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zoom RSS 1712 読書の秋 乱読・つんどく

<<   作成日時 : 2018/10/06 08:59   >>

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 急に涼しくなり読書の秋を迎えた。このところフィクション、ノンフィクションの区別なく興味があれば読んでいる。以下は9月から最近までに読んだ本(再読も含む)の寸評。

 ▽前川喜平ほか『教育のなかのマイノリティを語る』(明石書店)
 前川氏は元文科事務次官で、退官後一貫して安倍内閣の姿勢を厳しく批判していることは周知の通りである。この本は、前川氏と教育関係者6人の対談集だ。6人はサブタイトルにあるように、マイノリティ(社会的少数派)といわれる人たちの教育に従事してきた専門家で、「高校中退」「夜間中学」「ニューカマー(新参者、最近日本に移り住んだ外国人)の子どもたち」「LGBT」「沖縄の歴史教育」が対談のテーマである。

 対談者の一人、善元幸夫氏は長い間、東京都江戸川区立葛西小学校日本語学級で中国残留孤児など中国や韓国からの帰国者の子弟を教え、その後新宿区立大久保小学校日本語国際学級でニューカマーの子どもたちを担当した(https://hanako61.at.webry.info/201404/article_5.html)。羽根つき餃子で知られる蒲田「你好」の経営者八木功さんも、善元さんから日本語も学んだ一人だ。善元さんを含めた6人の話は説得力があり、前川氏の聞き上手もあって、教育界の問題点が明らかになっている。前川氏は「文科省はマイノリティの現実を知らない」と明かしている。教育勅語について「現代風解釈やアレンジした形で、道徳などに使うことができる分野は十分にある」と、時代錯誤の見解を示した柴山という文科相は、マイノリティまで目を向けることができるのだろうか。
 夜間中学の意義を伝えるという目的で、現在ドキュメンタリー映画(森康行監督)が制作されている。年内の完成を目指すこの映画は、教育の中のマイノリティの存在をアピールするに違いない。

 ▽野上孝子『山崎豊子先生の素顔』(文春文庫)
 著者は大学卒業後52年間、秘書として話題作を書き続けた山崎豊子(89歳の誕生日の1カ月前の2013年9月29日死去)を支えた。その回想記。山崎のタイトルへのこだわり、作品の「進行表」(プロット)づくりの過程は作家を目指す人の参考になるだろう。以前ブログで書いた『大地の子』と胡耀邦総書記とのかかわり(https://hanako61.at.webry.info/201801/article_7.html)についても詳しく触れている。https://hanako61.at.webry.info/201603/article_2.html 

 ▽星亮一『斗南藩』(中公新書)
 戊辰戦争で敗れた会津藩は、青森の斗南に転封になる。荒野に挑んだ人たちの悲劇。敗者側から見た明治維新史。勝者側と敗者側からでは、その見方がいかに違うか。会津の人々が長州(山口)を忌み嫌う理由もよく理解できる。https://hanako61.at.webry.info/201806/article_12.html

 ▽長尾三郎『精鋭たちの挽歌』(ヤマケイ文庫)
 1983年10月、当時としては日本最強といわれたクライマーたちがエベレストに無酸素登頂を挑み5人が成功し、3人が命を落とした。「なぜ人は山に登るのか」。それほどに山は魔力、魅力があるのだろう。https://hanako61.at.webry.info/201511/article_6.html

 ▽大鹿靖明『東芝の悲劇』(幻冬舎文庫)=再読
 東芝の凋落ぶりは経営を担った人材にあった。名門企業を崩壊へと導いた歴代経営者の姿は現在の日本の他の分野の指導者にも通ずるものがある。特に政界にそれは顕著である。再読してそれを痛感。原発事業に固執する日立も、東芝の二の舞を演ずる恐れがある。

 ▽佐野眞一『阿片王 満州の夜と霧』(新潮社)=再読
 戦前、中国(旧満州)を舞台にアヘンの密売を取り仕切ってきたのが里見甫(はじめ)だった。満州国通信社(国通)の社長を経て、上海を拠点としてアヘンの密売の元締めとして動き、裏社会で絶大な力を持ち戦後の近代日本史に名前が残る政治家や右翼に大きな影響を与えた里見の動きを克明に探った作品。

 里見にひれ伏した人物として岸信介(元首相、安倍首相の母方の祖父)や笹川良一、児玉誉士夫らの名前が出てくる。里見は戦後GHQによって戦犯容疑で逮捕されるが、極東軍事裁判で無罪となる。里見の墓石の文字は岸信介が書いたものだという。この本と別だが、田中角栄とともに日中国交回復に寄与した大平元首相は、戦前の官僚時代、蒙古聯合自治政府(満彊政権)の首都・張家口にあった興亜院満彊連絡部の経済課長として、日本の後ろ盾で樹立した満彊政権の指導的立場にあった。この中にはアヘン政策も含まれ、その贖罪意識が政治家になった後、日中友好に力を尽くす要因になったとする研究もある。https://hanako61.at.webry.info/201101/article_8.html

 ▽入江曜子『我が名はエリザベス』(ちくま文庫)
 旧満州国の皇帝、溥儀の正妃、婉容(えんよう)の数奇な生涯を第一人称(語り手は婉容)で描いた作品。フィクションとはいえアヘン中毒で死んだ悲劇の女性の生涯が史実通りに展開する。戦前、アヘンによって数十万人の中国人が廃人になったといわれる。その一人が婉容だった。溥儀とは不仲だった婉容。その人生は寂寞としたものだった。https://hanako61.at.webry.info/201204/article_1.html

 ▽垣谷美雨『女たちの避難所』(新潮文庫)
 東日本大震災の避難所。極限状況の中で様々な問題が続出したことは言うまでもない。最後まで仕切りを認めなかった避難所もあったという。この作品は、親睦と絆を深めるためという理由で仕切りは不要とする、監視優先のリーダ―の避難所運営に反発して立ち上がった女性たちを軸に物語は進んでいく。北海道地震ではいまも避難所生活を余儀なくされている人たちがいる。この物語を読んで、決して他人事ではないと考えた。先日避難所生活を体験した。段ボールを使って仕切りをつくる訓練もあった。避難所で仕切りは必要不可欠なのだ。https://hanako61.at.webry.info/201104/article_9.html

 ▽石井光太『遺体 震災、津波の果てに』(新潮文庫)=再読
 3・11では岩手県釜石市も死者888人、行方不明152人(2017年2月28日現在)という大きな被害を出した。その遺体は市内の廃校で安置されたあと、火葬にされた。この作品は震災直後から3カ月間、遺体処理に携った人たちの姿を追ったドキュメントで、ことし夏、芥川賞候補になった小説に無断引用されたと騒がれた。

 おびただしい遺体と向き合う人たちの極限状況を克明に記している。あの震災から7年半が過ぎた。著者の「読者の皆様には、2011年の3月11日に起きたことをどうか記憶の片隅にとどめていただけたらと思う。生きたいと思いながら歯を食いしばって亡くなっていった人々がいたこと、遺体安置所で必死になって働いて町を支えようとした人々がいたこと、そして生き残った人々が今なお遺族の心や生活を支えていること。それを記憶することが、これからの釜石、東北の被災地、そして日本を支えるものになつはずだと確信するからだ」という願いを心に刻んだ。

 ▽藤岡陽子『手のひらの音符』(新潮文庫)

 主人公は45歳のデザイナー、瀬尾水樹だ。勤務先が服飾関係から撤退することになり、思い悩む水樹。そんな時、郷里、京都の友人から高校時代の恩師が入院という連絡があり、京都へと帰省することから、物語は水樹の幼いころの回想を交えて進んでいく。人は岐路に立った時、どのようにして前を向いていくのか。そんな思いでこの作品を読んだ。、幼友達との再会というラストシーンは、スポーツ新聞記者を経験した著者ならではの展開だ。

 ▽増田俊也『七帝柔道記』(角川文庫)
 増田は北海タイムス(廃刊)を経て中日新聞に勤務した。昨年話題になった『北海タイムス物語』(新潮社・https://hanako61.at.webry.info/201707/article_5.html)は、自伝的小説だった。北大、東北大、東大、名大、京大、阪大、九大の7大学が戦う七帝大柔道戦は講道館柔道とは異なり、寝技が中心の団体戦である。増田は北大柔道部でこの七帝戦に参加した経歴があり、この作品は『北海タイムス物語』の前編ともいえる自伝的小説だ。

 それにしても、ものすごい柔道があったことを初めて知った。作品の前付けに「わたしたちは練習量がすべてを決定する柔道を作り出そうとしていたのである」という井上靖の『青春放浪』の文章が載っている。井上の文章通り残酷を通り越した凄まじい練習に耐え、勝つことを目指す選手たちがいるのだが、一方で練習を終えると先輩が後輩たちを慈しむ話が随所に盛り込まれている。体育会系小説なのだが、嫌味がなく痛快さが心地いい。

 

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