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みんなの「旅」ブログ

タイトル 日 時
1570 植物の三徳 清澄のユリ園を訪ねて
1570 植物の三徳 清澄のユリ園を訪ねて  植物には三徳があると言ったのは、植物学者の牧野富太郎である。人間の生活に植物がいかに重要な役割を果たすかを示した言葉である。それは後述するが、牧野は「もしも私が日蓮ほどの偉物であったなら、きっと私は、草木を本尊とする宗教を樹立して見せることができると思っている」(牧野富太郎『植物知識』講談社学術文庫)とも述べている。梅雨の晴れ間に恵まれた一日、牧野の言葉に惹かれて、房総半島のユリ園を見に行った。    訪ねたのは、千葉県で2番目に高い鴨川市の清澄山(きよすみやま、377メートル)である。こ... ...続きを見る

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2017/06/20 15:07
1567 2つの大戦の過去とは決別できない 『ヨーロッパ炎上 新・100年予測』の結論
1567 2つの大戦の過去とは決別できない 『ヨーロッパ炎上 新・100年予測』の結論  ヨーロッパの国々の関係は複雑だ。ヨーロッパをまとめていたEUは、イギリスの離脱決定によって今後の雲行きが怪しいし、シリアなどから押し寄せる難民問題は解決が困難だ。ジョージ・フリードマンの『ヨーロッパ炎上 新・100年予測』(ハヤカワ文庫)は、そんなヨーロッパ情勢を分析し、今後を占う本である。著者はヨーロッパの今後をどう予測しているのだろう。 ...続きを見る

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2017/06/01 15:49
1562 「生と死」にどう向き合う 草間彌生展にて
1562 「生と死」にどう向き合う 草間彌生展にて  彫刻家、画家である草間彌生は、自伝『無限の網』(新潮文庫)の中で、「芸術の創造的思念は、最終的には孤独の沈思の中から生まれ、鎮魂のしじまの中から五色の彩光にきらめきはばたくものである、と私は信じている。そして今、私の制作のイメージは、『死』が主なるテーマである」と書いている。国立新美術館で開催中の「草間彌生 わが永遠の魂」展は、まさに死をテーマにした、原色に彩られた独特の作品が並んでいる。 ...続きを見る

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2017/04/29 21:52
1561 ブリューゲル『バベルの塔』を見て 傲慢への戒めを思う
1561 ブリューゲル『バベルの塔』を見て 傲慢への戒めを思う  ピーテル・ブリューゲル(1526/1530年ごろ〜1569)は、2点の「バベルの塔」の作品を残している(もう1点描いたといわれるが、現存していない)。多くの画家がこのテーマで描いているものの、傑作の呼び声が高いのはブリューゲル作である。その1点を東京都美術館で見て、スペイン・バルセロナで建築中の巨大教会、サグラダ・ファミリア(聖家族教会)を連想した。 ...続きを見る

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2017/04/28 11:40
1560 「怖い絵」について 人の心に由来する恐怖
1560 「怖い絵」について 人の心に由来する恐怖  西洋絵画には、見る者に戦慄を感じさせるものが少なくない。そうした絵画を中野京子はシリーズで取り上げた。その第1作はラ・トゥールの『いかさま師』からグリューネヴァルトの『イーゼンハイムの祭壇画』まで22の作品を恐怖という視点で紹介した『怖い絵』(角川文庫)である。恐怖は人の心に由来するものであり、登場する絵も1点を除き、人間(ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユーディト』のような人を殺す恐ろしい場面の絵も含まれる)中心に描かれている。 ...続きを見る

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2017/04/25 16:33
1540 天に軌道があるごとく 歴史に残る人たちの街を歩く
1540 天に軌道があるごとく 歴史に残る人たちの街を歩く 「天に軌道があるごとく、人はそれぞれ運命というものを持っております。とかく気合いだけの政治家は威勢のいいことを言うが、中身はない。トランプのババじゃあないんだから、自分の主張が全部通ると思っていたら、あなた、すぐに化けの皮がはがれますよ。な、そうだろう」 ...続きを見る

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2017/01/08 15:16
1527 未来信じる日本語ガイド  水上生活者の子ども相手に私設の学校
1527 未来信じる日本語ガイド  水上生活者の子ども相手に私設の学校  知人がカンボジアのプノンペンで、一人のガイドに出会った。送られてきた知人の旅行記は、ガイドのことを「氏」という敬称をつけて表現していた。それはなぜなのだろう。読み進めるうちにその理由が分かった。ガイドは私設の学校をつくり、子どもたちに勉強を教えるボランティアだったからである。 ...続きを見る

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2016/11/13 08:51
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感 今回の旅で最初に行ったのは、旅順である。正確には大連市旅順口区という。日露戦争の舞台でもあり、その後多くの日本人が住んだ。知人もここで生まれたこの街は近年まで対外開放されることなく、神秘の地ともいわれたそうだ。 ...続きを見る

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2016/10/11 21:52
1521 中国の旅(8) 神風運転の車に乗って……
1521 中国の旅(8) 神風運転の車に乗って…… 特に途上国に行って車の運転をしようとする人は自分の腕に自信があるか、必要に迫られて仕方なく、という場合が多いのではないかと思う。例えば、私は東南アジアのタイやベトナムで「運転を」と言われても、辞退する。車の洪水の中で立ち往生してしまうのがオチだと思うからだ。それは中国の場合も同様と、実感した。 ...続きを見る

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2016/10/10 08:54
1520 中国の旅(7) サービスについて、ある体験
1520 中国の旅(7) サービスについて、ある体験 以前、中国を訪れた際、社会主義の国なのだからサービスは不要だというような、店員の態度に腹を立てたことがあった。物を買うと、お釣りを投げ「ありがとう」も言わない。これが中国とあきらめた時期もあった。だが、いまやそうした態度をとる店員はほとんどいない。……はずだった。だが、大連市内の有名宴会場で、昔の中国を思い出してしまうほどの残念な体験をしてしまった。店側の従業員教育に問題あり、というケースだった。 ...続きを見る

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2016/10/09 21:19
1519 中国の旅(6) 若き知日派たち
1519 中国の旅(6) 若き知日派たち いま、日本と中国の関係は「非常に」という形容詞がつくほどギクシャクしている。政冷経熱といわれて久しい。今回の旅で2組の若い世代の夫妻にお世話になった。この人たちは日本通で、知人の家族のような存在だ。互いに日本と中国を行き来する知人と若い2組の夫妻に日中間の壁はないと感じた。 ...続きを見る

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2016/10/08 14:40
1518 中国の旅(5) いまは?のアカシアの大連
1518 中国の旅(5) いまは?のアカシアの大連 中国の旅に、私は何冊かの本を持って行った。その中に清岡卓行著『アカシヤの大連』も入っている。大連で生まれ育った清岡の自伝的小説ともいえる作品で、アカシアが香る美しい街としての大連が描かれている。32年前、初めてこの街に足を延ばしたときには、この作品の記述を裏付けるような、美しさが残っていた。だが、いまその面影はない。 ...続きを見る

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2016/10/07 13:02
1517 中国の旅(4) 中国の高齢者たち 
1517 中国の旅(4) 中国の高齢者たち  知人は、旅順で生まれ、この町で1年間だけ小学校に通っている。その小学校を探して歩いていると「旧八一零歴育退休職工活動室」と書かれた平屋の建物が目に入った。文字を読むと、定年退職者専用の建物のようだ。中国にはこのような、定年退職者が集まってゲームを楽しむ娯楽用施設があるらしい。中に入ると八畳間ほどの広さの部屋があり、そこで4人(女性3人と男性1人)が麻雀、2人(男性同士)が中国将棋を楽しんでいた。それぞれのゲームを立って見ている人もいる。この人たちは恵まれた人たちに違いない。 ...続きを見る

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2016/10/06 21:10
1516 中国の旅(3) 日本人と中国人
1516 中国の旅(3) 日本人と中国人 海外、特にヨーロッパなどを旅していると、あなた(あるいは君)は中国人かと聞かれた経験を持つ日本人は少なくないはずだ。欧米人から見たら、日本人と中国人、あるいは韓国人の見分けはつかないのかもしれない。私たち日本人は中国人や韓国人はほぼ見分けがつくし、逆の立場でも分かるはずだ。そこで、中国の旅で経験した面白いエピソードを紹介したい。 ...続きを見る

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2016/10/05 21:48
1515 中国の旅(2) 内モンゴル草原になびくハダク
1515 中国の旅(2) 内モンゴル草原になびくハダク モンゴルの人々はハダクという青い絹の布を大事にする。それは中国・内モンゴルでも同様だ。内モンゴルの工業都市、包頭から車で2時間半かけて希拉穆仁(シラムレン)(モンゴル語で黄色い川の意味)という名の草原に行った。内モンゴルなのだからモンゴル族の人々がほとんどと思ったが、このあたりの包(パオ)で暮らしているのは多くが漢族の人たちだった。だが、ハダクを敬う風習は変わっていなかった。 ...続きを見る

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2016/10/04 09:35
1514 中国の旅(1) 内モンゴル・薩拉斉にて
1514 中国の旅(1) 内モンゴル・薩拉斉にて 82歳になる知人がいる。生まれてから45年間を中国で暮らし、その後日本に移り、いまも中華料理の現役の料理人として働き続けている。9月下旬、中国でこの人がどんなところに住み、どんな生活をしていたのかを見たり、聞いたりするため一緒に中国を旅し、日本人の姿を見たことがないという内モンゴルの町にも足を踏み入れた。この旅の模様を何回かに分け、報告する。 ...続きを見る

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2016/10/03 17:57
1512 彼岸花とアカザのこと 気象変動と食べ物
1512 彼岸花とアカザのこと 気象変動と食べ物 ことしの日本列島は、台風による大雨で各地に大きな被害が出ている。北海道では農作物への影響も少なくない。温暖化による気象変動が激しい季節だが、秋の彼岸も近い。間もなく彼岸花(別名、曼珠沙華)も開花するだろう。たまたまこの花のことを調べていたら、かつて彼岸花は飢饉のときを考えて食用として植えたものであるという話が『つい誰かに話したくなる雑学の本』(講談社+α文庫)に載っていた。球根に毒があるという彼岸花がどうして食用になったのだろう。 ...続きを見る

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2016/09/08 17:20
1511 雲流れゆく9月 やってくるへちま忌
1511 雲流れゆく9月 やってくるへちま忌 朝も秋ゆうべも秋の暑さかな  ...続きを見る

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2016/09/02 16:12
1501 新しい運動用具との出会い 夏の風物詩・ウォーキング用ポール
1501 新しい運動用具との出会い 夏の風物詩・ウォーキング用ポール プロ野球、広島カープの黒田博樹投手(41)が日米通算200勝を達成し、大投手の仲間入りを果たした。打者の2000本安打とともに、プロ野球選手にとって憧れの記録であり、今後なかなかこの記録を達成する投手は出そうにない。イチローもそうだが、黒田を見ていて感じるのは体の頑健さだ。40を過ぎても、若い選手に負けない体を持っている。私たちも見習いたいと思う。そんな時、一つの運動用具に出会った。ノルディックウォーキング用のポール(ストック)だ。 ...続きを見る

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2016/07/24 15:29
1500 年輪を刻んで 懐かしく、心温まる人たちとともに
1500 年輪を刻んで 懐かしく、心温まる人たちとともに 日本各地には、「巨樹」と呼ばれる大木がかなり存在する。福島県いわき市の国宝・白水阿弥陀堂の境内にも、イチョウの大木があった。いわき市の天然記念物に指定され、樹高29メートル、幹回り5・9メートルで、推定樹齢は不明だという(いわき市HPより)。巨樹の本に紹介されている代表的巨樹とは比較にならないが、なかなか風格があって見ていて飽きない。 ...続きを見る

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2016/07/17 21:17
1463 旅で感じるもの ミャンマーはアジアの楽園になれるのか
1463 旅で感じるもの ミャンマーはアジアの楽園になれるのか 放浪の旅に明け暮れた自由律の俳人、種田山頭火は、「道は前にある、まっすぐに行かう(行こう)」が信念だった。そして、「句を磨くことは人を磨くことであり、人のかがやきは句のかがやきとなる。人を離れて道はなく、道を離れて人はない」(『山頭火句集』・ちくま文庫所蔵の随筆「道」より)と書いている。放浪の旅をしながらも、山頭火が人生の深淵を考え続けたことがうかがえる。旅というものはさまざまなことを考え、感じる機会でもあるのだ。 ...続きを見る

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2016/03/29 14:07
1459「ラオスにいったい何が」 特別な光と風を感じる人々
1459「ラオスにいったい何が」 特別な光と風を感じる人々 村上春樹の「大いなるメコン川の畔で」(文藝春秋社刊『ラオスにいったい何があるというんですか』所蔵)というエッセーは、ラオスの世界遺産の街、ルアンプラバンの旅の記録である。この街へ入るときに通過したベトナム・ハノイでベトナム人に「どうしてまたラオスなんかに行くんですか」と不審そうに質問された村上は、言外に「ベトナムにない、いったい何がラオスにあるというんですか」というニュアンスが読み取れたという。その答えは―。 ...続きを見る

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2016/03/17 15:19
1455 「ミモザの日」支える300人の公国 グリーグの贈る言葉
1455 「ミモザの日」支える300人の公国 グリーグの贈る言葉 春を告げる花といわれるミモザの花が満開だ。きょう3月8日は「国際女性デー」である。イタリアでは「女性の日」あるいは「ミモザの日」と呼ばれている。男性から女性にミモザを贈る行事があり、この日ローマの街は黄色い花であふれるという。 ...続きを見る

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2016/03/08 15:00
1449 村上春樹の旅行記 「貴重な文章修行」
1449 村上春樹の旅行記 「貴重な文章修行」 最近、村上春樹の『遠い太鼓』(講談社文庫)と『辺境・近境』(新潮文庫)という旅行記を続けて読んだ。前者は1986年から3年間、ギリシャ・イタリアに住み、周辺の各地を旅した記録である。後者はアメリカやメキシコ、ノモンハンという海外の旅と香川県でのうどん食べ歩き、故郷である神戸の街歩きの記録を収録している。かつて、若者が海外の旅でバイブルのようにしていたのは沢木耕太郎の『深夜特急』(新潮社)といわれた。だが、なかなかどうして村上作品も沢木に負けないほど長旅の友になっているらしい。 ...続きを見る

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2016/02/26 20:31
1438 人生の選択 グローバル化時代の望郷とは
1438 人生の選択 グローバル化時代の望郷とは 望郷とは、「故郷をしたいのぞむこと。故郷に思いをはせること」(広辞苑)という意味だ。世はグローバル化時代。飛行機をはじめとする交通機関やインターネットという情報手段の発達によって、世界は狭くなった。だから、望郷という言葉はあまり使われなくなった。だが、この言葉は海外で暮らす人には付き物だろう。 ...続きを見る

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2016/01/26 22:06
1421 マルタと沖縄と ミニ国家が歩む道
1421 マルタと沖縄と ミニ国家が歩む道 最近マルタ島を旅した知人がいる。人口42万人、国土面積は東京23区の半分に当たる316平方キロという小さな島国(マルタ島やゴゾ島、コミノ島からなるイギリス連邦のマルタ共和国)である。 ...続きを見る

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2015/11/24 17:04
1417 セザンヌの少年の絵 秋の日の特別な時間
1417 セザンヌの少年の絵 秋の日の特別な時間 家の前にある遊歩道には、けやきの木が街路樹として植えてある。そのけやきの葉がことしは特に色づいているように見える。いまが紅葉の盛りのようだ。最近訪れた那須高原でも美しい紅葉を見ることができた。それも数十年ぶりの友人との再会という嬉しい出来事まで付いていて、ひときわ思い出深い秋を味わった。 ...続きを見る

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2015/11/10 16:12
1415 尺八の音を聞き歩く秋日和  千鳥ヶ淵の光景
1415 尺八の音を聞き歩く秋日和  千鳥ヶ淵の光景 昨日、東京の街をぶらぶらと歩いた。最高気温は17・4度。日陰に入るとやや肌寒いが、歩くには爽快な一日だった。千鳥ヶ淵の戦没者墓苑付近を通りかかると「仰げば尊し」のメロディが流れてきた。近づいてみると、60歳は超えたと思われる男性が尺八を吹いていた。太平洋戦争で亡くなり、身元の分からない遺骨が安置されている戦没者墓苑とこの曲が似合うかどうかは人それぞれの感想があるだろう。私は、ふと足を止めた。 ...続きを見る

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2015/11/02 11:29
1413 棚田の夜景 鴨川・千枚田を訪ねる
1413 棚田の夜景 鴨川・千枚田を訪ねる 千葉県鴨川市の高台にある大山千枚田という棚田で開催された「棚田の夜祭り」を訪ねた。傾斜地にある水田のことを棚田といい、日本だけでなく、世界各地に存在する。フィリピン・ルソン島の「コルディリェーラの棚田」(世界文化遺産)やベトナム北部の「ホアンスーフィー棚田」(ベトナム国家遺産)は世界的にも有名だ。日本の数多い棚田のうち大山千枚田は、幻想的な夜祭りで次第にその名が知られるようになってきた棚田である。 ...続きを見る

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2015/10/27 07:44
1412 湖とりまく山の紅葉 日光にて
1412 湖とりまく山の紅葉 日光にて 「湖をとりまく山の紅葉かな」 俳人の正岡子規が日光を訪れたのは明治25年10月30日のことだ。前日、宇都宮に入った子規はこの日、日光に足を伸ばし、華厳の滝や中禅寺湖を見て、翌31日に東照宮に参拝している。子規はこの旅で『日光の紅葉』という俳句入りの短い随筆も書いている。冒頭の句はこの作品の中の一句である。ことしの紅葉は例年より早いらしい。先日訪れた日光は、子規の句のような錦繍の季節を迎えていた。 ...続きを見る

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2015/10/26 11:07
1411 会津の歴史が詰まる古刹 国宝を持つ勝常寺
1411 会津の歴史が詰まる古刹 国宝を持つ勝常寺 「山は暮れて野は黄昏の薄哉」(与謝蕪村) 蕪村は江戸時代を代表する俳人で、絵師でもある。先日、未確認の俳句212句が俳句集「夜半亭蕪村句集」に収録されていたというニュースがあり、蕪村の俳句の奥の深さを感じたものだ。秋の気配が漂う会津や日光を訪れ、蕪村の冒頭の俳句を思い出しながら山の紅葉に見入った。会津は紅葉の季節。磐梯山の山腹も赤く染まり、稲の取り入れは終わっていてそば畑では収穫を待つそばが実っていた。 ...続きを見る

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2015/10/21 15:42
1410 優しい「月の山」 届いた出羽の風景
1410 優しい「月の山」 届いた出羽の風景 (月山の降臨?現象) 森敦の『月山』(1974年に芥川賞を受賞)は、霊山である出羽三山(月山、湯殿山、羽黒山)の一つ、月山(1984メートル)の麓の小さな寺にある夏に住み着いた男が長い冬を過ごした後、どこかに去っていくという話の名作で、森自身の体験を基にした私小説だ。この作品で森は前段で月山について細かく描写している。たまたま山形の知人から月山の珍しい写真が届いた。それは美しい風景であり、霊山を象徴するような写真だ。 ...続きを見る

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2015/10/07 14:13
1407 垣間見る山頭火の世界 どこからともなく秋の雲
1407 垣間見る山頭火の世界 どこからともなく秋の雲 夜が明けても見える月、あるいは明け方まで残っている月のことを「残月」という。朝、西の空を見ると、すじ雲(巻雲)を従えて白くて丸い月が、すすきの彼方に浮かんでいた。一昨日の夜は、だれが名づけたのかスーパームーン(要するに満月)だった。白い残月、秋本番が近付いていることを肌で感じる朝だ。 ...続きを見る

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2015/09/30 13:27
1397 地球の裏側にやってきたペルーの宗教画 藤田嗣治が持ち帰ったクスコ派の作品
1397  地球の裏側にやってきたペルーの宗教画 藤田嗣治が持ち帰ったクスコ派の作品 日本画の技法を油彩画に取り入れ、エコール・ド・パリの画家として知られている藤田嗣治は1931年南米旅行をした際、ペルーのクスコを訪れている。標高3400メートルの高地にあるクスコはかつてのインカ帝国の首都で、インカ文明の中心地だった。ここで藤田はペルークスコ派の宗教画に接し、何枚かの絵を購入したのだ。私にはそれが意外だった。 ...続きを見る

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2015/09/03 15:04
1395 これが安藤忠雄の真骨頂 藤田嗣治壁画の秋田県立美術館
1395 これが安藤忠雄の真骨頂 藤田嗣治壁画の秋田県立美術館 藤田嗣治(1886―1968)の壁画「秋田の行事」を見たのは、かなり昔のことだ。秋田市の千秋公園(旧久保田城跡)に面した旧県立美術館は、秋田の資産家、平野政吉のコレクションを中心に展示し、藤田の壁画が巨大に見えた。その壁画は、2013年9月にオープンした新県立美術館に引っ越していた。だが、新県立美術舘は打ちっ放しのコンクリートで覆われ、情緒ある秋田の街には浮き上がっていて、違和感があった。 ...続きを見る

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2015/08/30 20:44
1394 ああ田沢湖よ 秋田を歩く
1394  ああ田沢湖よ 秋田を歩く 過日、晩夏の秋田を歩いた。角館も田沢湖も人影はまばらで、昨今話題の中国人観光客の姿も見かけなかった。秋田新幹線の田沢湖駅はふんだんに秋田杉を使った美しい建物だった。私がこれまで見た中では北海道の旭川駅とともに気に入った建物だ。だが、駅前は寂しく、たまたま昼食に入った店の料理はひどかった。 ...続きを見る

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2015/08/29 16:56
1384 7月の終わりに 炎暑の中で
1384 7月の終わりに 炎暑の中で 私の部屋に1枚の絵ハガキがある。 ペルーの世界遺産、マチュピチュの遺跡を背景に動物のリャマが草を食んでいる風景である。よく見ると遺跡周辺には豆粒のように観光客の姿が写っているが、手前のリャマの周辺に人はいない。何とものんびりしていて、気に入っている1枚だ。同じペルーには、もう一つ有名な世界遺産がある。ナスカの地上絵だ。この絵に関して、先日興味深いニュースがあった。 ...続きを見る

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2015/07/31 14:35
1364 東の空に「環天頂アーク」 格別な自然現象
1364 東の空に「環天頂アーク」 格別な自然現象 自然現象は不可思議だ。そんなことを考えたのは今朝、東の空に虹のようなものを見かけたからだ。ラジオ体操の途中、東の空を見上げている人が数人いた。携帯のカメラを空に向けている人もいる。体操が終わったあと、私も空を見上げると、虹が出ていることに気が付いた。虹は雨上がりに出るのが普通だが、今朝の虹は好天の中での現象である。調べてみると、この虹のような現象は「環天頂アーク」というそうだ。 ...続きを見る

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2015/05/22 11:18
1355 鳴かないカメの話 生態系の変化を考える
1355 鳴かないカメの話 生態系の変化を考える 「亀鳴く」という俳句の春の季語がある。これについて『俳句歳時記』(角川学芸出版)には「春になると亀の雄が雌を慕って鳴くというが、実際には亀が鳴くことはなく、情緒的な季語。藤原為家の題詠歌『川越のみちのながぢの夕闇に何ぞと聞けば亀ぞなくなる』(『夫木和歌抄』)によるといわれ、古くから季語として定着している」と、書かれている。 ...続きを見る

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2015/04/23 11:26
1352 春に聴くクラシック チャイコフスキーの弦楽セレナード
1352 春に聴くクラシック チャイコフスキーの弦楽セレナード そう多くないクラシックCDの中で、なぜかチャイコフスキーの「弦楽のためのセレナード ハ長調、作品48」を3枚(古い順から@ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団Aジャン・フランソワ・パイヤール指揮、パイヤール室内管弦楽団B小澤征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラ)―を持っている。3枚ともかなり以前に購入したものだが、春になるとなぜかこの曲を聴く機会が多くなる。この曲を聴くと、私は以前訪れたスロバキアの街を思い浮かべるのである。 ...続きを見る

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2015/04/17 11:16
1338 雛の家が見える海の町 勝浦の風物詩に誘われて
1338 雛の家が見える海の町 勝浦の風物詩に誘われて 高浜虚子に師事した原石鼎(はら・せきてい)は「雛の家ほつほつ見えて海の町」という句を残した。「ほつほつ」というのは、物事が少しずつあるいは徐々に行われる様を指す副詞である。千葉県勝浦市はまさに雛が見える海の町である。いまこの町の風物詩ともいえる「かつうらビッグひな祭り」(2月20日から3月3日までの日程)が開催中で、驚くばかりの多くの雛がさまざまな場所に飾られていた。 ...続きを見る

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2015/02/22 17:33
1337 円環的な結末 ハッピーエンドの『サラバ!』
1337 円環的な結末 ハッピーエンドの『サラバ!』 西加奈子が長編小説『サラバ!』(第152回直木賞を受賞)を書くに当たって、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』やイアン・マキューアンの『贖罪』を意識したかどうかは分からない。しかし、上下に及ぶ長編を読み終えての感想をいえば、この作品は2つの海外作家の名作と同様「円環的な結末」ということになる。 ...続きを見る

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2015/02/16 21:48
1336 開帳された大日如来坐像を見る 千葉県睦沢町・妙楽寺にて
1336 開帳された大日如来坐像を見る 千葉県睦沢町・妙楽寺にて 木造の重要文化財・大日如来坐像の御開帳があるというので、千葉県睦沢町の天台宗妙楽寺に行ってみた。JR上総一宮から車で約20分内陸に入った山の中だが、境内には年1回の御開帳を見ようとする参拝者が詰めかけていた。 ...続きを見る

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2015/02/09 14:45
1335 春の声が聞こえる? 2月生まれの季節感
1335 春の声が聞こえる? 2月生まれの季節感 暦の上では立春が過ぎて「東風凍を解く」(暖かい春風が吹いて、川や湖の氷が溶け出すころ)季節である。実際には1年で一番寒い時期が続いている。霜柱が立ち、朝歩いていると、耳が痛くなをるほどだ。西の空には欠け始めた月が見える。しかし、夜が明けるのが次第に早くなり、「光の春」が近づいていることを実感する。 ...続きを見る

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2015/02/07 09:49
1332 七福神に安寧祈る ペンの強さに陰り
1332 七福神に安寧祈る ペンの強さに陰り シャルリー・エブドというフランス・パリの風刺週刊紙の本社に銃を持った3人の男が乱入し、12人が銃で殺された。イスラム過激派の犯行とみられるが、未解決の朝日新聞阪神支局事件を思い出した。「ペンは剣よりも強い」といわれる。しかし、昨今はペンの強さに陰りが見え出していることに、危惧を覚える。 ...続きを見る

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2015/01/08 18:13
1330 房総のムーミン谷 いすみ鉄道のお正月
1330 房総のムーミン谷 いすみ鉄道のお正月 お正月に売り出される福袋は、江戸時代から始まったという説があるが、詳しい由来はよく分からない。しかし現代日本の正月の恒例行事になっていることは間違いない。中国の観光客が東京のデパートを回って20個の福袋を買ったという報道もあるように、その中身はお買い得なのだろう。 ...続きを見る

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2015/01/03 22:17
1327 タイ・チェンマイに雪?が降る クリスマスのプレゼント!
1327 タイ・チェンマイに雪?が降る クリスマスのプレゼント! タイ・チェンマイに住む友人から、「雪景色」の写真が届いた。チェンマイの目抜き通りに雪が積もっている。暖かいタイにも雪が降るほど、地球の気候変動は激しいのかと、一瞬思った。 ...続きを見る

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2014/12/27 09:09
1317 渡り鳥がやってきた 白鳥と皇帝ダリアに寄せて
1317 渡り鳥がやってきた 白鳥と皇帝ダリアに寄せて 今朝は寒い朝だった。散歩コースから見た調整池は、外気が冷えたために発生する水蒸気が上がっていた。渡り鳥の姿も次第に増えている。渡り鳥といえば、白鳥の飛来地で知られる新潟県の人造湖・瓢湖にも白鳥の季節がやってきたという。知人から写真が届いたのを見て、冬の訪れを実感した。 ...続きを見る

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2014/11/14 10:01
1315 祭りのあとも チェンマイ幻想
1315 祭りのあとも チェンマイ幻想 一昨日、立冬のことを書き、タイ・チェンマイの「ロイクラトン祭り」(ロイカトン)についても触れた。チェンマイに住む友人からそのお祭りの写真が届いた。友人の部屋からは山の寺から上がるコームローイという小さな熱気球が見えるそうだから、幻想の世界のようだ。それを想像するだけでも楽しい。 ...続きを見る

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2014/11/09 10:29
1314 扇風機とストーブがバトンタッチ 立冬への思い
1314 扇風機とストーブがバトンタッチ 立冬への思い きょう7日は立冬だ。『日本の72候を楽しむ』(東邦出版)には、「立冬とは、冬の気配が山にも里にも感じられてくるころのこと。木々の葉が落ち、冷たい風が吹き、冬枯れのようすが目立ってきます」とある。 ...続きを見る

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2014/11/07 19:17
1311 「戦争」を憎むシャガールの絵 チューリヒ美術館展をのぞく
マルク・シャガール(1887〜1985)の「戦争」を見た。大作の割には立ち止まる人が少なく、時間をかけることができた。国立新美術館で開催中の「チューリヒ美術館展」。展示された74点(絵画大半で一部が彫刻)は、画家たちの代表作といわれるものが多く、見ごたえがあったのだが、シャガールの「戦争」(1964〜66年作、1・63メートル×2・31メートル)が一番印象に残る作品だった。 ...続きを見る

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2014/10/27 21:41
1310 ラオス―日本―そしてインド ノンさんをめぐる心温まる話
昨今の国際情勢は、きな臭さが増している。中東でのイスラム過激派集団「イスラム国」の動きに呼応したカナダ国会での銃乱射事件は衝撃だった。ロシアとウクライナの情勢も解決の見通しはつかない。 ...続きを見る

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2014/10/26 18:28
1309 小さき者よ 友人へのメッセージ
「小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に上れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れないものの前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ」。これは明治―大正時代の作家、有島武郎の短編「小さき者よ」の終わりに出てくる言葉である。この言葉をきょう17日に、長男を出産した友人に贈った。 ...続きを見る

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2014/10/17 16:48
1308 報道写真家が入れない領域  混迷度増す現代社会
日本百名山の一つ、御嶽山が9月27日に噴火して戦後最悪の死者を出した。あれから間もなく3週間になるが、きょう16日で、行方不明者の捜索活動は打ち切られた。山はもう冬なのである。 ...続きを見る

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2014/10/16 22:54
1307 バイヨン寺院の出来事 悲劇のアンコールワット
ことしも帰化植物、セイダカアワダチソウの黄色い花が咲く季節になった。散歩コースの調整池の周囲には、天敵のススキと共存共栄している姿が見られる。こんな風景の中を歩いていると旅をしたくなる。旅といえば1年少し前、カンボジアの世界遺産・アンコールワットに行ったが、この遺跡をめぐって小さなニュースが流れた。アンコールワット遺跡のバイヨン寺院で、観光客のニュージーランド人の女性が仏像を破壊したというのだ。 ...続きを見る

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2014/10/15 17:31
1306 マララさんにノーベル平和賞 不屈の少女の行動
女性の教育の権利を訴え続けているパキスタンのマララ・ユスフザイさん(17)=イギリス在住=とインドの児童人権活動家カイラシュ・サティアルティさん(60)が2014年のノーベル平和賞の受賞者に決まった。マララさんのことは、このブログでも取り上げている。受賞への祝福の思いを込めて、再掲する。 ...続きを見る

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2014/10/11 07:43
1302 御嶽の噴火に思う 人智を超えた自然の脅威
噴火した御嶽は深田久弥の『日本百名山』の60番目に出てくる日本アルプスの中で「別格」の山である。NHKの報道によると、この噴火によって、登山中だった31人が心肺停止状態だという。けが人も多数出ており、火山国日本の自然の脅威を実感する。山で噴火に遭遇していた人たちの無事帰還を祈りたい。 ...続きを見る

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2014/09/28 20:57
1275 hana物語(17) 問題行動のわけは
hanaの散歩コースだった調整池周辺の遊歩道は、早朝だとだれにも出会わないときも少なくなかった。排泄が終わり、それを拾ってからリードを外して首輪だけにしてやると、hanaは喜んで走り出す。いい運動になるのだが、ちょっと目を離すと遊歩道からそれて、すり鉢状になった池の方へと入り込んでいき、雑草の中を駆け回る。それだけならいいのだが、始末が悪いことにその周辺には別の犬たちの排泄物がかなりある。そして、hanaは問題行動を起こしたのだ。 ...続きを見る

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2014/08/27 08:25
1261 一陣の涼風が アジア教育友好協会の本『輝く瞳とともに』
アジアの山岳地帯で学校を建設しているアジア教育友好協会という認定NPOがある。私も会員になっているこのNPOが、ことしで創立10周年を迎えた。ラオス、ベトナム、タイの山岳少数民族地帯で建設した学校は191校になる。10周年の記念に『輝く瞳とともに アジアの途上国に学校をつくった人たちの物語』(かんき出版)という本を出版した。この本には、どのようにしてAEFAが山岳少数民族地帯で学校建設に取り組み、村々に溶け込んだのか、支援者の声や現地の実情を中心に克明に記されている。 ...続きを見る

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2014/08/08 22:38
1258 hana物語(2) 第1章 思い出の日々 病に倒れて
動物病院でhanaの肝臓に腫瘍が見つかった翌日から、エサは医師の指示で少量ずつを4、5回に分けて食べさせ始めた。しかしドッグフードをエサ用の容器からでは食べようとせず、私たち家族の掌に乗せると、少しだが食べてくれた。散歩にも出る気力はあるが、足元がおぼつかないためその距離は家の周辺200メートルくらいと短い。この1日後、私と妻は子どもたち(2人の娘とその家族)にhanaを任せ、以前から予定していたベトナム・カンボジアの旅に出た。 ...続きを見る

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2014/08/06 07:28
1253 ユリの季節 牧野富太郎の考察を読む
「百合の香を深く吸ふさへいのちかな」。ハンセン病の療養所で生涯を送った俳人、村石化石(ことし3月8日、91歳で死去)の句。 ...続きを見る

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2014/07/23 11:32
1252 沖縄の建築物の魅力を追う 「小さな宝石のような風景」を連載
沖縄暮らし15年になる友人が南の島の建築物に魅せられ、朝日新聞のホームページ「朝日新聞デジタル」で「沖縄建築パラダイス」と題した連載を続けている。ことし1月から始まった連載は既に14回を数え、個性豊かな建築物を通して沖縄の魅力を伝えている。50回まで続けるのが目標というから、これからも私たちが知らないユニークな建物が記事になるかもしれない。 ...続きを見る

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2014/07/21 06:11
1251 イルカに救われた人生 時の人になった北海道の笹森さん
北海道でクジラウオッチングを続けている笹森琴絵さんが「日本クジライルカウオッチング協議会」の初代会長になり、朝日新聞の時の人ともいうべき「ひと」(7月16日付)欄に紹介された。昨年6月、室蘭市で笹森さんにお会いして話を聞いたことがあるが、「ひと」の記事を読んで海を愛する笹森さんを思い出した。 ...続きを見る

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2014/07/20 10:25
1234 愛敬あるリャマに敬意 深まるナスカの地上絵の謎
南米ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」に関し、新たにラクダ科の「リャマ」を描いた地上絵が見つかったというニュースが流れた。現地にナスカ研究所を開設、調査を続けている山形大学のチームが発見したという。3月、セスナに乗ってこの絵を見た一人としてこのニュースには強い興味を抱いた。地上絵が描かれた理由に関しては様々な説があるが定説はない。謎が解明されないからこそ、地上絵に惹かれるのかもしれない。 ...続きを見る

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2014/05/11 10:06
1221 南米の旅―ハチドリ紀行(10)完 アマゾンに伝わる言い伝えから
この南米の旅のブログのサブタイトルである「ハチドリ紀行」は、南米に住むハチドリという鳥にちなんで付けたことは1回目に書いた。私がハチドリという言葉を知ったのは、いまから4年前のある会合だった。この時、アフリカのスーダンで医療活動をしている川原尚行さん(48)は「ハチドリのひとしずく」というアマゾンに伝わる言い伝えを引用しながら、「自分ができることを自分なりにやればいいと思う」という自身のボランティアとしての考え方を話したのである。 ...続きを見る

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2014/03/28 06:09
1220 南米の旅―ハチドリ紀行(9) 自然の宝庫・蝶の話
この南米の旅のブログ、5回目「天空の城を蝶が飛ぶ」で、マチュピチュに現れた蝶を同行者が撮影した話を紹介した。その中では「蝶に詳しいガイドと同行者の一人に聞いても、この蝶の種類は分からなかった」と書いたが、その後、その同行者からこの蝶に関して「マルバネキオビアゲハ」というアゲハ蝶の種類と推定されるという連絡が届いた。海外では郵便切手にも採用されるほど美しい蝶であり、あらためてマチュピチュを飛ぶこの蝶の写真に見入った。 ...続きを見る

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2014/03/27 05:59
1219 南米の旅―ハチドリ紀行(8) 胸を突かれた言葉
「あんなに値引きをさせたら、かわいそうだ」。マチュピチュへの拠点の一つ、ウルバンバのホテルの玄関わきには、ウールのセーターをはじめとする毛製品や雑貨などさまざまなペルーの民芸品を売る女性が陣取っていた。泊り客の日本人を目当てに、ホテルの了解を得て店を広げているのだろう。その女性たちに対し日本人観光客がかなり激しく値引きを求める姿があり、私たちを迎えにきたガイドが冒頭の言葉をつぶやいたのだった。 ...続きを見る

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2014/03/26 07:44
1218 南米の旅―ハチドリ紀行(7) 都市の風景=歴史のたたずまいに触れる
それぞれの都市に歴史がある。その歴史が特徴ある街並みを形成し旅情を誘うのだ。南米4ヵ国の旅で訪れた大きな街はパラグアイの首都アスンシオン、ペルーの首都リマ、さらにインカ(現ペルー)の古都クスコだった。3つの街はいずれもがスペイン統治下の影響を色濃く残していて、滞在は短時間だったにもかかわらず歴史のたたずまいに触れることができた。 ...続きを見る

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2014/03/25 09:52
1217 南米の旅―ハチドリ紀行(6) あれがナスカの地上絵?
かなり以前のことになるが、あまり天気が良くない日に仙台から函館までセスナ機に乗ったことがある。途中、岩手県花巻空港で給油しての長時間のフライトだった。ペルー南部の世界遺産「ナスカの地上絵」を見るため、12人乗りのセスナに乗った。巨大な絵を見せるのが仕事であるパイロットは軽飛行機を右に左に揺らし、降下と上昇を続ける。以前のセスナ搭乗を思い出しながら揺れに身を任せ、次々に現れる地上絵に目を凝らした。 ...続きを見る

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2014/03/24 11:51
1216 南米の旅―ハチドリ紀行(5) 天空の城を蝶が飛ぶ
標高2280メートルの高地にあるペルーのマチュピチュ。数多い世界遺産の中でもひときわ人気が高い謎の遺構である。NHKの旅番組のアンケートで「行ってみたい世界遺産」のトップに選ばれたマチュピチュだが、古都・クスコを経てこの遺構に行ってみて、その理由が分かったような気がした。ガイドによると、遠い日本からことしは6万8000人(数年前は2、3万人)の日本人観光客がやってくると予想されているそうだ。 ...続きを見る

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2014/03/22 15:54
1215 南米の旅―ハチドリ紀行(4) パラグアイ移民として50年
イグアスの滝からの帰り、パラグアイ・イグアス市の移住地で東京五輪(1964年)の直前に鹿児島から移住したという一人の日本人に会った。園田八郎さん(64)である。南米移民というと戦前の話かと思っていたが、高度経済成長の陰で依然として移民政策は続いていたのだ。いまではパラグアイ経済を支えるまでになったという日系の人たちの存在。園田さんの話は興味が尽きなかった。 ...続きを見る

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2014/03/20 11:12
1214 南米の旅―ハチドリ紀行(3) 悪魔ののど笛にて・ささやきにおびえる
「悪魔ののど笛」と聞いて、人はどんなことを想像するだろう。のど笛は、首ののど仏のあたりを言うが、悪魔と付くからには、やはり不気味さが伴う。そんな場所がイグアスの滝のアルゼンチン側にあり、現地を見て合点がいった。だれが付けたかは知らないが、うまいネーミングである。 ...続きを見る

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2014/03/19 10:59
1213 南米の旅―ハチドリ紀行(2) 大いなる水イグアスの滝
米国史上最も偉大な大統領といわれた第32代大統領・フランクリン・ルーズベルト(ローズベルトとも表記)の夫人・エレノア・ルーズベルトは、リベラルな婦人運動家で国連代表も務めた著名人である。ブラジルとアルゼンチンにまたがる世界3大滝の一つ「イグアスの滝」を訪れた際、その迫力に驚き「かわいそうな私のナイヤガラ」(ナイヤガラは北米カナダと米国国境にある)と言ったという逸話が残っている。 ...続きを見る

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2014/03/18 11:37
1212 南米の旅―ハチドリ紀行(1) 4万キロ、10回の飛行機乗り継ぎ
南米に行ってきた。往復4万キロ、飛行機を計10回乗り継いだ旅は、決して楽なものではなかった。それでも心に残る風景や人に出会った。スケールの大きい自然と歴史の驚異に接し、疲れも忘れた。南米・アマゾンには「ハチドリのひとしずく」という言葉がある。南米の象徴ともいえるハチドリをサブタイトルとして、今回の旅の模様を記すことにする。 ...続きを見る

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2014/03/17 16:01
1193 シリウスで気付く多様な価値観  物事には光と影が
太陽を除き、地球から見える最も明るい恒星(自ら光を発する天体のこと)はシリウス(おおいぬ座の一等星)だという。いまの季節、夜空に輝いて見えるので目に付く星だ。出雲晶子著「星の文化史事典」(白水社)には、星に関する様々な話が出ており、シリウスについてもやや長めの文章で紹介している。そこには国によってこの星に対する見方が異なることが書かれていて、世界では物の見方が多様であることを再確認する思いで読んだ。 ...続きを見る

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2014/01/21 10:56
1189 寂しい冬景色の城跡 佐倉で子規は何を思ったのか
国立歴史民俗博物館がある千葉県佐倉市の佐倉城跡に俳人・正岡子規直筆の句碑がある。 ...続きを見る

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2014/01/09 21:53
1187 時の鐘に惹かれて 小江戸川越の七福神めぐり
日本各地には「七福神」を祀る寺社が少なくない。小江戸と呼ばれるかつての城下町、埼玉県川越市に「小江戸川越七福神」があるというので、過日、運動を兼ねて7つの寺を巡った。 ...続きを見る

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2014/01/06 16:14
1183 ネパールコーヒーと焙煎 冬至過ぎ赤く熟した実
私の部屋に観賞用のコーヒーの木がある。娘がかなり前に小さな苗木をもらってきたのが、いつの間にか1メートル60センチ以上に伸び、このところ毎年実をつけるようになった。ことしもコーヒーの実が色づく季節になった。オリーブよりもやや大きめで緑色から次第に赤く色が変化している。 ...続きを見る

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2013/12/23 22:34
1181 デジカメ過剰撮影時代のマイナス効果 旅の記録と記憶
カメラといえばデジタルカメラの時代で、フィルムカメラを使うのは写真のプロか、一部の愛好者しかいないといっていいだろう。そんな時代、だれもが枚数を気にせずシャッターを切る。旅先で数多くの写真を撮影してしまい、あとでどれをプリントしたらいいか困った経験をした人は多いだろう。私もその一人だ。そんな過剰撮影に水をかけるような記事がフランスの通信社AFPから流れた。以前、海外の旅でカメラを持たない2人に出会った。この記事を読んで、2人の行動が分かったような気がした。 ...続きを見る

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2013/12/13 07:44
1179 チャオプラヤー川クルーズ・足マッサージ痛さの違い  タイへの旅(7)完
バンコク市内を流れるチャオプラヤー川はパリのセーヌ川と同じように、多くの遊覧船が行き交う。この川沿いにはよく知られた寺院もあり、船上から眺めるバンコクの街の変化はかなり見どころがある。BTS(バンコク・スカイトレイン)という高架鉄道のサパーン・タークシン駅のすぐ近くにチャオプラヤー川を遊覧するエクスプレス・ボート乗り場・サートーンがあり、ここから観光客向けの案内付き特別船(150バーツ、480円)に乗った。この船は「青旗船」と呼ばれ、目印として青い旗が立てられていた。 ...続きを見る

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2013/12/11 08:40
1178 街中のスタバで憩う タイへの旅(6)
私はあまりショッピングに興味がない。そのために、一緒に旅行に行った家族がショッピングにいそしんでいる間は喫茶店で本を読むことが多い。今回のタイ旅行でも訪れたチェンマイ、バンコクの2つの都市で喫茶店にお世話になった。もちろん、両都市にはグローバル展開のコーヒーチェーン店・スターバックスがあり、読書をしつつ疲れた体を休めながら、客の生態を観察することができた。 ...続きを見る

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2013/12/10 07:20
1177 予測できない展開でもうまく収拾する国民性 タイへの旅(5)
チェンマイに10年近く住む友人は、タイの人々についてよく観察をしている。友人によると、日常的にタイ人と接していると、大体予測のできない展開になる。それが面白くて退屈しないそうだが、結果的には何となくうまく収まってしまうことが多いというのである。そういえば、日本なら、こんなことはないという出来事に遭遇した。 ...続きを見る

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2013/12/09 13:51
1176 受難の歴史を歩んだアユタヤ遺跡 タイへの旅(4)
ことしは海外の2つの世界(文化)遺産を見た。7月のカンボジア・アンコールワットと11月のタイ・アユタヤである。アンコールワットは12世紀前半、アユタヤは14世紀から建設が進められた。日本では平安時代後期―鎌倉時代を経て室町時代初期に至るころだ。2つの遺跡は一時歴史の中に埋没し、後に発見されて世界遺産として世界中の人々に愛されている。 ...続きを見る

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2013/12/07 19:04
1175 微笑の国での生活 タイへの旅(3)
定年後、日本を離れて海外で暮らす「ロングスティ」希望者が増えている。日本は来年4月から消費税が8%になるため、さらに海外に目を向ける人が多くなるのではないか。「一般財団法人ロングスティ財団」。こんな財団があるとは知らなかったが、ウェブで調べていたら名前の通り、ロングスティ希望者の支援をしている財団が見つかった。 ...続きを見る

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2013/12/06 18:31
1174 コムローイ(天灯)に想う タイへの旅(2)
タイ旅行で、日本では見かけたことがないものに出会った。一夜、友人に案内されてチェンマイの中心部を流れるピン川沿いに建つタイ料理の名店「ターナム」というレストランに行った。ここでは、つい先日終わったばかりのロイクラトン祭りと同じような趣向を希望する客に味わってもらうという有料のサービスをしていた。 ...続きを見る

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2013/12/05 23:11
1173 身体痛めて情け知る 空港での心温まる話 タイへの旅(1)
つい、先日タイを旅した。第2の都市といわれるチェンマイには奥さんとともに10年近くロングスティをしている友人がいる。この友人のことは後に触れることにして、今回は昔のことわざである「旅は道連れ 世は情け」(旅は心 世は情け、とも言う)を思い出させる出来事に遭遇したことを記したい。 ...続きを見る

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2013/12/03 16:07
1171 そうか、もう君はいないのか 滅びの美の季節
「そうか、もう君はいないのか」―。作家の城山三郎が亡くなった愛妻の回想を記し2008年に出した本の題名だ。来年の年賀状が売り出され、同時に喪中の便りが届く季節になった。年々、この便りは増えているな。そんな思いで一枚のはがきを手に取った。すると、ここ10数年、年賀状のやり取りだけで会う機会がなかった友人の奥さんからの「夫が亡くなったため、年頭のあいさつを失礼させていただきます」という喪中の便りだった。 ...続きを見る

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2013/11/22 22:10
1165 自分史執筆のすすめ 堀淳一著「旅で出会ったアメリカ人」を読む
この世の中にはさまざまな人生がある。いま、生きている人それぞれに歴史があり、何かしら他の人を惹きつける物語を持っている。昨今は、そんな自分の半生を振り返って一冊にまとめる自分史ブームのようだ。旧知の堀淳一さんから「旅で出会ったアメリカ人」という本が届いた。40年以上前の米国の大学留学時代に体験した旅の記録である。 ...続きを見る

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2013/11/05 23:17
1161 秋の彩(いろ)は芳香とともに 金木犀の季節
「金木犀の散りし花穀(はながら)降る雨にひとつひとつ光るこの秋の彩(いろ)」 ...続きを見る

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2013/10/06 10:13
1159 墓参の道の吾亦紅(われもこう) 赤いろうそくの意味は
先日のお彼岸、郷里で法事があった。父の70回忌、祖母の37回忌、母の27回忌を合同でやった。父だけが70回忌というのは太平洋戦争に召集され、1945年4月に戦死したからだ。墓参りをする前に、家の中の仏壇の前で浄土真宗の住職が経をあげた。仏壇には赤いろうそくが灯された。経が終わると、住職が赤いろうそくの意味など、浄土真宗の特徴を話してくれた。 ...続きを見る

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2013/09/25 10:31
1133 ベトナム・カンボジアの旅(7)完 理想と現実は違うのだ・メコンにて思う
メコン川はチベット高原が源流で、中国の雲南省―ミャンマー・ラオス国境―タイ・ラオス国境―ベトナム―カンボジアを経て南シナ海へと抜ける全長4023キロに及ぶ大河だ。 ...続きを見る

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2013/07/26 16:11
1132 ベトナム・カンボジアの旅(6) ハロン湾紀行
私の部屋に何枚か写真が飾ってある。その1枚は、かつて旅したことがあるニュージーランドの世界自然遺産・ミルフォード・サウンドで撮影したものだ。NZ南島のフィヨルランド国立公園にあるスケールの大きなフィヨルドだ。その写真の隣に今回の旅で撮影したベトナム・ハロン湾の写真を飾った。甲乙つけがたい自然の美を見ながら旅の出来事を思い出している。 ...続きを見る

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2013/07/25 14:55
1131 ベトナム・カンボジアの旅(5) ベトナムのバイク戦争
ベトナムの首都・ハノイに入り、そしてカンボジアを訪れ、さらに再びベトナムに戻り南のホーチミン(旧サイゴン)に行くと道路はものすごいバイクに占拠されていて、遠い時代の中国を思い出した。それは初めて中国を訪れた29年前の夏まで遡る。当時の中国は経済が今日のように発展しておらず、地の底から湧いてきたような多数の自転車が道路にあふれていた。いつの時代でも、国情は違っても庶民は生きるために文明の利器を使う。それがかつての中国の自転車であり、現在のベトナムなどのバイクなのだろうか。 ...続きを見る

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2013/07/24 11:28
1130 ベトナム・カンボジアの旅(4) 東洋のモナリザの魅力に負けたマルロー
紅色砂岩を基調として造られたバンテアイ・スレイは心に残った遺跡の一つだ。アンコールワットと比べ、規模は小さいが、「東洋のモナリザ」(元上智大学長で、長い間アンコール遺跡の調査に当たった歴史学者の石澤良昭氏が命名)ともいわれる優美なデバター(女神)像があり、観光客の姿も多かった。この遺跡で「不思議な光景」を見た。日本では考えられないことなのだが、警備を担当している制服警察官が観光客に物を売りつけるアルバイトをしていたのだ。 ...続きを見る

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2013/07/22 10:50
1128 ベトナム・カンボジアの旅(3) 授業料無料の日本語学校
シェムリアップでアンコールワットのガイドをしてくれたパンニャヴットさんに「どこで日本語を勉強したのですか」と聞いたら、「シェムリアップの山本学校です。授業料は無料でした」と答えがあった。昼、観光の途中に立ち寄った土産店と道路を挟んで反対側にその名前の学校があった。どんな人が運営しているのか、気になった。 ...続きを見る

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2013/07/20 05:08
1129 カンボジアの旅(2) 父親が無念の死・友人の話
アンコールワットは、あらためて詳しく紹介する必要がないほど日本でもよく知られている。私の場合、平泉や富士山が登録される以前は「世界文化遺産」と聞いて思い浮かべたのはアンコールワットだった。12世紀前半、当時のスーリヤヴァルマン2世によってヒンズー教の寺院として建立されたこの遺跡は、建築様式の美しさから人類の無限の力を感じさせる。 ...続きを見る

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2013/07/18 19:38
1127 ベトナム・カンボジアの旅(1)  アンコールワットへの夢果たせず死んだ記者
都市にはそれぞれの歴史がある。それは日本だけでなく世界中のどの都市にも当てはまる。そしてそこに住む人たちもまた、都市とともに歴史を刻んでいる。東南アジアのベトナム、カンボジアのいくつかの都市を旅した。20世紀後半まで戦火に包まれ、多くの国民が血を流し、命を失った悲しい歴史を持つ両国はどう変化したのだろうか。 ...続きを見る

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2013/07/17 10:28
1124 望郷の思いで聞く名曲 友人のシャンソンコンサートにて
美しい故郷をすてて若者は都会に出ていく。そして長い年月が過ぎる。でも故郷の山はいまも美しい……。シャンソン「ふるさとの山」はこんな曲だ。6月29日夜、東京・神楽坂のライブホール・TheGLEEで開かれた友人のシャンソン歌手・斉藤信之さんのコンサート。ピアノの弾き語りで斉藤さんが最初に歌ったのが「ふるさとの山」という曲だった。途中から、斉藤さんはさりげなく、ピアノの伴奏を日本の名曲「故郷」(ふるさと)に変え、誰でも知っている懐かしい歌の合唱が会場内を包んだ。 ...続きを見る

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2013/07/01 13:51
1122 続・旅の終わりに 被災地・気仙沼と陸前高田にて
石川と新潟の旅で私の旅人生に区切りをつけるつもりだった。だが、その直後に東日本大震災被災地への旅の話が舞い込んだ。そうして、訪ねたのが岩手県陸前高田市だった。あらためて書くまでもなく、陸前高田は大震災の津波で甚大な被害を受けた。市の発表によると、3・11当時の人口24,246人のうち1,735人が震災で亡くなり、14人が行方不明、464人が震災関連で亡くなっている。この街に隣接する被災地・宮城県気仙沼から重い気分で車に乗った。 ...続きを見る

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2013/06/25 10:53
1121 悲しい過去を持つ島で 73歳になったジェンキンスさん
新潟県佐渡島の観光施設・佐渡歴史伝説館の土産販売コーナーで、北朝鮮による拉致被害者の一人である曽我ひとみさんの夫のチャールズ・ジェンキンスさんを見かけた。ここで販売されている「太鼓番せんべい」は、拉致被害者の救出を目的にする「ブルーリボン運動」の奨励品であり、売上の2%が救済活動に充てられるという。 ...続きを見る

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2013/06/24 21:47
1120 旅の終わりに 挫折・大震災・病と闘いながら
旅の多い生活に区切りをつけることになった。2006年12月から始まったこの生活は、旅をして人に会い、話を聞いて文章を書くのが仕事だった。これまで約100回の旅をした。初めての旅で利用したのは石川県の小松空港で最後の旅も偶然、小松空港着の飛行機を使った。旅のスタートとなった石川で小松空港に近い田園地帯にある松井秀樹記念館をのぞいたが、7年後に彼が国民栄誉賞を受賞するとは想像もしなかった。最後の旅を含めて、最近の旅で印象に残る4人の男女に会うことができた。国民栄誉賞の松井に劣らないほどのすごい人たち... ...続きを見る

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2013/06/18 16:58
1118 「芸術そして、つながる心と心」 パリで元校長「フクシマの子どもたち」を語る
ことし3月まで福島県の小学校で校長をしていた知人の宍戸仙助さんが最近パリに行き、原発事故の福島の子どもたちについて語った。元校長による、海外出前授業だ。フランスの人たちは、宍戸さんの話にどんな反応を見せたのだろうか。宍戸さんから、パリの出前授業に至る経過や出前授業の様子についての記録が届いた。以下にその全文と写真を掲載する。 ...続きを見る

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2013/06/07 19:16
1117 ヒースロー空港のトラブル 添乗員の役割は?
添乗員付きのヨーロッパのツアー旅行に参加した仙台市の50代の男性が、イギリス・ロンドンのヒースロー空港に置き去りにされ、精神的苦痛を受けたとして、ツアー元の旅行会社を相手に40万円の損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こしたことが話題になっている。飛行機に乗り遅れた男性客に対し添乗員が「頑張って帰ってきて」と携帯電話で伝えたことも新聞の見出しになっていた。 ...続きを見る

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2013/06/06 21:54
1116 社会福祉士になった74歳の知人 北海道の旅にて
高齢化社会である。周囲を見渡すと60歳を過ぎても継続雇用で働く人が大半だ。札幌で暮らす知人は現在74歳。悪名高い名称の「後期高齢者」まであと1年なのだが、最近「社会福祉士」という福祉の3大国家資格(他の2つは精神保健福祉士、介護福祉士)の1つの試験に見事合格した。6月3日、月曜日からは札幌市内の小学校で「学びのサポーター」として、子どもたちに接するボランティア活動を始める。 ...続きを見る

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2013/06/02 21:49
1114 「関白」ゆかりのホテルにて 子どもの歓声戻った大洗
久しぶりに茨城・大洗を訪れた。海岸は白い波頭が目立ち、2年前のあの日(東日本大震災)のことを想像した。大洗の海岸に面する大洗シーサイドホテルに泊まった。このホテルはアマチュア野球界の神様的存在の故石井藤吉郎さん(1924〜1999)の生家が営み、ホテルのロビーには、トロフィーなど石井さんゆかりの品が展示されていた。東日本大震災で震度5強の揺れと5メートル近くの大津波に見舞われた大洗の町は、復興の歩みを速めていた。 ...続きを見る

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2013/05/24 21:18
1113 まとめて読書 系統なき乱読の日々
最近、読んだ本のことをあまり書いていない。そこで、まとめて最近読んだ本について記してみる。小説とノンフィクションが半々だ。以下、その題名(著者)と寸評。あくまでも私自身の感想であることをおことわりしておく。 ...続きを見る

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2013/05/22 09:25
1111 トンネルを抜けると別の世界 金沢文庫・称名寺は黄菖蒲の季節
「トンネルを抜けると、全く別の世界が広がりますよ」と、金沢文庫(横浜市)の学芸員が言う通りだった。金沢文庫と隣の称名寺の間にはたしかにトンネルがあり、そこを抜けると、盛りを迎えた黄菖蒲の花が私を迎えてくれた。称名寺は、世界遺産不登録を勧告された「武家の古都・鎌倉」の一角に入る寺だ。鎌倉の寺院に比べると知名度は低いが、真っ青な空の下に咲き誇る帰化植物・黄菖蒲の素晴らしさは格別だった。 ...続きを見る

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2013/05/18 18:42
1110 住む人がいない家に咲く桃の花 福島・飯舘・南相馬にて
6年ぶりに福島県飯舘村に行った。正確には飯舘村を通過して南相馬市に行ったと書くべきか。春爛漫の季節を迎えた飯舘は不気味な静けさだった。花が咲き、緑に包まれた村の姿は牧歌的だ。原発事故さえなければ、いまごろはあちこちで田植え作業が進んでいたはずだが、荒れ果てた田んぼには雑草が茂っていた。(だれもいない飯舘の住宅の前には桃の花やスイセンが咲いていた) ...続きを見る

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2013/05/11 21:03
1109 立夏は過ぎたが… 季節の変化の「小さな嵐」
新緑の季節である。このころが一年で一番好きだという人が多いのではないか。ことしは連休後半のこどもの日の5日が「立夏」だった。 ...続きを見る

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2013/05/07 20:40
1104 ふと見るいのちのさびしさ 福島の滝桜と花見山公園に行く
原発事故がいまだ収束しない福島を旅した。桜前線は既に県北部まで到達していたから、住民たちが避難した地域の桜もひっそりと咲いたはずだ。今回の旅は福島の2つの花の名所を訪ねるのが目的だった。日本三大桜といわれる三春町の「三春滝桜」と、写真家の故秋山庄太郎が「福島に桃源郷あり」と称えた福島市の「花見山公園」である。そこには多くの人が詰めかけていた。やはり、人は花に心の安らぎを求めるのだろうか。 ...続きを見る

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2013/04/17 21:05
1102 書き記す者の務め 高橋郁男著『渚と修羅』を読む
私が被災地に初めて入ったのは、大震災から1カ月後の2011年4月16日だった。羽田から岩手・花巻空港に飛び、レンタカーを利用して釜石、大槌、山田、宮古を回った。被災地をこの目で見たいという気持ちを抱きながら、様々な制約があり、ようやく実現した旅だった。知人の高橋郁男さんは震災をテーマにした「渚と修羅」(コールサック社)という作品の中で、こんなことを書いている。「一人の『書き記す者』として3・11大震災という人と時代の営みを激しく揺るがす事態を、及ばずながらも、未来に向けて記述しておくことが務めの... ...続きを見る

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2013/04/08 22:33
1101 沖縄の樹木たち 南方熊楠が愛したセンダン
沖縄に行きセンダンとコバテイシという2本の大きな木を見た。2本ともアジアの熱帯・亜熱帯に分布する高木で、私が住む首都圏では見かけない。沖縄では日常目にする植物だろうが、私にとっては珍しいものだった。それが庭の主木として植えられていた。米軍基地、普天間の移転候補地となった辺野古がある名護市に行き、その隣町の本部町にも足を延ばした。 ...続きを見る

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2013/04/07 13:55
1098 洗礼名は日本26聖人が由来 キリスト教信徒になった友人
大阪に住む69歳の友人がことしの復活祭の前日の30日、カトリックの洗礼を受け、クリスチャンになった。洗礼名は「パウロ・ルドビコ」(あるいはルドヴィコと)という。 ...続きを見る

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2013/03/30 12:13
1097 電子書籍時代のある体験 アマゾン・キンドルストアで「出版」
日本も「電子書籍(本)時代」になったという。これまでは紙の本の時代で、読書家といわれる人は数多く本に囲まれて生活していた。近未来、紙の本から電子端末による読書という姿が一般的になるのだろうか。電子端末の「キンドル」を持つ知人の希望で、私自身がこれまで書きためた文章の一部を電子書籍として登録してみた。 ...続きを見る

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2013/03/29 18:31
1094 手ごわい敵を抱えて 南海トラフ巨大地震、固定観念を捨てて
大げさに考えると、日本はこの巨大地震が起きたら国家が破たんし、沈没状態になってしまう―。日本の太平洋沿岸に延びる南海トラフでマグニチュード(M)9・1の地震が起きると、最悪で220兆3000億円という途方もない被害が出るという想定を国の有識者会議が発表した。このニュースに衝撃を受けたのは、私だけではないだろう。千年に1回以下の頻度らしいとはいえ、2年前の東日本大震災を経験した日本人には、不気味な数字だ。 ...続きを見る

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2013/03/19 16:39
1093 木版に書かれた子どもの夢 桑名の城跡公園にて
前回のブログで、三重県に行ったことを書いた。このうち桑名市内にある九華公園という旧桑名城跡で、珍しいものを見た。木製の比較的新しいベンチが3つあり、その横に子どもの字で将来の夢・目標を書いた木版が張られていた。詳しいことは分からないが、地元の中学生が書いたものらしい。幕末期、桑名藩は、いまNHKで放映されている「八重の桜」の福島・会津藩同様、苦境に立たされたが、時を経て子どもたちは健やかに育っている。 ...続きを見る

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2013/03/17 15:11
1092 あれから2年の心模様 旅の空から
江戸時代の俳人・松尾芭蕉は「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人なり」(奥の細道序文)という言葉を残した。「月日というものは永遠に旅を続ける旅人であり、来ては去り、去っては来る年もまた同じように、旅人なのだ」という意味であり、「光陰矢のごとし」という言葉と共通している。ことしも3月11日が過ぎて行き、このところ洪水のように続いたメディアの東日本大震災報道も次第に少なくなって行くだろう。あれからもう2年が過ぎたのだ。 ...続きを見る

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2013/03/12 17:15
1091 童心に戻った気球体験だが… 残念なルクソールの事故
エジプトの観光地、ルクソールで21人を載せた熱気球が墜落し、日本人4人を含む19人が死亡した。墜落前に気球から飛び出し(逃げたのか、爆発で飛ばされたのかは現段階では不明)、重傷を負ったパイロットの操縦ミス説が強くなっている。イスラム過激派によるアルジェリアの人質事件、グアムの無差別殺傷事件と海外で日本人が事件に巻き込まれるのが目立つと思ったら、今度は事故である。昨年(2012年)9月、トルコで気球体験をした身には、ルクソールの事故は他人事ではないと感じるのだ。 ...続きを見る

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2013/02/28 18:35
1089 日本初の小児がんの夢の病院が完成 行政の無知で全面オープンに難題
神戸市中央区のポートアイランドに小児がんと闘う子どもと家族のための「夢の病院・チャイルド・ケモ・ハウス」がほぼ完成した。NPOチャイルド・ケモ・ハウスが各方面の支援を得て総工費7億円で建設した日本初の小児がん専門治療施設だ。4月からオープン予定だが、隣接する公園をつぶして市立病院の看護師寮を建設するという話が持ち上がり、施設の全面的利用ができなくなるという難題が持ち上がっている。このほど施設を見学して、問題点が浮上していることを知った。 ...続きを見る

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2013/02/22 11:34
1085 ソロモン諸島の地震と映画「ライフ・オブ・パイ」 危機を乗り越えるのに必要なことは
マグニチュード8・0という巨大地震が起きた南太平洋のソロモン諸島に、以前旅したことがある。直行便はなく、成田からグアム、ナウル経由で首都ホニアラに入った。 ...続きを見る

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2013/02/07 21:04
1083 あなたはどこに住みたいか 巨大名古屋と戦う岐阜は?
全47全都道府県を踏破したのは3年前の2010年2月のことだった。最後になったのは鳥取県だった。この月、米子市を訪れ、全都道府県に行ったことになった。だが、県庁所在地では岐阜市と三重県津市の両市はなぜか縁がなかった。今回、愛知の旅の途中、岐阜にまで足を延ばし、あとは津のみを残すだけになった。 ...続きを見る

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2013/02/01 15:06
1082 御嶽に向かって 犬山城の天守にて
このブログにリンクしている「消えがてのうた part2」の中で、「石垣を登ったはなし」(2012年5月16日)というaostaさんの子どものころの思い出話が載っている。詩情あふれる文章と高島城(長野県諏訪市)と桜の写真は、何度見ても作者の感性の豊かさを感じさせる。 ...続きを見る

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2013/01/31 22:30
1081 小さな劇にすぎなくとも 琵琶湖近くの「故郷の廃家」の物語
「故郷」とはなんだろう。辞書には「生まれ育った土地。ふるさと。郷里」などとある。「東京生まれだから故郷はない」と話す人もいるように、この言葉が地方を強くイメージしていると受け止めていいだろう。 ...続きを見る

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2013/01/24 14:55
1077 いまも続く「北に喧嘩や訴訟」 繰り返す争いの歴史
アルジェリアでイスラム武装勢力による外国人人質事件が悲惨な結末を迎えそうだ。テレビの報道を見ていて宮沢賢治の「雨にも負けず」の詩を思い出している。中ほどから後半にかけてこんなくだりがある。「東に病気の子供あれば行って看病してやり 西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい 北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい…」 ...続きを見る

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2013/01/18 21:02
1069 ことしも本を読もう 「チャ―ズ 中国建国の残火」 年末年始に目を通した3冊(1)
年末年始、暇にあかして3冊の本を読んだ。ノンフィクション、小説、評伝という全く異なる分野の単行本だ。ことしも私の読書は一貫性のない、行き当たりばったりのものになりそうだ。それでいいのだと思う。これから読もうと購入した本もエッセー、小説、自伝である。2013年は何冊の本が読めるのだろうか。 ...続きを見る

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2013/01/06 22:45
1067 2013年の日の出 東北再生へ!の思い
朝、6時55分に目が覚め、これはいかんと慌てて身づくろいをして、犬たちと外へと飛び出した。初日の出を見るためだ。毎年、同じ場所で見ている。歩いて数分の橋の上だ。近づくと、多くの人が解散していた。早足で橋に行くと、太陽が昇りつつあった。 ...続きを見る

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2013/01/01 21:08
1066 2012年大みそかの夕暮れ 常識失われし時代に
夕方、家人が1階から叫んでいる。「西の空がきれいよ」と。あわてて、2階からカメラを持って、外へ飛び出した。きょうは、大みそか。この1年、いろいろなことがあった。愛犬のhanaは大病し、緊急手術を受けた。ふだんなら、私も連れて行ってと追いすがるが、きょうは居間に横になったままだ。「hanaよ、元気になれ」と思いながら、カメラのシャッターを切った。 ...続きを見る

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2012/12/31 22:46
1062 「遥かなりラオス」 頑張れノンちゃん!
2009年9月、ラオスを旅した際、お世話になった現地NGOの女性で「ノンちゃん」という愛称を持つ、庶民の味方がいた。そのノンちゃんが最近、体調を崩したと聞いた。肝臓の状態が芳しくなく、病気と闘う日々を送っている。彼女の回復を祈りながら、このブログを書いている。頑張れ、ノンちゃん! ...続きを見る

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2012/12/21 10:14
1058 hanaの12月のつぶやき お父さんのぼやきと付き合う
きょうは、12月にしては久しぶりに暖かい一日でした。居間の窓際で昼寝をしていると、やわらかい日差しが私の体を包んでくれるようで、気持ちのいい時間を送ることができました。私の横のソファーでは、この冬2回目の風邪をひいたというお父さんがごろごろしていました。 ...続きを見る

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2012/12/16 17:54
1057 一枚の写真の偉大さ 中国・イリの大河の夕陽
「夕焼雲のうつけしければ人の恋しき」と詠ったのは、放浪の俳人種田山頭火である。友人の増田逸雄氏から、シルクロードの旅で写したという、珍しい写真が送られてきた。 ...続きを見る

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2012/12/12 23:04
1055 大槻3代を生んだ一関 復興見守る世界遺産・平泉中尊寺
岩手県の平泉がユネスコの世界遺産(文化)になったのは、東日本大震災直後の2011年6月26日だった。日本の文化遺産では12番目の登録だ。もちろん、被災地東北では初の文化遺産登録である。その中心となるのが中尊寺であり、中でも金色堂だ。過去2回、中尊寺に行きながらが金色堂の内部を見ることはできなかった。今回3度目の正直で、まばゆいばかりの金色堂の内部見学が実現した。 ...続きを見る

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2012/12/10 09:31
1054 被災地を歩く 原発事故・福島の12月
東日本大震災の被災地は広範囲に及んでいる。しかも、原発事故に見舞われた福島の被災地では復興の道筋が容易に立たない。衆院選挙の公示日の4日から数日、被災地を歩いた。(ことしは9回目で昨年も同じく9回被災地を歩いているので、18回目だ)5日の新聞の一面は全国紙と地方紙では全く違っていた。全国紙の被災地への冷淡さに愕然とした。だが、被災地では地道に復興に取り組む人たちに出会い、心は温かかった。 ...続きを見る

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2012/12/09 17:16
1047 城下町・関宿にて 終戦処理の鈴木貫太郎ゆかりの町
関宿という地名を知っている人は、歴史好きなのかもしれない。関宿は1590年(天正18年)に松平康元(徳川家康の異父弟)が2万石で城主になって以来、23代にわたって譜代大名が配置された城下町である。江戸時代は、由緒ある藩だった。それから時代を経て、いまの関宿は合併して野田市に編入された埼玉と茨城に接するやや寂しい県境の街だ。 ...続きを見る

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2012/11/21 20:35
1044 被災地の製紙工場を見て思うこと 日本とトルコ友好の礎の人
石巻市南浜にある日本製紙石巻工場は、東日本大震災で大きな被害を受けた。被害額は750億円に達したというから気が遠くなるような損害だ。石巻を何度か訪れ、この工場の惨状を見る機会があった。その工場が被災した姿を残したまま操業を再開したことを聞いて、関係者の不屈の精神を感じ取った。 ...続きを見る

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2012/11/12 21:50
1042 被災地・女川で出会った若者 会社やめ被災地支援に没頭
東日本大震災の被災地では、勤めていた会社をやめ復興支援のために働いている人が少なくない。宮城県の女川で出会った小松洋介さん(30)もその一人だった。彼は現在、民間の任意団体・女川町復興連絡協議会 戦略室で、被災した事業者や、新しく事業を興す人たちの相談に乗っている。その一つであるトレーラーを使った珍しい形の旅館が間もなくオープンするそうだ。 ...続きを見る

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2012/11/09 15:27
1041 被災地にて・石巻2 文人が見た日和山からの風景
東日本大震災で、一番被害が大きかったのは宮城県石巻市だ。震災後、幾度となくこの街を訪れながら、中心部を一望することができる日和山公園に行く機会に恵まれなかった。先週末、その機会がようやくやってきた。標高が56メートルという丘陵地の公園がかなりの高台にあるように見える。それだけ石巻市街が低地にあるということだ。 ...続きを見る

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2012/11/06 19:01
1037 出会った人たちの言葉(6)完 趣味に生きるよりは
(2011年−2012年9月までの分、東日本大震災関係は1回目に掲載。肩書きは当時のまま) ...続きを見る

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2012/10/30 13:25
1036 出会った人たちの言葉(5) 自分にできるだけのことを自分なりに
(2010年分、肩書きは当時のまま) ...続きを見る

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2012/10/29 13:57
1035 ムーミン電車とコスモスと 秋色を見に行く
千葉県大原市に行った。いすみ鉄道の列車を見るのが目的だ。この鉄道は大原―上総中野間26・8キロという短い距離を結ぶ第3セクターの鉄道だ。一時は存続が危ぶまれたこの鉄道だったが、いまでは知る人ぞ知る路線なのである。 ...続きを見る

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2012/10/28 21:18
1034 出会った人たちの言葉(4) 閉じこもるより街に出よう
(2009年分、肩書きは当時のまま) ...続きを見る

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2012/10/27 08:14
1033 出会った人たちの言葉(3) 悩みを抱えて生きるのはもったいない
(2008年分) ...続きを見る

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2012/10/26 08:10
1032 出会った人たちの言葉(2) 私たちが必要とされるのは
(2006年12月―2007年12月) ...続きを見る

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2012/10/25 08:43
1031 出会った人たちの言葉(1) 東日本大震災を経験して
言葉が軽い時代だといわれる。昨今の政治家たちの言葉は特に軽薄だ。だが、この6年間に旅をしながら出会った日本内外の人たちの話からは言葉の重みをずしりと感じることが少なくなかった。そんな言葉の数々を紹介したいと思う。 ...続きを見る

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2012/10/24 14:13
1030 放浪の旅の本を読む 「悼む人U」と「山頭火句集」
最近、読んだ2冊の本について書く。天童荒太の直木賞受賞作「悼む人」の続編「静人日記 悼む人U」(文春文庫)と、漂泊の俳人といわれた種田山頭火の「山頭火句集」(ちくま文庫)である。 ...続きを見る

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2012/10/23 11:36
1028 除染作業の公園で 寒露の季節に
二十四節季の「寒露」(ことしは10月8日)が過ぎ、朝夕の散歩にはシャツの上に薄いジャンパーを羽織らないと肌寒さを感じるようになった。宮城の被災地に入る前に福島県郡山市に行った。風が冷たく、市内を歩いていると背中がつい丸くなる。午前10時過ぎ、市役所近くにある開成山公園に行く。原発事故がここでも尾を引いていることを思い知らされた。「除染を実施しました」という10月1日付の市の看板が立っていたからだ。 ...続きを見る

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2012/10/16 06:29
1027 東日本大震災被災地にて 自然の脅威を乗り越えて
宮城県の石巻、女川という東日本大震災の被災地にも時が流れ、あれから1年7カ月が過ぎた。被災地はどのように変化しているのだろうか。天童荒太の「静人日記 悼む人U」をかばんにしのばせて被災地へ出向いた。被災地に立って、日本の隅々まで歩いた民俗学者の宮本常一が、故郷四国の島、周防大島を旅立つ際、父親から聞いたという「生きる上での10カ条の指針・教訓」のうちの2つ目を思い浮かべた。 ...続きを見る

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2012/10/14 22:57
1026 戦争・高齢者・大震災の本 トルコの旅で読んだ本
急に涼しくなり、「読書の秋」が到来した。電車の中では携帯電話の画面を見つめる人が目立つが、本を手にした人を見かけると嬉しくなる。そんな季節である。以下はトルコの旅の合間に読んだ本。 ...続きを見る

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2012/10/10 20:42
1025 トルコの小さな物語(8) 音楽家には鬼門のフランクフルト 税関に芸術は通じない時代なのか
海外を旅したことは、そう多くはない。テロ、ハイジャック、密輸防止のためとは分かっているが、空港での検査はやはり不愉快だ。スリランカのコロンボ空港(正式名称・バンダラナイケ国際空港)では、税関職員を装った(あるいは税関職員かもしれない)男に財布の中から5万円を抜き取られてしまった。ドイツのフランクフルト国際空港の手荷物検査では、ショルダーバッグの中身をばらまかれた。そのフランクフルトはいま、音楽家には鬼門の空港になりつつある。 ...続きを見る

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2012/10/09 21:48
1024 トルコの小さな物語(7)ホジャのとんち話とノーベル賞の山中教授
京大の山中伸弥次教授がノーベル賞の医学・生理学賞を受賞することが決まった。「細胞の初期化」という難解な名前だが、あらゆる組織や臓器に分化する能力と高い増殖(再生)能力を持つという「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作り出すことに成功したことが評価されたのだという。近いうちに受賞するといわれていたので、喜ばしいことだ。そんなニュースが流れた夕、日本でいえば、一休さんのような、とんちの話を集めた「ナスレッディン・ホジャ」という人物を主人公にしたトルコの小話集を読んだ。 ...続きを見る

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2012/10/08 22:46
1023 トルコの小さな物語(6) イスタンブールの街角で
2020年の夏のオリンピック開催に立候補し、第1次選考で東京、マドリードともに残ったのが、トルコのイスタンブールだ。同じ年に行われるサッカーの欧州選手権の開催地としても名乗りを上げているが、都市としての潜在能力があると評価されており、東京にとって強敵といえそう。短期間の滞在でこの街のことが分かったとはいえないが、この街の活気や人々の熱気は相当なものだ。 ...続きを見る

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2012/10/06 21:53
1022 トルコの小さな物語(5)アザーンとウスクダラと
トルコの旅から帰ってきたら、血なまぐさいニュースが流れた。シリア国境の東部のアクチャカレという町に、シリアから発射された迫撃砲が着弾し、トルコ人の子どもや母親5人が死亡し、10人が重軽傷を負い、トルコ軍がシリアに向け報復攻撃をしたというのである。イスタンブールの雑踏を歩く屈託のない笑顔の人たちを思い出しながら、紛争の火が拡大しないことを願うばかりである。 ...続きを見る

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2012/10/05 16:35
1021 トルコの小さな物語(4) 子どものころの夢が実現した気球周遊
カッパドキアに入り、2つの海外映画「80日間世界一周」(1956年・アメリカ)、「素晴らしい風船旅行」(1960年・フランス)、を思い出した。いずれも古い映画だが、いまでも鮮烈な印象を持っている。この映画を見た子どものころ、いつかは気球に乗りたいと思った。それは映画を見た人の共通の感想ではなかったか。トルコの旅のちょうど中間、中部アナトリアの高原地帯にある世界遺産、カッパドキアで子どものころの夢が実現した。 ...続きを見る

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2012/10/04 14:00
1020 トルコの小さな物語(3) 簡易ウォシュレットもある古代遺跡 
米国の小さな町を舞台にした映画で、もたいまさこがほとんどセリフなしという難役に挑んだ「トイレット」(ウォシュレットのトイレが舞台装置に使われた)を思い出したのは、保存状態のよさで世界屈指といわれる古代ギリシャ・ローマ時代の「エフェソス遺跡」(エフェスともいう)を見た時だ。トルコには、映画にもなったトロイの遺跡はじめ多くの遺跡がある。中でも、エフェソスの遺跡は圧巻だった。 トロイ遺跡の入り口にはトロイ戦争の巨大な木馬の複製があり、観光客の人気を集めていた。遺跡は、このトロイの木馬の伝説を子ど... ...続きを見る

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2012/10/03 15:10
1019 トルコの小さな物語(2) 独立の父は大のアルコール好き 
トルコの独立の父といわれ、国民に敬愛されているのがムスタファ・ケマルである。「トルコの父」を意味する「アタチェルク」と呼ばれる英雄だ。彼は、第一次大戦でドイツと同盟し敗北、占領下に置かれた祖国の独立戦争を指導し、1923年10月、現在のトルコ共和国の建国を果たし、初代大統領になる。ジェンキさんによると、トルコの人々はアタチェルクを尊敬し、どの家にも彼の写真が飾ってあるという。今回の旅で訪れたカッパドキアの洞窟の家でも彼の言う通り、目立つ場所にアタチェルクの写真があった。 ...続きを見る

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2012/10/02 15:24
1018 トルコの小さな物語 (1) 悠久の歴史と大自然の営みと 
アジアとヨーロッパを結ぶ位置にあり、枝分かれしたシルクロードの1本の最終地点といわれるトルコを旅した。面積は日本の倍近い78万580平方キロ、人口は7500万人というこの国は、様々な顔を持っている。悠久の歴史とスケールの大きな自然を交互に見ることができた。トルコに魅せられた日本人が少なくないのも当然と思った。 ...続きを見る

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2012/10/01 22:57
1016 6年で1000本超えたブログ 文は人なりを忘れずに
私がこのブログを始めたのは2006年9月13日だった。この日は「Hana あるゴールデンレトリーバー」という題で飼い犬の写真を5枚載せ、短い文を書いている。遊び半分のつもりだった。それが書き続けて6年が経過したのだから、自分でも驚いている。数えてみたら昨日(9月18日)の「40年前の国交回復は遠い過去に あるチャイナウオッチャーの回想記」で1015本になった。継続は力なりともいうが、次は1500本を目指したい。 ...続きを見る

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2012/09/19 15:45
1014 福島の現状は 原発事故から子どもを守る闘い続ける知人
東日本大震災から1年半が過ぎたが、復興は牛の歩みよりも遅いと感じる。特に天災に加え原発事故という人災に見舞われた福島は深刻さを増している。そんな中で、地域にホットスポットを抱える北部の伊達市が小学生を対象に教育の場を一時県外に置く「移動教室」をやっていると聞いた。移動教室に携わっている知人の宍戸仙介・富野小校長から、その内容がインターネットに掲載され、ユーチューブでも見ることができるというメールが届いた。 ...続きを見る

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2012/09/17 21:52
1012 ああフェルメールよ 残暑の中の絵画展にて 
日本人のフェルメール(ヨハネス・フェルメール、オランダ、1632−1675)好きは相当なものだと思う。「真珠の耳飾りの少女」と「真珠の耳飾りの女」(こちらもパンフには少女とあったが)という2つの作品が展示された上野の森にある東京都美術館と国立西洋美術館は、人であふれていた。 ...続きを見る

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2012/09/12 14:10
1011 共通する叫び・ムンクと飛鳥さんの絵 東日本大震災から1年半に思う
きょうで東日本大震災から1年半が過ぎた。先日、大きな被害を受けた宮城県石巻市の沿岸部に行ってきた。がれきが撤去された中心部から沿岸部に入ると、津波で壊されたままの数多くの廃屋がそのまま残っていた。人が戻ることがないこの地区が将来どのような姿になるのか、よく分からない。責任を放棄したような昨今の政治の姿をみていると、被災地の復興は、生易しいものではないと考え込んでしまう。 ...続きを見る

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2012/09/11 13:01
1010 運転手の絶妙の解説 これぞプロ 仙台を走る「るーぷる」
東日本大震災で被災した仙台市だが、1年半が過ぎて街は以前と変わらにほどにぎわっている。JR仙台駅も、市内も多くの人が屈託ない表情で歩いている。以前、仙台に住んでいた。仙台は、札幌とともに私にとっては第2の故郷だからこの街の変化に関心があるし、大震災当時は痛ましい思いを抱き続けた。その仙台。いま、市内には市交通局運営の要所を走る「るーぷる仙台」というバスが走っていた。このバスが面白い。運転手が街の要所を解説し、それを聞いている乗客から笑い声が絶えないのだ。 ...続きを見る

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2012/09/10 10:07
1007 山頭火と高倉健 映画「あなたへ」を見て思うさまざまな人生
「このみちや いくたりゆきし われはけふゆく」(注=筆者。この道は、多くの人々や人生が行き交っている。私はその人生をきょうも歩いている) ...続きを見る

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2012/08/31 21:54
1006 世界で一番住みやすい都市は? 大阪はなぜ魅力があるのか
「世界で最も住みやすい都市」という調査結果を英国のエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)という経済分析機関が毎年発表している。2012年版では、かつて第16回オリンピック夏季大会が開かれたオーストラリアのメルボルンが世界一だそうだ。 ...続きを見る

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2012/08/30 22:01
1004 日本一住みたい場所は? 長崎・五島への旅
日本一住みたい場所はどこかと聞かれたら、何と答えたらいいのだろうかと悩んでしまう。住めば都という言葉がある通り、自分が住んでいる地域が気に入っている人は少なくないだろう。原発事故で故郷を追われた福島の多くの人たちは、自分たちの故郷が日本一住みたい地域と思っているに違いない。そんなことを考えながら長崎・五島を旅し「五島が日本一住みたい場所だった」と言い切ったIターンの人と出会った。全国150カ所を歩いたというこの人は、五島の魅力を教えてくれた。 ...続きを見る

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2012/08/27 21:39
1002 スピリチュアリティと自分探しの旅 パウロ・コエーリョの「星の巡礼」 (サンチャゴへの道)
スペイン・サンチャゴへの巡礼の旅を描いた「星の旅人たち」は、分かりやすい映画だった。それに比べると、パウロ・コエーリョの小説「星の巡礼」は、同じようにサンチャゴ巡礼の話とはいえ、スピリチュアリティ(霊性)という超自然的なものを求めるのがテーマであり、難解な内容だ。以前読んだ池澤夏樹の小説「光の指で触れよ」にも、ヨーロッパでのスピリチュアリティに関する話が出てきたが、この方面に縁がない私には、読み終えるのに時間を要した。 ...続きを見る

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2012/08/21 14:02
1001 たった1本のオリーブでも いつかは陽気さ伝わる日が
隣の家との境に植えていたツルバラを思い切って切り、オリーブのレッチーノ(イタリア原産)という小さな苗を1本植えた。九州のオリーブ畑を見て、わが家にもほしくなったからだ。先日訪ねた長崎・平戸では、知人が耕作放棄地にオリーブを植えることになったと話してくれた。通信販売やホームセンターでも苗木が売られているので、昨今は日本でも静かなオリーブブームなのかもしれない。 ...続きを見る

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2012/08/20 21:31
1000 歴史の街を歩く 平戸と萩への旅・萩にて(2)
長崎県平戸市から山口県萩市へと至るコースは、けっこう遠い。平戸で岡山さんらと会った私は、岡山さんの車で3セク・松浦鉄道たびら平戸口まで送ってもらい、この駅から佐世保に行き、JR九州の在来線の特急に乗り換えて博多まで1時間50分、さらに新幹線で37分の新山口で下車した。疲れていたが、この駅がかつては小郡(おごおり)といい、その名前の当時、出張でこの駅を利用したことを思い出した。 ...続きを見る

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2012/08/18 21:46
999 歴史の街を歩く 平戸と萩への旅・平戸にて(1)
駆け足で長崎の平戸と山口の萩に行ってきた。目的は2つの街の博物館を訪ねることだった。 ...続きを見る

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2012/08/18 21:31
997 夕やけの雲の下に 子どものころの夢は幻 ロンドン五輪(3)
オリンピックが開催されたロンドンの街並みがテレビでしばしば紹介された。その映像を見て、「夕やけの雲の下に」という百田宗治の詩を思い出し本棚から詩集を探して読み返した。少年の夢を詠った詩である。オリンピックで活躍した若者たちにもこんな思いが子どものころにあったのではないか。 ...続きを見る

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2012/08/13 18:53
996 オリーブを「自立」の象徴に 九州・安徳台にて
スペインやイタリア、ニュージーランドで広大なオリーブ畑を見たことがある。当時、土地の狭い日本ではオリーブ栽培は無理だと思い込んでいたが、九州を旅してその認識を改めた。日本のオリーブの最大の産地は香川県小豆島である。だが、いまや九州が小豆島に代わるオリーブ産地になりつつあるという。猛暑が続くある日、九州のオリーブ栽培の拠点を訪ねた。 ...続きを見る

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2012/08/06 17:03
991 祈りの地を目指して 歩き続ける人を描いた映画「星の旅人たち」
知人から「星の旅人たち」という映画を見てほしいというメールが届いた。「息子を亡くした初老の男のスペイン・サンチャゴ(サンティアゴ・デ・コンボステラ)への巡礼の旅(800キロ)を描いたヒューマンドラマです。昨秋、次男(33歳)の遺灰を持って聖地を歩いてきた私と映画はダブり、胸が熱くなりました」というものだ。 ...続きを見る

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2012/07/21 21:41
989 ジョン万次郎とともに 土佐清水にて
江戸末期から明治時代に波乱万丈の生涯を送ったジョン万次郎は、高知では有名人だ。生まれ故郷にある「ジョン万次郎資料館」をのぞいて、人間はどんな逆境にあっても不屈の精神を持てば生き残ることができると感じ、大きな力を得た。 ...続きを見る

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2012/07/18 20:58
988 幸徳秋水と建長寺の天井画の画家と 四万十・中村にて
清流で知られる四万十川がある高知県四万十市は、平成の大合併で中村市と隣接の西土佐村が合併して誕生した。その中心部に近いホテルに泊まった。すぐ裏手の高知地検中村支部・中村区検の隣に大逆事件で刑死した中村出身の思想家、幸徳秋水(本名、伝次郎)の墓があった。正福寺の墓地の一角にある墓は「幸徳秋水墓」と達筆で書かれていた。ホテルに戻って、地元の高知新聞を見ていたら、墓の字を書いた人物のことを作家の瀬戸内寂聴さんが書いていた。 ...続きを見る

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2012/07/17 18:46
987 寺田寅彦と正岡子規 高知県立文学館の「川と文学」展にて
高知市にある高知県立文学館をのぞいた。「川と文学」という企画展が開かれていた。高知出身の作家や高知にゆかりのある作家、高知を舞台にした文学作品に関しての資料が展示されていた。それにしても高知県にゆかりのある文学者の多いことに驚いた。 ...続きを見る

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2012/07/16 22:29
981 風化してはならない大震災 どじょうの習性は神経質で隠れること 首相との共通項は
東日本大震災からまだ1年3カ月余しか経ていない。大震災は津波被害だけでなく、それによって原発事故が福島の人たちに牙をむいた。原発は人類にとって神の火なのか悪魔の火なのかよく分からなかった。 ...続きを見る

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2012/06/30 22:48
980 いのちの重さを思う時間 3冊の本・がんと闘う友人・マーラーの5番
この数日は、密度の濃い時間を送った。毛色の変わった3冊の本を読み、がんと闘う友人と話をし、東日本大震災の被災地にも出かけた。友人は、奇跡的にがんを克服しつつある。それは人間の生命力の強さを感じさせ、大震災以来、暗く沈んでいた心に一筋の光明をもたらしてくれた。 ...続きを見る

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2012/06/26 15:58
974 不来方のお城にて 旅の友とともに「ドーン」「天地明察」「苦役列車」
「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心」 盛岡に行ってきた。梅雨の晴れ間、盛岡城跡公園から市内を見ると、後方に雪を抱いた岩手山がそびえている。 ...続きを見る

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2012/06/14 14:19
972 菜の花に誘われて 北海道滝川にて
北海道滝川市は「菜の花畑」の街といわれる。耕作面積は180ヘクタールに及び、市内ではいま、黄色い花が満開だ。この街に行く機会があり、偶然ながら素晴らしい菜の花畑を見ることができた。滝川を走る幹線道路(国道12号)から少し入った農道には、菜の花見物の車が列をつくっていた。 ...続きを見る

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2012/05/29 19:52
969 秋田で見た部分日食 戦後の3大誤報の1つは幻の皆既日食観測
21日朝の「金環日食」は、秋田に出かけていたためテレビでした見ることができなかった。秋田市は晴れていて「部分食」を、サングラス3つを重ねて何とか見た。テレビの大騒ぎには驚いたが、一見の価値はあったのかもしれない。以前、日食をめぐって誤報があり、これが「戦後3大誤報」の1つになっていることを、誤報をやった当人から聞いたことがある。 ...続きを見る

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2012/05/23 20:37
968 棚田にて ある青年との出会い
傾斜地に続く棚田は日本を含めて世界各地に存在する。その中で唯一、世界遺産(文化遺産)になっているのがフィリピン・ルソン島の「コルディリェーラの棚田」である。しかし若者たちが村を離れて行き、3割の棚田が後継者不足のため耕作放棄地となって荒廃が進んだとしてこの棚田は「危機遺産リスト」に登録されている。日本国内に数多く存在する棚田もコルディリェーラの棚田と同様、耕作放棄地が増加し美しい景観が消えつつある。そんな棚田を守ろうと一途な行動をしている一人の青年に出会った。 ...続きを見る

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2012/05/19 08:36
967 みかんの花の季節に 名曲から伝わる自然と人生
 いつもの年ならいまごろは庭のみかんの花が満開となり、甘い香りが周囲に漂っている。ことしは桜の開花が例年より1週間以上遅れ、当然のようにみかんの花のつぼみも開かない。「みかんの花咲く丘」(加藤省吾作詞、海沼実作曲)という戦後の日本を代表する童謡の名曲がある。だれでもが郷愁を感じるあの歌である。みかんの北限(太平洋側)は千葉といわれ、私が生まれた東北にはなかった。それだけにこの曲は私にとって憧れでもあった。 ...続きを見る

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2012/05/18 12:58
965 急ぐ身でも心和む新緑 信楽高原鉄道の短い旅
一両編成の信楽高原鉄道に乗った。貴生川―信楽間14・7キロ。わずか23分という短い旅だ。山間を走るのどかな単線の鉄道で、21年前に大惨事として記録に残る列車同士の衝突事故(42人が死亡し、614人が重軽傷を負った)があったことが信じられない。行きも帰りも車両には私を含めて数人の乗客しかいない。車窓の外には新緑がどこまでも続いていた。 ...続きを見る

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2012/05/10 21:07
961 社会現象を投影した2本の映画 「ハーメルン」と「わが母の記」
連休に入って2本の映画を見た。双方とも内容は社会派に属し、ともに映像が美しい心に残る作品だった。BSフジで放映された「ハーメルン」(プレカット=縮小版)と話題の「わが母の記」である。 ...続きを見る

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2012/04/29 20:38
958 植物を潤す穀雨 無残に折られたチューリップ
知人から「きょうは穀雨ですね」というメールが届いた。広辞苑によれば24節気の1つで「春雨が降って百穀を潤す意」とある。新聞のコラムを読んでいたら、何紙かが穀雨に触れていた。 ...続きを見る

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2012/04/20 23:03
957 労苦の鉄道の旅 下川裕治・ユーラシア横断2万キロ
沢木耕太郎は「旅する力」という本の中で、「旅には適齢期がある。旅をすることは何かを得ると同時に何かを失うことだが、齢を取ってからの旅は、大事なものを失わないかわりに決定的なものを得ることもないように思える」と書いている。 ...続きを見る

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2012/04/17 20:55
954 水のぶっかけ合戦だ! タイ・ソンクラーンのお祭り 
タイのソンクラーン(旧正月、4月13―15日)の儀式である水掛け祭りが始まったと、チェンマイに住む知人からメールが届いた。写真を見ると、知人がこの期間は外に出たくないと思うのも理解できる。タイを紹介するHPの中には「狂気の水掛け祭り」と紹介しているものもある。それほど、熱気があるお祭りなのだろう。 ...続きを見る

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2012/04/14 18:08
953 絵のモデルになりました hanaの4月のつぶやき 9歳のゴールデンレトリーバーです
「一芸に秀でる者は多芸に通ずということわざがある。ある分野を極めた人は他の分野でも優れた才能を発揮することができるという意味だよ」。 ...続きを見る

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2012/04/13 21:35
948 北京の旅(4)完 どこまで続くオリンピック効果
日本に観光に来た中国人が「日本では軽自動車ばかりが目につく。わが国では軽に乗っている人なんていない」という感想を漏らしたそうだ。日本をGDP(国内総生産)で追い越し、米国に次いで世界2位になったことの自信がこんな言葉になって出たのかもしれない。北京市内ではものすごい量の車が走っていて、あちこちで渋滞が続いているが、たしかに目を凝らすと軽自動車は見当たらない。 ...続きを見る

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2012/04/04 06:09
946 北京の旅(3) 厭わない深夜労働、サイドビジネス
中国は、いまも共産党による「一党独裁体制」が続いている。天安門にはその象徴として毛沢東の巨大な写真が飾られている。文化大革命によって国内を10年間にわたって混乱させた毛だが、共産党の独裁体制が続く限り、毛は特別な存在として扱われるのだろうか。しかし、力を誇示した重慶市の薄熙来氏が中国共産党委員会書記を解任されるなど、共産党幹部の腐敗に対する国民の目は厳しくなっている。今度の旅で接した一人も吐き捨てるように、共産党はだめだと強調していた。 ...続きを見る

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2012/04/02 13:02
945 北京の旅(2) 50万人が集う天安門広場
かつて民主化を求めて多くの学生や市民が集まり、人民解放軍によって武力弾圧された天安門広場は約40ヘクタールと広大で、全体に白い花崗岩が敷き詰められている。10月1日の国慶節には50万人の人たちが集まるが、花崗岩はちょうど1枚で1人が立つことができるほどの大きさに区切られ、当日の式典の際にはそうして50万人をうまく収容できるのだそうだ。 ...続きを見る

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2012/04/01 15:57
944 北京を歩く(1) 人で埋まる万里の長城・女坂
初めて中国の土を踏んだのは、28年前の1984年6月のことだ。当時の備忘録を見ると、成田から上海上空を経て、北京というルートで、飛行時間は5時間かかっていた。現在は、新潟から韓国上空を飛んで北京に行くという短縮ルートのため当時よりも3時間55分と1時間も速くなっている。中国は近くなったのだ。 ...続きを見る

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2012/03/31 21:29
938 「遠い『やまびこ』」とともに 厳寒続く被災地を歩く 
3月に入っても寒い日が続いている中、東日本大震災の被災地を歩いた。福島県田村市と宮城県東松島市。前者は原発事故で避難生活を送っていた障害者が暮らす共同住宅(仮設ではない)が完成し、その落成式に参加した。 ...続きを見る

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2012/03/05 22:02
937 雪国・旭川で聞いたいい話 光はすぐ隣にある
どの人に尋ねても「この冬は雪が多い」という答えが返ってくる。深い雪に覆われた北海道旭川で明るい話を聞いた。この街で私立高校を運営している知人が約束の店にやや遅れて飛び込んできた。彼は開口一番「きょうで就職希望者全員の就職が決まった。102人目だ」と、うれしさを隠さずに話したのだ。 ...続きを見る

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2012/02/26 14:04
933 厳寒・凍結の北上川 芭蕉が歩いた一関街道
石巻市から登米市に車で行った。一関街道(国道45号〜342号=宮城県石巻市から登米市を経て岩手県一関市に至るルート)を北へ向かう。道の左側には、北上川がある。本当は「流れている」と書くべきところなのだが、川は凍結し、スケートリンクのような状態になっている。 ...続きを見る

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2012/02/12 20:08
931 普天間問題特ダネの行方 一つになった海と空の色の下で
沖縄に所用で行った。空港で地元の新聞・沖縄タイムス朝刊を買うと、一面トップに「米、辺野古断念へ」という大きな見出しが躍っている。4日のことである。 ...続きを見る

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2012/02/07 20:59
928 関アジと寒ブリと… 名物を食べてみる
私は食通ではないしグルメでもない。地方へ出かける機会が多いが、その土地の名物料理を食べる興味はあまりない。だが、たまたま連続して名物の魚を食べる機会があり、日本の食の豊かさを体験した。 ...続きを見る

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2012/01/25 11:17
925 富山で出会った元野球少年 立山連峰の下で挑戦の人生
先日、富山・立山連峰の話を書いた。圧倒的な姿に言葉は不要と思った。その富山でこよなくこの山を愛する人に出会った。富山県高岡市の作道和宏さん(70)である。63歳でバス運行会社を起こし、68歳で障害者自立支援のNPOを立ち上げた起業家だ。悠々自適の生活が可能なのに、それを捨て多難な道を選択した作道さんの話は心にしみた。 ...続きを見る

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2012/01/23 13:19
913 2011年の旅模様 「辛苦了」の1年
東日本大震災という歴史的災害に見舞われた2011年も残すところ1週間になった。人それぞれこの年について思いはあるだろう。私は実に20回の旅をし、その半分近くが被災地訪問だった。漢字一文字で表現すれば、私にとっての2011年は「辛」という字が当てはまる。中国語でも「大変だったね」や「お疲れさま」のことを「辛苦了」(シンクーラ)と書く。被災者にとっても今年は「辛苦了」の年だったと思う。以下は、ことし私が訪れた地域と短い感想。 ...続きを見る

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2011/12/24 17:43
903 人間関係の輪を広げ、最悪の事態を想定 海外暮らしの秘訣とは
タイのチェンマイでロングステイしている知人から「チェンマイ・フーケオ通り」というタイトルのエッセー集が送られてきた。「知人が住んでいるファイケオ通りからとった「風景夫」というペンネームでチェンマイのタウン紙『ちゃーお』にロングステイ初心者の心境を連載(2006年3月から1年間、隔週ペースで24回)したものだ。 ...続きを見る

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2011/11/27 13:46
902 日本人の名誉を守った会津 梅原猛著「日本の深層」
哲学者の梅原猛は仙台で生まれ、愛知県の知多半島で育ち、長じて京都で生活している。哲学者であると同時に日本ペンクラブの会長(13代)も務めた文人でもある。「日本の深層」は、そんな梅原の両面を見ることができる作品だ。 ...続きを見る

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2011/11/24 22:22
900 多くの秋を見る 奥会津の旅
宮城、福島を旅した。同じ震災でも津波の被害が大きかった宮城、事故を起こして収束の見通しが立たない原発を抱えた福島。それぞれに被災の状況、気候、風土は違っても、苦難の環境の中で人々は懸命に生きている。 ...続きを見る

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2011/11/18 10:05
898 チェンマイのロイカトン祭続き 幻想の世界
チェンマイに住む知人の写真の続きです。 ...続きを見る

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2011/11/15 18:41
897 チェンマイのロイカトン祭1 灯篭に願い込め
11月の満月のお祭タイのロイカトンが12日から14日まで3日間にわたって開かれた。チェンマイに住む知人からその写真が送られてきたので2回にわたって紹介する。 ...続きを見る

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2011/11/14 13:10
893 「涙を喪失した少年」よ 一度だけ見た母の号泣 
他の人のブログを見ていると、その人の個性がよく出ていて面白いものが少なくない。「文は人なり」といい、ブログの文章からも筆者の人間性、品格が伝わってくるのだ。このブログの「マイリンク集」の一番下の「冬尋坊日記」の11月6日分「涙を喪失した少年」を読んで、考えることが多かった。 ...続きを見る

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2011/11/07 21:24
891 海外暮らしという人生の選択 チェンマイからの便り
かつて、同じ会社で勤務していた知人から突然メールをもらった。会社を辞めたあと、音信が途絶えていたが、このメールで奥さんと一緒にタイのチェンマイで7年前から暮らしていることが分かった。私は2005年1月、家族と一緒にこの街に行ったことがある。まさか、知人が住んでいるとは知らずに、楽しみながらこの街を歩き回ったのだった。 ...続きを見る

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2011/11/06 14:22
884 日本の秋 北海道編(家族の風景)
前回に続き家族の写真の続き。今回は北海道編(函館と江差間の中山峠の紅葉1) ...続きを見る

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2011/10/29 08:50
883 北欧の旅・番外編 フィンランド・エストニアの秋
家族がフィンランドとエストニアに行ってきた。その写真の一部を紹介する。もう、首都ヘルシンキは晩秋だった。それは、日本の札幌に似た風景だったようだ。 ...続きを見る

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2011/10/28 21:47
874 北欧の旅・写真編(6)スウェーデン2 ストックホルムの街で
(ストックホルム市庁舎内のノーベル賞受賞者のパーティー会場) ...続きを見る

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2011/10/14 22:06
873 北欧の旅・写真編(5)スウェーデン1 ストックホルムにて
(オスロからストックホルムへの国際列車は空いていた) ...続きを見る

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2011/10/14 21:59
872 北欧の旅・写真編(4)ノルウェー3 オスロ郊外にて
オスロの郊外にドローバックという人口3700人の小さな街がある。現在は芸術家に愛されるリゾート地だが、この街の近くの「オスカースボルグ要塞」で第二次世界大戦当時、重要な戦いがあったことを知った。 ...続きを見る

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2011/10/13 21:13
871 北欧の旅・写真編(3)ノルウェー2 街の中で
(斬新なオスロのオペラハウス) ...続きを見る

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2011/10/12 21:51
870 北欧の旅・写真編(2) ノルウェー1 自然の美
デンマークに続いてノルウェーの写真です。(クリックで拡大します) ...続きを見る

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2011/10/11 21:32
869 北欧の旅・写真編(1) デンマーク
9月に旅した北欧3国(デンマーク、ノルウェー、スウェーデン)を写真で紹介する。(クリックすると、大きな画面になります) ...続きを見る

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2011/10/10 21:20
868 「凛」として生きる日本へ 平松礼二の「祈り」を見る
3・11は、多くの日本人に打撃を与えた。被災地の人々だけでなく、被災地から離れて生きる私たちもその例外ではない。日本画家の平松礼二は、大震災被災者への思いを「2011311−日本の祈り」という作品に込めたのだという。荒れ狂う海に囲まれ、花で埋め尽くされた富士山を描いた大作の前で「本当に日本に明るい未来はあるのだろうか」と考えた。 ...続きを見る

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2011/10/09 20:58
866 キンモクセイの季節 オトコエシも咲いた
この時期になると「馥郁」(ふくいく)という言葉が使われる。「よい香りが漂ってくるさま」のことを言うのだが、その代表がキンモクセイではないか。ことしの夏は、昨年に続き暑かった。そのためにこの花の付きもよく、散歩をしているとあちこちから、強い香りが漂ってくる。もう10月だ。残暑も終わり、散歩コースにある樹木も秋色に染まりつつある。 ...続きを見る

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2011/10/03 22:57
863 音楽とともに歩んだ記者人生 アマチュアオーケストラは楽しい・松舘忠樹著
音楽の楽しみ方は人それぞれだと思う。この本(仙台市・笹気出版)の著者である松舘さんは、社会部記者を中心に長い間、報道機関のNHKで忙しい生活を送った。そんな生活の中でも松舘さんはヴァイオリニストとしてのもう一つの顔を持ち、クラシック音楽を楽しんだ。頁をめくりながらこんな人生もあるのだと、いまさらながらに松舘さんの歩みを知ってうれしくなった。 ...続きを見る

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2011/09/28 22:09
862 旅と写真と心に残る風景 北欧じゃがいも紀行・7(完)
かつて海外で眼鏡を掛け、首からカメラをぶら下げていたら、ほぼ日本人に間違いがないといわれた。日本人の写真好きはどの国にも負けないのかもしれない。(デンマーク・コペンハーゲンのニューフウン地区。赤い家にアンデルセンが住んでいた) ...続きを見る

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2011/09/25 21:49
861 フィヨルド幻想 北欧じゃがいも紀行・6
ノルウェーのハダンゲル・フィヨルド地区のウルヴィックのホテルに泊まった翌朝、ホテルの周辺を散歩した。すると、目の前に幻想的な光景が出現したのだ。それは、透明なフィヨルドを覆っていた霧のいたずらだった。 ...続きを見る

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2011/09/24 22:46
860 高貴な氷河の青い色 北欧じゃがいも紀行・5
地球の温暖化によって、北極の氷が溶け出しているというニュースが時々流れる。それによって将来、地球上の生態系に大きな影響を与えるのではないかという議論が続いている。ノルウェーの氷河を見ながらこの氷も次第に溶けているのではないかと思い、麓の川に手を入れてみた。当然のようにかなり冷たい。 ...続きを見る

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2011/09/24 08:46
859 山岳鉄道に乗って 北欧じゃがいも紀行・4
懐かしい歌の部類に入るが、「高原列車は行く」という曲がある。「汽車の窓から ハンケチ振れば 牧場の乙女が 花束投げる 明るい青空 白樺林 山越え谷越え はるばるとララ…… 高原列車は ララ…… 行くよ」という詩がついている。1954年(昭和29)のヒット曲だ。ノルウェーのフロム線という山岳鉄道に乗った。車窓から見える景色は、この歌の雰囲気通りだった。 ...続きを見る

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2011/09/22 22:35
858 ノルウェーは「滝の国」 北欧じゃがいも紀行・3
「なぜ、ノルウェーは滝が多いのでしょうか。あの滝の源は何でしょうか」と、同行の一人から聞かれた。ノルウェーのフィヨルドを訪ねるバスの車窓から数限りがない滝が見える。フィヨルドクルーズでも、山岳鉄道でもそれは当然のように飛び込んできた。ノルウェーは「滝の国」だと、勝手に名前を付けた。 ...続きを見る

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2011/09/20 21:26
857 エコについて 北欧じゃがいも紀行・2
コペンハーゲン(デンマークの首都)の道路には車道の脇に自転車専用道がある。通勤通学の3分の1の人たちは自転車を利用しているといわれるだけに、なるほど自転車族の姿が目につく。郊外に出ると、田園風景の中に風力発電用の「風車」があった。北欧はエコの国でもあるのだ。 ...続きを見る

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2011/09/19 21:07
856 原発事故を想起するムンクの「叫び」 北欧じゃがいも紀行・1
ノルウェーの首都、オスロの中心部にある国立美術館でエドヴァルド・ムンクの油絵「叫び」を見た。世の中の不幸を一身に背負ったような、独特なタッチの人物と赤く染まったフィヨルドの夕景が不気味であり、つい福島原発事故で避難を余儀なくされた人たちの姿を連想してしまった。 ...続きを見る

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2011/09/18 20:31
830 「私は助かった」 偶然が重なり死の淵から生還
大島の旅館「黒潮」は二次避難所になっていて、津波で家を失った人たちが暮らしている。島おこしのボランティア活動をしながら、この旅館を営む堺健さんも、3月11日はフェリーで気仙沼に渡っていて命を落とす寸前の体験をしたという。 ...続きを見る

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2011/06/16 21:18
828 緑の島・気仙沼大島にて 机上よりも現場を
雪の研究で知られる中谷宇吉郎は、師である寺田寅彦同様、随筆家として多くの名エッセーを残した。その一つに「自然と災厄」という文章がある。その結びに考えさせられた。中谷は書いている。 ...続きを見る

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2011/06/12 22:02
822 「心に刻む応援のメッセージ」 福島・川俣にて
福島市の市街地北部にある信夫山(標高275メートル)から、市内を一望した。ぐるりと山に囲まれた盆地の街であることがよく分かる。ふだんなら、静かな街の風景を楽しんだだろう。だが、案内してくれた知人の「ほら、あそこの中学校の校庭で表土除去作業をやっていますよ」という言葉に、この街も平穏ではないことを痛感した。 ...続きを見る

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2011/05/29 20:21
816 若者は虹をかけられるか  「いつかX橋で」を読む
東日本大震災の被災地である仙台市が米軍機の空襲を受けたのは、太平洋戦争末期の1945年7月10日未明のことである。10万人以上の死者・行方不明者が出た東京大空襲からちょうど4カ月目だった。仙台空襲では約1万2千戸が被災し、2755人が死亡、被災者は5万7300人に達した。 ...続きを見る

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2011/05/20 15:01
813 世界遺産へ近づいた平泉 ≪紅葉燃ゆ 旅立つあさ≫を想う
国際記念物遺跡会議(ICOMOS、イコモス)が平泉(文化遺産)と小笠原(自然遺産)を「世界遺産」に登録するよう勧告し、6月には「人類が共有すべき顕著な普遍的価値を持つ遺跡、景観、自然」の仲間入りをする。 ...続きを見る

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2011/05/12 11:13
811 風評被害を助長させないで 福島・宮城にて
連休後半に福島と宮城に行ってきた。東日本大震災被災地のボランティア活動を続ける人たちに出会った。同じ東北なのに福島は暖かく、仙台周辺は肌寒かった。菅首相が中部電力に対し、浜岡原発の全面停運転中止を要請したと発表したのはこの最中だった。福島の人たちの厳しい現実を聞いただけに、ひときわ原発問題の深刻さを感じた。 ...続きを見る

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2011/05/09 20:10
809 ある個人ボランティアの報告 陸前高田で被災者と向き合う
知人が東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市にボランティアとして入った。札幌から自分の車で現地に向かい、女性を中心にカットのサービスをしたという。報道で被災地の惨状を見て、行動力のある知人はいてもたってもいられず、個人でボランティア活動をする決心をしたのだ。こうした無名の人たちが、いま現地で黙々と働いている。 ...続きを見る

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2011/04/26 22:06
805 被災地で感じる胸の痛み それでも人間は・・・
長い人生では様々な事象に出会い、驚くことも少なくなる。感性や感受性が次第に鈍くなるからだろうか。そうしたことを意識していた矢先の東日本大震災だった。 ...続きを見る

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2011/04/18 23:15
800 までいの里よ 大災害・人災を見通していた飯舘村長
福島県北部に「までい」という言葉がある。食事、育児、仕事などを「のんびり」「ていねい」「じっくり」「手間ひま惜しまず」にしようというかけ言葉に使われる。気ぜわしい現代だからこそ、この言葉が新鮮に聞こえる。この言葉を再確認したのは、いま原発事故で有名になった飯舘村でのことだった。 ...続きを見る

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2011/04/09 21:59
791 永遠に緑の真珠であれ 燃える気仙沼・大島
今度の地震で私がかつて住んだことがある「東北」が甚大な被害を受けた。 ...続きを見る

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2011/03/16 16:47
780 大聖堂も崩れたNZの地震 日本人留学生よ
ニュージーランド第二の都市、クライストチャーチが大地震に見舞われた。 ...続きを見る

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2011/02/22 21:56
776 琵琶湖一周の旅の途中に(続) 末川博氏の人生3分割論を実践する人
琵琶湖の北側にある高島市マキノ町で会った高橋英夫さんが実践している「人生3分割論」は、民法学者の故末川博氏が提唱したものだ。 ...続きを見る

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2011/02/12 22:16
773 琵琶湖一周の旅の途中に 雪に埋まったカタカナの町へ
昨年の夏に続き、琵琶湖を見た。今回はこの日本最大の湖を一周する形で列車に乗り、北側の周辺地域が大雪に埋まっているのを体験した。1月の北海道で雪には慣れているが、列車の窓外に広がる雪原には驚いた。 ...続きを見る

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2011/02/08 22:08
769 幸福の国ブータン 若い画家の個展「景色と面影」
詩人の故飯島正治さんの長男で画家の誠さんが東京・京橋の画廊で「景色と面影」という個展を開いた。30数点の淡い色彩の作品の中にブータンの自然を描いた「道」など2点があった。ブータンは日本人にはなじみの薄い国だ。私が2009年に訪れたラオスと同様、経済的に苦しく、教育事情も悪い。だが、絵を見ていると不思議に心が落ち着く。画家の絵心をとらえる何かがこの国にはあるのだろう。 ...続きを見る

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2011/01/27 16:21
765 歴史の舞台・長春映画撮影所 甘粕正彦の軌跡
旧満州(中国・東北部)の長春(かつて新京といわれた)にある映画撮影所を訪れたのは、いまから27年前の1984年6月7日のことだった。梅雨のない北海道と同じように空気は乾いていた。 ...続きを見る

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2011/01/17 22:13
763 伊達直人現象はどこまで 一過性の日本社会
日本の年間の寄付総額は、個人と法人を合わせると約1兆円になるという「寄付白書」がつい最近、日本ファンドレイジング協会から発表された。しかし、その多くは宗教関係だという。その矢先に、タイガーマスクの伊達直人を名乗る人物から児童養護施設にランドセルを贈る現象が相次ぎ、きょう12日で全国に及んだという。 ...続きを見る

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2011/01/12 22:12
753 ああ!勘違い 飛行機チケットをめぐる家族の失敗
家族がタイ旅行から帰ってきた。ブログの面白いネタを提供するという。以前にも海外でクレジットカードが入った財布をすられたことがあるので、また「失敗したな」と思ったら、その通りだった。しかも出発の羽田でトラブルがあったというのである。それは案外よくありそうな勘違いによる失敗だった。(写真はバンコク空港の夜明け) ...続きを見る

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2010/12/25 18:06
751 オリオンと月が輝く夜の散歩道 ことしの旅を振り返る
ことしも残す所8日になった。夜、犬の散歩をしていると、東の空には満月が輝き、暗い道を照らしてくれる。その少し右の方にはオリオンがくっきり浮かんでいる。白い息を吐きながら訪れた「街」を思った。よく歩いたものだと思う。(写真は青森県の十和田電鉄車窓から見た景色) ...続きを見る

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2010/12/23 21:29
747 斎藤に託す北海道の活力 長嶋以来のスターを迎えた札幌ドーム
たまたま札幌周辺を旅していてプロ野球の日本ハムへの入団が決まった早大の斎藤佑樹投手の記者会見が札幌ドームであったことを知った。ドームを無料開放した日ハムの演出もうまいと思ったが、北海道のNHKをはじめとするテレビ局が生中継したのには驚いた。 ...続きを見る

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2010/12/09 21:45
746 質素でシンプルな生活を求める 熊本の小泉八雲
日本に住んだ外国人で、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)ほど日本人に愛された人はいないのではないか。日本に帰化したのだから彼自身も日本が気に入ったのだろう。先月、熊本を旅した際、熊本市内に残っている小泉八雲と夏目漱石の旧宅を見る機会があった。2人の間には交流はなかったというが、なぜか不思議な縁で結ばれていることを知った。 ...続きを見る

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2010/12/06 20:43
729 出会った後いかに別れるか 「ぼくとペダルと始まりの旅」
「人と人は出会う。しかし大切なのはどうやって別れるかではないだろうか」。米国のロン・マクラーティの小説「ぼくとペダルと始まりの旅」(森田義信訳)は、掛け値なしに面白い。 ...続きを見る

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2010/11/05 11:08
721 短編の楽しみ 「かたみ歌」と「きみのためのバラ」
カミュの「ペスト」を読む途中で短編を読んだ。ペストは前回に書いたように、なかなか読み進めることができない重い小説で、疲れるからだ。 ...続きを見る

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2010/10/23 22:51
720 不条理の哲学との格闘 再読「ペスト」
カミュの「ペスト」を再読した。いまの時期にどうしてか、別に大きな理由はない。 ...続きを見る

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2010/10/22 21:13
719 一期一会 旅の出会いとその後
一期一会の縁という。生涯で初めて出会った人と不思議な縁で結ばれている場合がある。そんな思いを最近体験した。 ...続きを見る

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2010/10/18 22:35
718 自然を相手に楽しむ人々  これぞ第二の人生
関西や九州の人たちを除いて山口県周南市と聞いて、すぐにどの辺にあるか見当がつくことはないのではないか。それよりも新幹線の「徳山」の方がピンとくる。そう、徳山工業地帯がある地域である。この町で定年後、自然を相手に日々を楽しんでいる人がいる。 ...続きを見る

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2010/10/16 23:23
717 「ローマへの道」紀行(8)完 古代都市を歩いて
悲劇の町、ポンペイについては中学の歴史で習った。紀元後79年の8月24日、ベスビオ火山が大爆発を起こし、大量の火山灰と火山礫がポンペイの町を覆い尽くし、当時の人口1万5000―2万人のうち約2000人が死亡し、街は復興をされることなく、歴史の隅に追いやられる。 ...続きを見る

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2010/10/11 21:00
716 「ローマへの道」紀行(7) アルベロベッロの花嫁
今回の旅はスロベニアからクロアチアを経て、南イタリアに入るというスケジュールだった。前回のブログのカプリに寄る前に、船でクロアチアからイタリアのバーリに入ったあと、トンガリ屋根の家が並ぶ世界遺産のアルベロベッロを見た。そこで結婚式を挙げる直前の若いカップルに出会った ...続きを見る

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2010/10/10 20:25
715 「ローマへの道」紀行(6) 青の洞窟探訪記
デンマークの童話作家、アンデルセンの出世作はイタリアを舞台にした恋愛小説「即興詩人」だ。その中にカプリ島の名所、青の洞窟が登場することは文学好きには常識のようだ。それにしても、人気がある場所だ。 ...続きを見る

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2010/10/10 11:33
714 「ローマへの道」紀行(5) 世界遺産守ったドブロブニクの人たち
ドブロブニクは、旧市街が世界遺産に指定されている。一周1948メートルの城壁に囲まれた旧市街は、オレンジ色の屋根と白や茶の壁が青空に映え、中世のたたずまいを残している。 ...続きを見る

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2010/10/09 11:54
713 「ローマへの道」紀行(4) アドリア海に想う
バルカン半島のアドリア海のクロアチア沿岸は、複雑な地形が織りなす景観が美しい。中でも次回5回目に紹介するドブロブニクは中世の街並みが残る世界遺産として有名だ。しかし、この沿岸にはシベニク、トロギール、スプリットなどドブロブニクにひけをとらない街がひしめいている。 ...続きを見る

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2010/10/06 22:03
712 「ローマへの道」紀行(3) 大雨のプリトヴィッツェ湖畔散策
スロベニアからクロアチアに入り、オパティアという町のホテルで未明に激しい雷鳴を聞いた。ここから1時間半かけて向かった円形闘技場があるプーラあたりから天気があやしかった。 ...続きを見る

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2010/10/05 22:24
710 「ローマへの道」紀行(2) トロッコに乗ってポストイナ鍾乳洞に
鍾乳洞は不思議な空間だ。石灰岩が地下水などによって浸食されて形成されたものだが、スロベニアのポストイナ鍾乳洞はトロッコ列車で観光コースまで入るのだから、その規模の大きさが想像できよう。 ...続きを見る

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2010/10/04 21:18
709 「ローマへの道」紀行(1) テレジアとチトーが愛したブレッド湖
1年に1回だけ、まだ見ぬ世界遺産や豊かな自然を求めて海外の旅をしている。9月下旬から10月初めにかけて10年前まで内戦が続いた旧ユーゴを歩き、いくつか心に残る体験をした。 ...続きを見る

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2010/10/03 19:45
696 旅と食べ物 名古屋「ひつまぶし」
日本各地には、その土地それぞれの食べ物がある。通販制度が発達しているので、どこにいても欲しい物は手に入る時代とはいえ、やはり名物はその土地に行って食べるのがおいしいはずだと思う。 ...続きを見る

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2010/09/06 20:56
692 不思議な空間に酔う 十和田の現代美術館
青森県十和田市に行ってきた。平成の大合併といわれた2005年の市町村合併で、旧十和田湖町とそれまでの十和田市が合併して「十和田市」になったので、市の一部は十和田湖に近い。 ...続きを見る

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2010/08/26 20:16
690 「古里」を行く 夏の思い出
古里・故郷の意味は、3つある。広辞苑の解釈だ。その1、古くなって荒れ果てた土地。その2、自分が生まれた土地。郷里。その3、かつて住んだことがある土地。またなじみ深い土地―だという。その「古里」(ふるさと)という名前のついた駅があることを最近の旅で初めて知った。 ...続きを見る

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2010/08/24 21:45
685 夭折した2人の心 琵琶湖周航の歌
「ひつじぐさ」(未草)が何であるかを知っている人はそう多くはないと思う。辞書で引くと、睡蓮のことで、スイレン科の水生の多年草で池沼に生えると出ている。そうクロード・モネの絵で有名なあの睡蓮なのだ。 ...続きを見る

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2010/08/12 20:23
684 3つの観音寺 真夏の巡行
私は、全く信仰心はない。だから関東地方(神奈川、東京、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城の一都六県)に「坂東三十三箇所」という観音霊場があることも知らなかった。 ...続きを見る

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2010/08/11 20:57
683 62歳から始めた力強い油絵 九十九里海岸・望月定子美術館にて
62歳から油絵を始め、89歳で亡くなるまで筆を離さなかった女性の画家の存在を初めて知った。その画家の名前は望月定子という。 ...続きを見る

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2010/08/09 22:01
681 揺らぐ長寿大国 コシヒカリの地元で山河を思う
「夏は暑いのは当然だ」と言いながら、汗を拭き拭きやせ我慢して毎日を送っている。 ...続きを見る

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2010/08/05 21:46
680 記録されたものしか記憶にとどめられない 「宮本常一が見た日本」
民俗学者、宮本常一の生涯をたどった「旅する巨人」で大宅ノンフィクション賞を受賞した佐野眞一があらためて、宮本が歩いた地方を取材したのがこの本だ。 ...続きを見る

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2010/08/04 08:58
678 車のない琵琶湖の有人島 沖島にて 
琵琶湖の中に、沖島という有人島がある。島には約450人の人が住んでいるが、車が一台も走っていない。最近この島を訪れて、日本にもこのような島があることを初めて知った。車のない生活を考える人には、おすすめの島なのである。 ...続きを見る

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2010/07/29 23:43
676 再読「天平の甍」 井上靖の文章
京都の旅の帰途、井上靖の「天平の甍」を再読した。その文章の冴え具合に、ほとほと感心しながら、読み進めた。 ...続きを見る

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2010/07/26 21:48
674 得難い列車の旅 猛暑の北近畿タンゴ鉄道
北近畿タンゴ鉄道という変わった名前の鉄道があるのを初めて知った。京都から京丹後市の峰山に向かうため、JRを乗り継ぎ、日本三景色の一つといわれる名勝「天橋立」から、この鉄道(第三セクター運営)を利用した。 ...続きを見る

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2010/07/24 21:54
651 柳絮(じょ)幻想 風のガーデン異聞
旭川郊外に住む陶芸家の工藤和彦さんを訪ね、思わぬ体験をした。それを私は「柳絮(じょ)幻想」と名付けた。工藤さんの家の周辺は、夏なのにボタン雪が降るように、白いものがふわりふわりと舞っており、次第に吹雪のような状態となり、遠くが霞んできたのだった。彼は「こんなにすごいのは珍しいですよ」と言う。柳絮(実はポプラの綿毛)が私を歓迎してくれたのだ。 ...続きを見る

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2010/06/28 22:02
650 W杯余聞 礼文の旅途中で
南アフリカのW杯サッカーを見ていて、「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉を思い出している。それは岡田監督率いる日本チームも例外ではない。辞書によると、道理はどうあれ戦いに勝った強い者が正義者となるというたとえであり、明治維新の結果を指した言葉でもある。 ...続きを見る

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2010/06/23 16:32
636 高齢化社会の現実を投影 映画「春との旅」
仲代達也と徳永えりの「春との旅」という映画を見て、高齢化社会の現実の厳しさを思った。近所でも高齢者の1人暮らしが増えている。この映画は、世界でも類例のない超高齢化社会が進行中の日本の話なのである。 ...続きを見る

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2010/05/24 15:50
634 満開のニセアカシア 鳥取で自然を思う
日本で言う白い花が咲く「アカシア」は、実は「ニセアカシア」のことである。本来のアカシアは、マメ科であり、「房アカシア」あるいは「銀葉アカシア=ミモザ」ともいい、私の好きな花の一つである。一方、ニセアカシアはハリエンジュ属なのだという。 ...続きを見る

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2010/05/20 21:25
630 途上国の子どもたちの悲惨な現実
テレビを見ていたら、国際労働機関(ILO)の調査で世界中の5歳から17歳までの子どものうち、7人に1人に当たる約2億1500万人が「児童労働」に従事していることが明らかになったというニュースをやっていた。 ...続きを見る

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2010/05/09 06:24
629 3Dの世界を初体験  映画「アリス・イン・ワンダーランド」
いわゆる「3D」という立体画面の映画を初めて見た。今年になって「アバター」が日本でも上映され、3Dが流行語になった。この方式のテレビも最近発売になり、眼鏡をかけた立体映像の世界が急速に浸透しつつある。 ...続きを見る

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2010/05/06 21:53
624 チューリップのあいさつ 花の命は短くて?
ことしの春は、寒暖の差が激しい。その影響が植物の世界にも顕著に出ているようだ。一度開花した草花類も、いつもの年より花が長持ちしている。この写真の花は何だろうと思われるかもしれない。2枚目を見れば、一目瞭然だが、1枚目だけでは「おや!」と思っても不思議ではない。長持ちした結果、このような現象になったのだろうか。 ...続きを見る

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2010/04/25 21:02
619 ことしの春は 花戦争の季節に思う
ことしはわが家の庭の「カイドウ」の花の付きがよかった。桜の花よりも先につぼみが膨らんだが、満開になったのは少し遅く、桜が散ってもこちらの方はまだ花が残っている。 ...続きを見る

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2010/04/12 20:06
618 命の大切さを伝えるボランティア 家族の2つの約束
最近、熊本県で環境カウンセラーになった女性に会った。不思議なオーラを持つ女性だった。話を聞いていて、人間の強さを思った。(写真は千葉県佐倉市のチューリップ祭会場) ...続きを見る

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2010/04/10 22:34
611 復活した校歌の物語(3) 見つかった山本さんの孫
福島県立図書館所蔵の近代音楽年鑑(昭和17年版)には、山本正夫の住所として東京都板橋区上坂6−50−2とあり、「帝都学園女学校校長」と記されている。 ...続きを見る

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2010/03/25 20:38
609 復活した校歌の物語(2)  戦後になぞの空白期間
東舘小学校は、戦後十数年校歌が歌われない時期があったという。当時の在校生に聞くと、その通りで校歌の代わりに、郡全体の体育祭(南部8校対抗戦)のときに歌う「応援歌」を入学式や卒業式などの行事の際に合唱した記憶があると、口をそろえて言う。 ...続きを見る

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2010/03/22 15:03
608 復活した校歌の物語(1) 執念の校長の調査
童謡の「夕焼け小焼け」は、郷愁を誘う歌だ。作詞をしたのは中村雨紅という東京の教師であり、作詞家だった。彼は日本でも有数の作詞家、野口雨情に憧れ、その一字をもらい「雨情」に染まるという意味を込めて「雨紅」というペンネームをつけたという。 ...続きを見る

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2010/03/16 22:57
606 線路の両側に咲き乱れる菜の花 いすみ鉄道を目指して
菜の花畑に 入り日薄れ 見渡す山の端 霞深し 春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて 匂い淡し       (朧月夜・高野辰之作詞、岡野貞一作曲) ...続きを見る

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2010/03/14 10:48
605 私が利用した26の空港  明日開港の茨城空港は?
国内に98もの空港があることを知っている人はそう多くないはずだ。もちろん私もこんなにあるとは思わなかった。 ...続きを見る

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2010/03/10 16:52
603 大人の社会を反映 荒れる学習院初等科
昨日(3月4日)、日本の小学校からプレゼントされたラオスの小学校の校歌のことを書いた。 ...続きを見る

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2010/03/05 21:12
602 遥かなりラオス 5ヵ月後の心暖まる話題
最近、DVDに記録された映像とともにうれしい知らせが届いた。それは歌の力を思わせるものだった。 ...続きを見る

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2010/03/04 21:44
598 ビッグひな祭りを訪ねて 春近い東の勝浦へ
いま、東と西の「勝浦」で、「ビッグひな祭り」というイベントが続いている。街の主要な場所に文字通り、ひな人形が展示され、多くの観光客でにぎわっている。(写真は、遠見岬神社の石段に並べられたひな人形) ...続きを見る

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2010/02/24 20:55
596 高橋選手の故郷で  出会った柔道少年
カナダのバンクーバーで開かれている冬季五輪の男子フィギュアで銅メダルに輝いた高橋大輔選手は、岡山県倉敷市で生まれ、高校生まで過ごした。その倉敷市に行ってきた。 ...続きを見る

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2010/02/20 23:51
593 パノラマの世界を独り占め 47都道府県目の鳥取
空はどんよりとしていて、いまにも滴が落ちてきそうな寒い日だった。私は標高わずか90メートルという米子城跡にいた。飛行機までの時間をやりくりして頂までの山道を歩いた。(写真は米子城跡から見た大山) ...続きを見る

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2010/02/12 21:42
585 けっぱれ夕張!
北海道夕張市は冬景色の中、街中に人の姿もまばらで寒々としている。夕張本町の「ゆうばりキネマ街道」の映画の看板にも、雪が降りつけている。財政が破たんした夕張は、日本の地方の縮図のようだ。一時多くのメデイァで取り上げられたこの街の再生はあるのだろうかと思う。 ...続きを見る

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2010/01/25 22:06
582 15年前のあの日のこと
阪神・淡路大震災から15年が過ぎた。15年前のあの日、何をしていたのか、記憶の糸をたぐった。当時私は浦和市に単身赴任をしていた。 ...続きを見る

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2010/01/18 13:25
579 丘を目指して 富士への思い
1月も中旬に入った。朝6時過ぎに、身支度を整えて犬の散歩に出る。日の出前で薄暗いが、次第に東の空が明るくなってくる。天気予報は快晴。空の雲はたしかに少ない。冬の晴れた日には遠くに富士山が見える丘へと歩を進める。空気が澄んでいる。「けさは富士山が見えるはずだ」と思う。 ...続きを見る

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2010/01/14 12:53
577 日本一の巨木を見る 樹高30メートルのクスノキ
「日本一」とか「世界一」という見出しが目に入ると、ついその記事を読んでしまう。つい最近もアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国に828メートルの世界一の高層ビルが完成したというニュースがあった。 ...続きを見る

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2010/01/06 21:40
572 ポプラのように 09年旅の終わりに
先日、「傘の自由化は可能か」という、大崎善生の一風変わったエッセー集を読みながら、九州の西端、枕崎から鹿児島中央まで約2時間45分、JR指宿枕崎線のロ−カル列車の旅をした。 ...続きを見る

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2009/12/31 18:43
569 「光」と「地」と 桜島の雪の季節に
ことしの世相を表す漢字は「新」が選ばれた。閉塞感の強い時代に、新しいものを求める多くの人たちの思いが凝縮された漢字なのだろうか。(写真をクリックして拡大すると、桜島の冠雪が見えます) ...続きを見る

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2009/12/24 22:29
561 2009年の軌跡 北から南への旅の日々
いつの間にか12月も中旬に入る。もう一年を回顧する季節なのだ。くたびれた手帳を開き、鉛筆で書いたスケジュールを読み返す。ことしはどこへ行ったのだろうか。2009年の軌跡をたどってみる。 ...続きを見る

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2009/12/09 22:12
559 ポルトガル再び 栄光と没落の西の国
リタイア後は西端の国・ポルトガルで暮らしたいという希望を持った知人がいる。その夢をまだ果たしていないが、彼によれば「かつて地球の裏側まで船を操った冒険者たちが、いまはその残照を浴びて黙々と座っている街(国)・・・」だというのである。 ...続きを見る

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2009/12/06 22:28
558 最近の新幹線事情 旅の恥は
JR東海の東海道新幹線に乗った。東京から静岡までの比較的短い距離だ。しかし、往復とも傍若無人の女性客と出会ってしまい、集中して本も読めず、つかの間の居眠りもできなかった。 ...続きを見る

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2009/12/05 22:27
540 遥かなりラオス・総集編 
ことし9月に訪れたラオスのことは、これまで8回にわたって、ブログで紹介した。以下はその総集編です。 ...続きを見る

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2009/11/03 22:36
533 藤沢周平とともに 鶴岡を歩く
鶴岡も米沢と同様、城下町(庄内藩)としての歴史がある。そして、鶴岡を有名にしたのは、作家の藤沢周平だった。 ...続きを見る

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2009/10/24 22:16
532 漆の実のみのる国 「天地人」でにぎわう米沢 
かつて仙台に住んだことがある。もちろ、隣県の山形県まで足を伸ばしたが、米沢と鶴岡には行く機会がなかった。先日2つの城下町に行くことになり、旅行バッグに藤沢周平の「花のあと」という文庫本を入れて新幹線に乗った。 ...続きを見る

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2009/10/24 20:41
530 広島・長崎とオバマ大統領
この見出しを見ただけで、ニュースに敏感な人ならば「オリンピックとノーベル平和賞のことだ」と思うだろう。 ...続きを見る

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2009/10/13 20:48
529 「遥かなりラオス」(8)番外編 こみ上げる去りがたい思い ラオス・タイ国境で
旅情という言葉の意味は「旅でのしみじみとした思い」(広辞苑)だという。忙しい旅を続けていると、そんな時間はあまりない。9月。ラオスの旅の最終日に予定のスケジュールが終わって陸路国境を越えタイへと入り、飛行場のあるウボン・ラチャターニまで向かった。 ...続きを見る

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2009/10/12 21:32
527 旅は記憶だ スペイン・ポルトガルの旅(7)完 
「記録より記憶に残るような選手になりたい」と、高校野球で、大リーグに行った松坂大輔以来のピッチャーといわれる花巻東高校の菊池雄星がプロ希望を表明した際にこう話した。戦後のプロ野球で、それを実践したのは長嶋茂雄だったが「記録よりも記憶」という行動をする人をポルトガル・スペインの旅で見かけた。以前行ったニュージーランドの旅でも、そのような人がいた。(写真はポルトガル・シントラの王宮で撮影) ...続きを見る

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2009/10/08 21:35
526 遥かなりラオス(7)完 600キロの深夜バスの世界
作家の沢木耕太郎がバスを使って、香港からユーラシア大陸を横断したのは26歳の時だった。その旅行記は「深夜特急」という名著になり、いまも若者の心をとらえ続ける。ラオスで600キロの距離を深夜バスに乗り、車窓から夜空の星を眺める稀な時間を送った。揺れとエンジン音でなかなか寝付かれない時間、沢木の若き日の旅を思った。 ...続きを見る

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2009/10/06 11:13
525 遥かなりラオス(6) 輝く瞳の子どもたち
「ラオスの子どもたちの輝く瞳を見ていると、希望や夢への思いを感じます」「ラオスのこどもたちはかわいい。帰ったら日本の子どもたちの顔をよく見てみたい」。ラオス山岳地帯へ同行した2人の先生が、ラオスの子どもたちに接した感想をこのように話してくれた。ラオスを初めて訪問し、小学校のいくつかに行き、子どもたちの姿を見て、同様の思いを抱いた。 ...続きを見る

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2009/10/04 21:57
524 遥かなりラオス(5) 山岳地帯との別れ
一日、NGOのタオイ地区センターでゆっくりした私たちは、夜、ノンちゃんたちと一緒に歌を歌い、タオイの夜を楽しんだ。ノンちゃんはギターをこなし、宍戸先生と同じく、多才ぶりを発揮した。翌日早くにもち米の朝食を取り、ノンちゃん車ら2台の四駆で帰途に就いた。私は2台目のウンさんの車に乗った。彼ははだしでアクセルとブレーキを踏んでいる。 ...続きを見る

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2009/10/03 21:19
523 遥かなりラオス(4) 山岳地帯へ・その4
豊かさとは何なのだろう。実はこれまでのラオス滞在中、この疑問が頭から離れなかった。タオイに到着して、その答えを考えようとしたが、出てこなかった。経済的、物質的な豊かさ、それがなくとも精神的な豊かさがあれば、人間は幸せなのだろうか。では、ラオスでも辺境のタオイに住む人々は日常、何を考えながら生活を送っているのだろうか。 ...続きを見る

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2009/10/03 16:36
522 遥かなりラオス(3) 山岳地帯へ・その3
室生犀星は小景異情という詩で「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と書いている。故郷とは、遠くにいて思い出すものである、という意味だ。ラオスの山岳地帯に入ってきて、ここに住む人たちは、故郷を離れて遠い都会で暮らすことができるのだろうかと思った。この悪路を経て若者はどの程度町へと出ていくのだろうか。そんな思いよりも、現実の厳しさが目の前にあった。 ...続きを見る

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2009/10/01 20:42
521 遥かなりラオス(2) 山岳地帯へ・その2
第1の難所を抜け出したものの、さらに5キロほど行くと、えんえんと続くぬかるみの上り坂に差しかかった。ここも溝は深い。左側の溝に入り込んだ先行のノンちゃん車を助けるために自動巻き取りの牽引ワイヤーロープを太い木の幹に掛けて引き出す。こう書くと簡単のようだが、左側に張り出した木の枝を切り、さらに道を直す作業が伴い、ここでも1時間を要した。ノンちゃんの声はますます力強くなっていく。 ...続きを見る

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2009/09/30 14:55
520 遥かなりラオス(1) 山岳地帯へ・その1
インドシナ半島の北東部にあるラオスに行ってきた。9月20日から27日までの8日間。スペイン・ポルトガル報告を中断し、鮮烈なラオスでの体験を7回にわたって書いてみる。ラオス語で「こんにちは」は「サバーイディー」というそうだ。その響きはさわやかだ。だが、人々は厳しい自然の中で暮らしていた。日本との落差の大きさに衝撃を受けた日々だった。 ...続きを見る

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2009/09/29 18:46
519 宗教戦争の長い時間・アルハンブラ スペイン・ポルトガルの旅(6)
中世、キリスト教勢力を追い出し、スペインに進出したイスラム勢力は、長い間栄華を誇った。しかし、巻き返しを狙うキリスト教勢力側は各地でレコンキスタ(国土回復運動)という戦争を続ける。それは息の長い戦いだった。 ...続きを見る

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2009/09/19 21:27
518 迷走運転手に笑う スペイン・ポルトガルの旅(5)
クエンカは、人口5万3000人のスペインの中央に位置する都市だ。歴史的城壁都市として世界遺産に登録されている。ウエカル川の断崖に建つ「宙づりの家」が有名だ。(宙づりの家) ...続きを見る

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2009/09/19 18:23
517 躍動、飛び散る汗・フラメンコ スペイン・ポルトガルの旅(4)
アルハンブラ宮殿のあるグラナダ地方は、フラメンコの本場でもあるらしい。夜、9時前アルハンブラ宮殿を見下ろす高台にあるタブラオまで行く。日本でいえば、小さな芝居小屋みたいなものだ。 ...続きを見る

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2009/09/19 13:21
516 神様がくれた指の女性たち スペイン・ポルトガルの旅(3)
佐藤多佳子の作品に「神様がくれた指」というスリを描いた小説がある。スリという犯罪は、日本だけでなく世界各地で横行していることを、今回の旅で実感した。夏の五輪が開催されたバルセロナは、スペインでもマドリードと並ぶスリの街なのだそうだ。そして、実際に目の前にスリが2回も姿を現したのだから驚いた。(女性スリが現れたグエル公園) ...続きを見る

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2009/09/18 21:00
515 巨匠の国は落書き天国 スペイン・ポルトガルの旅(2)
ピカソの「ゲルニカ」という大作の前からなかなか立ち去ることができなかった。マドリードのソフィア王妃芸術センター2階にこの作品は展示されている。縦3・5メートル、横7・8メートルの巨大なものだ。(市内で見かけたユニークな落書き) ...続きを見る

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2009/09/18 20:50
514 サグラダ・ファミリアは悪趣味か名建築か スペイン・ポルトガルの旅(1)
建築が始まって、127年になるというのに、まだ完成していない建物がスペインのバルセロナにある。多くの人が一目見たいと憧れる「サグラダ・ファミリア」(聖家族教会)だ。 ...続きを見る

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2009/09/18 20:45
513 スペイン・ポルトガルへの旅へ
9月7日から10日間の日程でスペイン・ポルトガルを旅することになった。一番の楽しみは「アルハンブラ宮殿」に行くことだ。クラッシックギターをやっていた若いころの友人が、ギターの名曲「アルハンブラの思い出」をよく聴かせたくれた。いつかは、この曲の舞台を感じてみたいと思っていた。 ...続きを見る

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2009/09/06 23:18
486 離島への旅 トライアスロンのメッカ愛媛・中島
トライアスロンの島に行ってきた。私がこの鉄人レースをやるわけではない。別の用事があって島を訪れ、それを知ったのだ。忽那(くつな)諸島を知っているだろうか。実は地理が好きな私でも知らなかった。その中心の島が中島といい、愛媛県の県庁所在地、松山市に属し、高速船で30分もかからない。 ...続きを見る

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2009/07/27 14:23
474 「泳いで帰れ」と怒る直木賞作家 抱腹絶倒「奥田英朗」の五輪観戦記
野球のWBC大会でで日本はなぜか2回続けて優勝した。しかし、アテネ、北京のオリンピックで野球は決勝に残ることができずに胴メダルと4位に終わった。オリンピックは全世界が注目する大会であり、重圧も違うし選手の意気込みもWBCとは問題にならないはずだ。 ...続きを見る

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2009/07/07 21:15
473 弦楽セレナードの街 折に触れて聴くチャイコフスキー
CDで聴くのは圧倒的にモーツアルトだ。基本的に外れがなく、心がどんな状態のときにも合うだけの曲がそろっている。でも最近はなぜか、チャイコフスキーの「弦楽のためのセレナード ハ長調、作品48」を聴くことが多い。 ...続きを見る

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2009/07/06 22:27
470 懐かしい北と南の島 礼文島と阿嘉島にて
日本の各地を歩いた。中でも思い出に残るのは、北と南の2つの島である。いまが一番の観光シーズンの北海道・礼文島と梅雨が明けた沖縄・阿嘉島だ。 ...続きを見る

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2009/06/30 21:43
468 お母さんただいま奮闘中 飛行機で再会した先輩の本
以前、奈良と京都を旅していて偶然、京都のデパートで東京の知人と出くわしたことがあった。ことしになって、今度は沖縄に向かう飛行機の中で同じ職場で働いたことがある先輩と乗り合わせ、空港到着までの時間を昔話に花を咲かせた。 ...続きを見る

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2009/06/25 22:14
466 福島にもヴォーリズ作品 終戦秘話にも登場
「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ」という米国人の名前を時々聞くことがある。最近も福島を旅して、その名前を聞いた。 ...続きを見る

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2009/06/23 21:47
464 ブラックユーモア 英国と香港のばかばかしい話
新聞を読んでいると、世の中には、面白いことが多いことを知らされる。いわば、ブラックユーモアとして読むことができる話題も少なくない。朝日新聞の夕刊で掲載された英国と香港の2つのニュースもそうしたばかばかしい範囲に入る。 ...続きを見る

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2009/06/21 12:31
461 センチメンタルジャーニーsendai 35年は幻の如し
かつて仙台に住んだことがある。1973年(昭和48年)8月から1975年(同50年)6月までの短い期間だ。 ...続きを見る

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2009/06/16 20:59
449 進取の気性 中津の人々
慶応義塾の創設者、福沢諭吉は大阪にあった大分・中津藩(現在の中津市)の蔵屋敷で下級藩士の次男として生まれた。現在、中津市には子ども時代を送った生家が記念館として残されている。 ...続きを見る

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2009/05/24 21:28
448 育児院と牛乳 アルメイダの精神
大分市内の県庁近くの遊歩公園に「育児院と牛乳の記念碑」という変わった碑がある。その碑には以下のような文章が記されている。 ...続きを見る

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2009/05/22 10:27
441 笠間の人々 迷犬hanaのつぶやき
世間ではゴールデンウイークという連続した休みが続いています。ふだん家にいないお父さんがこのところ、毎日私の相手をしてくれます。朝だけでなく夕方の散歩も付き合ってくれますが、夕方はやや苦痛です。 ...続きを見る

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2009/05/04 21:37
423 日本を去る子どもたち ある日系留学生の報告
昨年2月、岐阜県美濃加茂市を初めて訪問した。ドイツのライン川に似ているため「日本ライン」と呼ばれる木曽川が流れる自然豊かな街だ。ここは隣接する可児市とともに南米・ブラジル人が多く、美濃加茂市は人口の約1割が外国人だ。 ...続きを見る

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2009/04/01 21:38
414 列島横断の旅 南と北を駆け抜ける
3月。残すところ10日余りで4月を迎える。急速に暖かくなりコブシもハクモクレンも沈丁花も一斉に花を開いた。春がやってきたのだ。朝の散歩の途中のウグイスのさえずりが耳に心地いい。 ...続きを見る

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2009/03/19 20:33
413 旅の出会い 北海道再訪(2)
旅の面白さはいろいろあるが、行った先で土地の人たちと話をすることもその一つに入る。小樽は風情がある街だ。この街で印象深い2人に出会った。個性があってにくめない人物だった。それはこんなシーンだ。 ...続きを見る

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2009/03/17 09:32
412 雪解けの街に 北海道再訪(1)
北海道の知人から便りが届いたのは3月初旬だった。その中にこんな一節があった。「札幌は雪解けが進んでいますが、冬期間の垢(あか)が流されずに路面に残っており、小生の嫌いな季節です」。 ...続きを見る

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2009/03/16 22:12
408 落書き天国日本 姫路城も被害とは
日本人は落書きが好きなのだろうか。関西に行く機会があり、地元の神戸新聞を読んだ。その中に姫路城の落書き問題に姫路市が頭を痛めているという記事が載っていた。 ...続きを見る

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2009/03/10 22:20
394 「石敢當」の意味は  世界各地に必要な魔よけ
沖縄を歩くと、方々で「石敢當」という文字が彫られた石が目に付く。何の意味なのだろうか。 ...続きを見る

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2009/02/10 21:57
393 いーちゃん・ユウちゃん 静かな町の少女の物語
沖縄は桜(ヒカンザクラ)」が満開だった。機会があって中国の学生らと一緒に沖縄を回った。その中に、一人だけ際立って日本語が流暢な女性がいた。 ...続きを見る

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2009/02/09 21:59
392 躍動する子どもたち 沖縄の組踊・肝高の阿麻和利
沖縄県うるま市にある「きむたかホール」で、沖縄の伝統芸能「組踊」を現代風にアレンジした「肝高(きむたか)の阿麻和利(あまわり)」の舞台稽古を見る機会があった。 ...続きを見る

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2009/02/08 19:45
388 ホームホスピスとは 宮崎のかあさんの家訪問記
2006年12月、末期のがん患者らを受け入れるホスピスや在宅緩和施設を運営する3人の話を聞いた。そのうち2つの施設、東京・山谷のホスピス「きぼうのいえ」と仙台の在宅緩和センター「虹」には翌2007年にお邪魔し、あらためて命の瀬戸際にある人たちのために献身するスタッフ、ボランティアの姿を見ることができた。 ...続きを見る

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2009/01/24 21:55
386 一流の島人(しまんちゅう)になりたい
沖縄在住の平田大一さんの「南風(バイカジ)・海風(ウミカジ)に吹かれて」(かんき出版)という本を読んだ。平田さんは、テレビドラマ「ちゅらさん」で有名になった小浜島の出身で、東京の大学を卒業後、沖縄に戻り「島おこし」のためさまざまな活動をする。 ...続きを見る

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2009/01/20 20:15
378 野島崎のアロエの花
新年のある一日、勝浦から館山、白浜に至る房総半島を回った。柔らかい日差しの中で色とりどりのポピーの花が咲いている。房総半島最南端にある野島崎灯台に行くと、周辺では、橙色のアロエの花が観光客の目をひいている。 ...続きを見る

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2009/01/05 17:02
372 旅する力 沢木耕太郎の本
沢木耕太郎は26歳のとき、1年間をかけて香港からバスを使ってユーラシアへの旅をした。「深夜特急」というノンフィクションとして作品化されるのは10年後のことで、産経新聞の新聞連載という形だった。 ...続きを見る

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2008/12/21 21:28
371 「動」のときこそ「静」を 旅模様08年に思う
ことしも旅に明け暮れた。沖縄から北海道まで全国を歩き、海外にも出かける機会があった。ことしの生活を漢字で表現すると「動」といえるかもしれない。 ...続きを見る

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2008/12/15 20:52
365 駆け足の2008年 広島にて
ことしも12月になった。年をとるごとに時間の経過が早く感じる。フランスの19世紀の心理学者ピエール・ジャネによる「ジャネの法則」がそれを裏付けたものとして知られる。もともと哲学者のポール・ジャネが発案し、甥のピエールが論文に著したのだという。 ...続きを見る

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2008/12/01 21:44
363 紅葉の山陰・山陽を歩く 浜田・因島にて
旅することをなりわいにしているわけではない。しかし、長い人生を送っていると、訪れた地域もかなりになる。しかしなぜか島根県には縁がなかった。今回この未知の土地に足を踏み入れた。 ...続きを見る

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2008/11/28 21:23
358 80日間世界一周 新幹線で読むヴェルヌ
神戸に行ってきた。六甲や郊外は紅葉の季節を迎え、六甲に向かう中高年ハイカーの姿をあちこちで見かけた。行き帰りとも新幹線ののぞみに乗った。往復約6時間余を読書の時間に当てた。 ...続きを見る

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2008/11/16 11:55
354 詩的な旅エッセー 伊集院静「旅行鞄にはなびら」
風邪が長引き、一日中横になっている。そんな時に手に取ったのがこの本だ。ヨーロッパを中心に、花を求め絵画を鑑賞する旅をテーマにした伊集院静のエッセー集「旅行鞄にはなびら」だ。 ...続きを見る

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2008/11/11 20:50
348 中国の旅(3)完 大連にて
「大連の3つの多い、3つの少ないは何か」。かつて中国といえば、自転車という印象があった。朝夕、通勤、通学の人たちの自転車で主要道路は埋め尽くされる。しかし、大連ではその光景はなかった。(写真は中山広場から見た大連賓館) ...続きを見る

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2008/10/28 20:54
346 中国の旅(2)幻のアカシヤの大連
「アカシヤの大連」は昔の話だった。中国への旅は香港を含めると4回目になる。このうち揚州に続いて訪れた大連は3回目だった。その変わりようには驚いた。 ...続きを見る

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2008/10/25 22:18
345 中国の旅(1)鑑真の故郷へ
「中国は霞みに覆われた大国なのか」。中国を久しぶりに旅して、空気の汚れに驚いた。北京五輪の時にも、スモッグが多いことを理由に有名マラソン選手がボイコットしたことで、そのひどさは頭では知っていたが、実際に中国に足を踏み入れると、それを実感した。 ...続きを見る

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2008/10/24 21:58
342 2人の先人を思う 長崎の天主堂にて
(大浦天主堂で結婚式を終えた2人) ...続きを見る

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2008/10/13 21:45
339 中欧の旅(10) 名画で読み解くハプスブルク家12の物語 
約650年という長い時代、ヨーロッパに君臨したのがハプスブルク王朝だ。日本では徳川幕府(江戸時代)が264年、足利幕府(室町時代)が237年の長期政権を維持したが、とても及びもつかない。スイスの一豪族が偶然手にした神聖ローマ帝国皇帝という地位から、急成長し、ヨーロッパの歴史に重要な位置を占めるのがハプスブルク家だ。 ...続きを見る

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2008/10/05 21:45
338 秋を知る 頑張るカタツムリ
10月になった。庭にあるカリンの木に1個だけ実がなった。その実に小さなカタツムリが付いているのを見つけた。実の一部は食べられた跡がある。この小さなカタツムリが食べたのかどうかは分からない。いずれにしても、この小さなカタツムリは生きるために必死に頑張っているのだろう。 ...続きを見る

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2008/10/04 18:33
337 焼津の小泉八雲記念館 平仮名の妻あての手紙
周囲に日本人女性と結婚した外国人がいる。日本語は流暢で、電話で話した人は、彼が外国人とは気がつかないかもしれない。会話だけなく、書く方も日本人にひけをとらない。 ...続きを見る

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2008/10/01 22:23
335 中欧の旅(9) 終わりからの旅(辻井喬著) 
今度の中欧の旅は、成田からロンドンを経由してベルリンに入り、帰りはブタペストからロンドン経由で成田に帰るという長時間飛行を余儀なくされるものだった。 ...続きを見る

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2008/09/28 20:31
334 中欧の旅(8) たくましいハンガリー女性
ハンガリーの首都ブタペストは、チェコのプラハと同様に、旧市街が世界遺産に指定された美しい街並みが続いている。街の真ん中をドナウ川が流れ、何となく気持ちが落ち着く。そんな街に住む1人の女性は教師のほかに日本人向けのガイドのアルバイトをしている。長身で理知的な顔立ちをした彼女の話には、感心することが多かった ...続きを見る

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2008/09/27 22:07
333 中欧の旅(7) ウィーンの宮殿コンサート 
オーストリア・ウィーンは「音楽の都」という代名詞が付く。以前、山田洋次監督、渥美清主演の人気映画「男はつらいよ」シリーズ41作目のウィーン編(竹下景子がマドンナ役)を見たことがあり、このときも音楽会のシーンがあったことを記憶している。 ...続きを見る

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2008/09/23 14:41
332 中欧の旅(6) チェコの古城でスリの話
観光地はどこに行ってもスリの目が光っているのは、万国共通だ。日本では浅草や新宿などの繁華街では、いつも危険信号が灯っているといえる。それは、チェコでも同じだった。 ...続きを見る

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2008/09/22 21:30
331 中欧の旅(5) ビールの本家争い 
「あなたの馬は健康的ですよ」。チェコ・プラハの市民はアメリカのビール、「バドワイザー」の味を聞かれると、こう答えるそうだ。 ...続きを見る

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2008/09/21 21:25
330 中欧の旅(4) プラハの花嫁 
世界遺産に指定されているチェコの首都プラハの旧市街にあるブルタバ川にかかるカレル橋を歩き、美しいプラハの街を眺めた。橋の上は観光客であふれるようだ。この後プラハ城に行き、さらに旧市街庁舎前の広場に足を運ぶと、再びすごい人の波に巻き込まれた。 ...続きを見る

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2008/09/20 20:34
329 中欧の旅(3) フェルメールも見た・ドレスデン国立絵画館にて 
悔しいと思った。素晴らしい作品がこんなにあるのに時間がない。それと、美術作品に対する知識が少ない。目の前に次々と出現する名画を見ながら私は戸惑った。 ...続きを見る

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2008/09/19 21:45
328 中欧の旅(2) 歴史の舞台裏・ポツダム
ドイツ・ポツダムは「ポツダム会談」や「ポツダム宣言」という世界史の舞台として知られる。しかしポツダムが名建築の街とは知らなかった。実はポツダム会談はその名建築物を舞台に行われたのだという。 ...続きを見る

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2008/09/18 14:06
327 中欧の旅(1) ベルリンの壁はいま  
ドイツ・ベルリンの壁崩壊を目の当たりにした知人がいる。既に勤務先の報道機関を退職しているが、彼は退職後にベルリンを再訪し、記者としての足跡を振り返った。 ...続きを見る

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2008/09/17 09:02
312 8月(4) 鳥羽と神戸の海の博物館にて
暑い毎日が続くと、クーラーの効いた部屋で好きな本でも読んでいたいと思ったりする。半面、涼を求めて旅をしたくなるのも事実である。 ...続きを見る

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2008/08/07 20:42
307 肘折温泉にて コーヒーの思い出(3)
宿の支払いを済ませて、車に乗り込んだ私たちを宿のおかみさんと娘さんが見送ってくれた。振り返ると、おかみさんは車に向かって、手を合わせていた。 ...続きを見る

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2008/07/27 19:17
306 肘折温泉にて コーヒーの思い出(2)
「お客さん、どうしたのですか」 お客さんというからには、この宿の女中さんかなと、私は顔を上げた。しかし、目の前にいる女性は、どうもそんな感じはしない。 ...続きを見る

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2008/07/26 22:48
305 肘折温泉にて コーヒーの思い出(1)
山形県の肘折温泉は、すり鉢の底のような、谷の底辺部に位置している。もう5月というのに、道路の周囲にはまだ1b余の雪がしぶとく残っていた。 ...続きを見る

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2008/07/26 22:05
304 「百万円と苦虫女」 放浪し成長する女性
題名からして変わっている。「百万円と苦虫女」とは。この題名と監督のタナダユキ、主演が蒼井優という取り合わせがチケットを買った理由だった。 ...続きを見る

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2008/07/24 22:28
302 旅の友は文庫本 北海道の夏に読んだ2冊
旅をするときには、必ず文庫本をバッグに入れる。電車や飛行機、あるいはバスの中で読みふけるのが習慣になっている。数日前、北海道を旅して2冊の文庫本を読んだ。 ...続きを見る

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2008/07/21 14:57
301 札幌を歩く 喫茶店にて
札幌の街を歩く。7月半ば。東京に比べると、温度も湿度も低い。上着姿のサラリーマンの姿が目に付く。 ...続きを見る

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2008/07/21 11:25
276 300年の伝統を見る 富山の薬売り
子どものころ、「富山の薬売りのおじさんがやってくるよ」といわれるのが楽しみだった。夕方になると、いつもの優しいおじさんが家に来て、薬箱を点検する。使った薬を補充し、その金額を精算すると、おじさんは私にいつものお土産を渡してくれる。紙風船だ。時には私の頭をなでながら饅頭もくれた。年に2回彼は定期的にわが家に来て、泊まって行った。大人になっても「富山」と聞くと、このおじさんを連想した。 ...続きを見る

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2008/05/28 21:55
273 東京には空がない 印象に残る外国人の言葉
  「東京には空がない」と言ったのは、詩人高村光太郎の妻智恵子だ。光太郎の名作「智恵子抄」で知られる洋画家の智恵子は福島県二本松出身だ。 ...続きを見る

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2008/05/22 21:24
263 東山魁夷の世界との出会い
東京から水戸に向かい、水戸でJR水郡線に乗り換え、奥久慈地方(茨城県北部−福島県南部)を旅した。 ...続きを見る

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2008/04/25 20:53
246 731部隊の闇 取材の深さを示した青木冨貴子の作品
もう20数年前になるが、中国東北部各地を旅したことがある。かつて満州といわれ、日本とは縁が深い地域だ。北京から飛行機で大連に行き、その後は列車の旅だった。中でもハルビン郊外の731部隊の跡地を案内されたときの気持ちは暗かった。 ...続きを見る

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2008/03/24 21:13
241 少年の夢かなえた友人 京都でシャンソンに生きる
駆け足で近江八幡から京都を経由して神戸に行った。京都で途中下車をして、時間があれば、ある友人と会いたいと思った。それはかなわなかった。青くさい少年時代の一時期を共有した友人だ。 ...続きを見る

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2008/03/14 20:43
239 衝撃の美術展 近江八幡の障害者アートを見る
ランニングシャツに半ズボン、背中にリュックを背負って日本全国を放浪しながら、個性あふれる絵を描いた山下清画伯は有名だ。その才能はだれにも愛された。 ...続きを見る

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2008/03/12 22:07
235 雪、そして風 地方都市を歩く
雪の世界には慣れているはずだった。札幌で暮らした3年半は、雪が降る中を平気で歩いていた。東北を旅し、その自然はなかなか手ごわいと思った。盛岡、八戸、秋田。いずれの街でも私の体が既に「首都圏仕様」になっていることを痛感させられたのだ。 ...続きを見る

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2008/03/01 22:55
229 盛岡で出会ったいい話 お年玉切手シートのプレゼント
日ごろ読んでいる新聞にはあまりいい話は載らない。世の中は気分が悪くなることが多すぎる。そんな思いで朝刊を開くのだが、盛岡に旅して地元紙・岩手日報の一面のコラムを読んだら、いい話が書いてあってうれしくなった。 ...続きを見る

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2008/02/16 09:23
223 ひめゆりの塔にて 恥ずかしい日本人男性
ことしは戦後63年。戦争を知る世代が少なくなりつつある。最近、沖縄・糸満市の「ひめゆりの塔・平和祈念資料館」に行った。3回目だがいつも粛然とする。それは、63年前の悲劇を思えば当然なことだ。しかし、ここで残念な光景を見てしまった。 ...続きを見る

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2008/01/29 22:32
211 おおみそかに思う 時代の変化 
    小さな貸し農園で野菜をつくっている。もう10年になるというのに、収穫はほかの畑に比べよくない。貧弱さに同情して近くの畑の人たちがおすそわけをしてくれる。収穫が少ない理由は分かっている。無農薬だけでなく、手入れを怠っているからだ。 (写真はことし訪れたコロンボのホテルの風景) ...続きを見る

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2007/12/31 20:48
207 2007年の足跡 私の旅模様
慌しかったこの1年も残すところ6日になった。例年になく各地を旅し、考えることも多かった。私の目に映った各地の印象を「私の旅模様」として記してみる。既にブログで紹介している地域もあるが、以下はことしの総集編である。(6月は首都圏を中心に歩いたため、旅模様からは外した) ...続きを見る

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2007/12/25 20:20
204 ことしの漢字は「忙」 周囲は暗い1年
先日、日本漢字能力検定協会がことしの世相を表す漢字を「偽」と発表した。全国から公募した結果、圧倒的多数で1位になったそうだ。背景には食品偽装、政界の不正など日本社会の確信犯的な不正行為があり、ことしはこのマイナスイメージの漢字がぴったり当てはまる1年だったといえる。では、私個人はどうかといえば「忙」の年だった。 ...続きを見る

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2007/12/20 14:11
196 遠別少年(坂川栄治著) 透明な静けさの物語
13の短編集の中に「山おっちゃん」という話がある。幼いころに病気で耳が聞こえなくなったおじさんの思い出を描いたかつてはどこにでもあったような、郷愁あふれるストーリーだ。最後の一節がとても気になった。 ...続きを見る

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2007/11/22 21:14
195 新幹線のおしゃべり男 誇りを失った日本人
東京から上越新幹線に乗った。比較的空いている平日。東京駅まで満員電車に35分立ち通しだったので、ゆっくり眠ろうと思った。だが、後ろの席に座った中年の男2人のおしゃべりが、その願望を打ち砕いてしまった。 ...続きを見る

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2007/11/21 20:26
190 黛まどかさんの「歌垣」 日本再発見塾「までいの村・福島・飯舘」
「ことしの紅葉は、いつもの年よりきれいではないな」と、地元の人が話す。確かに、期待した鮮やかさには少し足りない印象だ。でも、あと1週間もすれば、木々の葉の赤や黄色の色彩はさらに強くなるはずだ。初めて訪れた福島県北部の飯舘村は阿武隈高地にあり、紅葉が始まっていた。 ...続きを見る

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2007/11/06 21:03
185 野間文芸賞 「ノルゲ」 佐伯一麦のノルウェーの四季 
このようにして、ゆったりとした時間を送る日本人もいる。それが私小説作家、佐伯一麦の近著「ノルゲ」(ノルウェー語でノルウェーのこと)に登場する作家だ。6年をかけて書いたというだけに、分厚い小説だ。佐伯に対する冒涜かもしれないが、私はそれを数日で読み終えてしまった。 ...続きを見る

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2007/10/26 21:45
184 どこへ行った闘争心 NZ・オールブラックスの敗退
ニュージーランドには、マオリと呼ばれる先住民族がいる。全人口の約15%がマオリであり、ニュージーランドをラグビー強国にした原動力はマオリの存在なのだ。 ...続きを見る

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2007/10/23 19:57
180 疲れないための読書法 頭を休める本を選ぶ
読書の秋である。書店に入って、これはと思う本にめぐり合ったときのときめきはだれでも味わったことがあるだろう。そんな本に最近出会い、いま読んでいる。この本については、次の機会に記すとしよう。きょうは、疲れないための読書法についてのうんちくである。 ...続きを見る

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2007/10/16 23:00
179 瓦屋根と白壁 岡山・真庭「日本の原風景」
瓦屋根の民家は、一様に白壁づくりで、秋の柔らかな日差しに輝いている。周囲には黄金色の田んぼが広がる−。「ヨーロッパの田園地帯よりも、こちらの方が落ち着きませんか」と、地元の人に言われる。私も相槌を打つ。初秋を迎えた岡山県津山、真庭市を初めて訪れた。 ...続きを見る

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2007/10/14 20:13
178 赤福よお前もか 不正の系図
ゴルフはマナーに厳しいスポーツだ。スコアを故意に少なく記入して、男子では5年、女子では何と10年の公式試合の出場停止処分を受けた選手がいたことを記憶している。不二家、石屋製菓に続いて、土産物としては全国一の販売を誇る「赤福餅」の製造日偽装問題は、ゴルフでいえば、出場停止処分相当といっていい。 ...続きを見る

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2007/10/13 20:07
176 世界遺産第1号「姫路城」 司馬遼太郎の世界を思う
「うーん」とため息をついた。何とも言いがたい感情だ。昨年3月に訪れたドイツのノイシュバンシュタイン城を連想した。いつでも行けると思いながら、これまで行くことがなかった国宝、姫路城についに立ち寄った。 ...続きを見る

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2007/10/11 22:33
170 長い旅 足摺岬への道
朝7時に自宅を出て、高知県土佐清水市に到着したのは午後3時のことだった。所要時間は8時間。けっこうな長旅で訪れた四国の外れの街は、真夏の暑さが残っていた。 ...続きを見る

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2007/09/30 11:04
168 母の命日 旅の空の下で
母の命日は9月6日だ。優しくもあり、厳しい母だった。私は母が大好きで小学校の低学年まで一緒の布団で寝ていた。 ...続きを見る

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2007/09/19 22:33
165 小説から学ぶ人間の根源 アフリカの瞳 わたしを離さないで
全く分野が異なる2つの小説を読んだ。アフリカを舞台に、日本人医師がエイズと闘う小説『アフリカの瞳』(帚木 蓬生 著)と、臓器を提供するために生まれてきたクローン人間の青春を描いた『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ著・翻訳本)である。 ...続きを見る

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2007/09/15 22:12
164 海外で生活する日本人 人間の生き方を考える
ニュージーランドを旅して、何人かの日本人ガイドに世話になった。クライストチャーチ、クイーンズタウン、オークランドと、それぞれの都市に住み着いた人たちだ。この国に渡ったのは、それぞれ事情が違うが、いつの間にか日本への帰国を先延ばしにして「山と湖と羊の国」の生活に浸っているのである。 ...続きを見る

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2007/09/14 20:13
162 世界遺産ミルフォード・サウンドで虹を見る NZの南島にて
「北海道の然別湖と似たようなものだな」と、半ばばかにしていた。それが間違いと気づくのに時間はかからなかった。世界遺産「ミルフォード・サウンド」(ニュージーランド)の船の旅は、強烈な印象を私に与えたのである。 ...続きを見る

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2007/09/11 14:41
161 南十字星を見る NZの北島にて
私の子どものころの日本は、夜はいまのように明るくはなかった。というよりも、街灯は少なく、冬空に輝く星は美しく見えた。(写真はロトルアの温泉に面した湖) ...続きを見る

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2007/09/10 21:43
152 旭川に生きる 北の友人たち
北海道は、いま札幌を中心とした一極集中が進んでいる。札幌が人口189万4000人に対し、第2の都市旭川は35万7000人しかいない。旭川は、札幌から特急で2時間弱の美しい街だ。夏は暑く、冬は寒い典型的な大陸的な気候のこの街に知人が住んでいる。 ...続きを見る

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2007/08/12 21:44
150 私が住んだ街・12札幌(4) 藻岩山の植生に異変 
札幌の象徴は標高531bの藻岩山である。市民はこの山の変化を見ながら、四季の移り変わりを実感するのだ。私も夏はハイキング、冬はスキーを楽しんだ。頂上近くまで道路があり、頂上に行くと、見事な夜景を見ることができるので、観光客にも人気のスポットだ。そんな藻岩山にいま、異変が起きているという。 ...続きを見る

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2007/08/11 22:02
149 懐かしき名画の街 夕張にて
かつて、石炭の街としてにぎわった夕張を再訪した。もう5、6年前になるが、札幌に勤務した当時、この街に行き、その寂しさに胸を痛めたことが忘れられなかった。 ...続きを見る

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2007/08/07 22:16
143 勝連の城主阿麻和利 世界遺産の地で英傑を思う
沖縄の世界遺産といえば、首里城跡など9つの「琉球王国のグスク及び関連遺跡群」だ。このうち首里城跡と今帰仁城跡には行ったことがあるが、沖縄本島中部のうるま市にある勝連城跡にはなかなか行く機会がなかった。 ...続きを見る

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2007/07/27 13:22
142 廃校を利用した美術館 栃木の山あいにて
栃木県那珂川町は、旧馬頭町と旧小川町が合併して2005年10月にできた新しい町だ。福岡県にも全く同じ名前の町があるので、外部の人間から見ると、紛らわしい印象がある。この町の山あいにある美術館に行ってきた。 ...続きを見る

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2007/07/26 21:21
141 初めての島 沖縄・阿嘉島にて
沖縄・慶良間諸島の中央にある阿嘉島に初めて行った。この島はダイバーには人気があるが、そう多くの人には知られていない。私はダイビングには全く興味がないのだが、島を歩いて人はなぜ海に潜るのかを少しは理解できた。 ...続きを見る

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2007/07/19 21:39
137 私が住んだ街・11札幌(3) ひどい交通のモラル
北海道の人々は小さいことにこだわらない。だが、全般的に礼儀正しいと思う。その現れは札幌の地下鉄である。このことは以前のブログに書いた。優先席が空いていても、老人や体の悪い人がいなくてもだれも座らない。いつも感心したものだ。 ...続きを見る

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2007/07/05 21:33
126 私が住んだ街8・旧浦和市(さいたま市) うなぎ屋が健在
日本の都市でひらがなの名を持ち、人口が最も多いのはさいたま市だ。私がかつて住んでいたころは浦和市だった。大宮や与野と合併しいまの100万都市になった。都会と田舎が共存する埼玉県の県庁所在地である。 ...続きを見る

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2007/06/04 20:35
125 バリアーフリーはどこまで進んだか 自己体験
ある朝、地下鉄の階段で足を踏み外し、転倒しないように右足を踏ん張った。その結果、一段下に着地したが、右足のひざ上を痛めた。足を引きずり、整形外科に行った。診断は1週間程度で治るという軽いものだった。しかし、そうではなかった。いまも痛めた右足は違和感がある。交通機関のバリアフリー化の進行が気になった。 ...続きを見る

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2007/06/02 13:34
123 進水式を見る 南と北の旅
この世界には、自分の知らないことが多い。長い間、人よりも世間のことは知っていると自負していた。しかし、どうやらこれは自己満足にすぎなかった。最近、生まれた初めての経験をしたからだ。それは、必ずしもだれでも体験できることではないが、少なくとも私には新鮮な時間であった。 ...続きを見る

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2007/05/22 21:59
122 バラの街 福山城が目の前に
バラは世界共通の花である。その種類の多さは他の花を格段に引き離している。野ばらは別にして、病気に弱く、手間がかかる花であるにもかかわらず、愛好者が多いのは、やはりその美しさゆえであろうか。狭い庭にバラを植えてもう何年になるのだろう。手入れ次第で花の付き方も違ってくる。ことしはつるバラが元気だ。 ...続きを見る

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2007/05/22 21:15
121 田舎暮らしとは 四国・大三島にて
瀬戸内しまなみ海道のバスに初めて乗った。広島県福山市から愛媛県の2つ島をめぐった。それは中国地方から、四国を結ぶラインだった。バスの終点は今治だが、ここまで行くには6つの島を経由する。順に向島、因島、生口島、大三島、伯方島、そして大島である。このうち所用で伯方島と大三島の2つを訪れた。両島とも、合併して今治市になってはいるが、過疎が進行中と聞いた。 ...続きを見る

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2007/05/17 22:33
118 焼き物の町笠間を歩く のんびりさが魅力
日本には「焼き物の町」がかなりある。日本人の食器の中心は陶器である。日常使う焼き物だけでなく、芸術といわれる範疇(カテゴリー)に入る焼き物も昔からつくられている。茨城県笠間市。「笠間稲荷」で知られる地方都市だ。ここは笠間焼という焼き物の産地でもある。 ...続きを見る

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2007/05/05 20:41
117 岩手にて ふるさとへの思い
「ふるさと」の条件は何だろうか。高野辰之作詞、岡野貞一作曲の小学校唱歌の「故郷」の詩はだれでも知っている。 ...続きを見る

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2007/04/30 22:35
116 私が住んだ街7・仙台編続き 新緑の季節
新幹線網が北海道を除いて日本列島に敷設された。旅行者には大変便利な世の中である。 ...続きを見る

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2007/04/30 21:53
115 挫折から栄光へ ザ・ウィンザーホテル洞爺
来年8月に日本で開かれる主要国首脳会議(サミット)の開催地に北海道洞爺湖町が選ばれたというニュースを知って、あのホテルかと、複雑な思いが去来した。洞爺湖に向かって、車を走らせていると、山の上に巨大な「お城」のような建物が目に入る。それがサミット会場になる「ザ・ウィンザーホテル洞爺」である。 ...続きを見る

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2007/04/25 10:36
114 私が住んだ街6・札幌 優しい人々
札幌人気質という本がある。いまから約5年前に北海道新聞社から発行された「さっぽろ文庫」シリーズの99冊目の本である。 ...続きを見る

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2007/04/18 21:23
113 昨今犬事情 国情の違い明瞭に
友人がインドに行ってきた。その感想を聞くと、インドの犬が悠然と道路に寝そべっているのが目についたと語る。なるほど、日本に比べ時間がゆったりと流れるインドのことだ、犬もそうした風土で同化しているのだろうと思った。 ...続きを見る

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2007/04/17 21:43
109 私が住んだ街5・秋田市 懐かしい人々
狭い街である。目抜き通りを歩いていると、必ず知り合いに会った。それだけに濃密な人間関係があった。それが秋田で住んだ印象だ。アパートに住んだ。引越し荷物の整理が終わり、隣に住む大家さんの家に挨拶に行く。 ...続きを見る

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2007/04/10 22:52
108 私が住んだ街4・東京都港区三田 泉岳寺近くにて
東京の港区には、いろいろな史跡がある。その一つが三田にある泉岳寺だ。都営地下鉄の泉岳寺駅を降りて、しばらく歩くと、忠臣蔵で知られる泉岳寺がある。 ...続きを見る

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2007/04/09 21:39
105 私が住んだ街1・横浜市 また住みたいか?
異国情緒のある街といえば横浜か神戸だろう。横浜は、私が青春時代を過ごした街である。 ...続きを見る

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2007/04/08 14:50
100 太宰府のタクシー 歴史解説を聞く
梅で知られる福岡県太宰府市にある「大宰府天満宮」は、平安時代に生きた天才学者、政治家の菅原道真(天神様とも呼ばれる)を祭っている。 ...続きを見る

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2007/03/28 21:51
99 有田にて  喫茶店の美しいカップ
佐賀県有田町は全国でも有名な焼物の町である。有田焼(伊万里焼ともいうそうだ)を有名にした陶工「酒井田柿右衛門」は焼物の世界では神様的な存在だ。 ...続きを見る

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2007/03/28 20:59
93 トイレの話 雪華の朝に
雪が降らないままに冬が終わるかという暖冬が続いた。それがこのところのゆり戻しだ。寒さがぶり返し、あすは春の彼岸の入りというのに、きょうは雪の華が舞った。 ...続きを見る

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2007/03/17 22:35
74 スリランカの涙(2)
コロンボ市内の平凡な風景を見ていると、この国が内戦状態にあることを忘れる。しかし、別の場所では、政府軍の兵士が武器を持ち、厳しい顔つきで立っている。それがスリランカの日常なのだ。 ...続きを見る

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2007/02/05 21:03
73 スリランカの涙(1)
スリランカは「インド洋に浮かぶひとしずくの涙」といわれ、観光地化されてない美しさから「インド洋の真珠」ともいわれているという。コロンボ市内ではハスの花が美しく咲いている。この花を見ていると心が穏やかになる。フィリピンからスリランカに旅した。以下、2回にわたってスリランカの旅を報告する。 ...続きを見る

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2007/02/04 13:09
72 父が眠る島 フィリピンで思ったこと(2)
マニラはほかの東南アジアと同様、車と雑踏の街だ。現在のマニラからは、太平洋戦争時代を思い起こすことはできない。街を歩くと、豊かな生活を送る人と、貧しい人の姿が顕著である。それがフィリピンの現実だ。 ...続きを見る

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2007/02/03 22:29
71 父が眠る島 フィリピンで思ったこと(1)
私事に触れる。父親の顔は写真でしか知らない。母が父代わりもしてくれて、育ててくれたことは当然である。そのためか、父を持たない寂しさやつらさを感じないままに幼少期、少年時代を送り、いつしか故郷を離れて父のことを考えることがないままに長い年月を過ごした。 ...続きを見る

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2007/02/03 21:00
45 西ノ京で受けた善意 偶然の出会いも
雪の季節になった北海道から、日本列島は次第に秋から冬へと衣替えを続けている。だが、関東以西は、まだ紅葉が楽しめる。先日、京都、奈良と紅葉の古都を歩いてきたが、そこで、小さな善意に出会ったことは忘れられない。 ...続きを見る

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2006/11/24 20:47
25 北海道の秋(2)
北海道はいま、秋たけなわだ。しかし、日一日と冬の気配が漂っていく。そんな秋のひとコマを紹介する。 ...続きを見る

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2006/10/13 20:28
24 北海道の秋(1)自然の脅威と驚異
北海道を小旅行してきた。わずか4日間の旅ではあったが、各地で自然の脅威と驚異を見てきた。 ...続きを見る

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2006/10/13 15:14
22 沖縄に住む
沖縄に移り住んで7年になる年下の友人夫妻がいる。東京で同じ会社に勤めていた2人は、10年以上も前に会社をやめ、奄美大島に引っ越した。 ...続きを見る

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2006/10/03 19:18
21 魅力ある地方都市、その代表は札幌
かつて、仕事の関係で札幌に2回転勤し、合わせて3年半の単身赴任生活を送ったことがある。 ...続きを見る

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2006/10/02 21:02
11 えっ!倶知安が地価上昇全国一だって
19日に発表された基準地価。北海道倶知安町が住宅地としては上昇率が全国1になったという。 ...続きを見る

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2006/09/20 12:17

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