1883「 栄冠は君に輝く」を歌おう「今しかない」(2)完

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 前回に続き、『今しかない』(埼玉県飯能市・介護老人保健施設飯能ケアセンター楠苑、石楠花の会発行)という小冊子に絡む話題を紹介する。夏の全国高校野球大会が春の選抜大会に続いて中止になった。楠苑は全国高校野球連盟(高野連)に対し、この冊子などとともに激励の手紙を送ったという。それには、歌の力を信じる人々の熱い思いが込められていたのだ。

 同苑では、友人の大島和典さんも手伝っている「ハーモニカと一緒に歌いましょう」という催しをコロナ禍で休止するまで続けていた。その最後には、全員(約100人前後)でNHKの連続ドラマ「エール」のモデルである福島出身の古関裕而作曲、加賀大介作詞の「全国高等学校野球選手権大会の歌・栄冠は君に輝く」を歌うのが恒例になっているという。なぜなのだろう。ボランティアとしてハーモニカの演奏を続けている天本淳司さんが、参加者たちを鼓舞しようと、勢いがあって人を元気づけるこの曲を全員で合唱するよう提案、それが続いているのだそうだ。

 この催しは毎月第2土曜日午後1時半から同2時半までの1時間開催され、利用者だけでなく地域の人々や協力者が一緒になり、童謡を中心としたリクエスト曲を天本さんのハーモニカの演奏に合わせて歌い、最後に必ず「栄冠は君に輝く」を歌うのだそうだ。これまで10年、101回続いた催しで欠かしたことはなく、この催しのテーマ曲ともいえる。コロナ禍によって20日、高校野球大会の中止が決まったが、この直前に中止の動きをニュースで知った斎藤八重子さんらは高野連あて激励の手紙を書き、節目である催しの100回目(昨年12月14日))の模様を記録したCDと今回の冊子を同封して送った。それは熱いエールといっていい。

 この歌は「雲はわき 光あふれて 天高く 純白の球 今日をぞとぶ……」という歌い出しの美しく、力強い曲である。古関の自伝『鐘よ鳴り響け』(集英社文庫)によると、戦後の1947(昭和22)年4月、学制改革で新制高校と新制大学が発足し、それまでの全国中等学校野球大会は全国高等学校野球選手権大会になった。これを機に主催する朝日新聞社は新大会の歌を企画、歌詞は全国から募集し、作曲を古関に依頼したのだという。加賀の歌詞を見た古関は打ち合わせのため早速大阪に行き、甲子園にも足を延ばした。どのように曲の発想を得たか、古関は自伝の中で以下のように書いている。

「無人のグランドに立って周囲を見回しながら、ここに繰り広げられる熱戦を想像しているうちに、私の脳裏に、大会の歌のメロディーが湧き、自然に形作られてきた。やはり球場に立ってよかった。この年の8月、第30回の大会から私の作曲した歌は合唱され、現在まで、毎回開会式に歌われている。以来、30年近く、幾千幾万の健児がこの歌によって戦い、悲喜交々の青春時代を味わっておられるであろうか。テレビなどでこの歌を聴くたびに、私もまた今でも胸がときめく」

 高校球児だけでなくこの歌に鼓舞される人々は少なくないはずである。だから、飯能市の高台にある介護老人保健施設の人たちの愛唱歌になったのだ。「今しかない」の冊子とともに高野連に送られた便りは「この世の中『想定外』は無慈悲にも我々の社会の中で、時として起こり得ます。もしこのことで、関係皆様が意気消沈しておられますならば、逆転の発想でポジティブに考えていただきたいのです」と高野連の関係者を激励。続いてこの歌を催しの最後に歌っていることを紹介し、「もう、若人になり切って、胸にたぎる思いが最高潮に達し、参加者それぞれが怒涛のような迫力の臨場感に浸っております。全国あまたには、これに勝る熱狂的な催しをされている事例も多々あるかとは存じますが、こちらも他に負けないとの自負でいっぱいです」と書いている。歌の力を信じている人たちの光景が目に浮かぶ記述ではないか。それは、若人よ、意気消沈することはないというエールのように私には思える。

 最後に「今しかない」の続きの紹介です。9人の短歌(埼老健介護百人一首第十号より・作者名は略)は身近なことがテーマであり、それぞれの作者の日常を想像しながら味わうことができるようだ。

 子育てが終わるやいなややってくる親の介護は初心者だ
 パート仕事に忙しい妻と留守宅守る犬いつも一言ありがとう
 看護師さん温和な言葉面ざしで入居者達をさとし教えり
 朝に夕に帰れぬ人とは思えども話したいやもろもろ話し
 白内障の手術に眼帯外す吾は二十歳の視力に彼岸花見る
 亡き妻の昔し日に今年も彼岸花咲き誇り深紅の絨毯やるせない
 ディの前何時もにっこり地蔵さん道行く人のまもり神
 リハビリの師の押し下さる車椅子外気吸いつつ赤とんぼも見ぬ
 入浴時ケガしない様気を配り無料サウナと思い汗拭く

 この後、利用者の「日々是好日(まいにち元気で)というエッセイが載っている。この人は、400年続く農林業の家の5人の兄弟姉妹の長男として生まれた。農林業をしながら野菜種の行商をしていた祖父は「商いは正直が一番。お客様は飽きられても飽きてはダメ」が口癖だった。子ども時代には麦踏み、麦刈り、脱穀、陸稲の手入れ、お茶摘み、ジャガイモ堀り、サツマイモ掘り、野菜作り、蚕様、山の手入れ、水くみ、風呂焚きなど、家の手伝いをよくやり、学校卒業の時に、家業は継がずに「東京で就職したい」と親に相談すると、「頑張ってみろ」と励まされ、日本交通公社(現在のJTB)に就職したという。日本と世界を回り、お客から感謝され、働き甲斐を感じる日々を送ることができたのは、幼いころ祖父から聞いた商いの話が身体にしみ込んでいたのだろうと、振り返っている。充実した人生を送ったことが読む者に伝わる文章で、感謝の気持ちを忘れない人柄だろうと推測する。

 編集を担当した斎藤八重子さんの「仕事に『恋をする』」という文章からは、ひた向きな生き方が伝わり、好感を抱いた。「働くということは心をみがく修業である」「悩みや苦しみを体験しなければ人は大きく伸びないし、本当の幸福をつかむことはできない」という斎藤さんは全力で人生の道を走っているのだろう。最終頁に「目は、眼鏡。耳は、補聴器。口は入れ歯。昭和一桁もすこし生きる」と書いた利用者に対し、そんなことは構わずに長生きして――という言葉を贈りたい。そう思うのは、私だけではないだろう。

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この記事へのコメント

橋元 雄二
2020年05月22日 09:36
短い言葉の中でそれぞれの人生や思い出の話しには重みがありますね。時として時代に翻弄されてしまう人生もある事をには考えさせられました、平和が当たり前だと思っている若者にも読んでもらいたとおもいました。
遊歩
2020年05月22日 11:43
橋元様
その通りだと思います。短い言葉を読んでいて、さまざまな人生を想像しました。とても素晴らしい冊子です。