1796 京都の放火殺人・あまりの惨さに慄然 人の命はかくもはかないのか

 34人が死亡し、34人が重軽傷を負った京都アニメーションに対する放火殺人事件は、日本の犯罪史上、稀に見る凶悪事件と言っていい。放火容疑者は病院に収容されているが、回復して動機の解明ができるのだろうか。放火による多数の犠牲者というニュースに、1980(昭和55)年8月19日夜、新宿駅西口で定期バスが放火され6人が死亡、22人が重軽傷を負った事件を思い出した人も少なくないかもしれない。世の中に不満を持った男による無差別テロともいえる犯行だった。男は裁判で無期懲役となり、服役中に自殺した陰惨な事件だった。あれから39年の歳月が流れ、同じように罪なき人々が多数犠牲になってしまった。  新宿バス放火事件の夜、通信社社会部の遊軍記者だった私は3週間に1度の泊まり勤務に入っていた。火曜日の午後9時すぎだった。パソコンがない時代のことである。2人のデスクはまだ机の上に置かれた多くの原稿と格闘していた。警視庁とデスクとを結ぶ黒い電話が鳴った。受話器を取り上げるだけでダイヤルの必要はない電話で、デスクの代わりに出てみると、後輩の警視庁担当記者が「新宿駅西口でバスへの放火があり、多数の死傷者が出た模様です。番外をお願いします」と叫んでいる。  番外というのは、通信社から各新聞社、放送局に速報を流すことを言う。当時は手書きであり、私は番外を書く用紙に「警視庁によると、午後9時過ぎ、東京・新宿駅西口でバスへの放火があり、死傷者多数の模様」と書き、デスクに声を掛けて渡した。その夜、私たち3人の泊まり勤務者は、この事件関…

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707 特捜検事の堕落 悪魔が来りて笛を吹く

 馬鹿な検事がいたものだと思う。障害者団体向け割引郵便制度をめぐり偽の証明書が発行された郵便不正事件で、証拠品として押収したフロッピーディスクを改ざんしていた 疑いで最高検に証拠隠滅容疑で逮捕された大阪地検特捜部の検事、前田恒彦容疑者(43)のことだ。  特捜部が昨年5月26日、村木厚子・元厚生労働省児童家庭局長の部下だった上村勉被告の自宅から押収したFDの最終更新日時を2004年「6月1日から6月8日」に書き換えたというものだ。朝日新聞の朝刊で報道されたと思ったら、すばやく最高検が動き(昨夜かららしい)、あっという間に逮捕してしまった。これ以上引き延ばしていると、さらに痛くもない腹を探られると思ったのかもしれない。同時に、検察当局の危機感の現れだ。  このところの検察批判はすさまじい。検察の捜査が正義を追求するというよりも、「捜査のための捜査」という権力の乱用が目につくからだ。それは村木元局長の公判の過程、さらに無罪判決でも明らかになった。前田検事は功を焦って法律家としてはもとよりだれが考えても「やってはならないこと」に手を染めてしまった。何人かの検察官に接したことがある。この人たちにもいろいろな人がいる。権力を持っているという背景を基にした自信過剰派、あくまで法律を基本に正義を追求する良識派、そしてこの中間の人たち。  当然、前田検事は自信過剰派だったのだろう。このタイプは裏返せば周囲の評価を気にする。「大阪地検特捜部のエース」などといわれれば、それだけ肩に力が入っていたに違…

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548 人間の尊厳を思う 映画「さまよう刃」

広島県北広島町の山中で遺体が見つかった島根県立大1年、平岡都さんの事件は悲惨だ。首が切り落とされ、体も多くの傷があったという。遺族にとっては耐え難い事件である。映画「さまよう刃」を見て、犯罪被害者の苦しみ、悲しみを思った。 昨年9月のブログ「人間の根源とは」で、映画の原作(同じ題名)の小説(東野圭吾)に触れた。その際、何人からコメントがあった。その一つに「この本は映画化されないことを願います」というものがあり、私も「映画化されると、もっと残虐な印象が強くなってしまうと思います」と返事をした。 それは杞憂だったかもしれない。映画はかなり抑制をしていたと思う。寺尾聡は、一人娘を失った父親の苦悩、犯人への怒りをクールに演じている。 映画はあくまで映画であり、原作とは異なる部分もある。(長野のペンションの女性の,主人公に対する対応、ラストシーンなどだ)しかし、原作も映画も犯罪被害者には「救いがない」ことを訴えている。さらに、凶悪化する少年犯罪に、法律が追いついていないことも浮き彫りになる。 千葉大生が殺された事件では、被害者のプライバシーが週刊誌やテレビのワイドショーによって徹底的に暴かれてしまった。まるで、彼女の私生活が犯罪と関係があるかのように。これらのメディアは被害者家族の心情を推し量ることができないのだろうか。 多くの犯罪被害者の家族は、心では犯人に対し復讐したいと思うだろう。だが、さまよう刃の主人公のように直接的行動はせず、一心に苦悩や悲しみを背負いこんでいるの…

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547 夕焼け空 茜雲に思う

  昼ごろまで降っていた雨が午後には上がり、犬の散歩をする時間帯には虹が出た。少しすると、西の空は見事な夕焼けになった。昨日までの寒さはうそのようだ。携帯電話のカメラを使って、何枚か撮影したのが添付している写真だ。茜色に染まった夕空を見上げながら、きのうのことを思い出していた。  昨夜は後輩の送別会だった。人生の転機を迎えた彼のために、かつての同僚たちが集まった。時間前に彼は姿を現したが、やや憔悴していた。それはそうだ。実は彼の息子が車で出勤途中に気を失うという危機一髪の事態があったというのだ。彼の話を再現する。  朝、息子さんはいつものように車で出勤した。その息子さんから1時間ほどして「気分が悪くなった、助けて」という電話が入った。その場所は東京のJR北千住駅前だった。彼はあわてて電車に乗り、現場に向かった。駅前の道路わきに息子の車が止まっており、後にはパトカーがいた。ふらふら状態の息子さんは、父親が駆けつけたことを知って、安心したのかようやく話ができるようになった。 「車を運転していて、急に気分が悪くなり、駅前の道路左側に乗り上げて止まった。その後お父さんに電話をしたことまでしか覚えていない」  喘息を持っている息子は、この数日体調が不良でかかりつけの町医者から薬をもらっていた。この日の朝も、薬を飲んで車を運転していたという。そんな話を聞いたパトカーの警察官は「それじゃあ、ここに止めたのは仕方がないですね」と、駐車違反切符を切らずに去っていったという。  息子さん…

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545 逃亡の果てに 情報化社会の市橋容疑者逮捕

3日のブログ「現代を象徴する事件と警察力」の中で、「千葉県警は、2007年3月の英会話学校講師の英国人女性殺害事件(容疑者の指名手配は死体遺棄容疑)でも、写真まで公開したのにいまだに容疑者を逮捕していない」と書いた。 翌4日の新聞朝刊(朝日)に市橋達也容疑者が整形手術を受けていたことが報道されて以来、メディアがこの事件を毎日取り上げ、10日夜、大阪市内で逮捕された。現代が情報化社会であることを象徴する展開だった。 市橋容疑者は、自宅のマンションで警察から事情を聞かれている最中にはだしで逃げ出し、そのまま行方をくらました。だから、逃走資金(5万円程度)もほとんどなかったはずだ。千葉からどのようにして逃走を続け、大阪の建設会社にもぐりこんだのかはまだ分からない。警察が懸賞金1000万円をかけ協力を呼びかける特異な事件でもあった。 かつてアメリカのテレビドラマ「逃亡者」が高視聴率を記録した。妻を殺したという疑いで指名手配された医師が逃走を続けながら、真犯人を探して全米を転々とするストーリーだ。この医師は、半白だった髪を黒く染めたうえ、もちろん名前を変える。行動も極力目立たないように注意を払う。それでも病人の手当てをするなどヒューマニズム精神を発揮して、周囲の注目を集めてしまう。 市橋容疑者の逃亡の姿は、テレビドラマを彷彿とさせる。顔を整形し、髪型も変える。眼鏡をかけ、髭も伸ばす。もぐりこんだ建設会社では、いつも帽子はかぶったままで、写真はまともに写らないように気をつける。しか…

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543 理解困難な小説 高村薫「太陽を曳く馬」

難解で手に負えないと思った。 高村薫の「太陽を曳く馬」は、読んでいて疲れてしまう作品だ。この作品の内容を理解して読了することは至難ではないか。高村薫という作家の名前に引き寄せられて、読み始めたものの、読後感は「徒労」であり「理解不能」だった。 ストーリー自体はそう複雑ではない。東京都心の座禅が有名な寺から脱け出した癲癇という病気を持つ修行僧が車にひかれて亡くなる。遺族が弁護士を通じて「病気があるのに、寺を脱け出すことを見逃した」という理由で、この寺の住職らを保護者責任者遺棄致死と業務上過失障害の疑いで告訴する。その捜査に当たるのが高村作品でこれまで何度か登場した警視庁捜査一課の合田雄一郎だ。 この寺には、かつて合田が捜査し、死刑となった事件の男の父親が僧侶をしていた。作品の上巻では父親と殺人犯の息子を中心に話が進み、下巻では事故死した修行僧が元オウム真理教にいたことから、オウムと座禅寺の僧侶らの違い、仏教とは、という宗教論に進んでいく。 特にこの下巻の内容があまりにも難解すぎて投げ出したくなった。作者の高村が何を言いたいの、私には見当もつかない。読んでいて迷路に入り込んでしまうのだ。 村上春樹の「1Q84」も、作者の意図が不明瞭な作品だが、それ以上に太陽を曳く馬は、ミステリーなのか純文学なのか、その範疇を考えることが困るほどだ。高村薫はどうしたのだろうか。それを通した新潮社の編集者の感覚も尋常ではない。 作家は読者に迎合する必要はもちろんない。だが、読者を納得さ…

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541 私のDNAは 究極の個人情報を保管

いま話題のDNA(デオキシリボ核酸)を採取し、保管を依頼した。 1990年5月に栃木県足利市内のパチンコ店の駐車場から4歳の女児が行方不明になり、翌朝、近くの渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された事件で、有罪判決を受けて服役していた菅家利和さんのDNAと遺留物のDNAが一致しないという再鑑定結果が出て、釈放されたのはつい最近のことだ。そのDNAはどのように採取するのか。 大災害やテロなど、思わぬ事故、事件で多くの命が奪われた際、個人を特定するのは難しい場合が少なくない。米国の同時多発テロ9・11では、身元の確認作業が困難を極めたという。それだけ、遺体の損傷が激しかったわけだが、一番身元確認に力を発揮したのは、歯型の照合よりも保存されたDNAと、遺体から採取したDNAの照合だったという。とはいえ、照合する元のDNAがなければ、そうした作業はできない。(犯罪捜査では事件現場に残された血痕と容疑者の血痕が鑑定で合致すれば有力な材料になる9 そうしたDNA採取・保存を愛知県歯科医師会がやっている。東京のNPOが職員を対象に採取・保存をするというので、たまたま訪れた私も便乗した。申込書に住所や名前、生年月日などの必要事項を書き、免許証のコピーと写真を出し、歯科医師がアプリケーターという柔らかいスプーンのような用具を口の中に入れ、左右の頬の部分をぬぐってサンプルを採取し、それを保管するのだ。 愛知県歯科医師会は、採取したDNAを6年間保存するそうだ。その間に、採取を受けた個人が身元が…

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539 現代を象徴する事件と警察力

結婚詐欺で起訴された34歳の女が、ほかの男性4人にも合わせて1億円を貢がせていたことが話題になっている。しかも、この4人は、女に金を貢いだ後、亡くなっている。出会いはインターネットというから、現代の最先端を利用した犯罪なのだろうか。それにしても、4人の死を警察は不自然に思わなかったのだろうか。それが疑問なのだ。 埼玉県警に逮捕された女は、東京の高級マンションに住み、外車を乗り回していた。詐欺師は巧みな話術が大きな武器だそうだ。「婚活」という言葉が流行語になっている。辞書によると、女性の社会進出、晩婚化、ライフスタイルの多様化などで独身者が多くなり結婚のためには就活(就職活動)のように積極的な働きかけが必要な時代なのだという。女は巧みな話術と婚活、インターネットという流行をうまく使って、結婚願望の男たちを手玉に取ったのだろう。 亡くなった4人は、事故や自殺として扱われたようだ。警察はきちんと捜査したのだろうか。これから捜査がどのような展開になるのか分からないが、4人の死が女の作為的行為(殺人)だった場合、捜査の甘さが批判されるだろう。 千葉大学の女子学生が殺害された事件では、ATM(現金自動出入機)で被害者の口座から現金を引き出した帽子をかぶった男の画像が公開された。この男が犯人と断定はできないが、角度は高いだろう。だが、こうした画像の公開は、捜査が難航していることの裏返しのように思えてならない。これが当たっていないことを祈るのだが、千葉県警は、2007年3月の英会話学校講師の…

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469 通勤電車でわが道を行く人 我慢は日本人の特性?

JRを毎日利用している。ラッシュよりは少し外れた時間なのだが、込みようはいつになっても解消されない。それなのに、傍若無人な振る舞いの人が何と多いことか。多くの人は心の中ではいい加減にしろと思いながら黙っている。我慢は日本人の特性でもあるように。 けさもこんなことがあった。多くの乗客が列をつくり、到着した電車に乗り込もうとするが、入り口付近の右側には携帯電話の画面を見たままの若い男性がおり、その反対には漫画を広げた若い女性がいる。押し合いへし合いしながら乗り込む。すると、もう1人、大柄の若い男が漫画を広げたままひじを張って、動こうとしない。 何とか電車は発車する。漫画を持った男も女も自分の世界に入り込んで、本を閉じようとしない。携帯電話を広げる人も増えてきて、電車が揺れるたびにほかの乗客にもたれかかる。文句を言えば、けんかになることを恐れて、だれも何も言わない。 この後、また短い区間ではあるが、JRの別の路線に乗り換える。この電車には入り口近くにもつり革のついた捕まり棒がある。体を支えるためとはいえ、入り口近くの捕まり棒は迷惑だ。乗降の際はよけてくれればいいが、よけないままに捕まった人が多いのはどうしたことだろう。ここでも、だれも文句を言わずに、仕方ないなあという顔をしながら乗り降りするのだ。 こうした傍若無人の態度を取るのは若者だけではない。いつも同じ電車に乗り合わせる熟年の男性は、座ると必ず足を組む。込んできてもその姿勢は変えない。家族がそんな姿を見たらどう思うのかと、心…

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455 科学捜査は万能か 足利事件で思う裁判員の責任

日本の刑事裁判の有罪率は99・9%だという。検事が起訴すれば、その段階で有罪が決まったようなものだ。だが、過去に冤罪もかなりあり、新しい証拠が見つかり再審で無罪になった事件も少なくない。 栃木県足利市の女児殺害事件で無期懲役が確定しながら、DNA鑑定のやり直しで犯人ではないという結論が出た菅家利和さん(62)が4日、千葉刑務所から釈放された。その映像をテレビで見ながら、人を裁くことの難しさをあらためて感じ、裁判員制度は大丈夫なのかと思った。 DNA鑑定といえば、科学捜査の最先端のはずだが、菅家さんの事件当時の鑑定は旧来のやり方で現在のものとは精度は悪いことがはっきりした。かつて血液学の権威といわれ、日本の法医学の第一人者に古畑種基東大名誉教授がいた。 彼は多くの難事件について警察・検察の依頼で血液鑑定をし、その鑑定が決め手になって多くの被疑者が有罪になった。しかし、その後、弘前大教授夫人殺人事件はじめ再審で無罪になる事件が相次ぎ、文化勲章まで受章した古畑氏の業績に対しては現在では疑義が強い。 菅家さんの事件に戻るが、この事件のDNA鑑定の誤りは、科学が万能ではないことを警察・検察だけでなく、裁判所にも注意を促したといっていい。 菅家さんは過酷な運命にさらされた顔になっていたと思った。現在62歳だというが、窪んだ目、薄くなった髪からして同世代の男性よりも、かなり年上に見える。 17年間の獄中、何を考えながら生きていたのだろう。「警察官や検事は絶対に許さない。謝って…

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421 哀感あふれる捜査官の回顧録 田宮榮一著「警視庁捜査一課長」

田宮榮一氏が出版した「警視庁捜査一課長 特捜本部事件簿」という本を読んだ。警視庁の鑑識課長を経て、日本の警察の中でも最も激務といわれる捜査一課長を務めた田宮さんが犯罪捜査に取り組む捜査員の姿を中心に、捜査の裏側の実態を哀感込めて振り返った作品である。 洗練された文章だ。練達の捜査官を経て、田宮氏はいまテレビの世界で生きている。 この作品には、当然事件記者も登場する。その名前を見て不思議な感覚が蘇った。同じ時代を共有したというのだろうか。事件を追う苦しさやつらさという感覚はうせているが、田宮氏の本の活字の中から彼らの姿が浮かび上がってくるのだ。 最終章の13章は「居酒屋の女将さんに捧ぐ-夜回り記者の溜まり場山形屋」という話だ。渋谷区笹塚の商店街の外れに、その居酒屋はあった。古い木造の2階建てで、山形屋という名前の通り、女将さんは山形出身だった。 友人に連れられて通った。女将はとうに70を過ぎていたようだ。不思議な雰囲気があり、カウンターに座ると、妙に落ち着いた。女将の山形弁が心地よいと思った。 友人も山形屋の常連だったのだ。ある日彼と田宮氏、この本に登場する朝日新聞の清水建宇記者の3人が山形屋に行った。たしか清水記者は「呉越同舟できょうはサボりましょう」というような提案をし、友人も同調したという。 田宮氏は既に捜査一課長の激務を終え、一課長を指揮する立場に異動していた。2人の記者は仕事の質問はしない。ほかに客はなく、女将と3人の男の静かな夜が過ぎていった。これ…

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411 現代社会の負を強調 湊かなえ「告白」

湊かなえの「告白」は、現代社会のネガティブ面を強調したサスペンスで、救いようがない暗さを秘めた作品だ。 どうして、ここまで人間の弱さや暗さを延々と描くことができるのか考え込んだ。食べているときはおいしくても、後味が悪い食品を口に入れてしまったような感想を抱いた。 中学校を舞台に、この学校の女性教師の娘がプールで死んでいるのが見つかる。この事件(事故)から、端を発して女性教師の犯人に対する復讐告白から始まり、それぞれの登場人物が語り部となってなぜ子どもがプールで亡くなったかを明かしていく。それが悲劇の連鎖へと進むのだ。 子どもの死をきっかけに、それにかかわった2人の少年の身辺で最悪の事態が次々に発生する。この作品に描かれる学校、家庭、社会には未来はない。現代日本はここまで陰湿な社会になってしまったのだろうか。 一方で、この作品は意外な展開をたどり、読み始めたらやめられなくなる魅力もある。ストーリー性の豊かさは、天性のものなのだろう。シングルマザー、いじめ、引きこもり、HIVといった現代の象徴をちりばめていて、異次元の世界の話とは思えず、つい先へと読み進める。 読み終えて私はむなしい気持ちに陥った。湊がどんな思いでこの作品を書いたかは知らない。しかし、あまりにも現代社会を鋭く突き詰めて描いているが故に、再び読んでみたい本とはいえない。それがこの作品の欠点なのかもしれない。

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410 山手線の異様な光景 警察が広告ジャック

ある日の朝、山手線に乗って驚いた。頭が変になったのかと思った。全部の車両が警察のPRで占められていたからだ。 まるで、電車ジャックのように思えた。何しろ車両の外も中も警察関係のシールやポスターが占拠し、映像のディスプレーまでが警察紹介なのだ。 団塊世代の大量定年退職時代を迎え、警視庁の人材採用活動の一環なのだそうだ。しかし異様な光景であり、息が詰まる思いがした。怪訝な顔をした乗客も多かった。 新聞やテレビの報道によると、この試みは3月2日から山手線の1編成(11両)のすべての広告を警視庁が独占し、16日まで続くというから、宣伝効果は大きいかもしれない。外にはSP(要人警護)や白バイ隊員、警察犬などのシールが張られ、車内には警視庁の現役警察官をモデルに使ったという37種類、1700枚のポスターが掲示されている。 乗降口上の画面には新人警察官の仕事ぶりの紹介、振り込め詐欺のクイズなどが映しだされていた。予算は4600万円というからさすが警視庁だ。3月の予算消化時期としてはうまい使い方ではある。 「安心・安全な街づくりを進めるという警視庁の思いを伝え、警察官という職業は大変やりがいのある魅力的な職業ということを知っていただきたい」というのが、この電車作戦のコメントだ。 現代は宣伝の時代だ。だから警視庁も思い切った手を打ったのだろうと推測する。しかし、ここまでやる必要があるかと疑問に思う。現場の警察官の多くは地道に仕事に取り組んでおり、こんな宣伝は必要がないはずだ。 …

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407 政治とカネ 永遠の捜査課題

小沢一郎民主党代表の公設第一秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕された。政治とカネの話はうんざりだが、政治にはそれほどカネがかかり、あるいは政治家になるとカネが集まるということなのだろう。 昔、「井戸塀」という言葉があった。広辞苑には「政界に乗り出して私財を失い、井戸と塀しか残らないこと」という意味だと書いてある。逆にいえば、資産家でも私財を失うくらい政治にはカネがかかるということでもある。 経済界から政界に入った故藤山愛一郎氏あたりが最後の井戸塀代議士だったかもしれない。だが、いまの政治家にそんな人は見当たらない。大物政治家といわれる人たちは豪邸を高級住宅街に構えている。あるいは高級マンションを自宅にしている。歳費といわれる国会議員の給料は決まっており、それだけであれだけ羽振りのいい生活はできまい。 今回の小沢氏の問題は、東京地検特捜部と政界が戦後長く続けてきたせめぎあいの延長線上にある。造船疑獄、ロッキード事件、リクルート事件と特捜部は政治とカネの問題にメスを入れてきたが、イタチごっこは果てしなく続くのではないか。政治家とカネの問題は「永遠の捜査課題」ともいえる。 小沢氏は今回の捜査を「国策捜査」だと強く批判した。特捜部に逮捕された経歴を持つ鈴木宗男氏も小沢氏の肩を持ち「国策捜査だから、小沢氏はやめなくともいい」と話している。IT業界のホリエモンこと堀江貴文氏や村上ファンドの村上世彰氏が逮捕された際にも「一罰百戒」という言葉が使われた。多くの人が違法行為をしているが、…

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360 透明な季節の中で 不透明な日本社会

空気は乾き透明感の強い一日、少し足を延ばして郊外を歩くと、木々の葉が赤や黄色に色づき、つい見とれて足を止めたくなった。家に帰ると、目の前にあるけやき並木からは、強い風にあおられた葉が次々に飛んできて、狭い庭は落ち葉で一杯になっている。 空は「限りなく透明に近いブルー」(村上龍の小説より)といっていい。眺めていると、吸い込まれるような、そんな深い色をしている。立冬はとうに過ぎたのだから、このような西高東低がもたらす気候は当然だ。そんな、澄み切った自然とは逆に、いま日本社会で不透明な出来事が相次いでいることに当惑する。 米国発の金融危機は日本経済全体の危機に波及し、銀行も自動車会社も果てはテレビ局、広告会社もその波をまともに受け、苦境の決算予測が連日新聞紙上をにぎわしている。そのしわ寄せは当然、下請けの中小企業に及んでいる。出口の見えないトンネルに日本社会も入ってしまったのだろうか。 年金問題で国民の批判にさらされ続けている旧厚生省の元次官が相次いで襲われた事件は、この不透明な時代を象徴するようで、暗澹とした気持ちになった。 閉塞感が強まると、過去にはテロが起きた。この事件がテロかどうかは分からないが、個人的恨みよりも、不祥事続きの年金問題に対し、強い反感を抱いた人間の犯行との見方もできよう。 かつて、知り合った厚生省の若い官僚に厚生省を選んだ理由を聞いたことがある。斜に構えるのが得意な私は、生意気な答えを期待した。しかし、この官僚は「世の中の弱い人や貧しい人の役に立…

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326 人間の根源とは 東野圭吾・さまよう刃

娘に宿題を与えられた。東野圭吾の「さまよう刃」を読んで、感想を話してほしいと。最近、サスペンスとはあまり縁がない。しかし、あまりにしつこく言うので読み始めた。そうしたらやめられなくなり、一日で読み終えてしまった。 娘が言う。もし、裁判員としてこんな事件を担当したら、どうしたらいいのだろうと。法律と被害者感情は大きく隔たっている。それを東野はこの小説で厳しく問いかけている。 花火大会の夜、主人公の長峰の1人娘が少年たちに拉致される。少年たちは薬を使ったうえ彼女を強姦し、死んでしまった少女を川に捨てる。なぞの電話で犯人の少年の1人を突き止めた長峰は、彼を刺殺して、復讐のために逃走したもう1人の少年を追う。 この小説を読み進めるうちに犯罪被害者がどれほどに心を痛め、犯人に対する憎悪の念を抱いているかが伝わってくる。 長野に潜伏した少年を追って、長峰は長野のペンションを探し回る。それに協力するペンションの女性の存在は、「少年犯罪と犯罪被害者」という暗い主題の作品で救いになる思いがした。彼女も1人息子を事故で亡くした悲しい過去を持つ。 東京に逃げた少年を追った長峰は、ついに少年を追い詰める。そこには警視庁の刑事たちも姿を見せる。結末は予想通り、重くて哀しい。 娘の言うように、もし長峰が逮捕され、起訴された場合(小説の長峰は悲劇的な死を遂げるのだが)裁判員が裁くのはかなり判断が難しい。 現代社会では復讐はもちろん許されない。報復の連鎖になるからだ。しかし事件に巻き…

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303 教員汚職と書店通り魔事件に思う 鈍感政治への警鐘

猛暑が続く中で大分の教員汚職事件、八王子の書店通り魔事件とまるで世紀末的な事件が相次いで起きている。 世紀末とは、一つの社会が最盛期を過ぎて退廃的な現象がみられる時期を言うのだが、21世紀に入ってまだ間もないとはいえ日本社会は精神的にも退潮の一途をたどっているのだろうか。 先生と呼ばれる職業はそう多くはない。弁護士や医師、議員もそう呼ばれるが、文字通りの先生はやはり教師だろう。教育は「聖職」ともいわれるのだが、大分の事件の広がりをみていると、もはやそうした見方が幻想だったといわざるを得なくなる。拝金主義」が教育の世界にも蔓延しているということか。 だが、多くの教師は懸命に教育に取り組んでいるはずだ。かつて、何人かの信頼できる教師とめぐり会った。その影響で好きになった教科も少なくない。 「二十四の瞳」の女先生のような、いつまでも生徒たちに慕われる先生は教育界には多いはずだ。こうした先生たちの奮起を願うばかりだ。 秋葉原の通り魔事件には背筋が寒くなる思いをした。それに続く八王子の事件である。犠牲になった中央大生にかける言葉もない。自分の生活がうまく行かないはけ口を、凶器を持って他人に向ける。 「短絡」といってしまえばその通りだが、今回の犯人と秋葉原の犯人には共通性が多く、現代社会の病巣がそうした犯罪者を生み出す要因になっているに違いない。 社会の歪みが増した結果、自分の境遇に不満を抱き、それが原因で重大な犯罪を引き起こす。そうした階層が次第に増えつつあるこ…

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234 ロス疑惑の三浦元社長逮捕  天網恢恢、疏にして漏らさずか

 秋田を旅している途中、友人が携帯電話のニュース速報を見て驚きの声を上げるの聞いた。サイパンで三浦和義元社長が逮捕されたというのだ。100%近い人が耳を疑ったことだろう。たしか最高裁まで行き、無罪になったはずだ。それがなぜと思うのは、当然だろう。逮捕から時間がたっても逮捕の理由ははっきりしない。テレビでは憶測を交えた話が飛び交っている。今回の三浦元社長逮捕の報道を見て、20数年前の暑い夏を思い出した。  警視庁が三浦元社長の逮捕に踏み切ったのは、彼の愛人といわれた元女優が、元社長の指示で彼の妻である一美さんの殺害を狙って起こしたいわゆる殴打事件(殺人未遂)が突破口だった。この事件を起訴に持ち込んだあと、一美さん殺人で再逮捕したのだった。保険金殺人事件という構図だった。週刊文春の「疑惑の銃弾」という告発記事から報道は過熱し、真偽不明の多くの情報が飛び交った。  警視庁が内偵捜査を始めたのは言うまでもない。しかし、米国が舞台で一美さんを銃で撃った銃撃犯が割り出せない。捜査陣の間には事件にするのは難しいという空気が強くなっていた。警視庁の多くの幹部からも「事件着手はやめた方がいい」という声も少なくなかった。これを押さえたのは、当時の目立ちがりやの警視総監だったと聞く。幸いしたのは、一美さん殺害とは別に、殴打事件が発覚し、捜査に弾みがついたのだ。  殺人未遂での逮捕、殺人での再逮捕へと続き、法廷では三浦元社長は無罪を主張する。しかし、殴打事件は有罪、殺人事件も地裁では有罪で無期懲役の判決…

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160 2つの殺人事件に衝撃 8月の終わりに

8月、2つの事件に衝撃を受けた。名古屋のネットで知り合った男3人による女性殺人事件と警視庁の警官の拳銃を使った女性殺害事件だ。 犯罪はその時代を映すとよく言われる。2つの事件を見ていると、現代社会の病弊を色濃く反映しているように思えてならない。2つの事件の被害者は無念だったに違いない。 金に困った3人の男がネットで知り合い、本名も隠して見ず知らずの女性を拉致して、金を奪ったうえ、簡単に殺してしまう。フィクションではないかと耳を疑った。 しかし、現実に事件はあり、事件を計画した男は「死刑になるのが怖いから」と自首したのである。人を殺しておいて、自分の命は大事だというこの落差。短絡的な人間がこんなにも増えたのはどうしたことかと思う。 警視庁の警官は、ストーカーだった。そのあげくに勤務中に制服姿で女性の住宅に行って、警察用の拳銃で女性を射殺して自殺した。警察は「無理心中」と発表して、新聞やテレビの扱いも最初はそう大きくはなかった。 事の深刻さを考えれば、新聞では一面のネタといっていい。しかし、「無理心中」という発表によって、扱いが一面から社会面に移ってしまった。 その後、警察官の異常さが次々と明らかになり、新聞の扱いも大きくなっていく。以前、警視庁の巡査が勤務中に制服姿で女子大生のアパートを襲い、強姦したうえ殺害するという事件があった。 この事件では、当時の土田警視総監は責任をとって辞任した。当然だ。しかし、今度の事件では、矢代総監が謝罪したのは、事件発生か…

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29 晩節

 福島県の前知事、佐藤栄佐久容疑者が大型ダム工事をめぐって、自分の弟経営の縫製会社の土地を時価より高値で買い取らせる形でゼネコンからわいろを受け取った疑いできのう東京地検特捜部に逮捕された。入札妨害(談合)で起訴されていた弟も収賄容疑で再逮捕された。  前知事は67歳。5期18年知事を務めたが、晩節を汚してしまった。晩節とは、晩年、老後、晩年の節操、あるいは季節の終わりの時期のことを言う。社会的に知名度のある比較的高齢な人物が、汚職などで逮捕された際に、晩節を汚すという言葉がよく使われる。  その意味でいうと、前知事の逮捕はやはりこの言葉が当てはまるだろう。老子の有名な言葉に「功成り名遂げて身退くは天の道なり」(立派な仕事を成し遂げて名を得たら、人にねたまれたりして災いが及ばないうちに、その地位から退く方が自然の摂理にかなった身の処し方だ)がある。  わが日本では昨今、この言葉に反する人物が何と多いことか。かつて、この人物はと思われたNTT会長の真藤恒会長がリクルート事件で逮捕されたのは78歳という高齢になってからだった。  つい最近では,村上ファンドに福井俊彦日銀総裁(72)が1000万円を投資して、利益を得ていたことが発覚、大きな問題になった。福井氏は辞任を拒否し投資で得た利益を寄付することで、総裁の椅子に座り続けている。福井氏は老子の言葉など聞く耳を持たないのだろう。  日銀総裁がこんな体たらくなのだから、日本は「金もうけ優先」「拝金主義」の国になっている…

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