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みんなの「都市」ブログ

タイトル 日 時
1583 ガダルカナル・インパールを生き抜く 元兵士の手記
1583 ガダルカナル・インパールを生き抜く 元兵士の手記  72回目の終戦の日である。太平洋戦争で310万といわれる日本人が死亡し、中国(1000万人)をはじめアジア各国で2000万人以上が犠牲になったといわれる。天皇陛下は戦没者追悼式で「ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べた。一方安倍首相は、不戦の決意を述べたものの、アジア諸国への加害責任と反省については口にしなかった。太平洋戦争... ...続きを見る

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2017/08/15 16:10
1581 豪華列車とワンマン特急 JR九州の目指すもの?
1581  豪華列車とワンマン特急 JR九州の目指すもの?  ワンマンの特急列車がJR九州で運行されていることをある新聞記事を読むまで知らなかった。その記事は宮崎県の地方紙、宮崎日日新聞8月6日付朝刊に「災害時の対応大丈夫か」と題して掲載された「日曜論説」だった。筆者は共同通信宮崎支局の上野敏彦支局長だ。JR九州といえば豪華列車で知られが、その裏でこんな合理化が進行していたのである。 ...続きを見る

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2017/08/09 09:39
1538 日米和解から取り残された沖縄 首里城に思う
1538 日米和解から取り残された沖縄 首里城に思う  安倍首相が真珠湾を訪問した。ことし6月にはオバマ大統領が広島を訪れ、平和公園で犠牲者に花束を捧げた。これによって両国の和解の価値を世界に発信するのだという。だが、何かがおかしい。米軍基地に苦しむ沖縄が置き去りにされたままではないか。 ...続きを見る

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2016/12/27 18:23
1537 乾杯!恐るべし 日本酒危機の応援条例
1537 乾杯!恐るべし 日本酒危機の応援条例  酒造メーカー、月桂冠のホームページによると「乾杯」という習慣が一般化したのは、わが国が西洋文明を取り入れ始めた明治・大正期からだという。ビールをはじめとする洋酒も飲まれるようになり、次第に普及したが、明治末期のころの掛け声は「乾杯」ではなく「万歳」だったそうだ。いまでは乾杯といえばビールが定番だが、日本酒を習慣にしようという「条例」が京都市など地方自治体で制定されたという。 ...続きを見る

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2016/12/23 20:54
1533 「ありがとうハワイの病院」 人間魚雷・元兵士の記録
1533 「ありがとうハワイの病院」 人間魚雷・元兵士の記録  安倍首相が今月末、ハワイ真珠湾を慰霊訪問するという。75年前の1941(昭和16)年12月8日、多くの日本人は山本五十六率いる連合艦隊の「奇襲攻撃」に狂喜した。一方、アメリカでは「リメンバーパールハーバー」という言葉が使われた。日本の開戦通告が攻撃開始より遅れたため、卑怯な戦法として「12・8」は米国民には忘れてはならない屈辱の日となった。それほどこの奇襲攻撃に怒ったアメリカは、太平洋戦争で捕虜にした日本兵をハワイでどのように扱ったのだろう。手元にある一冊の戦争体験記録を読み返した。 ...続きを見る

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2016/12/07 18:19
1527 未来信じる日本語ガイド  水上生活者の子ども相手に私設の学校
1527 未来信じる日本語ガイド  水上生活者の子ども相手に私設の学校  知人がカンボジアのプノンペンで、一人のガイドに出会った。送られてきた知人の旅行記は、ガイドのことを「氏」という敬称をつけて表現していた。それはなぜなのだろう。読み進めるうちにその理由が分かった。ガイドは私設の学校をつくり、子どもたちに勉強を教えるボランティアだったからである。 ...続きを見る

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2016/11/13 08:51
1526 文革時代の寒村の悲しみ 曹乃謙著『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』
1526 文革時代の寒村の悲しみ 曹乃謙著『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』  人間は欲望を求める動物である。「食欲、睡眠欲、性欲」が3大欲望といわれるそうだが、このほかにも物欲、金銭欲、名誉欲と欲望は果てしない。だが、その欲望を満たすことできない存在も少なくない。曹乃謙著(杉本万里子訳)『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』(論創社)は、睡眠欲を除いてほとんどの欲望を満たすことができない、寒村の人々を描いたユーモアとペーソスが入り混じった独特の文体の小説である。 ...続きを見る

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2016/11/12 12:37
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感 今回の旅で最初に行ったのは、旅順である。正確には大連市旅順口区という。日露戦争の舞台でもあり、その後多くの日本人が住んだ。知人もここで生まれたこの街は近年まで対外開放されることなく、神秘の地ともいわれたそうだ。 ...続きを見る

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2016/10/11 21:52
1521 中国の旅(8) 神風運転の車に乗って……
1521 中国の旅(8) 神風運転の車に乗って…… 特に途上国に行って車の運転をしようとする人は自分の腕に自信があるか、必要に迫られて仕方なく、という場合が多いのではないかと思う。例えば、私は東南アジアのタイやベトナムで「運転を」と言われても、辞退する。車の洪水の中で立ち往生してしまうのがオチだと思うからだ。それは中国の場合も同様と、実感した。 ...続きを見る

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2016/10/10 08:54
1520 中国の旅(7) サービスについて、ある体験
1520 中国の旅(7) サービスについて、ある体験 以前、中国を訪れた際、社会主義の国なのだからサービスは不要だというような、店員の態度に腹を立てたことがあった。物を買うと、お釣りを投げ「ありがとう」も言わない。これが中国とあきらめた時期もあった。だが、いまやそうした態度をとる店員はほとんどいない。……はずだった。だが、大連市内の有名宴会場で、昔の中国を思い出してしまうほどの残念な体験をしてしまった。店側の従業員教育に問題あり、というケースだった。 ...続きを見る

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2016/10/09 21:19
1499 古代ハス咲く白水阿弥陀堂  平泉ゆかりの国宝建築物
1499 古代ハス咲く白水阿弥陀堂  平泉ゆかりの国宝建築物 全国に阿弥陀堂は数多い。阿弥陀如来を本尊とする大小のお堂は身近なものになっている。美しい阿弥陀堂としてよく知られている福島県いわき市内郷の「白水(しらみず)阿弥陀堂」を見る機会があった。真言宗智山派の願成寺にあり、建築物としては福島県で唯一、国宝に指定されている。東日本大震災で傷んだ重文の阿弥陀如来像も修復され、優しい眼差しで人々を見つめていた。 ...続きを見る

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2016/07/13 20:57
1497 五輪哀歌 アナクロとグローバル化と
1497 五輪哀歌 アナクロとグローバル化と ブラジルのリオ五輪が近づいているせいか、昨今の新聞には五輪関連のニュースが少なくない。朝刊には「国歌歌えぬ選手 日本代表ではない」という見出しの記事があり、夕刊には男子ゴルフの松山選手が「リオ五輪辞退」というニュースが載っていた。これらの記事を読んであらためて五輪について考えさせられた。 ...続きを見る

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2016/07/04 21:21
1485 オバマ大統領の広島訪問の意味 非道さを伝えたAPの第一報
1485 オバマ大統領の広島訪問の意味 非道さを伝えたAPの第一報 「人類が開発した最も恐ろしい兵器――原子の分裂という宇宙の根源的な力によって徹底的な破壊をもたらす原子爆弾――が今日、その凄まじさで日本を驚愕させ、そしてそれがもたらす戦争と平和への潜在的可能性を示し、世界の他の地域をも驚愕させた」 ...続きを見る

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2016/05/27 21:39
1484『わが定数歌』 ある大先輩の歌集から
1484『わが定数歌』 ある大先輩の歌集から 芽を吹きて欅(けやき)は空に濃くなりぬわが「市の樹(まちのき)」と思ひつつ行く ...続きを見る

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2016/05/23 10:40
1470 熊本地震と私たちの国の現実 地図を見て考える
1470 熊本地震と私たちの国の現実 地図を見て考える 熊本が大地震に見舞われ、苦境にある。被災者の方々にお見舞いを申し上げたい。いま私は日本地図を取り出し、後の方に出ている「熊本県全図」を見ている。県の全体図に細かい地名が載っている。旅をする前なら地図を見ることは楽しい。だが、被災地を地図でたどる作業はつらい。それは5年前の東日本大震災の時にも経験したことだった。 ...続きを見る

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2016/04/17 22:14
1459「ラオスにいったい何が」 特別な光と風を感じる人々
1459「ラオスにいったい何が」 特別な光と風を感じる人々 村上春樹の「大いなるメコン川の畔で」(文藝春秋社刊『ラオスにいったい何があるというんですか』所蔵)というエッセーは、ラオスの世界遺産の街、ルアンプラバンの旅の記録である。この街へ入るときに通過したベトナム・ハノイでベトナム人に「どうしてまたラオスなんかに行くんですか」と不審そうに質問された村上は、言外に「ベトナムにない、いったい何がラオスにあるというんですか」というニュアンスが読み取れたという。その答えは―。 ...続きを見る

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2016/03/17 15:19
1455 「ミモザの日」支える300人の公国 グリーグの贈る言葉
1455 「ミモザの日」支える300人の公国 グリーグの贈る言葉 春を告げる花といわれるミモザの花が満開だ。きょう3月8日は「国際女性デー」である。イタリアでは「女性の日」あるいは「ミモザの日」と呼ばれている。男性から女性にミモザを贈る行事があり、この日ローマの街は黄色い花であふれるという。 ...続きを見る

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2016/03/08 15:00
1450 悲劇の画家の肖像画 憂い漂うファブリティウス
1450 悲劇の画家の肖像画 憂い漂うファブリティウス 森アーツセンターギャラリー(東京・六本木)で開催中の「フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」を見た。オランダのこの世紀の代表的画家といわれるフェルメール(1632〜75)とレンブラント(1606〜69)の作品(各1点)のほか、同時代のオランダの画家たちの作品計60点を集めたものだ。「水差しを持つ女」(フェルメール)、「ベローナ」(レンブラント)とは別に、私はカレル・ファブリティウス(1622〜54)の2点の肖像画を前にやや長く足をとどめた。 ...続きを見る

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2016/02/29 09:59
1449 村上春樹の旅行記 「貴重な文章修行」
1449 村上春樹の旅行記 「貴重な文章修行」 最近、村上春樹の『遠い太鼓』(講談社文庫)と『辺境・近境』(新潮文庫)という旅行記を続けて読んだ。前者は1986年から3年間、ギリシャ・イタリアに住み、周辺の各地を旅した記録である。後者はアメリカやメキシコ、ノモンハンという海外の旅と香川県でのうどん食べ歩き、故郷である神戸の街歩きの記録を収録している。かつて、若者が海外の旅でバイブルのようにしていたのは沢木耕太郎の『深夜特急』(新潮社)といわれた。だが、なかなかどうして村上作品も沢木に負けないほど長旅の友になっているらしい。 ...続きを見る

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2016/02/26 20:31
1446 洛外人の徹底批判 井上章一『京都ぎらい』
1446 洛外人の徹底批判 井上章一『京都ぎらい』 1781年(明和元年)に書かれた二鐘亭半山(木宝卯雲)の京都見聞録『見た京物語』には「花の都は二百年前にて今は花の田舎たり、田舎にしては花残れり」という記述がある。「花の田舎」というのが江戸時代中期の京都のイメージである。それから235年が過ぎた京都はいま、アメリカの大手旅行雑誌が選んだ「訪れたい世界都市ランキング」の1位になったと報じられ、海外からの観光客でにぎわいを見せている。その京都を徹底的に批判したのが井上章一著『京都ぎらい』(朝日新書)である。 ...続きを見る

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2016/02/22 16:20
1443 朝霧が天空の城を演出 2月の風景
1443 朝霧が天空の城を演出 2月の風景 「天空の城」という言葉がある。由来は不明だが、小高い山にある城跡が発生した雲海に包まれて空に浮かんでいるかのように見える現象で、兵庫県の竹田城(朝来市)や岡山県の備中松山城(高梁市)などがよく知られている。2月の中旬、寒さが和らいだ今朝、私の散歩コースである調整池を回る遊歩道に突然、霧が出て来て、目の前に天空の城と錯覚する現象が出現した。慌ててスマートフォンを取り出し、撮影したのがこの4枚の写真だ。(画像を2回クリックすると、大きな画像になります) ...続きを見る

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2016/02/13 09:47
1428 「人生最高の日」は 沖縄の得難い体験の共有
1428 「人生最高の日」は 沖縄の得難い体験の共有 寒い季節になると、思うのは南の暖かな地域のことだ。中でも沖縄のことが気になる。沖縄といえば、奄美大島から沖縄に移り住んで16年になる知人がとてもいい話を教えてくれた。それは沖縄の人たちの心根の優しさを示す、文字通り心温まる話である。 ...続きを見る

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2015/12/24 21:40
1427 幸あふれる人生 北海道移住の知人が写真展
1427 幸あふれる人生 北海道移住の知人が写真展 首都圏から北海道に移住して6年目の生活を送っている知人から、最近、嬉しい知らせが届いた。実は、知人の北海道移住は悩みに悩んだ末の決断だった。だが、北海道の自然はそんな悩みを吹き飛ばした。知人が撮影した北海道の風景写真は多くの人の心に響き、新年早々写真展が開催されることになったというのである。 ...続きを見る

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2015/12/19 09:10
1423 苦難の中での発想 新潟のオリーブ栽培
1423  苦難の中での発想 新潟のオリーブ栽培 クイズ番組で優勝を目指す物知りは別にして、人間には知らないことが少なくない。オリーブについてもそうだった。オリーブといえば、実から採ったオリーブ油がすぐに頭に浮かぶ。だが、その葉も実は効用があることが知人からの連絡で知った。 ...続きを見る

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2015/12/04 22:32
1418 画家フジタが生きたパリ 喜びと悲しみを内包した芸術の都
1418 画家フジタが生きたパリ 喜びと悲しみを内包した芸術の都 映画「FOUJITA」は、フランスを中心に活動した画家、藤田嗣治(1886〜1968)の半生を描いた日仏合作の作品だ。監督は小栗康平、主演はオダギリ・ジョー。藤田といえば、オカッパ頭とロイドメガネで知られ、1820年代のパリで日本画の技法も取り入れた「乳白色の肌」の裸婦を描いて注目を集め、エコール・ド・パリ(20世紀前半、世界各地からパリのモンマルトルやモンパルナスに集まり、ボヘミアン的生活をしていた画家たちのこと)の寵児になった。 ...続きを見る

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2015/11/17 09:55
1400 大災害で救助された人間と犬 5万年前からの家族 
1400 大災害で救助された人間と犬 5万年前からの家族  今月10日、北関東を流れる鬼怒川の堤防が茨城県常総市で決壊した。濁流に襲われて街が消える状況を映したテレビ画面は2011年の東日本大震災を想起するものだった。屋根に取り残された年配の夫婦と思われる2人がそれぞれ犬を抱えて、自衛隊のヘリによって救助されるシーンもあった。2人にとって、この犬たちは家族と同じ存在だったのだろう。 ...続きを見る

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2015/09/13 20:44
1395 これが安藤忠雄の真骨頂 藤田嗣治壁画の秋田県立美術館
1395 これが安藤忠雄の真骨頂 藤田嗣治壁画の秋田県立美術館 藤田嗣治(1886―1968)の壁画「秋田の行事」を見たのは、かなり昔のことだ。秋田市の千秋公園(旧久保田城跡)に面した旧県立美術館は、秋田の資産家、平野政吉のコレクションを中心に展示し、藤田の壁画が巨大に見えた。その壁画は、2013年9月にオープンした新県立美術館に引っ越していた。だが、新県立美術舘は打ちっ放しのコンクリートで覆われ、情緒ある秋田の街には浮き上がっていて、違和感があった。 ...続きを見る

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2015/08/30 20:44
1394 ああ田沢湖よ 秋田を歩く
1394  ああ田沢湖よ 秋田を歩く 過日、晩夏の秋田を歩いた。角館も田沢湖も人影はまばらで、昨今話題の中国人観光客の姿も見かけなかった。秋田新幹線の田沢湖駅はふんだんに秋田杉を使った美しい建物だった。私がこれまで見た中では北海道の旭川駅とともに気に入った建物だ。だが、駅前は寂しく、たまたま昼食に入った店の料理はひどかった。 ...続きを見る

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2015/08/29 16:56
1392 高校野球の「魔力」 私的決勝戦の印象
1392 高校野球の「魔力」 私的決勝戦の印象 甲子園の夏の高校野球全国大会は、神奈川県代表の東海大相模が10−6で宮城県代表の仙台育英を倒して、45年ぶり2度目の優勝を飾った。仙台育英が一時6−6まで追い上げたが、9回表に東海大相模のエース、小笠原がホームランを打ち、さらにダメ押し点を上げて、追いすがる育英を突き放した。仙台に住んだことがある私には、この結果は残念でならない。 ...続きを見る

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2015/08/20 18:29
1391 未来を予見させる聖母子画 ラファエロと無名画家
1391 未来を予見させる聖母子画 ラファエロと無名画家 アルテ・マイスター絵画館(ドイツ・ドレスデン、古典巨匠絵画館)の『システィーナの聖母』(『サン・シストの聖母』とも呼ばれる)はラファエロ(ラファエッロとも)・サンティ(1483〜1520)の最もよく知られた祭壇画である。第二次大戦後、ソ連に持ち去られたのち返還されるという過去も持つ名画だ。 ...続きを見る

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2015/08/19 20:25
1390 戦後史に残る町 ドイツ・ポツダムのこと
1390 戦後史に残る町 ドイツ・ポツダムのこと 戦後70年の歴史を考えるとき、以前訪れたことがある一つの町のことが頭の中に浮かんでくる。ドイツのポツダムである。米国大統領(トルーマン)、英国首相(チャーチル)、中華民国主席(蒋介石)の名前で日本に対し無条件降伏を求める「ポツダム宣言」はここで出された。国会で質問された際、安倍首相が「つまびらかには読んでいない」と答弁し、物議を醸した13カ条からなる宣言だ。 ...続きを見る

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2015/08/18 20:02
1386 曲がり角の商業五輪 記録的猛暑の中で考える
1386 曲がり角の商業五輪 記録的猛暑の中で考える 猛暑が続いている。東京では7月31日からきょう5日まで6日連続して気温が35度を超える猛暑日となり、気象庁が統計を取り始めてからの記録を更新した。外を歩くと、暑さのあまり身体がふらつく。熱中症患者が続出していて、全国的に救急車がフル稼働状態にある。 ...続きを見る

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2015/08/05 18:52
1378 新国立競技場建設計画の経緯は? 負の遺産の運命か
1378 新国立競技場建設計画の経緯は? 負の遺産の運命か かつて歌手・タレントの植木等さんは「無責任男」として売り出した。だが、植木さん自身はまじめで優しい人だったという。2020年の東京五輪のメーン会場になる新国立競技場の総工費が2520億円とする計画が有識者会議で了承されたというニュースを見て、無責任時代という言葉が頭に浮かんだ。 ...続きを見る

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2015/07/07 23:19
1377 光の画家フェルメールと帰属作品  西洋美術館の『聖プラクセディス』
1377 光の画家フェルメールと帰属作品  西洋美術館の『聖プラクセディス』 東京・上野の国立西洋美術館の常設展に「フェルメールに帰属」という作品がことし3月から展示されている。『聖プラクセディス』という、オランダの画家ヨハネス・フェルメール(1632-75)が若き日、イタリアの画家、フェリーチェ・フィルケレッリ(1605-60)の同じ主題の作品を模写した可能性が指摘されている聖女を描いた作品だ。 ...続きを見る

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2015/07/07 14:11
1374 映画「愛を積むひと」 美瑛を舞台にした大人のメルヘン 
1374 映画「愛を積むひと」 美瑛を舞台にした大人のメルヘン  定年になったら田舎暮らしをする―。そんな夢を実現している人たちは少なくないだろう。私の知り合いにも何人かいる。映画『愛を積むひと』は妻の希望で北海道・美瑛に東京から移り住んだ夫婦を中心にした大人のメルヘン、あるいはファンタジーといっていい。そう表現した理由は後で書くが、美瑛の自然美が何より心に沁みた映画だ。 ...続きを見る

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2015/06/25 20:28
1373 みるく世がやゆら(今は平和でしょうか) 沖縄慰霊の日に思う
1373 みるく世がやゆら(今は平和でしょうか) 沖縄慰霊の日に思う 23日は沖縄にとって特別な日だった。おびただしい犠牲を伴った太平洋戦争・沖縄戦が終結したのが70年前のこの日であり、糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で沖縄の全戦没者を追悼する「慰霊の日」の追悼式典が行われ、安倍首相も式典に出席し、あいさつした。 ...続きを見る

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2015/06/24 20:33
1359 33年続いた笠間の陶炎祭 息づく自由な発想
1359 33年続いた笠間の陶炎祭 息づく自由な発想 日本の三大焼物は「萩焼」(萩市)、「楽焼」(京都府)、「 唐津焼」(佐賀県)といわれる。このほか焼物の町として栃木の益子や愛知の瀬戸、滋賀の信楽はよく知られている。これに加え、茨城県笠間も陶芸家が住む焼物の町としてクローズアップされている。笠間では毎年、ゴールデンウィーク中に「陶炎祭」という焼物市が開かれている。それが今年で33回になった。ささやかな焼物市はいまでは、益子に劣らない人気の市になった。 ...続きを見る

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2015/05/07 22:13
1354 百周年のハナミズキ 耐え続け日本の春の花に
1354 百周年のハナミズキ 耐え続け日本の春の花に ハナミズミがアメリカから日本に渡来してことしでちょうど100年になる。1912年(大正元年)、当時の東京市長だった尾崎行雄(のちの咢堂、憲政の神様、1858〜1954)が日米友好のために約3000本のソメイヨシノを贈り、ワシントンのポトマック河畔に植えられた。そのお礼として3年後の1915年(大正4年)にハナミズキが日本に贈られたという。アメリカ山法師ともいい、いま私の住む周辺では白と紅の花が満開だ。 ...続きを見る

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2015/04/21 10:51
1352 春に聴くクラシック チャイコフスキーの弦楽セレナード
1352 春に聴くクラシック チャイコフスキーの弦楽セレナード そう多くないクラシックCDの中で、なぜかチャイコフスキーの「弦楽のためのセレナード ハ長調、作品48」を3枚(古い順から@ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団Aジャン・フランソワ・パイヤール指揮、パイヤール室内管弦楽団B小澤征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラ)―を持っている。3枚ともかなり以前に購入したものだが、春になるとなぜかこの曲を聴く機会が多くなる。この曲を聴くと、私は以前訪れたスロバキアの街を思い浮かべるのである。 ...続きを見る

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2015/04/17 11:16
1345 平山郁夫の一枚の絵 千葉県立美術館にて
1345 平山郁夫の一枚の絵 千葉県立美術館にて 「サラエボは画家としての私に、どんな境遇や環境にあろうと、平和を祈る作品を描き続けなければならないと、あらためて覚悟させた。画家として、感動することがいかに大事であるかを再認識させた」―。 ...続きを見る

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2015/03/06 16:53
1333 三日月残る朝 阪神大震災から20年
1333 三日月残る朝 阪神大震災から20年 このごろの6時過ぎの時間は、まだ夜が明け切っていない。東の空には三日月が残っていて、散歩道を照らしてくれている。道の両側の土の部分には霜柱が立っている。小寒から大寒へと続く厳冬期である。 ...続きを見る

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2015/01/17 16:42
1254 ペットとともに暮らす時代 「犬」論議に思う
1254 ペットとともに暮らす時代 「犬」論議に思う 大阪府泉佐野市が犬の糞の放置対策のため導入を検討していた「犬税」について、断念する方向だというニュースを見た。こうした苦肉の策を考えたのは、犬の糞害が相当ひどいということなのだろう。私の散歩する道でも相変わらず糞が放置されているのを見かけるから、この問題は全国的に恒常化しているのかもしれない。犬税をめぐる論議は、ペットと暮らす時代といわれる中で様々な問題があることを示しているようだ。 ...続きを見る

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2014/07/24 06:07
1252 沖縄の建築物の魅力を追う 「小さな宝石のような風景」を連載
1252 沖縄の建築物の魅力を追う 「小さな宝石のような風景」を連載 沖縄暮らし15年になる友人が南の島の建築物に魅せられ、朝日新聞のホームページ「朝日新聞デジタル」で「沖縄建築パラダイス」と題した連載を続けている。ことし1月から始まった連載は既に14回を数え、個性豊かな建築物を通して沖縄の魅力を伝えている。50回まで続けるのが目標というから、これからも私たちが知らないユニークな建物が記事になるかもしれない。 ...続きを見る

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2014/07/21 06:11
1242 成長著しいキジバトの雛 巣立ちの日が近付く
1242 成長著しいキジバトの雛 巣立ちの日が近付く 6月に入った。二十四節気の小満から芒種を経て夏至が終わると、1年も半分が終わる。現在は小満の季節。「いのちが、次第に満ち満ちていくころのこと。草木も花々も、鳥も虫も獣も人も、日を浴びて輝く季節」(白井明大・日本の七十二候を楽しむ)時期だ。しかし、この数日は、芒種を飛び越え、夏至になったような暑さが続いている。 ...続きを見る

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2014/06/02 11:10
1241 続・どこへ行く微笑みの国 祖国を憂いる留学生
1241 続・どこへ行く微笑みの国 祖国を憂いる留学生 タイ・チェンマイに住む友人からメールが届いた。日本に留学している知人とタイの情勢についてメールを交わしたという。その内容を2人に迷惑が掛からないよう手直しし、紹介したい。 ...続きを見る

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2014/06/01 21:36
1240 どこに行く微笑みの国 タイ・だれが賢いのか
1240 どこに行く微笑みの国 タイ・だれが賢いのか タクシン派(赤シャツ)と反タクシン派(黄シャツ)が対立して混乱が続いているタイで、国軍がクーデターを起こし、プラユット陸軍司令官が首相代行になることを宣言し、インラック前首相らタクシン(元首相でインラック氏の兄、国外で亡命生活中)派の人々の身柄を拘束したという。微笑みの国といわれるタイだが、その微笑みはどこかに行ってしまった。 ...続きを見る

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2014/05/24 22:03
1239 故郷の原風景とは 盲目の詩人の静かな問いかけ
1239 故郷の原風景とは 盲目の詩人の静かな問いかけ 「コールサック」という詩誌に、金沢在住の詩人、うおずみ千尋さん(69)が「盲目の日に」という連載エッセイを載せている。最新号の78号には「故郷の風景―3月11日に寄せて―」と題して、うおずみさんが故郷の福島県いわき市で送った少女時代の思い出について書いている。 ...続きを見る

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2014/05/21 11:07
1234 愛敬あるリャマに敬意 深まるナスカの地上絵の謎
1234 愛敬あるリャマに敬意 深まるナスカの地上絵の謎 南米ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」に関し、新たにラクダ科の「リャマ」を描いた地上絵が見つかったというニュースが流れた。現地にナスカ研究所を開設、調査を続けている山形大学のチームが発見したという。3月、セスナに乗ってこの絵を見た一人としてこのニュースには強い興味を抱いた。地上絵が描かれた理由に関しては様々な説があるが定説はない。謎が解明されないからこそ、地上絵に惹かれるのかもしれない。 ...続きを見る

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2014/05/11 10:06
1232 死語でなかった「奴隷」という言葉  ナイジェリアの女子生徒誘拐事件に思う
1232 死語でなかった「奴隷」という言葉  ナイジェリアの女子生徒誘拐事件に思う ナイジェリアといえば、奴隷海岸を思い浮かべる。13世紀にポルトガルによってラゴスが建設され、奴隷貿易の拠点となり、その後17世紀から19世紀にかけてヨーロッパの貿易商たちはアフリカの人々をアメリカ大陸に奴隷として送り続け、ナイジェリアの海岸一帯は「奴隷海岸」といわれた。そんな歴史を持つナイジェリアで起きたイスラム過激派による多数の女子生徒誘拐事件は、パキスタンのマララさんの事件と符合するものだ。 ...続きを見る

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2014/05/08 09:50
1229 雪に負けず育つオリーブ 新潟で障害者の自立を支援
1229 雪に負けず育つオリーブ 新潟で障害者の自立を支援 新潟は豪雪地帯である。その新潟でオリーブ栽培に取り組んでいる知人がいる。障害者の自立支援のNPO「ひなたの杜」を運営する橋元雄二さんだ。新潟市内の耕作放棄地を借りてオリーブを植え、障害者とともに育てているオリーブは順調に育ち、昨年から実をつけ始めた。 ...続きを見る

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2014/04/26 21:43
1222 さまざまの事おもひ出す桜かな 東京を歩いて
「さまざまの事おもひ出す桜かな」。芭蕉45歳(1688年)の時の句である。桜が満開になった先日、こんな思いを抱きながら東京の街を歩いた。 ...続きを見る

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2014/04/01 15:16
1206 3・11、最前線の初動は インタビュー集「『命の道』を切り開く」
「降る雪が雨へと変わり、氷が解け出すころのこと。昔からこの季節は農耕の準備をはじめる目安」―きょう19日は24節気の「雨水」に当たる。立春が過ぎ、雨水、啓蟄を経て春分へと季節は向かっていく。 ...続きを見る

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2014/02/19 22:15
1204 氷上に映えた羽生の凛々しさ 仙台人の気質とは
ソチ五輪の男子フィギュアで金メダルを取った羽生結弦は仙台市泉区の出身だ。プロ野球で活躍し、1月に野球殿堂入りを果たした佐々木主浩(かずひろ)も同じ泉区の生まれで、高校(東北高校)は羽生の大先輩にあたる。羽生が生まれる以前のことになるが、私もこの地域に住んだことがある。期間は短いとはいえ、これまで各地で暮らした中で特に強い愛着を持っているのは、豊かな自然がすぐ近くにあるからだろうか。 ...続きを見る

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2014/02/15 17:29
1202 幻のオリンピック物語 2020東京大会は成功するのか
ロシアのソチで冬季五輪(第22回)が開催されている。旧ソ連時代、1980年夏の大会がモスクワ(22回大会)で開かれたが、アフガニスタンへのソ連軍の侵攻をめぐって日本を含む西側の多くの国が参加をボイコット、寂しい大会になった。そんな経緯があり、ロシアにとっては国の威信をかけた2度目のオリンピック開催といっていい。そのためか、開会式ではロシアの栄光の歴史を紹介し、「偉大なるロシア」を強調する演出だったと、報道されている。 ...続きを見る

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2014/02/10 21:05
1201 天から送られた手紙 大雪は何を持ってきたのか
物理学者(雪氷科学者)で随筆家だった中谷宇吉郎は「雪は天から送られた手紙である」という言葉を残している。雪の研究に没頭した中谷は、北海道・十勝岳の麓で雪の結晶を撮影し、1936年(昭和11年)には北海道大学の低温研究所で、兎の腹毛を使って世界で初めて雪の結晶を人工的に作り出すことに成功。気象条件と雪の結晶形成の関係を明らかにしたことで知られる。8日、関東地方の太平洋岸にも大雪が降った。この大雪は、どんな手紙を天から持ってきたのだろう。 ...続きを見る

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2014/02/09 16:46
1192 冬の日の東京タワー 富士山隠す寒の靄(もや)
東京タワー(高さ333メートル)が1958年12月23日に完成してから、55年が過ぎたという。半世紀以上も東京のシンボル的存在だったタワーも、東京スカイツリー(634メートル)という倍近い超高層建築物の登場でやや影が薄くなった感がある。見慣れた存在とはいえ、入ったのは高校生のころと子どもと一緒だったかなり以前の2回しかなかった。エレベーター事故のため休止していた特別展望台(250メートル)の営業が最近再開したと聞いてタワーに行ってみた。 ...続きを見る

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2014/01/17 11:36
1183 ネパールコーヒーと焙煎 冬至過ぎ赤く熟した実
私の部屋に観賞用のコーヒーの木がある。娘がかなり前に小さな苗木をもらってきたのが、いつの間にか1メートル60センチ以上に伸び、このところ毎年実をつけるようになった。ことしもコーヒーの実が色づく季節になった。オリーブよりもやや大きめで緑色から次第に赤く色が変化している。 ...続きを見る

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2013/12/23 22:34
1181 デジカメ過剰撮影時代のマイナス効果 旅の記録と記憶
カメラといえばデジタルカメラの時代で、フィルムカメラを使うのは写真のプロか、一部の愛好者しかいないといっていいだろう。そんな時代、だれもが枚数を気にせずシャッターを切る。旅先で数多くの写真を撮影してしまい、あとでどれをプリントしたらいいか困った経験をした人は多いだろう。私もその一人だ。そんな過剰撮影に水をかけるような記事がフランスの通信社AFPから流れた。以前、海外の旅でカメラを持たない2人に出会った。この記事を読んで、2人の行動が分かったような気がした。 ...続きを見る

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2013/12/13 07:44
1179 チャオプラヤー川クルーズ・足マッサージ痛さの違い  タイへの旅(7)完
バンコク市内を流れるチャオプラヤー川はパリのセーヌ川と同じように、多くの遊覧船が行き交う。この川沿いにはよく知られた寺院もあり、船上から眺めるバンコクの街の変化はかなり見どころがある。BTS(バンコク・スカイトレイン)という高架鉄道のサパーン・タークシン駅のすぐ近くにチャオプラヤー川を遊覧するエクスプレス・ボート乗り場・サートーンがあり、ここから観光客向けの案内付き特別船(150バーツ、480円)に乗った。この船は「青旗船」と呼ばれ、目印として青い旗が立てられていた。 ...続きを見る

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2013/12/11 08:40
1178 街中のスタバで憩う タイへの旅(6)
私はあまりショッピングに興味がない。そのために、一緒に旅行に行った家族がショッピングにいそしんでいる間は喫茶店で本を読むことが多い。今回のタイ旅行でも訪れたチェンマイ、バンコクの2つの都市で喫茶店にお世話になった。もちろん、両都市にはグローバル展開のコーヒーチェーン店・スターバックスがあり、読書をしつつ疲れた体を休めながら、客の生態を観察することができた。 ...続きを見る

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2013/12/10 07:20
1177 予測できない展開でもうまく収拾する国民性 タイへの旅(5)
チェンマイに10年近く住む友人は、タイの人々についてよく観察をしている。友人によると、日常的にタイ人と接していると、大体予測のできない展開になる。それが面白くて退屈しないそうだが、結果的には何となくうまく収まってしまうことが多いというのである。そういえば、日本なら、こんなことはないという出来事に遭遇した。 ...続きを見る

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2013/12/09 13:51
1176 受難の歴史を歩んだアユタヤ遺跡 タイへの旅(4)
ことしは海外の2つの世界(文化)遺産を見た。7月のカンボジア・アンコールワットと11月のタイ・アユタヤである。アンコールワットは12世紀前半、アユタヤは14世紀から建設が進められた。日本では平安時代後期―鎌倉時代を経て室町時代初期に至るころだ。2つの遺跡は一時歴史の中に埋没し、後に発見されて世界遺産として世界中の人々に愛されている。 ...続きを見る

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2013/12/07 19:04
1175 微笑の国での生活 タイへの旅(3)
定年後、日本を離れて海外で暮らす「ロングスティ」希望者が増えている。日本は来年4月から消費税が8%になるため、さらに海外に目を向ける人が多くなるのではないか。「一般財団法人ロングスティ財団」。こんな財団があるとは知らなかったが、ウェブで調べていたら名前の通り、ロングスティ希望者の支援をしている財団が見つかった。 ...続きを見る

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2013/12/06 18:31
1174 コムローイ(天灯)に想う タイへの旅(2)
タイ旅行で、日本では見かけたことがないものに出会った。一夜、友人に案内されてチェンマイの中心部を流れるピン川沿いに建つタイ料理の名店「ターナム」というレストランに行った。ここでは、つい先日終わったばかりのロイクラトン祭りと同じような趣向を希望する客に味わってもらうという有料のサービスをしていた。 ...続きを見る

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2013/12/05 23:11
1173 身体痛めて情け知る 空港での心温まる話 タイへの旅(1)
つい、先日タイを旅した。第2の都市といわれるチェンマイには奥さんとともに10年近くロングスティをしている友人がいる。この友人のことは後に触れることにして、今回は昔のことわざである「旅は道連れ 世は情け」(旅は心 世は情け、とも言う)を思い出させる出来事に遭遇したことを記したい。 ...続きを見る

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2013/12/03 16:07
1167 地球温暖化への強い警鐘 フィリピンの台風被害・COP19の比代表の演説
フィリピンを8日超大型台風30号「ヨランダ」(アジア名ハイエン))が直撃、死者は1万人を超えるという情報もある。被害が大きかったレイテ島は、東日本大震災の大津波を思い出させる惨状が広がっている。 ...続きを見る

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2013/11/12 23:50
1165 自分史執筆のすすめ 堀淳一著「旅で出会ったアメリカ人」を読む
この世の中にはさまざまな人生がある。いま、生きている人それぞれに歴史があり、何かしら他の人を惹きつける物語を持っている。昨今は、そんな自分の半生を振り返って一冊にまとめる自分史ブームのようだ。旧知の堀淳一さんから「旅で出会ったアメリカ人」という本が届いた。40年以上前の米国の大学留学時代に体験した旅の記録である。 ...続きを見る

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2013/11/05 23:17
1162 鳥威(とりおどし)の季節 寒露は名ばかりの暑さ
24節気のうちの「寒露」が過ぎたばかりだ。露が冷たく感じられてくるころのことを言い、空気は澄み、夜空にさえざえと月が明るい季節(東邦出版・日本の七十二候を楽しむ、より)だという。それにしても、ここ数日、真夏が戻ったような暑さが続いている。寒露はどこへ行ってしまったのだろうか。 ...続きを見る

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2013/10/10 21:56
1155 あるジャーナリストの2年半を迎えての記 裏切られた被災地
「2年半前、あまりの被害の大きさに私たちはたじろいだ。犠牲者の人数もけた違いだった。しかし、この豊かな日本社会だ。ほどなく人々の生活を立て直す力があるはずだ。誰もがそう信じたが、想いは裏切られた。被災地の人々は奥歯に何かがはさまったような、何かはぐらかされたような気持のまま、この日を迎えた」。東日本大震災から2年半を迎えて、仙台市に住む友人のジャーナリスト、松舘忠樹さんは、自身のブログ「震災日誌in仙台」にこう書いた。 ...続きを見る

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2013/09/12 14:26
1154 大震災から2年半の海外での事件 カッパドキアの悲劇
トルコの世界遺産、カッパドキアで旅行中の新潟大学の女子学生2人がゼミ渓谷で男に襲われ、1人が死亡、もう1人は重傷負う事件が起きた。親日的で安全な地域といわれたカッパドキアでもこんな事件があったことに驚いた人は少なくないだろう。ちょうど1年前の昨年9月、トルコを旅し、カッパドキアにも行った。10日の旅の中でも特に印象が深い街だった。その写真を見ながら、女子学生の無念さを思い、心を痛めた。 ...続きを見る

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2013/09/10 23:41
1151 追悼・遠藤正芳さん 教育への思い遥か
知人の遠藤正芳さんが8月初めに亡くなった。66年の生涯だった。もう少し早く、追悼のブログを載せたいと思っていたが、きょうになってしまった。穏やかな表情の遠藤さんを思い出しながら、このブログを書いている。以前、私は何度か遠藤さんにインタビューし、彼に関する記事3本を書いた。以下にそれを追悼の意味を込めて転載する。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「元... ...続きを見る

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2013/09/04 22:00
1133 ベトナム・カンボジアの旅(7)完 理想と現実は違うのだ・メコンにて思う
メコン川はチベット高原が源流で、中国の雲南省―ミャンマー・ラオス国境―タイ・ラオス国境―ベトナム―カンボジアを経て南シナ海へと抜ける全長4023キロに及ぶ大河だ。 ...続きを見る

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2013/07/26 16:11
1131 ベトナム・カンボジアの旅(5) ベトナムのバイク戦争
ベトナムの首都・ハノイに入り、そしてカンボジアを訪れ、さらに再びベトナムに戻り南のホーチミン(旧サイゴン)に行くと道路はものすごいバイクに占拠されていて、遠い時代の中国を思い出した。それは初めて中国を訪れた29年前の夏まで遡る。当時の中国は経済が今日のように発展しておらず、地の底から湧いてきたような多数の自転車が道路にあふれていた。いつの時代でも、国情は違っても庶民は生きるために文明の利器を使う。それがかつての中国の自転車であり、現在のベトナムなどのバイクなのだろうか。 ...続きを見る

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2013/07/24 11:28
1130 ベトナム・カンボジアの旅(4) 東洋のモナリザの魅力に負けたマルロー
紅色砂岩を基調として造られたバンテアイ・スレイは心に残った遺跡の一つだ。アンコールワットと比べ、規模は小さいが、「東洋のモナリザ」(元上智大学長で、長い間アンコール遺跡の調査に当たった歴史学者の石澤良昭氏が命名)ともいわれる優美なデバター(女神)像があり、観光客の姿も多かった。この遺跡で「不思議な光景」を見た。日本では考えられないことなのだが、警備を担当している制服警察官が観光客に物を売りつけるアルバイトをしていたのだ。 ...続きを見る

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2013/07/22 10:50
1128 ベトナム・カンボジアの旅(3) 授業料無料の日本語学校
シェムリアップでアンコールワットのガイドをしてくれたパンニャヴットさんに「どこで日本語を勉強したのですか」と聞いたら、「シェムリアップの山本学校です。授業料は無料でした」と答えがあった。昼、観光の途中に立ち寄った土産店と道路を挟んで反対側にその名前の学校があった。どんな人が運営しているのか、気になった。 ...続きを見る

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2013/07/20 05:08
1129 カンボジアの旅(2) 父親が無念の死・友人の話
アンコールワットは、あらためて詳しく紹介する必要がないほど日本でもよく知られている。私の場合、平泉や富士山が登録される以前は「世界文化遺産」と聞いて思い浮かべたのはアンコールワットだった。12世紀前半、当時のスーリヤヴァルマン2世によってヒンズー教の寺院として建立されたこの遺跡は、建築様式の美しさから人類の無限の力を感じさせる。 ...続きを見る

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2013/07/18 19:38
1127 ベトナム・カンボジアの旅(1)  アンコールワットへの夢果たせず死んだ記者
都市にはそれぞれの歴史がある。それは日本だけでなく世界中のどの都市にも当てはまる。そしてそこに住む人たちもまた、都市とともに歴史を刻んでいる。東南アジアのベトナム、カンボジアのいくつかの都市を旅した。20世紀後半まで戦火に包まれ、多くの国民が血を流し、命を失った悲しい歴史を持つ両国はどう変化したのだろうか。 ...続きを見る

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2013/07/17 10:28
1126 都市部のマンションにヤモリ 益虫・害虫の話
子どものころの夏の楽しみというか、遊びは近くの山に行ってクワガタを取ってきて、雄同士で戦わせることだった。クワガタの雄には、角のように見える大きな顎があり、それが武器になるのだ。クワガタに比べてカブトムシはどこにでもいて価値が低かった。慣れというのはおかしなもので、庭先で昆虫を見てもあまり驚かない。だが、大都会のマンションにヤモリが出没することを聞いて、ヤモリの奴、なかなかやるものだと感心した。 ...続きを見る

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2013/07/05 20:37
1122 続・旅の終わりに 被災地・気仙沼と陸前高田にて
石川と新潟の旅で私の旅人生に区切りをつけるつもりだった。だが、その直後に東日本大震災被災地への旅の話が舞い込んだ。そうして、訪ねたのが岩手県陸前高田市だった。あらためて書くまでもなく、陸前高田は大震災の津波で甚大な被害を受けた。市の発表によると、3・11当時の人口24,246人のうち1,735人が震災で亡くなり、14人が行方不明、464人が震災関連で亡くなっている。この街に隣接する被災地・宮城県気仙沼から重い気分で車に乗った。 ...続きを見る

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2013/06/25 10:53
1120 旅の終わりに 挫折・大震災・病と闘いながら
旅の多い生活に区切りをつけることになった。2006年12月から始まったこの生活は、旅をして人に会い、話を聞いて文章を書くのが仕事だった。これまで約100回の旅をした。初めての旅で利用したのは石川県の小松空港で最後の旅も偶然、小松空港着の飛行機を使った。旅のスタートとなった石川で小松空港に近い田園地帯にある松井秀樹記念館をのぞいたが、7年後に彼が国民栄誉賞を受賞するとは想像もしなかった。最後の旅を含めて、最近の旅で印象に残る4人の男女に会うことができた。国民栄誉賞の松井に劣らないほどのすごい人たち... ...続きを見る

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2013/06/18 16:58
1118 「芸術そして、つながる心と心」 パリで元校長「フクシマの子どもたち」を語る
ことし3月まで福島県の小学校で校長をしていた知人の宍戸仙助さんが最近パリに行き、原発事故の福島の子どもたちについて語った。元校長による、海外出前授業だ。フランスの人たちは、宍戸さんの話にどんな反応を見せたのだろうか。宍戸さんから、パリの出前授業に至る経過や出前授業の様子についての記録が届いた。以下にその全文と写真を掲載する。 ...続きを見る

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2013/06/07 19:16
1117 ヒースロー空港のトラブル 添乗員の役割は?
添乗員付きのヨーロッパのツアー旅行に参加した仙台市の50代の男性が、イギリス・ロンドンのヒースロー空港に置き去りにされ、精神的苦痛を受けたとして、ツアー元の旅行会社を相手に40万円の損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こしたことが話題になっている。飛行機に乗り遅れた男性客に対し添乗員が「頑張って帰ってきて」と携帯電話で伝えたことも新聞の見出しになっていた。 ...続きを見る

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2013/06/06 21:54
1114 「関白」ゆかりのホテルにて 子どもの歓声戻った大洗
久しぶりに茨城・大洗を訪れた。海岸は白い波頭が目立ち、2年前のあの日(東日本大震災)のことを想像した。大洗の海岸に面する大洗シーサイドホテルに泊まった。このホテルはアマチュア野球界の神様的存在の故石井藤吉郎さん(1924〜1999)の生家が営み、ホテルのロビーには、トロフィーなど石井さんゆかりの品が展示されていた。東日本大震災で震度5強の揺れと5メートル近くの大津波に見舞われた大洗の町は、復興の歩みを速めていた。 ...続きを見る

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2013/05/24 21:18
1111 トンネルを抜けると別の世界 金沢文庫・称名寺は黄菖蒲の季節
「トンネルを抜けると、全く別の世界が広がりますよ」と、金沢文庫(横浜市)の学芸員が言う通りだった。金沢文庫と隣の称名寺の間にはたしかにトンネルがあり、そこを抜けると、盛りを迎えた黄菖蒲の花が私を迎えてくれた。称名寺は、世界遺産不登録を勧告された「武家の古都・鎌倉」の一角に入る寺だ。鎌倉の寺院に比べると知名度は低いが、真っ青な空の下に咲き誇る帰化植物・黄菖蒲の素晴らしさは格別だった。 ...続きを見る

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2013/05/18 18:42
1101 沖縄の樹木たち 南方熊楠が愛したセンダン
沖縄に行きセンダンとコバテイシという2本の大きな木を見た。2本ともアジアの熱帯・亜熱帯に分布する高木で、私が住む首都圏では見かけない。沖縄では日常目にする植物だろうが、私にとっては珍しいものだった。それが庭の主木として植えられていた。米軍基地、普天間の移転候補地となった辺野古がある名護市に行き、その隣町の本部町にも足を延ばした。 ...続きを見る

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2013/04/07 13:55
1100 笑いが止まらないが… 福島の原風景描いた「夕焼け小焼けで陽が昇る」
映画の「always3丁目の夕日」は、舞台設定が昭和30年代の東京・下町だった。日本が敗戦から立ち直り、復興へと歩み、経済の高度成長が始まる時代の貧しくても明るい人々が描かれている。これに対し、小泉武夫の「夕焼け小焼けで陽が昇る」(講談社文庫)は、福島・阿武隈山中の村に住む少年たちが、知恵を絞って自然の中で遊び抜くという、同じ時代の地方の姿を軽妙なタッチで表現した小泉の自伝的小説だ。 ...続きを見る

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2013/04/02 15:43
1099 被災地陸前高田の街から 満開の桜の花の下で
東日本大震災によって死者1556人、行方不明217人(2月末の岩手県発表)と、岩手県で最大の被害が出た陸前高田市。高田の一本松の保存問題でも全国的に知られた街だ。最近、この街に住む親類(いとこ)と連絡がとれ、九死に一生を得たことを知った。大震災から2年が過ぎたが、被災者の心は晴れないことをいとこの話を聞いてあらためて思い知った。 ...続きを見る

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2013/04/01 15:41
1095 たばこ悪者の時代の頑固な友人 米ではついに千円条例
米国最大の都市ニューヨーク市は、喫煙対策強化のために、たばこ1箱当たりの最低販売価格を10・50ドル(約1000円)にすることなどを盛り込んだ条例案を市議会に提出したという記事が先週出ていた。日本でも一時、たばこ1000円説が話題になったが、立ち消えになった。わが家の近くにある遊歩道のベンチの周辺では、たばこの吸い殻が散乱しているのをよく見かける。1000円時代になれば、そんな光景もなくなるかもしれない。 ...続きを見る

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2013/03/25 16:03
1094 手ごわい敵を抱えて 南海トラフ巨大地震、固定観念を捨てて
大げさに考えると、日本はこの巨大地震が起きたら国家が破たんし、沈没状態になってしまう―。日本の太平洋沿岸に延びる南海トラフでマグニチュード(M)9・1の地震が起きると、最悪で220兆3000億円という途方もない被害が出るという想定を国の有識者会議が発表した。このニュースに衝撃を受けたのは、私だけではないだろう。千年に1回以下の頻度らしいとはいえ、2年前の東日本大震災を経験した日本人には、不気味な数字だ。 ...続きを見る

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2013/03/19 16:39
1093 木版に書かれた子どもの夢 桑名の城跡公園にて
前回のブログで、三重県に行ったことを書いた。このうち桑名市内にある九華公園という旧桑名城跡で、珍しいものを見た。木製の比較的新しいベンチが3つあり、その横に子どもの字で将来の夢・目標を書いた木版が張られていた。詳しいことは分からないが、地元の中学生が書いたものらしい。幕末期、桑名藩は、いまNHKで放映されている「八重の桜」の福島・会津藩同様、苦境に立たされたが、時を経て子どもたちは健やかに育っている。 ...続きを見る

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2013/03/17 15:11
1091 童心に戻った気球体験だが… 残念なルクソールの事故
エジプトの観光地、ルクソールで21人を載せた熱気球が墜落し、日本人4人を含む19人が死亡した。墜落前に気球から飛び出し(逃げたのか、爆発で飛ばされたのかは現段階では不明)、重傷を負ったパイロットの操縦ミス説が強くなっている。イスラム過激派によるアルジェリアの人質事件、グアムの無差別殺傷事件と海外で日本人が事件に巻き込まれるのが目立つと思ったら、今度は事故である。昨年(2012年)9月、トルコで気球体験をした身には、ルクソールの事故は他人事ではないと感じるのだ。 ...続きを見る

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2013/02/28 18:35
1089 日本初の小児がんの夢の病院が完成 行政の無知で全面オープンに難題
神戸市中央区のポートアイランドに小児がんと闘う子どもと家族のための「夢の病院・チャイルド・ケモ・ハウス」がほぼ完成した。NPOチャイルド・ケモ・ハウスが各方面の支援を得て総工費7億円で建設した日本初の小児がん専門治療施設だ。4月からオープン予定だが、隣接する公園をつぶして市立病院の看護師寮を建設するという話が持ち上がり、施設の全面的利用ができなくなるという難題が持ち上がっている。このほど施設を見学して、問題点が浮上していることを知った。 ...続きを見る

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2013/02/22 11:34
1087 「雨水」は過ぎたが… 日中の雪解けはあるのか
ことしの「雨水」は2月18日だった。気象予報士が判を押したように、この日のことを解説していた。24節気では、空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころのことを言い、寒さも峠を越える時期だそうだと。ところが、この冬(立春がとうに過ぎたので春になっているが)の寒さは厳しく、昨19日は雪が舞い、私の家の周辺では積雪もあった。毎朝の散歩には防寒用の上下と帽子、マスクが欠かせない。それでも日の出が次第に早くなり、早朝の散歩にカメラが必需品になったこのごろだ。 ...続きを見る

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2013/02/20 16:29
1083 あなたはどこに住みたいか 巨大名古屋と戦う岐阜は?
全47全都道府県を踏破したのは3年前の2010年2月のことだった。最後になったのは鳥取県だった。この月、米子市を訪れ、全都道府県に行ったことになった。だが、県庁所在地では岐阜市と三重県津市の両市はなぜか縁がなかった。今回、愛知の旅の途中、岐阜にまで足を延ばし、あとは津のみを残すだけになった。 ...続きを見る

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2013/02/01 15:06
1082 御嶽に向かって 犬山城の天守にて
このブログにリンクしている「消えがてのうた part2」の中で、「石垣を登ったはなし」(2012年5月16日)というaostaさんの子どものころの思い出話が載っている。詩情あふれる文章と高島城(長野県諏訪市)と桜の写真は、何度見ても作者の感性の豊かさを感じさせる。 ...続きを見る

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2013/01/31 22:30
1062 「遥かなりラオス」 頑張れノンちゃん!
2009年9月、ラオスを旅した際、お世話になった現地NGOの女性で「ノンちゃん」という愛称を持つ、庶民の味方がいた。そのノンちゃんが最近、体調を崩したと聞いた。肝臓の状態が芳しくなく、病気と闘う日々を送っている。彼女の回復を祈りながら、このブログを書いている。頑張れ、ノンちゃん! ...続きを見る

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2012/12/21 10:14
1059 銃所持と核兵器保有は類似の論理 瀬戸際を歩く人類
米国が銃社会であることをクローズアップさせた悲劇が続いている。14日にはコネティカット州ニュータウンの小学校で銃乱射事件が起き、児童20人を含む26人が命を失った。犯罪に対する自己防衛、あるいは抑止力として3億人が銃を所持(07年調査の推計値では100人当たり88・8丁)しているそうだ。その論理は、なにやら核兵器を保持する大国の主張(核は平和への抑止力)にも類似するように思える。 ...続きを見る

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2012/12/17 13:24
1057 一枚の写真の偉大さ 中国・イリの大河の夕陽
「夕焼雲のうつけしければ人の恋しき」と詠ったのは、放浪の俳人種田山頭火である。友人の増田逸雄氏から、シルクロードの旅で写したという、珍しい写真が送られてきた。 ...続きを見る

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2012/12/12 23:04
1056 知恵と独創性と躍動感と 「TOKYOオリンピック物語」
「『宗谷』の昭和史」に続き、ノンフィクション作品を読んだ。昨年、東日本大震災発生直前に発売になった「TOKYOオリンピック物語」(野地秩嘉著、小学館)だ。震災直後に購入したのだが、当時は茫然自失状態にあり、手に取ることなく本棚の片隅に放置していたのを思い出して引っ張り出した。戦後の経済の高度成長時代の1964年(昭和39)に開催した東京五輪。前を向いて歩き続けた良き時代の象徴ともいえるオリンピック開催を各方面から支えた人たちのストーリーだ。 ...続きを見る

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2012/12/11 16:38
1055 大槻3代を生んだ一関 復興見守る世界遺産・平泉中尊寺
岩手県の平泉がユネスコの世界遺産(文化)になったのは、東日本大震災直後の2011年6月26日だった。日本の文化遺産では12番目の登録だ。もちろん、被災地東北では初の文化遺産登録である。その中心となるのが中尊寺であり、中でも金色堂だ。過去2回、中尊寺に行きながらが金色堂の内部を見ることはできなかった。今回3度目の正直で、まばゆいばかりの金色堂の内部見学が実現した。 ...続きを見る

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2012/12/10 09:31
1047 城下町・関宿にて 終戦処理の鈴木貫太郎ゆかりの町
関宿という地名を知っている人は、歴史好きなのかもしれない。関宿は1590年(天正18年)に松平康元(徳川家康の異父弟)が2万石で城主になって以来、23代にわたって譜代大名が配置された城下町である。江戸時代は、由緒ある藩だった。それから時代を経て、いまの関宿は合併して野田市に編入された埼玉と茨城に接するやや寂しい県境の街だ。 ...続きを見る

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2012/11/21 20:35
1042 被災地・女川で出会った若者 会社やめ被災地支援に没頭
東日本大震災の被災地では、勤めていた会社をやめ復興支援のために働いている人が少なくない。宮城県の女川で出会った小松洋介さん(30)もその一人だった。彼は現在、民間の任意団体・女川町復興連絡協議会 戦略室で、被災した事業者や、新しく事業を興す人たちの相談に乗っている。その一つであるトレーラーを使った珍しい形の旅館が間もなくオープンするそうだ。 ...続きを見る

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2012/11/09 15:27
1041 被災地にて・石巻2 文人が見た日和山からの風景
東日本大震災で、一番被害が大きかったのは宮城県石巻市だ。震災後、幾度となくこの街を訪れながら、中心部を一望することができる日和山公園に行く機会に恵まれなかった。先週末、その機会がようやくやってきた。標高が56メートルという丘陵地の公園がかなりの高台にあるように見える。それだけ石巻市街が低地にあるということだ。 ...続きを見る

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2012/11/06 19:01
1029 オリオン舞い立つ 流れ星を見た夜
日曜(10月21日)の午後10時過ぎ、夜空を見上げた。オリオン座流星群の流れ星を見ることができるかもしれないというニュースがあり、家族みんなで外へ出た。10月も下旬に入ったとはいえ、まだそう寒くはない。40分ほど頑張って1つの流れ星を見た。流れ星は、ほんの一瞬私たちの頭上に現れ、南から北へ流れて消えた。酔眼でも、流れ星だけは、はっきりと見えた。 ...続きを見る

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2012/10/22 23:27
1028 除染作業の公園で 寒露の季節に
二十四節季の「寒露」(ことしは10月8日)が過ぎ、朝夕の散歩にはシャツの上に薄いジャンパーを羽織らないと肌寒さを感じるようになった。宮城の被災地に入る前に福島県郡山市に行った。風が冷たく、市内を歩いていると背中がつい丸くなる。午前10時過ぎ、市役所近くにある開成山公園に行く。原発事故がここでも尾を引いていることを思い知らされた。「除染を実施しました」という10月1日付の市の看板が立っていたからだ。 ...続きを見る

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2012/10/16 06:29
1027 東日本大震災被災地にて 自然の脅威を乗り越えて
宮城県の石巻、女川という東日本大震災の被災地にも時が流れ、あれから1年7カ月が過ぎた。被災地はどのように変化しているのだろうか。天童荒太の「静人日記 悼む人U」をかばんにしのばせて被災地へ出向いた。被災地に立って、日本の隅々まで歩いた民俗学者の宮本常一が、故郷四国の島、周防大島を旅立つ際、父親から聞いたという「生きる上での10カ条の指針・教訓」のうちの2つ目を思い浮かべた。 ...続きを見る

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2012/10/14 22:57
1025 トルコの小さな物語(8) 音楽家には鬼門のフランクフルト 税関に芸術は通じない時代なのか
海外を旅したことは、そう多くはない。テロ、ハイジャック、密輸防止のためとは分かっているが、空港での検査はやはり不愉快だ。スリランカのコロンボ空港(正式名称・バンダラナイケ国際空港)では、税関職員を装った(あるいは税関職員かもしれない)男に財布の中から5万円を抜き取られてしまった。ドイツのフランクフルト国際空港の手荷物検査では、ショルダーバッグの中身をばらまかれた。そのフランクフルトはいま、音楽家には鬼門の空港になりつつある。 ...続きを見る

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2012/10/09 21:48
1023 トルコの小さな物語(6) イスタンブールの街角で
2020年の夏のオリンピック開催に立候補し、第1次選考で東京、マドリードともに残ったのが、トルコのイスタンブールだ。同じ年に行われるサッカーの欧州選手権の開催地としても名乗りを上げているが、都市としての潜在能力があると評価されており、東京にとって強敵といえそう。短期間の滞在でこの街のことが分かったとはいえないが、この街の活気や人々の熱気は相当なものだ。 ...続きを見る

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2012/10/06 21:53
1020 トルコの小さな物語(3) 簡易ウォシュレットもある古代遺跡 
米国の小さな町を舞台にした映画で、もたいまさこがほとんどセリフなしという難役に挑んだ「トイレット」(ウォシュレットのトイレが舞台装置に使われた)を思い出したのは、保存状態のよさで世界屈指といわれる古代ギリシャ・ローマ時代の「エフェソス遺跡」(エフェスともいう)を見た時だ。トルコには、映画にもなったトロイの遺跡はじめ多くの遺跡がある。中でも、エフェソスの遺跡は圧巻だった。 トロイ遺跡の入り口にはトロイ戦争の巨大な木馬の複製があり、観光客の人気を集めていた。遺跡は、このトロイの木馬の伝説を子ど... ...続きを見る

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2012/10/03 15:10
1019 トルコの小さな物語(2) 独立の父は大のアルコール好き 
トルコの独立の父といわれ、国民に敬愛されているのがムスタファ・ケマルである。「トルコの父」を意味する「アタチェルク」と呼ばれる英雄だ。彼は、第一次大戦でドイツと同盟し敗北、占領下に置かれた祖国の独立戦争を指導し、1923年10月、現在のトルコ共和国の建国を果たし、初代大統領になる。ジェンキさんによると、トルコの人々はアタチェルクを尊敬し、どの家にも彼の写真が飾ってあるという。今回の旅で訪れたカッパドキアの洞窟の家でも彼の言う通り、目立つ場所にアタチェルクの写真があった。 ...続きを見る

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2012/10/02 15:24
1018 トルコの小さな物語 (1) 悠久の歴史と大自然の営みと 
アジアとヨーロッパを結ぶ位置にあり、枝分かれしたシルクロードの1本の最終地点といわれるトルコを旅した。面積は日本の倍近い78万580平方キロ、人口は7500万人というこの国は、様々な顔を持っている。悠久の歴史とスケールの大きな自然を交互に見ることができた。トルコに魅せられた日本人が少なくないのも当然と思った。 ...続きを見る

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2012/10/01 22:57
1014 福島の現状は 原発事故から子どもを守る闘い続ける知人
東日本大震災から1年半が過ぎたが、復興は牛の歩みよりも遅いと感じる。特に天災に加え原発事故という人災に見舞われた福島は深刻さを増している。そんな中で、地域にホットスポットを抱える北部の伊達市が小学生を対象に教育の場を一時県外に置く「移動教室」をやっていると聞いた。移動教室に携わっている知人の宍戸仙介・富野小校長から、その内容がインターネットに掲載され、ユーチューブでも見ることができるというメールが届いた。 ...続きを見る

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2012/09/17 21:52
1012 ああフェルメールよ 残暑の中の絵画展にて 
日本人のフェルメール(ヨハネス・フェルメール、オランダ、1632−1675)好きは相当なものだと思う。「真珠の耳飾りの少女」と「真珠の耳飾りの女」(こちらもパンフには少女とあったが)という2つの作品が展示された上野の森にある東京都美術館と国立西洋美術館は、人であふれていた。 ...続きを見る

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2012/09/12 14:10
1010 運転手の絶妙の解説 これぞプロ 仙台を走る「るーぷる」
東日本大震災で被災した仙台市だが、1年半が過ぎて街は以前と変わらにほどにぎわっている。JR仙台駅も、市内も多くの人が屈託ない表情で歩いている。以前、仙台に住んでいた。仙台は、札幌とともに私にとっては第2の故郷だからこの街の変化に関心があるし、大震災当時は痛ましい思いを抱き続けた。その仙台。いま、市内には市交通局運営の要所を走る「るーぷる仙台」というバスが走っていた。このバスが面白い。運転手が街の要所を解説し、それを聞いている乗客から笑い声が絶えないのだ。 ...続きを見る

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2012/09/10 10:07
1007 山頭火と高倉健 映画「あなたへ」を見て思うさまざまな人生
「このみちや いくたりゆきし われはけふゆく」(注=筆者。この道は、多くの人々や人生が行き交っている。私はその人生をきょうも歩いている) ...続きを見る

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2012/08/31 21:54
1006 世界で一番住みやすい都市は? 大阪はなぜ魅力があるのか
「世界で最も住みやすい都市」という調査結果を英国のエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)という経済分析機関が毎年発表している。2012年版では、かつて第16回オリンピック夏季大会が開かれたオーストラリアのメルボルンが世界一だそうだ。 ...続きを見る

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2012/08/30 22:01
1005 10歳でも1000キロは歩けるのだ ビクトル古賀の半生
サンボという格闘技があることは知っていたが、かつてサンボの神様といわれた人物がいたことは石村博子著「たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く」(角川文庫)を読むまで全く知識にはなかった。 ...続きを見る

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2012/08/29 21:47
1000 歴史の街を歩く 平戸と萩への旅・萩にて(2)
長崎県平戸市から山口県萩市へと至るコースは、けっこう遠い。平戸で岡山さんらと会った私は、岡山さんの車で3セク・松浦鉄道たびら平戸口まで送ってもらい、この駅から佐世保に行き、JR九州の在来線の特急に乗り換えて博多まで1時間50分、さらに新幹線で37分の新山口で下車した。疲れていたが、この駅がかつては小郡(おごおり)といい、その名前の当時、出張でこの駅を利用したことを思い出した。 ...続きを見る

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2012/08/18 21:46
999 歴史の街を歩く 平戸と萩への旅・平戸にて(1)
駆け足で長崎の平戸と山口の萩に行ってきた。目的は2つの街の博物館を訪ねることだった。 ...続きを見る

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2012/08/18 21:31
989 ジョン万次郎とともに 土佐清水にて
江戸末期から明治時代に波乱万丈の生涯を送ったジョン万次郎は、高知では有名人だ。生まれ故郷にある「ジョン万次郎資料館」をのぞいて、人間はどんな逆境にあっても不屈の精神を持てば生き残ることができると感じ、大きな力を得た。 ...続きを見る

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2012/07/18 20:58
988 幸徳秋水と建長寺の天井画の画家と 四万十・中村にて
清流で知られる四万十川がある高知県四万十市は、平成の大合併で中村市と隣接の西土佐村が合併して誕生した。その中心部に近いホテルに泊まった。すぐ裏手の高知地検中村支部・中村区検の隣に大逆事件で刑死した中村出身の思想家、幸徳秋水(本名、伝次郎)の墓があった。正福寺の墓地の一角にある墓は「幸徳秋水墓」と達筆で書かれていた。ホテルに戻って、地元の高知新聞を見ていたら、墓の字を書いた人物のことを作家の瀬戸内寂聴さんが書いていた。 ...続きを見る

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2012/07/17 18:46
987 寺田寅彦と正岡子規 高知県立文学館の「川と文学」展にて
高知市にある高知県立文学館をのぞいた。「川と文学」という企画展が開かれていた。高知出身の作家や高知にゆかりのある作家、高知を舞台にした文学作品に関しての資料が展示されていた。それにしても高知県にゆかりのある文学者の多いことに驚いた。 ...続きを見る

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2012/07/16 22:29
985 モクレンが狂い咲き 梅雨明けは近いのか
駅へと通じる道路の両脇にある街路樹のモクレンの花が咲いている。3月末に一度咲いた花が、梅雨空の中「もう一度顔を出しましたよ」と言いたげに空に向いている。いわゆる、狂い咲きというやつらしい。3月末に比べると花の量は少なく、白い花も紫の花も1本に数個しかない。6月に台風が上陸し、このあたりもかなりの強風に襲われた。それが背景にあるのだろうか。 ...続きを見る

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2012/07/08 19:56
983 散歩コースに咲くユリ科の花 絶滅危惧種のユウスゲかあるいは?
毎朝、犬とともに散歩をする。そのコースには大雨の場合などに川の流量をコントロールするすり鉢状の調整池がある。その周りが遊歩道になっていて自転車もほとんど通らないため、散歩を楽しむ人が少なくない。遊歩道脇は斜面の部分が多く、その一角に最近、写真のような花が咲いているのを見つけた。家人は「ニッコウキスゲではないか」というが、それよりも花の色が薄い。では、何の花なのだろう。 ...続きを見る

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2012/07/03 14:30
968 棚田にて ある青年との出会い
傾斜地に続く棚田は日本を含めて世界各地に存在する。その中で唯一、世界遺産(文化遺産)になっているのがフィリピン・ルソン島の「コルディリェーラの棚田」である。しかし若者たちが村を離れて行き、3割の棚田が後継者不足のため耕作放棄地となって荒廃が進んだとしてこの棚田は「危機遺産リスト」に登録されている。日本国内に数多く存在する棚田もコルディリェーラの棚田と同様、耕作放棄地が増加し美しい景観が消えつつある。そんな棚田を守ろうと一途な行動をしている一人の青年に出会った。 ...続きを見る

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2012/05/19 08:36
965 急ぐ身でも心和む新緑 信楽高原鉄道の短い旅
一両編成の信楽高原鉄道に乗った。貴生川―信楽間14・7キロ。わずか23分という短い旅だ。山間を走るのどかな単線の鉄道で、21年前に大惨事として記録に残る列車同士の衝突事故(42人が死亡し、614人が重軽傷を負った)があったことが信じられない。行きも帰りも車両には私を含めて数人の乗客しかいない。車窓の外には新緑がどこまでも続いていた。 ...続きを見る

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2012/05/10 21:07
957 労苦の鉄道の旅 下川裕治・ユーラシア横断2万キロ
沢木耕太郎は「旅する力」という本の中で、「旅には適齢期がある。旅をすることは何かを得ると同時に何かを失うことだが、齢を取ってからの旅は、大事なものを失わないかわりに決定的なものを得ることもないように思える」と書いている。 ...続きを見る

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2012/04/17 20:55
954 水のぶっかけ合戦だ! タイ・ソンクラーンのお祭り 
タイのソンクラーン(旧正月、4月13―15日)の儀式である水掛け祭りが始まったと、チェンマイに住む知人からメールが届いた。写真を見ると、知人がこの期間は外に出たくないと思うのも理解できる。タイを紹介するHPの中には「狂気の水掛け祭り」と紹介しているものもある。それほど、熱気があるお祭りなのだろう。 ...続きを見る

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2012/04/14 18:08
948 北京の旅(4)完 どこまで続くオリンピック効果
日本に観光に来た中国人が「日本では軽自動車ばかりが目につく。わが国では軽に乗っている人なんていない」という感想を漏らしたそうだ。日本をGDP(国内総生産)で追い越し、米国に次いで世界2位になったことの自信がこんな言葉になって出たのかもしれない。北京市内ではものすごい量の車が走っていて、あちこちで渋滞が続いているが、たしかに目を凝らすと軽自動車は見当たらない。 ...続きを見る

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2012/04/04 06:09
946 北京の旅(3) 厭わない深夜労働、サイドビジネス
中国は、いまも共産党による「一党独裁体制」が続いている。天安門にはその象徴として毛沢東の巨大な写真が飾られている。文化大革命によって国内を10年間にわたって混乱させた毛だが、共産党の独裁体制が続く限り、毛は特別な存在として扱われるのだろうか。しかし、力を誇示した重慶市の薄熙来氏が中国共産党委員会書記を解任されるなど、共産党幹部の腐敗に対する国民の目は厳しくなっている。今度の旅で接した一人も吐き捨てるように、共産党はだめだと強調していた。 ...続きを見る

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2012/04/02 13:02
945 北京の旅(2) 50万人が集う天安門広場
かつて民主化を求めて多くの学生や市民が集まり、人民解放軍によって武力弾圧された天安門広場は約40ヘクタールと広大で、全体に白い花崗岩が敷き詰められている。10月1日の国慶節には50万人の人たちが集まるが、花崗岩はちょうど1枚で1人が立つことができるほどの大きさに区切られ、当日の式典の際にはそうして50万人をうまく収容できるのだそうだ。 ...続きを見る

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2012/04/01 15:57
944 北京を歩く(1) 人で埋まる万里の長城・女坂
初めて中国の土を踏んだのは、28年前の1984年6月のことだ。当時の備忘録を見ると、成田から上海上空を経て、北京というルートで、飛行時間は5時間かかっていた。現在は、新潟から韓国上空を飛んで北京に行くという短縮ルートのため当時よりも3時間55分と1時間も速くなっている。中国は近くなったのだ。 ...続きを見る

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2012/03/31 21:29
928 関アジと寒ブリと… 名物を食べてみる
私は食通ではないしグルメでもない。地方へ出かける機会が多いが、その土地の名物料理を食べる興味はあまりない。だが、たまたま連続して名物の魚を食べる機会があり、日本の食の豊かさを体験した。 ...続きを見る

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2012/01/25 11:17
927 雨から変わった夜の雪 新鮮な見慣れた風景
北国生まれの人間にとって雪は懐かしい存在だ。ほとんど雪が降らない首都圏にも、昨夜から未明にかけて雪が降った。「更けゆくや雨降り変はる夜の雪」(小沢碧童)。師の河東碧梧桐の通夜の句だそうだが、今回の雪はまさしくこの句の通りだった。朝になって太陽が出ると、ふだん見慣れた風景が新鮮に映った。いつもの朝よりなぜか張り切って散歩に出かけた。わが家周辺の、雪の朝の写真を掲載する。 ...続きを見る

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2012/01/24 22:06
926 言葉の海に生きる 震災を語る2冊の本
東日本大震災を書いた2人の芥川賞作家の本を読んだ。順に書くと玄侑宗久の「福島に生きる」と辺見庸の「瓦礫の中から言葉を」だ。 ...続きを見る

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2012/01/23 21:56
925 富山で出会った元野球少年 立山連峰の下で挑戦の人生
先日、富山・立山連峰の話を書いた。圧倒的な姿に言葉は不要と思った。その富山でこよなくこの山を愛する人に出会った。富山県高岡市の作道和宏さん(70)である。63歳でバス運行会社を起こし、68歳で障害者自立支援のNPOを立ち上げた起業家だ。悠々自適の生活が可能なのに、それを捨て多難な道を選択した作道さんの話は心にしみた。 ...続きを見る

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2012/01/23 13:19
920 姿見せた奇跡の威容 黙して見る白銀の立山連峰 
先日、富山を旅し、地元の人でもまれにしか見ることができない立山連峰の雄大な冬景色に接した。静かな威容は過ぎた年の大震災でくじけかけ、萎えた心にカンフル注射をしたような、生きていることを実感させる劇的な効果をもたらした。(写真をクリックすると拡大して見えます) ...続きを見る

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2012/01/14 21:59
915 曇りのち晴れの元旦 窓をあけよう
朝起きると、雨がぱらついていた。これでは「初日の出」は見ることができないと思った。例年なら初日の出を見るために朝7時前に飼い犬のhanaとともに遊歩道に出ているが、ことしはやめた。天気が悪いなら、hanaの散歩はもう少し後にしようと布団にもぐり込んだ。しばらくうとうととした。それでも、やはり気になって窓を開けて東の空を見ると、次第に雲が切れて、光の輝きがのぞき出した。 ...続きを見る

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2012/01/01 10:15
914 たまには後ろ向きで歩いてみよう 暮れなずむ遊歩道で
昨日の夕方、いつもの調整池の周囲の遊歩道を飼い犬のhanaとともに歩いていると、上空が急に黒い雲に覆われ、雨のしずくが少しずつ落ちてきた。大したことはないと歩き続けると、西の空に1回だけ稲妻が走って、ゴロゴロという雷鳴がした。雷が大嫌いなhanaは、必死にリードを引っ張って家の方向に走り出した。慌ててhanaを制しながら西の空を見ると雲が切れ、茜色の夕焼けが広がり出した。師走の日曜日、暮れなずむ池の周囲は静寂に包まれている。 ...続きを見る

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2011/12/26 12:41
913 2011年の旅模様 「辛苦了」の1年
東日本大震災という歴史的災害に見舞われた2011年も残すところ1週間になった。人それぞれこの年について思いはあるだろう。私は実に20回の旅をし、その半分近くが被災地訪問だった。漢字一文字で表現すれば、私にとっての2011年は「辛」という字が当てはまる。中国語でも「大変だったね」や「お疲れさま」のことを「辛苦了」(シンクーラ)と書く。被災者にとっても今年は「辛苦了」の年だったと思う。以下は、ことし私が訪れた地域と短い感想。 ...続きを見る

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2011/12/24 17:43
912 太陽の戯れに出会った友人 元荒川の幻日現象
「幻日」(げんじつ)という現象があることは知っていた。しかし、それを自分の目で見たことはない。埼玉に住む友人がこの現象を見て、カメラに収めた。友人自身も興奮したという幻日。東日本大震災という歴史的大災害とともに、2011年の象徴的出来事として彼の心に深く刻まれたに違いない。 ...続きを見る

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2011/12/21 19:56
903 人間関係の輪を広げ、最悪の事態を想定 海外暮らしの秘訣とは
タイのチェンマイでロングステイしている知人から「チェンマイ・フーケオ通り」というタイトルのエッセー集が送られてきた。「知人が住んでいるファイケオ通りからとった「風景夫」というペンネームでチェンマイのタウン紙『ちゃーお』にロングステイ初心者の心境を連載(2006年3月から1年間、隔週ペースで24回)したものだ。 ...続きを見る

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2011/11/27 13:46
902 日本人の名誉を守った会津 梅原猛著「日本の深層」
哲学者の梅原猛は仙台で生まれ、愛知県の知多半島で育ち、長じて京都で生活している。哲学者であると同時に日本ペンクラブの会長(13代)も務めた文人でもある。「日本の深層」は、そんな梅原の両面を見ることができる作品だ。 ...続きを見る

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2011/11/24 22:22
897 チェンマイのロイカトン祭1 灯篭に願い込め
11月の満月のお祭タイのロイカトンが12日から14日まで3日間にわたって開かれた。チェンマイに住む知人からその写真が送られてきたので2回にわたって紹介する。 ...続きを見る

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2011/11/14 13:10
894 幸せとは ノルウェー・福井・ブータンの共通項は
ことしほど、人間の幸せとは何だろうと考えさせられたことはない。東日本大震災によって、多くの死者・行方不明者を出し、さらに東電福島原発の事故でいまも福島県の人々の多くが未来を信じることができない避難生活を余儀なくされている。 ...続きを見る

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2011/11/09 21:48
891 海外暮らしという人生の選択 チェンマイからの便り
かつて、同じ会社で勤務していた知人から突然メールをもらった。会社を辞めたあと、音信が途絶えていたが、このメールで奥さんと一緒にタイのチェンマイで7年前から暮らしていることが分かった。私は2005年1月、家族と一緒にこの街に行ったことがある。まさか、知人が住んでいるとは知らずに、楽しみながらこの街を歩き回ったのだった。 ...続きを見る

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2011/11/06 14:22
888 バンコク水害の深刻度  簡単ではない自然との共生
いま、街が洪水に浸かってしまったタイのバンコクに1度だけだが行ったことがある。家族の1人に猛烈なタイファンがいるので、そんなにいいところなのかと思いながら同行したのだった。(焼畑農業の現地) ...続きを見る

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2011/11/02 20:42
886 被災地の人々に希望の灯を  震災を書き続けるジャーナリスト
仙台に住む知人で、元NHK社会部記者の松舘忠樹さんは、アマチュアオーケストラのコンサート・マスターを務めながら、定年後の生活を楽しんでいた。そんな松舘さんの生活はことし3月11日の東日本大震災で大きく変わる。現役記者時代、災害報道を担当した松舘さんはつぶさに被災地の状況を取材し、日記形式で震災に対する思いを綴り続けている。 ...続きを見る

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2011/10/30 18:33
884 日本の秋 北海道編(家族の風景)
前回に続き家族の写真の続き。今回は北海道編(函館と江差間の中山峠の紅葉1) ...続きを見る

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2011/10/29 08:50
883 北欧の旅・番外編 フィンランド・エストニアの秋
家族がフィンランドとエストニアに行ってきた。その写真の一部を紹介する。もう、首都ヘルシンキは晩秋だった。それは、日本の札幌に似た風景だったようだ。 ...続きを見る

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2011/10/28 21:47
874 北欧の旅・写真編(6)スウェーデン2 ストックホルムの街で
(ストックホルム市庁舎内のノーベル賞受賞者のパーティー会場) ...続きを見る

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2011/10/14 22:06
873 北欧の旅・写真編(5)スウェーデン1 ストックホルムにて
(オスロからストックホルムへの国際列車は空いていた) ...続きを見る

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2011/10/14 21:59
872 北欧の旅・写真編(4)ノルウェー3 オスロ郊外にて
オスロの郊外にドローバックという人口3700人の小さな街がある。現在は芸術家に愛されるリゾート地だが、この街の近くの「オスカースボルグ要塞」で第二次世界大戦当時、重要な戦いがあったことを知った。 ...続きを見る

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2011/10/13 21:13
871 北欧の旅・写真編(3)ノルウェー2 街の中で
(斬新なオスロのオペラハウス) ...続きを見る

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2011/10/12 21:51
870 北欧の旅・写真編(2) ノルウェー1 自然の美
デンマークに続いてノルウェーの写真です。(クリックで拡大します) ...続きを見る

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2011/10/11 21:32
869 北欧の旅・写真編(1) デンマーク
9月に旅した北欧3国(デンマーク、ノルウェー、スウェーデン)を写真で紹介する。(クリックすると、大きな画面になります) ...続きを見る

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2011/10/10 21:20
868 「凛」として生きる日本へ 平松礼二の「祈り」を見る
3・11は、多くの日本人に打撃を与えた。被災地の人々だけでなく、被災地から離れて生きる私たちもその例外ではない。日本画家の平松礼二は、大震災被災者への思いを「2011311−日本の祈り」という作品に込めたのだという。荒れ狂う海に囲まれ、花で埋め尽くされた富士山を描いた大作の前で「本当に日本に明るい未来はあるのだろうか」と考えた。 ...続きを見る

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2011/10/09 20:58
825 いいたては「愛あふれる村」 再会の日はいつ・・・
原発事故で、村全体が「計画避難区域」に指定された福島県飯舘村。呼び方は「いいだて」ではなく「いいたて」なのだ。 ...続きを見る

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2011/06/05 21:30
817 花の季節を歩く 街路樹に寄せて
過日、近所の遊歩道を犬と散歩していたら、いきなり「クルミの花って、こんなふうに咲くのですね」と声を掛けられた。近くの広場で毎朝近所の人たちがラジオ体操をやっている。その帰りらしい一人の女性だった。この辺にはクルミはないと思いながら、女性が見上げている木に近づく。 ...続きを見る

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2011/05/21 22:46
780 大聖堂も崩れたNZの地震 日本人留学生よ
ニュージーランド第二の都市、クライストチャーチが大地震に見舞われた。 ...続きを見る

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2011/02/22 21:56
778 投書欄に見る世相 電車で洋服を着替える女子高生
新聞の投書欄は、その時代の読者の思いを実名で掲載している。世相を反映したページともいえるが、「女子高生 電車内で着替えた」という投書(朝日、2月20日朝刊)には驚いた。 ...続きを見る

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2011/02/20 18:21
776 琵琶湖一周の旅の途中に(続) 末川博氏の人生3分割論を実践する人
琵琶湖の北側にある高島市マキノ町で会った高橋英夫さんが実践している「人生3分割論」は、民法学者の故末川博氏が提唱したものだ。 ...続きを見る

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2011/02/12 22:16
773 琵琶湖一周の旅の途中に 雪に埋まったカタカナの町へ
昨年の夏に続き、琵琶湖を見た。今回はこの日本最大の湖を一周する形で列車に乗り、北側の周辺地域が大雪に埋まっているのを体験した。1月の北海道で雪には慣れているが、列車の窓外に広がる雪原には驚いた。 ...続きを見る

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2011/02/08 22:08
768 寒い朝の大渋滞 電車は交通機関の横綱を実感
大都市郊外に住んでいる。昨夜から雨が降り始め、今朝がたはみぞれになった。寒い朝になった。こんな朝は決まって交通機関に何かがある。 ...続きを見る

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2011/01/25 22:11
766 超大国でも長期安泰はない ハンニバルの警告
北アフリカのチュニジアの政変では、カルタゴという地名が登場する。ああ、あのカルタゴかと思う。塩野七生の長編「ローマ人の物語」の最初の方に「ハンニバル戦記」があり、カルタゴの戦術家ハンニバル・バルカとローマとの戦い(ポエニ戦役)が描かれている。ローマにとってハンニバルがいかに手強い相手だったかを物語る言い伝えとして、イタリアではいまでも子どもが悪いことをすると、親は「ハンニバルが来て、連れて行ってしまうよ」と叱ると塩野が書いている。 ...続きを見る

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2011/01/19 14:13
765 歴史の舞台・長春映画撮影所 甘粕正彦の軌跡
旧満州(中国・東北部)の長春(かつて新京といわれた)にある映画撮影所を訪れたのは、いまから27年前の1984年6月7日のことだった。梅雨のない北海道と同じように空気は乾いていた。 ...続きを見る

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2011/01/17 22:13
764 初雪の朝の散歩  美しき日和に・・・
晴れ渡った銀世界の美しさを詠った江戸中期の俳人、炭太祇(たん・たいぎ)の句である。先週、夕張を訪れ、そうした美しい雪景色を見てきた。今朝、起きると、外はうっすらと雪が積もっていた。初雪である。 ...続きを見る

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2011/01/16 22:22
763 伊達直人現象はどこまで 一過性の日本社会
日本の年間の寄付総額は、個人と法人を合わせると約1兆円になるという「寄付白書」がつい最近、日本ファンドレイジング協会から発表された。しかし、その多くは宗教関係だという。その矢先に、タイガーマスクの伊達直人を名乗る人物から児童養護施設にランドセルを贈る現象が相次ぎ、きょう12日で全国に及んだという。 ...続きを見る

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2011/01/12 22:12
753 ああ!勘違い 飛行機チケットをめぐる家族の失敗
家族がタイ旅行から帰ってきた。ブログの面白いネタを提供するという。以前にも海外でクレジットカードが入った財布をすられたことがあるので、また「失敗したな」と思ったら、その通りだった。しかも出発の羽田でトラブルがあったというのである。それは案外よくありそうな勘違いによる失敗だった。(写真はバンコク空港の夜明け) ...続きを見る

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2010/12/25 18:06
751 オリオンと月が輝く夜の散歩道 ことしの旅を振り返る
ことしも残す所8日になった。夜、犬の散歩をしていると、東の空には満月が輝き、暗い道を照らしてくれる。その少し右の方にはオリオンがくっきり浮かんでいる。白い息を吐きながら訪れた「街」を思った。よく歩いたものだと思う。(写真は青森県の十和田電鉄車窓から見た景色) ...続きを見る

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2010/12/23 21:29
747 斎藤に託す北海道の活力 長嶋以来のスターを迎えた札幌ドーム
たまたま札幌周辺を旅していてプロ野球の日本ハムへの入団が決まった早大の斎藤佑樹投手の記者会見が札幌ドームであったことを知った。ドームを無料開放した日ハムの演出もうまいと思ったが、北海道のNHKをはじめとするテレビ局が生中継したのには驚いた。 ...続きを見る

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2010/12/09 21:45
743 思うままに文章を書いた志賀直哉 「暗夜行路」再読の旅
鳥取、島根への旅の行き帰りの飛行機と電車の中で、完成まで17年を要したという志賀直哉の「暗夜行路」を再読した。 ...続きを見る

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2010/12/01 21:32
742 フラガールの地にて 迫力に満ちた踊りに酔う
福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)に行ってきた。温泉に入り、この施設の名物であるフラダンスショーを見た。 ...続きを見る

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2010/11/30 22:03
733 一枚の絵に既視感 千葉のホキ美術館にて
過日、ある美術館に入った私は一枚の絵の前で「既視感」を持った。それはつい最近オープンした「ホキ美術館」でのことだった。 ...続きを見る

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2010/11/12 22:22
728 背景は「水戸っぽ」気質か 映画「桜田門外ノ変」
かつてこんな言葉が警視庁内でささやかれたそうだ。「鹿児島署長(警視)に茨城巡査」である。鹿児島県出身者は出世し、茨城県出身者はその逆で巡査のままで終わるという出身県による差別が最近まで伝統としてあったというのだ。映画「桜田門外ノ変」を見て、なぜか、この言葉を思い出した。 ...続きを見る

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2010/11/04 14:23
720 不条理の哲学との格闘 再読「ペスト」
カミュの「ペスト」を再読した。いまの時期にどうしてか、別に大きな理由はない。 ...続きを見る

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2010/10/22 21:13
719 一期一会 旅の出会いとその後
一期一会の縁という。生涯で初めて出会った人と不思議な縁で結ばれている場合がある。そんな思いを最近体験した。 ...続きを見る

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2010/10/18 22:35
717 「ローマへの道」紀行(8)完 古代都市を歩いて
悲劇の町、ポンペイについては中学の歴史で習った。紀元後79年の8月24日、ベスビオ火山が大爆発を起こし、大量の火山灰と火山礫がポンペイの町を覆い尽くし、当時の人口1万5000―2万人のうち約2000人が死亡し、街は復興をされることなく、歴史の隅に追いやられる。 ...続きを見る

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2010/10/11 21:00
716 「ローマへの道」紀行(7) アルベロベッロの花嫁
今回の旅はスロベニアからクロアチアを経て、南イタリアに入るというスケジュールだった。前回のブログのカプリに寄る前に、船でクロアチアからイタリアのバーリに入ったあと、トンガリ屋根の家が並ぶ世界遺産のアルベロベッロを見た。そこで結婚式を挙げる直前の若いカップルに出会った ...続きを見る

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2010/10/10 20:25
715 「ローマへの道」紀行(6) 青の洞窟探訪記
デンマークの童話作家、アンデルセンの出世作はイタリアを舞台にした恋愛小説「即興詩人」だ。その中にカプリ島の名所、青の洞窟が登場することは文学好きには常識のようだ。それにしても、人気がある場所だ。 ...続きを見る

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2010/10/10 11:33
714 「ローマへの道」紀行(5) 世界遺産守ったドブロブニクの人たち
ドブロブニクは、旧市街が世界遺産に指定されている。一周1948メートルの城壁に囲まれた旧市街は、オレンジ色の屋根と白や茶の壁が青空に映え、中世のたたずまいを残している。 ...続きを見る

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2010/10/09 11:54
713 「ローマへの道」紀行(4) アドリア海に想う
バルカン半島のアドリア海のクロアチア沿岸は、複雑な地形が織りなす景観が美しい。中でも次回5回目に紹介するドブロブニクは中世の街並みが残る世界遺産として有名だ。しかし、この沿岸にはシベニク、トロギール、スプリットなどドブロブニクにひけをとらない街がひしめいている。 ...続きを見る

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2010/10/06 22:03
710 「ローマへの道」紀行(2) トロッコに乗ってポストイナ鍾乳洞に
鍾乳洞は不思議な空間だ。石灰岩が地下水などによって浸食されて形成されたものだが、スロベニアのポストイナ鍾乳洞はトロッコ列車で観光コースまで入るのだから、その規模の大きさが想像できよう。 ...続きを見る

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2010/10/04 21:18
709 「ローマへの道」紀行(1) テレジアとチトーが愛したブレッド湖
1年に1回だけ、まだ見ぬ世界遺産や豊かな自然を求めて海外の旅をしている。9月下旬から10月初めにかけて10年前まで内戦が続いた旧ユーゴを歩き、いくつか心に残る体験をした。 ...続きを見る

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2010/10/03 19:45
696 旅と食べ物 名古屋「ひつまぶし」
日本各地には、その土地それぞれの食べ物がある。通販制度が発達しているので、どこにいても欲しい物は手に入る時代とはいえ、やはり名物はその土地に行って食べるのがおいしいはずだと思う。 ...続きを見る

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2010/09/06 20:56
692 不思議な空間に酔う 十和田の現代美術館
青森県十和田市に行ってきた。平成の大合併といわれた2005年の市町村合併で、旧十和田湖町とそれまでの十和田市が合併して「十和田市」になったので、市の一部は十和田湖に近い。 ...続きを見る

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2010/08/26 20:16
690 「古里」を行く 夏の思い出
古里・故郷の意味は、3つある。広辞苑の解釈だ。その1、古くなって荒れ果てた土地。その2、自分が生まれた土地。郷里。その3、かつて住んだことがある土地。またなじみ深い土地―だという。その「古里」(ふるさと)という名前のついた駅があることを最近の旅で初めて知った。 ...続きを見る

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2010/08/24 21:45
686 夏の風景  墓参、花火大会・・・ 
8月15日。終戦記念日。武道館では全国戦没者追悼式があった。NHKニュースは、遺族の高齢化が目立つと報じていた。当たり前だ。戦後65年なのだから。でも、傷ついた人たちの心はまだ癒されていない。この夏はとりわけ油蝉の鳴き声がうるさい。酷暑の日々なのである。先日の「若い友人の結婚式」、「姉夫婦と千葉の霊場巡り」に続く「私の夏の風景」を書く。 ...続きを見る

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2010/08/15 22:14
683 62歳から始めた力強い油絵 九十九里海岸・望月定子美術館にて
62歳から油絵を始め、89歳で亡くなるまで筆を離さなかった女性の画家の存在を初めて知った。その画家の名前は望月定子という。 ...続きを見る

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2010/08/09 22:01
681 揺らぐ長寿大国 コシヒカリの地元で山河を思う
「夏は暑いのは当然だ」と言いながら、汗を拭き拭きやせ我慢して毎日を送っている。 ...続きを見る

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2010/08/05 21:46
678 車のない琵琶湖の有人島 沖島にて 
琵琶湖の中に、沖島という有人島がある。島には約450人の人が住んでいるが、車が一台も走っていない。最近この島を訪れて、日本にもこのような島があることを初めて知った。車のない生活を考える人には、おすすめの島なのである。 ...続きを見る

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2010/07/29 23:43
674 得難い列車の旅 猛暑の北近畿タンゴ鉄道
北近畿タンゴ鉄道という変わった名前の鉄道があるのを初めて知った。京都から京丹後市の峰山に向かうため、JRを乗り継ぎ、日本三景色の一つといわれる名勝「天橋立」から、この鉄道(第三セクター運営)を利用した。 ...続きを見る

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2010/07/24 21:54
657 ムクドリ追い出し作戦 駅周辺の大音響・結果は?
私が利用しているJRの駅周辺で、先月末ものすごい音響がスピーカーを通じて流された。電柱には「ムクドリ対策中」という張り紙があり、この周辺に集まるムクドリの大群を追い払おうという作戦だと分かった。 ...続きを見る

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2010/07/06 07:48
651 柳絮(じょ)幻想 風のガーデン異聞
旭川郊外に住む陶芸家の工藤和彦さんを訪ね、思わぬ体験をした。それを私は「柳絮(じょ)幻想」と名付けた。工藤さんの家の周辺は、夏なのにボタン雪が降るように、白いものがふわりふわりと舞っており、次第に吹雪のような状態となり、遠くが霞んできたのだった。彼は「こんなにすごいのは珍しいですよ」と言う。柳絮(実はポプラの綿毛)が私を歓迎してくれたのだ。 ...続きを見る

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2010/06/28 22:02
600 敗者の美しさ 終わった浅田真央のバンクーバー五輪
あまりに多くのメディアで話題になっているので、このブログでは触れることもないと思った。バンクーバー冬季五輪の女子フィギュアの浅田真央のことだ。でも、やはり触れることにする。 ...続きを見る

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2010/02/27 22:26
596 高橋選手の故郷で  出会った柔道少年
カナダのバンクーバーで開かれている冬季五輪の男子フィギュアで銅メダルに輝いた高橋大輔選手は、岡山県倉敷市で生まれ、高校生まで過ごした。その倉敷市に行ってきた。 ...続きを見る

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2010/02/20 23:51
593 パノラマの世界を独り占め 47都道府県目の鳥取
空はどんよりとしていて、いまにも滴が落ちてきそうな寒い日だった。私は標高わずか90メートルという米子城跡にいた。飛行機までの時間をやりくりして頂までの山道を歩いた。(写真は米子城跡から見た大山) ...続きを見る

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2010/02/12 21:42
586 トヨタよどうした!
このところ、日本のトップ企業であるトヨタ自動車で問題が次々に起きている。それも最大の市場といわれるアメリカが舞台になっている。 ...続きを見る

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2010/01/27 21:47
585 けっぱれ夕張!
北海道夕張市は冬景色の中、街中に人の姿もまばらで寒々としている。夕張本町の「ゆうばりキネマ街道」の映画の看板にも、雪が降りつけている。財政が破たんした夕張は、日本の地方の縮図のようだ。一時多くのメデイァで取り上げられたこの街の再生はあるのだろうかと思う。 ...続きを見る

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2010/01/25 22:06
582 15年前のあの日のこと
阪神・淡路大震災から15年が過ぎた。15年前のあの日、何をしていたのか、記憶の糸をたぐった。当時私は浦和市に単身赴任をしていた。 ...続きを見る

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2010/01/18 13:25
578 ナポレオンに翻弄された女性の生涯 「マリー・ルイーゼ」
「会議は踊る されど進まず」という言葉は、1814年から15年にかけ、ナポレオン失脚後のヨーロッパのあり方を話し合ったウィーン会議に出席したはオーストリアのリーニュ将軍(あるいはフランスのタレーラン外相の言葉ともいわれる)が残したものだ。 ...続きを見る

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2010/01/10 22:59
577 日本一の巨木を見る 樹高30メートルのクスノキ
「日本一」とか「世界一」という見出しが目に入ると、ついその記事を読んでしまう。つい最近もアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国に828メートルの世界一の高層ビルが完成したというニュースがあった。 ...続きを見る

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2010/01/06 21:40
576 看板下ろすあの店この店 二番底って何だ!
「パチンコ店」「焼き肉店」「ガソリンスタンド」というと、どこにでもある現代日本を代表する業種だ。最近、近所にある3つのこれらの施設が相次いで閉鎖・閉店になった。人口が減っているわけではないが、不景気で客の入りが少なくなって営業不能に陥り、看板を下ろすことになったようだ。 ...続きを見る

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2010/01/05 15:08
571 さらば日曜菜園 瞑想と魂の休養と
車で5分ほどの所に、不動産屋が営む貸し農園がある。この1区画を借りて、家族とともに野菜を育てて10年以上が過ぎた。つい先日、不動産屋からはがきで「3月をもって貸し農園は終了する」という通告が届いた。 ...続きを見る

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2009/12/30 22:00
570 冬の花・浅田真央と水仙よ
全日本フィギュアの女子で浅田真央が優勝し、バンクーバー冬季五輪代表に選ばれた。不調を克服した浅田は、五輪でも活躍するに違いない。浅田には華がある。まさしく氷上に咲く冬の花である。 ...続きを見る

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2009/12/28 21:38
569 「光」と「地」と 桜島の雪の季節に
ことしの世相を表す漢字は「新」が選ばれた。閉塞感の強い時代に、新しいものを求める多くの人たちの思いが凝縮された漢字なのだろうか。(写真をクリックして拡大すると、桜島の冠雪が見えます) ...続きを見る

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2009/12/24 22:29
566 「風の道」の噴水ものがたり
散歩コースに私が「風の道」と名付けた遊歩道がある。かなり長い遊歩道の一部にマロニエの木が植えられ、その近くには噴水広場がある。 ...続きを見る

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2009/12/16 11:37
561 2009年の軌跡 北から南への旅の日々
いつの間にか12月も中旬に入る。もう一年を回顧する季節なのだ。くたびれた手帳を開き、鉛筆で書いたスケジュールを読み返す。ことしはどこへ行ったのだろうか。2009年の軌跡をたどってみる。 ...続きを見る

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2009/12/09 22:12
536 半月と木星と 心の目で見る美しさ
窓から空を見ると、半月が明るい。その下方には競うように木星がきらめいている。月と木星の中間を飛行機が赤い点滅を繰り返して羽田を目指し降下している。空気が澄んだ秋の夜だ。 ...続きを見る

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2009/10/28 22:33
535 挫折・自己保身に走った人たち JR西日本に見る焦りと失敗
人間は本能的に自己保身をする。しかし、社会生活ではその本能を抑える必要があるのはいうまでもない。JR福知山線の脱線事故で多くの犠牲者を出したJR西日本幹部たちの自己保身そのもののふるまいはとても見苦しい。 ...続きを見る

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2009/10/26 23:08
530 広島・長崎とオバマ大統領
この見出しを見ただけで、ニュースに敏感な人ならば「オリンピックとノーベル平和賞のことだ」と思うだろう。 ...続きを見る

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2009/10/13 20:48
466 福島にもヴォーリズ作品 終戦秘話にも登場
「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ」という米国人の名前を時々聞くことがある。最近も福島を旅して、その名前を聞いた。 ...続きを見る

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2009/06/23 21:47
461 センチメンタルジャーニーsendai 35年は幻の如し
かつて仙台に住んだことがある。1973年(昭和48年)8月から1975年(同50年)6月までの短い期間だ。 ...続きを見る

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2009/06/16 20:59
454 エコ時代の落とし穴 自転車のひどいマナー
地球温暖化につながる温室効果ガス(二酸化炭素=CO2など)の増大対策として「車に乗るよりも自転車を」という掛け声が盛んだ。 ...続きを見る

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2009/06/03 21:27
449 進取の気性 中津の人々
慶応義塾の創設者、福沢諭吉は大阪にあった大分・中津藩(現在の中津市)の蔵屋敷で下級藩士の次男として生まれた。現在、中津市には子ども時代を送った生家が記念館として残されている。 ...続きを見る

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2009/05/24 21:28
448 育児院と牛乳 アルメイダの精神
大分市内の県庁近くの遊歩公園に「育児院と牛乳の記念碑」という変わった碑がある。その碑には以下のような文章が記されている。 ...続きを見る

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2009/05/22 10:27
442 映画・スラムドッグ$ミリオネア インドの過去と未来と
インドは人口11億9800万人で、中国に次いで世界第2の人口大国である。中国とともに経済発展も著しい。だが、貧富の差は私たち日本人の想像の範囲を超えている。この映画はムンバイという都市の最も貧しいスラムに生まれ育った若者が、テレビのクイズ番組で大金を手にするまでのストーリーだ。 ...続きを見る

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2009/05/05 21:10
396 桜が咲く丘にて いつか来た道を
汗ばむような陽気が続いた。昨日は陽気を通り越して、2月としては気象庁の観測史上初の夏日を記録した。沖縄ならまだしも本州で2月にこのような天気はやはり異常としか言いようがない。 ...続きを見る

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2009/02/15 21:38
392 躍動する子どもたち 沖縄の組踊・肝高の阿麻和利
沖縄県うるま市にある「きむたかホール」で、沖縄の伝統芸能「組踊」を現代風にアレンジした「肝高(きむたか)の阿麻和利(あまわり)」の舞台稽古を見る機会があった。 ...続きを見る

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2009/02/08 19:45
384 凍てつく朝に 心に太陽を
ブログ紹介にも書いている通り、ほぼ毎日犬の散歩をしている。そのコースに小さな池があるが、この冬初めてこの池の半分に氷が張っているのを見た。寒さで耳が痛くなり、手袋をしていても手先は冷たい。一年で一番寒い季節なのだから、池に氷が張っても驚くことではない。 ...続きを見る

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2009/01/16 20:51
371 「動」のときこそ「静」を 旅模様08年に思う
ことしも旅に明け暮れた。沖縄から北海道まで全国を歩き、海外にも出かける機会があった。ことしの生活を漢字で表現すると「動」といえるかもしれない。 ...続きを見る

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2008/12/15 20:52
365 駆け足の2008年 広島にて
ことしも12月になった。年をとるごとに時間の経過が早く感じる。フランスの19世紀の心理学者ピエール・ジャネによる「ジャネの法則」がそれを裏付けたものとして知られる。もともと哲学者のポール・ジャネが発案し、甥のピエールが論文に著したのだという。 ...続きを見る

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2008/12/01 21:44
363 紅葉の山陰・山陽を歩く 浜田・因島にて
旅することをなりわいにしているわけではない。しかし、長い人生を送っていると、訪れた地域もかなりになる。しかしなぜか島根県には縁がなかった。今回この未知の土地に足を踏み入れた。 ...続きを見る

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2008/11/28 21:23
361 遠い夕焼けの空 東京暮色
正直、東京の日暮れから夜景がこんなに美しいとは想像もつかなかった。過日、よく晴れた日に58階建てマンションの50階に住む知人宅を訪問した。「来るなら日没前の4時には着くようにしなさい」という知人からの注文がついた。到着して、その理由が分かった。太陽が西に傾き、夕焼けの茜色の世界から光が輝く世界へと変化する東京の姿に息をのんだ。 ...続きを見る

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2008/11/21 20:49
359 不思議な村上春樹の世界 ありそうでなさそうな「東京奇譚集」
ノンフィクションの沢木耕太郎と純文学の村上春樹を比較するのは、両者に失礼かもしれない。年代的には2人とも団塊の世代(沢木1947年11月29日生まれ、村上1949年1月12日生まれ)である。 ...続きを見る

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2008/11/17 21:30
358 80日間世界一周 新幹線で読むヴェルヌ
神戸に行ってきた。六甲や郊外は紅葉の季節を迎え、六甲に向かう中高年ハイカーの姿をあちこちで見かけた。行き帰りとも新幹線ののぞみに乗った。往復約6時間余を読書の時間に当てた。 ...続きを見る

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2008/11/16 11:55
342 2人の先人を思う 長崎の天主堂にて
(大浦天主堂で結婚式を終えた2人) ...続きを見る

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2008/10/13 21:45
337 焼津の小泉八雲記念館 平仮名の妻あての手紙
周囲に日本人女性と結婚した外国人がいる。日本語は流暢で、電話で話した人は、彼が外国人とは気がつかないかもしれない。会話だけなく、書く方も日本人にひけをとらない。 ...続きを見る

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2008/10/01 22:23
312 8月(4) 鳥羽と神戸の海の博物館にて
暑い毎日が続くと、クーラーの効いた部屋で好きな本でも読んでいたいと思ったりする。半面、涼を求めて旅をしたくなるのも事実である。 ...続きを見る

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2008/08/07 20:42
302 旅の友は文庫本 北海道の夏に読んだ2冊
旅をするときには、必ず文庫本をバッグに入れる。電車や飛行機、あるいはバスの中で読みふけるのが習慣になっている。数日前、北海道を旅して2冊の文庫本を読んだ。 ...続きを見る

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2008/07/21 14:57
301 札幌を歩く 喫茶店にて
札幌の街を歩く。7月半ば。東京に比べると、温度も湿度も低い。上着姿のサラリーマンの姿が目に付く。 ...続きを見る

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2008/07/21 11:25
219 鮫島有美子の四季 心やすらぐ時間
札幌の中島公園の中に「札幌コンサートホールキタラ」がある。春夏秋冬、このホールで聴くクラシックは、日本中のどこよりもいい。 ...続きを見る

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2008/01/17 21:44
191 雨の鎌倉 八幡宮では結婚式
11月も中旬に入ったのに、鎌倉の紅葉はこれからという印象だった。幼いころの友人たちと雨の中を歩いた。それは、鎌倉の通には、あきれられるくらい、「鎌倉入門」のコースだった。そういえば若いころ、このコースを1人で歩いたなと思い出した。 ...続きを見る

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2007/11/10 22:35
155 白い恋人のおごり 名物の転落
土産物で一番人気は、三重・伊勢の「赤福」で、次いで北海道・札幌の「白い恋人」と、長い間いわれてきた。「白い恋人」は、まさしく北海道土産では軽い味、手ごろな値段が重なって、ナンバー1の座を占めてきた。 ...続きを見る

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2007/08/16 21:41
154 暑い日のうな重 新宿の頑固親父
30歳ころ、新宿の高層ビルの谷間で仕事をしていた。毎日が長時間勤務だった。というと、過酷な仕事をしていたのかと思うだろうが、そうではなく、拘束時間が長いというだけのことなのだ。 ...続きを見る

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2007/08/15 22:39
152 旭川に生きる 北の友人たち
北海道は、いま札幌を中心とした一極集中が進んでいる。札幌が人口189万4000人に対し、第2の都市旭川は35万7000人しかいない。旭川は、札幌から特急で2時間弱の美しい街だ。夏は暑く、冬は寒い典型的な大陸的な気候のこの街に知人が住んでいる。 ...続きを見る

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2007/08/12 21:44
150 私が住んだ街・12札幌(4) 藻岩山の植生に異変 
札幌の象徴は標高531bの藻岩山である。市民はこの山の変化を見ながら、四季の移り変わりを実感するのだ。私も夏はハイキング、冬はスキーを楽しんだ。頂上近くまで道路があり、頂上に行くと、見事な夜景を見ることができるので、観光客にも人気のスポットだ。そんな藻岩山にいま、異変が起きているという。 ...続きを見る

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2007/08/11 22:02
149 懐かしき名画の街 夕張にて
かつて、石炭の街としてにぎわった夕張を再訪した。もう5、6年前になるが、札幌に勤務した当時、この街に行き、その寂しさに胸を痛めたことが忘れられなかった。 ...続きを見る

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2007/08/07 22:16
143 勝連の城主阿麻和利 世界遺産の地で英傑を思う
沖縄の世界遺産といえば、首里城跡など9つの「琉球王国のグスク及び関連遺跡群」だ。このうち首里城跡と今帰仁城跡には行ったことがあるが、沖縄本島中部のうるま市にある勝連城跡にはなかなか行く機会がなかった。 ...続きを見る

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2007/07/27 13:22
142 廃校を利用した美術館 栃木の山あいにて
栃木県那珂川町は、旧馬頭町と旧小川町が合併して2005年10月にできた新しい町だ。福岡県にも全く同じ名前の町があるので、外部の人間から見ると、紛らわしい印象がある。この町の山あいにある美術館に行ってきた。 ...続きを見る

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2007/07/26 21:21
141 初めての島 沖縄・阿嘉島にて
沖縄・慶良間諸島の中央にある阿嘉島に初めて行った。この島はダイバーには人気があるが、そう多くの人には知られていない。私はダイビングには全く興味がないのだが、島を歩いて人はなぜ海に潜るのかを少しは理解できた。 ...続きを見る

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2007/07/19 21:39
140 世界のしたたかさと不思議さと  中国とモンゴルの驚異
中華饅頭はうまい。肉まんとあんまん。どちらも好きだ。おやつ代わりに食べたり、朝食として時には食べる。 ...続きを見る

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2007/07/13 21:58
139 ヒグラシとホトトギス
7月も中旬になり、きょうの夕方、帰宅途中でヒグラシゼミが鳴いているのを聞いた。 ...続きを見る

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2007/07/11 22:35
137 私が住んだ街・11札幌(3) ひどい交通のモラル
北海道の人々は小さいことにこだわらない。だが、全般的に礼儀正しいと思う。その現れは札幌の地下鉄である。このことは以前のブログに書いた。優先席が空いていても、老人や体の悪い人がいなくてもだれも座らない。いつも感心したものだ。 ...続きを見る

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2007/07/05 21:33
132 東京と札幌の差 友人の転勤で考える
北海道育ちの友人が仕事で初めて東京に転勤してきて4年7ヵ月、友人は札幌に戻ることになった。初めて住んだ東京は、魅力ある街だったという。 ...続きを見る

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2007/06/19 21:51
131 私が住んだ街10・千葉 ロッテとジェフが元気の素
私が住み始めたころ、この街では、「公害裁判」が続いていた。 ...続きを見る

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2007/06/17 22:16
130 ウグイスが鳴く朝 うれしい自然の復活
私の家の近くに調整池がある。この調整池に接して小さな森があって、この街に住み始めたころから春から夏にかけてウグイスの鳴き声を楽しみにしている。もちろん、真夏にはセミがうるさいぐらいに合唱している。このようなオアシス的な場所は貴重である。 ...続きを見る

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2007/06/17 21:23
127 私が住んだ街9・札幌(続) ある失敗
札幌の住宅街で一番人気は、地下鉄東西線円山公園駅周辺のいわゆる「円山」だ。札幌の中心部に近いのだが、閑静でしゃれた店もいろいろある。札幌の人には憧れの街である。幸運にもこの街で2年間の生活を送ったことがある。そこでの失敗談をひとつ。 ...続きを見る

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2007/06/06 11:12
126 私が住んだ街8・旧浦和市(さいたま市) うなぎ屋が健在
日本の都市でひらがなの名を持ち、人口が最も多いのはさいたま市だ。私がかつて住んでいたころは浦和市だった。大宮や与野と合併しいまの100万都市になった。都会と田舎が共存する埼玉県の県庁所在地である。 ...続きを見る

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2007/06/04 20:35
125 バリアーフリーはどこまで進んだか 自己体験
ある朝、地下鉄の階段で足を踏み外し、転倒しないように右足を踏ん張った。その結果、一段下に着地したが、右足のひざ上を痛めた。足を引きずり、整形外科に行った。診断は1週間程度で治るという軽いものだった。しかし、そうではなかった。いまも痛めた右足は違和感がある。交通機関のバリアフリー化の進行が気になった。 ...続きを見る

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2007/06/02 13:34
123 進水式を見る 南と北の旅
この世界には、自分の知らないことが多い。長い間、人よりも世間のことは知っていると自負していた。しかし、どうやらこれは自己満足にすぎなかった。最近、生まれた初めての経験をしたからだ。それは、必ずしもだれでも体験できることではないが、少なくとも私には新鮮な時間であった。 ...続きを見る

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2007/05/22 21:59
122 バラの街 福山城が目の前に
バラは世界共通の花である。その種類の多さは他の花を格段に引き離している。野ばらは別にして、病気に弱く、手間がかかる花であるにもかかわらず、愛好者が多いのは、やはりその美しさゆえであろうか。狭い庭にバラを植えてもう何年になるのだろう。手入れ次第で花の付き方も違ってくる。ことしはつるバラが元気だ。 ...続きを見る

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2007/05/22 21:15
121 田舎暮らしとは 四国・大三島にて
瀬戸内しまなみ海道のバスに初めて乗った。広島県福山市から愛媛県の2つ島をめぐった。それは中国地方から、四国を結ぶラインだった。バスの終点は今治だが、ここまで行くには6つの島を経由する。順に向島、因島、生口島、大三島、伯方島、そして大島である。このうち所用で伯方島と大三島の2つを訪れた。両島とも、合併して今治市になってはいるが、過疎が進行中と聞いた。 ...続きを見る

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2007/05/17 22:33
120 現代日本を象徴する光景 駐輪場の考察
私の住む街に、JRの駅がある。3月までは駅周辺にある6つの自転車駐輪場は無料だった。しかし、自転車通勤・通学族は駅の利用は勝手だとばかりに、無法を繰り返し駐輪場だけでなく、駅に上がる階段の前にまで自転車が氾濫した。 ...続きを見る

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2007/05/09 22:01
118 焼き物の町笠間を歩く のんびりさが魅力
日本には「焼き物の町」がかなりある。日本人の食器の中心は陶器である。日常使う焼き物だけでなく、芸術といわれる範疇(カテゴリー)に入る焼き物も昔からつくられている。茨城県笠間市。「笠間稲荷」で知られる地方都市だ。ここは笠間焼という焼き物の産地でもある。 ...続きを見る

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2007/05/05 20:41
117 岩手にて ふるさとへの思い
「ふるさと」の条件は何だろうか。高野辰之作詞、岡野貞一作曲の小学校唱歌の「故郷」の詩はだれでも知っている。 ...続きを見る

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2007/04/30 22:35
116 私が住んだ街7・仙台編続き 新緑の季節
新幹線網が北海道を除いて日本列島に敷設された。旅行者には大変便利な世の中である。 ...続きを見る

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2007/04/30 21:53
114 私が住んだ街6・札幌 優しい人々
札幌人気質という本がある。いまから約5年前に北海道新聞社から発行された「さっぽろ文庫」シリーズの99冊目の本である。 ...続きを見る

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2007/04/18 21:23
113 昨今犬事情 国情の違い明瞭に
友人がインドに行ってきた。その感想を聞くと、インドの犬が悠然と道路に寝そべっているのが目についたと語る。なるほど、日本に比べ時間がゆったりと流れるインドのことだ、犬もそうした風土で同化しているのだろうと思った。 ...続きを見る

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2007/04/17 21:43
109 私が住んだ街5・秋田市 懐かしい人々
狭い街である。目抜き通りを歩いていると、必ず知り合いに会った。それだけに濃密な人間関係があった。それが秋田で住んだ印象だ。アパートに住んだ。引越し荷物の整理が終わり、隣に住む大家さんの家に挨拶に行く。 ...続きを見る

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2007/04/10 22:52
108 私が住んだ街4・東京都港区三田 泉岳寺近くにて
東京の港区には、いろいろな史跡がある。その一つが三田にある泉岳寺だ。都営地下鉄の泉岳寺駅を降りて、しばらく歩くと、忠臣蔵で知られる泉岳寺がある。 ...続きを見る

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2007/04/09 21:39
107 私が住んだ街3・仙台市 青葉城の思い出
さとう宗幸の「青葉城恋歌」は青春の歌である。しかし、私が仙台で暮らした時代、この歌はまだなかった。東北新幹線も開通していなかった。この歌の冒頭に出てくる「広瀬川」にはよく遊びに行った。河原で野球をやり、弁当を食べたことがきのうのように思い出される。仙台は美しい街である。 ...続きを見る

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2007/04/08 22:16
106 私が住んだ街2・東京都国立市 立川と国分寺の中間 
「こくりつ」ではなく「くにたち」という。しかし、東京以外の人で、ちゃんとこの街の呼び方をできる人はそう多くはないと思う。立川と国分寺の中間という意味で名前がついた小さな街である。だが、いまは独自性を持つ。 ...続きを見る

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2007/04/08 21:10
105 私が住んだ街1・横浜市 また住みたいか?
異国情緒のある街といえば横浜か神戸だろう。横浜は、私が青春時代を過ごした街である。 ...続きを見る

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2007/04/08 14:50
99 有田にて  喫茶店の美しいカップ
佐賀県有田町は全国でも有名な焼物の町である。有田焼(伊万里焼ともいうそうだ)を有名にした陶工「酒井田柿右衛門」は焼物の世界では神様的な存在だ。 ...続きを見る

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2007/03/28 20:59
74 スリランカの涙(2)
コロンボ市内の平凡な風景を見ていると、この国が内戦状態にあることを忘れる。しかし、別の場所では、政府軍の兵士が武器を持ち、厳しい顔つきで立っている。それがスリランカの日常なのだ。 ...続きを見る

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2007/02/05 21:03
73 スリランカの涙(1)
スリランカは「インド洋に浮かぶひとしずくの涙」といわれ、観光地化されてない美しさから「インド洋の真珠」ともいわれているという。コロンボ市内ではハスの花が美しく咲いている。この花を見ていると心が穏やかになる。フィリピンからスリランカに旅した。以下、2回にわたってスリランカの旅を報告する。 ...続きを見る

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2007/02/04 13:09
72 父が眠る島 フィリピンで思ったこと(2)
マニラはほかの東南アジアと同様、車と雑踏の街だ。現在のマニラからは、太平洋戦争時代を思い起こすことはできない。街を歩くと、豊かな生活を送る人と、貧しい人の姿が顕著である。それがフィリピンの現実だ。 ...続きを見る

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2007/02/03 22:29
71 父が眠る島 フィリピンで思ったこと(1)
私事に触れる。父親の顔は写真でしか知らない。母が父代わりもしてくれて、育ててくれたことは当然である。そのためか、父を持たない寂しさやつらさを感じないままに幼少期、少年時代を送り、いつしか故郷を離れて父のことを考えることがないままに長い年月を過ごした。 ...続きを見る

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2007/02/03 21:00
45 西ノ京で受けた善意 偶然の出会いも
雪の季節になった北海道から、日本列島は次第に秋から冬へと衣替えを続けている。だが、関東以西は、まだ紅葉が楽しめる。先日、京都、奈良と紅葉の古都を歩いてきたが、そこで、小さな善意に出会ったことは忘れられない。 ...続きを見る

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2006/11/24 20:47
25 北海道の秋(2)
北海道はいま、秋たけなわだ。しかし、日一日と冬の気配が漂っていく。そんな秋のひとコマを紹介する。 ...続きを見る

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2006/10/13 20:28
24 北海道の秋(1)自然の脅威と驚異
北海道を小旅行してきた。わずか4日間の旅ではあったが、各地で自然の脅威と驚異を見てきた。 ...続きを見る

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2006/10/13 15:14
22 沖縄に住む
沖縄に移り住んで7年になる年下の友人夫妻がいる。東京で同じ会社に勤めていた2人は、10年以上も前に会社をやめ、奄美大島に引っ越した。 ...続きを見る

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2006/10/03 19:18
21 魅力ある地方都市、その代表は札幌
かつて、仕事の関係で札幌に2回転勤し、合わせて3年半の単身赴任生活を送ったことがある。 ...続きを見る

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2006/10/02 21:02
11 えっ!倶知安が地価上昇全国一だって
19日に発表された基準地価。北海道倶知安町が住宅地としては上昇率が全国1になったという。 ...続きを見る

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2006/09/20 12:17

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