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zoom RSS 1557 『グローバル・ジャーナリズム――国際スクープの舞台裏』を読む

<<   作成日時 : 2017/04/14 16:22   >>

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画像 「こんにちは。私はジョン・ドウ(匿名太郎)。データに興味はあるか?」ドイツ・ミュンヘンの南ドイツ新聞の記者に、インターネットを通じて飛び込んできたこの一文が、タックスヘイブン(租税回避地)による世界各国の首脳や富裕層による資産隠し、課税逃れを暴いた「パナマ文書」報道につながった。このプロジェクトに参加した、澤康臣記者(共同通信社)著『グローバル・ジャーナリズム――国際スクープの舞台裏』(岩波新書)は、デジタル技術を駆使し、さらに足と頭を使って謎を解明していく記者たちの姿が活写されている。

「パナマ文書」報道プロジェクト、「ICIJ=国際調査報道ジャーナリスト連合」は、2017年のピューリッツァー賞に選ばれた。この賞は、ハンガリー系米国人で新聞経営者だったジョセフ・ ピューリッツァーの遺言で創設され、米国国内の報道や文学、音楽で優れた業績を挙げた個人や団体に与えられる。ICIJは、南ドイツ新聞が入手した中米パナマの法律事務所の膨大な量(2・6テラバイト、1150万通)の顧客データ(パナマ文書)を世界各国の記者400人と連携して分析、大規模なタックスヘイブン関与の実態を暴いた。日本では、澤記者が所属する共同通信と朝日新聞がこのプロジェクトに当初から参加した。

 この本は、インターネットをはじめとするデジタル技術や交通運輸網の発達によって、多くの事象が地球規模に及ぶ現代、国境を越えて問題(犯罪)の核心に迫ろうとする記者たちの姿を追ったものだ。その初めに取り上げているのが「パナマ文書」である。グンロイグソン首相を退陣に追い込んだアイスランドの調査報道記者クリスチャンソンによる首相インタビューの模様は、真に迫っている。ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席の批判回避ぶり(プーチン=権力を使った反発、習=権力を使った黙殺)もいかにも2人らしいのである。

 この本は、グローバル化するニュースの例として、アゼルバイジャンのアリエフ政権による携帯電話会社に絡む汚職疑惑やアフリカでのマフィアによるダイヤモンド利権を追う記者たちの動きも書かれている。いずれも命がけの取材である。命がけといえば、後藤健二さんがISに殺された当時、安倍首相は「テロは許さない。その罪を償わせる」という声明を出したが、後藤さんに対し「ジャーナリスト」という表現は使わなかった。一方、当時のオバマ米大統領は「日本人ジャーナリスト後藤健二に対する凶悪な殺害を非難する。後藤さんは報道活動を通じ、シリアの人々の苦しみを同国外に伝えようと、勇気ある努力をしてきた」と述べ、ジャーナリストとしての後藤さんのシリアでの活動を評価した。報道に対する日米政府の姿勢の違いを感じるのは、澤記者だけではあるまい。

 報道の自由度(国境なき記者団)ランキングで日本は2016年度、72位だった。この発表に異論もあるようだが、いずれにしても日本は報道関係者が思うほど、報道の自由度は高くない。その一例がこの本にも書かれている。日本では裁判の公開が憲法で定められているのに、民事裁判の場合、コピーはだめで閲覧だけ、記録も裁判が終わって5年過ぎれば判決以外は廃棄される。刑事裁判はもっとひどく、請求すれば閲覧可能になっているはずなのに、現実には関係者の名誉や平穏を理由にした例外規定によって不許可となることが多く、閲覧できても固有名詞の大半が黒塗りされることが多々あるというのだ。

 森友学園問題でも財務省は「交渉記録は破棄した」と国会で強弁を続けたのは、記憶に新しい。個人情報保護に名を借りた行政による情報隠しも目につく。澤記者によれば、イギリスの高級紙ガーディアンは、2015年7月、社説の中で日本のジャーナリムについて「礼儀正しい」と評し、それは権力追及の手を緩めることになると懸念した――という。「礼儀正しい」は、「権力におもねる」ことの裏返しでもある。既にその傾向が目につくようになって久しい。全体の報道機関がそうならないことを願うばかりである。

761 ニュースの原点は人間 「英国式事件報道」

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