682 清涼剤になりうるか 塩野七生「日本人へ 国家と歴史篇」

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自信に裏打ちされた物の見方なのだろう。好き、嫌いは別にして辛口で明快な内容は、猛暑の日々に一服の清涼剤のようなさわやかさを与えてくれる。

ローマ時代の500年という長い歴史を長大な作品をものにした人のエッセー集である。塩野が主張する事ごとは、現代に生きるわれわれにも多くの示唆を与えてくれるのだ。

本来なら、同じ著者の「日本人へ リーダー篇」を読んだ後に、こちらを読むべきだった。朝、慌てて旅行の身支度をしているときに、こっちの方を旅行カバンに入れたのだった。

一部を除いて8割は、塩野の見方に同調できると思った。愉快に思ったのは「夏の夜のおしゃべり」というエッセーのなかで、ベストセラーになった「女性の品格」という本を読んだ塩野の感想だ。

塩野はこの本を読んで「大いに自己反省をした」と書く。酒の名は知ってはいても花の名は知らないし、礼状は書かない。著者の元高級官僚の視点に立てば、救いようのない不品格者となるに違いない、と続ける。

しかし、この後で「この書物は、つまらない男にとっての好都合なツマラナイ女の多量生産に最適だと思った。だけど、なぜ、この日本ではつまらない女ではやっていけるはずのない高級官僚を経験した人が、つまらない女の多量育成にこうも熱心になるのだろう」と、著者の坂東真理子氏をこき下ろす。このあたりは、一つの分野でだれもなしえなかったことを完成した、塩野のプライドを感じさせるのだ。

このエッセーを含めて塩野は、歯切れにいい歴史観、文明論を展開する。この人は豪胆な性格なのだろうと想像した。「円の衰退」(いまはそうでもないが・・・)の中では「外国人が日本の歴史を書くとしたら、個々の分野では才能ある人に恵まれながらそれらを全体として活かすことを知らなかった民族と書くのではないだろうか。それこそが政治の役割なのだが」と書いている。

塩野は「ローマ人の物語」(全15巻)で、一時代を築いたローマの歴史をたどった。しかし、いま塩野が物を考える際の土台であるローマ人の末裔たちは、それほど世界的には影響力を行使していない。経済的にもそれほどでもない。歴史の勉強で大事なのは先人の教訓を読み取り、これから生きていくうえでの判断材料にすることなのだ。「日本人へ」を読んで、そう思った。

もう1点の感想。外国に住んでいる日本人の漢字に対する思いを書いた「漢字の美しさ」は、日本酒を愛好する人たちには力強い応援のメッセージだ。漢字を使った日本洒の深い味わい。「幻の瀧、天狗舞、招徳、澤乃井、酔鯨、香露」。暑い日々に、これらの酒を冷やで飲んでみたいという誘惑にかられる。

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