1680 ああ文豪も新聞離れ ゲーテの理想的生き方

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 ドイツの文豪ゲーテ(1749~1832)は、様々な言葉を残している。18世紀中ごろから19世紀前半に生きた人であり、現代とは2世紀前後の差がある。とはいえ、その数々は現代に通ずるもので考えさせられるのだ。現代世相を引き合いに、いくつかの言葉を紹介してみる。(いずれも高橋健二訳『ゲーテ格言集(新潮文庫より)

 1、《碑銘 少年のころは、打ちとけず、反抗的で、青年のころは、高慢で、御しにくく、おとなとなっては、実行にはげみ、老人となっては、気がるで、気まぐれ!――
君の墓石にこう記されるだろう。たしかにそれは人間であったのだ。(『警句的』から)》

 こんな生き方をしてきたかどうかは分からない。だが、私は惹かれるなあ。成長前には、こうした時期はだれでもある。大人になって仕事に励み、リタイア後は自由に生きる……。理想的生き方だ。秀才、ゲーテ自身も実はこんな生き方がいいと思っていたのかもしれない。

 2、《ある年とった男が若い女を得ようと苦労するのを、人が悪く言った。「これが若返りの唯一の手段だ。そしてだれだって若返りを望むものだ」と、彼は答えた。(『親和力』第2部第4章から》

 不老不死(不良長寿)は人間だれしもが望むものだが、叶わない夢である。秦の始皇帝は、不死の効果を期待する水銀入りの薬を服用して死んだという説がある。人類最古の物語である古代メソポタミアの「ギルガメシュ叙事詩」も不老不死への憧れがテーマの一つになっている。英雄で暴君のギルガメシュが、神が粘土から作ったエンキドゥや森の守り手の怪物フンババと戦いながら永遠の命を求めて遍歴する物語である。覚せい剤の急性中毒で怪死した和歌山の自称ドンファン氏(77)も多くの若い女性と交際し、現在の妻は孫の年齢ともいえる22歳だ。この人も不老不死の夢を求めたのだろうか。『親和力』は自然な愛情と理性との葛藤がテーマの長編小説。ゲーテは人間の不老不死への願望に対し、皮肉を込めてこのセリフを入れたのかもしれない。

 3、《新聞を読まなくなってから、私は心がのびのびし、ほんとに快い気持ちでいます。人々は他の人のすることばかり気にしていて、自分の手近の義務を忘れがちです。(ミュラーへ、1830年)》

 当時、ゲーテは81歳。目は悪くなり、新聞を読むのはつらい年齢だ。だが、新聞を読まないゲーテを私は信じることができない。詩人、小説家、劇作家、政治家、法律家、自然科学者という多面的顔を持つゲーテにとって、新聞はさまざまな情報を得る大事な媒体だったと思われる。長年新聞を読んでいる身には、周辺に新聞がないという場面は考えることができない。とはいえ、新聞を読めば他の人のすることばかりが気になるのは間違いない。だから、年老いたゲーテには疲れる仕事であり、ついに読むことをやめたのだろう。世界で初めて日刊の新聞が発行されたのはドイツ(1650年、ライプツィガー・ツァイトゥイング)である。そんな環境下に生きた知識人ゲーテは、この年齢まで日刊紙を読み続けたようだ。

 写真は美しいヨーロッパの山と湖

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