1810 心に残る木 9月、涼風を待ちながら

 知人の古屋裕子さんが日本気象協会のホームページ「tenki.jp」で、季節にまつわるコラムを担当している。直近は「さあ9月、『秋』への予感を感じるために!」と題し、「木」に関する話題を取り上げている。(「誰でも持っている心に残る木」「大木はやすらぎと信仰の場所」「木は生活に欠かすことのできない潤い」)分かりやすい言葉で書かれた古屋さんの珠玉のコラムを読みながら、私の心に残る木を考えた。  かつて私の生家の庭に、一本の古木があった。樹齢数百年の五葉松である。これが私の場合の「心に残る木」だ。この木については以前のブログで書いているが、改めて触れてみる。    樹高12、3メートルくらい、品があり、わが家の庭ではいちばん目立つ木だった。長い年月の風雪に耐え抜いた幹には、大きな空洞ができていた。ある年から、その穴にフクロウが住みついた。卵を産み、ヒナがそこからふ化した。ある日、私と兄は五葉松にはしごをかけ、フクロウがどこかに飛んで行っていないことを見越し(フクロウは夜行性といわれるが、昼に活動することもあるそうだ)、交互にはしごに乗ってフクロウの穴に手を突っ込んだ。中には卵が3、4個あり、私たちはその卵を取ってご飯にかけて食べてしまった。2人とも小学生でわんぱく盛りのころのことである。その後、フクロウがいつまでこの松に卵を産んだかは覚えていない。何年かが過ぎ、大きな台風でこの五葉松は根元から横倒しになった。  植木屋さんに頼んで、倒れた松は元に戻し、傷ついた幹と枝には保護用のわらが巻か…

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1809「おりた記者」から作家になった井上靖 適材適所のおかしさ

 このブログで時々言葉について書いてきた。今回は「常套(じょうとう)語」である。「套」は内閣告示の常用漢字表にないことから、報道各社の用語集(たとえば共同通信記者ハンドブック)では、これを「決まり文句」に言い換えることになっている。しかし、ここでは決まり文句ではなく常套語の方を使うことにする)今回は、大臣人事などでよく聞かれる「適材適所」という四文字熟語について考えてみたい。常套語の典型だと思うからだ。  先日、自民党所属の上野宏史厚労政務官が外国人労働者の残留資格をめぐる口利き疑惑で辞任した。自身は「法令に反する口利きをした事実はない」というコメントを出したものの、記者会見など公の場での説明はしないままである。大臣や政務官の人事がある度に、首相や官房長官は「適材適所」を口にする。だが、上野氏を含めて不適材と見ていい人事が繰り返されていることは、枚挙にいとまがない。  朝刊には驚くべき人事が掲載されていた。政府が30日の閣議で、読売新聞グループ本社会長の白石興二郎氏をスイス大使に充てる人事を決めたというのである。官房長官は記者会見での質問に「適材適所」と説明したという。民主党の菅内閣当時(2010年6月)、北京大使に総合商社、伊藤忠の元会長(当時は顧問)丹羽宇一郎氏、ギリシャ大使に野村証券顧問の戸田博史氏を充てたことがあり、民間からの大使起用もあり得るのだろう。  しかし、白石氏の場合、権力の監視役という使命を持つ報道機関のトップ(30日付で読売会長は退任したとのこと)だった人物…

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1808 文明風刺『ガリバー旅行記』 邪悪な生物ヤフーは現代も

『ガリバー旅行記』(作者はイギリスのジョナサン・スウィフト)のガリバーは、日本を訪れたことがあるか? 答えは「イエス」である。イギリス文学に造詣の深い人なら常識でも、児童文学でこの本を読んだ人は、「へえ、そうなのか」と思うだろう。ガリバーが旅行した時代は1700年代の初め、日本は徳川家支配の江戸幕府の元禄時代に当たる。イギリスに住むスウィフトから見れば、当時の日本は鎖国政策をとる、極東の訳の分からない国(あるいは妖怪変化が住み着く国?)と思っていたかもしれないから、この作品にも日本を使ったのだろうか。時を経て、仲違いを続ける日本と韓国。アジア以外の遠い国の人々から見たら、何とも理解しがたい対立なのではないか。 『ガリバー旅行記』といえば、小人の国(第1話「リリパット渡航記」)、あるいはこれに第2話巨人の国(「ブロブディンナグ渡航記」)への渡航記を含めた物語が子ども向けに出版されていた。そのためガリバーといえば、小人や巨人の国での冒険と思っている人が少なくないだろう。しかし、この旅行記は文明風刺、政治批判ともいえる内容がかなり多くちりばめられており、児童文学の範疇に収まらない、大人を対象にした作品といえる。  旅行記は第1話と第2話に続き、飛行島の国など極東への渡航記の第3話(ラピュタ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリブ、そして日本渡航記)、高貴で知的な馬の姿をした種族の国へ渡航する第4話(フウイヌム国渡航記)から成っている。日本が出てくるのは第3話で、種々多岐にわたる(まあよく考…

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1807 戻らぬ父の遺骨と労苦の母 俳句と小説に見る戦争

 8月16日のブログ「1804 政治の身勝手さ感じる8月 民意との乖離のあいさつ」の中で「戦没者の遺骨収集問題に触れた安倍首相の挨拶はうわべだけの誠意にしか聞こえなかった」と書いた。25日付朝日新聞の俳壇に「父の骨なほジャングルに敗戦忌」という句が載っていた。終戦から74年が過ぎても戦争の傷跡が消えないことを、この句は物語っている。  この句は、熊本県合志市の坂田美代子さんが投稿し、選者の1人大串章さんが第1句に選んだ。大串さんは「第1句。同時投稿の句に『それからの母の労苦や敗戦日』がある。父母への思いは尽きない」と評した。南洋のジャングルに果てた父親、その遺骨は今も戻っていない。父の戦死後、母の苦労は並大抵ではなかった。敗戦忌、あるいは敗戦日になると、その悲しみが蘇る……。2つの句からは、坂田さんの慟哭が聞こえてくるようだ。戦争で最愛の人たちを亡くし、今も同じ思いの人は少なくない。  浅田次郎の戦争をテーマにした6編の短編集『帰郷』(集英社文庫)を読んだ。第43回大佛次郎賞を受賞した反戦小説集である。その最後の「無言歌」に印象的場面がちりばめられている。西太平洋で索敵行動中に事故を起こした特殊潜航艇の中で、海軍予備学生2人(香田と沢渡)が、それぞれの夢について語り合っている。その末尾のセリフである。 「俺は、ひとつだけ誇りに思う」 「しゃらくさいことは言いなさんなよ」 「いや、この死にざまだよ。戦死だろうが殉職だろうがかまうものか。俺は人を傷つけず、人に傷つけられずに人生をおえ…

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1797 時間に洗われ鮮明になった疎開体験 「カボチャとゼンマイえくぼ」のこと

 改元で平成から令和になり、昭和は遠くなりつつある。多くの国民が未曽有の犠牲を強いられた戦争が終わって74年になる。時代の変化、世代の交代によって戦争体験も確実に風化している。しかし、当事者にとって歳月が過ぎても決して忘れることができないものがある。最近、知人が書いた少年時代の疎開体験記を読んだ。そこには、戦争がもたらした悲しみの日常が記されていた。戦時中の疎開体験は、知人のこれまで歩んできた人生で大きな位置を占めているのだろう。 「この時代(疎開)から現在までに20年が過ぎている。しかし、それだけの時が過ぎて、私には東北の半歳が私に刻みつかたものが何であるのか、正確には判らない。ただ判るのは、体験が時間に洗われて、より鮮明に私の心に重く腰を据えているだけである」。秋田への疎開体験を持つ作家の高井有一(元共同通信文化部記者)が、疎開先で自殺した母と一人取り残された少年を描き、芥川賞を受賞した『北の河』の中で、こんなことを書いている。「体験が時間に洗われて、より鮮明に心に重く腰を据える」という言葉は、知人にも共通するのではないかと思われる。  鎮魂の季節である8月が近づいてきた。以下、知人の体験の概略を紹介し、少しだけ私の個人的感想を付け加える。  ▽列車からの飛び降り  1945(昭和20)年3月下旬、5歳だった知人は母と妹、弟の4人で秋田県のある山間の村の国鉄駅近くに東京から疎開し、遠縁になる農家で間借り生活を送ることになった。教職に就いていた父親は病歴のために兵役を免れ、仕事のため東京…

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1793 日本は言葉の改まりやすい国  中日球団の「お前」騒動と日本

 プロ野球、中日の攻撃の際に歌われる応援ソングの中に「お前が打たなきゃ誰が打つ」という言葉があるそうだ。この「お前」という部分に与田監督が「選手がかわいそうだ」と違和感を示し、応援団がこの歌を使うのを自粛したというニュースが話題になっている。お前は「御前」のことであり、かつては「神仏や貴人の前」など、敬称として使われた。しかし、現代では主に男性が同等あるいは目下の者に使う言葉だ。中日の応援ソングをめぐる騒動は、言葉に対し人それぞれ微妙な感覚を持っていることを示している。  かつて、この言葉を普段からよく使う人が私の周辺にもいた。デスクという立場にあるこの人は、第一線記者の原稿を見たり、取材の指示を出したりする際に必ずこう言うのだった。「〇〇君(あるいは呼び捨てで)」と名前を読んだ後、「お前さんのこの原稿だがねえ……(原稿の内容について問い合わせの時)、「お前さん、これを取材してほしいんだ……」(取材の依頼の時)と話すのだった。初めに名前を読んでいるのだから「お前さん」は必要ないはずだが、必ず付け加えるのである。 「お前」だと見下すような印象があるが、「さん」が付くとそれが少し緩和され、仲間意識が伝わるから、彼はそれを意識して使っていたのかもしれない。落語を聞いていると、奥さんが旦那を呼ぶ際に使っているが、現代の家庭にこうした呼び方が残っているかどうか分からない。かつての社会部デスクは江戸っ子だったから、何気なくこの言葉が口に出たのかもしれない。  昭和の歌謡曲で「おまえに」というフランク…

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1792 新聞記者とは 映画と本から考える

 かつて新聞記者は若者の憧れの職業の一つだった。だが、最近そうした話は聞かない。背景にはインターネットの発達や若者の活字離れなどがあり、新聞自体が難しい時代に直面していることを示している結果なのだろう。そんな時、『新聞記者』という題名に惹かれて、一本の映画を見た。つい最近まで、新聞紙上をにぎわした森友学園・加計学園疑惑を彷彿させるような事件が描かれていた。映画を見た後、私は本棚からメディアに関する数冊の本を取り出し、頁をめくった。  映画は女性記者、吉岡(シム・ウンギョン)が勤める新聞社の社会部に、政権の大学新設計画に対する極秘情報がFAXで届き、デスクの指示を受けた女性記者が取材を始めるところから始まる。秘密情報を追う女性記者と、内調(内閣情報調査室)に勤務し、マスコミをコントロールする業務に疑問を抱く若手官僚、杉原(松坂桃李)の仕事に対する葛藤を軸に展開する。映画にはパソコン画面を通じて鼎談番組(映画の原作『新聞記者』の著者である東京新聞望月衣塑子記者、元文部科学省事務次官・前川喜平氏、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏、司会は新聞労連委員長・南彰氏)の動画が出てきて、それがこの映画のドキュメント的要素を強くしている。  政府の機密を暴こうとして、調査報道に懸命に取り組む記者(吉岡)、先輩官僚の自殺によってその自殺に不審を抱き始め吉岡と接点を持つ杉原の動きはサスペンス的要素が濃く、普段は映画の途中で居眠りをする私も吉岡を応援する思いで画面に見入った。最終段階で…

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1790 マロニエ広場にて 一枚の絵にゴッホを想う

  近所にマロニエ(セイヨウトチノキ)に囲まれた広場がある。その数は約20本。広場の中心には円型の花壇があり、毎朝花壇を囲むように多くの人が集まってラジオ体操をやっている。私もその1人である。既にマロニエの花は終わり、緑の葉が私たちを包み込んでいるように見える。体操仲間の1人がこの風景を絵に描いた。色とりどりの花が咲く花壇の後ろに4本のマロニエが立っている。私は絵を見せてもらいながら、ゴッホもマロニエの花を描いたことを思い出した。  ゴッホは、「花咲く……」という題の絵を何枚か残している。「花咲くアーモンドの枝」「花咲く梨の木」「花咲く桃の木」「花咲くアンズの木々」「花咲く薔薇の茂み」そして「花咲くマロニエの枝」だ。マロニエの絵は、ゴッホが亡くなったフランス・パリ近郊の村、オーヴェル=シュル=オワーズで過ごした最晩年に描いたものだ。ほんのりと赤みを帯びた白い花と緑の葉、背景にゴッホの特徴であるうねりながら渦巻くような(のたうつような筆遣いと表現する研究者もいる)真っ青な空が描かれている。  アルルでゴーギャンとの共同生活が破綻し精神を病んだゴッホは、転地したサン=レミでも耳切り事件を起こす。この後さらに転地療養のため友人の紹介でサン=レミからオーヴェル=シュル=オワーズに移った。1890年5月17日のことである。マロニエの花が真っ盛りのころだ。「オーヴェルは美しい。とりわけ美しいのは、近頃次第に少なくなって来ている古い草屋根が沢山あることだ」と、弟のテオ宛の手紙でこの村の美しさを書…

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1787 愉快な戦争はほかにないと子規 激しい日本語の野球用語 

「実際の戦争は危険多くして損失夥し ベース、ボール程愉快にてみちたる戦争は他になかるべし」。正岡子規は元気だった学生時代のころ野球に熱中し、随筆「筆まかせ」に、こんなふうに記した。子規が愉快な戦争と書いた野球だが、日本語の野球用語には解説者が「何とかならないかと思う」というほどの激しい言葉が使われている。  翻訳された野球用語の激しさについて語ったのは、元大リーガー(投手)の斎藤隆さんだ。大リーグの大谷翔平選手(エンゼルス)と前田健太投手(ドジャース)の対決となったNHKの米大リーグ試合中継で、斎藤さんが話すのを聞いて、なるほどと思った。確かに「殺」や「死」「盗」「暴」「邪」といったマイナスイメージの漢字が使われている。併殺(ダブルプレー、ゲッツー)、三重殺(トリプルプレー)、犠打(バント)、犠飛(犠牲フライ)、死球(デッドボール)、盗塁(スチール)、本盗(ホームスチール)、邪飛(ファウルフライ)、暴投(ワイルドピッチ)、一死、二死(ワンアウト、ツーアウト)、○○弾(○○ホームラン)……。  以上は思いつくままに書いてみたのだが、ふだん新聞のスポーツ面を何気なく見ていて、特に気にすることがない。長い間使われているためか、特に違和感はない。だが、斎藤さんに言うように、けっこうきつい言葉なのである。これに気が付いた斎藤さんは繊細な人なのだろう。野球用語はこの先変わるのだろうか。  ところで、子規は冒頭の言葉の前に野球の面白さについて書いている。 《運動にもなり しかも趣向の複雑…

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1780 権威に弱い民族性 トランプ氏の相撲観戦計画

 ドナルド・トランプ米大統領(72)が26日の大相撲夏場所千秋楽(東京・両国国技館)を観戦するという。土俵近くの升席に椅子を置いて座るというのだが、伝統を守るという名目で保守的な相撲協会も、米国のトップには異例の待遇といえる。トランプ氏の相撲観戦へというニュースを見ていて、太平洋戦争敗戦後、占領軍(GHQ)総司令官マッカーサーと総司令部に日本国民が約50万通にも及ぶ投書を寄せたというエピソードを思い起こした。権威に弱い民族性は、今も変わらないように思えるのだ。  国技館には土俵を見下ろす貴賓席があり、天皇皇后はここで観戦していた。新聞報道によると、今回は格闘技が好きなトランプ氏のために安倍首相が提案、升席に招待したという。ここは通常座布団に座るが、あぐらに慣れないトランプ氏のため特例として椅子を用意し、複数のSP(警官)が周囲に付く。スポーツ紙には千秋楽の正面升席は相撲協会がトランプ氏用に特別に確保、トランプ氏らは幕内の後半数番だけを観戦し、優勝者に「トランプ杯」を授与する予定だが、幕内前半ごろまでは正面升席の一角だけが空席のまま進行するという前代未聞の千秋楽になる見通し、という記事が出ていた。トランプ氏の相撲観戦の特別待遇は王様扱いなのだろう。  戦後の日本でマッカーサーとGHQ総司令部へのおびただしい投書があったことを明らかにしたのが袖井林次郎著『拝啓マッカーサー元帥様 占領下の日本人の手紙』(単行本1985年8月・大月書店、文庫本1991年2月・中公公論)である。袖井は米国のマッ…

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1779 桑の実は名物そばよりうまい 自然の活力感じる季節

 自然を愛好する人にとって、忙しく楽しい季節である。山歩きが趣味の山形の友人からは珍しいタケノコ「ネマガリダケ(月山筍)」が送られてきて、彼の山歩き姿を思い浮かべながら、旬の味を堪能した。自然の活力を最も感じる季節、病と闘いながら旺盛な食欲を発揮し続けた正岡子規の随筆を読み、庭の一隅の桑の実を観察した。もう少しでこの実も熟れ始める。  子規の随筆は「桑の実を食いし事」(『ホトトギス』第4巻第7号)という、信州(長野県)旅行の思い出を記した短文だ。要約すると、次のようになる。 「蚕の季節の旅行だったため、桑畑はどこも茂っており、木曽へ入ると山と川との間の狭い地面が皆桑畑だった。桑畑の囲いのところには大きな桑があり、真黒な実がたくさんなっていた。これは見逃す手はないと手に取り食べ始めた。桑の実は世間の人はあまり食べないが、そのうまさはほかに比べるものがないほどいい味をしている。食べ出してから一瞬の時もやめず、桑の老木が見えるところに入り込んで貪った。何升食べたか分からないほどで、そんなことがあったため、この日は6里程度しか歩けなかった。寝覚の里(寝覚の床=木曽郡上松)へ行くと、名物のそばを勧められたが、腹いっぱいで食べられなかった。この日は昼飯も食べなかった。木曽の桑の実は寝覚そばよりうまい名物だ」  子規の食いしん坊ぶりを彷彿とさせる一文だといえる。私も子どものころ、生家の桑畑で熟した実を食べ、唇や舌を真っ赤にしたことが何度かあるが、子規のようにうまいとは思わなかった。だが、最近そ…

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1777 小説『俺だけを愛していると言ってくれ』 一時代を駆け抜けた男への挽歌

 言うまでもなく、人生は出会いと別れの繰り返しである。長い人生の旅を続けていると、邂逅の喜び、悲しみに鈍感になる。とはいえ、誰もが「別れ」は使いたくない言葉のはずだ。友人が書いた中編小説『俺だけを愛していると言ってくれ』(菅野ゆきえ著・文芸社)を読んだ。充実した人生を送ってきたはずの夫が難病に侵され、妻を苦しめる。壮絶な病気との闘いをメーンにした愛の物語だ。日本のあるいは世界のどこかで、このような現実に直面している人たちが少なくないだろう。悲しい結末だ。この物語には、平穏な生活を取り戻した妻の心に去来するものがちりばめられている。  夫(山元智史)と妻(洋子)が交互に語り手となり、それぞれの視点で描かれている。「若年性レビー小体型認知症」という難病との闘いがテーマの一つになっており、当然ではあるが、視点は大きな隔たりがある。それが結果的に緊張感が伴い、今日性の高い作品として読む者を惹きつける。  物語は電機メーカーの営業マンとして生きてきた智史が医師から認知症だと宣告される場面から始まる。58歳になったころから智史は鍵やカードを頻繁になくし、趣味のテニスもコートの場所と時間を間違えたりする。会社では決裁文書を放置し、取引先との面談予定を失念するなど失敗を繰り返すようになったため、市民病院で診察を受けたのだ。  認知症について辞書には「成人後期に病的な知能低下が起きる状態。いわゆる呆け・物忘れ、徘徊などの行動を起こす」(広辞苑)と載っている。智史の病名のレビー小体型認知症は、「…

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1776 ほてんど餅って知ってますか 柏餅のことです

 きょうは「こどもの日」で、端午の節句である。ラジオ体操で一緒になった人と柏餅のことを話していたら、「私の方では柏の葉ではなく、『ほてんど』の葉を使うので『ほてんど餅』というんですよ」と教えてくれた。中国地方出身というこの人は、帰り道この植物を教えてくれた。それは「サルトリイバラ」という全国に分布する植物で、山口県では「ほてんど」と呼ばれるそうだ。柏餅でも地域によって利用する葉が違うのだから、日本には幅広い食文化があるのだと感心した。  柏餅を食べる習慣は日本で生まれたならわしで、柏の木(ブナ科)は新芽が出るまで古い葉が落ちないことから「跡継ぎが途絶えず、子孫繁栄」につながり、家系が絶えない縁起のいい食べ物になった――と、歳時記に出ていた。柏餅の呼び方は地域によって違いがあるそうだ。本来の柏の葉を使った柏餅のほかに、サルトリイバラの葉の方で作ったものの呼び方は数多く「ほてんど餅」「ばらっぱ餅」「かしゃんば」「いばらだんご」「しばもち」「ひきごもち」「かたらもち」「かんからもち」(以上、日本調理科学会誌より)などがあるのだが、これは一例にすぎず、もっとある。サルトリイバラの呼び方が地域によって異なるのが、その理由のようだ。西日本ではこの葉を使ったもの自体を柏餅と呼ぶこともあるそうだ。  海野厚作詞、中山晋平作曲の「背くらべ」という童謡は、この季節の曲で、誰でも知っているだろう。  1   柱のきずは おととしの  五月五日の 背くらべ  粽(ちまき)たべたべ 兄さんが  計って…

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1774 4月28日は何の日か 沖縄問題素通りの日米首脳会談

 10連休2日目の4月28日は、サンフランシスコ平和条約(対日講和条約)が発効した日だ。第2次世界大戦後、米国を中心とする連合国に占領されていた日本が各国との間でサンフランシスコで平和条約を調印したのは1951年9月8日で、この条約は翌52年4月28日に発効した。67年前のことである。これにより連合国による占領が終わり、日本は主権を回復したのだが、この条約で日本から切り離された沖縄、奄美、小笠原は米国の施政下に置かれたから、沖縄では「屈辱の日」とも呼ばれている。そんな日の新聞には日米首脳会談の記事が載っている。だが、である……。  今更言うまでもないことだが、沖縄の米軍普天間基地を名護・辺野古へと移設しようとする政府の方針は、県民投票でノーを突き付けられた。その前の知事選、つい先日の衆院選補選でも新基地建設反対の声が支持された。その民意を「真摯に受け止める」と語ったはずの安倍首相は、今回の日米首脳会談にどう臨んだのだろうか。  外務省のホームページから要点だけ記すと、会談で話し合われたのは①朝鮮半島非核化について②北朝鮮による日本人拉致問題解決のための連携強化③日米安保同盟の強化④日米貿易交渉について⑤G20大阪サミット関係⑥新天皇即位後の初国賓としてトランプ大統領を招待――といった内容だった。結局、今回も沖縄の基地問題は素通りだった。  相変わらず、沖縄の民意は無視されたといっていい。最近、新元号の発表でテレビへの露出度が高くなり、「次の首相候補に急浮上」という形で各メディアが…

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1769 時代を映す鏡 水上勉の社会派推理小説再読

 水上勉の社会派推理小説といわれる一連の作品を集中して再読した。作品名を順番に挙げると『霧と影』『巣の絵』『海の牙』『爪』『耳』『死の流域』『火の笛』『飢餓海峡』(いずれも朝日新聞社発行の「水上勉社会派傑作選」より)である。いずれも、戦後の社会風俗を色濃く反映した作品だ。犯罪は時代を映す鏡だといわれる。そのことを意識しながら、これらの作品を読み進めた。  社会派推理小説として水上が最初に書いたのは『霧と影』だった。水上は社会派の作家、松本清張のベストセラー『点と線』に刺激を受けて洋服の行商をしながらこの作品に取り組み、殺人事件の中にトラック部隊事件(戦後不要になった大量の軍需品を運び出して売りさばいた非合法組織による窃盗団)など、当時の社会状況を材料に取り入れ完成させ、一躍社会派推理作家の仲間入りを果たした。また、『海の牙』は殺人事件の中に熊本の水俣病(作品では架空の水潟市が舞台)を織り交ぜ、この作品によって多くの人が水俣病公害に目を向けるきっかけともなったといわれる。 『飢餓海峡』は映画やテレビドラマにもなった水上の代表的作品で、青函連絡船「洞爺丸転覆事故」(1954年9月26日、台風15号の影響で洞爺丸が転覆し、1155人の死者・不明者が出た)と「岩内大火」(洞爺丸事故と同じ日に発生、市街の8割、3298戸が焼失し36人の死者が出た)をモデルにしたことはよく知られている。この作品の構想は、洞爺丸遭難と同じ日に町を焼き尽くした岩内大火があったことを、1961年に同町に講演に行った際に…

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1762 無頼の人がまた消えた 頑固記者の時代は遠く

 私がこの人に初めて会ったのは、ホテルオークラと米国大使館側の裏玄関からエレベーターに乗った時だった。共同通信社はかつて赤坂にあった(現在は汐留)。7月。この人は白系統のサマースーツ姿で、まぶしいばかりだった。東京の人は気障だなと思った。名前は知らないが、少し崩れた雰囲気から社会部の人だと直感し、あいさつした。「今度仙台から転勤してきました石井です」と。正解だった。すると、この人は「君が石井君か。警視庁担当の板垣だ、よろしく」と、低音だが、よく響く声で返してくれた。それが無頼記者、板垣恭介さんとの出会いだった。その板垣さんが3月13日に亡くなった。86歳だった。  板垣さんは根っからの事件記者だが、皇室も担当した。板垣さんの著書『無頼記者』『続無頼記者』(以上、マルジュ社)、『明仁さん、美智子さん、皇族をやめませんか  元宮内庁記者から愛をこめて」(大月書店)を読むと、その反骨ぶりが浮き彫りになる。反骨とはいえ、取材対象から愛された記者だった。宮内庁担当時代、記者会見の際に美智子皇后(当時は皇太子妃)にたばこの火をつけてもらったこともあるといい、週刊誌にも載った。  無頼記者を気取ってはいたが、実は生真面目であり、神経はこまやかだった。犯罪史に残る「3億円事件」が時効を迎えた1975(昭和50)年、私はこの取材班の一員となり、東京三多摩地方の隅々を取材した。当時板垣さんは警視庁担当キャップだった。取材内容を連載記事にまとめるにあたって、もう一人の社会部デスク(板垣さんとウマが合った菊池…

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1757 知的好奇心あふれる人たちとの出会い なぜ本を読むのか

 人はなぜ本を読むのか。それぞれに考え方はあるだろう。ルネサンス期の哲学者、ベーコンの考えは一つの見識でもある。それは時代が変わっても共感できる部分が少なくない。スマートフォンの時代となり、読書人口は減っているといわれる。だが、やはり読書は人生にとって欠かせない重みを持つ。  ベーコンは読書に関して、『ベーコン随想集』「50 学問について」(岩波文庫・渡辺義雄訳)の中で以下(要約)のように述べている。「書物は(1)反論し論破するために、(2)、信じて丸吞みするために、(3)、話題や論題を見つけるために―― 読んではならない。熟考し熟慮するために読むがいい。ある書物はほんの一部だけ読むべきで、他の書物は読んでも念入りにしなくてもよく、少しの書物が隅々まで注意深く読むべきものだ。読書は充実した人間をつくる(英文学者の福原麟太郎は、読書は満ちた=心豊かな=人をつくる=と訳した)」    ベーコンのこの随想は、私にとって耳の痛いものだ。つい3つの読んではならない読み方をしてしまうからだ。私だけでなく、人はともすればこのような本の読み方に陥ってしまっているのではないだろうか。そんな反省をしながら、現在読んでいるのが梨木香歩の『僕は、そして僕たちはどう生きるか』(岩波現代文庫)である。吉野源三郎の名著『君たちはどう生きるか』の主人公と同じ中学2年生で、あだ名も一緒のコペルという少年が登校拒否の友人宅で1日を過ごす中、生きることについて考える物語である。「熟考し熟慮するために」読む本でも…

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1755 まさか、まさかの時代 トランプ大統領ノーベル平和賞推薦

 米国のトランプ大統領が、北朝鮮問題で安倍首相からノーベル平和賞に推薦されたことを明らかにした。問題の多いトランプ氏をなぜ平和賞に推薦するのか、どうして? と、首をひねった。だが、トランプ氏は「あのオバマがもらったのだから、私ももらって当然」と思っているのかもしれない。トランプ氏が大統領に当選したこと自体、米国のメディアが予想もしなかった「まさかの時代」だから、ブラックユーモアと笑っていることもできない。  これまで米国の現職大統領で平和賞を受賞したのは、26代のセオドア・ルーズベルト(1906年、日露戦争の講和調停に尽力)、28代のウッドロウ・ウィルソン(1919年、国際連盟創設の立役者)、そして44代のバラク・オバマ(2009年、プラハで核兵器のない世界実現のため先頭に立つと演説)の3人だ。さらに39代のジミー・カーター(2002年、エジプトとイスラエルの和平交渉の仲介)は離任21年後に受賞し、2007年には元副大統領のアル・ゴア(地球温暖化に関する啓発活動)が受賞した。  オバマ氏については、核兵器廃絶や国際社会の平和実現の救世主として活躍を期待する、いわば先行投資的な授与といわれた。しかし格調高い演説の割には、その後政治的成果が伴わず、授与は失敗という見方が一般的である。それは、日本人で唯一、1974年に平和賞を受賞した佐藤栄作元首相(安倍首相の祖父・岸信介元首相の実弟)にも言えるだろう。非核3原則(核兵器を持たず、つくらず、持ち込ませない)を日本の国是とする考え方を提唱し、7…

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1754 若者の未来奪った五輪の重圧 円谷幸吉の自死から51年

 東京五輪のマラソンで銅メダルを獲得した円谷幸吉が自殺をしたのは1968(昭和43)年1月9日のことである。27年の短い生涯だった。あれから51年の歳月が流れている。円谷の自殺に関しては当時から、次のメキシコ五輪で金メダルをという重圧を受ける中での腰の故障による不調、指導を受けていた自衛隊体育学校のコーチの左遷、結婚の破談が重なったことが要因との見方が強い。これを世に広めたのはベストセラー『深夜特急』の作者、沢木耕太郎のノンフィクション作品だった。最近、沢木の作品の内容に疑問を呈する小説を読み、後世まで批判に耐える作品を書くのは容易でないことを思い知らされた。  増山実著『空の走者たち』(ハルキ文庫、以下『走者』と表記)である。円谷が時空を超えて現れ、しかも実在の人物も重要場面で登場するフィクションだが、円谷の悲劇を描いた沢木のノンフィクション作品『敗れざる者たち』(文春文庫)の中の「長距離ランナーの遺書」(以下『遺書』と表記)についてもかなりの頁を割いている。それは批判といえる指摘が多かった。沢木は『遺書』の終わりの方でこんなふうに書いている。「円谷は最後まで『規矩の人』だった。円谷の生涯の美しさは、『規矩』に従うことの美しさであり、その無惨さも同様の無惨さである」。辞書には「規矩の規はコンパス、矩は物差しのこと。規準とするもの。手本。規則」(広辞苑)とあるから、円谷は生真面目な人だった沢木は考えたのだろう。そして、この見方を基本に、沢木は円谷の「自主性のなさ」「融通の利かなさ」「暗さ」を…

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1752『メロディに咲いた花たち』 人々に愛される四季の花と歌の本

 花をテーマにした歌は少なくない。四季折々の花を歌ったメロディは心を和ませてくれる。そうした花の歌を集めた『メロディに咲いた花たち』(三和書籍)という本が、このほど出版された。この本には歌の紹介に合わせてさまざまな花の写真も掲載されている。この頁の写真、「アザミ」(本では平仮名)の花は以前の私のブログに載せたものを提供したものだ。それにしても詩(詞)の題材として、多くの花が人々に愛されることをこの本は教えてくれる。  この本に出ている花は日本で咲いている90種である。日本ほど四季がはっきりしている国は珍しいといわれるが、四季に合わせ咲く花もバラエティに富んでいる。だれでも、季節の花とその花に合わせた歌を思い浮かべることができるだろう。これらの花の歌のほか、季節を問わず花をテーマにした歌(たとえば、森山良子さんが歌った「この広い野原いっぱい」やSMAPの「世界に一つだけの花」など)を加えた456の歌(ジャンルは童謡、唱歌、民謡、歌謡曲、フォーク、ロック、ニューミュージック、J-POPまで幅広い)が紹介されている。  アザミは俳句では春の季語になるが、この本では夏の花の中に織り込まれている。掲載されたのは①「あざみの歌」(詞・横井弘、曲・八洲秀章、1949年)、②「アザミ譲のララバイ」(詞・曲=中島みゆき、1975年)、そして③「少年時代」(詞・曲=井上陽水、1990年)の3曲である。以下のように簡単な紹介もある  ①NHKの番組『ラジオ歌謡』で放送され、後に伊藤久男の歌でレコード化…

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1750 厳寒の朝の話題 ジャーナリズムの原点

 今朝の最低気温は氷点下1度で、この冬の最低を記録した。寒い地方の人から見れば、千葉はその程度なのといわれるかもしれないが、やはり体にこたえる。毎朝、近所の広場で続いている6時半からのラジオ体操の参加者は、真夏だと約40人いる。それなのに今朝は9人しかいなかった。  朝6時に家を出て、近くの遊歩道を歩いている。春から秋まではこの時間は明るくなっていて、街灯のない調整池周囲の遊歩道を回る。冬の間は街灯のある別の遊歩道を歩くコースに切り替えた。東南の空に右斜め上から月、木星、金星の順で輝いている。見事な天体ショーである。ノルディックウォーキング用のポールを使って歩き始めると、10分もすると、体が温まってくる。犬の散歩、ジョギングの人もいる。  途中、開花している紅梅が目に入った。沖縄では「寒緋桜」(緋寒桜ともいう)が咲いたというニュースが出ていたが、こうした寒い季節でも自然界は確実に春に向かって息づいていることを感じる。今朝、配達された新聞を見ると、厚生労働省による「毎月勤労統計」の不正問題が一面に載っていた。特別監査委員会の外部識者が実施した同省の幹部への聞き取り調査に官房長が同席し、質問までしたという。これを許した外部識者もどうかしていると思う。読者の声欄には「政治、官僚、国の制度の劣化」を嘆く声が出ていた。創造力・想像力が欠如し、柔軟な発想ができなくなってしまった組織に未来はないことをこのニュースは如実に物語っている。  一方、スポーツ面には全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手…

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1749 本土作家が描いた苦闘する沖縄の姿 真藤順丈『宝島』を読む

 沖縄には「ナンクルナイサ」(どうにかなる、何とかなるから大丈夫)という言葉がある。だが、この本を読んで、言葉の響きは軽くてもその意味は重いのではないかと考えた。それほどに本土に住む私でも胸が苦しくなるほど、沖縄は米軍と日本政府に苦しめられたことが理解できるからだ。それに抗った若者を描いたのが直木賞を受賞したこの作品である。賞の選考委員は「明るい内容」と評した。そうだろうかと思う。この本は4人の男女を軸にした1952年から1972(本土復帰)年までの沖縄の苦闘の物語である。  戦後の沖縄・コザ(現在の沖縄市)に3人の少年(オンちゃんと弟のレイ、オンちゃんの親友グスク)と1人の少女(オンちゃんの恋人ヤマコ)がいた。沖縄戦を生き延びた4人は幼なじみであり、少年たちは米軍基地に忍び込んで物資を盗み出し、それをコザに住む貧しい人たちに配っている「戦果アギヤー」(戦果をあげる者)だ。ある時、少年3人は嘉手納基地に多くのアギヤーとともに入り込むが、米軍に見つかり大多数の者が逮捕される。リーダーのオンちゃんはこの事件をきっかけに姿を消し、レイとグスクは刑務所で服役する。時を経てレイはやくざにグスクは沖縄県警の刑事にと正反対の道を歩み、ヤマコは教員となって沖縄返還闘争に力を入れる。  沖縄は米軍の犯罪が横行する。そんな中で、ヤマコによって言葉を回復したウタという、この物語のもう一人の中心人物になる男の子が出てくる。レイは、反米強硬派による米軍高等弁務官暗殺未遂事件後、姿を消す。そして10年。作品のヤマ…

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1739 一筋の道を歩んだ運慶 史実とフィクションを考える

 奈良東大寺は盧舎那仏(奈良の大仏)だけでなく、南大門の金剛力士立像(向かって左が阿形=あぎょう、右が吽形=うんぎょう)もよく知られている。この二王像は運慶・快慶(運慶の兄弟子)らによる鎌倉彫刻の傑作といわれる。梓澤要(本名・永田道子)の『荒仏師運慶』(新潮文庫)には、この二王像制作過程だけでなく、仏師として一筋の道を歩んだ運慶の生涯が活写されている。現代でも弛みなく一筋の道を進んでいる人は少なくないだろう。私の周囲にもそんな知人が存在する。  運慶は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて興福寺を中心に活動した仏師・康慶の子として生まれ、父の跡を継いで「慶派」一門を率いる大仏師になった。鎌倉幕府との関係も良好で、仏師としての力量は全国に知られるようになる。平氏の焼き討ちで壊滅的打撃を受けた東大寺の再建に心血を注いだ重源上人の依頼で二王像も制作する。 『仏教新発見 東大寺』(朝日新聞出版)にある二王像の写真を改めて見た。躍動感、存在感は圧倒的で「慶派」の力を示した作品といえる。従来はその作風から口を開いた阿形が快慶、口を結んだ吽形が運慶作とされてきた。しかし、1991年の解体修理の際、像内から墨書銘が発見され、阿形像は運慶と快慶が、吽形像は定覚(運慶の弟)と湛慶(運慶の長男)が中心になり、仏師を率いて作ったことが判明した。両像の制作を「慶派」が担当していることから、運慶は全体の総指揮(統括)も当たったと考えられている。  だが、梓澤は小説の中で阿形は快慶と定覚が、吽形は運慶と湛慶が…

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1733 カタカナ交じりの山手線新駅名 難しい言葉の選択

 JR山手線田町~品川間にできる新しい駅名が「高輪ゲートウェイ」と決まった。公募した新駅名では130位(36票)だったというニュースを見て、国鉄が民営化された当時、愛称として選ばれた「E電」のことを思い出してしまった。駅名だからすたれることはないだろうが、私自身は好きな名前ではない。 「E電」は、1987年に国鉄が民営化しJRが誕生した際、それまでの「国電」に代わる愛称が公募された際に選ばれた。といっても、今回と同様、上位を占めていたわけではなく、20位(5万9642通中390通)だったという。上位の「民電」「首都電」「東鉄」を押しのけて、選考委員会はこの名前を選んだ。しかし、利用者は意外にも民営化された象徴である「JR」を使い、「E電」は定着しなかった。「E」は野球のエラーをいうように、イメージが悪い上に「イーデン」という発音にも、違和感を持った人が多かったようだ。  今度の新駅名の公募では「高輪」「芝浦」「芝浜」が上位を占めたそうだ。だが、最終的に選ばれたのは、漢字とカタカナの混じった名前だった。選考の理由は「新しい街は江戸時代から多くの人が行き交い、にぎわっていた場所で新駅名は今後ビジネスの拠点としての発展に寄与する」ということらしい。 「ゲートウェイ」を辞書で引くと、「異種のコンピューターやネットワークの間に立って整合性をとる中継システム。LANとWANをつなぐシステムを指すことが多い」(百科事典マイペディア)、「プロトコルの異なるシステムやネットワークを接続し、データを…

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1732 過去・現在・未来 詩誌『薇』から

 埼玉在住の詩人たちの同人詩誌『薇』の19号が届いたのを機会にこの詩誌のバックナンバーを取り出し、頁をめくってみた。創刊号に印象深い詩が掲載されていたことを思い出したからだ。この詩誌は2009年12月に創刊、年2回発行されている。今号は創刊時からのメンバーだった石原武さん追悼号となっており、この詩人の5つの詩のほか、メンバー8人の作品と「小景」というエッセーで石原さんをしのんでいる。  創刊号で私が強い印象を受けた北岡淳子さんの詩『未来へのことば』を紹介する前に、今号のことに少し触れてみたい。石原武さんという詩人のことである。石原さんは詩人・英文学者・翻訳家(元日本詩人クラブ会長、文教大学名誉教授)で、ことし3月20日に肺炎で死去した。87歳だった。『薇』の中心メンバーとして17号(2017年12月)まで作品を寄せていた。この号の『始末』という詩は、現代日本の断面を映し出している。   認知症の妻を連れて老人ホームの住人になった   早食いの男とテーブルを分け合う羽目になって   惨憺たる出発であった。   彼には会釈や挨拶という習慣もないらしく   配膳が済むとジロリと一瞥して猛然と食事に向かうのである   瞬く間に飯も汁も空にして   肴や野菜を飲み込むと 奇声を上げて車いすで退場するのである   彼に限らず老人たちは早食いが多い   負けまいとして私も妻も奮闘するが   いつも残飯を前にして敗残の日々である   ここまで走ってきて   これからこ…

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1726 人間に付きまとう魔物 ゴーン氏と富について

 日産自動車のカルロス・ゴーン氏が東京地検特捜部に逮捕されたことだけでなく、逮捕の理由を聞いて驚いた人は多いだろう。5年間に100億近い報酬を得ながら、その半分しかもらっていないと、有価証券報告書に申告していたというのだ。私はこのニュースを見て「守銭奴」という言葉を思い浮かべた。ゴーン氏にこの言葉が当てはまるかどうかは分からない。だが、世の中は金持ちほど、金に汚いという現実があることを改めて感じている。  フランスの17世紀の劇作家、モリエールに『守銭奴』(岩波文庫)という作品がある。金を貯めることに執念を持つアルパゴンという男が、金のために娘の幸福を奪い、息子との間で息子の恋人を奪い合う。高利貸しを風刺し金銭欲にとらわれた人間の醜悪な姿を描いた喜劇である。  普通の暮らしをしている私には理解不能だが、人間は金という魔物に付きまとわれると、心まで変わってしまうようだ。そして、いつしか「守銭奴」(金銭欲の強い人間)へと堕ちてしまうのだ。  手元にあるベーコンの『随想録』(岩波文庫)に「富について」(34)というエッセーがある。この中でベーコンは、富について「自慢するような富ではなく、正当に得て、まじめに使い、こころよく分け与え、満ち足りた心で残せるような富を求めるのがよい」と書いている。また富の蓄え方について「蓄える道はいろいろあるが、その大部分は不潔である」とも述べ、「一文惜しみはしないがよい。富には翼があって、時おりひとりでに飛び去るし、また時にはもっと多くをもってくるために飛…

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1722 言葉に畏敬の念を 危ういSNS社会

「言葉は人間が背負い込んだ大きな不幸の一つ」作家の松浦寿輝が言葉について、『月の光 川の光外伝』(中公文庫)の中でこんなふうに書いている。小説『川の光』(続編『川の光2』・中央公論社)は突然始まった川の改修工事によって、川辺の棲家を失ったクマネズミ一家が平和な暮らしを求めて川の上流へと旅をする冒険物語。人間はあくまでわき役で、主役は動物たちだ。動物から見たら言葉を持つ人間は、複雑怪奇な存在なのかもしれない。  昨今、言葉を使った新しい分野として存在感を高めているのがSNS(ツイッター、フェースブック、ブログ、インスタグラムなど)といわれるインターネットを使った交流サイト・伝達手段だ。匿名もあるし、トランプ米大統領のように実名でツイッターに投稿するケースも少なくない。旧聞に属するかもしれないが、こうしたSNS上のニュースを信用するかどうか、日経新聞が電子版読者にアンケートしたところ、「信用しない」が87・1%、「信用する」が12・9%という結果(2017年1月26日)が出たという。2年近く前のアンケートだが、いまもそう変わりはないはずだ。フェイク(偽)ニュースという言葉が付きまとうSNSは、危うい伝達手段になっているのだろうか。  私は2006年からこのブログを書き続け、今回で1722回になる。名前も公表している。ブログを書く目的は、自己紹介に書いた通り「世の中の事象に好奇心を持ち続け、日常に接する風景や社会現象を観察し、表現すること」である。文章表現の磨き方も兼ねていて、できるだけ分か…

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1720 公園のベンチが書斎に 秋の日の読書の楽しみ

 近所の公園ベンチで読書をした。秋の日差しが優しく、ぽかぽかと暖かい。時々、近くの林からヒヨドリのさえずりが聞こえてくる。歩いている人はほとんどなく、さらに眠くもならないから、頁はどんどん進む。なかなかいい環境だ。これまで多くの読書時間は、通勤の行き帰りの電車の中だった。かなりの喧騒状態でも、読書に集中すれば音は気にならない。この環境とは逆の中で、秋の日の1時間を送った。  読んだのは、仙台出身の作家、佐伯一麦の『空にみずうみ』(中公文庫)という小説だ。佐伯はいまでは数少ない私小説の作家といえる。この作品は小説家と染色家夫妻の日常をさりげない筆致で記した印象が深く、野生植物を中心にした植物園、野草園(小説では市名は出てないが、仙台市)近くに住む主人公夫妻の1年間の日常を四季折々の自然(特に樹木や草花、昆虫など)や食べ物(栃餅やタケノコのこと)、近隣の人たちとの触れ合いを織り交ぜ、淡々と描いている。  私は以前、仙台で暮らしたことがある。もちろん野草園にも何度も行ったことがある。だから、この小説に親しみのようなものを感じながら読むことができた。終始静かな日常が描かれ、最後まで盛り上がりはない。だが、じっくり読んでみると、実に味わい深く、日常の描写もきめ細かい。主人公が好きな欅についての「春の芽吹きから、若葉が萌え出、青葉を繁らせ、秋には紅や黄に葉の色を変え、最後に金色に輝いてから落葉しはじめ、裸木となるまで、一日として同じ姿をしていることはない」という表現のように、含蓄ある言葉が並んでい…

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1719 痛ましい駅伝選手 這ってでものタスキリレー

 10月21日に開催された全日本実業団対抗女子駅伝の予選会で、中継地点目前で倒れた岩谷産業の2区、飯田怜が約200~300メートルを這いながら進んだ。飯田は右足を骨折し、両ひざからは血が流れていた。繰り返しこのシーンがテレビで放映されている。痛ましい限りである。このところスポーツ界をめぐる暗い話題が尽きない。スポーツとは何なんだろうと思う。  かつて早稲田大学で瀬古俊彦という名ランナーを育てた中村清監督は、厳しい指導で知られた。自身も早大で箱根駅伝に出場した作家の黒木亮は『冬の喝采』(講談社文庫)という自伝的小説の中で、中村の激しさを書いている。中継地点近くになってラストスパートしている主人公の金山(黒木の本名)に対し、「根性あるのか!」「死んでしまえ!」「おらおらおらーっ!」と罵詈雑言を吐く。もちろん選手の力を引き出そうとする思いから出た言葉である。  卒業する金山らに対しての中村のあいさつで、レースでの罵詈雑言は愛の鞭だったことが分かる。「競走部を強くし、諸君を臙脂(同大学のスクールカラー)のユニフォームに恥じない選手のためにするためではあったが、中村の至らなさで、ご迷惑をかけたかもわかりません。しかし、『若い頃に流さなかなった汗は、年老いてから涙となって流れる』とも申します……」  現代では中村の指導法はパワハラと受け止められるかもしれない。体操女子選手のパワハラ問題で、コーチから体罰を受けた選手が「コーチを信頼している。引き続き指導を受けたい」と記者会見で話しているのを見…

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1717 AIが記者になる日 会見場の異様な人間マシン

 テレビで記者会見のニュースや中継を見ながら、違和感を持つことが続いている。会見で質問をする側の記者たちが相手の話をパソコンに記録しようと、一心にキーボードを打っている。あれじゃあ相手が言ったことを記録するだけで、ろくな質問ができないだろうなと思ってしまう。記録するだけなら、そのうちAI(人工知能)に取って代わられるのではないか。こうした光景は今や日常茶飯事らしい。  さすがに報道機関の現場でもこうした「パソコン記者」の姿に、私と同様違和感を持つベテランもいるようだ。だが、編集幹部は見て見ぬふりをしているから、この現状は変わりそうにないと、知り合いが教えてくれた。 「政治家の誰彼がああ言ったこう言ったという表面的な事実を並べただけの報道は、政治報道の名に値しない。ハラに一物も二物もある政治家の言葉の裏に立ち入って真意をあぶりださなければ、報道することの意味はない。市民が期待するのは、もっと政治の流れの本質に迫るニュースだ」  これは『ジャーナリズムよ メディア批評の15年』(新聞通信調査会)という本の中で、元共同通信記者の藤田博司氏(故人)が政治報道について批判を加えた一節だ。この指摘は正鵠を得ている。例えば、安倍首相は現在、夫人とともにヨーロッパ歴訪中である。しかし、得意のはずの外交で、これまでほとんど成果がないことは言うまでもない。北方領土返還、北朝鮮による邦人拉致という外交の2大懸案事項は全く進展がない。ただ、湯水のごとく援助という名目で税金をばらまくだけである。同行記者は…

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