1870 何といふ怖しい時代  山村暮鳥の「新聞紙の詩」から

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 群馬県出身の詩人で児童文学者、山村暮鳥(1884~1924)の作品に「新聞紙の詩」という詩がある。それは、新型コロナウイルスによる感染症が大流行をしている昨今の内外の現象を表現したような、何とも気になる内容なのだ。暮鳥の詩の中には「一日のはじめに於て」のように、明るいものも少なくない。だが、「新聞紙の詩」は、厳しい現実を直視したといえる作品で、現代に生きる私たちにも訴える力がある。

   新聞紙の詩
 けふ此頃の新聞紙をみろ
 此の血みどろの活字をみろ
 目をみひらいて讀め
 これが世界の現象(ありさま)である
 これが今では人間の日日の生活となつたのだ
 これが人類の生活であるか
 これが人間の仕事であるか
 ああ慘酷に巣くはれた人間種族
 何といふ怖しい時代であらう
 牙を鳴らして噛合ふ
 此の呪はれた人間をみろ
 全世界を手にとるやうにみせる一枚の新聞紙
 その隅から隅まで目をとほせ
 活字の下をほじくつてみろ
 その何處かに赭土の痩せた穀物畠はないか
 注意せよ
 そしてその畝畝の間にしのびかくれて
 世界のことなどは何も知らず
 よしんばこれが人間の終焉(をはり)であればとて
 貧しい農夫はわれと妻子のくふ穀物を作らねばならない
 そこに殘つた原始の時代
 そこから再び世界は息をふきかへすのだ
 おお黄金色(こがねいろ)した穀物畠の幻想
 此の黄金色した幻想に實のる希望(のぞみ)よ

 この詩は1918(大正7)年に刊行された詩集「風は草木にささやいた」に収められている。この年は第一次世界大戦(11月11日に終結)をはじめ、スペイン風邪の世界的流行によって多くの命が奪われ、日本国内では極度のインフレで庶民生活が困窮し米騒動が全国に波及した激動の年だった。配達される新聞も、当然こうした事象を反映し「血みどれの活字」的紙面になり、クリスチャン詩人の暮鳥もそれを詩にしたのだろうと、私は推測をする。

 作家の佐藤賢一さんが朝日新聞の8日付け夕刊に寄稿した「大ペストから600年の無力」という原稿には、1347年の「大ペスト」と呼ばれる人類を襲ったペストの惨禍について書かれている。その中には「一説には人類は、どんな歴史の教訓も600年で忘れるという」とあり、「いずれにせよ、今の世界の無力が妙に頷けてくる。この2020年は、1347年の大ペストから673年だからである」というくだりがある。

 世界の実情を見ていると、600年説どころか、どうも人類は歴史の教訓を忘れてしまう健忘症になっているとしか思えない。ことしはスペイン風邪の大流行から600年どころか102年しか経ていないのだ。にもかかわらず、新型コロナウイルス感染症の爆発的流行になってしまった。山村暮鳥の嘆きの声が聞こえてくるようだ。

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