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1699 できるのかパラリンピック 障害者雇用水増しの国なのに
1699 できるのかパラリンピック 障害者雇用水増しの国なのに  かつて、職場の同僚に半身が不自由な同僚がいた。彼女は自由な方の手でパソコンを打ち、きっちりと仕事をこなしていた。誠実でまじめだから同僚たちから信頼されていた。障害者雇用で採用された一人だった。障害者雇用の義務がある国の行政機関の多くで雇用した障害者数を水増しするというでたらめが発覚し、怒りを覚えるとともに、彼女のことを思い出した。こんな国が2020年にパラリンピックをやるという。まやかしであり、開催する資格はないと私は思う。 ...続きを見る

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2018/08/30 17:48
1698 戦争に翻弄された世界のフジタ 2枚の戦争画は何を語るのか
1698 戦争に翻弄された世界のフジタ 2枚の戦争画は何を語るのか  太平洋戦争中、画家たちは軍部の依頼・指示によって国民の戦意高揚を意図する絵を描いた。エコール・ド・パリの画家として知られる藤田嗣治もその一人だった。東京都美術館で開催中の「藤田嗣治展」で、そのうちの2枚を見た。彼を有名にさせた「乳白色の画」とは異なる迫真性に富んだ作品だ。あの戦争が終わって73年。意外にも、この2枚の大作の前で足を止める人はあまりいなかった。     その絵は『アッツ島玉砕』(1943年作)と『サイパン島同胞臣節を全うす』(1945年作)である。北アメリカのアッツ島は194... ...続きを見る

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2018/08/23 16:03
1697 社会現象になった金足農 「ベースボールの今日も暮れけり」
1697 社会現象になった金足農 「ベースボールの今日も暮れけり」 「刀折れ矢尽きる」あるいは「弓折れ矢尽きる」というのだろうか。甲子園の夏の高校野球決勝、大阪桐蔭―金足農戦(12-3で大阪桐蔭が優勝。春夏連覇の2回という新記録を達成)をテレビで見ていて、この故事を思い浮かべた。「戦う手段が完全になくなる。物事を続ける方策が全くなくなる」(広辞苑)という意味だが、それでも劣勢に立たされた金足農は最後まであきらめなかった。閉会式の途中、甲子園球場の外野席後方に虹が出た。それは優勝した大阪桐蔭よりも台風の目ならぬ「大会の目」になった金足農ナインを祝福しているよう... ...続きを見る

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2018/08/21 20:48
1696 落語で聞いた特攻の母 鎮魂と祈りの季節に
 1696 落語で聞いた特攻の母 鎮魂と祈りの季節に  桂竹丸の「ホタルの母」という落語を聞いた。これが落語かと思った。それは創作落語で語り継ぐ戦争。「特攻」の「ホタルの母」だった。舞台は鹿児島知覧。太平洋戦争末期、本来なら日本の将来を担う若者たちがここから特攻機に乗り込み、尊い命を失った。この若者たちを支えた女性がいた。それがこの落語の主人公の鳥濱トメさんだ。実話を基にした落語は、涙なしには聞くことができなかった。 ...続きを見る

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2018/08/19 22:10
1695 シベリアで死んだ友人の父のこと してるふりの遺骨収集
1695 シベリアで死んだ友人の父のこと してるふりの遺骨収集  正午、甲子園球場の高校野球が中断し黙とうの放送が流れた15日、友人がフェースブックでシベリアに抑留されて命を落とした父親のことを書いている。父親がシベリアで亡くなったことは聞いていたが、旧満州時代のことは初めて知った。友人にとってもこの日は辛く悲しい1日なのだ。 ...続きを見る

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2018/08/15 15:35
1694 戦いに仆れた沖縄県知事 「わたしは人間だったのだ」
1694 戦いに仆れた沖縄県知事 「わたしは人間だったのだ」  人は理不尽なことに対し、どのように向き合うか。その一つの答えを示し、道半ばにして仆れたのは現職でがんのために67歳で死去した沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事だった。孤軍奮闘という言葉は、この人のためにあったといって過言ではあるまい。普天間基地の辺野古移設問題で、文字通り命を削って安倍政権と対決した。沖縄の人々は現職知事の死を複雑な思いで受け止めているだろう。私は翁長氏の遺志は、純粋な気持ちを持つ多くの人に受け継がれると信じている。 ...続きを見る

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2018/08/10 22:38
1693 高校野球美談の陰で 猛暑が及ぼす甲子園記念大会への影響
1693 高校野球美談の陰で 猛暑が及ぼす甲子園記念大会への影響  異常な暑さの中で甲子園の夏の高校野球大会が続いている。熱中症で足がけいれんした左翼手に相手校の3塁コーチの選手が駆け寄り、冷却スプレーで冷やしてやった、というニュースが美談として報じられている。これだけでなく、今大会は暑さのために毎日のように足がつる選手が続出している。さらに暑さが審判の判断にも影響しているとしか思えない「誤審」も目立っている。 ...続きを見る

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2018/08/08 16:38
1692 先人たちの思いは 東京医大の入試女子差別
1692 先人たちの思いは 東京医大の入試女子差別  日本の女医第1号は、荻野吟子である。そして、日本初の東京女子医学校(現在の東京女子医大)を創設し、女子の医学教育に尽くしたのが吉岡彌生だった。吉岡を尊敬し医師になり、医療活動の生涯を送ったある女性から何回かにわたり話を聞いたことがある。この3人だけでなく、かつて医師を目指した女性たちは差別との闘いを強いられた。東京医大の入試で、女子の合格者を3割以下に抑えるため女子受験者の点数が一律に減点されていたという。いまもって、この分野でも女子への差別が依然残っていることに複雑な思いを抱いた。 ...続きを見る

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2018/08/05 13:40

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