1801 カザルスとピカソ 「鳥の歌」を聴く

 CDでチェロ奏者、パブロ・カザルス(1876~1973)の「鳥の歌」を聴いた。「言葉は戦争をもたらす。音楽のみが世界の人々の心を一つにし、平和をもたらす」と語ったカザルスは、1971年10月24日の国連の日に国連本部でこの曲を演奏した。カザルスは当時94歳という高齢で、演奏を前に短いあいさつをした。それは後世に残る言葉になった。 「私はもう40年近く、人前で演奏をしてきませんでした。でも、きょうは演奏する時が来ていることを感じています。これから演奏するのは、短い曲です。その曲は『鳥の歌』と呼ばれています。空を飛ぶ鳥たちはこう歌うのです。『ピース ピース ピース』 鳥たちはこう歌うのです『ピース ピース ピース』『ピース ピース ピース』『ピース ピース ピース』」  カザルスはスペイン北東部のカタルーニャ出身で、スペイン内戦が始まるとフランスに亡命、さらにプエルトリコに拠点を移して活動した。内戦後、誕生したフランコ独裁政権に対し抗議の姿勢を崩さず、音楽を通じて世界平和を訴え続けたことでも知られている。「鳥の歌」は生まれ故郷であるカタルーニャ地方の民謡を編曲したもので、静かでゆったりとした中に平和への祈りが込められているといわれる。  カザルスと同じパブロという名を持つピカソ(1881~1973)も同じスペイン出身(南部のアンダルシア)だ。フランコによる反乱軍のクーデターを契機に起きたスペイン内戦で、フランコに加担したナチス・ドイツが1937年4月26日、北部の小都市、ゲルニカを…

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1789 雨の日に聴く音楽 アジサイ寺を訪ねる

 きょうは朝から雨が降っていて湿度は高い。ただ、午後になっても気温は約21度と肌寒いくらいだ。それにしても梅雨空はうっとうしい。CDでショパンの「雨だれ」(前奏曲15番 変ニ長調)をかけてみたら、気分がさらに重苦しくなった。仕方なく別のCDをかけ直した。モーツァルトだ。ショパンには悪いが、雨の日もやはりモーツァルトだと思う。 「雨だれ」について仙台在住の作家、佐伯一麦が『読むクラシック』(集英社新書)の中で、私と同じことを書いている。佐伯は高校生のころ、雨が降ると家に引きこもりたくなって学校を休み、この曲に耳を傾けたそうだ。ところが、大人になると……。「正直の所、今はあまり好まなくなってしまった。そもそも雨だれとは、他人が付けた名前で、そう名付けたくなるのも無理もないけれど、この曲から受ける雨の感じは、いかにも重苦しすぎる。悪夢の名残のように、こちらにつきまとって離れない気配がある」(ブログ筆者注。スペイン、マジョルカ=マヨルカ島の修道院の屋根を打つ雨を描いた作品といわれる。ショパンがマヨルカでこの曲を作曲したのは1839年1月のこと。地中海気候のこの島の冬は、日本とは反対に雨が多い季節だ。フランスの作家で男装の麗人ともいわれた恋人のジョルジュ・サンドとともにこの島に滞在したショパンは、肺結核を病んでいたとはいえ創作意欲は旺盛だったそうだ)  梅雨といえば、アジサイを思い浮かべる人は多いはず。この花が嫌いだという人もいるだろうが、雨の季節を彩る、6月の花の代表ともいっていい。それにして…

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1715 くろがねの秋の風鈴 瀟殺(しょうさつ)とした音色を聞く

 作家の故藤沢周平は、人口に膾炙(かいしゃ)する=世の人々の評判になって知れ渡ること=俳句の一つとして飯田蛇笏(1885~1962)の句を挙げている。「くろがねの秋の風鈴鳴りにけり」である。夏が終わり、秋になっても軒に吊るしたままの鉄の風鈴が風に吹かれて鳴っている。夏の風鈴よりも深みがある音は、秋の訪れを感じさせる―というような意味だろうか。藤沢は秋になっても隣家から聞こえる風鈴の音を聞いて、蛇笏の句を思ったそうだ。だが、昨今は風鈴を仕舞い忘れると、「風情を感じるのはあなただけで騒音ですよ」と苦情が出る恐れがあるから、難しい世の中だ。  藤沢が隣家の風鈴を聞いたのは新しい家に転居した直後のことで、それから10年ほどが過ぎると風鈴は聞こえなくなったという。藤沢は「10年といえば、どのような理由であれ、ひとつの風鈴が鳴らなくなるのに十分な歳月であるように思われる」(随筆「心に残る秀句」より)と書いている。確かにそうだろう。藤沢は、隣家から聞こえる秋の風鈴を「瀟殺(しょうさつ)とした音いろに聞こえた」と表現し、この音色を聞いて蛇笏の句を思ったのだという。「瀟殺」とは、もの寂しいさま、秋の終わりの景色などを指す言葉である。  例外といっていいかもしれないが、私の部屋の窓際の風鈴は10年以上吊るしたままである。軒下ではないから傷んでもいないので、その音色を聞くことは可能である。試しに揺らしてみると、透明感が漂う高音がする。この風鈴は「くろがねの風鈴」といってよく、材料は香川県の磬石(けいせき=学…

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1690 台風一過の午後のひととき プレーヤーに入れたCDはあの曲

 台風一過、暑さが戻ってきた。こんな時にはCDを聴いて少しでも暑さを忘れたいと思う。プレーヤーに入れたのは、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」(ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団)だった。実は昨日、友人が演奏者として参加したコンサートでこの曲を聴く予定だった。しかし台風が接近したのに加え急用ができてしまい、出かけることを断念した。そのため、この曲をかけようと思ったのだ。  友人は首都圏のある都市の市民オーケストラでバイオリン奏者として活動している。昨日はその定期公演会で、この曲やモーツァルトの交響曲41番「ジュピター」を演奏した。「弦楽セレナード」は1881年にチャイコフスキーがモーツァルトを意識してつくったといわれるが、いずれにしても明るくて幸福感に満ちた曲である。これから12年後の1893年に完成した交響曲6番「悲愴」は極めて憂愁に満ちた曲であり、私はこのCDをプレーヤーに入れるのをためらうことがある。友人は別の活動のために、しばらくオーケストラを休団するという。だから、今回のコンサートは特別の意味があったに違いない。そして、この曲とモーツァルトの41番は思い出に残る演奏になったのではないか。  作家でクラッシック音楽を愛好する佐伯一麦(さえきかずみ)は『読むクラッシック』(集英社新書)の中で、デンマークで出会ったタクシー運転手のことを書いている。佐伯がペンネームに「麦」を使っているのは、麦畑を多く描いたゴッホから取ったのだそうだ。「麦畑のように、誰にとってもありふれ…

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1668 被災地に流れる交響曲 自然との共生願って

 仙台の友人がアマチュアオーケストラで、ベートーベン(ベートヴェンとも表記)の交響曲6番「田園」を演奏したという。この曲は多くの人が知っていて、かつては同名の名曲喫茶店もあった。そのポピュラー性が嫌われるのだろうか、クラシック専門家の評価はそう高くない。だが、友人のブログを読んで久しぶりにCD(カラヤン指揮ベルリンフィル)を聴いてみると、懐かしさが蘇った。  山形に住む別の友人から「今は『さなぶり』です」というメールが届いた。田植えが終わった後のお祝いあるいは休日のことを言うのだが、水を張った田んぼに植えられた稲が風にそよぐ中、畦に立つ友人の姿を思い浮かべた。この友人は今、学芸員の取得を目指して学んでいる。素敵な定年後の目標だ。畔に立つ友人はイヤホンを耳に指しているかもしれない。聴いているのはベートベンのこの曲だろうか……。ベートべンは6番の初演の時、第1バイオリンのパート譜に「田舎での生活の思い出。絵画というよりも感情の表出」と書いたという。第5章から成るこの曲を聴いて、私は故郷の山や川、友人たちを思い出す。  仙台の友人のオーケストラは「仙台シンフォニエッタ」といい、友人は最近までコンサートマスターを務めていた。現在はその席を若い人に譲り、オーケストラの代表を務めながらバイオリンを弾いている。6月3日の定期演奏会は40回目の記念演奏家だった。以下、友人のブログから、この曲に関する部分を一部要約して引用する。 「休憩をはさんでベートヴェンの交響曲第6番『田園』。夏に向かうこの時…

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1649 病床で見たゴッホの原色の風景 友人の骨髄移植体験記

 若い友人が「急性リンパ性白血病」を克服した体験記を書きました。この文章の中にはいくつかの「物語」が凝縮されています。私は心を打たれ、泣きました。かつてこのブログで、小児がんのため幼くしてこの世を去った石川福美ちゃんのことを取り上げたことがあります。元気だったなら18歳になっていたはずの福美ちゃんのことを思い出しながら、闘病記を読みました。福美ちゃんも、天国から筆者の若い友人のことを見守ってくれているに違いないでしょう。病気と苦闘し克服した体験記からは、生きる喜びが伝わってきます。多くの人に読んでほしいと願い、以下に掲載します。 …………………………………………………………………………………………………………………………………… 「色のない病室で私を救ったいくつかのもの」          (神奈川骨髄移植を考える会 会報「虹」VOL150より。原文のまま、小見出しはブログ筆者)  ▽健康が取り柄だったのに 「患者体験談を書いてもらえませんか」そう言われたのは、クリスマスも近い年の瀬のこと。当時の日記や治療経過資料を元にすれば何とかなるか、と気楽な気持ちで引き受けた。しかし、6年前の自分と向き合うのは容易ではなかった。  まず、私は元々患者ではなかったことを申し上げたい。ドナー登録説明員として活動する便宜上「元患者」が肩書のようになっているが、本当は言いたくはない。子供の頃は風邪にもインフルエンザにもかからず元気いっぱいであった。学生時代は運動部に所属、地区大会で優勝し東…

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1644 音楽の文章化に挑む 須賀しのぶ『革命前夜』

 若い友人が大学の卒業研究として、音楽をテーマにした小説に取り組んだ。当初、担当の教官は「それは音楽に対する冒とくだ」という趣旨のことを話し、友人の構想に疑問を呈したという。しかし、熱心に取り組む姿勢に打たれたのか、途中からそうした言葉は消え作品は完成した。教官の意図は「音楽を文章にするのは非常に難しく、壁が高いから考え直した方がいい」ということだったのかもしれない。だが、その壁に挑む作品が最近目につく。須賀しのぶ『革命前夜』(文春文庫)もその一冊だ。  東西ドイツを分断するベルリンの壁が崩壊したのは1989年11月10日のことである。かつてドイツに駐在していた元同僚が、ベルリンの壁崩壊を目撃したことが長い記者生活で一番心に残る取材だったと話してくれたことがある。それは、20世紀史に残る大ニュースだった。この作品は、壁が崩壊する年の1月に、当時の東ドイツ(DDR)・ドレスデンの音大ピアノ科に留学した日本人学生眞山柊史が体験する物語である。  眞山の周囲にはハンガリー出身でバイオリンに天才的才能を見せる男子学生や、バイオリンで正確に音楽を表現する東ドイツの男子学生、さらにピアノ科の北朝鮮からの男子留学生とベトナムからの女子留学生らがおり、町の教会で力量の高い演奏をする美貌のオルガニストも登場する。次第にうねりが高まる民主化運動の中で眞山も次第にその渦に巻き込まれ、意外な人物の裏切りという結末へと展開する。  作品には幾つかのクラシック曲が織り込まれている。ラフマニノフ「絵画的練習曲…

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1623 絶望の淵に立たされても 2つのエピソード

 若い友人が書いた中編小説を読んだ。必要に迫られて書いたという作品を読んで、以前に見た小さな展覧会の絵を思い出した。それは、小児がんの子どもたちの絵画展だった。あれからもう10年になる。それは私にとって「命とは何か」を考えるきっかけとなる重要な時間だったのだ。  友人の小説は音楽を通しての兄と弟の祈りと希望をテーマにしている。白血病に侵された弟を励ますため兄は一度捨てたヴァイオリンの道を再び歩み始め、弟も次第に回復していく物語だ。挫折を乗り越えようとする若者の青春の息吹を、友人は造詣の深い音楽シーンを繰り返し挿入しながら作品を展開している。これ以上は内容に触れないが、この小説から「絶望の淵に立たされても、人は希望を見出すことができるのだ」というメッセージが伝わってくるのだ。  小児がんの子どもたちは、両親や家族とともに絶望の淵に立った。だが、希望を持ち続けたことは言うまでもない。それは冒頭の小児がんの子どもたちの絵に表れていた。その一枚に石川福美ちゃんという8歳11か月で亡くなった少女の絵があった。  私は2008年11月14日、千葉市の埋め立て地帯に出現した幕張新都心の中心にある幕張メッセで開かれた小さな展覧会「小児がんと闘う子どもたちの絵画展」(主催・財団法人がんの子供を守る会)をのぞいた。福美ちゃんは急性の白血病で入院していた静岡県伊東市の病院でいろいろな人の悩み事相談に乗った。その時の絵(ポスター)がこの絵画展に展示されたのだ。それには以下のようなことがイラストと文字で書…

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1615 毎朝聴く名曲 美しい言葉とメロディー

 朝6時半からのNHKラジオ体操は、第1と第2がある。第1の前には軽い運動、第2が始まる前には首の運動があり、それぞれに懐かしい曲のピアノ伴奏がついている。今朝の首の運動の際には「埴生の宿」が流れていた。竹山道雄の名作『ビルマの竪琴』にも出てくる美しいメロディーだ。それにしても現代ではほとんど使われない言葉である「埴生の宿」とは、どんな意味なのだろう。  この歌は、イギリスのヘンリー・ビショップ(1786-1855)の「楽しいわが家」という曲に里見義が作詞し、明治22年(1889)年から中等唱歌として歌われた。アメリカの俳優兼劇作家、ペインによる原詩に忠実な内容といわれ、土がむき出しになった(埴生)、貧しくて粗末な家に住んでいても、宝石をちりばめた床もうらやましくはないほど自分が生まれ育った家は楽しかったという回想の歌である。   1  埴生の宿も わが宿  たまのよそおい うらやまじ  のどかなりや 春の空  花はあるじ 鳥は友  おお わが宿よ  たのしとも たのもしや   2  ふみ読む窓も わが窓  瑠璃の床も うらやまじ  清らなりや 秋の夜半(よわ)  月はあるじ 虫は友  おお わが宿よ  たのしとも たのもしや  この歌のように外国の原曲でありながら、いつの間にか日本の歌のようになった名曲が少なくない。「蛍の光」と「埴生の宿」はその代表格といえるだろう。ソプラノ歌手、鮫島有美子のCD「庭の千草 イギリス民謡集」で音楽評論家の黒田恭一は「先…

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1610 ある小さな音楽交流会 クリスマスイブの名盤鑑賞

 音楽の世界には老若男女の差別はない。クラシックが好きなひともいれば、ポピュラー音楽を聴くのを楽しみにしている人もいる。幅広い音楽の世界を味わおうと、レコードを中心に音楽鑑賞をしているグループがあり、私も初めて参加した。24日午後のひと時である。この日は、クリスマスイブ。参加者はクリスマス特集の名盤に聞き入った。  千葉県市原市の石川英明さんが個人で主宰する「レコード交流会」という催しである。6年前から月1回のペースで開いている交流会は、今回で66回目になる。元警察官の石川さんは現職時代から音楽鑑賞が趣味で、クラシックを中心にLPレコードやCDを集め続けた。その数はそれぞれ600枚ずつ、合計で1200枚になる。そんな石川さんに対し、知人の女性がこんなことを話したというのである。 「年寄りだというと、聴かせる音楽は童謡か演歌だと思っている人が多い。でも私は、クラシックの3大テナー(ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス)の歌やタンゴを聴きたいと思うの」。これを聞いた石川さんは、自分の集めたレコード、CDを活用すれば、彼女の希望にこたえることができると友人、知人らに声を掛け、レコード(CD)鑑賞を通じての交流会を始めた。  プレーヤー、スピーカー、アンプも石川さんが持ち寄り、それぞれの曲の説明も自身でやる。その説明は軽妙で面白い。最近の交流会会場は市原市の姉崎健康福祉センター(アネッサ)の会議室で、24日は午後1時半から約30人(男女半数ずつで、平均年齢…

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1559 こだまするホトトギスの初音 ウグイス・キジとの競演

 朝、いつもより早く6時前に調整池を回る遊歩道を歩いていたら、ホトトギス(時鳥)とウグイス、キジが次々に鳴いているのが聞こえた。まさに野鳥のさえずりの協演だ。3種類の鳥が同時に鳴くなら三重奏(トリオ)という表現もできる。しかし、鳥たちは律義に(私の勝手な感想)交代で鳴いている。さえずりのリレーを聴きながら歩くのも、この季節ならではのぜいたくだ。  緑の多い地域なら、こんなことは珍しくはないだろう。だが、私の住むのは首都圏である。郊外とはいえ住宅も次々に建ち、緑は次第に失われている。それでも近年、ウグイスやキジが珍しくないほど鳴いている。美しい色をしたキジの姿を直接目にすることも少なくない。調整池に面して森と原野があり、ボランティアがここの自然を守る活動をしている。この活動が実って、野鳥が住みやすい環境になっているのだろう。  辞典を調べると、ウグイスとキジは春の鳥であり、俳句の季語も春になっている。それに対しホトトギスは夏の季語に含まれ、例年なら5月中旬ごろから鳴き声が聞こえる。ことしの立夏は5月5日なので、まだ2週間も先だから、ホトトギスの参上はやや早かったようだ。桜の開花が例年よりも遅かったのに、なぜ、ホトトギスの到来(インドや中国南部からの渡り鳥)が早かったのか、よく分からない。  ホトトギスはウグイスとは縁が深いという。卵をウグイスの巣に託す托卵という習性があるのだ。ウグイスが喜んでホトトギスの卵をかえしてやるのかどうかは分からないが、ホトトギスは「ちゃっかり屋」の鳥なの…

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1543 豊穣な音楽の世界 恩田陸著『蜜蜂と遠雷』を読む

 ピアノコンクールをテーマにした作品として思い浮かべるのは『チャイコフスキーコンクール ピアニストが聴く現代』(中央公論社)である。ピアニストの中村紘子(21016年7月26日に死去)がこのコンクールの審査員を務めた体験から、コンクールの舞台裏を紹介した作品で、1989(平成元)年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。それから長い歳月を経て、今度は恩田陸が同じようにピアノコンクールをテーマに、音楽の世界を描くフィクションに挑んだ。  第156回直木賞を受賞した『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)は、一口でいえば「読み終えるのが惜しくなるような作品」だ。1頁2段組み507頁の長編だが、コンクールのエントリーから第一次予選、第二次予選、第三次予選、本選までの展開が読む者の想像を超えて豊穣であり、倦むことがないのだ。舞台は架空の日本の都市、芳ケ江。この街は3年に1度、国際ピアノコンクールが開催されている浜松がモデルという。  登場するピアニストたちは環境も育ちも違う3人の天才が中心だ。養蜂家を父に持ち、フランス各地を転々とし自宅にはピアノがない16歳の日本人少年風間塵。ピアノ界の巨匠の教え子で台風の目のような存在だ。天才少女といわれながら13歳の時に母と死別して挫折を味わった20歳の日本人音大生栄伝亜夜。亜夜と幼い時に一緒にピアノを習った19歳のジュリアード音楽院の学生、マサルC・レヴィ・アナトールは日系三世の母とフランス人の父を持ち、コンクールの本命候補だ。3人のほかに存在感を示すのが楽器店に勤める…

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1531 音楽は希望の使い 市民オーケストラの映画「オケ老人」

 「オケ老人」という題名に惹かれて映画を見た。老人が中心の市民オーケストラを、杏演ずる高校の数学教師が指揮するストーリーだ。杏の指揮ぶりが真に迫り、オーケストラのメンバー役の俳優はベテラン(笹野高史、左とん平、小松政夫、石倉三郎、藤田弓子、茅島成美ら)をそろえ、映画の面白さを引き立てている。  現在、全国に幾つこうした市民オーケストラがあるのか分からない。だが、映画のオーケストラと同様、それぞれに歴史を持っているはずだ。仙台在住の友人、松舘忠樹さんも市民オーケストラで演奏を楽しんでいる一人である。所属するのは「仙台シンフォニエッタ」という1998年に設立された弦楽器を主体とする室内オーケストラで、ここでコンサートマスターをしている。  松舘さんは『アマチュアオーケストラは楽しい』(笹気出版)という本を出している。それによると、「仙台シンフォニエッタ」のメンバーは、「20~30歳台の若い人もいるが、還暦を過ぎた世代や昭和初年生まれという元気な老年が主力」(「中高年合宿は楽し」より)である。松舘さんは元NHKの社会部記者で、医者や学校の先生、家庭の主婦、会社員と様々な人で構成しており、「オケ老人」とよく似ている。  アマチュアの団体はもめごとが多いという。「オケ老人」も、オーケストラが分裂し、残ったのが老人ばかりという設定だ。松舘さんがかつて所属していたアンサンブルも、ワンマンリーダーの「アマチュアはプロの演奏家を引き立てるのが役割」という方針に反発して、松舘さんら多くのメンバーが身…

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1453 3・11から5年 モーツァルトのレクイエム「涙の日」

「罪ある人 裁きを受けるために 塵より蘇える日 それは涙の日」 『レクイエム』(死者のためのミサ曲)の第7曲「ラクリモサ」の第8小節でモーツァルトの筆は途絶えた。それから間もない1791年12月5日未明、かつて神童といわれた音楽家は35歳という若さでこの世を去った。その後、弟子のジュースマイアーによって補筆完成した曲は、モーツァルトの「魂の歌」として演奏され続けている。あと1週間で3・11から5年。友人が所属する仙台のオーケストラが3月11日の「祈りのコンサート」でこの曲を演奏するという。一方、別の友人は散文詩風の「風信」という連載で、原発の再稼働が続く現状を厳しく告発している。 松舘忠樹さんは元NHKの社会部記者だ。仙台で被災した松舘さんは震災後、被災地を丹念に回り、復興の動きをブログで書き続ける一方、アマチュアオーケストラ・仙台シンフォニエッタのコンサートマスターを務め、定期演奏会を開いている。仙台シンフォニエッタはほかのオーケストラなどと合同で2014年から震災の犠牲者を慰霊する「祈りのコンサート」を開催し、ことしで3回目になる。詳しくは松舘さんのブログに譲るが、開催の意図を松舘さんは以下のように記している。 《2011年3月11日の東日本大震災では1万5900人もの人々が亡くなり、2500人余の行方不明の方々の捜索は今も続けられている。政府は5年で集中復興期間を終えるとしている。「復興はすでになった」といった誤解ばかりか、風化という言葉も時にささやかれる。故郷を捨て、いつ終わる…

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1451 「理想の音を求めて」 ピアノ調律師を描いた『羊と鋼の森』『調律師』

ピアノの調律師を描いた2冊の本を読んだ。宮下奈都『羊と鋼の森』(文藝春秋)と熊谷達也『調律師』(文春文庫)である。調律に魅せられた山育ちの青年(宮下著)と妻を交通事故で失った元ピアニストの調律師(熊谷著)が、それぞれの理想の音を求める物語だ。2冊を読み終え、ピアノ曲のCDを聴いている。この美しい演奏の陰に、調律師という専門分野の人たちがいることを思う。 『羊と鋼の森』は、高校にやってきた調律師の音を聴いたが主人公が調律の道を目指す物語で、双子の女子高校生との交流を中心にストーリーが展開する。 調律とは何なのだろう。簡単にいえば、ピアノの音程を調整することだが、さまざまなメンテナンスも含まれる。それは調律師にとっては、理想の音を求める作業でもある。文中には調律師の理想として原民喜(1905~1951)の『砂漠の花』という短いエッセーの中の文体に関する言葉が引用されている。原民喜は詩人・作家で広島で被爆した体験を詩や小説に残している。 《明るく静かに澄んで懐しい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体……私はこんな文体に憧れている》 「文体」を「音」に置き換えれば、調律の理想を語っているととらえることができる。北海道の山育ちの青年がこの言葉を糧に、調律師としてどのように成長していくのか。清冽な流れを思わせる筆遣いが読後の清涼感を呼ぶ。宮下もまた、この作品で原民喜の言う理想の文体を目指したのだろう。 …

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1426 風景との対話 冬の空を見上げて

朝焼を見た。俳句歳時記(角川学芸出版)で調べてみると、夏の季語の天文の項にあって「日の出間際の東の空が赤く染まる現象で、夏に多い。俗に朝焼の日は天気が下り坂になるといわれる」という説明が付いている。それにしても、空気が乾いたこの季節(冬)の朝焼は見事であり、道行く人も「きれいですね」と声をかけてきた。 昼の時間が一番短い冬至は、ことしは12月22日である。毎朝、同じ時間帯に散歩をしているが、今の季節は日の出が待ち遠しいくらいだ。東の空が赤くなり、朝焼の現象と分かっても雨よ降らないで、と祈りたい気持ちになる。 朝焼より数日前の朝の空には、薄い衣のような雲がかかり、その中に白い月が浮かんでいた。青い空と白い雲・月の饗宴のように見えた。 冬の空に似合う音楽はないのだろうか。手元にあるCDヴィヴァルディのバイオリン協奏曲集「四季」の第4番冬(バイオリン・フェリックス・アーヨ / イ・ムジチ合奏団、1958-1959)を聴いてみた。 全3楽章のうち、第2楽章ラルゴは非常にゆったりしたメロディで、日本では「白い道」というタイトルでNHKのみんなのうたで流されたことがある。海野洋司の作詞で、母親と一緒に歩いた北国の雪の道を懐かしむものだ。歌詞は別にして、冬の空を見上げながら物思いにふけるには、「四季」の冬・第2楽章はとてもいい。 黒田恭一の『はじめてのクラシック』(講談社現代新書)によると、ヴィヴァルディの「四季」が日本で初めて発売されたのは戦後9年目の1954年のことで、媒体…

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1368 釣鐘草と精霊の踊り 私的音楽の聴き方

道端に蛍袋(ホタルブクロ)の花が咲いている。歳時記には釣鐘草、提灯花、風鈴草ともと出ており、同じキキョウ科なのだ。ホタルブクロの花は下を向き、釣鐘草の花は上を向いて咲くらしい。 釣鐘草といえば、小学校で習った『スコットランドの釣鐘草(つりがねそう)(The Blue Bells of Scotland)という曲を思い浮かべる人もいるだろう。原曲はイングランドとの間で繰り広げられた戦争に徴兵された恋人の帰りを待つ女性の思いがテーマといわれ、スコットランドの古い民謡として、長い間歌い継がれてきたのだという。 日本では小学校唱歌として採用され、何人かが訳詞をしている。私が覚えているのは野口耽介と堀内敬三の訳詞である。   美しき わが子やいずこ   美しき いとしきわが子   しるべなき身 はるかの国へ   はるばると 旅たちにけり   美しき わが子やいずこ   美しき いとしきわが子   夢に見るは 幼き頃の   あどけなく ほおえむ姿   美しき わが子やいずこ   美しき いとしきわが子   つつがなきや のぞみにみちて   ゆく道の 幸をば願(ねご)う               (野口耽介)      こみどりの 森の下かげ   ひやびやと 風がわたれば   目をさまして 釣鐘草は   風の歌に ひとりほほえむ   鳥も来ぬ 森の下かげ   ひといろの 緑の中に   白く光る 釣鐘草は   さびしそうに ゆれてまどろむ …

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1356 福美ちゃんへ 《悲しみを経て》

街路樹の中で特に存在感があるのはけやきである。いまの季節はけやきの緑の葉が目に優しく、その緑に見守られるようにして子どもたちが陽光の中を歩いている。その姿を見て、ふと「福美ちゃん」のことを思った。私は福美ちゃんとは面識がない。だが、福美ちゃんは私の心の中で大きな位置を占め続けている。子どもたちの姿を見て深層心理が働き、福美ちゃんのことを知った日のことを思い出したのだろうか。 私が福美ちゃんを知ったのは、千葉市の幕張メッセで開催されていた「小児がんと闘う子どもたちの絵画展」(主催・財団法人がんの子供を守る会)でのことだった。5年半前の2009年11月のことだ。この絵画展で私は「石川ふくみ相談会」と書いてある1枚のポスターに目を奪われた。急性の白血病で入院していた静岡県伊東市の石川福美ちゃんが、入院した病院でさまざまな悩みごとの相談に乗ったときのポスターである。 ポスターには「皆さん悩みってどこで作るのでしょう。知ってますか、それは心と気持ち!たった2つの見えないものがそんないやなものを作ってしまうのです。時によってうれしい幸せを運ぶことも、どんな悩みがあっても隠さずに言ってください。悩みを1つ抱えると、10個、20個、悩みが増えますよ。人生1つ、命1つ、悩みや困ったことを抱えて生きるのはもったいない。せっかくもらった命だから、楽しく、悩みや困ったことのない人生に」と書いてあり、寄せられた相談に福美ちゃんがけっこう楽しい回答をしていることも記されていた。 小児がんの子供の母親の相談。…

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1353 二足のわらじの芸術家たち 多彩な才能に畏敬

手近にあったCDをかけると、ロシアのアレクサンドル・ボロディン(1833~87)の「ノクターン~弦楽4重奏曲第2番ニ長調第3楽章」が流れてきた。ボロディンといえば作曲家のほかに化学者の顔を持ち、二足のわらじを履き続けた人である。多方面に才能を発揮した人物と言えば、イタリア・ルネッサンス期のレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)がいるが、一芸だけでなく多芸に才能を発揮する存在は少なくない。 ダ・ヴィンチは、「最後の晩餐」や「モナ・リザ」という絵画があまりにも有名だが、発明家としても知られている。文学作品にも取り上げられアメリカのダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』は映画化され、話題になった。日本では最近、真保裕一が『レオナルドの扉』(角川書店)というイタリアを舞台にした冒険小説を出版した。ダ・ヴィンチが残した新型兵器に関するメモの争奪をめぐる物語である。 真保によれば、ダ・ヴィンチのメモ(手稿)を記したノートは5000ページ近くが発見され、研究が続けられているという。その中には絵画のほか、数学、天文学、土木、軍事技術など様々な分野の研究成果がつづられ、ダ・ヴィンチの天才ぶりが分かり、その周辺は想像をかき立てられることが多いのだという。だから、文学作品のテーマにもなるのだろう。 24歳8カ月で亡くなった詩人、立原道造(1914~1939)もボロディンと同じく2足のわらじ組だった。彼は東大在学中に建築設計分野の辰野賞(東京駅などを設計し日本の近代建築の先駆者である辰野金吾を…

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1207 最後に輝きが ソチ五輪閉幕・歴史に残る羽生、葛西、浅田3選手

ソチ五輪が閉幕する。ソチと日本の時差は5時間だが、現地時間午後10時に決勝が始まる競技もあり、多くの人が寝不足になったのではないか。欧米のテレビのゴールデンタイムに合わせるため遅い時間に競技のスタートを組んだというから、五輪の商業主義が進んでいるのは間違いない。それはさておき今回の五輪で話題になった日本選手の3人を挙げると、フィギュアの羽生結弦、浅田真央、スキージャンプの葛西紀明ではないかと思う。 羽生はショートの演技で史上初の100点以上の得点を出し、フリーは不本意な演技だったが、何とか逃げ切り金メダルを獲得した。東日本大震災の被災者の一人でもある。葛西は41歳というスポーツ選手としては峠を越えた年齢にもかかわらず、ラージヒルで銀、団体で銅と2つのメダルを取った。それに対し浅田は6位と成績は振るわなかった。しかし、2人に負けず劣らず、最後には輝きを見せた。 初めて行われた団体と個人のショートで、トリプルアクセルという女子選手では難しいジャンプに挑んで失敗した浅田は、個人のショートではだれもが目を疑う16位に沈んだ。そして、2020年の東京五輪組織委員会会長に就任した森元首相は「見事にひっくり返った。あの子、大事なときには必ず転ぶんです。負けると分かっている団体戦に浅田さんを出して恥をかかせることはなかったと思うんですよね」と発言し、その言葉の軽さに批判が集まった。 浅田のフリーの演技は、彼女の真骨頂といえるものだった。ショートで失敗したトリプルアクセルを含めジャンプのすべてを完…

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1205 もう一人のレジェンド いまも現役・長野五輪のテストジャンパー

ソチ五輪の男子ジャンプ、個人ラージヒルで41歳の葛西紀明選手が銀メダルに輝いた。この年齢でスキーの第一線を続け、しかも世界のトップの位置を占めているのは驚異としか言いようがない。だれが名付けたのかは知らないが「レジェンド=伝説」という言葉はよく似合うと思う。葛西選手の活躍をテレビで見ながら、一人のジャンパーのことが家族の間で話題になった。覚えている人はいま、どれほどいるだろう。生まれながら聴覚に障害を持った高橋竜二選手である。 ソチ五輪直前の大きな話題は、全聾の作曲家といわれた佐村河内守氏の曲は私がつくったと、新垣隆氏が名乗り出たことだった。しかも、それを告白した新垣氏は「佐村河内氏の耳は聞こえていたようだ」と語り、これまで佐村河内氏がレコード会社をはじめ、テレビや新聞、出版社、音楽ファンをだまし続けたことが明らかになった。 ソチ五輪に出場したフィギュアの高橋大輔選手はこの騒ぎのあと、ショートで佐村河内氏の曲(実は新垣氏の曲)を使い、動揺することなく見事な演技をしたことはご承知のとおりである。 佐村河内氏の問題は、聴覚障害者にとって迷惑なことだったと思う。聴覚障害がPRの手段に使われたからだ。「全聾でありながら、絶対音感を頼りに作曲をした」という佐村河内氏のPRはマスコミに乗り、現代のベートーベンともてはやされた。しかし、音楽評論家で指揮者の野口剛夫氏は、ヒットした交響曲1番「HIROSHIMA」について、「マーラーやショスタコービチなどをほうふつとさせる部分が随所にあり、和…

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1200 真贋入り混じった現代社会 別人が作曲した希望のシンフォニー

芸術作品の真贋問題でよく知られているのは古陶器の永仁の壺事件(1960年)だ。鎌倉時代の古瀬戸の傑作として国の重要文化財に指定された永仁二年の銘があった瓶子(へいし・壺の一種)が、実は陶芸家加藤唐九郎の現代作であることが発覚し、大騒動になった。この騒動があっても、制作に没頭した加藤の陶芸家としての名声は下がることはなく、逆に高まったといわれる。 希望のシンフォニーといわれる交響曲1番≪HIROSHIMA≫の作曲家として有名になった佐村河内守の曲は、別人が作曲したことが明らかになった。曲自体はオリジナルの作品としても、別人が作曲したのだから佐村河内作品としては「偽物」だった。加藤と違って、佐村河内に対する風当たりは強くなるのではないか。 音楽に疎い私は、NHKの特集番組を見てCDまで買った。不明を恥じるしかない。佐村河内のイメージは、まさに現代のベートーベンのようだった。全壟、黒ずくめの服装、サングラス、そして長髪。NHKの番組をはじめとするメディアの報道はそのイメージアップに大きな役割を果たした。現代人はイメージを利用した宣伝に弱い。その結果、いつしか彼は現代のベートーベンとしてもてはやされてしまった。その胡散臭さをだれも長い間見抜けなかったのだから、なかなかの演技派だったといっていい。 今回のように、音楽業界ではゴーストライターの噂は多いという。著名人がゴーストライターを使っていることはよく知られている。ウィキペディアで「ゴーストライター」の項を見て驚いたのは、数多くのゴ…

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1124 望郷の思いで聞く名曲 友人のシャンソンコンサートにて

 美しい故郷をすてて若者は都会に出ていく。そして長い年月が過ぎる。でも故郷の山はいまも美しい……。シャンソン「ふるさとの山」はこんな曲だ。6月29日夜、東京・神楽坂のライブホール・TheGLEEで開かれた友人のシャンソン歌手・斉藤信之さんのコンサート。ピアノの弾き語りで斉藤さんが最初に歌ったのが「ふるさとの山」という曲だった。途中から、斉藤さんはさりげなく、ピアノの伴奏を日本の名曲「故郷」(ふるさと)に変え、誰でも知っている懐かしい歌の合唱が会場内を包んだ。  斉藤さんは東日本大震災と原発事故のダブルパンチに見舞われた福島県出身だ。話し言葉が京都弁になるほど京都暮らしが長く、京都を拠点にシャンソンの道を歩いている。少年時代から斉藤さんが音楽に熱中し、音楽で身を立てることを夢見ていたことを知っている私は、歌を聞きながら緑濃い故郷で彼と過ごした少年の日々を思い出していた。 「ラ・ボエーム」、「海への憧れ」(ラ・メール)と郷愁を誘う名曲が続いた後、斉藤さんはいきなり帽子をかぶった。それは自動車レースの最高峰といわれるF1の帽子で、南フランスを旅行した際に買ったのだそうだ。その帽子をかぶって歌ったのが自身の作詞作曲の歌「F1」という躍動感ある曲だった。谷村新司と堀内孝雄がアリス時代に歌った「チャンピオン」を彷彿させる力強い曲で、シャンソンとは違う面でも斉藤さんの幅広さを感じさせた。  最近、私は被災地の岩手県に行く機会があり、高度経済成長期の昭和30年代に国民的愛唱歌といわれ、いまも…

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1105 ミニコンポの修理で知った現実 使い捨て時代を実感

ある国内メーカーのミニコンポを使っている。2006年8月に購入したもので、使い出して間もなく7年なる。最近、CDを入れても音が出なくなったので修理を頼んだ。 すると、やってきたメーカーの担当者は、「読み取り装置が壊れたので、交換する必要がある。修理代は1万以上かかります。いまは1万円以上出せばミニコンポが買える時代なので考えた方がいいですよ」と言うのである。このメーカーは使い捨てを奨励しているのではないかと思ったが、このミニコンポの音に愛着があったので修理することを選んだ。 10日ほどで、ミニコンポが返ってきた。修理費は1万6485円だった。内訳は交換した読み取り装置(ピックアップ)が4935円、出張費用が2310円、技術料が9240円、消費税785円だった。担当者が言うように、修理費は安くはなかった。 保証期間がとうに過ぎており、メーカーとしても現物を引き取り、さらに大阪の工場まで送って修理し、さらに返送したものを私の自宅まで届けたのだから、正当な修理代なのだろう。それを承知したとしても釈然としない思いが残った。部品代よりも技術料が高いのは壊れたら修理するより買い替えた方がいいとメーカーが奨励していることの表れのように思えたからだ。 メーカーにとっては自社の製品を長く使ってもらうのが誇りのはずなのに、ものを大事にする風潮が日本社会から失われていることをコンポの修理でよく分かった気がした。 昔から「安かろう、悪かろう」といわれるが、安くても簡単に壊れない製品をつくるの…

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892 心に沁みる「IF WE HOLD ON TOGETHER」 何気なく聴いたCDの一曲

アメリカの黒人女性歌手、ダイアナ・ロスのCDを何気なくかけ、何気なく聴いた。全部で13曲が入っているCDの12曲目に一番好きな歌があった。「IF WE HOLD ON TOGETHER 」(ウィル・ジェンキンス作詞、ジェームズ・ホーナ作曲)だ。「力を合わせて困難に立ち向かえば」という訳がついている。 いつの時代でもこの世界には苦悩や困難なできごとが付きまとう。3・11を経験したことしは特に人生のつらさを思ってしまう。そんなときにダイアナ・ロスの歌は心に沁みた。ダイアナロスは1944年3月生まれの歌手で、アメリカで最も成功した黒人女性歌手の一人である。 斉藤真紀子さんの名訳に、うなずきながら何度も聞き返した。人生でくじけそうになってもあきらめずに生きて行けば、夢はかなえられる、希望を失わないで、という内容だ。もともとは1988年にアメリカで上映されたアニメ「リトルフット」の主題歌だった。このアニメは現在、映画界の巨匠になったスティーヴン・スピルバーグ(ジョーズや未知との遭遇を製作)とジョージ・ルーカス(スターウォーズを製作)が共同して製作総指揮を務めた作品だという。もう20年近く通っているスポーツジムでも、一時期館内でよくかけられていた。 歌詞の通り、人にはくじけそうになるときが多々ある。自分を見失って絶望に襲われることもまた少なくない。生きることにあきらめてしまう人が年間で3万人を超える時代なのだ。それに3・11が重なり、日本人の多くが生きることに苦闘している。混沌とした時代、ダ…

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863 音楽とともに歩んだ記者人生 アマチュアオーケストラは楽しい・松舘忠樹著

音楽の楽しみ方は人それぞれだと思う。この本(仙台市・笹気出版)の著者である松舘さんは、社会部記者を中心に長い間、報道機関のNHKで忙しい生活を送った。そんな生活の中でも松舘さんはヴァイオリニストとしてのもう一つの顔を持ち、クラシック音楽を楽しんだ。頁をめくりながらこんな人生もあるのだと、いまさらながらに松舘さんの歩みを知ってうれしくなった。 以前のブログでチャイコフスキーの「弦楽のためのセレナード ハ長調 作品48」とのかかわりについて触れたことがある。 私の一番好きな部類に入る曲である。手元のCDの解説には「殊のほか陽の光に満ちている。全曲を通して、幸福感のなかに平和で静謐なひびきがこだましているようだ」とある。松舘さんがコンサート・マスターを務める仙台シンフォニエッタというアマチュアオーケストラは、この曲に2回も挑戦した。しかも、2回目の2008年6月22日は指揮者なしで演奏したという。 この本は松舘さんが属する仙台シンフォニエッタの演奏会のプログラムに寄せた演奏曲目に対するエッセー風の解説を中心に、松舘さんとヴァイオリン、クラシック、各地のオーケストラとのかかわりを書いている。さらに後半では生まれ故郷であり、現役最後の任地になる青森への、静かだが愛おしさをこめたエッセー「私家版 青森賛歌」を載せている。 青森のむつ市で生まれた松舘さんは中学1年生からヴァイオリンを始める。父親が知人からヴァイオリンをもらったのがきっかけだったという。当時青森市にはヴァイオリンの先生…

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799 FMから聞こえる澄明な音楽 忘れていたラジオ

ふだんラジオは聞かないが、東日本大震災以来枕元にはラジオが置いてある。東京電力が計画停電するというので、ラジオが大事だと思ったからだ。電池もあまり減っていないのか問題なく聞こえる。 震災から間もなく1カ月。FM放送にダイヤルを合わせると、モーツァルトのピアノ協奏曲20番が流れてきた。4月とはいえまだ寒い東北の避難先でも、ラジオに耳を傾けている人がいるに違いない。モーツァルトの名曲は、傷心を癒すことができるのだろうかと思う。 解説によると、この曲はモーツァルトの初めての短調の協奏曲だ。旋律はどちらかといえば暗い。そして展開は劇的で、メリハリの利いた作品だ。歴史的な巨大地震と津波、現代エネルギーの一翼を担う原発事故という未曽有の災害に遭遇したわが日本の現在と将来を考えながら、ハンガリー生まれのピアニスト・アンドラーシュ・シフのピアノとベルリンフィルの音楽に聞き入る。沈んでいた気持ちが少し和らぐ思いがした。 テレビが出現するまでは、情報伝達の中心は新聞とラジオだった。その後、テレビの出現、さらにインターネット、携帯電話の普及でラジオは家庭の中でも片隅に追いやられた。だが、ラジオは災害時には大きな威力を発揮する。情報伝達の手段としては重要な役割を持っている。 だれでもが簡単に携帯でき、最近は手回し発電の懐中電灯兼ラジオという防災グッズもある。そのラジオが東北の被災地にはあまりないと聞いた。テレビや携帯に依存しすぎて、ラジオの大事さを忘れていたのかもしれない。 今度の震…

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631 壊れたCDプレーヤー ものづくりへの哲学

最近CDプレーヤーの調子がおかしくなった。まだ購入して3年半しかたっていないのに、CDによって音が飛んだり、全く音が出なくなったりする。中にはごくまれに普通に音が出るものもある。 CDプレーヤーは小さなレンズからレーザー光をあてて情報を読み取る仕組みで、レンズがホコリなどで汚れてしまうと、情報を取り込めずに、音飛びやサーチが出来なくなるというのだ。このプレーヤーを修理に出すかどうか迷っている。 そんな数日が過ぎて、ふだん使っていないCDプレーヤーの存在を思い出した。それはもう20数年前、オーディオに凝っているころなけなしの小遣いをはたいて購入した、当時としては最高級に近いプレーヤーだった。 それは居間のラックに納まり、1年に1、2度、気が向いた時に、家人がスイッチを入れるだけで長い時間が過ぎた。 けっこう重い。1階の居間から2階の部屋に移すのに苦労する。アンプとスピーカーにセットし、CDを入れる。内田光子とイギリス室内管弦楽団のモーツァルトのピアノ協奏曲22番を聞く。間違いない、スリリングな内田の演奏だ。壊れた方のプレーヤーよりもいい音がする。 機械には当たり外れがあるという。比較的均一化された日本の家電製品でもそれはある。それにしても3年半の方が壊れ、20数年の方がそのまま使えること自体がおかしい。2つのメーカーは違う。 使う側にしてみれば、後者のメーカーに信頼を置くのは当然だ。(経営不振で別の音響メーカーと経営統合し、子会社になった)使い捨てという考え方…

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572 ポプラのように 09年旅の終わりに

先日、「傘の自由化は可能か」という、大崎善生の一風変わったエッセー集を読みながら、九州の西端、枕崎から鹿児島中央まで約2時間45分、JR指宿枕崎線のロ-カル列車の旅をした。 大崎は日本将棋連盟発行の将棋雑誌の編集者を経て作家になった。札幌出身で、実家の隣の家にはことし亡くなった作家の原田康子(名作、挽歌の作者)が住んでいたという。原田とのかかわりを書いた「一本の大木」というエッセーには、大崎の作家としての思いが込められているようだ。原田が「海霧」という作品で2002年に吉川英治文学賞を受賞した際、大崎もその記念のパーティに出席した。そこで原田は次のようにスピーチしたのだという。 「隣の坊ちゃん(大崎のこと)が昨年(2001年)、吉川英治文学新人賞を受賞されてびっくりしていたら、今度は私が文学賞。私たちの住んでいる通りを吉川通りと名前を付けたらどうでしょうか」 大崎は、その後でこう書く。「一人きりで机に向かう原田さんの姿は平原に立つ一本のポプラの木を思わせる。気高く、誇らしく、そして孤高にそびえ立つ一本の大木。いつの日かそうなれるよう私も頑張りたいと思う」 ポプラは北海道のシンボルのような樹木である。そのポプラにたとえて大先輩への畏敬の念を示した気持のこもった文章だ。 無人駅の枕崎を出発したローカル線は、乗客もまばらだった。大崎のエッセーを読みつつ、窓外を見ると、百名山の開聞岳が目に入った。 太平洋戦争末期、鹿児島県知覧の特攻基地から出撃した戦闘機は開聞岳に向けて…

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509 歌の風景 少年時代の風あざみ

秋到来を感じる8月の末日だ。先日、井上陽水を取り上げたテレビ番組を見た。その中で「少年時代」という歌が代表作の一つだと井上自身も語っていた。その詩の中に、実在しない植物が書かれているのを知った。 「風あざみ」だ。この歌は「夏が過ぎ 風あざみ だれの憧れにさまよう 青空に残された 私の心は夏もよう」とある。秋を感じさせる詩の中に登場する架空の植物だ。 辞書で調べると、アザミはキク科アザミ属の多年草で、ノアザミ、フジアザミなど多くの種類があるそうだ。しかし「風あざみ」という種類はもちろんない。詩の中で「風」と「あざみ」の間を開ければ、晩夏の風の中で揺れるアザミの花を連想し、何となく意味は通る。 しかし、井上はそうはしなかった。何となく心に浮かんだ「風あざみ」という言葉を語感がいいと思い使ったのだという。 言葉は難しい。このように美しく、郷愁を感じさせる歌でも、こんな語句が使われている。テレビ番組でロバート・キャンベル東大教授は「風あざみってどんな植物だろうと思っていたが、ないことが分かった」と話していた。 知日家の外国人がこんな疑問を持っていたのに、私はこの歌を口ずさみながら「風あざみ」について、何も考えたことはなかった。鈍感といえば鈍感だ。井上にだまされていたのだ。 夜になって、秋の虫が鳴き始めている。コオロギだろう。「風あざみ」の季節から、天空がどこまでも青い季節になる。そして2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件から間もなく8年。この世界、そして地球は…

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