1984 誰にもある潜在力 スポーツの爽やかさを感じさせた鈴木選手

 人間には潜在力があるに違いない。最後の大会になったびわ湖毎日マラソンで優勝した鈴木健吾選手の激走を見て、それを確信した。信じられないほどの後半のハイペースで、これまでの日本記録を塗り替え、しかも2時間5分台を切る2時間4分56秒という日本人選手として夢の記録を達成した。コロナ禍で沈んでいる私たちに、鈴木選手は大きな力を与えてくれた。    

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1983 『叫び』に込めた本音 ムンクの不条理の世界今も

  コロナ禍によって「うつ状態」が蔓延している日本で、自殺者が増えている。こんな時代を代弁したようなエドヴァルド・ムンク(1863~1944)の絵。だれしもが『叫び』を思い起こすだろう。以前、この絵をノルウェー・オスロ国立美術館で見たことがある。91 センチ× 73.5 センチの油彩画(1893年制作)だ。この絵には「狂人だけが描ける絵だ」という、肉眼では見えない鉛筆による小さな走り書きが残されていた。この書き込みは、画家自身によるものだったことが分かったというニュースを読んだ。どんな思いでムンクはこの書き込みをしたのか。    

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1982 子どもの目は常に幸福 ラオスでの出会い

「目は心の窓」ということわざがある。マスク姿が常態化している日々。これまで以上に、相手の目元が気になる人が多いのではないか。国会中継をテレビで見ていると、政治家の目は暗いし虚ろな目もある。それに比べれば、子どもの目はきれいで気持ちがいい。     

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1981 自転車に乗るうれしさと怖さ 朔太郎の「日記」から

 私は雨の日を除いて1日に1回は自転車に乗る。いつ覚えたかは忘れたが、もう長い付き合いだ。窓の外に見える遊歩道でも、自転車が散歩の人たちの脇をすいすいと進んでいる。大人から子どもまで自転車はこの街の風景に溶け込んでいる。時々、詩人の萩原朔太郎の『自転車日記』(以下、日記と略)を読み返す。ひやひやしながら自転車をマスターしようとした詩人の姿が目に浮かび、「朔太郎よ、しっかり」と応援したくなる。

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1980 聖書にも「明日のことは思い悩むな」地図で旅するイエスの足跡

 友人には物知りがいる。昨日のブログを見たというある友人は、同じような言葉なら新約聖書にもある、と教えてくれた。早速、本棚奥から「日本聖書協会」発行の『新約聖書 詩編つき 新共同訳』を出してみた。それは「マタイによる福音書」(マタイ伝)6章の中の「思い悩むな」の最後(34節)に書かれている。古今東西、この精神は生きているのだ。    

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1979「明日は明日の風が吹く」の日々 想像の旅へ出よう

「明日は明日の風が吹く」の「明日」の読み方は文語的な「あす」ではなく、俗語風の「あした」だ。「明日のことなど何も分からない、そんな明日を心配しても始まらない」や「先のことを考えても仕方がない」という無責任、自棄的な意味がある一方で、「明日」という未来への期待があり、明日のことは明日の運命に任せて、今日の生活への努力をすべきだというのが原義ではないか(国文学者・池田弥三郎)という説もある。いずれにしても暗い話題が多い昨今、私はこの言葉を思い浮かべながら毎日を送っている。    

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1978 寒い朝に…… 『四季・冬』を聴きながら 

 2月は1年で一番寒い季節だといわれる。朝6時前、まだ暗い中を散歩に出る。東の空に三日月が浮かんでいる。北風が顔に吹き付けてくる。吉田正が作曲した『寒い朝』という歌のメロディーが頭に浮かぶ。昭和の代表的作曲家(流行歌)といえば、吉田、古賀政男、古関裕而だろうか。古賀と吉田は死去後国民栄誉賞を受賞(古関は遺族が辞退)している。吉田はシベリアに抑留されたつらい体験を持ち、自身の作曲した多くの歌の中で『寒い朝』が特に好きだったそうだ。    

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1977 困難な未来予測 あなたは悲観的、楽観的?

 現在の地球は混沌とした時代が続いていて、未来を予測することは難しい。できれば、楽観的に生きたいと思う。「21世紀の世界は、人間が未来を語るときに、今ほど暗い疑いを持つことのない世の中になるでしょう」(『深代惇郎の天声人語』朝日新聞)。46年前の朝日新聞の天声人語で筆者の深代は楽天的な見通しを書いた。だが、残念ながらこの予言は当たっているとはいえない。では、コロナ禍後の世界はどう変わるのだろう。(写真・霧に包まれた調整池と日の出の風景)    

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1976 かつての長老・翁が老醜に 若者よ奮起して

「老醜」という言葉があります。「年をとって顔や姿、心が醜くなる」という意味ですね。「老醜をさらす」とも言います。年をとって醜くなった顔や姿、心を人前に出し、恥をかく、ということです。昨今、内外でこの言葉通りの行いをする人たちが目に付きますね。そんな姿を見る度にある短歌を思い出すのです。  

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1975 いつまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ うそと特権意識と自らの利害と

 政治屋という言葉を使ったのは、コラムニスト・随筆家の高田保(1895~1952)だった。「政治家は次の時代のことを考え、政治屋は次の選挙のことしか考えない」と。昨今は「政治家はコロナ禍の一刻も早い終息を考え、政治屋はコロナなんて無関係。ただ特権意識を振りかざす」というべきか。平気でうそをつき続けた首相に続き、またもやうそがバレた議員たちの姿に怒りを通り越し、あきれ果てた人が多いのではないか。  

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1974 広辞苑で学問のさびしさ知らず 歌集『わが定数歌』を読む

「学問のさびしさは知らず広辞苑読み了(お)へにける夏九十日」 私は若いころ、秋田市で暮らした。この短歌の作者、三浦右己さん(本名・祐起)は当時、秋田の支局長で、とても怖い、人生の師でもあった。いつも新刊書を抱え、文章に厳しい人で歌人でもあった。本棚を整理していたら、この人の『わが定数歌』という歌集が出てきた。歌集に収められていたこの句を読みながら、「学問のさびしさ」という言葉が気になった。コロナ禍が学生たちにも大きな影響を及ぼし、食料支援がニュースになるなど、多くの学生が厳しい生活を余儀なくされているからだ。  

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