1513 秋の日の送り方 子規を見習おう

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きょうは「糸瓜忌」(へちまき)だった。俳人正岡子規がこの世を去ったのは114年前の1902年(明治35)9月19日のことである。絶筆の3句で糸瓜を詠んでいることから、いつしかこのように呼ばれるようになったのだという。このところ急に涼しくなってきた。秋の彼岸である。子規の一句。「一日は何をしたやら秋の暮」を思い出した。

「秋の日はつるべ落とし。それにしてもきょう一日、いったい何をしていたんだろう。いいねえ、こんな一日も」。天野祐吉の短い解説(『笑う子規』)だ。よーし、この秋はこんな一日を送ろうではないか。

新聞には、「ロンドンの記念館、月末に閉館」と題した記事が出ている。子規の親友だった夏目漱石の英国留学中の資料を展示する漱石記念館が9月末で閉館するという内容だ。熊本の崇城大学教授の恒松郁生さんが私財を投じて開設、漱石の留学に絡む2000点の資料を展示しているが、後継者がいないため、やむなく閉館することにしたという。漱石にとって子規は俳句の先生でもあった。しかし子規は漱石がロンドン留学中に亡くなってしまい、漱石は子規の死を看取ることができなかった。だから秋は、漱石にとってつらい季節だったのではないだろうか。

庭のハナミズキの葉がかなり色付き、落ち始めている。ほかのどの木よりも敏感に季節の移ろいを感じているように思える。近所の公園では、道の両側に赤い彼岸花を咲き始めている。所狭しと伸びている調整池のクズ(葛)も紫の花をつけている。植物たちが季節の変化を教えてくれている。

草野新平の弟で詩人の草野天平(1910~1952)は『秋』という短い詩を残している。そんな秋が次第に近付いてきている。

さうか
これが秋なのかだれもゐない寺の庭に
銀杏の葉は散ってゐる
         (「定本 草野天平全詩集」より)

・子規の命日については、子規の号である「獺祭書屋(だっさいしょおく)主人」にちなんで、『獺祭忌』(だっさいき)という言い方もある。「獺祭」はカワウソが多く捕獲した魚を食べる前に並べておくのを、俗に魚を祭るのにたとえていう語であり、転じて、詩文を作るときに、多くの参考書をひろげちらかすことを言う(広辞苑)そうだ。正岡子規は自分の住む家を獺祭書屋と名付けた。


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