テーマ:絵画

1828 ただ過ぎに過ぐるもの 優勢なセイタカアワダチソウ

 散歩コースの遊歩道から調整池を見ると、池の周辺の野原は黄色い花で埋め尽くされている。言わずと知れた外来植物のセイタカアワダチソウである。例年、この花とススキは生存競争を繰り返しているのだが、今年は外来植物の方が圧倒的に優勢だ。この道を歩き続けてかなり長い。そして、2つの植物の生態の変化に飽きることはない。  手元の百科事典による…
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1814 北海道に生きた農民画家 神田日勝作品集から

 絶筆の馬が嘶く(いななく)夏の空 農民画家といわれた神田日勝さんが32歳でこの世を去ったのは、1970年8月25日のことである。絶筆となった絵は、この句(妻の神田美砂呼=本名ミサ子さん作)にあるように馬をモチーフにした作品(未完成)だった。私がこの画家を知ったのは初めて北海道に暮らした時で、30年近く前だった。その後、この画家のことは…
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1805 幻想の城蘇る 生き残ったノイシュバンシュタイン城

「私が死んだらこの城を破壊せよ」狂王といわれ、なぞの死を遂げた第4代バイエルン国王ルートヴィヒ2世(1845~1886)の遺言が守られていたなら、ドイツ・ロマンチック街道の名城、ノイシュバンシュタイン城は消えていた。この城を描いたラジオ体操仲間の絵を見ながら、激動の渦に巻き込まれた城の歴史を思った。  城が好きだったという作家の司…
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1801 カザルスとピカソ 「鳥の歌」を聴く

 CDでチェロ奏者、パブロ・カザルス(1876~1973)の「鳥の歌」を聴いた。「言葉は戦争をもたらす。音楽のみが世界の人々の心を一つにし、平和をもたらす」と語ったカザルスは、1971年10月24日の国連の日に国連本部でこの曲を演奏した。カザルスは当時94歳という高齢で、演奏を前に短いあいさつをした。それは後世に残る言葉になった。 …
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1799 損傷したモネの大作《睡蓮、柳の反映》AI技術で浮かび上がる復元画

 原型をとどめないほど上半分が消えた1枚の絵。修復したとはいえ、その損傷が激しい大作を見て、画家の嘆きの声が聞こえてくるようだった。東京上野の国立西洋美術館で開催中の「松方コレクション展」。その最後に展示されているのが60年間にわたって行方がわからなかった初期印象派の画家、クロード・モネの大作《睡蓮、柳の反映》(縦199・3センチ、横4…
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1790 マロニエ広場にて 一枚の絵にゴッホを想う

  近所にマロニエ(セイヨウトチノキ)に囲まれた広場がある。その数は約20本。広場の中心には円型の花壇があり、毎朝花壇を囲むように多くの人が集まってラジオ体操をやっている。私もその1人である。既にマロニエの花は終わり、緑の葉が私たちを包み込んでいるように見える。体操仲間の1人がこの風景を絵に描いた。色とりどりの花が咲く花壇の後ろに4…
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1731 暮れ行く初冬の公園にて ゴッホの「糸杉」を想う

 大阪市の長居公園(東住吉区)のすぐ近くに住む友人は、この公園の夜明けの風景を中心にした写真をフェイスブックに載せている。最近は夜明けではなく、夕暮れの光景をアップしていた。そのキャプションには「烏舞う夕暮れ。11月27日夕、長居公園。ゴッホの絵を想起」とあった。それはゴッホが好んで描いた「糸杉」の絵と印象が似ている。暮れ行く初冬の公園…
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1729 ああ!妻を愛す 永遠の美を求める中山忠彦展

 中山忠彦は、日本の現代洋画界を代表する一人といわれる。ほとんどが自分の妻を描いた作品というユニークさを持つ画家である。千葉県立美術館(JR京葉線千葉みなとから徒歩で約10分)で開催中の「中山忠彦――永遠の美を求めて――」をのぞいた。それは驚きの展覧会だった。  驚いた理由は、展示されていたのがほぼ中山の妻、良江さんの絵だったから…
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1728 ルーベンス展でセネカに出会う 晩秋の西洋美術館で 

 好天に恵まれた過日、晩秋の上野公園を歩いた。3つの美術館で開催中の展覧会のどれかを見るべく早めに家を出た。10時過ぎにはJR上野駅の改札口を出て、美術館に向かった。しかし、2つの美術館は長い行列が続いていた。結局、入ることができたのは3番目と考えていた国立西洋美術館の「ルーベンス展」だった。美術の秋、興味がある展覧会を催している美術館…
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1654 坂の街首里にて(4)「全身詩人」吉増剛造展を見る

 吉増剛造は「全身詩人」と呼ばれている。変わった呼び方だが、沖縄県立博物館・美術館で開催中の「涯(ハ)テノ詩聲(ウタゴエ) 詩人吉増剛造展」を見て、合点がいった。言葉としての詩だけでなく、写真や映像、造形まで活動範囲は広く、沖縄にも接点があるという。 「毎年のように初夏、今年は盛夏に、沖縄を訪ねるようになって、ラジオからながれて…
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1622 東京一日散歩 横山大観と田原総一朗と……

 先日、久しぶりに東京を歩いた。昨年9月のけが以来、長時間東京を歩いたのは初めてだった。手術をした右足は、駅やビルの階段の上り下りで、ややもたついた。これもリハビリのうちと思い、なるべく階段を使った。帰宅後、万歩計を見ると、1万5000歩を超えていた。  午前中に向かったのは、恵比寿の山種美術館だった。現在、生誕150年を記念して…
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1600 世界的画家の心情 ピカソとゴッホを描いた原田マハ

 世界的画家と言えば、だれを思い浮かべるだろう。ほとんどの人がパブロ・ピカソ、あるいはフィンセント・ファン・ゴッホの名をあげるはずだ。2人の天才画家をモチーフにした原田マハの『暗幕のゲルニカ』(新潮社)と『たゆたえども沈まず』(幻冬舎)を読んだ。原田は既にアンリ・ルソーをテーマにした『楽園のカンヴァス』(新潮文庫)を出しており、「アート…
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1597「ゲルニカは巨大な錯覚の集合体」か シャガール作品と既視感

 遊歩道のけやきの葉が緑から黄色へ、さらに黄金色に変化した。その葉が落ち始め、遊歩道は黄金色の絨毯に覆われたようだ。《むさしのの空真青なる落葉かな》水原秋櫻子の句である。私が住むのは武蔵野ではないが、遊歩道から見上げる空はまさに蒼茫の世界が続いている。美術の秋だが、けがのために美術館に行けない。そんな時に一冊の本を読んで、ピカソの有名…
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1592 夕焼け断章 暗くなるまで見ていたい

 先日、素晴らしい夕焼けを見た。夕焼けは、太陽が沈む前に西の空が燃えるような紅色になる自然現象である。四季折々に見られるのだが、俳句では夏の季語になるそうだ。夕焼けといえば、あの童謡を思い浮かべる人が多いかもしれない。あれは、やはり夏の歌なのだろうか。  中村雨紅作詞、草川信作曲の「夕焼小焼」である。大正時代(作詞、大正8年=19…
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1563 ナチに捕えられた画家の大作 ミュシャの『スラヴ叙事詩』

 チェコ出身でよく知られているのは、音楽家のアントニン・ドヴォルザーク(1841~1904)である。音楽評論家の吉田秀和は「ボヘミアの田舎の貧しい肉屋の息子は、両親からほかに何の財産も与えられなくても、音楽というものをいっぱい持って、世の中に生まれてきた」(新潮文庫『私の好きな曲』)と書いている。吉田が高く評価したドヴォルザークに比べれ…
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1562 「生と死」にどう向き合う 草間彌生展にて

 彫刻家、画家である草間彌生は、自伝『無限の網』(新潮文庫)の中で、「芸術の創造的思念は、最終的には孤独の沈思の中から生まれ、鎮魂のしじまの中から五色の彩光にきらめきはばたくものである、と私は信じている。そして今、私の制作のイメージは、『死』が主なるテーマである」と書いている。国立新美術館で開催中の「草間彌生 わが永遠の魂」展は、まさに…
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1561 ブリューゲル『バベルの塔』を見て 傲慢への戒めを思う

 ピーテル・ブリューゲル(1526/1530年ごろ~1569)は、2点の「バベルの塔」の作品を残している(もう1点描いたといわれるが、現存していない)。多くの画家がこのテーマで描いているものの、傑作の呼び声が高いのはブリューゲル作である。その1点を東京都美術館で見て、スペイン・バルセロナで建築中の巨大教会、サグラダ・ファミリア(聖家族教…
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1560 「怖い絵」について 人の心に由来する恐怖

 西洋絵画には、見る者に戦慄を感じさせるものが少なくない。そうした絵画を中野京子はシリーズで取り上げた。その第1作はラ・トゥールの『いかさま師』からグリューネヴァルトの『イーゼンハイムの祭壇画』まで22の作品を恐怖という視点で紹介した『怖い絵』(角川文庫)である。恐怖は人の心に由来するものであり、登場する絵も1点を除き、人間(ジェンティ…
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1558 苦闘する学芸員たち 政治家の発言にひるむことなかれ

 これまで全国のさまざまな博物館や美術館を回り、学芸員から話を聞いた。彼ら、彼女らはいかにして、自分や同僚たちが企画した展覧会に多くの入場者を呼ぶか奮闘していた。そんな人たちに対し、山本幸三地方創生相が外国人観光客らへの文化財などの説明、案内が不十分として「一番のがんは文化学芸員。この連中を一掃しないとだめ」と発言し、問題視されると撤回…
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1494 雄々しい高橋英吉の《海の三部作》 被災地作品展を見る

 私が高橋英吉という彫刻家の名前を知ったのは、もう36年前のことになる。だが、その作品を見る機会がないまま長い歳月が過ぎてしまった。先日、東京藝大美術館に足を運び、そこで高橋の作品に初めて接した。海に生きる雄々しい漁夫をテーマにした代表作の木彫作品《海の三部作》の《潮音》《黒潮閑日》《漁夫像》が目の前にある。その作品の前で立ち止まり、私…
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1492 コルビュジエの思想 世界遺産になる西洋美術館

建築家、安藤忠雄氏の愛犬の名前は「ル・コルビュジエ」というそうだ。どこかで聞いた名前だ。そう、フランスの20世紀を代表する同名の建築家(1887年10月6日―1965年8月27日)である。上野の国立西洋美術館を含め、彼が設計した建物が世界文化遺産への登録が確実になったというニュースが流れて間もなく1カ月になる。コンクリートの建物は現代で…
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1483 静かな秋田の市立美術館 若冲展とは別の世界

先日、秋田市立千秋美術館の「最後の印象派」展を見た。20世紀初頭のパリで活躍した画家たちの絵80点を集めたものだ。入場者はそう多くはなく、ゆったりと時間が流れる中でじっくり絵を見ることができた。一方、上野の東京都美術館で開催中の伊藤若冲展は、多くの人が詰めかけ、入場待ちの長い列ができているという。それは異常な光景としか思えない。 …
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1475 若冲作品の原画を見る 静嘉堂文庫美術館を訪ねて

伊藤若冲(1716~1800)が「「巧妙無比」と言った絵が私の目の前にあった。それは仏画「釈迦三尊像」のうちの2幅「文殊・普賢像」であり、先日見たばかりの若冲の絵と重ね合わせた。東京・世田谷の静嘉堂文庫美術館に出掛けた。東急田園都市線の二子玉川駅からバスで8分~10分の住宅街。大通りから小径に入り、坂道を200メートルほど上ると緑に包ま…
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1472 奇想の画家の系譜 伊藤若冲から村上隆へ

伊藤若沖(1716~1800)は江戸時代の絵師で高い写実性に加え、想像力を働かせた作品が特徴であることから、「奇想の画家」と呼ばれている。東京都美術館で22日から始まった生誕300年記念の「伊藤若冲展」はまさかと思えるほどの人が詰めかけ、ゆっくり絵を鑑賞する余裕がないほどのにぎわいだった。若冲は最近注目の画家だというが、それにしてもどう…
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1468 続カラヴァッジョ 新たな「ユーディット」との出会い 

東京・上野の国立西洋美術館で開催中の「カラヴァッジョ展」には、世界公開が初めてという《法悦のマグダラのマリア》(注1)が展示されている。2014年に発見され、真筆と鑑定された作品だ。カラヴァッジョは鮮烈な光と濃い闇のコントラストを効果的に用いる劇的な明暗法によってバロック絵画の先駆者と言われる一方、殺人事件を起こして逃亡生活を続けるなど…
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1467 ユネスコ憲章の精神とかけ離れた世界の実態 ガルシンの嘆きはいまも

オバマ米国大統領が5月のG7伊勢志摩サミット参加時に、広島を訪問することを検討しているというニュースが流れた。訪問が実現すれば、現職の米国大統領としてはもちろん初めてである。オバマ大統領は2009年チェコ・プラハで「核兵器なき世界」を訴える演説をしてその年ノーベル平和賞を受賞したが、核安全保障サミットを提唱したくらいでその理想は実現に程…
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1456 カラヴァッジョの心の闇 逃亡犯の絵画芸術

殺人犯として追われるほど破天荒な生活をする一方、バロック絵画の創始者として名を残したのは、イタリアのミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571-1610)である。国立西洋美術館で開催中の「カラヴァッジョ展」(カラヴァッジョ作品10点と同時代の他の画家の作品の計51点を展示)をのぞいてみると、混雑度はそうひどくなかった。カラヴ…
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1450 悲劇の画家の肖像画 憂い漂うファブリティウス

森アーツセンターギャラリー(東京・六本木)で開催中の「フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」を見た。オランダのこの世紀の代表的画家といわれるフェルメール(1632~75)とレンブラント(1606~69)の作品(各1点)のほか、同時代のオランダの画家たちの作品計60点を集めたものだ。「水差しを持つ女」(フェルメ…
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1442 「聖母子像画」に見る美の追求 ダ・ヴィンチとボッティチェリ展

美術とは何だろうと、約500年前の2つの名画を見てあらためて考えた。それはレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)の「糸巻きの聖母」とサンドロ・ボッティチェリ(1444/45~1510)の「書物の聖母」である。活動時期が重なり、ルネサンスを代表する芸術家である2人の聖母子像作品は、宗教画とは無縁な私でも引き寄せられるアラウ(ラテン…
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1422 芸術は歴史そのもの 絵画と映画と

12月になった。季節は冬。人生でいえば長い歴史を歩んできた高齢者の季節である。最近、歴史を考える機会が増えた。それは絵画であり、映画だった。まず、絵画展。「村上隆の五百羅漢図展」(六本木ヒルズ、森美術館)、DIC川村美術館(千葉県佐倉市)の「絵の住処―作品が暮らす11の部屋」の2つ。そして映画は「黄金のアデーレ 名画の帰還」と「ミケラン…
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