文部科学省事務次官・前川喜平氏、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏、司会は新聞労連委員長・南彰氏)の動画が出てきて、それがこの映画のドキュメント的要素を強くしている。  政府の機密を暴こうとして、調査報道に懸命に取り組む記者(吉岡)、先輩官僚の自殺によってその自殺に不審を抱き始め吉岡と接点を持つ杉原の動きはサスペンス的要素が濃く、普段は映画の途中で居眠りをする私も吉岡を応援する思いで画面に見入った。最終段階で…

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1791 続スティグマ助長の責任は 熊本地裁のハンセン病家族集団訴訟

 熊本地裁は28日、ハンセン病元患者の家族の集団訴訟で、国に責任があるという判決を言い渡した。当然のことである。国の誤った隔離政策で差別を受け、家族の離散などを強いられたとしてハンセン病の元患者の家族561人が国を相手に損害賠償と謝罪を求めた裁判で、総額3億7675万円の支払いを命じたのだ。2001年5月、同じ熊本地裁は元患者への賠償を命じる判決を出した。国が控訴せず、この判決が確定したのは当時の小泉首相の政治判断だった。今回政府はどう対応するのだろう。「大阪城にエレベーターをつけてしまったのは大きなミス」と語った安倍首相だけに期待は?である。  以前書いたハンセン病に関するブログから、隔離政策の歴史に関する部分を読み直してみた。以下のように書いてある。 《日本では1907(明治40)年に制定された「癩予防ニ関スル件」(法律第11号)によってハンセン病患者を強制隔離する人権無視の政策が始まった。この法律は1931(昭和6)年に「癩予防法」(旧法)となり、さらに1953(昭和28)年に「らい予防法」(新法)と改められたが、ハンセン病患者排除の思想を継承し、ハンセン病患者は国立の療養所(全国13カ所)に強制的に入れられ、社会と隔絶された生活を送らなければならなかった。1998(平成8)年になってようやく「らい予防法」が廃止になった。この後、鹿児島県と熊本県の2つの療養所の入所者が起こした国家賠償請求訴訟で熊本地裁は2001(平成13)年5月11日、①旧法(癩予防法)を1953年まで廃止しな…

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1760 言葉が泣いている 検討から真摯へ

 昨今、政治家の常套(じょうとう)語として使われるのは「真摯」だ。以前から国会で使われている常套語の代表ともいえる「検討」という言葉の影が薄くなったほどである。本来「まじめでひたむきなこと」という意味の真摯が、いい加減な言葉として使われているようで残念でならない。折角の言葉も使われ方次第で、品位を失ってしまう典型といっていい。  国会の審議でよく聞かれる「検討します」という言葉は「よく調べて、対策を講じる」はずなのに、質問をはぐらかすために答える「何もやらない」という意味に使われることがほとんどだ。あいまいな意味の役人用語でもある。与党の質問には「前向きに検討します」という答弁が目立つのだが、野党の質問に対してはまともに答えないから、最近は「検討します」という言葉自体、あまり聞かれない。 「真摯」の方は、森友・加計問題や沖縄の辺野古新基地問題で政府首脳が連発している。その裏でどう見ても真摯とは思えない言動が明らかだから、その姿勢は実は「ふまじめでいい加減」に見える。2月の辺野古基地建設の是非をめぐる沖縄県の県民投票で、建設反対票が7割以上という結果が出た後、安倍首相は「真摯に受け止め、沖縄の基地負担軽減に取り組む」と発言した。だが、県民投票の翌日から土砂投入が再開され、玉城デニー知事との会談では「世界で一番危険といわれる普天間の状況を置き去りできない」と語るだけで、県民投票の結果を考慮しない頑なな姿勢を続けている。いわば無視といっていい。  そして、沖縄では「真摯」とは程遠い問題…

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1751 聖書と日本の政界 北の空を凝視する風見鶏

 近所に地区の集会所があり、屋根に風見鶏の飾り物が付いている。風見鶏は鶏をかたどった風向計・魔除けのことで、ヨーロッパでは教会や住宅の屋根に取り付けられていて珍しくないという。だが、周辺ではここ以外にあまり見かけない。神戸あたりは多いのかもしれない。なかなか風情があるのに日本では「政界の風見鶏」というように、芳しくない意味に使われ、風見鶏にとって迷惑なことに違いない。最近もこの言葉を連想させるニュースに接し、気分が悪くなった。  百科事典には、教会で風見鶏を付けるのは、「キリストとの関係を3度否認したペトロ(ペテロともいう)を目覚めさせた雄鶏の記念という」(マイペディア)とある。ペトロはキリストの最初の信者。十二信徒の代表格といわれ、ローマ帝国の暴君ネロによって殉教した。手元にある聖書を見ると、ペトロとキリストの関係が記されていた。それによると、キリストは最後の晩餐の際、ペトロに対し「あなたは今夜、鶏が2度鳴く前に、3度私のことを知らないと言うだろう」と離反を予告した。実際にキリストが捕まったとき、ペトロは鶏が1回鳴いている間に3回関係を否定し、鶏が2回目に鳴くとキリストの言葉を思い出し、羞恥のために泣き出したという。  ペトロを改心させた鶏を記念しているわけだから、風見鶏は意義ある存在なのだ。だが、日本の政界では元首相の中曽根康弘氏を「政界の風見鶏」と呼んだように、この言葉の好感度は高くなかった。風見鶏は風の方向によって向きが変わるから、定見を持たず政治の流れ・風向きで都合のいいよう…

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1578 「長い物には巻かれよ」 守った人と守らなかった人

「長い物には巻かれよ」という言葉は「目上の人や勢力のある人には争うより従っている方が得である」(広辞苑)という意味だ。官僚の世界で、この言葉を守った人と守らなかった人の2つの例が日本と韓国で最近話題になった。どちらが多くの人に受け入れられるかは、言うまでもないだろう。  今朝の新聞には安倍政権を揺るがせた森友学園の籠池泰典理事長夫妻が、国の補助金受給に絡む詐欺容疑で大阪地検特捜部に逮捕されたことが大きく掲載されている。しかし、この問題は大阪豊中市の国有地が格安で森友学園の小学校用地として売却されたことが疑惑の中心だ。   だが、財務省の理財局長だった佐川宣寿氏は国会答弁で野党側の追及に対し、明確な答弁をせず、事実確認のための記録は残っていないと提出を一切拒否、「長い物には巻かれよ」の姿勢を貫いた。その忠節ぶりが評価されたのか、7月5日付で国税庁長官に栄進した。佐川氏は就任後間もなく1カ月になるが、担当記者に所信を明らかにする就任会見も開いていないという。何を彼は恐れているのだろうか。(追記・国税庁は8月8日、佐川氏の就任会見はしないと記者クラブに伝えた。逃げ隠れする徴税の責任者を国民はどう思うだろう)  佐川氏と反対の行動をとったのは韓国の官僚である。新しく就任した文在寅(ムン・ジェイン)大統領に抜擢された慮泰剛(ノ・テガン)・文化体育観光省第二次官がその人だ。朝日新聞のソウル特派員メモによれば、同氏は文化体育観光部体育局長だった4年前に、前大統領朴槿恵(パク・クネ)氏の支援者、…

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1571 きのふの誠けふの嘘 アジサイの季節に

 紫陽花やきのふの誠けふの嘘 正岡子規 アジサイの季節である。最近は種類も多いが、この花で思い浮かぶのは色が変化することだ。子規はそのことを意識して人の付き合い方についての比喩的な句をつくったのだろう。安倍首相の獣医学部をめぐる言動は子規の句通りである。  安倍首相は6月24日の神戸での講演で、「1校に限定して特区を認めた中途半端な妥協が、結果として国民的な疑念を招く一因となった。今治市だけに限定する必要は全くない。地域に関係なく、2校でも3校でも、意欲ある所にはどんどん新設を認めていく」と述べた。今治市に計画されている加計学園の獣医学部新設認可問題で、安倍首相だけでなくその側近も野党の批判に対し「一切関わっていないし、その立場にはない」と否定的立場をとってきた。  だが、今回の発言はこの言葉を覆し、国家戦略特区の最終決定者である首相の立場は「何でもできる」と明言したものだといえる。通常国会閉会後の 記者会見で安倍首相は加計問題に関する批判に答え、「信なくば立たずであり、何か指摘があればその都度、真摯に説明責任を果たしていく」とも述べている。その直後萩生田官房副長官の関与を示す文書の存在を文科省が発表したにも関わらず、その後何ら説明をする場をつくることはない。 「信なくば立たず」は論語の「顔淵第十二」の「七」に出てくる。子貢という弟子の質問に対する孔子の「民無心不立」(民 信ずる無くんばたたず)という言葉が由来である。子貢の為政者の心構えとはという質問に対し、孔子は「民の生活の安…

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1403 きょうは子規のへちま忌 「言葉はこの世の屑」なのか

正岡子規は1902年(明治35)9月19日に闘病の末、34歳で亡くなった。113年前のきょうのことだ。糸瓜忌である。子規の死を知った親友、夏目漱石の句と子規最後の句は9月1日のブログで紹介した。明日20日は彼岸の入り、子規の句集を読み直した。子規の句に「一日は何をしたやら秋の暮れ」がある。子規にとって、それはどんな秋の一日だったのだろう。 「秋の日はつるべ落とし、それにしてもきょう一日、いったい何をしていたんだろう。いいねえ、こんな一日も。」(正岡子規著、天野祐吉編『笑う子規』ちくま文庫)天野の解釈だ。 少しだけ残暑がぶり返したきょう。こうした、いかにものんびりとした思いで一日を送ることができた人は少ないのではないか。日本の将来に暗雲が湧くことを予感する集団的自衛権行使を認める法案が国会で成立したからである。 「詩人が何よりもましてひどく苦しめられている欠陥物で、この世の屑ともいうべきものは、言葉である」 「自分がもっている以上のものを人に見せる者がペテン師であるとするならば、詩人というものは決してペテン師にはなりえない。なにしろ詩人は、自分が見せたいと思うものの十分の一、百分の一でさえも見せることができず、自分の言葉を聞く者が自分の言ったことのほんの表面だけでも、それに近い意味だけでも、ほんのおおよそだけでも理解し、少なくとも最も重要なところでひどい誤解さえしなければ、もう満足せざるをえないからである」 ドイツ生まれの詩人、作家のヘルマン・ヘッセは「言葉」と題したエ…

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1402 道義なき現代政治 安保法制に憲政の神様を思う

憲政の神様といわれた政治家がかつて存在した。尾崎行雄(咢堂)である。1912年(大正元)、犬養毅(1932年の5・15事件で暗殺)とともに第一次護憲運動を行い、組閣したばかりの長州閥、桂太郎内閣を総辞職に追い込んだことで知られる硬骨漢である。尾崎は1939年(昭和14)、千葉県銚子市の旧伏見宮家別荘の瑞鶴荘を訪れた際に「朝またき 彼方の岸は アメリカと聞きて爪立つ おはしまのはし」という歌を詠んでいる。   「まだ夜が明けきらない時間、対岸はアメリカだと聞いて、ベランダの手すりの端に爪先立って眺めている」という意味だ。 軍部の横暴を見聞きしていた尾崎は米国との戦争を予感していたのだろうか。だから、こんな歌を詠んだのかもしれない。尾崎がこの歌を詠んでから2年後、日本は米国を初めとする連合国と無謀な戦争を始めたことは言うまでもない。 きょうの午後、参院の安全保障関連法案特別委員会の鴻池委員長に対する不信任案の賛否の討論、そのあとの強行採決(採決したのかどうか非常に疑わしい)といわれるだまし討ちのような動きをテレビで見ていた。野党議員が討論の演説をする後ろで自民党議員がこそこそやり、席を立ったりする姿が映し出されていた。みんな目つきが悪い。そして、いきなり採決とされる騒ぎが起きた。委員長を囲んだのは、特別委員会の委員ではない自民党議員だったという。これが良識の府の議員の姿だった。 この法案は誰が見ても米国に追随するもので、憲法学者や最高裁判所判事経験者、元法制局長官が口をそろえて憲…

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1389 8・15は暗黒の十字路 70年談話に思う

「『8・15』とはまことに無慚なさまざまな体験と自責と怨念と愛憎とのブラック・クロス(暗黒の十字路)である。そして今なおそうであり続けている」。歴史家の色川大吉は『ある昭和史 自分史の試み』の中で、8・15について、このよう述べている。太平洋戦争、日中戦争が終結して70年になった。この日に対する思いは人それぞれにしても、戦争とは何かを考える時間を持ちたい。 昨日の夕方、安倍首相が戦後70年談話を発表するテレビ中継を見た。美辞麗句、間接表現に終始した談話だった。4つのキーワードといわれた「植民地支配、侵略、痛切な反省、心からのおわび」の部分は、安倍首相自身の生の言葉ではなかった。過去の談話からの引用であり、当事者意識がない3人称の批評家的表現といえる。 「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう2度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」 「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります」 できれば入れたくはない。だが、諸情勢を考え、仕方なく入れたという妥協の産物と私は受け止めた。憲法学者のほとんどが違憲と指摘する安保法制を衆議院で強行可決したものの、その後の支持率急減で慌てふためいているという背景があるに違いない。 「日本では、戦後生まれの世代が今や…

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1379 トマス・モアと安保法制  政治家の理性とは

『ユートピア』の著者、トマス・モア(1478~1535)は中世イングランドの法律家・思想家だ。 イギリス史上、最高のインテリで暴君といわれたヘンリー8世(カトリック信者でありながら6回結婚を繰り返した)の離婚に反対したとして反逆罪に問われ、ロンドン塔に幽閉されたのち、斬首刑になった悲劇の人物だ。死後400年後の1935年、カトリック教会の殉教者として列聖され、政治家と弁護士の守護聖人となった。 昨今の日本政治の最大関心事ともいえる「安保法制」をめぐる動きを見ていて、モアのことを思い出した。たまたま、NHK・BS放送でモアをテーマにした映画『わが命つきるとも』(1966年・イギリス)を見た。アカデミー賞の8部門でノミネートされ、作品賞や監督賞(フレッド・ジンネマン)、主演男優賞(ポール・スコフィールド)など6部門に輝いた名作である。 絶対的権力を持つ王に対しても、その離婚に対しYESといわなかったモアの法律家としての精神は現代の法律家にも受け継がれているはずだ。それは、6月4日の衆議院憲法審査会で、各党推薦で安保法制を違憲とした著名な憲法学者3人にも共通するものだろう。 安倍首相は、こうした憲法学者の発言があっても国会では「国際情勢に目をつぶって、従来の憲法解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ」と言い続けている。ヘンリー8世と同じく、自分の意見に従わない者は認めないという姿勢といっていい。 「憲法解釈」という言葉がこのところニュースとして扱われることが多い。本来な…

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1046 何を考えてのバンザイか さて選挙はどうするか

昨日(11月16日)、衆議院が解散し12月16日に選挙が実施される。横路孝弘議長が解散の詔書を読み上げると議場にいた大半の議員は、立ち上がって「バンザーイ」と叫んでいた。いつごろから、解散の際に、この万歳が行われるようになったのかは定かではない。それにしても、形勢が不利でこの議場には戻れないと思っている議員たちは、何を考えてながら万歳をしたのだろうかと思う。 万歳は基本的には、喜びや祝いを表す時示す動作だ。しかし、太平洋戦争中、敗色濃厚になった日本軍は米軍に対し玉砕攻撃をかけ、兵隊たちは「バンザーイ(天皇陛下バンザーイとも」と叫びながら突撃したという悲しい歴史もある。国会での万歳は、衆院解散が天皇の国事行為であるため、天皇に対する敬意を表すためという説や、万歳をやると、選挙に落ちないというジンクスもあるとのことで、議員によってはそれぞれの思いを込めた動作なのだろう。 野田首相は8月、消費税増税法案に賛成してもらう条件として、自民党の谷垣禎一前総裁、公明党の山口那津男代表に対し「近いうちに解散し、国民に信を問う」と約束した。しかしその約束をなかなか実行しなかったため、昨今は「うそつき首相」とさえ言われるほど、批判が強まっていた。今度の解散は民主党内の年内解散反対の声を押し切り「自民や公明への逆襲」の意味を込めて伝家の宝刀を抜いたのではないかという見方ができるという。いわば、捨て身の解散であり、選挙後は政権を運営した時代が懐かしく思うくらいの力が落ちた政党になることを覚悟しているのでは…

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936 政治・メディアに求められる宏大な和解 内部崩壊への備え

思想家・内田樹(たつる)氏の「日本辺境論」を読んだ人は多いだろう。内田氏は最近「呪いの時代」という本を出した。内田氏によると、最近の日本社会は「自己の正当性を主張し、他人の揚げ足を取って喜び、他者の痛みに思いが至らず、幼稚な論理を振り回す、気持ちが悪くて変な人間が跋扈している」という。 呪いの時代はそうした憎しみ、妬み、羨望などの言葉がインターネットやメディアで横行する日本社会を論じた内容だ。 その内田氏の現代政治に関する分析を新聞で読んだ。「政治劣化考」というインタビューで、2月17日付の河北新報に出ていた。その要点を紹介すると―。 《政治劣化の要因は、外交、内政ともメディアと国民から過度の透明性や分かりやすさを求められ、政治過程が単純化し、深みを失ったことだ。そのために個別政策への賛否が問われるようになり、結果的に政治家はフリーハンドを失い、マニフェストに縛られている。 橋下大阪市長が率いる大阪維新の会も劣化への倦厭が生み出したもので、選挙に勝って、直近の民意を盾にとって完全なフリーハンドを要求するやり方だ。しかし直近の民意を掲げたせいで、頻繁に選挙を行い、有権者にアピールする新奇な政策を打ち出さなければならない。 政治は本来ややこしいものだ。国を守るためには譲歩し、譲歩を引き出す複雑な交渉技術が必要だ。交渉過程の透明性は国益上必ずしも最優先しない。 剛腕は無理やり物事を進めることではない。あちこちに貸しをつくっておいて、いざという時に取り立てができるネ…

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854 未知数の大臣たちへの不安 5人は初耳の野田内閣

夕刊を見て、ショックを受けた。野田内閣の新しい大臣の顔ぶれが載っている。18人の顔写真とともに、経歴が紹介されていた。そのうち朝刊に載っていた藤村修という官房長官を含めて5人が全く知らない人物だった。 政治に無関心ではないが、こんな人がいたのかと初めて知った。「未知数」という、予測がつかないという意味の言葉を思い浮かべた。 顔ぶれを見て、期待できる人は分からない。「どじょう内閣」というあだ名が付いたが、この人たちが東日本大震災の被災地をどう復興させ、福島原発を収束していくのか、全く想像ができない。 被災地出身の大臣は外相の玄葉光一郎氏(福島)、財務相の安住淳氏(宮城)、復興・防災相の平野達男氏(岩手)の3人がいる。いずれもこの内閣の要といっていい。しかし、彼らの力も未知数だ。知っている顔ぶれの中にも、すぐに問題を起こしそうな人も交じっている。だれとは言わないが、この内閣は前途多難といっていいだろう。 もちろん、人間の力は偉大だ。責任ある立場に立って、力を発揮する人は少なくない。政治家を志した人たちは、国民のために自分が持っている力を最大限尽くそうと思ったはずだ。しかし、途中から自己保身に陥り「寄らば大樹の陰」とばかり、小沢氏のような旧来の強面(その背景はよくわからない。豊富な資金力なのだろうか)の政治家の傘の下に入る。そうした人たちが民主党には多数存在する。 東日本大震災という歴史的にも大きな災害を経験し、政治に対し不信感を高めた。被災地を置き去りにして、震災後も政争…

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819 救世主がいない政界 落第続きの菅氏の1年

菅直人氏が94代の総理大臣に就任したのは2010年6月8日だから、あと2週間で就任1年になる。時間の流れがいかに速いかを実感するとともに、彼がこの1年、一体何をやったのかと考える。 就任直後の唐突な消費税増税発言が影響して、7月の参院選は民主党が大敗、その後は党内のごたごた(政争)、3・11へと続き、自身が目指した「救世主」どころか、深く傷つき、いまや菅政権は「風前の灯状態」というのが現実の姿のようだ。 菅氏は、所信表明演説で、日本の姿を「閉塞した状況」と呼び、これを打ち破ろうと呼びかけた。その柱は「改革の続行―戦後行政の大掃除の本格実施」「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」「責任感に立脚した外交・安全保障政策」であり、これらの改革のためにリーダーシップを持った首相になると宣言した。 では、この3本柱は、この1年でどう実現したのだろうか。私はほとんど変化がないのが実態だと思う。ただただ、政争に明け暮れているうちに3・11が起きてしまい、特に収束の見通しが立たない原発事故の対応に右往左往しているのが現状なのだ。 菅政権の足元は危うくて仕方がない。しかし、その菅政権を攻め立てる野党の姿も頼りない。昨日の国会で自民党の谷垣総裁は、東電福島第一原発1号機への海水注入が一時中止になった問題で、政府の指示があったのではないかとかなりしつこく質問し、否定する政府との間でやりとりが続き、原発事故で避難生活をしている人たちから「不毛の議論」と酷評された。 数日前には西岡参院議長が公…

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786 和の文化はゆすりたかりなのか 米日本部長の極論に驚く

日本は「和の文化」だと一部知識人が使い、欧米の人々にもそう思われているようだ。そうなのだろうかと、米国務省のメア日本部長(前駐沖縄総領事)の沖縄をめぐる問題発言報道を見て考えた。 ウィキペディアで和の文化を引くと、日本民族の文化の本質は個性を重視するものではなく、集団の秩序と安寧、また礼儀と作法を重視した文化であると書いてある。いわば合意の文化なのであろう。メア氏はこの考え方をさらに拡大解釈する。 共同通信の報道によれば、メア部長は国務省で東京と沖縄へ約2週間の研修旅行をするワシントンのアメリカン大の学生ら14人に対し、出発直前の昨年12月3日、沖縄問題を中心に日本の現状に関して講義をした。 講義を聞いた複数の学生がオフレコ(公開しないこと)にもかかわらずメモをし、それを基に「発言録」(A4判3ページ)を作成した。メア部長は「日本の和の文化とは常に合意を追い求める」と説明したうえで「日本人は合意文化をゆすりの手段に使う。合意を追い求めるふりをしながら、できるだけ多くの金を得ようとする」と述べたのだという。 沖縄については、日本政府に対する「ごまかしとゆすりの名人」「怠惰でゴーヤーも栽培できない」などと批判し、普天間飛行場は「(住宅地に近い)福岡空港や伊丹空港と同じ」で特別に危険でないとし、日本政府は仲井真弘多・沖縄県知事に「お金が欲しいならサインしろ」と言うべきだと語った。 メア氏は「オフレコ(公開しないこと)で行った」とし、発言録は「正確でも完全でもない」と話してお…

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783 庭先で聞く政治談義 主婦たちの思いは?

2月27日のブログで、中学生が「国会議員なんてみんなやめればいい」と話していたことを家族が聞いたと紹介した。庭にいると、その前の遊歩道を歩く人たちの声が時々聞こえる。例えば、主婦ならば今の国会の姿を見て次のような会話をしているのかもしれない。 「国会の本会議を欠席するような議員は、議員の資格がない」。それは、先日の中学生以上に、生活感の伴った政治不信ではないだろうか。 主婦たちの話題になると想定したのは先日民主党に会派離脱届を出した比例区の16人の衆院議員のことだ。この16人は親小沢といわれ、2011年度の予算案を採決した衆院の本会議を欠席するという手段に出た。 国会議員は「国民の投票によって選出され、国会を組織する議員。衆議院議員と参議院議員とがあり、議案・動議の発議・表決、内閣への質問などの権限を有する」(大辞泉)人たちで、歳費といわれる給与や旅費を含め、議員活動のためのさまざまな特権が付与されている。 その国会議員が国の予算を採決する極めて重要な本会議を欠席したのだから国民の負託を忘れた行動といっていい。 毎朝、主婦たちは近くの小学校に子どもたちの安全に登校できるよう交代でパトロールをしている。この主婦たちはパトロールの帰りに、いろいろな話をしていることだろう。国会の話も話題になったはずだ。当然、子ども手当に関しても愚痴がでるはずだ。民主党政権になって児童手当に代わって支給され出した子ども手当の雲行きが怪しいからだ。 現行の子ども手当法は1年間(3…

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782 金があってもどうにもならないことがある 風前の灯のカダフィ氏

北アフリカのチュニジアから始まった民主化運動は、エジプトに続いて、リビアにまで広がった。 40年以上も独裁政治を続け、海外に分散した資産が10数兆円ともいわれるリビアの最高権力者のカダフィ大佐の運命は風前の灯に近い。金があっても人間の運命はどうしようもないのが現実なのだ。引き際を誤った人間の姿は何とも虚しい。 かつて「砂漠の狂犬」とか「アラブの暴れん坊」と呼ばれたカダフィ氏は、ひと際目立つ「カリスマ性」を持っていたのだろう。それはチュニジアのベンアリ氏、エジプトのムバラク氏にも共通していた。 歴史は繰り返すというが、そうしたカリスマ性を持った指導者はいつかし独裁に陥る。世界各国でそうした人物が歴史に名を連ねた。その典型的人物として、ソ連のスターリン、ナチスドイツのヒットラーが頭に浮かぶ。彼らは目的のためには手段を選ばず、多くの人命を奪った。 いま、追いつめられたカダフィ氏も、外国からの傭兵を使って、リビア国民に銃口を容赦なく向けさせている。それは、狂信的な言動を続けたヒットラーによく似ている。 最近のニュースの3つの柱は、ニュージーランド・クライストチャーチの地震、リビア情勢、予算をめぐる国会情勢だ。いずれもが明るい話題ではない。しかしこれが21世紀の世界と日本の現実なのである。だから「悲しくともつらくとも腹が立っても」目をそむけてはならないニュースなのだ。 2月がきょうで終わった。ひと月が28日しかない2月は、一年で一番短い季節だ。だが、朝の光の強さに、「光の…

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781 中学生までが嘆く日本の政治 国会議員はみんなやめればいい

わが家の庭の前は遊歩道になっている。通勤、通学の子どもから大人たち、さらに犬の散歩、おしゃべりしながら散歩を楽しむ人たちと、一日中さまざまな人たちの姿を見ることができる。 先日の夕食の際、その遊歩道から聞こえてきた話が話題になった。 「庭に出ていたらジャージ姿の中学生らしい男の子が国会議員なんてみんなやめればいいんだと話しているのが聞こえた」と、家族が言うのだ。 たまたま家族は、庭に出て洗濯物を取り込んでいた。すると、ジャージ姿の男の子2人が歩いてくる。体はそう大きくはないので、中学1年生くらいらしい。その2人の会話(国会議員なんてみんなやめればいい)が耳に入ってきた。 歩きながらの会話なので、それ以上は聞こえなかったが、私は家族の話を聞いて、彼らの会話の続きを以下のように想像した。 「社会の先生が言っていたけど、いま国会で2011年度の予算についての審議が続いているらしいね。審議というのは、話し合いだよね」 「話し合いなんだけど、おやじに聞いたら、そう真面目にやっていないみたいだよ。菅という総理大臣がいる民主党はやっていることが滅茶苦茶で、学級崩壊と同じだといわれているみたいだよ」 「民主党の前は自民党がずうっと日本の政治の中心だったけど、やっていることがひどすぎて、おととしの衆議院選挙では民主党が勝ったんだよね。親父は《民主党は自民党と変わりはない、日本の政治はどうなっているのかな》と、酒を飲みながら文句を言っているよ」 「そういえば、この前テレ…

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711 小沢氏を追い込んだ司法改革 国民の目線は

司法制度改正の目玉は「裁判員制度」の導入だった。裁判に国民の視点を取り入れようというもので、検察審査会法の改正もその一環だ。 審査会が2回にわたって対象の事件について「起訴相当」という結論を出した場合、議決に拘束力を持たせ「強制起訴」されるのだ。この改正案を通したのはもちろん国会である。小沢一郎民主党元幹事長に対し、東京第5検察審査会は2度目の起訴相当の結論を出した。これによって小沢氏は強制起訴されることになった。 これに対する政治家たちの反応に注目した。一部のコメンテーターは「素人で構成する審査会が検察の判断を覆すのは、おかしい」という見方を強調した。小沢氏を支持する政治家たちも「素人」とはいわないまでも「裁判の判決が確定するまでは推定無罪が原則だ」と主張し、審査会の結論に疑問を投げかけた。推定無罪の原則はその通りにしても、検察審査会の在り方をいまになって批判するのはおかしな話だ。では司法改革とは何だったのかと思う。 改正案を通した国会議員たちは何を考えていたのか。自分たちが通した法案をいまになって批判するのは、彼らが法の精神を考えていないいい加減な存在であるかを露呈してしまったようなものだ。 古代ギリシャの哲学者ソクラテスは「悪法もまた法なり」と述べ、順法精神の重要さを訴えた。改正検察審査会法が悪法かどうか、まだ分からない。それなのに、急にこの法律を批判する勢力も少なくない。 小沢氏は、自らの疑惑について国会で全く説明しなかった。これまで多くの政治家たちが証人喚問…

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699 政治家の悲劇 集中豪雨の夜に

ゆりかもめに乗って国際展示場で開かれているイベントに行こうと有明で降りたら、ものすごい雨になっていた。 歩いて200メートルほどなので雨の中を歩き始めたら、横殴りの雨に襲われて全身が濡れネズミになり、靴の中も雨水でぬるぬるする。仕方なく、途中のがん研病院に逃げ込んだ。 これほど強い雨に遭ったのは最近では記憶がない。台風9号が予想よりコースを変えたためだが、猛烈な暑さが続いていたので、植物には干天の慈雨になりそうだ。 早めに帰宅して、テレビのニュースを見ていたら、鈴木宗男衆院議員の受託収賄など4つの事件で最高裁が上告を棄却する決定を出し、鈴木氏の懲役2年の実刑が確定したと報じていた。 鈴木氏が秘書として仕えた中川一郎元衆院議員は自殺、鈴木氏とその後継争いをした中川昭一元財務相は昨年10月急死している。鈴木氏の周辺にはなにやら悲劇の影が漂っているように見える。 鈴木氏はいわゆる「政治とカネ」の問題で検察の標的になった。そして、実刑が確定したのである。一方、民主党の代表選を争っている小沢一郎前幹事長も秘書3人が政治資金規正法違反で起訴されている。 小沢氏自身に対しても検察審査会が一度「起訴相当」の議決をし、現在も2度目の審査を続けている。小沢氏は、検察が不起訴処分にしたことを盾に、代表選立候補に問題はないという認識を示し、「一般の素人がいいとか悪いとかいう仕組みがいいのか」と検察審査会を「素人の集団」のように言い切った。 果たしてそうだろうか。検察審査会は一般社…

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693 世論の呉越同舟 前代未聞の3新聞の社説

きょうの朝刊には民主党代表選が大きく報じられている。東京で発行されている主要6つの新聞は全紙社説(産経は主張)でも取り上げ、うち朝日、毎日、産経の3紙は「前代未聞」ともいえる論調を張っている。 昨日、代表選への立候補を表明した小沢一郎前幹事長を「不適格」と断じているのである。しかも主張が異なることが多い朝日と産経が歩調を合わせているのだから、まさに「呉越同舟」だ。世論の代表を自負する新聞が、このような形で与党の党首選びにはっきり物を言うのは珍しいと思う。それほど小沢氏には問題が多すぎるということだろう。 3紙の社説の見出しはこうだ。「あいた口がふさがらない」(朝日)、「小沢氏出馬 国の指導者に不適格だ」(産経)、「大義欠く小沢氏の出馬」(毎日)。いずれも、「政治とカネの問題で2カ月半前に幹事長をやめたばかりの小沢氏が、代表選に出るのはおかしい」という論調で、朝日と産経が「あいた口がふさがらない」と同じ表現を使っているのを見て、小沢氏の大きな口を思い出しつい笑ってしまった。 このほか産経は「日本の最高指導者として不適格」とも断じ、毎日は「首相候補として適格性が問われる」と書いている。 これほどまでの「ののしる」ような厳しい批判を小沢氏は予想した上で、代表選に名乗りをあげたのだろうか。新聞なんて、恐れるに足らずと思っているのかもしれない。そうだとしたら、小沢氏の認識は甘いのではないかと思う。 これまで紹介した3紙以外では読売、日経、東京とも3紙のような小沢批判は控え、…

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670 国民の選択は 税金増はやはりいやなのだ

参院選でメディアの予測通り、民主党が「惨敗」した。現有議席を大きく下回ることは確実で、衆院と参院の「ねじれ現象」が生じることになりそうだ。昨年の衆院選からまだ1年もたっていない。 日本の政治はどうなっているのかと諸外国の人たちは不思議に思うに違いない。菅首相の国民の空気を読めない「KYぶり」がこうした結果になったようだ。 KYとは、消費税のことだ。国民の多くは日本の借金が900兆という天文学的数字になっているらしいことは知っていても、唐突に消費税を上げるという話には納得ができなかった。税金は安いにこしたことはない。多くの人たちが、その日暮らしの苦しい生活を続けている中で、新聞の一面や経済面には上場企業の幹部たちが1億円を超える年収を得ていることが連日出ていた。中には8億円の人もいて、電車の中で新聞の読む人たちの嘆息が私にも伝わってきた。 そんな話題が紙面に載る一方で、消費税を10%にすることを議論しようと菅首相はいきなり持ち出した。冷静に考えれば正論だと思う。しかし、日常生活に直結する消費税の話だけに賛同は得られなかった。これに対し他の政党、特に自民党は菅首相の言動を批判すればよかったのだから、楽だった。まるでサッカーの「オウンゴール」のようなものだ。 これまで選挙直前に消費税を持ち出せば、必ず負けるという構図だった。それを菅・民主党は知らなかったのだろうか。あるいは、それを承知の上で菅首相が消費税問題を持ち出したのだとすれば、したたかだ。 この後その姿勢を貫…

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656 どうした郵便 マイナスとマイナスはプラスになるのか

「ゆうパック」の遅れが続いている。民営化された会社なのに、危機管理対策はなかったのだろう。私もゆうパックを利用して送った荷物が大幅に遅れて届くという「被害」に遭った。品物が生鮮食料品ではなかったので問題はなかったが、東京から千葉に送ってから4日目に届くという結果にさすがに驚いた。 日本郵便のホームページにこの問題が掲載されたのは、4日のことだ。遅配が始まったのは1日だから、何と4日目のことだ。小泉改革で民営化されたというものの「親方日の丸意識」は上層部から消えていなかったのではないかと思う。 日本郵便グループの郵便事業会社と宅配事業で赤字だった日通のペリカン便が統合して、7月1日から新しい宅配事業が始まった。しかし、取扱量が急増したのに現場がついていくことができずに、この会社は大混乱に陥った。鍋倉眞一という社長は旧郵政省OBの天下りだ。だからとは言わないが、緊急事態なのにこの組織はまともな対応ができなかった。 この会社の宅配便である物を送った私だが、4日目の夜、ようやくその品物が届いた。配達の人を激励するつもりで「大変だねえ」と言うと、彼はもう逃げ腰だった。「すみません、すみません」を連発する。「遅れるなら電話くらいしたらいいのに」と、私が言うと「私には分かりません」と、頭を下げながら彼は私の前から姿を消した。 郵便事業会社とペリカン便とも赤字会社だった。双方ともマイナス。数学ではマイナスとマイナスを掛けるとプラスになるのは常識だ。それを考えて、二つの会社は統合した…

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655 署名にローマ字とは 首相の新聞広告

楽天といえば、ネットショッピングなどインターネット総合サービス(扱う分野が幅広い)を提供するIT企業だ。三木谷浩社長が、記者会見で「英語を2012年中に社内の公用語にする」と発表したことが大きな話題になっている。 「日本の会社がここまで来たか」という声や、「日本の会社なのに、公用語が日本語ではだめなのか」―など、さまざまな反応があるようだ。楽天の話題に続き、先日の朝刊に大きく掲載された菅直人首相名の民主党の広告には驚いた。 東京では、朝日、毎日、読売、日経、東京5紙に一頁ぶち抜きの民主党の全面広告が出ていた。民主党に手厳しい姿勢を取り続けている産経にはない。「財政再建は未来へのチャレンジだ」と題する広告は、「誰も踏み込まなかった問題に、私は挑みます」という書き出しで、「債務残高はもうすぐ900兆円。収入以上の借金をつづけるこの国の運営は、どう考えてもおかしい」と続け、「ムダづかいの根絶、消費税を含めた税制の抜本的な改革。党派を超え、国民参加で議論を始めようではありませんか」と訴えている。 広告の内容についての感想は別にして、それよりも菅首相が広告分の後にローマ字で署名していることに違和感を持った。目くじらを立てるほどのことはないかもしれない。でも、なぜという疑問が頭から離れないのだ。 一面を使った広告は目に付き、朝刊を広げた私は寝ぼけ眼で全文を読んだ。そして、広告分に続くスタイルは「内閣総理大臣・民主党代表 Naoto Kan 菅直人」となっており、ローマ字部分が菅首相…

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652 戦争とは幻滅 第一次大戦を描いた「八月の砲声」

第一次世界大戦は、1914年から18年までの間世界の列強が2つに分かれて戦った人類史上最初の世界大戦といわれる。ドイツ・オーストリア・オスマン帝国・ブルガリアからなる中央同盟国と英国・フランス・ロシアを中心とする連合国(日本、イタリア、米国も後に連合国側に立ち参戦)の戦いは4年に及び、多大なる人命を失う。しかし四半世紀後、人類は同じ過ち(第二次世界大戦)を繰り返す。 バーバラ・タックマンは、あらゆる資料を駆使してこの戦争の実態をノンフィクション「八月の砲声」(ちくま学芸文庫、上下)としてまとめた。ピュリッツアー賞を受賞したこの作品を熟読すると、人類の愚かさがよく理解できる。こうした苦い経験をしながら人類はさらに第二次世界大戦を繰り返し、いまも戦争を続けている。人類は進化しない生物と思ってしまう。 世界第一次大戦当時、ヨーロッパを中心に国際情勢は複雑な同盟、対立関係にあった。各国が疑心暗鬼にとらわれる中で、ちょうど96年前の1914年年6月28日、ボスニアの首都、サラエボでオーストリア=ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の世継、フランツ・フェルディナント大公が、セルビア人民族主義者ガヴリロ・プリンツィプにより暗殺される「サラエボ事件」が起きる。 この事件をきっかけに、人類初の世界大戦へと発展する。タックマンはこの作品で戦争の原因、戦争勃発後の戦況をつぶさに描いている。兵隊たちは将棋の駒のような存在で、その命は軽い。さらにドイツ軍による苛烈なまでの敵国住民への焼き打ち、処刑…

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644 菅首相は救世主になれるか 就任演説オバマとの違い

94代の総理大臣、菅直人氏の所信表明演説が11日に行われ、12日の新聞にはその全文が掲載された。昨年1月に就任した米国の44代大統領バラク・オバマ氏の演説と比較して、国内重視と現実主義の姿勢が目に付いた。 演説は、冒頭の「はじめに」がいやに長い。自身の政治活動を振り返り、「身一つで政治参加した」と述べ、これまでの歩みを振り返っている。この後「改革の続行―戦後行政の大掃除の本格実施」「閉塞状況の打破―経済・財政・社会保障の一体的立て直し」「責任感に立脚した外交・安全保障政策」と3つの項目で具体的政策を掲げ、結びではリーダーシップについて触れている. この演説で、菅氏は影響を受けた人物として元参院議員の市川房枝さん、政治学者の松下圭一氏(法政大名誉教授)と湯浅誠「反・貧困ネットワーク」事務局長、永井陽之助氏(東京工大名誉教授)らを挙げている。市川さんとは草の根型選挙運動をともにし、松下氏からは「市民自治の思想」を学び、湯浅氏と交流で「パーソナル・サポート」という考え方を知った。永井氏からは「現実主義の国際政治」について学習したという。市民運動から現在の民主党への歩みの背景には、こうした人たちとの交流があった。 菅氏は現在の日本を「閉塞した状況」と呼び、これを打ち破ろうという姿勢を明確に打ち出している。「後は実行できるかどうかにかかっている」(結び)というのもその通りだ。これまで国家レベルの目標に掲げた改革が進まなかったのは、政治的リーダーシップの欠如に原因があるとも指摘し、「…

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