ブログ移行のお知らせ

 事情によりブログを移行しました。移行したブログ名は『新・小径を行く』です。  こちらです→ https://hanakokisya0701.hatenablog.com/archive  今後ともご愛読ください。2021年3月31日 遊歩

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1991 盤根錯節に遇いて利器を知る 他山の石より自民の石

 政治家の言動を見ていると、本当に勉強になります。自分の常識が間違っているのではないかとさえ思うことがしばしばあります。先日、元法相の河井克行衆院議員が、公選法違反(買収)事件の裁判で、これまでの無罪の主張を一転させました。河井氏は起訴事実の多くを認め、衆院議員を辞職すると述べましたが、これに対して自民党の二階俊博幹事長は、「他山の石」という格言を使って感想を述べました。私はこのニュースを見て、この言葉は他人事のように聞こえて違和感を持ちました。こんな言葉がまかり通ってしまうのが、今の政界なのでしょうか。    

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1990 雲海のような絶景 朝霧の散歩道

 今朝の散歩途中、「雲海」のような現象が目の前に広がっていた。正しくは雲海ではない。散歩コースの調整池から発した霧が周辺を覆い、高原に見られる雲海と似た風景を演出したのだ。コロナ禍で気持ちが沈む私たちに自然が贈ってくれた美しい風景は、気温の上昇とともに1時間ほどで消失した。  

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1989 1本の花の物語 幻の「海棠の歌」

 庭に1本だけある海棠の花が満開になった。昨年よりかなり早い。歳時記の本の説明には「4~5月に薄紅色の花をつけた花柄が長くうつむきかげんになるのをしばしば美女にたとえる」(角川学芸出版『俳句歳時記』)とあり、庭の一角が華やかに見える。題名や歌詞に花を取り入れた歌は数多く、かつて海棠も歌になったことがある。この歌をめぐって悲しいエピソードがあった。それは一本の花の物語といえる。   

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1988 春を待つ思いは世界共通 浮かれることはできない日々

 3月も中旬になった。私が住んでいる千葉市周辺ではミモザや水仙、レンギョウといった黄色い花だけでなく、早咲きの桜も咲き出した。ソメイヨシノの開花はまだだが、数日中には開花の発表があるかもしれないほど暖かな日和が続いている。だが、今もコロナ禍の渦中にある。花見に行こうと、浮かれることはできない。

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1987 被災地で感じる胸の痛み(再掲) 

 東日本大震災から10年になった。政府主催の「十周年追悼式」が11日、国立劇場(東京都千代田区)で開かれた。菅内閣は「復興の総仕上げの年」と称して、追悼式を今回で打ち切る方針だという。本当に総仕上げといえるほど復興は進んでいるといえるのだろうか。史上最悪の原発事故に見舞われた福島の現状を見ていると、とてもそうは言えないはずだ。首相の式辞から「復興五輪」という言葉も消えた。なぜかは分からない。  ことしの追悼式で岩手、宮城、福島3県の遺族代表と被災者代表による追悼の言葉があった。4人のうち岩手県の佐藤省次さん(71)は「いろいろな思いが交錯する長いようでまた短いような複雑な思いが駆け巡る歳月だった」と、この10年について語った。私は震災直後、佐藤さんに話を聞いたことがある。あらためて当時の記事を掲載し、震災の記憶を新たにしたいと思う。(佐藤さんは、両親、おばら11人の親族を津波で失っている)  

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1986 渚に燃やせかがり火 永遠の海への祈り

「大島」と聞くと、多くの人は伊豆大島か奄美大島を思い浮かべるかもしれません。2つの島に比べますと、福岡県宗像市の大島、山口県の周防大島(屋代島)、宮城県気仙沼市の大島は「知る人ぞ知る大島」といえるでしょう。気仙沼の大島は東日本大震災の被災地としても知られていますが、私はここで知り合った一人の歌人の歌集を時々本棚から取り出し、絶唱ともいえる短歌を口に出して読んでみるのです。    

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1985「不正のない国で暮らしたい」ミャンマー・デモ参加の女性に学ぶ

「自由で幸福で不正のない国で暮らしたい」。だれでもがこの言葉に異存はないはずだ。わが日本。自由はまあまあある。幸福はどうだろう。健康で文化的で普通の暮らしができ、家族や友人に恵まれていれば、まあ幸福か。自分が幸福かどうかは、人によって受け止め方が違うが、今の日本、自分は幸福と思う割合はそう多くはないのではないか。では、不正のない国はどうか。間違いなく、日本は罰点だ。 

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