1909「人生は死に至る戦いになる」かみしめる芥川の言葉

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 先日、俳優の三浦春馬さん(30)が自殺し、テレビのワイドショーでは連日過熱報道が続き、行き過ぎだという声も出ている。そんな折、今月24日が「河童忌」であることを思い出した。大正文壇の寵児といわれた芥川龍之介の命日(1927年7月24日)だ。芥川の死は、当時の社会に大きな衝撃を与え、後追い自殺をする若者が相次いだという。芥川が35歳で自死してから今年で93年。三浦さんを含めた著名人、さらに無名の人たちとの突然の別れは悲しく残念でならない。

 芥川の命日の名称は生前好んで河童の絵を描き、『河童』という短編を残したことから命名されたそうだ。芥川は「我鬼」という俳号で俳句も嗜んでおり、命日は「河童忌」とともに「我鬼忌」とも呼ばれる。

 図書館の片隅を占め河童の忌 丸山景子
 河童忌や涙流して若かりき 山口青邨
 茄子紺の空と暮れける我鬼忌かな 鈴木しげを
 青年の黒髪永遠に我鬼忌かな 石塚友二

 石塚の句のように、写真に残る芥川は面長で黒髪の長髪、知的な表情だ。芥川は遺書を5通残し、3通が公開されており、岩波書店の『芥川龍之介全集 23巻』に収録されている。そのうち「遺書」は親友の画家、小穴隆一(おあなりゅういち、1894~1966)に宛てたものといわれ、「僕等人間は一事件の為に容易に自殺などするものではない。僕は過去の生活の総決算の為に自殺するのである」というのが、その書き出しだ。芥川は服毒自殺をした。その理由は諸説あって定説はない。それほど、人が自死する動機は複雑なのだ。

「わが子等に」宛てた遺書は8項目あり、この中で芥川は「人生は死に至る戦ひになることを忘れべからず」と書き、さらに「若しこの人生の戦ひに破れし時には汝等の父の如く自殺せよ。但し汝等の父の如く 他に不幸を及ぼすことを避けよ」とも記している。芥川が懸命に生きたことをこの遺書は物語っていると私は思う。芥川は戦いに力尽き、自死を選んだ。そして、作家としての高い評価は今も変わらない。

 2006年6月、「自殺対策基本法」が成立し、この年の10月から施行された。1998年から自殺者が毎年3万人を超えるという異常事態の中で、自殺防止の取り組みの必要性が求められる背景があり、暗い時代の日本社会では評価すべき法律だったといえる。法律の第2条は基本理念について書かれ、1項には「自殺対策は、自殺が個人的問題としてのみとらえられるべきものではなく、その背景に様々な社会的要因があることを踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない」とある。「自殺は個人の心の問題であり、防止活動はできない」というそれまでの考え方に対し、社会的取り組みの必要性を明確に打ち出したことで、自殺防止に取り組む関係者を力づけたのは言うまでもない。

 法律の施行6年を経て、2012年には自殺者が3万人台を割り、それ以降は2万人台で推移、2019年には警察庁が統計を始めた1978年以来、初めて2万人を割り込んだ。だが、ことしはコロナ禍という21世紀に入って最悪の災厄が人々の日々の暮らしを襲い、失業、倒産というバブル崩壊の悪夢を上回る事態が進行している。直接、間接的にコロナ禍がストレスになり、自殺へと追い込まれる人が増える恐れはないのだろうかと、危惧する。「人生は死に至る戦ひになることを忘れべからず」と、芥川は書き残した。いまこそ、この言葉をかみしめたいと思う。


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この記事へのコメント

  • 遊歩さんのこちらの記事を読んで、一面識もなかった医師がALSの女性を安楽死(自殺ほう助)させた事件についても考えさせられました。
    また太宰治や三島由紀夫の死は、未だに謎が残ります。
    自然死なのか、自殺なのか、その間のグレーゾーンに想像力を働かせることが、人間の尊厳を問うことになると思います。
    2020年07月25日 21:09
  • 遊歩

    逮捕された宮城の方の医師自身、自殺未遂を繰り返していたと妻が語っているのが報じられています。川端康成、江藤淳らもそうですが、人が自死へと追い込まれる背景は複雑で、簡単に割り切ることはできないようです。コロナでは既に世界で64万人以上が亡くなりました。命の尊厳が失われている時代になってしまいましたね

    2020年07月26日 08:58