1876「人生は一行のボードレールにもしかない」か 『阿弥陀堂だより』から

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 コロナ禍による緊急事態宣言の期限がさらに延長されることが確定的で、外出自粛の日々が続くことになる。これまで経験したことがない状況の中で一日をどう送るか、人それぞれに工夫をしているはずだ。物理的、心理的に閉塞感に覆われた時、読書をする人も少なくないだろう。そして人はどんな本を読み、どんな作品に救われたのだろう。私は知人から届いた映画評を契機に懐かしい本を再読し、新たな読書欲が湧いてきた。

「人生は一行のボードレールにも若(し)かない」(人生は、ボードレールの書いた、たった一行の詩の価値もない=芥川龍之介『或阿呆の一生』より)

 このよく知られた言葉が出てくる作品を再読した。南木佳士の『阿弥陀堂だより』(文藝春秋)である。知人が以前に書いたという、この作品を原作とした同名の題の映画評を送ってくれたからだ。この本を最初に読んだのは1995年夏のことだった。あれから25年の歳月が流れている。新人賞を取ったもののその後これといった作品が書けない小説家の夫と、がんの専門医として注目を集める存在になりながら心の病に侵され、医師としての自信を喪失した妻は、夫の故郷である緑濃い山間の村(谷中村)へと移り住む。そこで小さな阿弥陀堂を守る老女と、老女から話を聞いて村の広報に「阿弥陀堂だより」と題した短い話を連載する、喉のがんにより言葉を発することができなくなった若い女性と出会う。村の美しい四季の中で、生と死をテーマにした物語は進行していく。

 この作品は『7人の侍』で知られる黒澤明に長く師事した小泉堯史監督により映画化され、私も映画館に足を運んだ。原作とは一部異なる部分があるとはいえ、長野県北信濃を舞台にした美しい映像が記憶に残っている。出演者は寺尾聡(売れない小説家)、樋口可南子(その妻で医師)、北林谷栄(堂守の老女)、小西真奈美(村の広報紙に老婆の話を書き続ける声が出ない役場職員)のほか、吉岡秀隆(若い医師)、田村高廣(小説家の恩師で末期のがんに侵されている)、香川京子(その妻)らである。この俳優陣の中で何といっても、96歳の堂守役をやった北林の演技が真に迫っていた。撮影当時北林自身も90歳を過ぎていて歩行が困難になっていたが、主演の寺尾が劇団民芸創設当時からの仲間だった宇野重吉(1988年に73歳で死去)の長男だったため、出演を快諾したというエピソードがあるそうだ。

 知人はこの映画について、以下のように評した。的確な評である。(一部の抜粋)

「かつての名作『生きる』(黒澤明監督)や『東京物語』(小津安二郎監督)に比肩する説得力である」
「作品のベースをなす北信濃の映像も秀逸だ。(中略)阿弥陀堂があり、人間性豊かな人々が、大自然の日々の営みをなしていることに抵抗な く頷ける土地柄だ。この風物が名作に押し上げる原動力となったことも事実であろう。ここでいう風物とは、最近あちこちに出来ている流行の 何々映画村という嘘っぽい人工的なそれではなく、南百年と続いてきた村が醸し出す本物の美と雰囲気である」

 25年前と現在では、社会状況も私自身の境遇もかなり変化している。だが、この本を読み終えて、この作品が色褪せたとは思えなかった。それだけでなく、世界的に多くの人が命を失う新型コロナという災厄に見舞われた時だからこそ、人生を慈しみ、生きるとは何かを考えさせられたのである。随所に「阿弥陀堂だより」として紹介された老女の短い言葉がいい。(以下はその中の2つ)

「目先のことにとらわれるなと世間では言われていますが、春になればナス、インゲン、キュウリなど、次から次へと苗を植え、水をやり、そういうふうに目先のことばかり考えていたら知らぬ間に96歳になっていました。目先しか見えなかったので、よそ見をして心配事を増やさなかったのがよかったのでしょうか。それが長寿のひけつかもしれません」
「96年の人生の中では体の具合の悪いときもありました。そんなときはなるようにしかならないと考えていましたので、気を病んだりはしませんでした。なるようにしかならない。そう思っていればなるようになります。気を病むとほんとの病気になってしまいます」

 阿弥陀堂を守り続けた老女の、こんなつぶやきを聞いたら、「人生は一行のボオドレエルにも若(し)かない」と書いた芥川は、どんな反応をするだろう。頭を抱えるのかもしれない。そう想像すると、大変愉快になる。

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