1803 涼を呼ぶ寒蝉鳴く 猛暑の中、秋を想う

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 猛暑が続いている。暦の上では立秋(8月8日)が過ぎ、きょう13日は七十二候の「 寒蝉鳴」(かんせんなく)に当たり、盆入りである。寒蝉は「かんぜみ・かんせん」と読み、秋に鳴くセミであるヒグラシやツクツクボウシのことをいう。散歩コースの調整池の小さな森で朝夕、涼を呼ぶようにヒグラシが鳴いている。この鳴き声を聞くと、私は秋が近いことを感じる。とはいえ残暑は厳しい。今年の本格的秋の到来はいつになるのだろう。

 手元にある七十二候の本には「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」と紹介されているが、「寒蝉」について広辞苑には「秋の末に鳴く蝉。ツクツクボウシまたはヒグラシの古称か」とあり、大槻文彦・言海「つくつくぼうし」の項の最後にも「寒蝉」と記されている。民俗学の柳田国男は『野草雑記』で植物の土筆(ツクシ)について考察し、地域によってこの植物が「ツクツクボウシ」と呼ばれ、寒蝉=ツクツクボウシと同じ呼称であることを紹介している。このように寒蝉鳴のセミの古称は複数存在するのである。

 七十二候はもともと古代中国で考案された季節を表す方式だが、日本では江戸時代に渋川春海(1639~1715。天文暦学者、囲碁棋士。冲方丁の小説『天地明察』は渋川の生涯を描いている)ら暦学者によって日本の気候風土に合うように改訂されたというから、江戸時代に立秋を過ぎてから鳴くことが多いヒグラシやツクツクボウシを「寒蝉鳴」という七十二候に含め、秋の到来を示す風物詩として言い伝えてきたのだろう。

 書に倦むや蜩鳴いて飯遅し 正岡子規は、こんな句をつくっている。病床でひたすら本に読みふけっていたが、そろそろあきてきた。気が付いたらヒグラシが鳴いている。夕飯はまだかなあ――という意味だろうか。病床にあって旺盛な食欲を失わなかった子規らしい一句だと思う。風情よりも食べること=花より団子だと思う子規に、私は惹かれる。

 一方、自由律句の種田山頭火はツクツクボウシをテーマに2句書いている。
 つくつくぼうしあまりにちかくつくつくぼうし
 つくつくぼうし鳴いてつくつくぼうし

 単純だが、分かりやすい句ではないか。

 近所ではまだツクツクボウシの鳴き声は聞かない。居間に面した庭に日よけをセットしてある。その裏に蝉が一匹とまっているのが見える。写真を撮ろうと近づいたら、逃げられてしまった。たぶんアブラゼミだろう。遊歩道のけやき並木では、まだアブラゼミとクマゼミががうるさいくらいに鳴いている。

 写真 お盆の花といわれるミソハギが近所の広場の花壇に咲いていた。

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