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1525 芭蕉は何を思うのか 唇寒し秋の風
1525 芭蕉は何を思うのか 唇寒し秋の風 物いへば唇寒し秋の風 人の悪口を言った後に、なんとなく自己嫌悪に襲われ、後味の悪い思いをすることのたとえに使われる、松尾芭蕉の句(芭蕉庵小文庫)である。ちなみに芭蕉の座右の銘は「人の短をいふ事なかれ 己が長をとく事なかれ」(中村俊定校注『芭蕉俳句集』)である。芭蕉自身が言葉の使い方で後悔した経験があるかどうかは分からない。それにしても昨今、この句をつい口にしてしまうような出来事が相次いでいる。言葉が軽い時代なのである。 ...続きを見る

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2016/10/22 13:59
1524 ボブ・ディランのノーベル文学賞 サルトルは拒否したが……
1524 ボブ・ディランのノーベル文学賞 サルトルは拒否したが…… 《「キューバ危機」の時、ディランは、ソ連からの攻撃を想定した小学生の頃の訓練を思い出していたのかもしれない。》 ...続きを見る

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2016/10/13 21:08
1523 読書家の生きた証 本を愛して
1523 読書家の生きた証 本を愛して 9月末に亡くなった先輩は読書家だった。同時に、渥美清主演の映画「男はつらいよ」をこよなく愛した人情家だった。 ...続きを見る

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2016/10/12 18:53
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感
1522 中国の旅(9)完 神秘の街での雑感 今回の旅で最初に行ったのは、旅順である。正確には大連市旅順口区という。日露戦争の舞台でもあり、その後多くの日本人が住んだ。知人もここで生まれたこの街は近年まで対外開放されることなく、神秘の地ともいわれたそうだ。 ...続きを見る

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2016/10/11 21:52
1521 中国の旅(8) 神風運転の車に乗って……
1521 中国の旅(8) 神風運転の車に乗って…… 特に途上国に行って車の運転をしようとする人は自分の腕に自信があるか、必要に迫られて仕方なく、という場合が多いのではないかと思う。例えば、私は東南アジアのタイやベトナムで「運転を」と言われても、辞退する。車の洪水の中で立ち往生してしまうのがオチだと思うからだ。それは中国の場合も同様と、実感した。 ...続きを見る

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2016/10/10 08:54
1520 中国の旅(7) サービスについて、ある体験
1520 中国の旅(7) サービスについて、ある体験 以前、中国を訪れた際、社会主義の国なのだからサービスは不要だというような、店員の態度に腹を立てたことがあった。物を買うと、お釣りを投げ「ありがとう」も言わない。これが中国とあきらめた時期もあった。だが、いまやそうした態度をとる店員はほとんどいない。……はずだった。だが、大連市内の有名宴会場で、昔の中国を思い出してしまうほどの残念な体験をしてしまった。店側の従業員教育に問題あり、というケースだった。 ...続きを見る

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2016/10/09 21:19
1519 中国の旅(6) 若き知日派たち
1519 中国の旅(6) 若き知日派たち いま、日本と中国の関係は「非常に」という形容詞がつくほどギクシャクしている。政冷経熱といわれて久しい。今回の旅で2組の若い世代の夫妻にお世話になった。この人たちは日本通で、知人の家族のような存在だ。互いに日本と中国を行き来する知人と若い2組の夫妻に日中間の壁はないと感じた。 ...続きを見る

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2016/10/08 14:40
1518 中国の旅(5) いまは?のアカシアの大連
1518 中国の旅(5) いまは?のアカシアの大連 中国の旅に、私は何冊かの本を持って行った。その中に清岡卓行著『アカシヤの大連』も入っている。大連で生まれ育った清岡の自伝的小説ともいえる作品で、アカシアが香る美しい街としての大連が描かれている。32年前、初めてこの街に足を延ばしたときには、この作品の記述を裏付けるような、美しさが残っていた。だが、いまその面影はない。 ...続きを見る

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2016/10/07 13:02
1517 中国の旅(4) 中国の高齢者たち 
1517 中国の旅(4) 中国の高齢者たち  知人は、旅順で生まれ、この町で1年間だけ小学校に通っている。その小学校を探して歩いていると「旧八一零歴育退休職工活動室」と書かれた平屋の建物が目に入った。文字を読むと、定年退職者専用の建物のようだ。中国にはこのような、定年退職者が集まってゲームを楽しむ娯楽用施設があるらしい。中に入ると八畳間ほどの広さの部屋があり、そこで4人(女性3人と男性1人)が麻雀、2人(男性同士)が中国将棋を楽しんでいた。それぞれのゲームを立って見ている人もいる。この人たちは恵まれた人たちに違いない。 ...続きを見る

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2016/10/06 21:10
1516 中国の旅(3) 日本人と中国人
1516 中国の旅(3) 日本人と中国人 海外、特にヨーロッパなどを旅していると、あなた(あるいは君)は中国人かと聞かれた経験を持つ日本人は少なくないはずだ。欧米人から見たら、日本人と中国人、あるいは韓国人の見分けはつかないのかもしれない。私たち日本人は中国人や韓国人はほぼ見分けがつくし、逆の立場でも分かるはずだ。そこで、中国の旅で経験した面白いエピソードを紹介したい。 ...続きを見る

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2016/10/05 21:48
1515 中国の旅(2) 内モンゴル草原になびくハダク
1515 中国の旅(2) 内モンゴル草原になびくハダク モンゴルの人々はハダクという青い絹の布を大事にする。それは中国・内モンゴルでも同様だ。内モンゴルの工業都市、包頭から車で2時間半かけて希拉穆仁(シラムレン)(モンゴル語で黄色い川の意味)という名の草原に行った。内モンゴルなのだからモンゴル族の人々がほとんどと思ったが、このあたりの包(パオ)で暮らしているのは多くが漢族の人たちだった。だが、ハダクを敬う風習は変わっていなかった。 ...続きを見る

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2016/10/04 09:35
1514 中国の旅(1) 内モンゴル・薩拉斉にて
1514 中国の旅(1) 内モンゴル・薩拉斉にて 82歳になる知人がいる。生まれてから45年間を中国で暮らし、その後日本に移り、いまも中華料理の現役の料理人として働き続けている。9月下旬、中国でこの人がどんなところに住み、どんな生活をしていたのかを見たり、聞いたりするため一緒に中国を旅し、日本人の姿を見たことがないという内モンゴルの町にも足を踏み入れた。この旅の模様を何回かに分け、報告する。 ...続きを見る

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2016/10/03 17:57

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