テーマ:災害

1703 北海道大地震の体験 知人のブログから

 北海道に住む知人夫妻が、ブログに北海道胆振東部地震の体験記を書いている。自然災害が多発する日本列島に住む私たちに貴重な情報だ。以下に核心部分を紹介する。  オール電化生活の高齢者住宅に住む私達は、卓上コンロのガスボンベを求めて近隣のスーパーへ。全道路の信号機が停止しているので、慎重な運転で自動車を走行。交差点では、車を誘導する地…
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1400 大災害で救助された人間と犬 5万年前からの家族 

今月10日、北関東を流れる鬼怒川の堤防が茨城県常総市で決壊した。濁流に襲われて街が消える状況を映したテレビ画面は2011年の東日本大震災を想起するものだった。屋根に取り残された年配の夫婦と思われる2人がそれぞれ犬を抱えて、自衛隊のヘリによって救助されるシーンもあった。2人にとって、この犬たちは家族と同じ存在だったのだろう。 東日本…
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1385 大災害から復興したオランダの古都  フェルメール・「デルフトの眺望」 

8月になった。部屋の絵カレンダーをめくると、今月は日本でも人気が高いヨハネス・フェルメール(1632~75)の風景画『デルフトの眺望』だった。フェルメールが自分の生まれ故郷、オランダ南ホラント州デルフトの朝の町並みを描いた作品だ。1660〜1661年ごろの作品といわれ、スヒー川の対岸から運河と市壁に囲まれた街並みを描いたも…
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1326 照明の陰影 LEDと現代

いま、照明はLEDの全盛時代になった。だが、いまから40年前の1974年当時、日本社会は室内照明に陰影を大事にする「ほの暗い時代」を迎えつつあった。いまでは考えられないことだが、そんな時代があったことを懐かしく思い出している。 手元に、「深代惇郎の天声人語」(朝日新聞社、1976年9月)という本がある。この本の中で、深代は「ほの暗…
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1325 思い浮かべる漢字は「遠」 旅、選挙、大震災……

庭から出ると遊歩道がある。その植え込みの中から、一本だけ背が高くなった水仙の花が咲いた。自然の生命力が、悪条件を乗り越えて花を咲かせたようだ。正岡子規は「水仙の僅に咲て年くれぬ」(明治30年)という俳句をつくっている。きょうは23日だから、ことしも残り8日しかない。そんな年の暮れに、ことしの私自身を漢字一字に当てはめて振り返ると「遠」を…
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1324 津波で亡くなった息子供養の観音像 友人のブログから

東日本大震災で、息子2人を亡くした仙台市宮城野区の父親が自力で観音像を建てたという話を友人がブログで紹介している。「舟要観音(しゅうようかんのん)」という2人の名前が由来という観音像には、「2人の息子さんや同地区の300人余の犠牲者に対する慰霊というだけでなく、人々の暮らしの記憶が刻まれたふるさと・蒲生の再生への願いが込められている」と…
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1318 「がんばっぺ までいな村」 原発事故で全村避難の飯舘村が絵本に

東日本大震災から3年8カ月が過ぎた。東京電力福島第1原発事故で、避難した福島の人々の多くは依然として故郷に帰る見通しがつかないまま、むなしい日々を過ごしている。その中に全村避難となった飯舘村の人たちが含まれている。日本のふるさとのような存在の飯舘の震災の前と後を描いた絵本が出版され、絵を描いたかとーゆーこさんの「原画展」が16日まで東京…
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1206 3・11、最前線の初動は インタビュー集「『命の道』を切り開く」

「降る雪が雨へと変わり、氷が解け出すころのこと。昔からこの季節は農耕の準備をはじめる目安」―きょう19日は24節気の「雨水」に当たる。立春が過ぎ、雨水、啓蟄を経て春分へと季節は向かっていく。 2月も残り9日になったが、ことしは未曽有ともいえる大雪を記録した2月として歴史に記されることになるだろう。この大雪は各地に大きな被害をもたら…
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1094 手ごわい敵を抱えて 南海トラフ巨大地震、固定観念を捨てて

大げさに考えると、日本はこの巨大地震が起きたら国家が破たんし、沈没状態になってしまう―。日本の太平洋沿岸に延びる南海トラフでマグニチュード(M)9・1の地震が起きると、最悪で220兆3000億円という途方もない被害が出るという想定を国の有識者会議が発表した。このニュースに衝撃を受けたのは、私だけではないだろう。千年に1回以下の頻度ら…
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1063 絵のモデルになりました2 歳末のhanaのつぶやき

お父さんが家族に一枚の絵を見せて「どう、hanaに似てるだろう」と、自慢していました。それが、この絵です。あれ!どこかで見た写真にそっくりだと思いませんか。そうです。この16日のブログに載せてある私をモデルにした絵だそうです。 きょう、お父さんは銀座3丁目で開かれている「いのちをみつける犬」という写真展を見に行きました…
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986 原発にクラゲは想定外なのか 海外の発電所も被害

国論を2分しながら、野田首相の強引な政治主導で再稼働した関電大飯原発3号機の海水取水口に大量のクラゲが発生し、稼働に影響があるというニュースが流れた。 福島の事故の後遺症が癒えないまま再稼働した大飯原発だが、自然界を甘くみてはならない、自然界には、まさしく人智の及ばない何かがあることを痛感する。それを野田首相は理解しているのだ…
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984 東電の非常識 受刑者への賠償と浪江町へのでたらめ回答

福島第一原発事故をめぐって、東京電力が福島刑務所の受刑者80人余に1人当たり8万円の賠償金を払っていたというニュースを産経新聞の報道で知った。受刑者といえども、同じ人間である以上、法的には賠償金をもらってもいいのだろう。だが、刑務所内にいる受刑者が精神的苦痛や被爆の恐怖を味わったのだろうか。そうとは思えない。東電という会社の常識のな…
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982 無力が悔しい 福井晴敏著「小説・震災後」を読んで

「このどうしようもない世界で、これから生きていかなきゃなんないのはおれたちだ。返せよ、未来を」。福井晴敏の「小説・震災後」の中で、高校生の長男が父親に向かってこう叫ぶ場面がある。東日本大震災と東電福島原発の事故発生後の東京のサラリーマン家庭をめぐる小説は、大震災と原発事故という事実を前提に描かれ、3・11以後の日本の姿を振り返る材料…
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981 風化してはならない大震災 どじょうの習性は神経質で隠れること 首相との共通項は

東日本大震災からまだ1年3カ月余しか経ていない。大震災は津波被害だけでなく、それによって原発事故が福島の人たちに牙をむいた。原発は人類にとって神の火なのか悪魔の火なのかよく分からなかった。 しかし東京電力という独占企業が運用していた福島原発の事故は、神の火と思われた原発が大きなほころびをすると悪魔の火になることを実証した。それにも…
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975 日本沈没への不安 ある若者の憂い

「このままでは日本は沈没してしまうのではないか」。希望して入った組織で意欲的に働く若い女性から、最近こんな言葉を聞いた。政治も経済も行き詰まっていて、閉塞社会がどんどん進行しているのではないかと危惧しているのだ。特に昨今の政治状況はひどすぎると言う。 「社会保障と税の一体改革」とぶち上げた民主党・野田政権は、党内のまとまりの悪…
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947 表皮をそがれた柿、切り倒された桃の木 原発事故で果樹の名産地が危機

原発事故で福島県の田村市や川内村の一部に設定された警戒区域が解除になり、一部の住民が一時帰宅したというニュースが流れた。しかし、住民が元通りの生活に戻ることができるという保証は全くない。この地区よりも北部の伊達市はホットスポットといわれる地区があり、知人から最近の様子を知らせてきた。果樹の街である伊達も、原発事故によって手ひどい打撃…
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943 ある贈る言葉 原発事故福島の小学校の卒業式

以前、ラオスに同行した宍戸仙助さんは、現在原発事故で多くの県民が避難生活を送っている福島県の小学校で校長をしている。宍戸さんが校長をしている伊達市立富野小学校は、きょう卒業式を迎えた。在籍児童は33人、このうち8人が6年間の学び舎を去った。卒業式で宍戸さんは、次のような言葉を贈った。この中で宍戸さんが訴えた5つの理想が実現する社会づ…
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942 春を告げるメロディー 心弾む季節は遠く…

ことしは「早春賦」という歌=春は名のみの 風の寒さや 谷のうぐいす 歌は思えど 時にあらずと 声もたてず 時にあらずと 声もたてず=のように、春が来るのが遅い。 うぐいすは「春告鳥」とも言うが、うぐいすが鳴かないと春が来た感じがしない。ようやく今朝、うぐいすの鳴き声を聞いた。初音である。春が近づいていることを実感する。 …
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941 もう1度ゆきたい場所 大震災から1年

詩人の長田弘さんは「もう一度ゆきたい場所」という文章(詩文集=詩的エッセー・人生の特別な一瞬)を書いている。その文章の冒頭で「かなわないと知っている。けれども、もう一度ゆきたい場所は、もう二度とゆくことのできない場所だ」と記し、続いてその場所は自分が学んだ学校であると、学校に対するさまざまな思いを書いている。「学校ほど故郷のイメージ…
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940 津波、そして仮設に住宅に暮らして ある高齢者の1年 

3月に入って、被災地を歩いた。宮城県東松島市で仮設住宅に暮らす一人の高齢者から話を聞いた。それは、絶望と希望という言葉に象徴される話だった。大津波に自宅が襲われ、長年連れ添った妻を亡くした宮城県東松島市の武田政夫さん(76)だ。武田さんのこの1年を紹介する。明日で、あの日から1年になる。 ≪あの日のこと≫ 3月11日のこ…
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933 厳寒・凍結の北上川 芭蕉が歩いた一関街道

石巻市から登米市に車で行った。一関街道(国道45号~342号=宮城県石巻市から登米市を経て岩手県一関市に至るルート)を北へ向かう。道の左側には、北上川がある。本当は「流れている」と書くべきところなのだが、川は凍結し、スケートリンクのような状態になっている。 ニュースでは最低気温が氷点下10度以下を記録したというから、川が凍って…
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926 言葉の海に生きる 震災を語る2冊の本

東日本大震災を書いた2人の芥川賞作家の本を読んだ。順に書くと玄侑宗久の「福島に生きる」と辺見庸の「瓦礫の中から言葉を」だ。 玄侑は文字通り福島に生まれ、いまも福島の三春で生活をしている。後者の辺見は同じ被災地でも、津波の被害が最大だった宮城県の石巻で生まれ育ち、いまは故郷を離れている。玄侑と辺見では辺見の方が12歳年上だ。しかし、…
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924 1%のひらめきと99%の努力 卓球・福原の初優勝に驚く

いまあるかどうかは分からないが、かつて会社の保養所や温泉旅館には娯楽施設として卓球台があった。下手なもの同士がのんびりと小さなボールを返し合う。「ピンポン」という言葉を聞くと、そうした光景を連想する。そのピンポンを日本語では卓球という。テーブルを使って、テニスと同じようなゲームをするので「テーブルテニス」―「卓球」と名付けたのだそう…
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923 震災の不条理訴える2枚の写真 高倉健さんが持ち歩く宝物とは

80歳になった高倉健さんが6年ぶりに出演する映画が8月に公開されるという。撮影中、高倉さんは台本に東日本大震災直後に撮影された1枚の少年の写真を貼り付けて持ち歩いていると新聞に出ていた。 その写真を見ると「ギュッと気合が入る」のだそうだ。東日本大震災の被災地で撮影された写真には心に迫るものが少なくない。高倉さんの心をとらえた少…
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922 あの日あの時私は何をしていたか 阪神淡路大震災から17年

きょうで阪神淡路大震災(1995年1月17日)から17年になった。長い歳月が流れたにもかかわらず、あの日のことはよく覚えている。人は自分の生涯で「忘れることができない」幾日かを持っている。喜びと悲しみの個人史であり、昨年の3月11日は現代に生きる日本人、とりわけ東日本に住む人にとって長く心に刻まれる悲しみの一日になったのではないか。 …
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912 太陽の戯れに出会った友人 元荒川の幻日現象

「幻日」(げんじつ)という現象があることは知っていた。しかし、それを自分の目で見たことはない。埼玉に住む友人がこの現象を見て、カメラに収めた。友人自身も興奮したという幻日。東日本大震災という歴史的大災害とともに、2011年の象徴的出来事として彼の心に深く刻まれたに違いない。 元日の朝、犬と散歩をしていて太陽の上に東から南に伸び…
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911 命はいつか尽きるのだが… 高田の一本松・わが家の五葉松に思う

先日、岩手県陸前高田市の高田松原の「奇跡の一本松」が海水などの浸食で根が損傷してしまったため、保存を断念するというニュースが流れた。東日本大震災の復興のシンボルといわれただけに残念でならない。動植物を問わず命はいずれ尽きるものだから、仕方がないことなのかもしれない。それでも、やはり悔しいと思う。 知人から、25年前の高田松原の…
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909 大震災で示された子どもたちの潜在力  マイナスイメージの払拭を

現代の子どもたちは無気力で、夢がない…。こんな見方が根強い。最近、福岡のNPOが発行した「ふくおか子ども白書」を見た。その中のアンケート(1600人の小中高生が対象)は、そんなイメージを裏付ける結果だった。 「疲れやすい」「学校に行き気がしない」「将来への夢や希望がない」というマイナスイメージの質問にそうだと答えた子どもの確率が高…
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908 2011年の暮れに思う 震災の「東日本よ」

今年も1年を回顧する時期になった。3月11日の東日本大震災を置いて、語るべき言葉はない。以下は「東日本よ」をキーワードに書いた震災被災地・被災者への私の思いである。 ひ 「悲劇」が日本列島を襲った。マグニチュード9.0という巨大地震。それに続く大津波が太平洋岸の街々をなめ尽くし、原発事故が追い打ちをかけた。悲痛な声が各所で飛び交っ…
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907 東日本大震災と文学・詩 比喩が成り立たない 

「震災以後、なかなか詩が書けない」と、新聞記者で詩人の秋山公哉さんが詩誌「薇」5号で書いている。「薇」は昨年亡くなった飯島正治さんが主宰していた同人誌で、飯島さん亡き後も発行されている。今回は、東日本大震災に触れた秋山さんらの詩も載っている。その後に続くエッセーで、秋山さんは震災に直面した一人の詩人の心境を「なかなか詩が書けない」という…
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