1800 酷使か登板回避か 大船渡監督が問う高校野球の在り方

 野球の好きな人なら、権藤博という投手のことを覚えているだろう。プロ野球、中日に入団した権藤は新人の年〈1961年〉に公式戦の半分以上に及ぶ69試合に投げ、35勝19敗(うち先発41試合、完投2、投球回数429回3分の1)という現代では考えられない超人的成績を残した。翌年も61試合に登板、30勝を挙げたのだが、3年目には肩を痛めたこともあって球威を失い、その後は活躍できなかった。甲子園への出場を目指す夏の高校野球岩手県決勝で、豪速球(最速163キロ)の佐々木朗希投手の登板を回避させた大船渡高校監督の采配に賛否の声が出ている時だけに、往年の権藤のことを頭に浮かべる野球ファンも多いはずだ。  権藤は登板過多、酷使により投手生命は短く、5年で210試合に登板、82勝60敗という寂しい成績に終わった悲劇の投手である。「太く短い」投手人生であり、その後内野手に転向したが成功しなかった。権藤は後に横浜の監督として日本一になるなど、指導者として名を残した。自身の体験から肩には寿命があり、酷使すれば必ず早く寿命が尽きてしまうという理論を持ち、コーチを務めた球団では徹底して少ない投球を教え込んだと、戸部良也は書いている(『プロ野球英雄伝説』講談社文庫)。先発投手は100球以下を基本原則とする、現代の米大リーグの先を行く指導法といもいえる。  夏の高校野球岩手県大会決勝で佐々木投手を「故障を防ぐ」という理由で登板させず、大敗してしまった国保陽平監督の采配に対し、野球評論家の張本勲さんがテレビ番組でかなり厳しい口調…

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1799 損傷したモネの大作《睡蓮、柳の反映》AI技術で浮かび上がる復元画

 原型をとどめないほど上半分が消えた1枚の絵。修復したとはいえ、その損傷が激しい大作を見て、画家の嘆きの声が聞こえてくるようだった。東京上野の国立西洋美術館で開催中の「松方コレクション展」。その最後に展示されているのが60年間にわたって行方がわからなかった初期印象派の画家、クロード・モネの大作《睡蓮、柳の反映》(縦199・3センチ、横424・4センチ)だ。修復作業を経て多くの美術ファンの前に姿を現した無惨な姿は、この大作が戦争に翻弄されたことを示している。  ル・コルビュジが設計し、世界遺産に指定されている国立西洋美術館は1959(昭和34)年6月10日の開館だから、今年で60周年になる。開館の根幹になったのは、川崎造船所(現・川崎重工業)初代社長・松方幸次郎(明治の元勲、松方正義の3男。隊長として日本人によるエベレスト初登頂を成功させた登山家で元共同通信社専務理事の松方三郎は幸次郎の弟)が1910年代半ばから1920年代半ばにかけて収集した美術品「松方コレクション」であることはよく知られている。同コレクションは1927年の川崎造船所の経営破綻後散逸、パリに残されていた約400点は第2次世界大戦中の1944年にフランス政府によって敵国資産として接収されてしまった。戦争は美術品を奪い合うものである一例だ。第2次大戦中、ナチス・ドイツやスターリンのソ連(現在のロシア)もヨーロッパから多くの美術品を収奪したことは歴史の汚点になっている。  接収された松方コレクションは59年、フランスの国立美術館のた…

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1798 チャーチルとジョンソン 英国首相の未来

 ウィンストン・チャーチルといえば、英国の元首相で20世紀を代表する政治家の1人といっていいだろう。政治家でありながら、1953年には「第二次大戦回顧録」を中心とする著作活動でノーベル文学賞を受賞している文人でもあった。欧州連合(EU)からの離脱問題で揺れている英国の新しい首相に離脱強硬派で「英国版トランプ」といわれるボリス・ジョンソンが就任した。元新聞記者だったというジョンソンは、チャーチルのような歴史に名を残す宰相になれるのだろうか。(敬称略)  国内各紙の報道によると、ジョンソンは米国のニューヨークで生まれで、ロンドンにある中高一貫校の名門イートン校からオックスフォード大学に進み、卒業後高級紙(英国は高級紙という一般紙と大衆紙に区別されている)タイムズに入社、新聞記者の道を歩み始めた。だが、駆け出し時代、歴史家の発言を捏造したことが発覚、1年で解雇された。それでも次に安価な高級紙といわれるデーリー・テレグラフに再就職し、EUの前身を取材するブリュッセル(ベルギー)特派員になり、不正確で過激な記事を書き続けたという。この後、政治家に転身しロンドン市長も務めているから政治家として一定の力量はあるのだろう。  人を見た目で判断してはならないことは言うまでもない。だが、人間の本性は外見に出てしまう。それは米国のトランプを見れば一目瞭然であり、ジョンソンにも言える。破天荒、ハッタリともいえる思い切った言動が大衆の人気を集める所以なのだろうが、どこか危うさを感じてしまう。ポピュリズムの典型なのだ。 …

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1797 時間に洗われ鮮明になった疎開体験 「カボチャとゼンマイえくぼ」のこと

 改元で平成から令和になり、昭和は遠くなりつつある。多くの国民が未曽有の犠牲を強いられた戦争が終わって74年になる。時代の変化、世代の交代によって戦争体験も確実に風化している。しかし、当事者にとって歳月が過ぎても決して忘れることができないものがある。最近、知人が書いた少年時代の疎開体験記を読んだ。そこには、戦争がもたらした悲しみの日常が記されていた。戦時中の疎開体験は、知人のこれまで歩んできた人生で大きな位置を占めているのだろう。 「この時代(疎開)から現在までに20年が過ぎている。しかし、それだけの時が過ぎて、私には東北の半歳が私に刻みつかたものが何であるのか、正確には判らない。ただ判るのは、体験が時間に洗われて、より鮮明に私の心に重く腰を据えているだけである」。秋田への疎開体験を持つ作家の高井有一(元共同通信文化部記者)が、疎開先で自殺した母と一人取り残された少年を描き、芥川賞を受賞した『北の河』の中で、こんなことを書いている。「体験が時間に洗われて、より鮮明に心に重く腰を据える」という言葉は、知人にも共通するのではないかと思われる。  鎮魂の季節である8月が近づいてきた。以下、知人の体験の概略を紹介し、少しだけ私の個人的感想を付け加える。  ▽列車からの飛び降り  1945(昭和20)年3月下旬、5歳だった知人は母と妹、弟の4人で秋田県のある山間の村の国鉄駅近くに東京から疎開し、遠縁になる農家で間借り生活を送ることになった。教職に就いていた父親は病歴のために兵役を免れ、仕事のため東京…

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1796 京都の放火殺人・あまりの惨さに慄然 人の命はかくもはかないのか

 34人が死亡し、34人が重軽傷を負った京都アニメーションに対する放火殺人事件は、日本の犯罪史上、稀に見る凶悪事件と言っていい。放火容疑者は病院に収容されているが、回復して動機の解明ができるのだろうか。放火による多数の犠牲者というニュースに、1980(昭和55)年8月19日夜、新宿駅西口で定期バスが放火され6人が死亡、22人が重軽傷を負った事件を思い出した人も少なくないかもしれない。世の中に不満を持った男による無差別テロともいえる犯行だった。男は裁判で無期懲役となり、服役中に自殺した陰惨な事件だった。あれから39年の歳月が流れ、同じように罪なき人々が多数犠牲になってしまった。  新宿バス放火事件の夜、通信社社会部の遊軍記者だった私は3週間に1度の泊まり勤務に入っていた。火曜日の午後9時すぎだった。パソコンがない時代のことである。2人のデスクはまだ机の上に置かれた多くの原稿と格闘していた。警視庁とデスクとを結ぶ黒い電話が鳴った。受話器を取り上げるだけでダイヤルの必要はない電話で、デスクの代わりに出てみると、後輩の警視庁担当記者が「新宿駅西口でバスへの放火があり、多数の死傷者が出た模様です。番外をお願いします」と叫んでいる。  番外というのは、通信社から各新聞社、放送局に速報を流すことを言う。当時は手書きであり、私は番外を書く用紙に「警視庁によると、午後9時過ぎ、東京・新宿駅西口でバスへの放火があり、死傷者多数の模様」と書き、デスクに声を掛けて渡した。その夜、私たち3人の泊まり勤務者は、この事件関…

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1795 前倒し夏休みなのに 梅雨寒続く7月

 梅雨寒や背中合わせの駅の椅子 村上喜代子  梅雨寒の気候が続いている。昨年の今頃は猛暑になっていたが、今夏は天候不順で肌寒い日がなかなか終わらない。私の住む千葉市の市立小中校(165校)は、例年より1週間繰り上げて夏休みになる。3連休だから、実質的にきょう13日から8月いっぱいまでの長い休みである。前倒しの理由は予算不足を補うための苦肉の策だという。  実は千葉市の小中校にはエアコンの設備がなかった。市長も市議会も校舎の老朽化対策が優先だといって、子どもたちに我慢を強いてきた。市議会ではエアコン設置を求める請願に対し、自分たちは涼しい議場にいるにもかかわらず強い精神力・忍耐力を養うためにエアコンは不要という何とも前時代的な意見で不採択にした経緯もある。だが、昨年の猛暑により文科省からエアコン設置を求める通達が出され、千葉市も渋々ながら設置を決めた。  しかし、予算の関係もあって工事がなかなか進まず、結果的に代替え手段として夏休みの前倒しを決めたのだ。だが、皮肉なことに今夏は梅雨が長引き、しかも冷夏の状況が続いていて、夏休み前倒しの意味は薄らいでしまった。一度決めた以上はそれを変更するという柔軟さは役所(教育委員会)にないから仕方がないのかもしれないが、子どもたちの長い夏休みにお母さんたちも戸惑っていることだろう。  旧暦七十二候で、いまごろは「小暑 (次候)蓮始めて開く」とされている。そういえば、私の住む街に通ずる道の脇に昔ながらの池があり、蓮の花が咲いている。千葉市の千葉公園蓮池に…

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1794 新聞と誤報について ハンセン病家族訴訟・政府が控訴断念

 朝の新聞を見ていたら、「ハンセン病家族訴訟控訴へ」という記事が一面トップに出ていた。朝日新聞だ。ところが、朝のNHKや民放のニュース、共同通信の記事は「控訴断念の方針固める」と正反対になっている。どちらかが誤報なのだろうと思っていたら、安倍首相が会見し「控訴断念」を発表したから、朝日の記事は誤報だった。それにしてもこのような正反対の裁判の記事が出たのはなぜなのだろう。朝日の記者は詰めの取材が甘かったか、だまされたのだろう。  ハンセン病家族集団訴訟は、6月28日に熊本地裁で判決があった。ハンセン病の元患者の家族561人が国に損害賠償と謝罪を求めたもので、判決で裁判所は隔離という差別政策をとった国の責任を認め、総額3億7675万円(1人当たり143万~33万円)の支払いを命じた。これに対し、朝日新聞は9日付の朝刊一面トップで「政府は控訴して高裁で争う方針を固めた。一方、家族に対する経済的支援は別途、検討する。政府関係者が8日、明らかにした。国側の責任を広く認めた判決は受け入れなれないものの、家族への人権侵害を認め、支援が必要と判断した」という記事を掲載した。  ほかの新聞朝刊にこの記事は出ていない。事実なら朝日の特ダネ記事といえた。ところが、冒頭に書いたように、この記事の後追い取材をしたと思われる各報道機関は、正反対に「控訴断念」を流している。NHKは「安倍首相が決断」とも付け加えた。私の経験からしても往々にして後追いの方が正しいことが多いから、朝日の記事は間違いなのだろう。どうして、こうした…

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1793 日本は言葉の改まりやすい国  中日球団の「お前」騒動と日本

 プロ野球、中日の攻撃の際に歌われる応援ソングの中に「お前が打たなきゃ誰が打つ」という言葉があるそうだ。この「お前」という部分に与田監督が「選手がかわいそうだ」と違和感を示し、応援団がこの歌を使うのを自粛したというニュースが話題になっている。お前は「御前」のことであり、かつては「神仏や貴人の前」など、敬称として使われた。しかし、現代では主に男性が同等あるいは目下の者に使う言葉だ。中日の応援ソングをめぐる騒動は、言葉に対し人それぞれ微妙な感覚を持っていることを示している。  かつて、この言葉を普段からよく使う人が私の周辺にもいた。デスクという立場にあるこの人は、第一線記者の原稿を見たり、取材の指示を出したりする際に必ずこう言うのだった。「〇〇君(あるいは呼び捨てで)」と名前を読んだ後、「お前さんのこの原稿だがねえ……(原稿の内容について問い合わせの時)、「お前さん、これを取材してほしいんだ……」(取材の依頼の時)と話すのだった。初めに名前を読んでいるのだから「お前さん」は必要ないはずだが、必ず付け加えるのである。 「お前」だと見下すような印象があるが、「さん」が付くとそれが少し緩和され、仲間意識が伝わるから、彼はそれを意識して使っていたのかもしれない。落語を聞いていると、奥さんが旦那を呼ぶ際に使っているが、現代の家庭にこうした呼び方が残っているかどうか分からない。かつての社会部デスクは江戸っ子だったから、何気なくこの言葉が口に出たのかもしれない。  昭和の歌謡曲で「おまえに」というフランク…

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1792 新聞記者とは 映画と本から考える

 かつて新聞記者は若者の憧れの職業の一つだった。だが、最近そうした話は聞かない。背景にはインターネットの発達や若者の活字離れなどがあり、新聞自体が難しい時代に直面していることを示している結果なのだろう。そんな時、『新聞記者』という題名に惹かれて、一本の映画を見た。つい最近まで、新聞紙上をにぎわした森友学園・加計学園疑惑を彷彿させるような事件が描かれていた。映画を見た後、私は本棚からメディアに関する数冊の本を取り出し、頁をめくった。  映画は女性記者、吉岡(シム・ウンギョン)が勤める新聞社の社会部に、政権の大学新設計画に対する極秘情報がFAXで届き、デスクの指示を受けた女性記者が取材を始めるところから始まる。秘密情報を追う女性記者と、内調(内閣情報調査室)に勤務し、マスコミをコントロールする業務に疑問を抱く若手官僚、杉原(松坂桃李)の仕事に対する葛藤を軸に展開する。映画にはパソコン画面を通じて鼎談番組(映画の原作『新聞記者』の著者である東京新聞望月衣塑子記者、元文部科学省事務次官・前川喜平氏、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏、司会は新聞労連委員長・南彰氏)の動画が出てきて、それがこの映画のドキュメント的要素を強くしている。  政府の機密を暴こうとして、調査報道に懸命に取り組む記者(吉岡)、先輩官僚の自殺によってその自殺に不審を抱き始め吉岡と接点を持つ杉原の動きはサスペンス的要素が濃く、普段は映画の途中で居眠りをする私も吉岡を応援する思いで画面に見入った。最終段階で…

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