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zoom RSS 1708 不思議なキンモクセイの香り 郷愁を呼ぶ季節

<<   作成日時 : 2018/09/22 10:57   >>

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 ことしも庭のキンモクセイの花が咲き始めた。花よりも、独特の香りで開花を知った人は多いのではないか。実は私もそうだった。植物の花はさまざまな香り(におい)がある。その香りは虫を呼び、受粉を助けてもらう働きがあるのだが、キンモクセイの花には虫(蝶類)が寄らないという。なぜなのだろう。
 
 キンモクセイの花は若い女性が発するのと似たγ―デカラクトンという甘い香りのほか、何種類かの香りの成分があるのだそうだ。広島大の研究者はこの「γ―デカラクトン」という物質を昆虫が嫌うのではないかと推測している。たしかに、私はキンモクセイの花に蝶や蜂が寄っているのを見たことがない。甘くても昆虫類にとって嫌なにおいなのだろうか。

 以前のブログで『失われた時を求めて』のことを書いたことがある。フランスの作家マルセル・プルースト(1871〜1922)の20世紀を代表するといわれるこの長編小説には、主人公がマドレーヌ(フランス発祥の焼き菓子)を紅茶に浸したとき、その香りをきっかけとして幼いころの記憶が鮮やかに蘇るという描写がある。この有名な場面から、心理学や精神医学の世界では「プルースト効果」という言葉があるそうだ。ブログにはこのことに触れ、私の場合は濃いお茶を飲みながら羊羹を食べているときのにおいから幼い時代を思い出すことがあると、プルーストファンから叱れるようなことを書いた。

 私のことは別にして、キンモクセイの香りから、幼少期の秋の日の一コマを鮮やかに脳裏に浮かべる人も多いかもしれないと思ったりする。

 木犀の夕しづもりの遠き香にさそはれ出でてちぎれ雲みつ

 言語学者で広辞苑の編者で知られる新村出(しんむらいずる)の短歌である。新村は静岡県知事だった父親の関口隆吉を不慮の事故(東海道線試運転のために乗っていたトロッコが車と衝突、このけがの後遺症)で亡くし、第15代将軍で明治維新後、静岡で隠居生活を送った徳川慶喜の家扶新村猛雄の養子になった。14歳の時である。長じて新村は言語学者・国語学者として大きな存在になるが、この歌のように草花や自然界を題材にした短歌も数多くつくったという。

 木犀が咲いた秋の静かな夕方、遠くから漂ってくる香りに誘われ、外に出てみると空にはちぎれ雲が浮かんでいる――。こんな光景だろうか。この時新村は、多感な少年時代に死別した実父の顔を思い浮かべたかもしれない。東北北部や北海道を除き、日本各地でキンモクセイが庭に植えられた家は珍しくないだろう。だから私は、この時期を甘い香りに浸りながら子どものころが懐かしく蘇る「郷愁を呼ぶ季節」と位置づけている。
 
 1375 「マドレーヌに紅茶」と「羊羹にお茶」『失われた時を求めて 全一冊』

 866 キンモクセイの季節 オトコエシも咲いた

 116 秋の彩(いろ)は芳香とともに 金木犀の季節

 1405 見えそうな金木犀の香り 開花した秋の花


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