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help リーダーに追加 RSS 御巣鷹の夏 23年前の「クライマーズハイ」

<<   作成日時 : 2008/07/04 21:30   >>

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急に暑くなった。7月なのだから当然なのかもしれない。この暑さの中を歩いていると、23年前の夏を思い出す。日航ジャンボ機墜落事故のことだ。

この日、会社の同僚夫妻と私の家族は群馬県の保養地にいた。同僚は留学時代の友人というアメリカ人の美しい女性とその連れ合いの男性を伴っていた。

乾いた空気の中で、午前、午後とテニスを楽しんだ。みんな下手で、交代でダブルスをする大人たちに混じって、私の2人の娘はあきれたように玉拾いにチョコチョコと走り回っていた。その夕方、歴史に残る日航機墜落事故が起きた。1985年8月12日のことだった。

風呂に入り、おいしい食事を終え、ビールを手にNHKテレビのニュースを見た。そのトップに日航ジャンボ機が姿を消したというショッキングなニュースをやっていた。

それが昭和史に残る乗員乗客520人が亡くなった群馬・御巣鷹山への日航機の墜落事故のスタートだった。そのまま群馬に残っていれば、たぶんに現場に一番早くたどり着き、凄惨な状況を取材することになったはずだ。しかし、そうはならなかった。

電話をすると、私の直属の上司はすぐに東京本社に戻れというのである。電話の段階では、日航機は墜落したのは間違いがないが、その場所は定かではない。仕方なく私は東京に戻った。以来、不眠不休でこの未曾有の大事故の報道に当たることになる。

長々と、前置きを書いた。小説で、あるいはテレビドラマで評判を呼んだ「クライマーズハイ」の映画を見た。群馬県の地方紙の記者たちが、この大事故をどのような形で報道したか。その1週間を追った映画は迫力があった。つい23年前の私を思い出した。

映画は、取材陣も少なく、当時の現場には必須の機材(モトローラ)もない地元紙の記者たちの孤軍奮闘の物語だ。節目の報道で悔いが残る地元紙の記者たちの姿は、これまで付き合った多くの記者の姿と二重写しになる。

この重大事故で、私たちはこの地方紙の記者以上に悔いが残る経験をした。ここでは詳しくは書かないが、「決断力」を失ったリーダーによって、大きな過ちを犯したのだった。

その夏、私は頭を丸刈りにした。520人もの犠牲者を出した事故で、私たちの過ちは許されないと思ったからだ。だれかがその責任を取らなければならない。丸刈りは高校生時代以来だった。頭の格好が悪く、決心するにはけっこう時間を要した。床屋に行き、丸刈りを頼み、終わって外へ出ると、頭だけが涼しく感じだ。それから次第に髪は伸びたが、私の頭髪は白髪が急に増えた。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
遊歩さん、お早うございます。
もう23年も経つのですね。
御遺族にとっては想像を絶する厳しく辛い日々だったと思いますが
遊歩さんも、トップの判断ミスによって、スクープの機会を逸するという苦い思い出があるのですね。
誰よりも早く現場に到着することによって、ピュアな視線が捉えた掛値のない真実があるような気がします。
改めて、ご冥福をお祈りいたします。

2008/07/06 10:53
空さんこんばんわ。歳月人を待たずですね。この事故で犠牲になった人たちのことを忘れることはできません。映画は事故よりも、新聞記者の世界を追っていますが、遺族のことにももう少し触れてほしい感じがしました。(遺族らしい母子が新聞をほしいと新聞社にきたシーンが印象に残りました)
遊歩
2008/07/06 18:52

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