1687 孤軍奮闘の御嶽海 甘えの横綱たち

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 3人の横綱だけでなく、新大関の栃ノ心までけがで休場した大相撲名古屋場所。14日目で関脇御嶽海が初優勝を決めた。それに対し残った大関2人は元気がなく、ようやくカド番を脱した。それでも人気があるから、相撲協会は危機感を持っていないのかもしれないが、大相撲史上に残る寂しい場所といっていい。背景には横綱の甘えがあるように思えてならない。

 大相撲の横綱は、休場しても横綱から陥落・降格することはない。昔からの慣例だ。これに関するきちんとした制度はなく、1958(昭和33)年に横綱審議会が公表した横綱昇進基準(内規)4が運用されているようだ。それは以下のような内容だ。

《横綱が次の各項に該当する場合は、よく調査したうえ、全委員の3分2以上の決議により、激励、注意、引退勧告などをする。横綱の格下げ、およびこれに準ずる制度は取りあげない。
 • 休場の多い場合。ただし、休場が連続するときでも、ケガや病気の内容によつて再帰の可能性があると認めた場合には治療に専念させることがある。
 • 横綱としての体面を汚した場合。
 • 横綱として非常に不成績であり、その位に耐えないと認めた場合。》

 横綱になって皆勤した場所が1場所しかない稀勢の里をはじめ、今場所途中休場した白鵬、鶴竜とも最初の項目が適用されるから、降格はない。それだけ横綱は特別な存在なのだ。それにしても最近の横綱は安易に休み過ぎる。スポーツにけがは付き物だ。特に相手と戦う相撲を含め、格闘技は特にけがとは表裏一体にある。そして、大相撲の多くの力士はけがをして降格する。大関で一時は横綱も近いと思われた照ノ富士は幕下、小兵で大活躍した宇良も前頭4枚目から三段目まで落ちてしまった。

 そういう決まりだからといえばそれまでだが、それにしても前述の2人はかわいそうだ。稀勢の里は横綱になっていなければ宇良よりも下に下がっているはずだ。そんな稀勢の里を見ていて、白鵬も鶴竜もちょっとしたけがで休んでしまったに違いない。甘えの連鎖といえようか。それに対し栃ノ心の場合、新大関で優勝を狙う成績、大関は2場所負け越しで陥落するから、休みたくはなかっただろう。それでも休んだのは相撲をとれないほどのダメージがあったといえる。

 4人の休場によって名古屋場所は本命不在の場所になり、孤軍奮闘したともいえる御嶽海が優勝した。けいこ場では圧倒的に強いという豪栄道に対しその反対といわれる御嶽海の優勝は、スポーツ競技は力だけではなく精神力も含めた総合力が伴なければならないことを示したものだ。優勝インタビューで涙を流した御嶽海は長野県出身だ。信濃国といわれた江戸時代にこの地方から力士になった雷電は無双の強さを発揮した。御嶽海が優勝の涙を忘れず、伝説的存在の雷電を目標に力士人生を送ることを願うばかりである。


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 ▽雷電のブログ 649 相撲のいまと昔 危機の力士たちよ雷電を思え

 写真は7月14日に沖縄県本部町の美ら海海岸で開かれた花火大会で打ち上げられた美しい花火

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