アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「歴史」のブログ記事

みんなの「歴史」ブログ

タイトル 日 時
1594 信用ならない野心家やおしゃべり セイダカアワダチソウの季節に
1594 信用ならない野心家やおしゃべり セイダカアワダチソウの季節に  大佛次郎の『パリ燃ゆ』(朝日新聞)を入院中のベッドで読んだ。ナポレオン三世による国民議会に対するクーデターと第二帝政、普仏戦争でのフランスの敗戦という歴史を経て、パリで蜂起したパリ・コミューンとヴェルサイユの国防政府(政府軍)との攻防を描いた長編のノンフィクションである。その中に大佛が評価した言葉がある。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/10/19 18:16
1589 韋駄天の輝きを 厚い壁を破った桐生
1589 韋駄天の輝きを 厚い壁を破った桐生 「桐生祥秀(21)が100メートルで10秒の壁を破った」というニュースを見て、韋駄天という神の存在を思い出した人もいるだろう。韋駄天は、もともと古代ヒンドゥー教の神だったが、仏教に入り、仏法の守護神になったといわれる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/09/10 13:42
1588 ある秋の詩 小詩集『風信』より
1588 ある秋の詩 小詩集『風信』より  このところ、私が住む関東南部は涼しい日が続いている。9月の初旬といえば、「残暑」という言葉通り、例年はまだエアコンに頼っているのだが、ことしはそうではない。秋の気配が例年より早く漂い始めているのである。そんな時、一つの詩を読んだ。その詩は「秋の野が奏でる交響詩『たわわ』で結ばれていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/09/05 13:05
1586 「読書は人をつくる」 時間の無駄では決してない
1586 「読書は人をつくる」 時間の無駄では決してない 「読書は満ちた人をつくる」(イギリスのフランシス・ベーコン随想集より。原文=Reading maketh a full man)という言葉がある。英文学者の福原麟太郎は『読書と或る人生』(新潮選書)の中で「満ちた人」とは「心豊かな人」という意味だと書いている。書店が地域に1店舗もない「書店ゼロ自治体」が増えている―という新聞記事を読んで、読書に関する本を引っ張り出すと、冒頭の言葉が飛び込んできた。書店が減っているということは、読書をする人も減っているに違いない。心寂しい、そんな時代なのである。 ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/08/25 13:54
1583 ガダルカナル・インパールを生き抜く 元兵士の手記
1583 ガダルカナル・インパールを生き抜く 元兵士の手記  72回目の終戦の日である。太平洋戦争で310万といわれる日本人が死亡し、中国(1000万人)をはじめアジア各国で2000万人以上が犠牲になったといわれる。天皇陛下は戦没者追悼式で「ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べた。一方安倍首相は、不戦の決意を述べたものの、アジア諸国への加害責任と反省については口にしなかった。太平洋戦争... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/08/15 16:10
1582 戦争文学を読む 72年目の夏
1582 戦争文学を読む 72年目の夏  最近読んだ本は、「戦争文学」といえる3冊だ。特攻隊長の体験を基にした島尾敏男の短編集『島の果て』(集英社文庫)、戦争を知らない世代が書いた高橋弘希『指の骨』(新潮文庫)、フィリピン・ミンダナオ島で生まれ、ジャングルでの避難生活を体験した衣山武秀『どこまで行っても上り坂』(自費出版)である。前掲の2冊はフィクション、3冊目は個人史である。手法は違っていてもそれぞれに戦争の実相を描いていて、深く心に迫ってくる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/08/11 13:18
1570 植物の三徳 清澄のユリ園を訪ねて
1570 植物の三徳 清澄のユリ園を訪ねて  植物には三徳があると言ったのは、植物学者の牧野富太郎である。人間の生活に植物がいかに重要な役割を果たすかを示した言葉である。それは後述するが、牧野は「もしも私が日蓮ほどの偉物であったなら、きっと私は、草木を本尊とする宗教を樹立して見せることができると思っている」(牧野富太郎『植物知識』講談社学術文庫)とも述べている。梅雨の晴れ間に恵まれた一日、牧野の言葉に惹かれて、房総半島のユリ園を見に行った。    訪ねたのは、千葉県で2番目に高い鴨川市の清澄山(きよすみやま、377メートル)である。こ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/06/20 15:07
1567 2つの大戦の過去とは決別できない 『ヨーロッパ炎上 新・100年予測』の結論
1567 2つの大戦の過去とは決別できない 『ヨーロッパ炎上 新・100年予測』の結論  ヨーロッパの国々の関係は複雑だ。ヨーロッパをまとめていたEUは、イギリスの離脱決定によって今後の雲行きが怪しいし、シリアなどから押し寄せる難民問題は解決が困難だ。ジョージ・フリードマンの『ヨーロッパ炎上 新・100年予測』(ハヤカワ文庫)は、そんなヨーロッパ情勢を分析し、今後を占う本である。著者はヨーロッパの今後をどう予測しているのだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/06/01 15:49
1564 「戦争との決別は権利であり、義務である」 江崎誠致著『ルソンの谷間』再読
1564 「戦争との決別は権利であり、義務である」 江崎誠致著『ルソンの谷間』再読  江崎誠致著『ルソンの谷間』(光人社)を再読した。この小説は1957(昭和32)年3月、筑摩書房から出版され、この年の7月、第37回直木賞を受賞している。江崎の体験を基に、太平洋戦争末期、米軍のフィリピン奪回作戦でマニラから撤退する日本軍兵士の悲惨な実態を描いたものだ。内容は純文学の要素も強く、芥川賞を受賞してもおかしくない作品だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/05/06 21:41
1563 ナチに捕えられた画家の大作 ミュシャの『スラヴ叙事詩』
1563 ナチに捕えられた画家の大作 ミュシャの『スラヴ叙事詩』  チェコ出身でよく知られているのは、音楽家のアントニン・ドヴォルザーク(1841〜1904)である。音楽評論家の吉田秀和は「ボヘミアの田舎の貧しい肉屋の息子は、両親からほかに何の財産も与えられなくても、音楽というものをいっぱい持って、世の中に生まれてきた」(新潮文庫『私の好きな曲』)と書いている。吉田が高く評価したドヴォルザークに比べれば、グラフィックデザイナーで画家のアルフォンス・ミュシャ(1860〜1939)の知名度はそれほどではない。だが、吉田風にいえば、ミュシャは美術という才能を持ってこ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/05/02 09:48
1561 ブリューゲル『バベルの塔』を見て 傲慢への戒めを思う
1561 ブリューゲル『バベルの塔』を見て 傲慢への戒めを思う  ピーテル・ブリューゲル(1526/1530年ごろ〜1569)は、2点の「バベルの塔」の作品を残している(もう1点描いたといわれるが、現存していない)。多くの画家がこのテーマで描いているものの、傑作の呼び声が高いのはブリューゲル作である。その1点を東京都美術館で見て、スペイン・バルセロナで建築中の巨大教会、サグラダ・ファミリア(聖家族教会)を連想した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/04/28 11:40
1551 木々の葉のさまは人の世と同じ 『イーリアス』から
1551 木々の葉のさまは人の世と同じ 『イーリアス』から  まことに、木々の葉の世のさまこそ、人間の世の姿とかわらぬ、  木の葉を時に、風が来って地に散り敷くが、他方ではまた  森の木々は繁り栄えて葉を生じ、春の季節が循(めぐ)って来る。  それと同じく人の世系(よすじ)も、かつは生い出て、かつまた滅んでゆくもの。 (岩波文庫・ホメーロス『イーリアス』より) ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/03/19 09:50
1546 再読『一九八四年』 全体主義の芽がそこに…
1546  再読『一九八四年』 全体主義の芽がそこに…  北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏がマレーシア・クアラルンプール空港で暗殺された事件が国際的波紋を呼んでいる。北朝鮮による多国籍の人間を使った請負殺人との見方も出ている。国際空港を舞台にした事件は、全体主義国家の恐怖を描いた英国の作家、ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』の世界が再現されたようで、暗い気持ちになる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/02/18 17:42
1544 異質さを認め尊重する手がかり トランプ時代の『アンネの日記』の読み方
1544 異質さを認め尊重する手がかり トランプ時代の『アンネの日記』の読み方 「人間相互の“異質さ”を認めあい、尊重しあうための手掛かりとして読んでいただければと思う」。翻訳者、深町眞理子は、『アンネの日記 増補新訂版』(文春文庫)のあとがきで、こんなことを書いている。イスラム圏7か国出身者の入国禁止令を出して物議をかもしているトランプ米大統領の姿を見ていて、この本を読み返した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/02/05 15:53
1542 名横綱への道 稀勢の里の魅力
1542 名横綱への道 稀勢の里の魅力  大相撲初場所で大関稀勢の里が初優勝(14勝1敗)し、横綱昇進が決定的になった。優勝インタビューで稀勢の里は「自分の相撲を信じて、一生懸命どんどん稽古して、また強くなって皆さんにいい姿を見せられるように頑張りたいです」と語った。これまで以上に強くなりたいという言葉やよしである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/01/23 14:37
1540 天に軌道があるごとく 歴史に残る人たちの街を歩く
1540 天に軌道があるごとく 歴史に残る人たちの街を歩く 「天に軌道があるごとく、人はそれぞれ運命というものを持っております。とかく気合いだけの政治家は威勢のいいことを言うが、中身はない。トランプのババじゃあないんだから、自分の主張が全部通ると思っていたら、あなた、すぐに化けの皮がはがれますよ。な、そうだろう」 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/01/08 15:16
1538 日米和解から取り残された沖縄 首里城に思う
1538 日米和解から取り残された沖縄 首里城に思う  安倍首相が真珠湾を訪問した。ことし6月にはオバマ大統領が広島を訪れ、平和公園で犠牲者に花束を捧げた。これによって両国の和解の価値を世界に発信するのだという。だが、何かがおかしい。米軍基地に苦しむ沖縄が置き去りにされたままではないか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/27 18:23
1535 真珠湾攻撃幻の第一報  配信されなかったAPの速報
1535 真珠湾攻撃幻の第一報  配信されなかったAPの速報  旧日本海軍が真珠湾の奇襲攻撃に踏み切ったのは1941(昭和16)年12月8日未明(日本時間)で、時差が19時間あるから現地時間は7日(日曜日)朝のことだった。米国ホノルル海軍基地から米海軍省に届いた電報は「Air Raid Pearl Harbor This Is No Drill !!!(真珠湾空襲、演習にあらず)」という内容だった。米国の代表的通信社APの現地記者も当然、速報を流したはずだ。だが、その速報は流されることはなく、幻の第一報になったことがAPの記録に載っている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/13 17:27
1534 「些細なことでも予断は許さない」 最近のニュースに思うリルケの言葉
1534 「些細なことでも予断は許さない」 最近のニュースに思うリルケの言葉 「この世のことはどんな些細なことでも予断を許さない。人生のどんな小さなことも、予想できない多くの部分から組み合わされている」。オーストリアの詩人、ライナー・マリア・リルケ(1875〜1926)は唯一の長編小説『マルテの手記』の中で、こんなことを書いている。含蓄ある言葉である。昨今の世界の動きを見ていると、リルケの考え方の確かさを感じ、身震いする思いなのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/10 21:07
1533 「ありがとうハワイの病院」 人間魚雷・元兵士の記録
1533 「ありがとうハワイの病院」 人間魚雷・元兵士の記録  安倍首相が今月末、ハワイ真珠湾を慰霊訪問するという。75年前の1941(昭和16)年12月8日、多くの日本人は山本五十六率いる連合艦隊の「奇襲攻撃」に狂喜した。一方、アメリカでは「リメンバーパールハーバー」という言葉が使われた。日本の開戦通告が攻撃開始より遅れたため、卑怯な戦法として「12・8」は米国民には忘れてはならない屈辱の日となった。それほどこの奇襲攻撃に怒ったアメリカは、太平洋戦争で捕虜にした日本兵をハワイでどのように扱ったのだろう。手元にある一冊の戦争体験記録を読み返した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/12/07 18:19
1526 文革時代の寒村の悲しみ 曹乃謙著『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』
1526 文革時代の寒村の悲しみ 曹乃謙著『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』  人間は欲望を求める動物である。「食欲、睡眠欲、性欲」が3大欲望といわれるそうだが、このほかにも物欲、金銭欲、名誉欲と欲望は果てしない。だが、その欲望を満たすことできない存在も少なくない。曹乃謙著(杉本万里子訳)『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』(論創社)は、睡眠欲を除いてほとんどの欲望を満たすことができない、寒村の人々を描いたユーモアとペーソスが入り混じった独特の文体の小説である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/11/12 12:37
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感 今回の旅で最初に行ったのは、旅順である。正確には大連市旅順口区という。日露戦争の舞台でもあり、その後多くの日本人が住んだ。知人もここで生まれたこの街は近年まで対外開放されることなく、神秘の地ともいわれたそうだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/11 21:52
1519 中国の旅(6) 若き知日派たち
1519 中国の旅(6) 若き知日派たち いま、日本と中国の関係は「非常に」という形容詞がつくほどギクシャクしている。政冷経熱といわれて久しい。今回の旅で2組の若い世代の夫妻にお世話になった。この人たちは日本通で、知人の家族のような存在だ。互いに日本と中国を行き来する知人と若い2組の夫妻に日中間の壁はないと感じた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/08 14:40
1518 中国の旅(5) いまは?のアカシアの大連
1518 中国の旅(5) いまは?のアカシアの大連 中国の旅に、私は何冊かの本を持って行った。その中に清岡卓行著『アカシヤの大連』も入っている。大連で生まれ育った清岡の自伝的小説ともいえる作品で、アカシアが香る美しい街としての大連が描かれている。32年前、初めてこの街に足を延ばしたときには、この作品の記述を裏付けるような、美しさが残っていた。だが、いまその面影はない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/07 13:02
1517 中国の旅(4) 中国の高齢者たち 
1517 中国の旅(4) 中国の高齢者たち  知人は、旅順で生まれ、この町で1年間だけ小学校に通っている。その小学校を探して歩いていると「旧八一零歴育退休職工活動室」と書かれた平屋の建物が目に入った。文字を読むと、定年退職者専用の建物のようだ。中国にはこのような、定年退職者が集まってゲームを楽しむ娯楽用施設があるらしい。中に入ると八畳間ほどの広さの部屋があり、そこで4人(女性3人と男性1人)が麻雀、2人(男性同士)が中国将棋を楽しんでいた。それぞれのゲームを立って見ている人もいる。この人たちは恵まれた人たちに違いない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/06 21:10
1516 中国の旅(3) 日本人と中国人
1516 中国の旅(3) 日本人と中国人 海外、特にヨーロッパなどを旅していると、あなた(あるいは君)は中国人かと聞かれた経験を持つ日本人は少なくないはずだ。欧米人から見たら、日本人と中国人、あるいは韓国人の見分けはつかないのかもしれない。私たち日本人は中国人や韓国人はほぼ見分けがつくし、逆の立場でも分かるはずだ。そこで、中国の旅で経験した面白いエピソードを紹介したい。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/05 21:48
1515 中国の旅(2) 内モンゴル草原になびくハダク
1515 中国の旅(2) 内モンゴル草原になびくハダク モンゴルの人々はハダクという青い絹の布を大事にする。それは中国・内モンゴルでも同様だ。内モンゴルの工業都市、包頭から車で2時間半かけて希拉穆仁(シラムレン)(モンゴル語で黄色い川の意味)という名の草原に行った。内モンゴルなのだからモンゴル族の人々がほとんどと思ったが、このあたりの包(パオ)で暮らしているのは多くが漢族の人たちだった。だが、ハダクを敬う風習は変わっていなかった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/04 09:35
1514 中国の旅(1) 内モンゴル・薩拉斉にて
1514 中国の旅(1) 内モンゴル・薩拉斉にて 82歳になる知人がいる。生まれてから45年間を中国で暮らし、その後日本に移り、いまも中華料理の現役の料理人として働き続けている。9月下旬、中国でこの人がどんなところに住み、どんな生活をしていたのかを見たり、聞いたりするため一緒に中国を旅し、日本人の姿を見たことがないという内モンゴルの町にも足を踏み入れた。この旅の模様を何回かに分け、報告する。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/10/03 17:57
1513 秋の日の送り方 子規を見習おう
1513 秋の日の送り方 子規を見習おう きょうは「糸瓜忌」(へちまき)だった。俳人正岡子規がこの世を去ったのは114年前の1902年(明治35)9月19日のことである。絶筆の3句で糸瓜を詠んでいることから、いつしかこのように呼ばれるようになったのだという。このところ急に涼しくなってきた。秋の彼岸である。子規の一句。「一日は何をしたやら秋の暮」を思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/09/19 22:19
1509  ジャーナリズムの役割とは むのたけじさんのこと
 1509  ジャーナリズムの役割とは むのたけじさんのこと 《ジャーナリズムとは何か。ジャーナリズムの「ジャーナル」とは、日記とか航海日誌とか商人の当座帳とか、毎日起こることを書くことです。それをずっと続けていくのが新聞。それは何のためかというと、理由は簡単で、いいことは増やす、悪いことは二度と起こらないようにする。ただ、それだけのことです。ところが、最近のジャーナリズムはそこが抜けてしまっている。新聞も「商品」になってしまいました。だから、ニュースではなくてトピックスになっている。いまのジャーナリズムは、いわばトピックスのつまみ食いにすぎない。》(岩波... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2016/08/22 17:03
1505 被爆者たちの死の舞踏 71年前の人類の悲劇の体験
1505 被爆者たちの死の舞踏 71年前の人類の悲劇の体験 きょう6日は、広島原爆の日だった。河野治彦『灯篭流し 陽の目を見なかった父の原爆小説』(文芸社)を読み返した。原爆投下から終戦までの1週間の広島の街の実情を記した手記である。痛みに耐えるために地団駄を踏む格好をしながら、経を読むように一つの場所を回り続ける被爆者のことが描かれている。小説と銘打っているが、これは71年前の真実だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/08/06 17:56
1504 千代の富士挽歌 風は過ぎ行く人生の声
1504 千代の富士挽歌 風は過ぎ行く人生の声 8月になった。ことしの立秋は7日だから、暦の上での夏はきょうを含めてあと6日しかない。とはいえ、心地よい秋の風が吹くのはまだだいぶ先のことだ。盛夏の昨7月31日、大相撲で初めて国民栄誉賞を受賞した第58代横綱千代の富士が亡くなった。61歳という早すぎる死を悼みながら、国技館で初めて千代の富士を見た時のことを思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/08/01 11:25
1503 ロッキード事件40年 様変わりした検察 
1503 ロッキード事件40年 様変わりした検察  NHKTVでロッキード事件特集が放送された。のちに検事総長となる吉永祐介氏が東京地検特捜部副部長・主任検事として様々な困難を乗り切って田中角栄元首相の逮捕にこぎつけるが、もう一つの捜査ターゲット、自衛隊のP3C導入をめぐる疑惑は解明されなかったことを資料や証言で構成した番組だった。ロッキード事件が発覚して今年で40年。首相の犯罪を摘発した検察は弱体化し、見る影もない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/07/26 09:10
1499 古代ハス咲く白水阿弥陀堂  平泉ゆかりの国宝建築物
1499 古代ハス咲く白水阿弥陀堂  平泉ゆかりの国宝建築物 全国に阿弥陀堂は数多い。阿弥陀如来を本尊とする大小のお堂は身近なものになっている。美しい阿弥陀堂としてよく知られている福島県いわき市内郷の「白水(しらみず)阿弥陀堂」を見る機会があった。真言宗智山派の願成寺にあり、建築物としては福島県で唯一、国宝に指定されている。東日本大震災で傷んだ重文の阿弥陀如来像も修復され、優しい眼差しで人々を見つめていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/07/13 20:57
1497 五輪哀歌 アナクロとグローバル化と
1497 五輪哀歌 アナクロとグローバル化と ブラジルのリオ五輪が近づいているせいか、昨今の新聞には五輪関連のニュースが少なくない。朝刊には「国歌歌えぬ選手 日本代表ではない」という見出しの記事があり、夕刊には男子ゴルフの松山選手が「リオ五輪辞退」というニュースが載っていた。これらの記事を読んであらためて五輪について考えさせられた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/07/04 21:21
1488 都合のいい「新しい判断」 政治に必要なのは「モラルと思想」
1488 都合のいい「新しい判断」 政治に必要なのは「モラルと思想」 「理性ある動物、人間とは、まことに都合のいいものである。したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、理屈をつけることもできるのだから」。アメリカ独立宣言起草委員の1人で、アメリカ建国の父ともいわれるベンジャミン・フランクリンの言葉である。以前にもこのブログで書いているが、安倍晋三首相の消費税増税再延期の記者会見を聞いて、この言葉を思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/06/02 21:50
1486 詩から想像する太古の歴史 最後のネアンデルタール人の哀愁
1486 詩から想像する太古の歴史 最後のネアンデルタール人の哀愁 埼玉県在住の9人の詩人による『薇』という詩誌14号に「最後の一族」という秋山公哉さんの詩が載っている。ヒト属の一種といわれるネアンデルタール人のことを描いた詩である。偶然だが、イギリスの人類学者アリス・ロバーツの『人類20万年 遥かな旅路』(野中香方子訳、文春文庫)を読んでいる。現在進行形なのはこの本が分厚く、内容が濃いためだ。この本にもネアンデルタール人が絶滅したといわれるジブラルタルの旅が記されている。秋山さんの詩を読み、ロバーツの本の頁をめくり太古の歴史を考えた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/05/28 21:46
1485 オバマ大統領の広島訪問の意味 非道さを伝えたAPの第一報
1485 オバマ大統領の広島訪問の意味 非道さを伝えたAPの第一報 「人類が開発した最も恐ろしい兵器――原子の分裂という宇宙の根源的な力によって徹底的な破壊をもたらす原子爆弾――が今日、その凄まじさで日本を驚愕させ、そしてそれがもたらす戦争と平和への潜在的可能性を示し、世界の他の地域をも驚愕させた」 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/05/27 21:39
1484『わが定数歌』 ある大先輩の歌集から
1484『わが定数歌』 ある大先輩の歌集から 芽を吹きて欅(けやき)は空に濃くなりぬわが「市の樹(まちのき)」と思ひつつ行く ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/05/23 10:40
1481 この世は勧善懲悪ではない ゴンクール賞 『天国でまた会おう』
1481 この世は勧善懲悪ではない ゴンクール賞 『天国でまた会おう』 ピエール・ルメートル著『天国でまた会おう』(ハヤカワ文庫、上下)は『第一次世界大戦(1914〜1918)で、上官によって瀕死の状況に追い込まれながら生き延びたフランスの元兵士2人が戦後、どのように生きたを描いている。2人は壮大な詐欺事件という悪事を持って社会に復讐し、英雄として復帰し上流社会の一員となった上官は悪事によって破滅する。2つの悪の結末は勧善懲悪(善いことをすすめ、悪事を懲らしめる)の結末ではない。だが、フランスらしいエスプリに富んだ作品で、読後感はさわやかだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/05/11 21:52
1480 誰にも弱点・アキレス腱が 人を知るために
1480 誰にも弱点・アキレス腱が 人を知るために 旧聞に属するが、女子マラソンの野口みずき(37)と男子水泳(平泳ぎ)の北島康介(33)という、オリンピックの金メダリストが相次いで現役を引退した。一方、大相撲界では、幕内最高齢の安美錦(37)がアキレス腱断裂で3日目から休場し、引退の危機に立たされた。満身創痍で戦い続ける安美錦の復活を願うばかりだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/05/10 15:51
1478 戦争写真『硫黄島の星条旗』の謎 太平洋戦争とは何だったのか
1478 戦争写真『硫黄島の星条旗』の謎 太平洋戦争とは何だったのか 太平洋戦争をとらえた写真の中で、米国ではAP通信カメラマンの「硫黄島の星条旗」が傑作として名高い。激戦地の摺鉢山山頂に米国旗・星条旗を掲げる6人の米兵たちの姿を撮影した写真である。この写真をめぐって、1人の兵士がこれまで言われてきた兵士と別人の可能性があり、海兵隊が調査を進めているというニュースが流れている。真偽は不明だが、謎は解き明かされるのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/05/04 18:14
1477 養老渓谷で感じる地球の驚異 地磁気逆転の地層「チバニアン」 
1477 養老渓谷で感じる地球の驚異 地磁気逆転の地層「チバニアン」  千葉の養老渓谷に出掛けたことがある人は多いだろう。自然が美しく、温泉もある。そこにもう一つの隠れた名所があることを最近知った。地質学的に貴重な場所で、地質学の専門用語でいうと「地球磁場逆転期の地層」と呼ぶ。養老渓谷から流れ出ている養老川沿いの崖面(露頭)にあり、ことし8月末から9月初めにかけて開催される地質学の交際会議でこの場所が磁場逆転期の地層として「国際模式地」に選ばれるかもしれない。その現場を地球の驚異を感じながら歩いた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/05/02 23:10
1464 ISとトランプ現象は格差社会への警鐘 4月1日に考える
1464 ISとトランプ現象は格差社会への警鐘 4月1日に考える 4月1日はエイプリルフール(4月ばか)。嘘をついてもいいという風習の日だ。だが、現実の世界を見ていると、そんな心境にはなれない。21世紀はテロの世紀になってしまうのかと思わせるほど、ISによる無残で残酷なテロが相次いでいるからだ。そして、米国では次期大統領選の共和党候補者選びでトランプ氏という不可思議な人物がトップを走っている。ISとトランプ氏に共通するのは「極端」という言葉ではないかと思う。それは格差社会になってしまった現代に対する警鐘ではないだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/04/01 21:23
1461 ウクライナ危機の本質とは 『プーチンとG8の終焉』
1461 ウクライナ危機の本質とは 『プーチンとG8の終焉』 ロシアによるクリミアの併合、混迷するウクライナ危機はかつての米ソ冷戦時代の再来かといわれた。クリミア併合をきっかけに欧米を中心とする国々がロシアに経済制裁を加え、これまでのG8という枠組みからロシアを除外する動きが続いた。こうした国際社会の動きの中で、プーチン・ロシアを取り巻く情勢をフォローし、今後の国際社会の在り方を考え、ロシアの将来を占ったのが本書(佐藤親賢著、岩波新書)である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/03/24 14:23
1456 カラヴァッジョの心の闇 逃亡犯の絵画芸術
1456 カラヴァッジョの心の闇 逃亡犯の絵画芸術 殺人犯として追われるほど破天荒な生活をする一方、バロック絵画の創始者として名を残したのは、イタリアのミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571−1610)である。国立西洋美術館で開催中の「カラヴァッジョ展」(カラヴァッジョ作品10点と同時代の他の画家の作品の計51点を展示)をのぞいてみると、混雑度はそうひどくなかった。カラヴァッジョの作品には、彼が殺人事件を起こした直後に描いた《エマオの晩餐》(1606)も含まれ、闇の中に浮かび上がる5人の人物像が印象に残った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/03/10 16:01
1454 大震災・原発事故を生き抜く 悪漢から逃れる薄幸の少女「バラカ」 
1454 大震災・原発事故を生き抜く 悪漢から逃れる薄幸の少女「バラカ」  桐野夏生の新刊『バラカ』(集英社)に描かれる日本は、悪い奴が跋扈している。大震災の前と後の日本社会。日本にきていた日系ブラジル人同士の両親から生まれ、「バラカ」と名付けられた女の子の数奇な運命を軸に物語は進行していく。そこに描かれる、悪い奴がのさばる社会の姿は、現代日本とそう変わらない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/03/07 10:51
1452 3月2日とは 忘れてはならない中国残留孤児問題
1452 3月2日とは 忘れてはならない中国残留孤児問題 1981年3月2日、中国残留日本人孤児の訪日肉親捜しがスタートした。日中の国交回復から9年、経済大国を歩む日本と文化大革命の後遺症に苦しむ中国の実情は、やってきた日本人孤児の人民服姿にも反映されていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/03/02 21:57
1450 悲劇の画家の肖像画 憂い漂うファブリティウス
1450 悲劇の画家の肖像画 憂い漂うファブリティウス 森アーツセンターギャラリー(東京・六本木)で開催中の「フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」を見た。オランダのこの世紀の代表的画家といわれるフェルメール(1632〜75)とレンブラント(1606〜69)の作品(各1点)のほか、同時代のオランダの画家たちの作品計60点を集めたものだ。「水差しを持つ女」(フェルメール)、「ベローナ」(レンブラント)とは別に、私はカレル・ファブリティウス(1622〜54)の2点の肖像画を前にやや長く足をとどめた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/02/29 09:59
1447 言葉との格闘 乙川優三郎の現代小説
1447 言葉との格闘 乙川優三郎の現代小説 乙川優三郎といえば、時代小説の作家と思っていた。『五年の梅』や『生きる』という本は私の本棚にもある。その乙川が現代小説にも筆を染めている。最近、そのうち『脊梁山脈』など3冊を集中して読んだ。文芸評論家・作家の丸谷才一は『文章読本』(中央公論社)の中で、「文章上達の秘訣は一つしかない。名文を読むことだ」と言い切っているが、乙川の文章はまさにそれに当てはまる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/02/24 18:38
1442 「聖母子像画」に見る美の追求 ダ・ヴィンチとボッティチェリ展
美術とは何だろうと、約500年前の2つの名画を見てあらためて考えた。それはレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)の「糸巻きの聖母」とサンドロ・ボッティチェリ(1444/45〜1510)の「書物の聖母」である。活動時期が重なり、ルネサンスを代表する芸術家である2人の聖母子像作品は、宗教画とは無縁な私でも引き寄せられるアラウ(ラテン語で独特の雰囲気の意味)が感じられた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/02/12 13:04
1438 人生の選択 グローバル化時代の望郷とは
望郷とは、「故郷をしたいのぞむこと。故郷に思いをはせること」(広辞苑)という意味だ。世はグローバル化時代。飛行機をはじめとする交通機関やインターネットという情報手段の発達によって、世界は狭くなった。だから、望郷という言葉はあまり使われなくなった。だが、この言葉は海外で暮らす人には付き物だろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/01/26 22:06
1437 輝いた琴奨菊 相撲人生の満開はこれから
根拠は不明だが、相撲は国技といわれる。にもかかわらず、大相撲はこの10年にわたって日本出身力士の優勝はなく、国技は名ばかりになっていた。白鵬をはじめとするモンゴル出身力士が角界を支えているといっても過言ではない時代が続いている。そんな中で、予想外(解説者・北の富士)の活躍をし、優勝したのは大関・琴奨菊だった。人間には隠れた能力があることを琴奨菊は実証したといえる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/01/24 21:51
1436 モラルハザードとバス事故 恐怖のニュートラル走行
長野県軽井沢町で発生したスキーツアーバス事故で、バスのギアがニュートラル状態にあったというニュース流れている。ニュートラルとは、ギアがかみ合わずに動力が伝達されない状態のことで、下り坂でこの状態になるとエンジンブレーキは当然かからないから、フットブレーキに頼ることになる。なぜ、こうした状態になったのか、調査の結果が待たれる。かなり以前、この状態(ニュートラル)のバスに乗り合わせ、恐怖の体験をしたことを思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/01/22 16:56
1432 「物理学者は罪を知った」……  原爆の父の悔恨
新年早々、北朝鮮の核実験(北朝鮮は水爆実験成功と発表)という物騒なニュースが流れた。このニュースを聞いてアメリカの核開発を担ったマンハッタン計画を主導し、原爆の父といわれた物理学者、ロバート・オッペンハイマー(1904―1967)の「物理学者は罪を知った」という言葉を思い浮かべた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/01/07 15:51
1423 苦難の中での発想 新潟のオリーブ栽培
クイズ番組で優勝を目指す物知りは別にして、人間には知らないことが少なくない。オリーブについてもそうだった。オリーブといえば、実から採ったオリーブ油がすぐに頭に浮かぶ。だが、その葉も実は効用があることが知人からの連絡で知った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/12/04 22:32
1422 芸術は歴史そのもの 絵画と映画と
12月になった。季節は冬。人生でいえば長い歴史を歩んできた高齢者の季節である。最近、歴史を考える機会が増えた。それは絵画であり、映画だった。まず、絵画展。「村上隆の五百羅漢図展」(六本木ヒルズ、森美術館)、DIC川村美術館(千葉県佐倉市)の「絵の住処―作品が暮らす11の部屋」の2つ。そして映画は「黄金のアデーレ 名画の帰還」と「ミケランジェロプロジェクト」の2本。いずれも人間の歴史と深いかかわりを持っていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/12/01 22:12
1421 マルタと沖縄と ミニ国家が歩む道
最近マルタ島を旅した知人がいる。人口42万人、国土面積は東京23区の半分に当たる316平方キロという小さな島国(マルタ島やゴゾ島、コミノ島からなるイギリス連邦のマルタ共和国)である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/11/24 17:04
1420 大量遭難の背景は 映画『エベレスト3D』と原作『空へ』
登山の醍醐味は、困難を乗り越えて頂上に立ったときの達成感なのだろうか。登山をやらない私にはその辺のことは分からない。1996年にエベレスト(8848メートル)で起きた大量遭難で、遭難を免れたジャーナリスト、ジョン・クラカワーが体験したことは、そうではなかった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/11/23 18:30
1419 谷風と北の湖 1974年夏の思い出
大相撲の第55代横綱で相撲協会理事長の北の湖が亡くなった。62歳という年齢は長寿社会の現代では若い。北の湖理事長の死は、現役時代に無理を重ねる力士の寿命があまり長くないことを示している。訃報を聞いて41年前のことを思い出した。北の湖が横綱になった1974年(昭和49)夏のことである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/11/22 23:11
1418 画家フジタが生きたパリ 喜びと悲しみを内包した芸術の都
映画「FOUJITA」は、フランスを中心に活動した画家、藤田嗣治(1886〜1968)の半生を描いた日仏合作の作品だ。監督は小栗康平、主演はオダギリ・ジョー。藤田といえば、オカッパ頭とロイドメガネで知られ、1820年代のパリで日本画の技法も取り入れた「乳白色の肌」の裸婦を描いて注目を集め、エコール・ド・パリ(20世紀前半、世界各地からパリのモンマルトルやモンパルナスに集まり、ボヘミアン的生活をしていた画家たちのこと)の寵児になった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/11/17 09:55
1415 尺八の音を聞き歩く秋日和  千鳥ヶ淵の光景
昨日、東京の街をぶらぶらと歩いた。最高気温は17・4度。日陰に入るとやや肌寒いが、歩くには爽快な一日だった。千鳥ヶ淵の戦没者墓苑付近を通りかかると「仰げば尊し」のメロディが流れてきた。近づいてみると、60歳は超えたと思われる男性が尺八を吹いていた。太平洋戦争で亡くなり、身元の分からない遺骨が安置されている戦没者墓苑とこの曲が似合うかどうかは人それぞれの感想があるだろう。私は、ふと足を止めた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/11/02 11:29
1414 一番大切なものは希望 『生きて帰ってきた男』『世界の果ての子どもたち』を読む
「希望だ。それがあれば、人間は生きていける」 最近読んだ本のうち小熊英二『生きて帰ってきた男 ―ある日本兵の戦争と戦後』(岩波新書)のラストにこんな言葉が出てくる。一方、中脇初枝『世界の果ての子どもたち』(講談社)は、3人の少女が分け合って食べた一つのおむすびを通じて、国境を超えた友情の大切さを訴えた物語だ。ノンフィクション、フィクションの違いがあるが、2冊は戦前と戦後という時代を背景に、懸命に生きる人たちを描いた作品だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/10/28 15:18
1411 会津の歴史が詰まる古刹 国宝を持つ勝常寺
「山は暮れて野は黄昏の薄哉」(与謝蕪村) 蕪村は江戸時代を代表する俳人で、絵師でもある。先日、未確認の俳句212句が俳句集「夜半亭蕪村句集」に収録されていたというニュースがあり、蕪村の俳句の奥の深さを感じたものだ。秋の気配が漂う会津や日光を訪れ、蕪村の冒頭の俳句を思い出しながら山の紅葉に見入った。会津は紅葉の季節。磐梯山の山腹も赤く染まり、稲の取り入れは終わっていてそば畑では収穫を待つそばが実っていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/10/21 15:42
1409 自然界の驚異を知る大村さんの受賞 受け継がれるヒポクラテスの精神
山形の知人から、きのこの季節を知らせる便りが届いた。写真を見ると、里山のこの秋は大豊作のようだ。きのこには人間が食べることができるものと、食べると最悪命を失う毒を持ったものがある。長い歴史を経てその見分けができるようになったのだから、人間の知恵と同時に自然界の奥の深さを感じる。ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった北里大特別栄誉教授大村智さん(80)の研究も、自然の驚異を思わせるものだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/10/06 16:30
1404 維持してほしい風情ある姿 2つの小さな仏堂
全国に「阿弥陀堂」や「観音堂」「薬師堂」が幾つあるか知らない。だが、人それぞれに、この名称を持つ建物に接したことがあるだろう。2002年の映画『阿弥陀堂だより』に出てきた小さな阿弥陀堂は、味わい深い思いで見たことを覚えている。秋の彼岸の一日、茅葺の小さな「阿弥陀堂」と「観音堂」を見る機会があった。いずれも千葉県市原市の山あいにひっそりと建つ重文(国指定重要文化財)だが、私たち以外に堂に詣でる人の姿はほかになかった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/09/22 19:12
1403 きょうは子規のへちま忌 「言葉はこの世の屑」なのか
正岡子規は1902年(明治35)9月19日に闘病の末、34歳で亡くなった。113年前のきょうのことだ。糸瓜忌である。子規の死を知った親友、夏目漱石の句と子規最後の句は9月1日のブログで紹介した。明日20日は彼岸の入り、子規の句集を読み直した。子規の句に「一日は何をしたやら秋の暮れ」がある。子規にとって、それはどんな秋の一日だったのだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/09/19 21:04
1402 道義なき現代政治 安保法制に憲政の神様を思う
憲政の神様といわれた政治家がかつて存在した。尾崎行雄(咢堂)である。1912年(大正元)、犬養毅(1932年の5・15事件で暗殺)とともに第一次護憲運動を行い、組閣したばかりの長州閥、桂太郎内閣を総辞職に追い込んだことで知られる硬骨漢である。尾崎は1939年(昭和14)、千葉県銚子市の旧伏見宮家別荘の瑞鶴荘を訪れた際に「朝またき 彼方の岸は アメリカと聞きて爪立つ おはしまのはし」という歌を詠んでいる。   「まだ夜が明けきらない時間、対岸はアメリカだと聞いて、ベランダの手すりの端に爪先立っ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/09/17 22:12
1398 カッサンドルと亀倉雄策と 五輪のエンブレムをめぐって
白地に赤い太陽と黄金の五輪マークを組み合わせた第18回東京五輪(1964年)の大会シンボルマーク(エンブレムのこと)の制作者、亀倉雄策(1915〜1997)はフランス人グラフィックデザイナー、アドルフ・ムーロン・カッサンドル(1901〜1968)を尊敬していたという。カッサンドルは「絵画はそれ自身で目的になるが、ポスター(広告)は売り手と公衆のコミュニケーションの手段にすぎない」という言葉を残している。彼は、見る者に衝撃を与えることが制作のポリシーだったという。その意味でも、亀倉の作品は日本だけ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/09/04 16:33
1397 地球の裏側にやってきたペルーの宗教画 藤田嗣治が持ち帰ったクスコ派の作品
日本画の技法を油彩画に取り入れ、エコール・ド・パリの画家として知られている藤田嗣治は1931年南米旅行をした際、ペルーのクスコを訪れている。標高3400メートルの高地にあるクスコはかつてのインカ帝国の首都で、インカ文明の中心地だった。ここで藤田はペルークスコ派の宗教画に接し、何枚かの絵を購入したのだ。私にはそれが意外だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/09/03 15:04
1393 「現代を憂え、戦後をかみしめる」 ある句会にて
何度も書いているように、今年は戦後70年である。この間、日本は平和を享受してきた。だが昨今、政治の世界では国の防衛について、大きな進路変更を迫る動きがあることはご承知の通りである。そんな政治とは別にして、今年の戦没者慰霊式典で天皇は「さきの大戦に対する深い反省」という言葉を述べ、日中戦争・太平洋戦争に対する明確な姿勢を示した。そんな中で同好の士による句会が開かれ、兼題の一つである「終戦記念日、終戦日、敗戦忌」についての句が披露された。現代を憂い、戦後70年をかみしめる思いの句会だったと、私は受け... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/08/24 22:11
1391 未来を予見させる聖母子画 ラファエロと無名画家
アルテ・マイスター絵画館(ドイツ・ドレスデン、古典巨匠絵画館)の『システィーナの聖母』(『サン・シストの聖母』とも呼ばれる)はラファエロ(ラファエッロとも)・サンティ(1483〜1520)の最もよく知られた祭壇画である。第二次大戦後、ソ連に持ち去られたのち返還されるという過去も持つ名画だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/08/19 20:25
1390 戦後史に残る町 ドイツ・ポツダムのこと
戦後70年の歴史を考えるとき、以前訪れたことがある一つの町のことが頭の中に浮かんでくる。ドイツのポツダムである。米国大統領(トルーマン)、英国首相(チャーチル)、中華民国主席(蒋介石)の名前で日本に対し無条件降伏を求める「ポツダム宣言」はここで出された。国会で質問された際、安倍首相が「つまびらかには読んでいない」と答弁し、物議を醸した13カ条からなる宣言だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/08/18 20:02
1389 8・15は暗黒の十字路 70年談話に思う
「『8・15』とはまことに無慚なさまざまな体験と自責と怨念と愛憎とのブラック・クロス(暗黒の十字路)である。そして今なおそうであり続けている」。歴史家の色川大吉は『ある昭和史 自分史の試み』の中で、8・15について、このよう述べている。太平洋戦争、日中戦争が終結して70年になった。この日に対する思いは人それぞれにしても、戦争とは何かを考える時間を持ちたい。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/08/15 09:25
1388 繰り返してはならない「日本の一番長い日」 8月15日を前に
70年前の今ごろ、日本は太平洋戦争末期の断末魔状態にあった。それでも、旧陸軍を中心とする軍部は「一億総玉砕」を唱え、本土決戦を主張した。極限状況下にあって、人間は狂気に陥る。映画『日本の一番長い日』を見て、それをあらためて感じた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/08/13 23:22
1385 大災害から復興したオランダの古都  フェルメール・「デルフトの眺望」 
8月になった。部屋の絵カレンダーをめくると、今月は日本でも人気が高いヨハネス・フェルメール(1632〜75)の風景画『デルフトの眺望』だった。フェルメールが自分の生まれ故郷、オランダ南ホラント州デルフトの朝の町並みを描いた作品だ。1660〜1661年ごろの作品といわれ、スヒー川の対岸から運河と市壁に囲まれた街並みを描いたものだ。マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』にも登場する美しい絵だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/08/03 18:15
1382 『戦争紀行』(杉山市平著)再読 侵略戦争への警告
ことしは戦後70年になる。私的な俳句の会合が8月にあるが、この句会の兼題(出題によって事前に句をつくり、句会で発表すること)の一つが「終戦記念日」(傍題 敗戦忌、終戦の日、終戦日、八月十五日)と指定された。案内には「今年は昭和90年、戦後70年。節目にあたり一句試してみましょう」とあり、暑さに耐えながら句を考えている。そんな日常、8年前の2007年7月に出版された『戦争紀行』(いりす・同時代社)という本を再読した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/07/26 20:45
1379 トマス・モアと安保法制  政治家の理性とは
『ユートピア』の著者、トマス・モア(1478〜1535)は中世イングランドの法律家・思想家だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/07/10 22:00
1377 光の画家フェルメールと帰属作品  西洋美術館の『聖プラクセディス』
東京・上野の国立西洋美術館の常設展に「フェルメールに帰属」という作品がことし3月から展示されている。『聖プラクセディス』という、オランダの画家ヨハネス・フェルメール(1632-75)が若き日、イタリアの画家、フェリーチェ・フィルケレッリ(1605-60)の同じ主題の作品を模写した可能性が指摘されている聖女を描いた作品だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/07/07 14:11
1375 「マドレーヌに紅茶」と「羊羹にお茶」 『失われた時を求めて 全一冊』
「プル―スト効果」という現象がある。フランスの作家、マルセル・プルースト(1871-1922)の長編小説『失われた時を求めて』で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸したとき、その香りをきっかけとして幼いころの記憶が鮮やかに蘇るという描写から名付けられた、心理学や精神医学の世界ではよく知られた言葉だという。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/06/30 22:26
1373 みるく世がやゆら(今は平和でしょうか) 沖縄慰霊の日に思う
23日は沖縄にとって特別な日だった。おびただしい犠牲を伴った太平洋戦争・沖縄戦が終結したのが70年前のこの日であり、糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で沖縄の全戦没者を追悼する「慰霊の日」の追悼式典が行われ、安倍首相も式典に出席し、あいさつした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/06/24 20:33
1371 映画「あん」・社会の片隅で ハンセン病回復者の生き方 
「あん」はハンセン病(末尾に注)回復者の生き方をテーマにした映画だ。主要な登場人物は3人である。どら焼き店をやっている訳ありの男(永瀬正敏)、そこに放課後に通うかぎっ子の女子中学生(内田伽羅•樹木希林の実の孫)、どら焼きのにおいに惹かれてやってきて、働かせてほしいというハンセン病回復者の高齢の女性(樹木希林)である。日本社会の片隅で一生懸命生きている人たちがいる。映画を見ての感想である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/06/12 22:56
1370 映画『おかあさんの木』 忘れてはならない戦争の不条理
ことしは戦後70年。あの戦争は遠い存在になったのだろうか。決して、そうとはいえない。国会では集団的自衛権の限定的行使を容認する安保法制が審議中であり、政権は憲法学者が口をそろえて「違憲」だと断じたことに耳を貸そうとしない、頑なな姿勢をとっている。世の中がおかしな雰囲気になっている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/06/09 09:01
1367 『風に吹かれて』と『ティアーズ・イン・ヘヴン』 時を超えた名曲
詩人・コラムニストの高橋郁男さんが詩誌「コールサック」で連載している『詩のオデュッサイア―ギルガメシュからディランまで、時に磨かれた古今東西の詩句、四千年の旅』という詩論が7回を数え、米国のミュージシャン、ボブ・ディランの『風に吹かれて』(Blowin' in the Wind)が紹介されている。ギルガメシュは、古代メソポタミアの叙事詩に登場する英雄であり、暴君で、高橋さんの詩論はこの叙事詩から始まり、ディランに至っている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/06/02 13:48
1366 生き方の結晶・野菜と花 「アウラ」市毛實写真展
「アウラ」と題した写真展を見た。5月26日から31日まで東京・南青山で開かれている市毛實さんの花と野菜に絞った写真展だ。モノクロの光と影を駆使したさまざまな写真からは不思議な生命力が伝わり、会場には深淵な雰囲気が漂っていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/05/27 10:49
1365 世界が狂気になる前に 核廃絶への道は?
ニューヨークで開催されていた核不拡散条約(NPT)再検討会議が、1ヵ月も議論を続けながら最終文書を採択できないまま5月24日に閉幕した。広島、長崎の原爆被爆者の核兵器の廃絶の願いは、核保有国の身勝手によって消し飛んでしまった。手元にあったヘルマン・ヘッセ(1877〜1962)の「花に水をやりながら」(1932年8月28日)という短い詩を読み返した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/05/25 10:46
1363 読書の楽しみ 新しい世界への旅
読書の楽しみは何だろう。本を読むたびに新しい世界を知ることができ、脳が活性化する。だから、目が疲れても本を手放すことができない。以下は最近読んだ文芸作品だ。独断と偏見でその寸評を記してみる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/05/21 21:06
1362 野の花アザミ 連想する言葉は「ありがとう」
道のわきに紫色のアザミの花が咲いている。何気なく通り過ぎていたが、かなり以前から咲いていた。俳句では「薊」が春、「夏薊」が夏の季語になっており、アザミの花期が長いことがうかがえる。種類が多く(世界で約250種、日本では70〜80種)、春から秋にかけて花が咲いているそうだから、散歩途中に目を楽しませてくれる野の花といえよう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/05/20 10:19
1359 33年続いた笠間の陶炎祭 息づく自由な発想
日本の三大焼物は「萩焼」(萩市)、「楽焼」(京都府)、「 唐津焼」(佐賀県)といわれる。このほか焼物の町として栃木の益子や愛知の瀬戸、滋賀の信楽はよく知られている。これに加え、茨城県笠間も陶芸家が住む焼物の町としてクローズアップされている。笠間では毎年、ゴールデンウィーク中に「陶炎祭」という焼物市が開かれている。それが今年で33回になった。ささやかな焼物市はいまでは、益子に劣らない人気の市になった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/05/07 22:13
1353 二足のわらじの芸術家たち 多彩な才能に畏敬
手近にあったCDをかけると、ロシアのアレクサンドル・ボロディン(1833〜87)の「ノクターン〜弦楽4重奏曲第2番ニ長調第3楽章」が流れてきた。ボロディンといえば作曲家のほかに化学者の顔を持ち、二足のわらじを履き続けた人である。多方面に才能を発揮した人物と言えば、イタリア・ルネッサンス期のレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)がいるが、一芸だけでなく多芸に才能を発揮する存在は少なくない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/04/20 16:38
1348 ミモザ咲く季節 ダンテが踏みし甃(いしだたみ)
庭にある2本の黄色い花が咲きました。いわゆる「ミモザ」です。1本はよく見かけるもので、こちらは「ミモザアカシア」、もう1本はやや色が薄い「銀葉アカシア」です。いずれもオーストラリア原産の初春の花です。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/03/17 10:08
1347 東日本大震災・原発事故から4年 人の心に浮かぶもの
「福島の原発事故が日本という高度な技術水準を持つ国でもリスクがあり、事故は起きるのだということを如実に示した。私たちが現実に起こりうるとは思えないと考えていたリスクがあることが分かった」 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/03/10 14:21
1346 過去と向き合う姿勢 「パリよ永遠に」とメルケル首相来日
来日したドイツのメルケル首相が講演で、第2次大戦中に関係が悪化した周辺国との和解には「過去と向き合うことが重要」との認識を示し、不倶戴天の敵だったドイツとフランスの関係が和解から友情に発展したのは「両国民が歩み寄ろうとしたところから始まった」と語った―というニュースを読んだ。かつてドイツはフランスを占領し、ヒトラーはパリの主要な建造物を爆破する命令を出した。この命令は実行されず、美しいパリの街が救われたことは歴史的事実である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/03/09 21:48
1345 平山郁夫の一枚の絵 千葉県立美術館にて
「サラエボは画家としての私に、どんな境遇や環境にあろうと、平和を祈る作品を描き続けなければならないと、あらためて覚悟させた。画家として、感動することがいかに大事であるかを再認識させた」―。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/03/06 16:53
1344 戦争は人間の所業の空しさ 戦艦武蔵発見に思う
戦艦「武蔵」が米軍の攻撃で沈没したのは1944年10月24日のことである。それから既に70年が過ぎている。米マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン氏がフィリピン中部のシブヤン海でその武蔵を発見したとインターネットのツイッターで写真や動画を掲載した。武蔵に間違いないとみられる。吉村昭の記録文学『戦艦武蔵』(新潮社)を本棚から探し出し、あらためて頁をめくった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/03/05 16:17
1340 帰還兵の悲劇の連鎖 映画『アメリカンスナイパー』
新聞の外信面に「『米軍伝説の狙撃手』を射殺 元海兵隊員に終身刑判決」(東京)という記事が出ていた。イラク戦争を題材にし、現在日本でも上映中の映画『アメリカンスナイパー』のモデルとなった、元海軍特殊部隊の射撃の名手ら2人を銃で射殺した元海兵隊員に対する判決だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/02/26 11:05
1339 おかしな世界と日本 繰り返す栄枯衰退の歴史
国会は「言論の府」といわれる。言論が尊重され、言論によって国政のあり方が議論されている。しかし、現在の国会の姿は異常である。安倍晋三首相や自民党議員が国会で野次を飛ばし謝罪するという醜態を演じ、日本の政治家から品格がなくなっているとしか言いようがない事態になっているからだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/02/24 22:20
1338 雛の家が見える海の町 勝浦の風物詩に誘われて
高浜虚子に師事した原石鼎(はら・せきてい)は「雛の家ほつほつ見えて海の町」という句を残した。「ほつほつ」というのは、物事が少しずつあるいは徐々に行われる様を指す副詞である。千葉県勝浦市はまさに雛が見える海の町である。いまこの町の風物詩ともいえる「かつうらビッグひな祭り」(2月20日から3月3日までの日程)が開催中で、驚くばかりの多くの雛がさまざまな場所に飾られていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/02/22 17:33
1336 開帳された大日如来坐像を見る 千葉県睦沢町・妙楽寺にて
木造の重要文化財・大日如来坐像の御開帳があるというので、千葉県睦沢町の天台宗妙楽寺に行ってみた。JR上総一宮から車で約20分内陸に入った山の中だが、境内には年1回の御開帳を見ようとする参拝者が詰めかけていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/02/09 14:45
1334 野獣的行為と勝手な理屈  カッパドキアの地下都市を想起
「イスラム国」による湯川遥菜さんと後藤健二さん、ヨルダン軍のパイロットモアズ・カサスベ中尉の殺害のニュースに接して思ったのはトマス・モアとフランクリンの言葉だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/02/05 12:40
1322 冬本番、春を待つ心 東山魁夷展にて
東京・恵比寿の山種美術館で開催中の「東山魁夷と日本の四季」という特別展をのぞいた。東山魁夷(1908〜1999)が亡くなってことしで15年になる。以前、東山魁夷の絵は東京世田谷にある長谷川町子美術館と竹橋の東京国立近代美術館で見ているが、何回見ても気持ちが落ち着く。来館者の多くは同じ思いでやってきたのかもしれない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/12/09 10:39
1321 太平洋戦争開戦から73年 「恐ろしい冒険」と記したチャーチル
風邪をひいて1週間、朝の散歩と公園でのラジオ体操をやめていた。今朝から再開したが、いつもの散歩の時間の6時過ぎでもまだ外は薄暗い。きょう12月8日は、73年前の1941年(昭和16)に日本軍がアメリカの真珠湾の攻撃を行い、太平洋戦争に突入した日である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/12/08 15:19
1320 おかしな解散の儀式 劣化する政治
衆議院が解散し12月14日に選挙が実施される。伊吹文明議長が解散の詔書を読み上げる際、「バンザイ」の声が途中で出てしまい、終わった後議長が「バンザイはここでやってください」と促すというおかしな解散の儀式だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/11/21 14:41
1313 蘇ったグレース・ケリー 映画「公妃の切り札」
国の面積が約197ヘクタールとヴァチカン市国に次いで世界で2番目に小さな国が地中海に面したモナコである。人口は3万6千人余とミニ国家だが、金持ちが住む国としても知られ、日本人では元サッカー選手の中田英寿やテニスのクルム伊達らも居住権を持っているという。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/10/29 08:59
1308 報道写真家が入れない領域  混迷度増す現代社会
日本百名山の一つ、御嶽山が9月27日に噴火して戦後最悪の死者を出した。あれから間もなく3週間になるが、きょう16日で、行方不明者の捜索活動は打ち切られた。山はもう冬なのである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/10/16 22:54
1307 バイヨン寺院の出来事 悲劇のアンコールワット
ことしも帰化植物、セイダカアワダチソウの黄色い花が咲く季節になった。散歩コースの調整池の周囲には、天敵のススキと共存共栄している姿が見られる。こんな風景の中を歩いていると旅をしたくなる。旅といえば1年少し前、カンボジアの世界遺産・アンコールワットに行ったが、この遺跡をめぐって小さなニュースが流れた。アンコールワット遺跡のバイヨン寺院で、観光客のニュージーランド人の女性が仏像を破壊したというのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/10/15 17:31
1305 進まぬジャーナリズムの変革 メデイァ批評15年のコラム集
朝日新聞の原発事故をめぐるいわゆる「吉田調書」と慰安婦に関する「吉田証言」の2つの誤報問題は、日本のジャーナリズムが危機的状況にあることを感じさせる。そんなときに新聞通信調査会が刊行した『ジャーナリズムよ メディア批評の15年』という本に目を通した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/10/06 11:07
1301 国産ウイスキーをつくった竹鶴政孝の生涯 再読『ヒゲのウヰスキー誕生す』
先ごろ、イギリスからの独立の可否を問う住民投票があり、独立反対票が賛成票を上回り、イギリスにとどまることになったスコットランドは、スコッチウイスキーの生産で知られる地域である。18世紀までは、スコットランドの地酒に過ぎなかったウイスキーが、イギリスだけでなく全世界で飲まれるようになるのは、本格的な酒税導入の結果だと川又一英著『ヒゲのウヰスキー誕生す』(新潮社)の中に書かれている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/09/24 16:56
1248 歴史・時間の空間に学んだのか 第1次世界大戦勃発100周年
あまり報道されていないが、ことしは第1次世界大戦勃発から100周年になる。さらに第2次大戦が終わって来年で70年になる。これだけの時間が経たのだから、世界も日本も落ち着いたかと思うのだが、そうはいかない。歴史的、時間的な空間が人類の成長にはつながっていないことに愕然とする。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/07/09 22:39
1241 続・どこへ行く微笑みの国 祖国を憂いる留学生
タイ・チェンマイに住む友人からメールが届いた。日本に留学している知人とタイの情勢についてメールを交わしたという。その内容を2人に迷惑が掛からないよう手直しし、紹介したい。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/06/01 21:36
1234 愛敬あるリャマに敬意 深まるナスカの地上絵の謎
南米ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」に関し、新たにラクダ科の「リャマ」を描いた地上絵が見つかったというニュースが流れた。現地にナスカ研究所を開設、調査を続けている山形大学のチームが発見したという。3月、セスナに乗ってこの絵を見た一人としてこのニュースには強い興味を抱いた。地上絵が描かれた理由に関しては様々な説があるが定説はない。謎が解明されないからこそ、地上絵に惹かれるのかもしれない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/05/11 10:06
1231 ハトが果樹の中に巣づくり 平和の象徴の悲しい歴史
1年前のいまごろ、わが家の庭の生け垣(ヒイラギモクセイ)にハトが巣をつくった。キジバトらしいつがいである。オスが懸命に小枝をくわえてきてメスがいるところに運んでくる。そして、いつの間にか巣の形になり、産んだ卵を抱え、雛をかえして6月初めには巣立っていった。時はめぐり同じ新緑の季節となり、キジバトたちは、今度は東側のキウイフルーツの木に巣作りを始めている。ハトには帰巣本能があるといわれるが、近くの別の場所に巣をつくることもその概念に相当するものなのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/05/07 11:21
1228 酒を傾けて アルコールにまつわる話
「酒 傾ければ 愁い来らず」(月下独酌より)。唐時代の詩人、李白はこんな詩を残している。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/04/25 15:28
1226 「ぼく、いいものいっぱい」 異文化で生きる子どもたちの絵本
「ぼく、いいものいっぱい―日本語で学ぶ子どもたち―」(子どもの未来社)という絵本が出版された。海外から日本にやってきた子どもたちを教える日本語学級で、長い間教師をしていた知人の善元幸夫さん(63)が丸山誠司さんの協力で絵本にまとめたものだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/04/11 22:40
1224 観桜のころ 花の冷えと花の重さの下で
花の冷えと花の重たさの下をゆく―。中央公論の名編集長として知られた俳人篠原梵の句である。山本健吉はこの句について「らんまんと咲いた花の下を行く。その冷えと重さを感じながら―。言い方に近代風の機知が感じられる」(句歌歳時記・春、新潮社)と評している。桜の花と冷えは付き物のようで、わが家周辺の桜は満開だが、桜の下を歩くと、冷えとともに、花の重さも感じる気がした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/04/06 17:24
1223 「一九四五年に生まれて」 パーキンソン病とたたかう友人の静謐な文章
知人が重い病気になった。現代の3大病といわれるものの1つだ。自覚症状がないままに病は進行し、知人の体を蝕んだ。知人から病の話を聞いて心が沈んでいるとき、パーキンソン病と闘う友人から、1冊の本が届いた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2014/04/02 23:08
1221 南米の旅―ハチドリ紀行(10)完 アマゾンに伝わる言い伝えから
この南米の旅のブログのサブタイトルである「ハチドリ紀行」は、南米に住むハチドリという鳥にちなんで付けたことは1回目に書いた。私がハチドリという言葉を知ったのは、いまから4年前のある会合だった。この時、アフリカのスーダンで医療活動をしている川原尚行さん(48)は「ハチドリのひとしずく」というアマゾンに伝わる言い伝えを引用しながら、「自分ができることを自分なりにやればいいと思う」という自身のボランティアとしての考え方を話したのである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/03/28 06:09
1220 南米の旅―ハチドリ紀行(9) 自然の宝庫・蝶の話
この南米の旅のブログ、5回目「天空の城を蝶が飛ぶ」で、マチュピチュに現れた蝶を同行者が撮影した話を紹介した。その中では「蝶に詳しいガイドと同行者の一人に聞いても、この蝶の種類は分からなかった」と書いたが、その後、その同行者からこの蝶に関して「マルバネキオビアゲハ」というアゲハ蝶の種類と推定されるという連絡が届いた。海外では郵便切手にも採用されるほど美しい蝶であり、あらためてマチュピチュを飛ぶこの蝶の写真に見入った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/03/27 05:59
1218 南米の旅―ハチドリ紀行(7) 都市の風景=歴史のたたずまいに触れる
それぞれの都市に歴史がある。その歴史が特徴ある街並みを形成し旅情を誘うのだ。南米4ヵ国の旅で訪れた大きな街はパラグアイの首都アスンシオン、ペルーの首都リマ、さらにインカ(現ペルー)の古都クスコだった。3つの街はいずれもがスペイン統治下の影響を色濃く残していて、滞在は短時間だったにもかかわらず歴史のたたずまいに触れることができた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/03/25 09:52
1217 南米の旅―ハチドリ紀行(6) あれがナスカの地上絵?
かなり以前のことになるが、あまり天気が良くない日に仙台から函館までセスナ機に乗ったことがある。途中、岩手県花巻空港で給油しての長時間のフライトだった。ペルー南部の世界遺産「ナスカの地上絵」を見るため、12人乗りのセスナに乗った。巨大な絵を見せるのが仕事であるパイロットは軽飛行機を右に左に揺らし、降下と上昇を続ける。以前のセスナ搭乗を思い出しながら揺れに身を任せ、次々に現れる地上絵に目を凝らした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/03/24 11:51
1216 南米の旅―ハチドリ紀行(5) 天空の城を蝶が飛ぶ
標高2280メートルの高地にあるペルーのマチュピチュ。数多い世界遺産の中でもひときわ人気が高い謎の遺構である。NHKの旅番組のアンケートで「行ってみたい世界遺産」のトップに選ばれたマチュピチュだが、古都・クスコを経てこの遺構に行ってみて、その理由が分かったような気がした。ガイドによると、遠い日本からことしは6万8000人(数年前は2、3万人)の日本人観光客がやってくると予想されているそうだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2014/03/22 15:54
1215 南米の旅―ハチドリ紀行(4) パラグアイ移民として50年
イグアスの滝からの帰り、パラグアイ・イグアス市の移住地で東京五輪(1964年)の直前に鹿児島から移住したという一人の日本人に会った。園田八郎さん(64)である。南米移民というと戦前の話かと思っていたが、高度経済成長の陰で依然として移民政策は続いていたのだ。いまではパラグアイ経済を支えるまでになったという日系の人たちの存在。園田さんの話は興味が尽きなかった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2014/03/20 11:12
1214 南米の旅―ハチドリ紀行(3) 悪魔ののど笛にて・ささやきにおびえる
「悪魔ののど笛」と聞いて、人はどんなことを想像するだろう。のど笛は、首ののど仏のあたりを言うが、悪魔と付くからには、やはり不気味さが伴う。そんな場所がイグアスの滝のアルゼンチン側にあり、現地を見て合点がいった。だれが付けたかは知らないが、うまいネーミングである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/03/19 10:59
1213 南米の旅―ハチドリ紀行(2) 大いなる水イグアスの滝
米国史上最も偉大な大統領といわれた第32代大統領・フランクリン・ルーズベルト(ローズベルトとも表記)の夫人・エレノア・ルーズベルトは、リベラルな婦人運動家で国連代表も務めた著名人である。ブラジルとアルゼンチンにまたがる世界3大滝の一つ「イグアスの滝」を訪れた際、その迫力に驚き「かわいそうな私のナイヤガラ」(ナイヤガラは北米カナダと米国国境にある)と言ったという逸話が残っている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/03/18 11:37
1197 時代・歴史を考えるきっかけ 小説「ああ父よああ母よ」と映画「小さいおうち」
最近、加賀乙彦の小説「ああ父よああ母よ」(講談社)を読み、山田洋次監督の映画「小さいおうち」を見た。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/02/01 18:59
1196 あるジャーナリストの憂鬱な日々 「こんな人がNHKに」
仙台在住のジャーナリスト・松舘忠樹さん(元NHK記者)は、東日本大震災後の2011年12月から被災地の復興の動きを「震災in仙台」と題し、ブログで書き続けている。地道に、丹念に取材したブログは被災地と被災者の姿を追った貴重な記録となっている。そのブログで、松舘さんが怒りの声を上げている。古巣のNHK会長に就任した籾井勝人氏の従軍慰安婦をめぐる発言のことである。民放や新聞の報道で籾井氏の発言を知り、あきれたものだが、その思いを松舘さんのブログは代弁してくれた。改めてここに再掲する。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/01/31 09:03
1194 かぐや姫の物語 モルッカ(インドネシア)にもあった竹取物語
アニメ映画「かぐや姫の物語」(高畑勲監督)は、日本最古の物語といわれる「竹取物語」を映像化したもので、美しい色彩が心に残る作品だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/01/22 21:46
1191 子規と漱石の青春 伊集院静の「ノボさん」
伊集院静の新作「ノボさん 小説正岡子規と夏目漱石」は、日本の文学史上に大きな足跡を残した2人の交遊をテーマにした小説だ。小説とはいえ実在した人物を取り上げているため、ほぼ史実に沿った内容といえる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/01/16 10:26
1180 荘子・胡蝶の夢に惹かれて ある詩人を偲んだ絶唱
詩人の飯島正治さんが亡くなって3年が過ぎた。亡くなる1年前の2009年から飯島さんが中心になって発刊した詩誌「薇」の第9号が手元に届いた。9人の同人による詩と「小景」という短いエッセーが掲載されている。言葉と向き合う達人たちの詩の中で、ふくもり いくこさんの「胡蝶の夢」が心に残った。荘子をめぐるやりとりを記し、飯島さんを偲んだものだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/12/12 06:41
1179 チャオプラヤー川クルーズ・足マッサージ痛さの違い  タイへの旅(7)完
バンコク市内を流れるチャオプラヤー川はパリのセーヌ川と同じように、多くの遊覧船が行き交う。この川沿いにはよく知られた寺院もあり、船上から眺めるバンコクの街の変化はかなり見どころがある。BTS(バンコク・スカイトレイン)という高架鉄道のサパーン・タークシン駅のすぐ近くにチャオプラヤー川を遊覧するエクスプレス・ボート乗り場・サートーンがあり、ここから観光客向けの案内付き特別船(150バーツ、480円)に乗った。この船は「青旗船」と呼ばれ、目印として青い旗が立てられていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/12/11 08:40
1176 受難の歴史を歩んだアユタヤ遺跡 タイへの旅(4)
ことしは海外の2つの世界(文化)遺産を見た。7月のカンボジア・アンコールワットと11月のタイ・アユタヤである。アンコールワットは12世紀前半、アユタヤは14世紀から建設が進められた。日本では平安時代後期―鎌倉時代を経て室町時代初期に至るころだ。2つの遺跡は一時歴史の中に埋没し、後に発見されて世界遺産として世界中の人々に愛されている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/12/07 19:04
1175 微笑の国での生活 タイへの旅(3)
定年後、日本を離れて海外で暮らす「ロングスティ」希望者が増えている。日本は来年4月から消費税が8%になるため、さらに海外に目を向ける人が多くなるのではないか。「一般財団法人ロングスティ財団」。こんな財団があるとは知らなかったが、ウェブで調べていたら名前の通り、ロングスティ希望者の支援をしている財団が見つかった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2013/12/06 18:31
1174 コムローイ(天灯)に想う タイへの旅(2)
タイ旅行で、日本では見かけたことがないものに出会った。一夜、友人に案内されてチェンマイの中心部を流れるピン川沿いに建つタイ料理の名店「ターナム」というレストランに行った。ここでは、つい先日終わったばかりのロイクラトン祭りと同じような趣向を希望する客に味わってもらうという有料のサービスをしていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/12/05 23:11
1168 非情な天才と差別に耐えた大リーガー 伝記映画で知るやり返さない勇気
米国の伝記映画を見た。伝記映画というのは、実在した歴史上の人物の半生あるいは生涯を描いた作品だが、これまで制作された数多い伝記映画は完全な伝記や史実に基づいたものではなく、制作者によって創作や脚色されることが珍しくないそうだ。それはさておき、私が最近見た「「スティーブ・ジョブズ」と「42 〜世界を変えた男〜」は、既に故人になったアップル・コンピュータ創業者と黒人初の大リーガーの半生を映画化した作品で、個人的には後者の方が心に残った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/11/13 21:43
1159 墓参の道の吾亦紅(われもこう) 赤いろうそくの意味は
先日のお彼岸、郷里で法事があった。父の70回忌、祖母の37回忌、母の27回忌を合同でやった。父だけが70回忌というのは太平洋戦争に召集され、1945年4月に戦死したからだ。墓参りをする前に、家の中の仏壇の前で浄土真宗の住職が経をあげた。仏壇には赤いろうそくが灯された。経が終わると、住職が赤いろうそくの意味など、浄土真宗の特徴を話してくれた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 3

2013/09/25 10:31
1157 球こそ遊戯の中心 正岡子規・田中将大・斎藤佑樹・バレンティンの話
2006年8月といえば、もう7年も前になる。夏の高校野球・甲子園大会の決勝戦は早実と駒大苫小牧が1試合では決着がつかず、翌日に再試合の結果、早実が優勝した。その時の両チームのエースは早実がハンカチ王子といわれた斎藤佑樹、駒大苫小牧が2年生の夏に優勝を経験した田中将大だった。それから、斎藤は東京6大学の早大のエースを経てプロ野球の日本ハムに入り、一方の田中は高校卒業と同時に楽天のユニフォームを着た。しかし、その間に両者には力の差がついていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/09/17 22:03
1133 ベトナム・カンボジアの旅(7)完 理想と現実は違うのだ・メコンにて思う
メコン川はチベット高原が源流で、中国の雲南省―ミャンマー・ラオス国境―タイ・ラオス国境―ベトナム―カンボジアを経て南シナ海へと抜ける全長4023キロに及ぶ大河だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/07/26 16:11
1132 ベトナム・カンボジアの旅(6) ハロン湾紀行
私の部屋に何枚か写真が飾ってある。その1枚は、かつて旅したことがあるニュージーランドの世界自然遺産・ミルフォード・サウンドで撮影したものだ。NZ南島のフィヨルランド国立公園にあるスケールの大きなフィヨルドだ。その写真の隣に今回の旅で撮影したベトナム・ハロン湾の写真を飾った。甲乙つけがたい自然の美を見ながら旅の出来事を思い出している。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/07/25 14:55
1131 ベトナム・カンボジアの旅(5) ベトナムのバイク戦争
ベトナムの首都・ハノイに入り、そしてカンボジアを訪れ、さらに再びベトナムに戻り南のホーチミン(旧サイゴン)に行くと道路はものすごいバイクに占拠されていて、遠い時代の中国を思い出した。それは初めて中国を訪れた29年前の夏まで遡る。当時の中国は経済が今日のように発展しておらず、地の底から湧いてきたような多数の自転車が道路にあふれていた。いつの時代でも、国情は違っても庶民は生きるために文明の利器を使う。それがかつての中国の自転車であり、現在のベトナムなどのバイクなのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/07/24 11:28
1130 ベトナム・カンボジアの旅(4) 東洋のモナリザの魅力に負けたマルロー
紅色砂岩を基調として造られたバンテアイ・スレイは心に残った遺跡の一つだ。アンコールワットと比べ、規模は小さいが、「東洋のモナリザ」(元上智大学長で、長い間アンコール遺跡の調査に当たった歴史学者の石澤良昭氏が命名)ともいわれる優美なデバター(女神)像があり、観光客の姿も多かった。この遺跡で「不思議な光景」を見た。日本では考えられないことなのだが、警備を担当している制服警察官が観光客に物を売りつけるアルバイトをしていたのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/07/22 10:50
1128 ベトナム・カンボジアの旅(3) 授業料無料の日本語学校
シェムリアップでアンコールワットのガイドをしてくれたパンニャヴットさんに「どこで日本語を勉強したのですか」と聞いたら、「シェムリアップの山本学校です。授業料は無料でした」と答えがあった。昼、観光の途中に立ち寄った土産店と道路を挟んで反対側にその名前の学校があった。どんな人が運営しているのか、気になった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/07/20 05:08
1129 カンボジアの旅(2) 父親が無念の死・友人の話
アンコールワットは、あらためて詳しく紹介する必要がないほど日本でもよく知られている。私の場合、平泉や富士山が登録される以前は「世界文化遺産」と聞いて思い浮かべたのはアンコールワットだった。12世紀前半、当時のスーリヤヴァルマン2世によってヒンズー教の寺院として建立されたこの遺跡は、建築様式の美しさから人類の無限の力を感じさせる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/07/18 19:38
1121 悲しい過去を持つ島で 73歳になったジェンキンスさん
新潟県佐渡島の観光施設・佐渡歴史伝説館の土産販売コーナーで、北朝鮮による拉致被害者の一人である曽我ひとみさんの夫のチャールズ・ジェンキンスさんを見かけた。ここで販売されている「太鼓番せんべい」は、拉致被害者の救出を目的にする「ブルーリボン運動」の奨励品であり、売上の2%が救済活動に充てられるという。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/06/24 21:47
1098 洗礼名は日本26聖人が由来 キリスト教信徒になった友人
大阪に住む69歳の友人がことしの復活祭の前日の30日、カトリックの洗礼を受け、クリスチャンになった。洗礼名は「パウロ・ルドビコ」(あるいはルドヴィコと)という。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2013/03/30 12:13
1096 白い可憐なコーヒーの花が 庭ではカイドウも満開に
 久しぶりに、わが家のコーヒーの木に白い花が咲いた。2008年と次の年の09年に花が咲いたこと、実がなったことなどをこのブログで紹介している。その後は花が咲かなかったので、大げさにいえば4年ぶりの開花だ。手入れが足りなかったのかもしれない。この4年の間には東日本大震災をはじめ、いろんなことがあった。コーヒーの木はそれを黙って見ていたのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/03/28 09:48
1093 木版に書かれた子どもの夢 桑名の城跡公園にて
前回のブログで、三重県に行ったことを書いた。このうち桑名市内にある九華公園という旧桑名城跡で、珍しいものを見た。木製の比較的新しいベンチが3つあり、その横に子どもの字で将来の夢・目標を書いた木版が張られていた。詳しいことは分からないが、地元の中学生が書いたものらしい。幕末期、桑名藩は、いまNHKで放映されている「八重の桜」の福島・会津藩同様、苦境に立たされたが、時を経て子どもたちは健やかに育っている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/03/17 15:11
1092 あれから2年の心模様 旅の空から
江戸時代の俳人・松尾芭蕉は「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人なり」(奥の細道序文)という言葉を残した。「月日というものは永遠に旅を続ける旅人であり、来ては去り、去っては来る年もまた同じように、旅人なのだ」という意味であり、「光陰矢のごとし」という言葉と共通している。ことしも3月11日が過ぎて行き、このところ洪水のように続いたメディアの東日本大震災報道も次第に少なくなって行くだろう。あれからもう2年が過ぎたのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/03/12 17:15
1090 鈍牛・知性派首相の生涯 辻井喬・茜色の空
自民党の現職の総理大臣(首相)だった大平正芳氏が急死したのは1980年(昭和55)6月12日のことである。大平内閣の不信任決議案が可決され、衆院を解散した大平氏は、5月30日の公示日、新宿で第一声の街頭演説をしたあと体調不良となり、翌日虎ノ門病院に緊急入院した。一時は回復するかに見えたが、12日朝、容態が急変、心筋梗塞のため70歳3カ月で亡くなった。辻井喬の「茜色の空」を読んだ。「鈍牛」といわれ、「アー、ウー」が代名詞だった大平氏の評伝ともいえる小説だ。サブタイトルに「哲人政治家・大平正芳の生涯... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/02/26 16:38
1084 謙虚な指導者像 新島襄と自責の杖、そして八重
ことしのNHK大河ドラマ「八重の桜」は、福島県会津若松出身で、同志社大学の創設者新島襄の妻・新島八重の生涯を描いている。同志社出身の作家、福本武久は八重を主人公に2冊の小説(「小説・新島八重 会津おんな戦記」「新島襄とその妻」を書いている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/02/04 15:57
1083 あなたはどこに住みたいか 巨大名古屋と戦う岐阜は?
全47全都道府県を踏破したのは3年前の2010年2月のことだった。最後になったのは鳥取県だった。この月、米子市を訪れ、全都道府県に行ったことになった。だが、県庁所在地では岐阜市と三重県津市の両市はなぜか縁がなかった。今回、愛知の旅の途中、岐阜にまで足を延ばし、あとは津のみを残すだけになった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/02/01 15:06
1079 「人は生き、愛し、苦しみ、亡くなる」 美しい横綱・大鵬との別れ
不世出の大横綱といわれた大鵬が19日に亡くなった。いつも遠くを見るような、哀しみを湛えたような風貌を忘れることができない。土俵入りは孤高さを感じさせ、私は「この人は笑ったことがあるのだろうか」と思ったものだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2013/01/21 19:39
1077 いまも続く「北に喧嘩や訴訟」 繰り返す争いの歴史
アルジェリアでイスラム武装勢力による外国人人質事件が悲惨な結末を迎えそうだ。テレビの報道を見ていて宮沢賢治の「雨にも負けず」の詩を思い出している。中ほどから後半にかけてこんなくだりがある。「東に病気の子供あれば行って看病してやり 西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい 北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい…」 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/01/18 21:02
1076 「3月2日を忘れないで」 中国残留孤児ボランティアからの便り
「3月2日を忘れないでください」と書いた手紙が届いた。送ってきたのは、長い間、中国残留孤児問題のボランティアをしている東京・大田区の柏実さんだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/01/17 13:56
1073 「正義と良心・生き方とは」を考える ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」
ミュージカル映画はほとんど見ない。それでも「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)や「王様と私」(1956)など、何本かの映画は心に焼き付いている。この正月、退屈するだろうと思いながら、トム・フーバー監督の英国映画「レ・ミゼラブル」を見た。上映時間158分という長い映画だった。私の予想は完全に外れ、最後まで画面に引き込まれ、俳優たちの歌に聞き入った。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2013/01/11 14:49
1071 文芸全般に挑み続けた太く短い生涯 ドナルド・キーンの「正岡子規」 年末年始の本(3)
日本文学と日本研究で知られる米国人のドナルド・キーン(90)が東日本大震災後、日本国籍を取得して、日本に永住したことに感銘を受けた人は多かったのではないか。その近著である「正岡子規」(新潮社、角地幸男訳)は、結核と闘いながら俳句、短歌、新体詩、小説、評論、随筆と文芸全般に挑み続けた子規の34年の短い生涯を、豊富な資料を駆使して分析、評価した評伝だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/01/09 21:03
1069 ことしも本を読もう 「チャ―ズ 中国建国の残火」 年末年始に目を通した3冊(1)
年末年始、暇にあかして3冊の本を読んだ。ノンフィクション、小説、評伝という全く異なる分野の単行本だ。ことしも私の読書は一貫性のない、行き当たりばったりのものになりそうだ。それでいいのだと思う。これから読もうと購入した本もエッセー、小説、自伝である。2013年は何冊の本が読めるのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/01/06 22:45
1061 「アン」シリーズとは異なる世界 モンゴメリの苦悩をちりばめた最後の作品
カナダのプリンス・エドワード島を舞台に、ひたむきに生きる少女を描いた「赤毛のアン」シリーズの作家、ルーシー・モード・モンゴメリ(1874・11・30−1942・4・24)は67歳で生涯を閉じた。病死といわれていたが、近年孫娘が自殺だったことを明らかにしている。遺作である「アンの想い出の日々」(新潮文庫・上下、村岡美枝訳)は、晩年のモンゴメリの苦悩をちりばめたようなテーマを織り込んだ短編と詩が、明るくひたむきさが印象に残るアンシリーズとは異なる世界を作り出している。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/12/20 14:37
1060 最低の投票率と世界最高齢に思う 時代を象徴する数字
数字のことを書く。一つは16日に投開票された衆院選(小選挙区)の投票率が1996年の59・65%を下回る59・32%と戦後最低を記録したこと。もう一つは、世界最高齢といわれた115歳の米国の女性が亡くなり、京都府京丹後市在住で115歳の木村次郎右衛門さんが世界最高齢に認定されたことである。前者は政治不信(あるいは無関心)、後者は日本の高齢化社会をそれぞれ象徴する数字で、考えさせられたからだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/12/18 16:14
1057 一枚の写真の偉大さ 中国・イリの大河の夕陽
「夕焼雲のうつけしければ人の恋しき」と詠ったのは、放浪の俳人種田山頭火である。友人の増田逸雄氏から、シルクロードの旅で写したという、珍しい写真が送られてきた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/12/12 23:04
1056 知恵と独創性と躍動感と 「TOKYOオリンピック物語」
「『宗谷』の昭和史」に続き、ノンフィクション作品を読んだ。昨年、東日本大震災発生直前に発売になった「TOKYOオリンピック物語」(野地秩嘉著、小学館)だ。震災直後に購入したのだが、当時は茫然自失状態にあり、手に取ることなく本棚の片隅に放置していたのを思い出して引っ張り出した。戦後の経済の高度成長時代の1964年(昭和39)に開催した東京五輪。前を向いて歩き続けた良き時代の象徴ともいえるオリンピック開催を各方面から支えた人たちのストーリーだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/12/11 16:38
1052 南極観測船・激動の40年 「『宗谷』の昭和史」
目次の次の頁に「川南豊作とスメタニューク、そして矢田喜美雄の各氏に捧ぐ」とあるのを見て、「宗谷とどんな関係があるのだろうか」と思った。「『宗谷』の昭和史―南極観測船になった海軍特務艦―」(大野芳著)は、丁寧な取材ぶりから昭和の激動の歴史を体現したような、宗谷の誕生から東京の船の科学館に引き取られるまでの歩みを検証している。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/12/03 16:24
1047 城下町・関宿にて 終戦処理の鈴木貫太郎ゆかりの町
関宿という地名を知っている人は、歴史好きなのかもしれない。関宿は1590年(天正18年)に松平康元(徳川家康の異父弟)が2万石で城主になって以来、23代にわたって譜代大名が配置された城下町である。江戸時代は、由緒ある藩だった。それから時代を経て、いまの関宿は合併して野田市に編入された埼玉と茨城に接するやや寂しい県境の街だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/11/21 20:35
1044 被災地の製紙工場を見て思うこと 日本とトルコ友好の礎の人
石巻市南浜にある日本製紙石巻工場は、東日本大震災で大きな被害を受けた。被害額は750億円に達したというから気が遠くなるような損害だ。石巻を何度か訪れ、この工場の惨状を見る機会があった。その工場が被災した姿を残したまま操業を再開したことを聞いて、関係者の不屈の精神を感じ取った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/11/12 21:50
1043 人間のつながり・悲しみ・不屈の闘志 映画・北のカナリアたち・黄色い星の子供たち・天地明察
最近、相次いで3本の映画を見た。邦画(「北のカナリアたち」「天地明察」)2本、洋画(「黄色い星の子供たち」)1本だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/11/10 22:48
1038 大義に生きる歴史上の人物 冲方丁の「光圀伝」
本屋大賞を受賞した「天地明察」(囲碁棋士で天文暦学者の渋川春海)を書いた冲方丁(うぶかた・とう)が、再び同じ江戸時代に生きた徳川光圀を主人公にした「光圀伝」という歴史小説に挑んだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/10/31 07:53
1024 トルコの小さな物語(7)ホジャのとんち話とノーベル賞の山中教授
京大の山中伸弥次教授がノーベル賞の医学・生理学賞を受賞することが決まった。「細胞の初期化」という難解な名前だが、あらゆる組織や臓器に分化する能力と高い増殖(再生)能力を持つという「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作り出すことに成功したことが評価されたのだという。近いうちに受賞するといわれていたので、喜ばしいことだ。そんなニュースが流れた夕、日本でいえば、一休さんのような、とんちの話を集めた「ナスレッディン・ホジャ」という人物を主人公にしたトルコの小話集を読んだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2012/10/08 22:46
1023 トルコの小さな物語(6) イスタンブールの街角で
2020年の夏のオリンピック開催に立候補し、第1次選考で東京、マドリードともに残ったのが、トルコのイスタンブールだ。同じ年に行われるサッカーの欧州選手権の開催地としても名乗りを上げているが、都市としての潜在能力があると評価されており、東京にとって強敵といえそう。短期間の滞在でこの街のことが分かったとはいえないが、この街の活気や人々の熱気は相当なものだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/10/06 21:53
1022 トルコの小さな物語(5)アザーンとウスクダラと
トルコの旅から帰ってきたら、血なまぐさいニュースが流れた。シリア国境の東部のアクチャカレという町に、シリアから発射された迫撃砲が着弾し、トルコ人の子どもや母親5人が死亡し、10人が重軽傷を負い、トルコ軍がシリアに向け報復攻撃をしたというのである。イスタンブールの雑踏を歩く屈託のない笑顔の人たちを思い出しながら、紛争の火が拡大しないことを願うばかりである。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2012/10/05 16:35
1021 トルコの小さな物語(4) 子どものころの夢が実現した気球周遊
カッパドキアに入り、2つの海外映画「80日間世界一周」(1956年・アメリカ)、「素晴らしい風船旅行」(1960年・フランス)、を思い出した。いずれも古い映画だが、いまでも鮮烈な印象を持っている。この映画を見た子どものころ、いつかは気球に乗りたいと思った。それは映画を見た人の共通の感想ではなかったか。トルコの旅のちょうど中間、中部アナトリアの高原地帯にある世界遺産、カッパドキアで子どものころの夢が実現した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/10/04 14:00
1020 トルコの小さな物語(3) 簡易ウォシュレットもある古代遺跡 
米国の小さな町を舞台にした映画で、もたいまさこがほとんどセリフなしという難役に挑んだ「トイレット」(ウォシュレットのトイレが舞台装置に使われた)を思い出したのは、保存状態のよさで世界屈指といわれる古代ギリシャ・ローマ時代の「エフェソス遺跡」(エフェスともいう)を見た時だ。トルコには、映画にもなったトロイの遺跡はじめ多くの遺跡がある。中でも、エフェソスの遺跡は圧巻だった。 トロイ遺跡の入り口にはトロイ戦争の巨大な木馬の複製があり、観光客の人気を集めていた。遺跡は、このトロイの木馬の伝説を子ど... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/10/03 15:10
1019 トルコの小さな物語(2) 独立の父は大のアルコール好き 
トルコの独立の父といわれ、国民に敬愛されているのがムスタファ・ケマルである。「トルコの父」を意味する「アタチェルク」と呼ばれる英雄だ。彼は、第一次大戦でドイツと同盟し敗北、占領下に置かれた祖国の独立戦争を指導し、1923年10月、現在のトルコ共和国の建国を果たし、初代大統領になる。ジェンキさんによると、トルコの人々はアタチェルクを尊敬し、どの家にも彼の写真が飾ってあるという。今回の旅で訪れたカッパドキアの洞窟の家でも彼の言う通り、目立つ場所にアタチェルクの写真があった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/10/02 15:24
1018 トルコの小さな物語 (1) 悠久の歴史と大自然の営みと 
アジアとヨーロッパを結ぶ位置にあり、枝分かれしたシルクロードの1本の最終地点といわれるトルコを旅した。面積は日本の倍近い78万580平方キロ、人口は7500万人というこの国は、様々な顔を持っている。悠久の歴史とスケールの大きな自然を交互に見ることができた。トルコに魅せられた日本人が少なくないのも当然と思った。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2012/10/01 22:57
1015 40年前の国交回復は遠い過去に あるチャイナウオッチャーの回想記
ことしは日中国交正常化40周年になる。しかし、尖閣諸島をめぐる対立が先鋭化していることを背景に中国国内の反日デモが暴徒化し、両国間の緊張が高まっている。中国問題をライフワークにしている知人の中島宏氏(元共同通信北京特派員)はこのほど、40年前の日中国交回復当時を回想した「北京で見た日中国交正常化」という一文を書いた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/09/18 15:51
1010 運転手の絶妙の解説 これぞプロ 仙台を走る「るーぷる」
東日本大震災で被災した仙台市だが、1年半が過ぎて街は以前と変わらにほどにぎわっている。JR仙台駅も、市内も多くの人が屈託ない表情で歩いている。以前、仙台に住んでいた。仙台は、札幌とともに私にとっては第2の故郷だからこの街の変化に関心があるし、大震災当時は痛ましい思いを抱き続けた。その仙台。いま、市内には市交通局運営の要所を走る「るーぷる仙台」というバスが走っていた。このバスが面白い。運転手が街の要所を解説し、それを聞いている乗客から笑い声が絶えないのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/09/10 10:07
1005 10歳でも1000キロは歩けるのだ ビクトル古賀の半生
サンボという格闘技があることは知っていたが、かつてサンボの神様といわれた人物がいたことは石村博子著「たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く」(角川文庫)を読むまで全く知識にはなかった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/08/29 21:47
1004 日本一住みたい場所は? 長崎・五島への旅
日本一住みたい場所はどこかと聞かれたら、何と答えたらいいのだろうかと悩んでしまう。住めば都という言葉がある通り、自分が住んでいる地域が気に入っている人は少なくないだろう。原発事故で故郷を追われた福島の多くの人たちは、自分たちの故郷が日本一住みたい地域と思っているに違いない。そんなことを考えながら長崎・五島を旅し「五島が日本一住みたい場所だった」と言い切ったIターンの人と出会った。全国150カ所を歩いたというこの人は、五島の魅力を教えてくれた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/08/27 21:39
1000 歴史の街を歩く 平戸と萩への旅・萩にて(2)
長崎県平戸市から山口県萩市へと至るコースは、けっこう遠い。平戸で岡山さんらと会った私は、岡山さんの車で3セク・松浦鉄道たびら平戸口まで送ってもらい、この駅から佐世保に行き、JR九州の在来線の特急に乗り換えて博多まで1時間50分、さらに新幹線で37分の新山口で下車した。疲れていたが、この駅がかつては小郡(おごおり)といい、その名前の当時、出張でこの駅を利用したことを思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/08/18 21:46
999 歴史の街を歩く 平戸と萩への旅・平戸にて(1)
駆け足で長崎の平戸と山口の萩に行ってきた。目的は2つの街の博物館を訪ねることだった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/08/18 21:31
993 大災害に立ち向かう矜持 山本一力著「菜種晴れ」を読む
昨年3月11日の東日本大震災の直後に、山本一力の「菜種晴れ」は文庫本として中央公論から発売になった。単行本としては2008年3月の発行だから3年後の文庫本化である。江戸末期の時代小説である。大火と大地震に襲われた江戸の下町。その中で生き抜く若い女性の姿を山本は情感あふれる筆致で描いた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/07/25 21:43
991 祈りの地を目指して 歩き続ける人を描いた映画「星の旅人たち」
知人から「星の旅人たち」という映画を見てほしいというメールが届いた。「息子を亡くした初老の男のスペイン・サンチャゴ(サンティアゴ・デ・コンボステラ)への巡礼の旅(800キロ)を描いたヒューマンドラマです。昨秋、次男(33歳)の遺灰を持って聖地を歩いてきた私と映画はダブり、胸が熱くなりました」というものだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/07/21 21:41
989 ジョン万次郎とともに 土佐清水にて
江戸末期から明治時代に波乱万丈の生涯を送ったジョン万次郎は、高知では有名人だ。生まれ故郷にある「ジョン万次郎資料館」をのぞいて、人間はどんな逆境にあっても不屈の精神を持てば生き残ることができると感じ、大きな力を得た。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/07/18 20:58
988 幸徳秋水と建長寺の天井画の画家と 四万十・中村にて
清流で知られる四万十川がある高知県四万十市は、平成の大合併で中村市と隣接の西土佐村が合併して誕生した。その中心部に近いホテルに泊まった。すぐ裏手の高知地検中村支部・中村区検の隣に大逆事件で刑死した中村出身の思想家、幸徳秋水(本名、伝次郎)の墓があった。正福寺の墓地の一角にある墓は「幸徳秋水墓」と達筆で書かれていた。ホテルに戻って、地元の高知新聞を見ていたら、墓の字を書いた人物のことを作家の瀬戸内寂聴さんが書いていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/07/17 18:46
979 教師の原点を振り返った知人の話 90年前の小野訓導の悲劇
教職にある知人から電話があり「小野訓導を知っていますか」と聞かれた。かすかな記憶の中に、それはあった。どこかでこの名前を聞いたことがあったのだろう。それは悲劇の女性教師だった。この女性教師を思い、教職を目指した知人は、最近ある偶然から小野訓導の縁戚者と出会った。定年を9カ月後に控えて、知人は教師としての原点を振り返る機会を持ったのである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/06/25 11:38
978 白磁を守った日本人 浅川巧の生涯を再現した映画
山梨県北杜市出身のある兄弟が、日本以上に韓国で知られているとは私は知らなかった。浅川伯教(のりたか)、浅川巧(たくみ)という兄と弟だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/06/18 22:19
973 人生讃歌・画家の夢 シャガールの愛をめぐる追想展
「愛の画家」といわれるマルク・シャガール展が日本橋・高島屋で開かれている。日本未公開作品を中心にした「愛をめぐる追想」という名前がついた企画展だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/06/08 13:58
959 偉大な米大統領・急死の真相 歴史の襞に埋もれた事実を掘り起こした記者魂
米国大統領として4選を果たしたのは32代のフランクリン・ローズベルト(1882−1945。日本の新聞の表記はルーズベルが多い)のみで、彼はいまも偉大な大統領として、米国の歴史に名を残している。ローズベルトが静養先の山荘で脳出血のため急死したのは、第2次大戦末期に近い1945年4月12日だった。67年前のことである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/04/22 10:02
954 水のぶっかけ合戦だ! タイ・ソンクラーンのお祭り 
タイのソンクラーン(旧正月、4月13―15日)の儀式である水掛け祭りが始まったと、チェンマイに住む知人からメールが届いた。写真を見ると、知人がこの期間は外に出たくないと思うのも理解できる。タイを紹介するHPの中には「狂気の水掛け祭り」と紹介しているものもある。それほど、熱気があるお祭りなのだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/04/14 18:08
949 原爆投下とトルーマン 「黙殺」との関係を考察した本
 米国の第32代大統領、ルーズベルト(本書ではローズベルトと表記)は1945年4月12日脳卒中のため急死した。そのあとを引き継いだのは、副大統領のトルーマンだった。太平洋戦争で、日本の敗色が濃厚になっていた時期だった。米国史上4選の大統領はルーズベルトだけであり、偉大な大統領のルーズベルトからすれば、副大統領はお飾りにすぎなかったため、トルーマンは重要政策の内容を知らされないままに大統領になった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/04/06 16:24
948 北京の旅(4)完 どこまで続くオリンピック効果
日本に観光に来た中国人が「日本では軽自動車ばかりが目につく。わが国では軽に乗っている人なんていない」という感想を漏らしたそうだ。日本をGDP(国内総生産)で追い越し、米国に次いで世界2位になったことの自信がこんな言葉になって出たのかもしれない。北京市内ではものすごい量の車が走っていて、あちこちで渋滞が続いているが、たしかに目を凝らすと軽自動車は見当たらない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/04/04 06:09
946 北京の旅(3) 厭わない深夜労働、サイドビジネス
中国は、いまも共産党による「一党独裁体制」が続いている。天安門にはその象徴として毛沢東の巨大な写真が飾られている。文化大革命によって国内を10年間にわたって混乱させた毛だが、共産党の独裁体制が続く限り、毛は特別な存在として扱われるのだろうか。しかし、力を誇示した重慶市の薄熙来氏が中国共産党委員会書記を解任されるなど、共産党幹部の腐敗に対する国民の目は厳しくなっている。今度の旅で接した一人も吐き捨てるように、共産党はだめだと強調していた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/04/02 13:02
945 北京の旅(2) 50万人が集う天安門広場
かつて民主化を求めて多くの学生や市民が集まり、人民解放軍によって武力弾圧された天安門広場は約40ヘクタールと広大で、全体に白い花崗岩が敷き詰められている。10月1日の国慶節には50万人の人たちが集まるが、花崗岩はちょうど1枚で1人が立つことができるほどの大きさに区切られ、当日の式典の際にはそうして50万人をうまく収容できるのだそうだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/04/01 15:57
944 北京を歩く(1) 人で埋まる万里の長城・女坂
初めて中国の土を踏んだのは、28年前の1984年6月のことだ。当時の備忘録を見ると、成田から上海上空を経て、北京というルートで、飛行時間は5時間かかっていた。現在は、新潟から韓国上空を飛んで北京に行くという短縮ルートのため当時よりも3時間55分と1時間も速くなっている。中国は近くなったのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/03/31 21:29
939 澄んだ目で見る戦争の恐怖 映画「戦火の馬」
私が小さいころ、わが家では馬を飼っていた。その背中に乗って、落ちないよう懸命にしがみついて坂道を下りたことを覚えている。スピルバーグ監督の映画「戦火の馬」を見て、昔を思い出した。主人公の少年が私の子ども時代と重なったからだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/03/08 21:12
931 普天間問題特ダネの行方 一つになった海と空の色の下で
沖縄に所用で行った。空港で地元の新聞・沖縄タイムス朝刊を買うと、一面トップに「米、辺野古断念へ」という大きな見出しが躍っている。4日のことである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/02/07 20:59
921 五輪で韓国に勝てないのはなぜなのか 映画・マイウェイで理解した背景
「真実を基に作られたマイウェイの世界」と映画のパンフには書かれてある。第二次世界大戦の大きな分岐点になった連合軍のノルマンディ上陸作戦後、一人の東洋人が捕虜として連合軍の尋問を受ける写真が残っていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/01/15 20:21
908 2011年の暮れに思う 震災の「東日本よ」
今年も1年を回顧する時期になった。3月11日の東日本大震災を置いて、語るべき言葉はない。以下は「東日本よ」をキーワードに書いた震災被災地・被災者への私の思いである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/12/12 21:25
880 持続するのか日本人の伝統的価値観 スペイン皇太子賞の福島を救った人たちに学ぶ
東電の福島第一原発事故発生後、被害拡大防止に取り組んだ原発作業員、消防士、自衛官らにスペインのアストゥリアス皇太子賞が贈られた。個人を特定せずにこられの人たちが平和部門受賞の対象になり、代表5人がスペイン北部のアストゥリアス州の州都オビエドで同じ称号を持つフェリペ・デ・ボルボン皇太子から賞状を受け取った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/10/23 08:02
879 独裁者カダフィの末路 歴史は繰り返すのか
40年以上も独裁者として君臨してきたリビアのカダフィ大佐が死んだ。身柄を拘束され、トラックで護送する途中の銃撃戦で被弾したのが致命傷になった。反カダフィ組織に身柄拘束されたとき、彼はコンクリートの穴の中に隠れていたという。独裁者の哀れな末路を感ずるのは私だけではないだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/10/21 22:09
872 北欧の旅・写真編(4)ノルウェー3 オスロ郊外にて
オスロの郊外にドローバックという人口3700人の小さな街がある。現在は芸術家に愛されるリゾート地だが、この街の近くの「オスカースボルグ要塞」で第二次世界大戦当時、重要な戦いがあったことを知った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/10/13 21:13
871 北欧の旅・写真編(3)ノルウェー2 街の中で
(斬新なオスロのオペラハウス) ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/10/12 21:51
850 「苦労した写真の後でうなぎ食べ」 青年・子規の房総の旅
俳人の正岡子規(1867年10月14日―1902年9月19日)は、34年の短い生涯で、5つの長旅をしているという。その1つが24歳の時の「房総の旅」だった。この旅で子規は、明治4年創業の千葉の老舗うなぎ店「やすだ」に立ち寄り、蒲焼を食べている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/08/20 18:48
845 ある知人からの便り 震災の惨状は旧満州そのもの!
l昨年1月、このブログで「生獄」という本を紹介した。著者は旧満州(中国東北部)で7歳のとき終戦を迎え、苦難の体験をした柏実さんだ。その柏さんからこのブログに関する便りをいただいた。ブログ「小径を行く」は、匿名で書いているので、彼はこの存在を最近まで知らなかったのだという。嬉しい便りだった。一部を省いて紹介する。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/07/25 21:23
842 ニーハオ店主の個人史(4)完 仕事の鬼として
生活もひどい時よりは少しよくなってきたので、16歳から知人の紹介で大工の見習いに行くことになりました。私の師匠は優れた才能を持っていました。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/07/13 08:35
840 ニーハオ店主の個人史(3) 14歳、大人に交じり建築現場へ
当時、旅順はソ連人が多くて、全人口の半分くらいいたそうです。全部軍人ではなく、軍人の奥さんや子どももいました。ソ連人は毎朝石炭のガラをごみ場に捨てます。中にはパンの耳、ジャガイモの皮、キャベツの外側の葉を混ぜて捨てるのです。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/07/12 11:16
839 ニーハオ店主の個人史(2) 終戦・貧窮の生活に
私は薩拉斉県にいた時、馬に乗って薩拉斉を2時間で一回りしました。当時車の燃料はガソリンではなく木炭でしたので、馬は車より速く走ることができました。1945年、日中戦争が終わりに近づくと、人々の生活は大変苦しくなりました。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/07/11 15:44
771 歴史は繰り返す エジプトとフィリピンと
エジプトのムバラク大統領が次の(9月)大統領選への出馬を見送り、事実上退陣を表明したというニュースを見て、同じように長期独裁政権を続けたフィリピンのマルコス大統領が1986年の人民革命で失脚、国外に亡命した事件を思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/02/02 22:55
770 99歳と零歳 澄んだ心
先日、聴覚障害の子どものために日本手話を第一言語に、日本語の読み書き(書記日本語)を第二言語として教える「明晴学園」を訪問した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/01/31 22:54
766 超大国でも長期安泰はない ハンニバルの警告
北アフリカのチュニジアの政変では、カルタゴという地名が登場する。ああ、あのカルタゴかと思う。塩野七生の長編「ローマ人の物語」の最初の方に「ハンニバル戦記」があり、カルタゴの戦術家ハンニバル・バルカとローマとの戦い(ポエニ戦役)が描かれている。ローマにとってハンニバルがいかに手強い相手だったかを物語る言い伝えとして、イタリアではいまでも子どもが悪いことをすると、親は「ハンニバルが来て、連れて行ってしまうよ」と叱ると塩野が書いている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2011/01/19 14:13
742 フラガールの地にて 迫力に満ちた踊りに酔う
福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)に行ってきた。温泉に入り、この施設の名物であるフラダンスショーを見た。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/11/30 22:03
737 『神様は海の向こうにいた』 戦艦武蔵乗組員の証言(2)
戦艦「武蔵」に乗り組んだ小島小三郎さんの話を続ける。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/11/20 22:10
736 『神様は海の向こうにいた』再出版! 戦艦武蔵乗組員の証言(1)
このブログを始めた2006年9月、2回にわたって「神様は海の向こうにいた」という題名の小冊子を紹介した。尊敬する姉を含め私よりも早くこの世に生を受けた世代の人たちの戦争体験を集めたもので、この小冊子が4年ぶりにこのほど再出版された。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2010/11/16 22:19
728 背景は「水戸っぽ」気質か 映画「桜田門外ノ変」
かつてこんな言葉が警視庁内でささやかれたそうだ。「鹿児島署長(警視)に茨城巡査」である。鹿児島県出身者は出世し、茨城県出身者はその逆で巡査のままで終わるという出身県による差別が最近まで伝統としてあったというのだ。映画「桜田門外ノ変」を見て、なぜか、この言葉を思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/11/04 14:23
724 友人たちとの会合 時代を超えて
小学校、中学校時代の同級生のことは何と呼べばいいのだろう。幼なじみでもある。だから、「ちゃん」や「・・・君」と言い合う。少しこそばゆい気がするが、彼らと会うと、不思議と素直になり、何でも言うことができる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/10/26 22:16
717 「ローマへの道」紀行(8)完 古代都市を歩いて
悲劇の町、ポンペイについては中学の歴史で習った。紀元後79年の8月24日、ベスビオ火山が大爆発を起こし、大量の火山灰と火山礫がポンペイの町を覆い尽くし、当時の人口1万5000―2万人のうち約2000人が死亡し、街は復興をされることなく、歴史の隅に追いやられる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/10/11 21:00
716 「ローマへの道」紀行(7) アルベロベッロの花嫁
今回の旅はスロベニアからクロアチアを経て、南イタリアに入るというスケジュールだった。前回のブログのカプリに寄る前に、船でクロアチアからイタリアのバーリに入ったあと、トンガリ屋根の家が並ぶ世界遺産のアルベロベッロを見た。そこで結婚式を挙げる直前の若いカップルに出会った ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/10/10 20:25
715 「ローマへの道」紀行(6) 青の洞窟探訪記
デンマークの童話作家、アンデルセンの出世作はイタリアを舞台にした恋愛小説「即興詩人」だ。その中にカプリ島の名所、青の洞窟が登場することは文学好きには常識のようだ。それにしても、人気がある場所だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/10/10 11:33
714 「ローマへの道」紀行(5) 世界遺産守ったドブロブニクの人たち
ドブロブニクは、旧市街が世界遺産に指定されている。一周1948メートルの城壁に囲まれた旧市街は、オレンジ色の屋根と白や茶の壁が青空に映え、中世のたたずまいを残している。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/10/09 11:54
713 「ローマへの道」紀行(4) アドリア海に想う
バルカン半島のアドリア海のクロアチア沿岸は、複雑な地形が織りなす景観が美しい。中でも次回5回目に紹介するドブロブニクは中世の街並みが残る世界遺産として有名だ。しかし、この沿岸にはシベニク、トロギール、スプリットなどドブロブニクにひけをとらない街がひしめいている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/10/06 22:03
712 「ローマへの道」紀行(3) 大雨のプリトヴィッツェ湖畔散策
スロベニアからクロアチアに入り、オパティアという町のホテルで未明に激しい雷鳴を聞いた。ここから1時間半かけて向かった円形闘技場があるプーラあたりから天気があやしかった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/10/05 22:24
710 「ローマへの道」紀行(2) トロッコに乗ってポストイナ鍾乳洞に
鍾乳洞は不思議な空間だ。石灰岩が地下水などによって浸食されて形成されたものだが、スロベニアのポストイナ鍾乳洞はトロッコ列車で観光コースまで入るのだから、その規模の大きさが想像できよう。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2010/10/04 21:18
709 「ローマへの道」紀行(1) テレジアとチトーが愛したブレッド湖
1年に1回だけ、まだ見ぬ世界遺産や豊かな自然を求めて海外の旅をしている。9月下旬から10月初めにかけて10年前まで内戦が続いた旧ユーゴを歩き、いくつか心に残る体験をした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/10/03 19:45
706 目立たなかった白鵬 25歳にしてこの風格
大相撲見物で両国の国技館に何度か入ったことがある。印象に残った力士は千代の富士、貴ノ花、そして朝青龍の3人だ。きょうで54連勝と、双葉山の69連勝に次いで歴代2位の連勝記録をつくった白鵬は見ていることは見ているが、ほとんど記憶にない。まだ目立たない存在だったのかもしれない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/09/18 21:45
704 「シッ ダールタ」の悟り ヘルマン・ヘッセの伝言
孔子の論語「為政編」に有名な言葉がある。「吾、15にして学に志し(志学)、30にして立ち(而立)、40にして惑わず(不惑)、50にして天命を知る(知命)、 60にして耳にしたがう(耳順)、70にして心の欲するところに従って矩(のり)をこえず(従心)」だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/09/15 20:56
702 「今日われ生きてあり」 特攻は統率の外道
あとがきや解説から読み始めるのは邪道と知りつつ、解説がついている文庫本はつい後ろから読んでしまうことがある。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/09/13 16:34
701 朝から晩までギョーザづくり 手作りにこだわり27年のニーハオ 
知人に東京の蒲田を中心に、ギョーザを売物にした中華料理店「你好」(ニーハオ)を経営している八木功さんという人がいる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/09/12 21:59
700 いい人たちがなぜ? 悲劇の島を描いた「終わらざる夏」
太平洋戦争で日本がポツダム宣言を受託、連合国に無条件降伏を通告したのは1945年8月14日だ。その翌15日、昭和天皇が放送を通じて終戦詔書を朗読、国民に日本の敗戦を公表した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/09/09 22:08
689 再読「五十年目の日章旗」、そしてドラマ「歸國」
浅田次郎の「終わらざる夏」を読んでいる。上下二冊の長編だ。その間に青森に行く必要があり、浅田の本を家に置いて中野孝次の文庫本「五十年目の日章旗」を旅行鞄に入れた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/08/23 23:16
688 ナポレオンに背を向けた「黒い悪魔」 差別を乗り越えた快男児の生涯 
快男児である。フランスの歴史で、ナポレオンの時代に「黒い悪魔」という異名を持ったトマ・アレクサンドル・デュマこそ、こう呼んでいいと私は思う。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 1

2010/08/18 22:35
684 3つの観音寺 真夏の巡行
私は、全く信仰心はない。だから関東地方(神奈川、東京、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城の一都六県)に「坂東三十三箇所」という観音霊場があることも知らなかった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/08/11 20:57
682 清涼剤になりうるか 塩野七生「日本人へ 国家と歴史篇」
自信に裏打ちされた物の見方なのだろう。好き、嫌いは別にして辛口で明快な内容は、猛暑の日々に一服の清涼剤のようなさわやかさを与えてくれる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/08/08 21:24
677 カンボジアで生きる元留学生 父親は政治犯で虐殺
カンボジアの旧ポル・ポト政権(1975〜79年)時代の大虐殺を裁く特別法廷で26日、人道に対する罪などに問われた元トゥールスレン政治犯収容所所長、カン・ケ・イウ被告(67)の判決公判があり、禁固35年(求刑同40年)を言い渡した。このニュースに接し、一人のカンボジア青年のことが頭に浮かんだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/07/27 22:01
676 再読「天平の甍」 井上靖の文章
京都の旅の帰途、井上靖の「天平の甍」を再読した。その文章の冴え具合に、ほとほと感心しながら、読み進めた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/07/26 21:48
675 戦争を美化した小説 きな臭い著者の意図=『永遠のゼロ』
「永遠のゼロ」(百田尚樹著、講談社文庫)は売れ行きが好調でも、危うさを感じる作品である。「現実味に乏しい」「素人小説的だ」と批判的見方も強い。その意見の中には、戦後60数年も過ぎて、生前の主人公(零戦の搭乗員で、特攻で戦死する)の行動を記憶している80代の高齢者を複数探し当てることなどとてもできない、作り話のようだ―という厳しい指摘もある。著者はなぜこの作品を書いたのだろう。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/07/25 20:29
652 戦争とは幻滅 第一次大戦を描いた「八月の砲声」
第一次世界大戦は、1914年から18年までの間世界の列強が2つに分かれて戦った人類史上最初の世界大戦といわれる。ドイツ・オーストリア・オスマン帝国・ブルガリアからなる中央同盟国と英国・フランス・ロシアを中心とする連合国(日本、イタリア、米国も後に連合国側に立ち参戦)の戦いは4年に及び、多大なる人命を失う。しかし四半世紀後、人類は同じ過ち(第二次世界大戦)を繰り返す。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/06/29 21:55
649 相撲のいまと昔 危機の力士たちよ雷電を思え
江戸時代「雷電爲右エ門」という力士がいた。その強さは古今無双といわれ、生涯の成績は254勝10敗、引き分けほか21で、勝率が96.2%、連続優勝7回の記録を残した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/06/19 21:36
637 ふしぎな波瀾重畳の生涯 ジョゼフ・フーシェの評伝「ある政治的人間の肖像」
「マキャベリズム」という言葉は、悪く言えば「目的のためには手段を選ばない」に解されるが、「国家が危機に陥った場合は、政治家は国家存続のために、手段を選ぶべきではない」と解釈する意見もあるという。ここでは前者の方を使うことにする。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/05/25 14:38
617 本を読めば「人相がよくなる」 ある元裁判官の読書論
活字離れ、読書と縁のない学生の増加・・・。そういわれて久しい。しかし、書店に行けば、新刊本がズラリと並んでいる。おかしな時代だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/04/08 22:12
613 復活した校歌の物語(4)完 山本正夫の孫と感動の対面
校歌のなぞを探って、作詩・作曲者の山本正夫の直系の孫である山本晴美さんが東京都板橋区で幼稚園の園長をしていることを知った、東舘小の宍戸校長と矢祭町教育委員会の片野委員長は福島県から上京し3月31日、晴美さんを訪ねた。(多くの校歌を作曲した山本正夫) ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2010/04/01 20:32
610 キプリングの「少年キム」 この世には多くのうそがありうそつきがいる
ラドヤード・キプリングは、1907年にノーベル文学賞を41歳で受賞した英国の作家である。文学賞受賞者としては最年少で、現在もこの記録は破られていない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/03/24 22:31
607 これも人間の世界 全体主義国家を描いたオーウェルの一九八四年
村上春樹の「1Q84」が爆発的に売れたのは、昨年の6月ごろだった。変わった本の名前だが、一説によると、英国の作家、ジョージ・オーウェルの「一九八四年」という作品をもじって付けたのだという。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/03/14 21:09
598 ビッグひな祭りを訪ねて 春近い東の勝浦へ
いま、東と西の「勝浦」で、「ビッグひな祭り」というイベントが続いている。街の主要な場所に文字通り、ひな人形が展示され、多くの観光客でにぎわっている。(写真は、遠見岬神社の石段に並べられたひな人形) ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/02/24 20:55
592 マンデラとラグビーの魅力 映画「インビクタス」
ラグビーといえば、ニュージーランドのオールブラックスを思い浮かべる。その強豪を破って、南アフリカが1995年、第3回ワールドカップの開催国として初優勝したことは、ラグビーファン以外にはあまり知られていない。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2010/02/11 22:30
582 15年前のあの日のこと
阪神・淡路大震災から15年が過ぎた。15年前のあの日、何をしていたのか、記憶の糸をたぐった。当時私は浦和市に単身赴任をしていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/01/18 13:25
580 温父と頑固親父と 日本史有名人「親父の背中」
子どもは親の背中を見て育つといわれる。それだけ、親の生き方は子どもに影響を与える。「日本史有名人、おやじの背中」(新人物往来社)を読んで、それを実感した。世の多くの父親たちは、子どもに生き方の基本となるような背中を見せているのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/01/14 22:28
579 丘を目指して 富士への思い
1月も中旬に入った。朝6時過ぎに、身支度を整えて犬の散歩に出る。日の出前で薄暗いが、次第に東の空が明るくなってくる。天気予報は快晴。空の雲はたしかに少ない。冬の晴れた日には遠くに富士山が見える丘へと歩を進める。空気が澄んでいる。「けさは富士山が見えるはずだ」と思う。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2010/01/14 12:53
578 ナポレオンに翻弄された女性の生涯 「マリー・ルイーゼ」
「会議は踊る されど進まず」という言葉は、1814年から15年にかけ、ナポレオン失脚後のヨーロッパのあり方を話し合ったウィーン会議に出席したはオーストリアのリーニュ将軍(あるいはフランスのタレーラン外相の言葉ともいわれる)が残したものだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/01/10 22:59
575 体験者の真実の遺言 少年の過酷な現実を描いた「生獄」
ことしは戦後65年になる。この「戦後」という言葉は、多くの国民には遠い存在になっているようだ。だが、このほど出版された「生獄」(柏実著、文芸社刊)を読むと、65年前を忘れてはならないことを思い知らされる。著者の柏さんは、私の知人である。この本のあとがきの結びで彼は書いている。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2010/01/04 22:56
564 現代日本人論 ザビエル時代との変化
フランシスコ・ザビエルが日本にやってきたのは1549年のことだ。ポルトガル人のアルバレスという船長の「日本記」という文章によって、ザビエルは日本に興味を持ったようだと、司馬遼太郎が「街道を行く・南蛮のみちT」の中で書いている。当時の日本人の性格はアルバレスによると次のようのものだったという。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/12/14 11:19
562 みんなで渡れば怖くない 日本人の集団行動
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉がある。映画監督の北野武が若い時代に漫才をやっていた当時のネタの一つだそうだ。ブラックユーモアとして、流行語にもなった。日本人の集団行動を皮肉った標語でもある。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/12/10 16:53
559 ポルトガル再び 栄光と没落の西の国
リタイア後は西端の国・ポルトガルで暮らしたいという希望を持った知人がいる。その夢をまだ果たしていないが、彼によれば「かつて地球の裏側まで船を操った冒険者たちが、いまはその残照を浴びて黙々と座っている街(国)・・・」だというのである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/12/06 22:28
537 高度成長とともに 戦後を体現した大鵬さん
相撲界で大横綱、名横綱といわれる人は何人か思い浮かべることができる。その中でも「大鵬」というスケールの大きな名前は、私だけでなく多くの相撲ファンの心に残っているはずだ。その元横綱大鵬さんの納谷幸喜さん(69)が文化功労賞を受賞する。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/10/29 21:32
533 藤沢周平とともに 鶴岡を歩く
鶴岡も米沢と同様、城下町(庄内藩)としての歴史がある。そして、鶴岡を有名にしたのは、作家の藤沢周平だった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/10/24 22:16
532 漆の実のみのる国 「天地人」でにぎわう米沢 
かつて仙台に住んだことがある。もちろ、隣県の山形県まで足を伸ばしたが、米沢と鶴岡には行く機会がなかった。先日2つの城下町に行くことになり、旅行バッグに藤沢周平の「花のあと」という文庫本を入れて新幹線に乗った。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/10/24 20:41
531 マロニエの葉散る朝 届いた季節の便り
朝、犬と一緒に散歩していて遊歩道を通ると、マロニエの葉が風に揺れて散っている。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/10/19 14:29
527 旅は記憶だ スペイン・ポルトガルの旅(7)完 
「記録より記憶に残るような選手になりたい」と、高校野球で、大リーグに行った松坂大輔以来のピッチャーといわれる花巻東高校の菊池雄星がプロ希望を表明した際にこう話した。戦後のプロ野球で、それを実践したのは長嶋茂雄だったが「記録よりも記憶」という行動をする人をポルトガル・スペインの旅で見かけた。以前行ったニュージーランドの旅でも、そのような人がいた。(写真はポルトガル・シントラの王宮で撮影) ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/10/08 21:35
526 遥かなりラオス(7)完 600キロの深夜バスの世界
作家の沢木耕太郎がバスを使って、香港からユーラシア大陸を横断したのは26歳の時だった。その旅行記は「深夜特急」という名著になり、いまも若者の心をとらえ続ける。ラオスで600キロの距離を深夜バスに乗り、車窓から夜空の星を眺める稀な時間を送った。揺れとエンジン音でなかなか寝付かれない時間、沢木の若き日の旅を思った。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2009/10/06 11:13
524 遥かなりラオス(5) 山岳地帯との別れ
一日、NGOのタオイ地区センターでゆっくりした私たちは、夜、ノンちゃんたちと一緒に歌を歌い、タオイの夜を楽しんだ。ノンちゃんはギターをこなし、宍戸先生と同じく、多才ぶりを発揮した。翌日早くにもち米の朝食を取り、ノンちゃん車ら2台の四駆で帰途に就いた。私は2台目のウンさんの車に乗った。彼ははだしでアクセルとブレーキを踏んでいる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/10/03 21:19
523 遥かなりラオス(4) 山岳地帯へ・その4
豊かさとは何なのだろう。実はこれまでのラオス滞在中、この疑問が頭から離れなかった。タオイに到着して、その答えを考えようとしたが、出てこなかった。経済的、物質的な豊かさ、それがなくとも精神的な豊かさがあれば、人間は幸せなのだろうか。では、ラオスでも辺境のタオイに住む人々は日常、何を考えながら生活を送っているのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/10/03 16:36
522 遥かなりラオス(3) 山岳地帯へ・その3
室生犀星は小景異情という詩で「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と書いている。故郷とは、遠くにいて思い出すものである、という意味だ。ラオスの山岳地帯に入ってきて、ここに住む人たちは、故郷を離れて遠い都会で暮らすことができるのだろうかと思った。この悪路を経て若者はどの程度町へと出ていくのだろうか。そんな思いよりも、現実の厳しさが目の前にあった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2009/10/01 20:42
521 遥かなりラオス(2) 山岳地帯へ・その2
第1の難所を抜け出したものの、さらに5キロほど行くと、えんえんと続くぬかるみの上り坂に差しかかった。ここも溝は深い。左側の溝に入り込んだ先行のノンちゃん車を助けるために自動巻き取りの牽引ワイヤーロープを太い木の幹に掛けて引き出す。こう書くと簡単のようだが、左側に張り出した木の枝を切り、さらに道を直す作業が伴い、ここでも1時間を要した。ノンちゃんの声はますます力強くなっていく。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/09/30 14:55
520 遥かなりラオス(1) 山岳地帯へ・その1
インドシナ半島の北東部にあるラオスに行ってきた。9月20日から27日までの8日間。スペイン・ポルトガル報告を中断し、鮮烈なラオスでの体験を7回にわたって書いてみる。ラオス語で「こんにちは」は「サバーイディー」というそうだ。その響きはさわやかだ。だが、人々は厳しい自然の中で暮らしていた。日本との落差の大きさに衝撃を受けた日々だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/09/29 18:46
519 宗教戦争の長い時間・アルハンブラ スペイン・ポルトガルの旅(6)
中世、キリスト教勢力を追い出し、スペインに進出したイスラム勢力は、長い間栄華を誇った。しかし、巻き返しを狙うキリスト教勢力側は各地でレコンキスタ(国土回復運動)という戦争を続ける。それは息の長い戦いだった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 3

2009/09/19 21:27
518 迷走運転手に笑う スペイン・ポルトガルの旅(5)
クエンカは、人口5万3000人のスペインの中央に位置する都市だ。歴史的城壁都市として世界遺産に登録されている。ウエカル川の断崖に建つ「宙づりの家」が有名だ。(宙づりの家) ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/09/19 18:23
517 躍動、飛び散る汗・フラメンコ スペイン・ポルトガルの旅(4)
アルハンブラ宮殿のあるグラナダ地方は、フラメンコの本場でもあるらしい。夜、9時前アルハンブラ宮殿を見下ろす高台にあるタブラオまで行く。日本でいえば、小さな芝居小屋みたいなものだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/09/19 13:21
515 巨匠の国は落書き天国 スペイン・ポルトガルの旅(2)
ピカソの「ゲルニカ」という大作の前からなかなか立ち去ることができなかった。マドリードのソフィア王妃芸術センター2階にこの作品は展示されている。縦3・5メートル、横7・8メートルの巨大なものだ。(市内で見かけたユニークな落書き) ...続きを見る

トラックバック 2 / コメント 0

2009/09/18 20:50
504 肝高の阿麻和利・東京公演  ありがとう沖縄の子ら
「沖縄の子どもたちよ、ありがとう」。正直なところ、こう思った。8月19日夜、東京・新宿の厚生年金ホールで行われた現代版組踊「肝高の阿痲和利」の舞台を見る機会があり、そのすさまじいばかりのエネルギーに圧倒され、こんな感想を持った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/08/20 13:29
502 稀有な裁判官 「気骨ある判決」
かつて日本の司法界には、2人の稀有な裁判官が存在した。太平洋戦争時代の翼賛選挙無効判決を出した吉田久と、悪法もまた法なりとして、戦後ヤミ物資の購入を拒否して餓死した山口良忠だ。山口の話は社会の教科書に載ったし、テレビドラマにもなったので、多くの人が知っている。しかし吉田の存在を知る人は司法界を含め少ないのではないか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/08/17 22:34
500 散るぞ悲しき 硫黄島の栗林忠道
太平洋戦争末期の硫黄島で日本軍と米軍が死闘を繰り広げた。日本側の指揮官は栗林忠道だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/08/13 21:49
495 不況で相次ぐ花火大会中止 でもコチラの方は
各地で花火大会が相次いで中止になっているという。大型の大会には2000万円から5000万円の費用がかかるが、不景気で企業を中心にした協賛金が獲得できず、中止に追い込まれてしまうのだ。花火は郷愁を呼ぶ伝統行事だ。それが開催できないほど、日本社会は脆弱になっているのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/08/06 22:06
494 カファの赤い実 コーヒー誕生小話
コーヒーが好きだ。ただ、漫然と飲んでいるのだが、ある日、家族からコーヒーはどうして飲まれるようになったのか知っているのかと聞かれた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/08/05 20:35
492 フジヤマのトビウオの死
この人ほど、国民的な英雄はいないだろう。水泳の古橋広之進さんだ。水泳の世界選手権が開かれているローマから、古橋さんが亡くなったという悲報が届いた。80歳だった。現地のホテルの部屋で倒れていたという。敗戦で打ちひしがれていた国民に、希望の灯をともした古橋の活躍は、高杉良の「祖国へ、熱き心を」で詳しく描かれている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/08/02 22:54
490 「朗読者」 人間の無力さと愛の哀しみ
ナチによる戦争犯罪をテーマに、15歳の少年ベルクと36歳の女性ハンナの年齢を超えた愛の姿を描いている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/07/28 11:05
480 万葉の「歌垣」再び 携帯メールで俳句と短歌
日本の伝統文化である俳句と短歌。その素養がある人はうらやましい。俳句は17文字、短歌は31文字に凝縮して、森羅万象を表現する。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/07/16 21:32
479 とんがり靴とモヒカン頭 現代の流行事情
若い男性の間で髪の毛の中央部を立てる「モヒカン刈り」が依然として流行している。そんな男性の足元を見ると、ほとんどがとんがった靴を履いている。これが現代の若さの象徴のようで、最近は足元を見ると、ほぼ年代層が分かるようになった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/07/15 22:54
475 1人で便所飯とは 孤独を好む時代?
朝日新聞の7月6日夕刊一面トップに「友達いなくて便所飯?」という記事が載った。東大や名城大(愛知県)など、幾つかの大学にトイレの中で食事をするのを禁止するという注意書きが掲示されたというのだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/07/08 20:57
471 東京五輪の恩人 日系人和田勇の生涯
知人が勤務先を退職し、近く米国ロサンゼルスに行くという。ロスには「東京オリンピック開催の恩人」といわれた日系人が住んでいた。野菜や果物を扱う食品ストア十数店を営みながら、東京五輪開催を全力で応援したフレッド・和田勇である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/07/02 21:26
469 通勤電車でわが道を行く人 我慢は日本人の特性?
JRを毎日利用している。ラッシュよりは少し外れた時間なのだが、込みようはいつになっても解消されない。それなのに、傍若無人な振る舞いの人が何と多いことか。多くの人は心の中ではいい加減にしろと思いながら黙っている。我慢は日本人の特性でもあるように。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/06/29 22:25
453 みずみずしい感覚 「今ここにいるぼくらは」
川端裕人はテレビ局の報道記者から転身した作家だ。関西から自然がいっぱい残る里山の近くに家族とともに引っ越してきた博士(ひろしと読むが、あだ名ははかせ)の小学生時代を7つの話に分けて描いた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/06/02 22:15
417 映画「ワルキューレ」 失敗したヒトラー暗殺作戦
映画「ワルキューレ」を見た。1944年7月20日、ドイツ。ヒトラーを暗殺し、独裁政権を倒そうとした歴史的事実に基づいた映画だ。計画は未遂に終わり、中心人物のシュタウフェンベルク大佐(映画ではトム・クルーズが演じた)をはじめ関与した多くの人たちが処刑される。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/03/22 22:19
394 「石敢當」の意味は  世界各地に必要な魔よけ
沖縄を歩くと、方々で「石敢當」という文字が彫られた石が目に付く。何の意味なのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/02/10 21:57
390 フランス革命から220年 衰退する仏の新聞
フランスのサルコジ大統領が、成人に当たる18歳の誕生日を迎えた市民には、向こう1年間新聞代を無料にするという政策を発表した。大統領は「若いころから新聞を読む習慣をつけないといけない」と語ったというが、若者の新聞離れ現象が日本だけではないことを物語っている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/01/31 12:31
381 どうなる定額給付金 過去の二の舞か
定額給付金が第2次補正予算に盛り込まれ、閣僚が受け取るとか、辞退するとかがニュースになっている。オーストラリアでは12月のクリスマスを前に景気刺激策の一部として、全国民を対象に一時給付金104億豪ドル(約6436億円)が支給された。これが本当に景気刺激につながったかどうかは、まだ分からない。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/01/10 22:13
380 日本が燃えた時代の物語 オリンピックの身代金
東京五輪が開かれたのは、45年前の1964年10月のことだ。日本は敗戦から19年、経済の高度成長時代に入っていた。復活を遂げた日本の象徴がオリンピック開催だった。しかし、東京と地方の格差はこのころから次第に広がっていく。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2009/01/10 18:08
366 琴線に触れる映画 「青い鳥」と「私は貝になりたい」
最近、邦画2本を連続して見た。話題の映画である。いじめ問題を扱った「青い鳥」と、終戦後のBC級戦犯の悲しみを描いた「私は貝になりたい」だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/12/02 22:34
355 時間の過ごし方 3本の映画から
映画ファンには増えつつあるシネマコンプレックス(シネコン)、あるいはマルチプレックスシネマ(英語表記:Multiplex Cinemas)と呼ばれる形式の映画館はうれしい存在だろう。同一施設に複数のスクリーンがある映画館のことである。こうした映画館に足を運ぶ一人として、最近「レッド・クリフ」「まぼろしの邪馬台国」「闇の子供たち」という3本の映画を見た。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2008/11/12 20:41
349 繰り返す歴史 塩野七生「ローマから日本が見える」
小さな都市国家だったローマがいつしかヨーロッパを席捲する巨大帝国になり、長い間ヨーロッパの支配を続ける。その歴史を塩野七生は「ローマ人の物語」(全15巻)としてまとめる。その蓄積を背景に古代ローマの攻防の歴史を振り返り、現代日本に対する塩野の見方を示したのがこの本だ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2008/10/29 21:17
348 中国の旅(3)完 大連にて
「大連の3つの多い、3つの少ないは何か」。かつて中国といえば、自転車という印象があった。朝夕、通勤、通学の人たちの自転車で主要道路は埋め尽くされる。しかし、大連ではその光景はなかった。(写真は中山広場から見た大連賓館) ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/10/28 20:54
347 エリザベート ハプスブルク家最後の皇女の波乱の生涯
「激動の歴史」という言葉が頭に浮かんだ。塚本哲也の「エリザベート」を読み終えたのは、中国・上海に向かう飛行機の中だった。これから行く中国とエリザベートが生きた中欧は、第二次大戦後、「社会主義」というイデオロギーに翻弄された共通の歴史があるが、いまはそのまま社会主義を歩む中国と、社会主義の呪縛から解放された中欧とはかけ離れた存在だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/10/27 20:19
346 中国の旅(2)幻のアカシヤの大連
「アカシヤの大連」は昔の話だった。中国への旅は香港を含めると4回目になる。このうち揚州に続いて訪れた大連は3回目だった。その変わりようには驚いた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2008/10/25 22:18
345 中国の旅(1)鑑真の故郷へ
「中国は霞みに覆われた大国なのか」。中国を久しぶりに旅して、空気の汚れに驚いた。北京五輪の時にも、スモッグが多いことを理由に有名マラソン選手がボイコットしたことで、そのひどさは頭では知っていたが、実際に中国に足を踏み入れると、それを実感した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/10/24 21:58
344 フェルメール展はラッシュ並みの人出 ある日の上野の森
10月の上野公園は、さわやかな季節とあってかなりの人出でにぎわっている。JRを降りて動物園方向へと歩くと、右手に「国立西洋美術館」がある。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/10/17 23:34
342 2人の先人を思う 長崎の天主堂にて
(大浦天主堂で結婚式を終えた2人) ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/10/13 21:45
340 人生の不思議な縁 2つの出会い
長い人生を送っていると、不思議としかいいようがない出会いがある。先月、中欧の旅で偶然に出会った人が、8月の芝居公演の最終日に同じ時間帯にこの芝居を見ていたことが分かった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/10/08 22:39
339 中欧の旅(10) 名画で読み解くハプスブルク家12の物語 
約650年という長い時代、ヨーロッパに君臨したのがハプスブルク王朝だ。日本では徳川幕府(江戸時代)が264年、足利幕府(室町時代)が237年の長期政権を維持したが、とても及びもつかない。スイスの一豪族が偶然手にした神聖ローマ帝国皇帝という地位から、急成長し、ヨーロッパの歴史に重要な位置を占めるのがハプスブルク家だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/10/05 21:45
335 中欧の旅(9) 終わりからの旅(辻井喬著) 
今度の中欧の旅は、成田からロンドンを経由してベルリンに入り、帰りはブタペストからロンドン経由で成田に帰るという長時間飛行を余儀なくされるものだった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2008/09/28 20:31
330 中欧の旅(4) プラハの花嫁 
世界遺産に指定されているチェコの首都プラハの旧市街にあるブルタバ川にかかるカレル橋を歩き、美しいプラハの街を眺めた。橋の上は観光客であふれるようだ。この後プラハ城に行き、さらに旧市街庁舎前の広場に足を運ぶと、再びすごい人の波に巻き込まれた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2008/09/20 20:34
329 中欧の旅(3) フェルメールも見た・ドレスデン国立絵画館にて 
悔しいと思った。素晴らしい作品がこんなにあるのに時間がない。それと、美術作品に対する知識が少ない。目の前に次々と出現する名画を見ながら私は戸惑った。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2008/09/19 21:45
328 中欧の旅(2) 歴史の舞台裏・ポツダム
ドイツ・ポツダムは「ポツダム会談」や「ポツダム宣言」という世界史の舞台として知られる。しかしポツダムが名建築の街とは知らなかった。実はポツダム会談はその名建築物を舞台に行われたのだという。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/09/18 14:06
327 中欧の旅(1) ベルリンの壁はいま  
ドイツ・ベルリンの壁崩壊を目の当たりにした知人がいる。既に勤務先の報道機関を退職しているが、彼は退職後にベルリンを再訪し、記者としての足跡を振り返った。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2008/09/17 09:02
318 8月(10) 戦争絶滅へ、人間復活へ
秋田県横手市在住のむのたけじさんは、93歳の老ジャーナリストである。むのさんは、フリーのジャーナリスト、黒岩比佐子さんとの対談(岩波新書)で「戦争の世紀」といわれた20世紀を中心に振り返り、厳しい視線を私たちに向ける。それは、私にとって目からウロコのような、大先輩の確かな視点なのである。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/08/24 22:59
316 8月(8) 平凡な日常を大事に 北京五輪に思う
北京五輪が盛大に開催されている。五輪は「平和の祭典」ともいわれた。だが、五輪の開会式に世界の首脳が参加した直後、グルジアとロシアの軍事戦闘(戦争)が始まっていた。ロシアの前大統領・プーチン首相も堂々と五輪の開会式に出席したのだから、あきれたものだと思った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/08/17 22:26
310 8月(2) ダモイ(収容所から来た遺書)・3人芝居
8月は鎮魂の月である。祖先から伝わる死者の霊(精霊)を供養する盆が間もなくやってくる。広島、長崎を含めた太平洋戦争で犠牲になった310万人の霊を慰める季節でもあるのだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/08/03 21:42
308 芥川賞「時の滲む朝」 挫折と再生の青春 
中国の地方で育った2人の天安門世代青年の挫折と再生の物語だ。テレビに映し出された戦車の姿を今も忘れることはできない。天安門で学生や市民に銃を向けたケ小平の強硬な政治姿勢は世界に大きな衝撃を与えた。それだけに重厚な作品を想像して手に取った。だが、その想像は外れていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/07/28 22:05
298 「こんにちはアン」 スーパー少女の生い立ち 
現代日本をどのように見たらいいのだろう。戦後の高度経済成長期、バブル経済期までを例えば「ポジティブ日本」と呼ぶなら、バブル崩壊から現代に至るまでの社会は「ネガティブ日本」といえようか。自殺者が10年連続して3万人を超えるという事実はその象徴であり、後ろ向きの社会が続いていることの証のように思えてならない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/07/13 22:03
295 「美しい」が死語の時代 拝金主義と美意識と
美術家の森村泰昌さんと分子生物学者の福岡伸一さんの『「美しい」って死語ですか』という対談が朝日新聞(7日付け朝刊)に掲載された。2人は対談で、最近「美しい」という言葉が語られなくなったと言う。そういう時代に突入したのだろうか。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2008/07/07 20:54
290 人間の尊厳を問うシベリア抑留 辺見じゅん「ダモイ遙かに」
辺見じゅんの「収容所から来た遺書」は、シベリアに抑留され、過酷な強制労働の末に収容所で病死した島根県出身の山本幡男さんの遺書を、抑留仲間たちが暗記したり、ひそかに隠して持ち帰り、遺族に届けるというノンフィクションだ。辺見はこの作品を「ダモイ遙かに」という小説に書き改め、最近新興の出版社、メディアパルから出版した。知人推薦の一冊であり、読後、人間の生と死のはかなさを思い「人間の尊厳とは何だろう」と考えた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2008/06/28 22:00
259 現代中国の救世主と守護神の生涯 ケ小平秘録
この夏、北京五輪が開催される中国は共産党独裁が続く中で、驚異的な経済発展を遂げている。中国を今日の繁栄へと導いたのは、ケ小平だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/04/17 22:49
254 栄枯盛衰を現代訳で 吉村昭の平家物語
吉村昭は、新聞記者以上に深い取材を重ねて小説を書いた。フィクションの形をとってはいるが、ノンフィクションとの境界すれすれの作品が多かったと思う。その吉村昭が琵琶法師によって語り伝えられたといわれる軍記「平家物語」を現代訳にしたのがこの作品だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/04/08 21:25
246 731部隊の闇 取材の深さを示した青木冨貴子の作品
もう20数年前になるが、中国東北部各地を旅したことがある。かつて満州といわれ、日本とは縁が深い地域だ。北京から飛行機で大連に行き、その後は列車の旅だった。中でもハルビン郊外の731部隊の跡地を案内されたときの気持ちは暗かった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2008/03/24 21:13
238 青函連絡船百年 感動の再会
ことしは、青函連絡船が就航して百年になる。青函トンネルの開通によって、連絡船の役割を終えたのは、いまから20年前の1988年3月13日のことだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/03/07 22:03
236 映画「明日への遺言」 信念貫いた高潔な人間像  
小泉堯史監督は、文学の秀作をじっくりと映画化するのが特徴といえる。「阿弥陀堂だより」(南木佳士)、「博士の愛した数式」(小川洋子)、今度の「ながい旅」(大岡昇平)からの「明日への遺言」。共通するのは静かな語りかけだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/03/02 21:35
230 冷静、実証的な東京裁判論 不毛な論争に一石
「東京裁判」と聞くと、「A級戦犯」「靖国合祀」という言葉を連想するはずだ。そして、戦勝国が戦争に敗れた日本の指導者を裁いたもので、到底受け入れることはできないという反発も強い。軍国主義を裁き、戦後の民主化のために寄与したという肯定論もある。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/02/16 12:55
228 君のためなら千回でも (続)映画は原作を超えられるか
小説を読む。自分の知らない世界が広がる。空想の世界に似ている。そうした思いはアフガニスタンを舞台にした小説「君のためなら千回でも」でも味わった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/02/10 21:48
227 人間としての魅力 半藤一利の「山本五十六」
山本五十六は、「悲劇の海軍大将」といわれる。太平洋戦争の開戦に反対しながら、戦争へと突き進む時代の潮流に飲まれ、短期決戦を目指して「真珠湾奇襲戦」を成功させる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/02/10 18:59
225 母(かあ)べい 懸命に生きた一家の物語
日中戦争から太平洋戦争。昭和20年8月15日で、戦争は終わった。その時代を生きた一家の物語だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/02/04 23:10
224 どうしたギョーザ 家庭料理の王様に危機
ギョーザは、中国の伝統的な家庭料理だ。知人によると、旧暦の正月に当たる春節(ことしは2月7日)では、家族が一緒になって前日からつくったギョーザを食べるのが多くの家庭の習慣だという。日本で雑煮を食べるのと同じくらい正月の伝統なのだそうだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/02/01 21:30
223 ひめゆりの塔にて 恥ずかしい日本人男性
ことしは戦後63年。戦争を知る世代が少なくなりつつある。最近、沖縄・糸満市の「ひめゆりの塔・平和祈念資料館」に行った。3回目だがいつも粛然とする。それは、63年前の悲劇を思えば当然なことだ。しかし、ここで残念な光景を見てしまった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/01/29 22:32
222 「野性の呼び声」  リズム感あふれる名訳
ジャック・ロンドンのこの作品は、いまや古典の部類に入るのだろうか。訳者の深町眞理子のリズム感あふれる日本語は、過酷な運命を生きるバックを現代に甦らせた感さえ抱く。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2008/01/26 23:17
220 赤い諜報員  ゾルゲ・尾崎秀実・スメドレー
先週の新聞に小さな記事が載った。気をつけてみないと見逃してしまう。見出しには「ロ側から400万円 内調職員」とあった。いわゆるスパイ事件の報道だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/01/20 21:56
205 サザエさんの美術館 世田谷の桜新町を歩く
漫画「サザエさん」の舞台は、東京・世田谷の桜新町だ。この商店街通りは「サザエさん通り」と呼ばれている。商店街を抜けた一角に「長谷川町子美術館」があり、だいぶ以前に長谷川さんにインタビューしたことを思い出しながら、館内を見学した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/12/20 14:57
200 首相の謝罪 気付くのが遅れたとは?
「ご迷惑をかけて申し訳なかった。厚生労働大臣も反省している。みなさんのことに気付くのが遅れて申し訳なかった」。福田首相が今月5日、首相官邸で中国残留孤児の集団訴訟の原告らと面談した際、このような言葉で謝罪したと新聞に報じられた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/12/07 16:34
192 続「always3丁目の夕日」 鉄腕稲尾投手時代への郷愁
昨年大ヒットした映画の続編である。作家志望青年と隣の自動車修理工場を取り巻く人々の物語を軸にしているのは、変わらない。方や芥川賞を目指し、方や事業に失敗した親戚の娘を預かる。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/11/13 21:03
191 雨の鎌倉 八幡宮では結婚式
11月も中旬に入ったのに、鎌倉の紅葉はこれからという印象だった。幼いころの友人たちと雨の中を歩いた。それは、鎌倉の通には、あきれられるくらい、「鎌倉入門」のコースだった。そういえば若いころ、このコースを1人で歩いたなと思い出した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/11/10 22:35
190 黛まどかさんの「歌垣」 日本再発見塾「までいの村・福島・飯舘」
「ことしの紅葉は、いつもの年よりきれいではないな」と、地元の人が話す。確かに、期待した鮮やかさには少し足りない印象だ。でも、あと1週間もすれば、木々の葉の赤や黄色の色彩はさらに強くなるはずだ。初めて訪れた福島県北部の飯舘村は阿武隈高地にあり、紅葉が始まっていた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/11/06 21:03
188 和菓子と洋菓子と とげぬき地蔵通りを歩く
巣鴨のとげぬき地蔵通りは、平日にもかかわらず多くの人出でにぎわっていた。この通りを歩いて、途中横道に抜ける学校を訪問した帰りに通りをぶらつき、「元祖 塩大福」の店に寄った。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/10/31 22:29
187 官も民もひどい乱れ これが日本の現状
防衛省や厚生労働省のいい加減さが毎日話題になっている。いつの時代でも、悪い奴や責任を逃れようとする役人はいる。日本だけでなく、隣国、中国でも公務員の汚職はひどい実態にあるという。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2007/10/30 22:26
174 ベトさんの死 悲劇の青春
下半身がつながった結合双生児として産まれた双子の兄弟のうち、兄のグエン・ベトさんが亡くなった。26歳の短い一生だった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2007/10/08 19:23
172 小説『どろがめ』 あるクリスチャンの波乱の生涯
この世にはいろいろな人間がいる。そしてすべて個性が違う。だが、この小説の主人公である「どろがめ」こと「亀松」のような、魅力あふれた人物はそうはいない。(「どろがめ」は燦葉出版社刊) ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/10/04 21:35
171 面白い小説を読む楽しみ 辻原登「ジャスミン」
中国・上海と神戸を舞台に、スケールの大きく読み応えのある小説を読んだ。登場人物も魅力があり、男女の愛や日中の歴史、さらに阪神大震災も登場して、物語がどのように進むのか、小説を読みながらハラハラドキドキするという、久しぶりの興奮を味わった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/10/01 18:12
167 カフカ・変身を読む 非日常的ながら現実を投影
周囲に読書好きがいて、ある日「カフカを読みませんか」と、手渡されたのが「変身」(白水Uブックス・池内紀訳)だった。いまさら変わった作品で知られるカフカでもあるまいと、数日放っておいた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/09/19 21:54
158 世界陸上大阪大会への思い 青春がよみがえる
いま、大阪で世界陸上競技大会が開かれている。これまでのところ、メダルを獲得した日本選手はいない。期待は、女子マラソンしかないのかもしれない。でも、テレビで世界最高の選手たちの躍動あふれる姿を見ていると、私自身に力をもらったような気がするのである。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 3

2007/08/27 23:15
157 『にんじん』を読む 残酷な少年の物語
なぜか本棚にあった古い文庫本を手に取った。紙にはしみが入っている。もう何十年も前に買った本だ。フランスの作家、ジュール・ルナールの『にんじん』だった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2007/08/23 21:34
147 「戦争紀行」3 時代を超えて
「戦争紀行」の続き(完) ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/07/27 21:38
146 「戦争紀行」2 学生兵士の体験とは
前回の「戦争紀行」の続き。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/07/27 21:33
145 「戦争紀行」 日中戦争の実相を描く本 
「戦争紀行」(発行・いりす、発売・同時代社、2500円)という本がこの8月出版された。この本の出版にかかわり、解説めいたことを書いた。この本は、昭和の中でも大きな歴史に位置付けられる日中戦争がテーマだ。著者の杉山市平氏は既に故人だが、学生時代に召集され、3年半にわたって中国で兵隊生活を送った。その戦争体験記である。以下に「戦争紀行」のあとがきとして書いた文章を一部割愛して紹介する。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/07/27 21:20
141 初めての島 沖縄・阿嘉島にて
沖縄・慶良間諸島の中央にある阿嘉島に初めて行った。この島はダイバーには人気があるが、そう多くの人には知られていない。私はダイビングには全く興味がないのだが、島を歩いて人はなぜ海に潜るのかを少しは理解できた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/07/19 21:39
138 中国残留孤児支援 絶妙の政治のタイミング
うがった見方をすると、今回の永住帰国した中国残留孤児の生活支援をめぐる集団訴訟の和解は、自民党の選挙対策の一つではないか。それでなければ、こんなに急いで結論は出なかったはずだ。 ...続きを見る

トラックバック 1 / コメント 0

2007/07/09 21:15
136 久間氏の辞任に思う 無定見な政治家の失敗
広島・長崎に原爆投下を命じたのは米国の第33代大統領ハリー・S・トルーマンだ。ルーズベルトの急死によって、副大統領在任88日で大統領に昇格した民主党出身のトルーマンは、有名なポツダム宣言が出る一日前の1945年7月25日に日本への原爆投下を決断した。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2007/07/03 21:30
112 東京五輪の映画を見る 物流博物館にて
東京・高輪に物流博物館がある。JR品川駅高輪口から歩いて5分の高台に日本通運が出資して創設した小さな博物館だ。認知度はいまひとつらしく、平日の午後、入場者は私1人だけだった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/04/16 22:15
111 近衛文麿とは 彼はなぜ自殺したのか
戦前、3回にわたり首相の座に座り、敗戦後GHQの呼び出しの動きを知って青酸カリで服毒自殺した近衛文麿。これまで「優柔不断」「太平洋戦争を阻止できなかった男」というイメージが強かった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/04/15 21:10
106 私が住んだ街2・東京都国立市 立川と国分寺の中間 
「こくりつ」ではなく「くにたち」という。しかし、東京以外の人で、ちゃんとこの街の呼び方をできる人はそう多くはないと思う。立川と国分寺の中間という意味で名前がついた小さな街である。だが、いまは独自性を持つ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2007/04/08 21:10
100 太宰府のタクシー 歴史解説を聞く
梅で知られる福岡県太宰府市にある「大宰府天満宮」は、平安時代に生きた天才学者、政治家の菅原道真(天神様とも呼ばれる)を祭っている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/03/28 21:51
97 ある中国残留孤児物語 苦節24年餃子で成功 
友人に「八木功さん」という元中国残留孤児がいる。彼は中国の大連で生まれだが、終戦時の混乱で中国に取り残され、ようやく1979年に日本に帰国した。帰国後彼は餃子を中心にした中国の家庭料理の店を東京で開き、23年目にして4軒のオーナーになった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2007/03/26 17:28
89 「東京大空襲」集団提訴の意味するもの
62年前の1945年3月10日未明、米軍機が東京を空襲した。約10万人の死者を出した「東京大空襲」である。この被害者や遺族計112人が国を相手に12億3200万円の損害賠償と謝罪を求める集団訴訟を東京地裁に起こした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/03/09 20:39
74 スリランカの涙(2)
コロンボ市内の平凡な風景を見ていると、この国が内戦状態にあることを忘れる。しかし、別の場所では、政府軍の兵士が武器を持ち、厳しい顔つきで立っている。それがスリランカの日常なのだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 1

2007/02/05 21:03
73 スリランカの涙(1)
スリランカは「インド洋に浮かぶひとしずくの涙」といわれ、観光地化されてない美しさから「インド洋の真珠」ともいわれているという。コロンボ市内ではハスの花が美しく咲いている。この花を見ていると心が穏やかになる。フィリピンからスリランカに旅した。以下、2回にわたってスリランカの旅を報告する。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/02/04 13:09
72 父が眠る島 フィリピンで思ったこと(2)
マニラはほかの東南アジアと同様、車と雑踏の街だ。現在のマニラからは、太平洋戦争時代を思い起こすことはできない。街を歩くと、豊かな生活を送る人と、貧しい人の姿が顕著である。それがフィリピンの現実だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/02/03 22:29
71 父が眠る島 フィリピンで思ったこと(1)
私事に触れる。父親の顔は写真でしか知らない。母が父代わりもしてくれて、育ててくれたことは当然である。そのためか、父を持たない寂しさやつらさを感じないままに幼少期、少年時代を送り、いつしか故郷を離れて父のことを考えることがないままに長い年月を過ごした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/02/03 21:00
65 南極の石 タロジロを思う
わが家の床の間に、こぶしよりやや大きい南極の石が飾ってある。南極観測に行った友人からだいぶ以前にもらったものだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2007/01/13 21:10
64 昭和史 戦後篇を読む
きょう、防衛庁から昇格した防衛省が誕生した。戦後は遠くなりにけりの印象だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/01/09 22:33
61 平和の代償 塩野七生の本音
「ローマ人の物語」(全15巻)を書いたイタリア在住の作家、塩野七生(しおのななみ)が、テレビ番組で作家の五木寛之と対談し、現代日本の世相について触れ「いま様々な問題が起きているのは平和の代償だ」と話していたことが頭から離れない。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/01/06 21:14
55 藤沢周平未刊行初期短篇 荒削りな魅力
「幻の短篇 書庫の片隅に眠っていた 無名時代の未刊行作品14篇。40年の時を経て今、甦る」と、帯に書いてある。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2006/12/21 22:04
53 硫黄島(続) 戦争を直視
硫黄島を含め、太平洋戦争で米軍が日本向けに途中から多用したのは、火炎放射器だった。塹壕、ジャングルに隠れた兵隊だけでなく、沖縄では非戦闘員の一般市民にまで無差別にこの兵器を使い、焼き殺した。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2006/12/12 21:50
51 硫黄島 忘れてはならない歴史
きょうは12月10日だ。2日前は、20年8月に敗戦を迎え、国民の310万人が犠牲になった太平洋戦争の開戦日(1941年)だった。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2006/12/10 21:14
50 歓喜する円空 名僧の生涯に光
梅原猛の「歓喜する円空」(新潮社、382頁)は、各地に多くの円空仏を残しながら、あまり評価をされなかった円空に、真正面から光を当てた作品である。 ...続きを見る

トラックバック 1 / コメント 0

2006/12/09 13:41
49 遅すぎる中国残留孤児支援  国に賠償命令
中国残留孤児が訴えた国家賠償訴訟で、神戸地裁がきのう「自立支援を怠った」として、国の責任を認め4億6800万円の支払いを命じる判決を言い渡した。当然といえば当然の判決だ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2006/12/02 14:41
48 昭和史 過信と狂信の日本人
友人の父親が書いた日中戦争の記録を読んだ。昭和史の中でも、大きな位置を占める日中戦争に学生の身で従軍した記録である。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2006/11/30 18:21
46 『ららら科學の子』
第17回三島由紀夫賞を受けた矢作俊彦の小説『ららら科學の子』の映画化が決まったという。題名は手塚治虫の漫画を原作にしたアニメ「鉄腕アトム」の主題歌の一節をとったものだ。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2006/11/25 22:36
45 西ノ京で受けた善意 偶然の出会いも
雪の季節になった北海道から、日本列島は次第に秋から冬へと衣替えを続けている。だが、関東以西は、まだ紅葉が楽しめる。先日、京都、奈良と紅葉の古都を歩いてきたが、そこで、小さな善意に出会ったことは忘れられない。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2006/11/24 20:47
20 フラガール  実話を描いた傑作映画
常磐ハワイアンセンター(現在のスパリゾートハワイアンズ)の名前を知っている人は、たぶんに年輩の方だろう。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2006/09/29 20:22

トップへ | みんなの「歴史」ブログ

小径を行く  歴史のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる