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zoom RSS 1732 過去・現在・未来 詩誌『薇』から

<<   作成日時 : 2018/12/04 14:26   >>

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 埼玉在住の詩人たちの同人詩誌『薇』の19号が届いたのを機会にこの詩誌のバックナンバーを取り出し、頁をめくってみた。創刊号に印象深い詩が掲載されていたことを思い出したからだ。この詩誌は2009年12月に創刊、年2回発行されている。今号は創刊時からのメンバーだった石原武さん追悼号となっており、この詩人の5つの詩のほか、メンバー8人の作品と「小景」というエッセーで石原さんをしのんでいる。

 創刊号で私が強い印象を受けた北岡淳子さんの詩『未来へのことば』を紹介する前に、今号のことに少し触れてみたい。石原武さんという詩人のことである。石原さんは詩人・英文学者・翻訳家(元日本詩人クラブ会長、文教大学名誉教授)で、ことし3月20日に肺炎で死去した。87歳だった。『薇』の中心メンバーとして17号(2017年12月)まで作品を寄せていた。この号の『始末』という詩は、現代日本の断面を映し出している。

  認知症の妻を連れて老人ホームの住人になった
  早食いの男とテーブルを分け合う羽目になって
  惨憺たる出発であった。

  彼には会釈や挨拶という習慣もないらしく
  配膳が済むとジロリと一瞥して猛然と食事に向かうのである
  瞬く間に飯も汁も空にして
  肴や野菜を飲み込むと 奇声を上げて車いすで退場するのである

  彼に限らず老人たちは早食いが多い
  負けまいとして私も妻も奮闘するが
  いつも残飯を前にして敗残の日々である

  ここまで走ってきて
  これからここでゆっくりしよう
  始末はそう急ぐこともないだろうと

  呆けた妻の手を握っているのに
  こんなに急かされたら
  「あとはただお陀仏」と
  ハムレットの最後を衒(てら)って目をつむるしかないのである

 
 次に、詩『未来へのことば』である。これは北岡さんが、1945年に原爆投下直後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真の印象を描いた詩である。ことし1月にはローマ法王庁が、フランシスコ法王の指示で教会関係者に対し、少年の写真入りカードを配布したことが話題になった。(私もこの写真についてブログで触れている)。この写真に対する詩人の感性は鋭い。

  両足を揃え指先までぴっと伸ばした不動の
 姿勢で少年は現れた その日を封印した元兵
 士の内 に直立不動の背を押し当てて 背には
 仰け反る弟が冷たく目を閉じている まだ腰
 丈に満たない 少年の張りつめた貌と 仰け反
 る弟の丸い頭と張り出したお尻 兵士は身を
 かがめて ただひとり世 界にたつ少年を写し
 撮った 絶たれた関わりになおも結ばれて唇
 をかみしめ がらんどうの世界を 引きずる少
 年を 白いマスクの男たちは黙って 少年の
 おぶい紐をほどき 弟を火の中に置く 幼い
 肉体が水に溶けるジュッという音 それから
 あどけない顔のまわりにも真っ赤な炎が立ち
 上がり 弟は燃えた 頬を炙られながら 炎
 の鎮まるまでを見つめ続けて少年は無言の
 まま立ち去った とかつての兵士は記した※

  探したのです しかし彼の消息は手がかり
 さえも得られなかった 消された街の人々と
 同じ病いに身を侵された兵士だった男はその
 日に寄り添う まだどこにもたどり着けない
 まま がらんどうの死臭の街を彷徨い続けて
 いる少年や 数え切れない人々が  ひとり一
 人彷徨っている街に 写し撮れなかった臭い
 と〈ネガにうつった日本人に笑顔はなかった。
 幸せなんてどこにもなかった※〉グランド・ゼ
 ロとなったその日以後 過ぎた日は重く な
 おも託された未来がある 銃を構える兵士た
 ちの前で 少女が差し出した一本の白い花の
 ように 素の心があなたのなかに私を見る
 足下に寝息を立てる犬の温もりを抱き取る
 路傍の花と眼差しを交わす もしかしてその
 ような些細なことの内に 世界は未来へのこ
 とばを生むのかもしれない

  注※は、軍曹として第2次世界大戦に従軍後、
 1945年9月、占領軍のアメリカ空爆調査団の
 公式カメラマンとして訪日したジョー・オダネル
 の言葉を引用。同氏は、およそ7ヶ月間にわたり、
 長崎や広島を歩き、日本と日本人の惨状を目の当
  たりにした。記録写真「焼き場に立つ少年」をモ
 デルにした。2007年85歳で癌により逝去。

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