1665「人よ嗤え 我は我 」 ゴンゴラの詩に共感

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 最近の世相を見ていると、スペインの詩人、ルイス・デ・ゴンゴラ(1561~1627)の詩を思い浮かべる。それは「人よ嗤え(わらえ) 我は我」で始まる短い詩だ。束の間、この詩を読み、浮世を忘れる。それほどに、いやなニュースが新聞紙面に載っている日々なのだ。

 ゴンゴラはスペイン南部アンダルシア地方コルドバの名家に生まれ、聖職に就いた。だが、教会の仕事よりも詩作と世俗の生活を楽しんだ。初期の詩は音楽性と機知に富んだ分かりやすい作品が多かった。一方、後期になると難解な詩が多いことから評価されない時期が長く続き「光の詩人から闇(やみ)の詩人に転じた」と評された。20世紀になって再評価されたのだが、「人よ嗤え 我は我」の詩は前期の作品だ。

  人よ嗤え 
  我は我

 地上はいずこの国々も
 政治の話に沸くがいい
 わが毎日は軟かな  
 パンに焼き菓子
 冬の朝ならリキュールと
 蜜柑の砂糖煮
 これある限り事もなし

  人よ嗤え我は我
                      (『筑摩世界文学大系・荒井正道訳』より)

 この詩は古代メソポタミア時代の「ギルガメシュ叙事詩」からノーベル文学賞を受賞したアメリカの歌手、ボブ・ディランまで4000千年の詩の歴史を描いた高橋郁男著『詩のオデュッセイア』(コールサック社)の中にも紹介され、高橋さんは「日々のささやかな営みを慈しむ視線と洒脱な一面とがうかがえる」と評している。「これある限り事もなし」はイギリスの詩人ロバート・ブラウニング(1812~1889)の詩で上田敏の名訳で知られる「春の朝(あした)」の末尾「すべて世は事もなし」と共通する、楽天的表現といえる。「政治のことなんて、私には関心ありませんよ」というゴンゴラ。日々の生活を大事にしていたことがうかがえる詩といえる。

 コルドバといえば、旧市街にある世界遺産指定のメスキータ(スペイン語でモスクの意味)がよく知られている。8世紀に北アフリカのイスラム教徒であるムーア人によって占領されたあと、数万人が収容できるイスラム教の巨大寺院として建設されたものだ。13世紀にレコンキスタによってキリスト教勢力がコルドバを奪還して以降は、聖マリア大聖堂として使われている。ゴンゴラはこの大聖堂に職を得、さらにフェリペ3世の名誉教戒師にもなった。スペインの画家、ベラスケス(1599~1660)は1622年にゴンゴラの肖像画を描いており、またゴンゴラはギリシア出身で、スペインの古都トレドを拠点に活動したエル・グレコ(1541~1614)とも親しかったという。この芸術家たちがどんな会話を交わしたか、知る術はない。

 晩年ゴンゴラは、金銭問題や病気で苦しみ、コルドバで亡くなったのだが、「これある限り事もなし 人よ嗤え我は我」の思いに私は共感すること大なのである。同じスペイン出身の画家ピカソは、ゴンゴラの詩228編から20編を選び、それぞれの詩に19点の女性像とゴンゴラの肖像を描いた版画詩集を出している。まさに同じスペインが生んだ天才が、大先輩である天才を称えたものといえる。

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1、グアダルキビール川から見るコルドバ旧市街 2、聖マリア大聖堂 3、聖マリア大聖堂内部のイスラム様式 4、スペイン新幹線車両(いずれも2009年9月、筆者撮影)

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